犬のさんぽのお兄さん

深川シオ

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第116話

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 明くる日、俺達の住むTでも桜の開花が宣言された。お馴染なじみのT中央公園は桜の名所でもあるから、俺は朝のニュースを見るなり「花見弁当を作れ!!」とキッチンで朝ごはんを作っている京一郎に命令した。
「まだそんなに咲いていないだろう。それでも行くのか?」
「おう! 散るまで毎日行くぞ!」
「今までそんなにしつこく花見したことがないから、新鮮だな……」
「何だよ、若隠居の癖に。でもボッチだったからみんながワイワイしてるところに行くのが嫌だったんだな」
「そうだ。今年はあずさちゃんとりょーちゃんが居るから、とびきり楽しめそうだな」
「何でいきなり素直!?」
 揶揄からかうように言ったら、思い切り素直に返されたので俺は面食らった。すると京一郎はクククと笑ったので、上手いこと遣り返されたのだと知り俺は口を尖らせた。
「花見弁当には何を入れて欲しい? どうせ小学生の運動会みたいなのが良いんだろう」
「おっ、よく分かってるな、京一郎きゅん! 唐揚げとミートボール、それからだし巻き卵にウサギの形のリンゴは必須だな!」
「まだまだ子どもだな。子どもの腹に子どもが居る」
 京一郎は呆れたようにそう言ったが、裏腹に嬉しそうな顔をしていた。俺はくすくす笑うと、「ふりかけご飯も必須な!」と付け加えた。
 そうして朝食を食べた後、すぐに京一郎は弁当作りに取り掛かった。俺はその横でぽん吉とボール投げをして遊んでいたが、ふと思い付いて言う。
「俺達ばっかり食べて、ぽん吉には何も無いな」
「そんなことはない。ぽん吉さんには小さく切ったリンゴと、高級犬用ビスケットのお弁当を作る」
「流石、超優良飼い主。良かったな、ぽん吉!」
「キャン!」
 京一郎の答えを聞いて、にかっと笑ってぽん吉にそう言ったら、小さく鳴いて返事をした……。

 まだ咲き始めだし今日は平日の火曜日だから、T中央公園の駐車場には殆ど車が停まっていなかった。だから広広ひろびろ空いているスペースにベ◯ツを駐車した——ぽん吉は散歩に行けると知っていて、家を出る時から大興奮だ。
「何か、春の匂いがするな! ほんのり甘い香り」
「あずさの癖に、詩的なことを言うな」
「何でだよ!!」
 相変わらず失礼な言い草に顔を顰めながら、広大な園内に足を踏み入れる。京一郎は弁当の入った大きなバスケットを提げているので、ぽん吉のリードは俺が握った。
「あー、気持ち良い! とんでもない花見日和びよりだ」
 今日はよく晴れていて、春らしい優しい青色の空が広がっていた。昼前の日差しはぽかぽかと暖かく、芝生があったらごろごろ寝転がりたい——お腹にりょーちゃんが居るから無理なのだけれど。
「ああ、まだ全然だな。あずさのせいで完全なフライングだ」
「何だよ! 結構咲いてるのもあるじゃんか!」
「あれは品種が違うんだ。一緒に葉も出ているし、山桜だな」
「詳しいな! 流石、京一郎きゅん」
 素直に褒めてやると、京一郎はふふん、と言って得意げになった。彼が言ったように、ソメイヨシノよりも白っぽい花を咲かせる山桜の一種は少し咲くのが早くて、五分咲きくらいになっている。だから俺達はその下でピクニックシートを広げた。
「最近は百均に可愛いシートがいっぱいあるよな! 前に、柴犬のダイカットのやつ見たぞ」
「本当か。ポメラニアンは無かったのか」
「柴犬でも似たようなもんじゃん」
 そんな会話をしながら、黄色のチェック柄のブルシートを広げる。シンプルだが、これだってそこそこ可愛い。
「よし! 早速食べようぜ! 後で売店の三色団子も買ってよ!」
「良いが、弁当は結構量があるぞ。きっと腹が一杯になる」
「大丈夫、大丈夫! スイーツは別腹だから! ってぽん吉!!」
 延べたシートに靴を脱いで上がった途端、そばの木の幹に繋いでいたぽん吉が乗り上げようとしたので、俺は慌てて声を上げた……。
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