犬のさんぽのお兄さん

深川シオ

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第87話

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 連休中日なかびの土曜はだらだらしているうちにあっという間に終わった(ちなみに俺はほぼ一日中ソファにひっくり返って映画を観ていた)。京一郎は『あずさちゃんに餌を与えてはいけない』と言っていたのに、せっせと三食美味しい料理を作ってくれた。お陰で満腹になり、夜もぐっすり眠れた——けれども寝ているうちに悪夢を見てしまった。
「うう……ぽん吉、俺じゃなくて京一郎を食べてくれ……腹に赤ちゃんが居るんだ」
「何を言っているんだお前は」
 うなされて寝言を言ったら、ゆさゆさ揺さぶられて目が覚めた。ビルくらいの大きさに巨大化したぽん吉に追い詰められていたところだったので、俺ははあはあ息を荒げながら京一郎を見つめ返した。
「っていうか、何で抱っこしてるん!?」
 俺の体には長い腕がしっかり回されていたから、ぎょっとして声を上げた。京一郎の腕の中はほかほかと暖かく、いや、暑かったから悪夢を見たんだな、と納得した。
「何でって、あずさのことが好きだからだ」
「あらまあ、朝からストレートな愛の言葉ね!」
 思わずオネエ口調で突っ込みながら腕の中から抜け出そうとしたら、京一郎は益益ますます腕に力を込めたので失敗した。
「明日はバレンタインデーで入籍日だから、ご馳走ちそうを作るぞ。それから夜は夫夫ふうふの初夜だ」
「ブッ」
 『初夜』なんてパワーワードが京一郎の口から飛び出したから、俺は思い切り噴いた。その拍子に垂れたよだれをゴシゴシ拭きながら叫ぶ。
「初夜って今更過ぎるだろ!! 何回ヤったと思ってんだし!!」
「しかし、夫夫になってからは初めてだからな」
「そうだけど……」
 俺は真っ赤になっているのに、京一郎は至極真面目な顔をしている。恥ずかしい奴だな、と呆れたけれど、もちろん悪い気はしなかった。
「あずさのことだから、肉をたくさん食べたいだろう? クリスマスと同じでスペアリブとタルタルチキン南蛮を作ってやる」
「やったー!」
「だから今すぐ支度をしろ。スペアリブの肉はSの◯協に予約してあるからな」
「りょ!」
 明日は肉三昧出来ると思うと俄然がぜんやる気が湧いて、俺はがばっと起き上がった……。

「せっかく近くまで来たけど、おれに寄るのはやめとこうぜ」
「どうしてだ? お祖父様もお祖母様もあずさに会いたがっているだろう」
「だからだよ! あれこれ心配し過ぎてうるせーの……」
 スペアリブの肉を予約してあるスーパー◯協S店は、俺の家から一キロ半ほどの場所にある。家のすぐそばの量販店にも行くから、京一郎は当然寄ると思っていたようだ。
「でも、ぽん吉も居るし、帰りにタコ公園寄ろうぜ!」
「タコ公園?」
「ダ◯レックス(※寄るつもりの量販店)の裏にタコの滑り台の公園があるんだよ! えるだろ、写真撮ったら」
「そうなのか。そんな公園があるとは知らなかった」
「住宅街の中で道からは見えねーからな」
「というかあずさはイン◯タやツ◯ッターに投稿するのが好きだな。フォロワーはそんなに居ないのに……」
「うるせぇ!」
 そんなやりとりをしているうちに、最初の目的地の量販店ダ◯レックスに到着した。
「お菓子買いたいけど、ダメなんだろ?」
「当たり前だ。明日は生チョコタルト三昧するつもりだろう? あずさのことだから、一人で半分くらい食べると予想している」
「うっ」
 図星だったので、俺は言葉に詰まり無言で店の自動ドアを通過した……。
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