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第34話 発表
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一九三六年六月五日。首相官邸。
そこに集められた大本営立川戦略研究所のメンバーと、内閣閣僚、陸軍省と海軍省の関係者、その他将官クラスの軍人数名。
首相執務室にすし詰めにされつつ、今回の机上演習の結果を報告する。
「事前に速報を配布しています通り、今回の机上演習では白国は物資不足に陥り、国家機能不全による敗北という結論に至りました。一言付け加えるとすれば、まだ試行回数が一回であるため、これが全てではないと考えます。以上です」
宍戸が所長として完結に説明する。
「白国、つまり帝国の敗北が答えということか……」
「そのままイコールで繋がるわけではないですが、確率としてはかなり高いと思います」
(というか、史実ではそうなるんだよなぁ……)
そんなことを思う宍戸である。
「物資不足か……。やはり南方を早期に確保するのが最善策なのでは?」
「いや、それよりも満州国から関東軍を引かせたのがマズかった。関東軍のしでかしたことに目をつむってでも、ソ連国境に張り付けておくべきだったんだ」
「帝国が敗北するなんて……、そんなことはあってはならないぞ」
各閣僚が口々にそんなことをいう。陸軍省と海軍省の関係者もざわついた。
「この辺りも合わせまして、今後の日本の戦略を考えるべきだと、立川研究所は主張します」
ざわめく執務室の中で、宍戸はそのように締めくくる。
そんな中、一人の陸軍軍人が手を上げた。
「少し、質問よろしいかね?」
そういって出てきたのは、最近陸軍省の軍務局に配属された東条英機少将である。
「なんでしょう?」
「これは机上演習、つまり架空の話ということですな?」
「……えぇ、そうなります」
「となると、この結果は偶然の産物、ということではないですか?」
「……おっしゃっている意味がよく分からないのですが」
「これは机の上で考え、サイコロを使っているわけであるわけでして。それは立川研究所の皆さんが考えている戦争とは少し違うわけであります。例えば先の日露戦争。これは勝てると思わなかった戦争であります。しかし実際には勝った。そのようなどんでん返しがあり得る世界なのです。全て計画通りとは行きませんが、それは悪い方向に進むばかりではない。良い方向に進むこともあるのです。意外な方向に進む。それが戦争というものなのです」
質問というより、詰問。しかも説教を含んだ嫌なお言葉を貰う。
(その発言は、総力戦研究所での机上演習で聞いた。さて、なんて返すか……)
宍戸は少し考えて、言葉を紡ぎ出す。
「それは、戦場では神風が吹くということでしょうか?」
「神風ですか?」
「あなたが言いたいのは、戦場では予測不能な出来事が起こることだと解釈しています」
「はい、その通りです」
「それは、自分から言わせてみれば、主観性の高い不確実な事実と言えます。といいますのも、今回の机上演習で用いた確率表は、これまでの戦争、戦闘、その他様々な統計によって完成されています。つまり、そこには人間の主観が介入しない絶対的領域なのです。戦場では、常に生き残った人間の主観が混じってしまいます。それは生存バイアスが掛かっているため、どうしても不確実になってしまいます。それを数字は解決してくれるのです。数字は嘘をつきません。それは自分のいた世界が証明しています」
宍戸は慎重に言葉を選んで、東條少将のウィークポイントを狙う。
「数字は嘘をつかない、ですか。我々はその数字を使って、先の日露戦争を戦ったのですよ?」
「それは当然でしょう。日露戦争の時は、まだ戦術が構築され切っていない時代だったからです。もう三十年も前の話です。戦術も、装備も、何もかもが変わっています」
「それは十分理解しています。ですから、戦場では何が起きるか分からないのです」
「いいえ、何が起こるかはある程度予測できるのです。これまでの戦闘でデータは集まっています。これらを分析すれば、勝つ確率がいくつになるか計算できます」
「しかしですね……」
東條少将は、まだ言葉を続ける。
「申し訳ないですが、あなたがいくら言葉巧みに言っても、自分は信用することができません。あなたは史実では、机上演習の結果に不平不満を言って、日米開戦に踏み切っているのですから。そして日本はアメリカに負け、あなたは戦争を始めた罪で死刑にされるのです」
色々と面倒になった宍戸は、未来の話である東條少将の略歴を話す。
それを聞いた東條少将は絶句していた。
「他、質問ある方?」
宍戸は東條少将を無視して、他の人の質問を待つ。
「じゃあ、私から一つあるのだが」
そういって手を上げたのは、米内総理であった。
「ここから日米開戦を回避する方法はあるのかね?」
宍戸は少し考えて、答えを導く。
「なくはないです」
「どういうことだね?」
「とりあえず、自分一人ではなんともなりません。史実通りに動けば、次の行動を予測できますが、状況は刻一刻と変化します。すると、自分の知っている史実から、知らない歴史の世界になるでしょう」
「そしたら、我々には敗北しかないが?」
「そこで、転生者の出番です。現在ほとんどの転生者は、何らかの方法で各国の首脳陣と接触しています。彼らと連絡を取り、戦争を回避できる方向に動かすことができれば、余計な血を流す必要はなくなります」
「そうか……」
米内総理は納得したような、しなかったような顔をする。
その後も、いくつかの質問に答え、今回の結果報告は終了した。
そこに集められた大本営立川戦略研究所のメンバーと、内閣閣僚、陸軍省と海軍省の関係者、その他将官クラスの軍人数名。
首相執務室にすし詰めにされつつ、今回の机上演習の結果を報告する。
「事前に速報を配布しています通り、今回の机上演習では白国は物資不足に陥り、国家機能不全による敗北という結論に至りました。一言付け加えるとすれば、まだ試行回数が一回であるため、これが全てではないと考えます。以上です」
宍戸が所長として完結に説明する。
「白国、つまり帝国の敗北が答えということか……」
「そのままイコールで繋がるわけではないですが、確率としてはかなり高いと思います」
(というか、史実ではそうなるんだよなぁ……)
そんなことを思う宍戸である。
「物資不足か……。やはり南方を早期に確保するのが最善策なのでは?」
「いや、それよりも満州国から関東軍を引かせたのがマズかった。関東軍のしでかしたことに目をつむってでも、ソ連国境に張り付けておくべきだったんだ」
「帝国が敗北するなんて……、そんなことはあってはならないぞ」
各閣僚が口々にそんなことをいう。陸軍省と海軍省の関係者もざわついた。
「この辺りも合わせまして、今後の日本の戦略を考えるべきだと、立川研究所は主張します」
ざわめく執務室の中で、宍戸はそのように締めくくる。
そんな中、一人の陸軍軍人が手を上げた。
「少し、質問よろしいかね?」
そういって出てきたのは、最近陸軍省の軍務局に配属された東条英機少将である。
「なんでしょう?」
「これは机上演習、つまり架空の話ということですな?」
「……えぇ、そうなります」
「となると、この結果は偶然の産物、ということではないですか?」
「……おっしゃっている意味がよく分からないのですが」
「これは机の上で考え、サイコロを使っているわけであるわけでして。それは立川研究所の皆さんが考えている戦争とは少し違うわけであります。例えば先の日露戦争。これは勝てると思わなかった戦争であります。しかし実際には勝った。そのようなどんでん返しがあり得る世界なのです。全て計画通りとは行きませんが、それは悪い方向に進むばかりではない。良い方向に進むこともあるのです。意外な方向に進む。それが戦争というものなのです」
質問というより、詰問。しかも説教を含んだ嫌なお言葉を貰う。
(その発言は、総力戦研究所での机上演習で聞いた。さて、なんて返すか……)
宍戸は少し考えて、言葉を紡ぎ出す。
「それは、戦場では神風が吹くということでしょうか?」
「神風ですか?」
「あなたが言いたいのは、戦場では予測不能な出来事が起こることだと解釈しています」
「はい、その通りです」
「それは、自分から言わせてみれば、主観性の高い不確実な事実と言えます。といいますのも、今回の机上演習で用いた確率表は、これまでの戦争、戦闘、その他様々な統計によって完成されています。つまり、そこには人間の主観が介入しない絶対的領域なのです。戦場では、常に生き残った人間の主観が混じってしまいます。それは生存バイアスが掛かっているため、どうしても不確実になってしまいます。それを数字は解決してくれるのです。数字は嘘をつきません。それは自分のいた世界が証明しています」
宍戸は慎重に言葉を選んで、東條少将のウィークポイントを狙う。
「数字は嘘をつかない、ですか。我々はその数字を使って、先の日露戦争を戦ったのですよ?」
「それは当然でしょう。日露戦争の時は、まだ戦術が構築され切っていない時代だったからです。もう三十年も前の話です。戦術も、装備も、何もかもが変わっています」
「それは十分理解しています。ですから、戦場では何が起きるか分からないのです」
「いいえ、何が起こるかはある程度予測できるのです。これまでの戦闘でデータは集まっています。これらを分析すれば、勝つ確率がいくつになるか計算できます」
「しかしですね……」
東條少将は、まだ言葉を続ける。
「申し訳ないですが、あなたがいくら言葉巧みに言っても、自分は信用することができません。あなたは史実では、机上演習の結果に不平不満を言って、日米開戦に踏み切っているのですから。そして日本はアメリカに負け、あなたは戦争を始めた罪で死刑にされるのです」
色々と面倒になった宍戸は、未来の話である東條少将の略歴を話す。
それを聞いた東條少将は絶句していた。
「他、質問ある方?」
宍戸は東條少将を無視して、他の人の質問を待つ。
「じゃあ、私から一つあるのだが」
そういって手を上げたのは、米内総理であった。
「ここから日米開戦を回避する方法はあるのかね?」
宍戸は少し考えて、答えを導く。
「なくはないです」
「どういうことだね?」
「とりあえず、自分一人ではなんともなりません。史実通りに動けば、次の行動を予測できますが、状況は刻一刻と変化します。すると、自分の知っている史実から、知らない歴史の世界になるでしょう」
「そしたら、我々には敗北しかないが?」
「そこで、転生者の出番です。現在ほとんどの転生者は、何らかの方法で各国の首脳陣と接触しています。彼らと連絡を取り、戦争を回避できる方向に動かすことができれば、余計な血を流す必要はなくなります」
「そうか……」
米内総理は納得したような、しなかったような顔をする。
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