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第36話 亡命
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一九三六年六月十五日。宍戸は横須賀にいた。
なぜ横須賀なのか。この日は、スペインに派遣されていた第九師団が戻ってくる日なのである。それと同時に、イザベル・ガルシアが日本に亡命してくる日でもあるのだ。
すでに第九師団を乗せた船が、港に到着しているという。自動車で、その埠頭まで乗り入れる。
「こちらです、宍戸所長」
そういって案内してくれるのは、横須賀鎮守府の主計部の中佐である。
三隻の輸送船が着岸しており、すでに一部の荷物や兵士は船から降りているようだ。その中でも、一番奥のほうに着岸していた船の横に自動車を停める。
そこには、師団長である山岡中将がいた。どうやら湾港の係員と何か話しているようだ。
山岡中将が宍戸の乗っている自動車のことを見つけると、係員との話を切り上げて自動車のほうへやってくる。
宍戸が自動車から降りると、山岡中将が宍戸の前に立ちはだかった。
「貴様が大本営の宍戸か?」
かなり威圧的な視線を向けてくる。宍戸は少し緊張しながら、自己紹介をした。
「初めまして、大本営立川戦略研究所所長の宍戸和一です。海軍少将をやらさせてもらっています」
「その背格好で少将か? 少し経験が足りないような気がするが?」
そういって山岡中将は宍戸のことをギロリと見る。
「……まぁ、いい。スペインでの命令は貴様がやったことか?」
「厳密に言えば少し違いますが、概ねその通りです」
「そうか。言いたい事は山ほどあるが、今回は無事に帰ってこれた。今更文句をつけても仕方ないだろう」
そういって山岡中将は、宍戸の前から去る。
「ふう……」
宍戸は、肩に入っていた力を抜く。
それと入れ替わるように、別の帝国軍人と、見るからに外国人の女性がやってくる。
「宍戸海軍少将でありますか?」
「えぇ、そうですが?」
「国崎であります。第九師団の参謀をやっています」
「では国崎大佐、こちらの方は?」
宍戸は女性のことを指さす。
「この方が、宍戸少将の言っておられたイザベル・ガルシア殿です」
そういって国崎は、ガルシアに片言のスペイン語で、宍戸のことを紹介した。
「オラー」
かなりいい笑顔でガルシアは宍戸に挨拶する。
「お、オラー……」
宍戸も真似して挨拶する。
『シシドってあなたなのね? ようやく会えて嬉しいわ』
ガルシアはスペイン語で何か話すが、宍戸には全く伝わらない。
国崎が翻訳する。
「どうやら、『会えて嬉しい』と言っているようです」
「あー、ここで言葉の壁が出てくるのかぁ……」
今まではスマホに搭載されていた謎技術によって簡単に翻訳されていたわけだが、直接対面したところで話ができるとは限らないようだ。
その時、スマホに通知が来る。グループチャットに誰かが書き込んだようだ。そのメッセージの主は女神である。
『たった今、スマホに新機能を搭載しました。スマホに話しかけるだけで、簡単に翻訳した文章をしゃべってくれる機能です』
「女神め。今まで雲隠れしていたと思ったら、ノコノコと出てきやがって……」
そのままメッセージは続く。
『まさかこんなに早く転生者同士が合流するとは思いませんでした。今回は質問は受け付けてませんので、これにて失礼します』
それから、女神の書き込みはなくなった。
「クソ、聞きたいこととかあったんだが……」
そんなことをしていると、ガルシアが宍戸の肩を叩く。
「ん?」
宍戸がそちらを向くと、ガルシアがスマホを持って話しかけてくる。
『私の声がちゃんと聞こえるかしら?』
その言葉は、きちんとした日本語に聞こえる。
宍戸もスマホの翻訳機能を使って、ガルシアに返事した。
「大丈夫、ちゃんと聞こえてるよ」
宍戸のスマホから、スペイン語が流れる。それを聞いたガルシアは少し嬉しそうな顔をしていた。
「それ、すごいですね……」
国崎が物珍しそうにスマホを見る。
「まぁ、特殊なヤツですから……」
その後、宍戸とガルシアは自動車と列車を乗り継いで東京まで戻ってくる。そしてそのまま宍戸の邸宅まで連れてきた。
実は、ガルシアを亡命させるための手続きを取ろうとした所、少なくともスペインにある日本大使館からのビザの取得といった事務作業を一切行っていなかった。さらに、身元の判別がつく戸籍のような公的書類が日本とスペイン両国に一切なく、ガルシアは本来なら存在しないはずの人間になっていたのだ。もっとも転生者であるガルシアに、この一九三六世界での戸籍があるはずもない。
そこで宍戸は、ガルシアの身を戦争孤児と同様の扱いにした。これなら身元が分からなくても、大日本帝国の法律に則って戸籍を取得することができる。これで駄目なら宍戸は、最悪の場合愛玩動物の扱いにして入国させるつもりでいた。
幸い、戦争孤児として日本に滞在する許可が降りた。さらに戸籍も作ることができるようで、ガルシアにとっては一縷の望みが繋がった形だ。
そんな訳で、今は宍戸邸宅で居候するという状態である。
「……和一様」
「ど、どうした? すず。そんな怖い顔して……」
「そ、そうだね……」
「女性の方とは聞いてないのですが?」
「それはぁ、まぁ、重要な部分ではないから……」
「とっても重要です! 私というものがありながら、和一様は側室をお作りになるつもりですか!?」
「いやそうじゃないんだ、ちゃんと話を聞いてくれ……!」
「話をしたら、ちゃんと分かるんですか?」
「そうなんだ。これには深い理由があって……」
「ならば聞きましょう。その深い理由を」
宍戸は、すず江の説得に一時間もかけたそうな。
なぜ横須賀なのか。この日は、スペインに派遣されていた第九師団が戻ってくる日なのである。それと同時に、イザベル・ガルシアが日本に亡命してくる日でもあるのだ。
すでに第九師団を乗せた船が、港に到着しているという。自動車で、その埠頭まで乗り入れる。
「こちらです、宍戸所長」
そういって案内してくれるのは、横須賀鎮守府の主計部の中佐である。
三隻の輸送船が着岸しており、すでに一部の荷物や兵士は船から降りているようだ。その中でも、一番奥のほうに着岸していた船の横に自動車を停める。
そこには、師団長である山岡中将がいた。どうやら湾港の係員と何か話しているようだ。
山岡中将が宍戸の乗っている自動車のことを見つけると、係員との話を切り上げて自動車のほうへやってくる。
宍戸が自動車から降りると、山岡中将が宍戸の前に立ちはだかった。
「貴様が大本営の宍戸か?」
かなり威圧的な視線を向けてくる。宍戸は少し緊張しながら、自己紹介をした。
「初めまして、大本営立川戦略研究所所長の宍戸和一です。海軍少将をやらさせてもらっています」
「その背格好で少将か? 少し経験が足りないような気がするが?」
そういって山岡中将は宍戸のことをギロリと見る。
「……まぁ、いい。スペインでの命令は貴様がやったことか?」
「厳密に言えば少し違いますが、概ねその通りです」
「そうか。言いたい事は山ほどあるが、今回は無事に帰ってこれた。今更文句をつけても仕方ないだろう」
そういって山岡中将は、宍戸の前から去る。
「ふう……」
宍戸は、肩に入っていた力を抜く。
それと入れ替わるように、別の帝国軍人と、見るからに外国人の女性がやってくる。
「宍戸海軍少将でありますか?」
「えぇ、そうですが?」
「国崎であります。第九師団の参謀をやっています」
「では国崎大佐、こちらの方は?」
宍戸は女性のことを指さす。
「この方が、宍戸少将の言っておられたイザベル・ガルシア殿です」
そういって国崎は、ガルシアに片言のスペイン語で、宍戸のことを紹介した。
「オラー」
かなりいい笑顔でガルシアは宍戸に挨拶する。
「お、オラー……」
宍戸も真似して挨拶する。
『シシドってあなたなのね? ようやく会えて嬉しいわ』
ガルシアはスペイン語で何か話すが、宍戸には全く伝わらない。
国崎が翻訳する。
「どうやら、『会えて嬉しい』と言っているようです」
「あー、ここで言葉の壁が出てくるのかぁ……」
今まではスマホに搭載されていた謎技術によって簡単に翻訳されていたわけだが、直接対面したところで話ができるとは限らないようだ。
その時、スマホに通知が来る。グループチャットに誰かが書き込んだようだ。そのメッセージの主は女神である。
『たった今、スマホに新機能を搭載しました。スマホに話しかけるだけで、簡単に翻訳した文章をしゃべってくれる機能です』
「女神め。今まで雲隠れしていたと思ったら、ノコノコと出てきやがって……」
そのままメッセージは続く。
『まさかこんなに早く転生者同士が合流するとは思いませんでした。今回は質問は受け付けてませんので、これにて失礼します』
それから、女神の書き込みはなくなった。
「クソ、聞きたいこととかあったんだが……」
そんなことをしていると、ガルシアが宍戸の肩を叩く。
「ん?」
宍戸がそちらを向くと、ガルシアがスマホを持って話しかけてくる。
『私の声がちゃんと聞こえるかしら?』
その言葉は、きちんとした日本語に聞こえる。
宍戸もスマホの翻訳機能を使って、ガルシアに返事した。
「大丈夫、ちゃんと聞こえてるよ」
宍戸のスマホから、スペイン語が流れる。それを聞いたガルシアは少し嬉しそうな顔をしていた。
「それ、すごいですね……」
国崎が物珍しそうにスマホを見る。
「まぁ、特殊なヤツですから……」
その後、宍戸とガルシアは自動車と列車を乗り継いで東京まで戻ってくる。そしてそのまま宍戸の邸宅まで連れてきた。
実は、ガルシアを亡命させるための手続きを取ろうとした所、少なくともスペインにある日本大使館からのビザの取得といった事務作業を一切行っていなかった。さらに、身元の判別がつく戸籍のような公的書類が日本とスペイン両国に一切なく、ガルシアは本来なら存在しないはずの人間になっていたのだ。もっとも転生者であるガルシアに、この一九三六世界での戸籍があるはずもない。
そこで宍戸は、ガルシアの身を戦争孤児と同様の扱いにした。これなら身元が分からなくても、大日本帝国の法律に則って戸籍を取得することができる。これで駄目なら宍戸は、最悪の場合愛玩動物の扱いにして入国させるつもりでいた。
幸い、戦争孤児として日本に滞在する許可が降りた。さらに戸籍も作ることができるようで、ガルシアにとっては一縷の望みが繋がった形だ。
そんな訳で、今は宍戸邸宅で居候するという状態である。
「……和一様」
「ど、どうした? すず。そんな怖い顔して……」
「そ、そうだね……」
「女性の方とは聞いてないのですが?」
「それはぁ、まぁ、重要な部分ではないから……」
「とっても重要です! 私というものがありながら、和一様は側室をお作りになるつもりですか!?」
「いやそうじゃないんだ、ちゃんと話を聞いてくれ……!」
「話をしたら、ちゃんと分かるんですか?」
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