転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春

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第78話 緊張

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 一九三八年四月十五日。
 宮城閣僚会議━━事実上の御前会議にて、対米開戦が決定されたことを受け、関係省庁はドタバタとしていた。
 しかし、「いざ開戦」となったものの、実際のところ準備不足が否めない。
 陸軍兵器はそれなりに揃ってはいるが、海軍艦艇が建造途中なのだ。このまま開戦しては、アメリカ海軍艦隊ないしは陸軍艦艇を沈めるのは難しくなるだろう。
 そのため米内総理は、仕方なく造船所に不眠不休の建造作業を行うように指示を出した。これにより、造船所は不夜城と化し、手の空いている作業員は全員詰所か乾ドックにいるような状態になった。
 この話を林から聞いた宍戸は、一言述べる。
「適度な休憩を入れた上で、給料五割増にしてやってください……」
「総理に進言しておきます」
(この感じは、多分総理まで届かないヤツだ……)
 その他に、宍戸は現状の戦力を聞く。
「陸軍は歩兵師団が四十個、砲兵師団が二十個、機甲師団が十個、航空団が十五個編成されています。半年後に開戦するとなると、もう少し増えますね。海軍は戦艦が十二隻、空母が八隻、巡洋艦が四十七隻、駆逐艦はだいたい八十隻を超えてます。これも開戦までに増える見込みです」
「でも、これだけあれば十分じゃないですか?」
「しかし、戦艦二隻、巡洋艦六隻、空母三隻がまだドックの中にいる状態です。いざ開戦となれば、修理のためにドック入りする艦も当然増えることになりますから、そちらに人員が割かれます。となれば建造中の艦は放置され、進水もその分遅れます。どこかの海域で戦闘が起き、戦艦が一隻でもいれば……という状況にならないようにする必要があると思うのですが?」
「あー……はい」
 宍戸は大人しく話を受け入れることにした。
「しかしどちらにせよ、現在建造中の艦艇が就役して戦力になるには、少なくともあと一年はかかると見込んでいます。そしておそらくですが、一年以内に対米開戦するでしょう」
「そこは致し方なしというわけですか」
 宍戸は現状を把握する。
「とにかく、あの最後通謀を送ってきたからには、アメリカも覚悟が決まっているのだろうなぁ。後は外務省の手腕に掛かっている……」
 そんなことを思うのであった。

━━

 一九三八年四月二十二日。
 この日イギリスの首相から、ある声明が発表された。
『アメリカ政府は、現在建国されうるであろう朝鮮王国の主権譲渡に関して、朝鮮王国が内外共に建国を発表する時まで、戦争による外交を中断すべきである。また、朝鮮王国建国までに、日本に対する制裁を解除し、アジア地域における主権を回復させることに注力すべきと考える』
 この発表は、アメリカ国内で大きな波紋を広げた。日本が朝鮮半島に独立国家を作ろうとしていること、それを強奪しないこと、そしてアジア地域の利権を捨てることを言われたからである。
 さらに問題なのは、事実上の最後通謀である文書の内容がどこかしらで漏れていることだ。
「あのジャップ共のやることだ! 情報を吐いたに違いない!」
 そんな世論が形成されつつあった。
 ホワイトハウスでは、カーラ・パドックがルーズベルト大統領に迫っていた。
「大統領! どうしてこんなことになっているんです!? 朝鮮王国の主権を渡せだなんて、とんでもない考えです! しかも武力で脅すなんて! こういう状況だからこそ、話し合いで解決すべきです!」
 ホワイトハウスの執務室で、パドックは騒ぎ立てる。ホワイトハウスを警備している憲兵は、見飽きた光景のようで呆れていた。
「……君は一体いつまで私の邪魔をするつもりだね?」
「邪魔ですって? 違います。これは抗議です」
「抗議なら敷地の外にいる反戦派の連中とやってくれないか? 私は忙しいのだ」
 そういってまた一つ、上がってきた書類にサインをする。
「敷地の外にいる彼らに代わって、私が抗議しているんです。大統領はいつも戦争のことしか考えてないのですか?」
 その言葉を聞いたルーズベルト大統領は、書いていたペンを止めて、静かに机に置いた。
「それは君もじゃないか」
「私が? 私は戦争を否定しているんです」
「戦争したくないから偉いのか? 戦争したいと思っている私が悪いのか? 君の発言はいつもそうだ。反戦のために私の邪魔をする。それは戦争とどう違うんだ?」
 ルーズベルト大統領の言葉には、怒りの感情が含まれていた。
「『戦いたくないから』という言葉を使って、戦争に等しい行為をするのは、戦争とどう違うんだ?」
「それは……」
「言えないのか? だろうな、君はそれしか考えない。それだから誰も話なんぞ聞かないのだ」
「……っ」
 パドックは言い返せなかった。
「いいか、いいことを教えてやる。この世界はもう対話でなんとかなるようなフェーズにはいない。これからは軍事力が物を言う時代だ。つまり、君はもう用済みなのだよ」
 差別だ。
 パドックがそれを言おうとしたが、何故か言葉が詰まって出てこない。
 その前にルーズベルト大統領が憲兵を呼ぶ。
「憲兵! この女を敷地の外に連れて行け! そして二度と入れないようにしろ!」
 呼ばれた憲兵は、パドックの肩や髪を乱雑に掴んで、ホワイトハウスの外まで連れ出す。
 入口まで連れられると、まるでゴミを捨てるようにパドックのことを放り出す。
 近くの水たまりに倒れ込んだパドック。それを腫れ物のように見る憲兵。近くにいた反戦派の抗議者たちは、パドックのことなど気にも止めずに声を上げていた。
「どうして……。どうして私の言うことを聞かないの……?」
 パドックの声は、むなしく消えていった。
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