転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春

文字の大きさ
上 下
128 / 149

第128話 ウェイクアップ作戦 前編

しおりを挟む
 一九三九年三月二十二日。イギリス海峡。
 まだ日が出ていない午前三時過ぎ。コタンタン半島からブルターニュ地方にかけての沿岸五キロメートルにはアメリカ海軍大西洋艦隊と王立艦隊本隊、そしてアメリカ陸軍と海兵隊、イギリス陸軍が乗せられた無数の上陸用舟艇で埋め尽くされていた。
「なぁ、この作戦、上手く行くと思うか?」
 アメリカ陸軍に所属している一人の兵士が、そのようなことを隣にいる兵士に聞く。
「んなもん、分かるもんか。だが場合によっては、俺たちは捨て駒になるだろうよ」
 そういってヘルメットを深く被り、小銃を強く抱く。彼も、これから起こるであろう地獄に恐怖しているのだ。
 その時、沖合の方から腹に響く低重音が響く。よく見ると、戦艦や重巡洋艦の砲撃だ。
「もう航空爆撃が終わったのか?」
「にしても、味方がいるのに、その真上に砲弾を飛ばすなよ……」
「あぁ、神よ……。我らを護りたまえ……」
 そんな彼らの向かう先では、ドイツ軍の混乱が見られる。それもそのはず。ドイツ陸軍総司令部の予測では、フランス上陸作戦が実行されるのは早くても五月だと踏んでいたからだ。
 そのため、かなりの損害が出る。真夜中の攻撃は、それだけでかなりの効果を得られるチャンスなのだ。
 そして、対地砲撃と空爆に合わせて、アメリカ陸軍の空挺師団がフランス内地へパラシュート降下を敢行する。主に砲台と化している野戦砲群を破壊するためである。
 真っ暗闇の中、地上から僅かに光り輝く照明と、頭に入れた降下地点の場所だけが頼りなのだ。
 無事に地上に降りられたとしても、周りは暗闇で何も見えない。ここで照明でもつければ、敵であるドイツ軍に上陸作戦のことを悟られるだろう。
 空挺兵は、息を殺して野戦砲群へと進軍する。
 道中、哨戒のために歩いているドイツ兵がいれば、後ろから口を塞いで首を掻っ切る。隠密行動が基本の作戦だ。むやみに拳銃などは使えない。
 そうして集合する空挺兵。遠くを見れば、野戦砲が並んでいる丘に到着する。
「では、作戦通りに」
 とある空挺兵の中隊長が、部下に指示する。部下は散開し、丘の周囲を包囲していく。
 包囲が終わると、指向性の照明を空に向かって照射する。
 その上空では、イギリス空軍の爆撃機が爆弾を抱えて待機していた。
「爆撃ポイントの照明ありました! 一時方向約三キロ!」
「投下準備!」
 爆撃機群はポイントへ急ぎ、爆弾を投下する。
 投下から一分ほどで、爆弾は地上へ届けられた。その爆撃により、とある丘のドイツ軍野戦砲部隊は壊滅。爆撃ポイントを指定した空挺部隊も多少損害を被った。
 そんなことはつゆ知らずの上陸部隊は、少しばかり凍える空気に包まれ、浜辺に向かっていた。
「お前ら、そろそろ上陸するぞ! もう一度持ち物を確認しておけ!」
 上陸用舟艇に乗せられている中隊の隊長が、兵士に声をかける。
「いいか!? 俺たちは今から、ナチスの野郎に取られたフランス領土を取り返しに行く! フランス国民を救うための、正義のための戦いだ! どんなに過酷な状況でも、歯を食いしばって戦い抜け!」
 中隊長は兵士に檄を飛ばす。このウェイクアップ作戦が失敗すれば、西ヨーロッパはドイツの物になるからだ。
 そして、その時がやってくる。
「上陸準備! 上陸準備!」
 中隊長の号令の元、兵士たちは前を向く。
アヴェ・マリア我らのために……」
 兵士の一人がロザリオを握り、祈る。
 そして前方の渡し板が倒れた。
「行けー! 進めー!」
 兵士たちは、獅子の如く浅瀬を突き進む。敵からの反撃はない。
 浅瀬を切り抜けて砂浜に到着すると、兵士たちは僅かな盛り土や流木の影に身を隠す。
「静かだ……」
 浜辺に到着した兵士が、一言呟いた。
 その時である。
 内陸の方から、機関銃の音や野戦砲の砲撃音が響く。
「クソッ! 今頃反撃かよ!」
 必死に身をかがめ、射線から体を守ろうとする。
 後ろのほうでは、通信兵がさらに後方にいる艦隊に連絡を取っていた。
『こちら六六九連隊! 敵からの砲撃を受けている! 至急援護射撃求む!』
 この連絡を受けた後方の駆逐艦が、敵の場所を推察して砲撃する。
 その砲弾は、浜辺にいたアメリカ陸軍上陸部隊の目の前に着弾した。
「危ねえじゃねぇか! 俺らに命中したらどうすんだ!」
 やり場のない怒りがこみ上げてくるが、ここは命の価値がなくなる戦場だ。特に陸軍兵士の命は風船より軽いこともあり得る。
 だからこそ、兵士たちは生きるために戦うのだ。
 今回は、駆逐艦の主砲によって、第六六九連隊の目前にいたドイツ軍は排除されたようだ。
「今だ! 前進ー!」
 こうしてこの浜辺周辺の主導権は、アメリカやイギリスなどの連合国軍が握ることになった。この日だけで十万人近い兵士が動員されているので、当然の結果とも言えなくはないが。
 しかし、そのさらに内地では、即席要塞が待ち構えていた。その即席要塞に、上陸した歩兵と空挺兵が接近する。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

勇者の如く倒れよ ~ ドイツZ計画 巨大戦艦たちの宴

もろこし
歴史・時代
とある豪華客船の氷山事故をきっかけにして、第一次世界大戦前にレーダーとソナーが開発された世界のお話です。 潜水艦や航空機の脅威が激減したため、列強各国は超弩級戦艦の建造に走ります。史実では実現しなかったドイツのZ計画で生み出された巨艦たちの戦いと行く末をご覧ください。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

処理中です...