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第94話
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ようやく互いを求め合うのをやめた時には、午前十一時過ぎになっていた。喘ぎ過ぎて喉がからからだったから、俺はベッドに大の字になって寝たまま「水! 水を寄越せ、京一ん◯ん!」と要求した。
「分かった。今取って来る」
京一郎は召使いのように従順に頷くと、ベッドを出てキッチンへ行った。空調が効いていて少し暑いくらいだから、彼は上半身裸で俺に至ってはまだスッポンポンだ。
「ほら、一気飲みするんじゃないぞ」
「ありがと」
コップに注いだミネラルウォーターを手に戻って来た京一郎に礼を言うと、俺は忠告を聞かずにぐいと呷った。その拍子に飲み損ねた水が口の端から溢れ、首筋を伝った。そんな様子を黙って見ていた京一郎が口を開く。
「あずさ、すまなかった」
「は? 何が?」
「『殺す』などと言って、怖かっただろう」
「ああ、別に気にしてないぜ? それに京一郎になら殺されても恨まねぇよ。りょーちゃんを残して逝く訳にはいかねーから抵抗するけど」
「……俺は父親の自覚が足りないな。あずさはもう母親になっているのに」
「そりゃ、腹ん中に居るからな! りょーちゃんと一心同体だ」
俺はそう言うと、微笑みながら裸の腹を撫でた。すると京一郎は寄って来てベッドに腰掛けて、俺の手に手を重ねた。彼は腹の中の我が子に優しく話し掛ける。
「りょーちゃん、ママを殺すなんて言ってごめんなさい。本気で……なかった訳ではないけど、怖かったですよね」
「やっぱり本気だったのかよ!」
至極正直な言い様に思い切り突っ込んだが、やはり恐ろしいとは思わなかった。りょーちゃんを殺すというなら京一郎でも容赦はしないが……。
そんなことを思っていると、大きなため息を吐いた京一郎が立ち上がった。気持ちを切り替えたのか、いつもの表情に戻っている。
「さて、今から昼食を作るが、食べたらすぐに生チョコタルトを作るぞ」
「マジ!? めっちゃ楽しみ!」
「前にも言ったが、お前も作るんだぞ。手伝いだけで良いが」
「えー、いつもはそんなこと言わないのに」
「俺だって、あずさ手作りのチョコレートを食べたい」
「ぶはっ! そんな理由だったんかい!」
存外可愛いことを言うじゃないか、と俺は噴き出した……。
「さて、まずはジップ◯ックに入れたビスケットを麺棒で叩く。あずさに誂え向きの作業だろう。やってくれ」
「俺に誂え向きってどういう意味だよ!」
昼食後、京一郎は手早く片付けを済ませると宣言通り生チョコタルト作りに取り掛かった。俺は自分用に買った黄色いエプロンを着けて、彼の隣に立つ。それから真面目な顔で渡された麺棒を振り上げ、「よっしゃぁぁぁ!」と叫んでジップ◯ックの中のビスケットに振り下ろした。
「そんなに勢いを付けなくても良い。まるでビスケットに恨みがあるみたいだな」
「当たり前だろ! こいつは今から自分のカロリーで俺に贅肉を付けるつもりなんだからな!」
「なら食べなれければ良いだろう」
「嫌だね!」
そんな阿呆な会話をしながら、それぞれの作業を進める。京一郎はミ◯カの板チョコレートをまな板に載せ包丁で刻んでいる。隙を突いて大きな塊を取ってパクッと口に放り込んだら、「こら」と窘められた。
そうしているうちにビスケットは粉粉になり、満足した俺はふふんと言って「京一郎の敵、討ち取ったり!」と叫んだ。
「俺は別にビスケットに殺られてはいない」
「なあなあ、次は何したら良いんだ!?」
「このレシピは簡単だからな。次はバターを五十グラム分カットしてくれ」
「ウッヒョー! バターが五十グラム! ワクワクすっぞ!」
「贅肉を付けたくないんじゃなかったのか」
京一郎は冷蔵庫から無塩バターの箱を取り出しながら突っ込んだ。俺はゲヘヘと笑って言う。
「お菓子ってパクパク食っちゃうけど、こんな風にヤベェ材料がたっぷり使われてるよな。レシピ見るとビビるわ」
「そうだな。高級な菓子ほど良い材料をたくさん使っているから、思ったよりカロリーが高い」
「全く、罪な奴だぜ!」
「罪な奴と言えば、あずさは罪な男だな。俺にとっては」
「はあ!? 何だその言い掛かりは!!」
俺はバターの重さをデジタルスケールで計りながらそう応えた。ちなみにバターを入れるガラス皿を載せた後、ちゃんとゼロ表示にしていたら、「あずさのことだから、皿の重さまで計ると思っていた」と驚かれたので憤慨した。
「俺はずっと運命の番に出会いたいと思っていたが、どうせ無理だと諦めていたからな。誰のことも好きにならなかったし、こんな風に不安で堪らなくなったり、嫉妬で狂いそうになったりすることは一生ない筈だったんだ」
「ほほう」
「お前と一緒になれて幸せだが、その分気苦労が絶えない。だから罪な男だと言ったんだ」
「成程な! 俺は京一郎のことは全然心配してないぜ! 信頼してるからな」
そう言うと京一郎は嬉しそうになったが、その後少しがっかりしたような顔になったので、おや、と思った。すると自分から理由を話した。
「少しは心配したり、嫉妬したりして欲しい。まるで俺のことはどうでも良いみたいだ……」
「ははっ。でも俺、京一郎とぽん吉が仲良くしてると、ちょっぴり焼き餅焼いてるんだぜ? 本当は」
「そうなのか!?」
「うん。たまに俺より大事にしてるじゃん」
「それはそうだが……」
「そうなのかよ!」
正直な言い様に眉を寄せて突っ込んだら、京一郎は真面目な顔で続けた。
「俺にとってぽん吉さんは世界一大切なパートナーだが、あずさ、お前は俺の半身だ……居なくなったら死んでしまう」
「ふうん。いつの間に俺、京一郎の半分になったんだ?」
ぽっと頬を染めながらそう聞いたら、京一郎は微笑んで「きっと出会う前からそうだったんだ」と答えた……。
「分かった。今取って来る」
京一郎は召使いのように従順に頷くと、ベッドを出てキッチンへ行った。空調が効いていて少し暑いくらいだから、彼は上半身裸で俺に至ってはまだスッポンポンだ。
「ほら、一気飲みするんじゃないぞ」
「ありがと」
コップに注いだミネラルウォーターを手に戻って来た京一郎に礼を言うと、俺は忠告を聞かずにぐいと呷った。その拍子に飲み損ねた水が口の端から溢れ、首筋を伝った。そんな様子を黙って見ていた京一郎が口を開く。
「あずさ、すまなかった」
「は? 何が?」
「『殺す』などと言って、怖かっただろう」
「ああ、別に気にしてないぜ? それに京一郎になら殺されても恨まねぇよ。りょーちゃんを残して逝く訳にはいかねーから抵抗するけど」
「……俺は父親の自覚が足りないな。あずさはもう母親になっているのに」
「そりゃ、腹ん中に居るからな! りょーちゃんと一心同体だ」
俺はそう言うと、微笑みながら裸の腹を撫でた。すると京一郎は寄って来てベッドに腰掛けて、俺の手に手を重ねた。彼は腹の中の我が子に優しく話し掛ける。
「りょーちゃん、ママを殺すなんて言ってごめんなさい。本気で……なかった訳ではないけど、怖かったですよね」
「やっぱり本気だったのかよ!」
至極正直な言い様に思い切り突っ込んだが、やはり恐ろしいとは思わなかった。りょーちゃんを殺すというなら京一郎でも容赦はしないが……。
そんなことを思っていると、大きなため息を吐いた京一郎が立ち上がった。気持ちを切り替えたのか、いつもの表情に戻っている。
「さて、今から昼食を作るが、食べたらすぐに生チョコタルトを作るぞ」
「マジ!? めっちゃ楽しみ!」
「前にも言ったが、お前も作るんだぞ。手伝いだけで良いが」
「えー、いつもはそんなこと言わないのに」
「俺だって、あずさ手作りのチョコレートを食べたい」
「ぶはっ! そんな理由だったんかい!」
存外可愛いことを言うじゃないか、と俺は噴き出した……。
「さて、まずはジップ◯ックに入れたビスケットを麺棒で叩く。あずさに誂え向きの作業だろう。やってくれ」
「俺に誂え向きってどういう意味だよ!」
昼食後、京一郎は手早く片付けを済ませると宣言通り生チョコタルト作りに取り掛かった。俺は自分用に買った黄色いエプロンを着けて、彼の隣に立つ。それから真面目な顔で渡された麺棒を振り上げ、「よっしゃぁぁぁ!」と叫んでジップ◯ックの中のビスケットに振り下ろした。
「そんなに勢いを付けなくても良い。まるでビスケットに恨みがあるみたいだな」
「当たり前だろ! こいつは今から自分のカロリーで俺に贅肉を付けるつもりなんだからな!」
「なら食べなれければ良いだろう」
「嫌だね!」
そんな阿呆な会話をしながら、それぞれの作業を進める。京一郎はミ◯カの板チョコレートをまな板に載せ包丁で刻んでいる。隙を突いて大きな塊を取ってパクッと口に放り込んだら、「こら」と窘められた。
そうしているうちにビスケットは粉粉になり、満足した俺はふふんと言って「京一郎の敵、討ち取ったり!」と叫んだ。
「俺は別にビスケットに殺られてはいない」
「なあなあ、次は何したら良いんだ!?」
「このレシピは簡単だからな。次はバターを五十グラム分カットしてくれ」
「ウッヒョー! バターが五十グラム! ワクワクすっぞ!」
「贅肉を付けたくないんじゃなかったのか」
京一郎は冷蔵庫から無塩バターの箱を取り出しながら突っ込んだ。俺はゲヘヘと笑って言う。
「お菓子ってパクパク食っちゃうけど、こんな風にヤベェ材料がたっぷり使われてるよな。レシピ見るとビビるわ」
「そうだな。高級な菓子ほど良い材料をたくさん使っているから、思ったよりカロリーが高い」
「全く、罪な奴だぜ!」
「罪な奴と言えば、あずさは罪な男だな。俺にとっては」
「はあ!? 何だその言い掛かりは!!」
俺はバターの重さをデジタルスケールで計りながらそう応えた。ちなみにバターを入れるガラス皿を載せた後、ちゃんとゼロ表示にしていたら、「あずさのことだから、皿の重さまで計ると思っていた」と驚かれたので憤慨した。
「俺はずっと運命の番に出会いたいと思っていたが、どうせ無理だと諦めていたからな。誰のことも好きにならなかったし、こんな風に不安で堪らなくなったり、嫉妬で狂いそうになったりすることは一生ない筈だったんだ」
「ほほう」
「お前と一緒になれて幸せだが、その分気苦労が絶えない。だから罪な男だと言ったんだ」
「成程な! 俺は京一郎のことは全然心配してないぜ! 信頼してるからな」
そう言うと京一郎は嬉しそうになったが、その後少しがっかりしたような顔になったので、おや、と思った。すると自分から理由を話した。
「少しは心配したり、嫉妬したりして欲しい。まるで俺のことはどうでも良いみたいだ……」
「ははっ。でも俺、京一郎とぽん吉が仲良くしてると、ちょっぴり焼き餅焼いてるんだぜ? 本当は」
「そうなのか!?」
「うん。たまに俺より大事にしてるじゃん」
「それはそうだが……」
「そうなのかよ!」
正直な言い様に眉を寄せて突っ込んだら、京一郎は真面目な顔で続けた。
「俺にとってぽん吉さんは世界一大切なパートナーだが、あずさ、お前は俺の半身だ……居なくなったら死んでしまう」
「ふうん。いつの間に俺、京一郎の半分になったんだ?」
ぽっと頬を染めながらそう聞いたら、京一郎は微笑んで「きっと出会う前からそうだったんだ」と答えた……。
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