桜に酔いし鬼噺

末千屋 コイメ

文字の大きさ
上 下
30 / 65

第三十話

しおりを挟む
◆◇◆◇◆◇
 ふわふわ。まるで浮いてるような感じがするの。とても心地良いの。微睡みの中にいるようで、とっても気持ち良い。でも、とても淋しいの。やっぱり小焼様がいないと淋しい。泣いたらあかんのに、また泣いてしまう。
でも、ここには「泣かないでください」って叱る人はおらへん。「困ります」って困る人もおらへん。
 ウチが悪いの……。ウチが悪い子やから悪いの。ウチがもっと良い子なら、きっと小焼様も……。
「景一」
 自分で自分を呼ぶ。唇に手を当てて、小焼様愛しいあの人の唇の感触を思い出しながら呼ぶ。声をあげて、名前を呼んで、肌に手を滑らせる。刺激に期待して尖った胸の頂を摘まみつつ、ひたい際から空割をなぞって指の腹でさねの皮を剥いて、摘まんで、ぼぼに指を差す。
「あっ、アアッ……! 小焼様ぁッ!」
 ぐちゅぐちゅ、水音が大きくなる。気持ち良くって、くじるのを止められない。自分で形が変わるほどに胸を揉みしだいて、硬くしこりを作った頂を捏ねて、引っ張って、弾いてるのに、まるで小焼様にされてるようで腰が浮く。ぼぼを掻き回す手がぐちょぐちょになってきて、自分でしてるのに恥ずかしくて、更に濡れてしまう。お尻にまで蜜が垂れてて、手が蜜でしととに濡れてて、気持ち良い。気持ち良い。もっと、もっとしたい。小焼様、もっとして。もっと。もっと。
「はぅ、あ……もうイク! イクの……ッ! アアアーッ!」
 ぷしゃあああ……、湯水のようにあったかい液体が勢いよく噴き出る。ウチは脚を御開帳したまま身体を震わせてた。上手いこと力が入らへん。ふと、首の右側がズキンッてした。それは熱を帯びてて、じわじわ広がり始める。初めての感覚に涙が零れた。泣いたらあかんのに、泣いてしまう。こわい。怖いの。首に手を当てる。ズキズキが大きくなる。熱くって、怖い。
 もしかしてこれが――痛いってこと?
 気付いたら、もっと痛くなってきた。首が痛い。誰か助けて。助けて欲しいの。
 首に触れた手を見たら血がべっとりついてた。血……小焼様の目とお揃いの色……小焼様が……苦手なもの……嫌って言うてたもの……ウチ……小焼様の目の前で……血塗れになってしもたんやった……嫌われてしもた……?
「うわぁああああああん!」
「わっ! 嬢ちゃん驚かさないでくだせぇよ!」
「え……吾介さん……?」
 目の前には驚いた顔の吾介さんがおった。
 何で……? ウチ……首を剃刀で掻っ切って……そんで……。
「あ痛っ!」
「へ? 嬢ちゃん、痛いって感じるようになったんすか?」
「あうぅ……痛いの……。痛いぃ……」
「そりゃあ、首を掻っ切ったんすから痛いに決まってやすよ。俺、嬢ちゃんの意識が戻ったって、若旦那や夏樹先生に報せに行ってきやすね!」
 ウチは首を押さえる。布が巻かれてた。包帯……? 吾介さんは嬉しそうに立ち上がってる。
駄目。何処かに行ってしまうの。
「吾介さん待って」
「何ですかい?」
「ウチ……どのくらい……このままやったん?」
「へい。ざっと五日ぐらいですかねぃ。身体を拭くのも着替えも俺がしてたんで、安心してくだせぇ! あ、あと、これは若旦那に言うなって言われてたんすけど……」
「何やの?」
 小焼様が吾介さんに何を口止めしてたんやろ? 聞きたい。でも、ちょっと怖い。もしも、もう来てくれへんとかやったらどうしよ……? でも、吾介さんは笑ってるから違う?
「若旦那ね、嬢ちゃんを見てたら、気が悪くなっちまったようで」
「え」
「嬢ちゃんが眠っている間にも、してやしたよ。しかもたんまり精汁を出してやした」
「小焼様が……そんな……」
 ウチは恥ずかしくなって、頬を手で包む。熱くなってる。きっとまた頬が赤くなってしもてるの。
「ま、そんな感じなんで嫌われたとか考えるだけ無駄でさぁ。若旦那は嬢ちゃんの事をきっと好きっすよ」
「でも、小焼様は一度も『好き』って言うてくれたこと無いの」
「いつか言ってくれやすよ。そんじゃ、俺は二人に伝えてきやすね。あ、あと、もちろん錦さんにも伝えておきやす。目が覚めてすぐにそれだけ話せるなら、大丈夫っすね」
「うん……」
 吾介さんは嬉しそうに笑いながら駆け足で出て行った。平八さんの怒鳴り声が聞こえてきたから、廊下を走るなって叱られたんやと思う。うふふ。吾介さんらしいの。
 ちょっとしてから、足音がばたばた近付いてきた。
「景一! ああ、良かった。目が覚めたんだね!」
「錦姉様。ごめんなさいやの……」
「わっちにも責任があるから良いのさ。良いかい景一? 死んだら元も子も無い。一緒になれるかもわからないもんでありんす。だから、二度とこんな事しちゃいけないよ」
「うん……」
 錦姉様はウチをぎゅうっと抱き締めて頭をなでなでしてくれる。胸に埋めてくれて、優しくしてくれる。何にも変わってへん。なぁんにも。
「ああ、良かった。本当に目が覚めてらぁ」
「平八さん……ごめんなさいやの……」
「目が覚めて最初に言うのがとは、お前らしいが……あー……あっしからは残念なお知らせでさぁ」
「残念なお知らせってのは何ざんしょ? 小焼坊ちゃまなら吉原なかにいるだろ?」
「いやすよ。吾介の奴が報せに走ってやす。そうじゃなくって……仕置部屋行きでさぁ」
「どうしてだい? まだ目が覚めたところでありんす。もう少し休ませてやりんしょ」
「そうは言っても、あっしにゃ逆らえないんでさぁ。ほら、景一、行くぞ。……だ」
 平八さんはウチを後ろから抱き上げる。錦姉様がしかめっ面をしながら怒号を飛ばしてる。でも、ウチが悪い子やから仕方ないの。ウチが首を掻っ切るから悪いの。ウチが全部悪いの……。全部ウチの所為やの。
 抱え上げられたまま階段を下りる。他の女郎達や下働きの子達やその他諸々がウチを見てひそひそ話をしてる。でも……これも仕方ないの。だって、ウチが悪いの。ウチが悪いからお仕置きされるの。
 仕置部屋に投げ入れられる。地面で身体を擦って痛い。ああ、痛いってこんな感覚なんや。今まで何にも感じてなかったから、ちょっぴり嬉しく思って、頬が緩んだ。
「何を笑ってんだ! このキチガイが!」
「ごめんなさいごめんなさい」
「謝れば済むって話じゃねぇんだよ!」
「ごめんなさいっ!」
 ウチは顔を上げる。遣手と楼主がおって、見るからに怒ってる。手には手拭いと荒縄を持ってた。楼主はウチを蹴ってから、着物を乱暴に引き剥がして手拭いを轡のように口に食ませる。そんで、遣手はウチの身体を縄で縛る。身体を四つ手に縛り上げられて身動きが全くできへん。その状態で梁へ吊り上げられる。縄がぎゅうぅって、肌に食い込んで痛い。
「んうううんん」
「吊られただけで終わりだと思わないことだね! 二度とあんな事するんじゃないよ! お前には、たっぷり稼いでもらわなきゃいけないんだから!」
「うぅっ!」
「売りしろなした身体だ、そう簡単に自由になれると思わねぇこった!」
 二人に竹箆たけべらで引っ叩かれて、涙が地面に落ちた。痛い。とても痛い。ヒリヒリする。熱い。痛い。
 泣き叫んで謝っても、轡が邪魔して聞き取ってもらえない。五月蠅いと言われて更に叩かれる。あまりの痛さに意識を飛ばしたら、水をかけられて起こされる。何回も繰り返し打たれる。
でも……ウチが悪いからやの。全部ウチの所為やの。ウチが、あんな事せんかったら、こんな折檻もされずに済んだのに。ウチの所為やの。ウチが全部悪いの。
「ふぇっ、んんっ、んぐくう!」
「わっ! ちびってんじゃないよ! きったないね!」
 ぱしんっ、ばしんっ。ぴしんっ、びしんっ。乾いた音が響く。漏らした小便ししが地面に広くひろがっていく。恥ずかしい。痛い。苦しい。意識を何度飛ばしても、何回も起こされる。濡れた縄が身体をキリキリと締めつけてくる。痛い。もう嫌や。嫌や。嫌やの。でもこれもウチが悪い子やから。ウチが悪い事をしたから、ウチが良い子にしてたら、こんな事されんで済んだのに。ウチが悪いの。ウチが全部悪いの。
 何度目かわからへん竹箆での責めに、ウチは意識を再び手放した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...