転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春

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第64話 グダンスク湾攻防戦 前編

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 ダンツィヒに入港した英国輸送船団のPP1船団。
 まずは小銃やその弾丸、手榴弾など、陸軍の個人装備を下ろすことができた。
「ここまではなんとか成功したな。あとは帰りがどうなるかだが……」
 ローレン大佐は軽巡洋艦リアンダーの艦橋で紅茶を飲みながら、輸送船の荷下ろしの様子を眺めていた。
 荷下ろしの最中は、ソードフィッシュによる哨戒が絶えず行われていた。ソードフィッシュの機体性能であれば、空母が動いていなくとも、自然の風で発艦できる。
 そんなソードフィッシュとハーミーズ他駆逐艦数隻は、ダンツィヒから足を伸ばしてポーランド回廊を偵察していた。ドイツ軍の動きがあるとすれば、ここが一番攻撃が集中する場所だからだ。
 しかし予想に反して、軍隊の移動のようなものは観測されなかった。
「ドイツ陸軍がいない……。奴らか狙うとしたら、この場所は外せないはずだ。なぜだ……?」
 空母艦隊を率いる指揮官、グロッド少将は少し狼狽える。グロッド少将は陸軍の考えも多少できる指揮官である。彼の考えに基づけば、今のドイツにとって要所であるポーランド回廊やダンツィヒは是が非でも欲しい場所だ。
「ヒトラーは何を考えている……?」
 結局、何も分からずに時間は過ぎる。
 一九三七年六月二十三日の夜。PP1船団はイギリスへ戻るため、湾港内で片舷の錨鎖を下ろしていた。号令さえあれば、いつでも出航できる状態だ。
 そんな中、湾内の入口に一番近い場所で待機していたエイジャックスの水兵が、水平線の向こう側で何か光ったのを見た。
「どうした?」
 同じく、甲板に出て周囲の様子を確認していたもう一人の水兵が聞く。
「いや、なんか向こうの方で何か光ったような気がして……」
「商船の明かりと間違えたんじゃないのか?」
「そうかなぁ……」
 その時だった。
 突如として湾港内で大きな水柱が立つ。その直後に野太い風切り音が響く。
「うわぁ!」
 湾港内に警報が鳴り響く。明らかに敵の攻撃だ。
 すぐにローレン大佐が艦橋に上がる。
「被害報告!」
「輸送船一隻が小破、艦内に浸水が発生した模様。負傷者が数名ほど発生しています」
「ならよし。空母艦隊に連絡! すぐに哨戒機を出すように進言してくれ!」
 ローレン大佐からグロッド少将に連絡が飛ぶ。
 この要請を受けた空母艦隊は、直ちにソードフィッシュを発艦させる。
 その間にも、次々と水柱が湾内で立ち上がる。
「あの風切り音と水柱……、間違いない、敵戦艦による攻撃だ!」
 ローレン大佐はそう判断し、すぐに指示を出す。
「湾内に停泊している輸送船は、すぐに錨を上げて現在位置より離脱! 敵は何らかの方法でこちらを察知している! すぐに回避行動を!」
 この命令により、輸送船は錨を上げて湾内を移動する。それでも、敵の砲撃は止まない。
「敵が軽巡洋艦で構成されているのなら、こちらも戦えるのだが、戦艦になると砲撃戦で撃ち負ける可能性がある……。まずはソードフィッシュからの情報を待つしかない……」
「司令長官! こちらも撃ち返しましょう! やられたままでは気が収まりません!」
「駄目だ。こちらが撃ち返したら、攻撃が通っていることに勘付かれる。今はソードフィッシュからの報告を待つしかない……」
 海戦では、時には忍耐も必要である。
 ソードフィッシュが発艦して数十分後。砲撃した際に発生する光を発見し、それを元に敵の座標を特定した。さらに、微妙な月明りにより、数は四隻であると判明する。
「敵の位置が分かった。直ちに雷撃機を発艦させよ」
 グロッド少将が命令を下すと、すぐに格納庫のほうから連絡が入る。
『今回の任務は対潜哨戒とのことでしたので、魚雷は数える程度しか積んできていません!』
「なんだと……!?」
 グロッド少将はブチ切れそうになったが、寸での所で冷静になった。
「魚雷は数える程度しかないといったな? 何本ある?」
『十本です!』
「アーク・ロイヤルには十本、ハーミーズには?」
「今、返答が来ました。現場作業票には搭載なし、とのことです」
「魚雷十本で敵戦艦を含めて四隻も沈めるのか……」
「少将、ここは攻撃すべきと判断します。ここで攻撃しなければ、輸送船はおろか、ポーランド軍の要塞まで敵の砲撃に曝される可能性があります。一隻でも行動不能にすれば、敵は引き下がらずを得ないかと」
「……一理ある。まずは五機だ。第一波と第二波に分けて攻撃せよ」
「はっ!」
 すぐに魚雷を搭載したソードフィッシュ五機が甲板に並ぶ。そして順番に発艦していった。
 敵の場所は把握している。雷撃隊はその場所に向けて飛行する。
 しばらく飛んでいると、敵の砲撃する爆炎が見えた。
「敵艦艇を視認。必ず当てろよ」
 そういって低空を飛行し始める。雷撃機の隊長は、一番先頭を進む敵艦艇を攻撃目標にした。
 敵艦艇は雷撃機のことを発見したのか、対空砲の射撃を始める。しかし、ソードフィッシュは予想以上に遅い。最新鋭の対空砲では役不足である。
 だが偶然というものは存在する。運悪くエンジン付近に命中した機体が出たのだ。その機体はフラフラと速度を落としつつ、海面へとぶつかった。
「味方の心配は後だ! 今は前の敵に集中しろ!」
 雷撃機の隊長が怒鳴る。とはいっても、すぐ後ろにいる雷撃手には聞こえてないだろうが。
 そのまま敵艦艇まで二キロメートルを切る。
「行くぞ……。投下!」
 敵艦艇まで約一キロメートルの所で魚雷を投下。雷撃隊は機首を上げて敵艦艇の直上を通り過ぎた。その時に、敵艦艇を確認する。
「コイツは……ドイッチュラント級戦艦か……!」
 第一次世界大戦の頃から存在する、だいぶ古い艦だ。
 それよりも、魚雷の命中を確認しなければならない。
 一番後ろにいる機銃手が確認する。
「……命中なし!」
 この報告はすぐにグロッド少将の元に届けられる。
「命中なし、だと?」
 この言葉に、グロッド少将は強く握りこぶしを作るが、すぐに冷静になる。
「次だ。第二次攻撃を実施する。すぐに雷撃隊を発艦させよ」
 この命令により、次のソードフィッシュ五機が魚雷を抱えて発艦する。
 この間も、敵艦艇は砲撃を続けている。それによって位置の特定は簡単だった。
「攻撃態勢に入れ。命中させる」
 第二次攻撃の雷撃隊は低空を飛行し、魚雷を投下する。
 その魚雷は先頭を行くドイッチュラント級戦艦に命中、したかに見えた。
「駄目です! 不発です!」
 この報告もすぐにグロッド少将の耳に入る。
「何だと!?」
 今度は我慢できずに、グロッド少将は机を強く叩く。
「どうする? これ以上の攻撃は不可能では……?」
「いや、爆雷があったはずだ。アレの深度設定を一番浅くすれば、至近弾でもダメージが入る可能性がある」
「だがリスクが伴う。少将が許可するかは分からない……」
 参謀たちは困ったように相談する。
 果たして、輸送船団と空母艦隊はどうなってしまうのか。
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