転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜

紫 和春

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第6話 異なる世界

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 一九三六年一月六日。
 この日、内務省の職員が宍戸の部屋へ訪問に来た。
「クーデターの件で、現在の状況を報告しに参りました」
「ご丁寧にありがとうございます」
「まず、現状の首謀者の捜索ですが、該当する人物のあぶり出しが終了しました。現在は危険分子として排除する予定です」
(そこまでやるのか……。法的根拠とか大丈夫なのかね……?)
 そんなことを思うが、顔に出さないようにする宍戸。
「それとなんですが、首謀者の一人である磯部浅一という人物は確認されませんでした」
「確認されなかったというのは?」
「陸軍省の管理している名簿の中になかったという事です」
「そんな……。彼は元陸軍の人間ですよ? ここにも書いてあります」
 そういって宍戸は、スマホのフリー百科事典を開き、その名前を見せる。
「ですが、どこを探してもいないのです。現在、他の省庁の名簿も確認していますが、該当人物がいるかどうかは判断できかねます」
 そういって職員は、報告を終えて部屋を去った。
「いるはずの人間がいない……? 一体どうなってるんだ?」
 宍戸はスマホのメッセージアプリを開き、グループチャットに書き込みをする。
『@女神 フリー百科事典に載っているはずの人間が存在しないことになっているのだが、一体どういうことだ?』
『お答えします。一九三六世界は、皆さんの知っている世界とは少し異なります。あなたが探しているクーデターの首謀者の一人が存在しない。見たことのない建物が建っている。記録された天候と違う。ここはあなた方からすれば、異世界なのです。なので、史実と異なっているのは仕方のないことでしょう』
『それじゃあ、なんで史実通りのフリー百科事典なんて閲覧できるんだ? 意味ないじゃないか』
『参考程度のものです。今は概ね史実通りに動いているので、十分参考になるでしょう』
「意味わからん……。女神の言動は、行き当たりばったりの適当な考えじゃないか」
 しかし、批判したところで現状は変わらない。とにかく、史実とほぼ一緒なら、考えることはそんなに変わらないだろう。
「とにかく今は二・二六事件が先だ。他のことはそれから考えよう」
 そして、他のことで宍戸はアレを思い出す。
「そうだぁ、華族になるかの話もあるんだっけ……。どうするかな……」
 宍戸としては、その後の影響の波及を懸念している。ただでさえ史実と若干異なると言われたのに、これ以上の変化球を自ら作りに行く理由はない。
「いやでも、俺がこの世界に転生してきている以上、すでに何かしらの変化は起きているはず。すでにバタフライ効果は発生しているんだ」
 それなら、すでに答えは出ているはずだ。
「俺は、華族の人間になる」
 宍戸は覚悟を決めた。

━━

 スペイン、トレド。
 その都市のとある廃屋。そこに一人の女性が囚われていた。
 イザベル・ガルシア。唯一宍戸と連絡が取れていない転生者だ。
 彼女は、クーデターを企てているスペイン軍に身柄を確保され、人気のない廃屋で手足を拘束されている。
「おい、飯だ」
 スペイン軍の兵士が、硬いパンと味気のないスープを持ってくる。
 その時になって、ようやく口に咥えられた布が外される。
「……」
 ガルシアはすでに抵抗する意思を奪われていた。手足を拘束された状態で、四六時中兵士の監視が付いているのだ。助かる見込みはないだろう。
 だが、その心はまだ屈していなかった。いつかチャンスが訪れる。その時をずっと待っているのだ。
「おい、交代だ」
 兵士が部屋の扉を開ける
「全く……。こんな女が本当に世界の運命を握ってるのか?」
「今の内閣にもそのように通知がなされてるんだ。間違いはないだろう」
「それで、フランコ将軍は?」
「人民戦線の勝利は確実だとして、すでにカナリア諸島を拠点にするべく動いている。おそらく人民戦線内閣が成立すると同時にクーデターを起こすようだ」
 ガルシアは、その会話の内容を記憶する。おそらくその時になれば、自分の身柄は別の場所に移動させられる可能性があるからだ。そこにチャンスを見出す。
 しかし問題は、脱出した後の伝手がないことだろう。自分一人で逃げ出したところで、誰が保護などしてくれようか。
 スマホが鳴っているのは分かっている。隙を見て、他の転生者に助けを求めるのが最善だろう。
 ガルシアは決意している。戦いたくない、だから戻す。この国を、かつての栄光の最果てにあった「太陽の沈まない国」へ。
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