転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春

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第25話 側近

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 一九三六年四月一日。
 この日から緊急招集した民間人が、大本営立川戦略研究所に入所する。
 宍戸は入所式に合わせて、民間人に対して訓話を話す。
「皆さん、おはようございます。今日からここ、大本営立川戦略研究所の一員として、皆さんの手腕を発揮していただきたいと思います。これは自分事なのですが、どうも自分は独りよがりな部分があるようです。そうならないためにも、皆さんの支えが必要です。上下関係や官民の壁を越えて、忌憚のない意見を出し合えるようにしましょう。今日からよろしくお願いします」
 こうして、民間企業から十数人の研究員を迎え入れた。
 宍戸は、自分の机に戻ると、事務方の研究員にある指示を出す。
「今日入所した民間人全員の経歴書を持ってきてもらえますか?」
「了解しました」
 十分ほどした後に、研究員が少し分厚い紙の束を持ってきた。
「どれどれ……」
 宍戸は、もらった経歴書を見る。中等教育学校及び高等教育学校を卒業し、大学に進学する者や現在でも一流と呼ばれる企業に就職している者がいた。
 その中で、宍戸はある人物に目をつける。
「産業組合中金総合研究所第一部部長補佐……」
 宍戸はスマホに入っているフリー百科事典で調べてみた。しかし、この経歴書に書かれている研究所のページは存在せず、産業組合中央金庫の後身である農林中央金庫の関連会社に、チラッとだけ書かれている農林中金総合研究所の語感に関連性を見出すのみであった。
「史実に存在しない企業があるのか……?」
 どのようなことをやっているのか気になった宍戸は、早速この人物を呼び出した。
「商業組合中金総合研究所第一部部長補佐の林です」
「急に呼び出して申し訳ありません」
「いえ。所長の命令とあらば、いつでも馳せ参じる所存です」
「そ、そうですか……。早速質問なのですが、この産業組合中金総合研究所というのはどういった組織なんですか?」
「主に経済動向、防災、政治、軍事、その他もろもろの情報をまとめて、複数の部門に分けて発表する、いわゆるシンクタンクのような研究所です」
「なるほどー……。それならなんでここに来たんですか? こことやってることが似てると思うんですが?」
「それは、比重が異なるからです」
「比重……」
「中金総合研究所は商業組合中央金庫の意向を汲んでいるため、主に金庫を利用する民間企業や個人で商売している民間人を対象に情報を発信しています。一方でここは、軍事を中心に情報を集める研究所のため、軍政に力を入れているはずです。私の中では、軍政があってこその民間経済があると考えています。軍事に比重を置いているこちらのほうが、私の思想に合っているのです」
「はぁ……」
 捲し立てるように説明する林と、その勢いに飲まれそうになっている宍戸。
(つまりはオシントがしたいからってこと?)
 言いかけた言葉をグッと堪える宍戸であった。
 それと同時に、この人ならその手腕を遺憾なく発揮してくれるだろうと考える。
「とにかく、軍事に興味があるのは分かりました。それで一つご相談なんですが……」
「なんでしょう?」
「自分の意見を出す時のアドバイスとか……、まぁ、単刀直入に言えば、自分の側近になっていただきたいのです」
「側近ですか……」
「自分は転生者として未来からやってきたのはいいんですが、それでも若輩者です。圧倒的に経験が足りてません。この間も、新内閣の陸軍大臣と海軍大臣にありえない計画をお出ししてしまいましてね。そこで自分の意見を客観的に、第三者から見た感想が欲しいんです」
 宍戸は今思っていることを、あっけらかんと話す。
「なるほど、事情は分かりました」
「いかがですかね? もし駄目なら駄目でいいんですけど……」
「引き受けましょう」
「……いいんですか?」
「えぇ。ここにいさせてもらう以上、何らかの形で貢献したいと思ってました。そういうことでしたら、ぜひやらせてください」
「ありがとうございます」
 そういって宍戸と林は立ち上がり、握手を交わす。
「そしたらすぐに仕事に入っていただきたいのですが」
「構いません。いつまでにやりますか?」
「そんなに早くやらなくても問題ありません。そうですね……四月下旬辺りまでに準備できれば大丈夫です」
「そんなに遅くて問題ないんですか?」
「えぇ。まだ公式発表をしてないのでご存じないかと思いますが、スペインに陸軍が向かっています。それに関して少々手続きがありまして」
「内戦が起きている、あのスペインにですか?」
「はい」
 そういって宍戸は、少しニヤリとする。
「こういっちゃなんですが、面白いことが起きると思いますよ……」
 その笑みには、少し邪悪さが混じっていた。
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