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第73話
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そうして佐智子とは二時間ほどたわいない話をして、また家まで送って貰った。冬の日は短くて、既に真っ暗である。そんな中暖かい光の灯った玄関まで数メートルの距離を歩き、ポケットから取り出した合鍵でガチャガチャ解錠して「たでーまー!」と叫んだ。
「京一郎ー? ちゃんと良い子にしてたかー?」
大きな声で挨拶したのに返事がないから、そう声を掛けながら靴を脱いだ。すると遠くの方でぽん吉が「キャン!」と小さく鳴いて、京一郎が「しっ!」と言うのが聞こえた。
一体何をしているのだろう、と首を傾げ、何故か明かりの点いていないリビングへ入る。夕飯のブリの照り焼きは完成しているのか、キッチンから良い香りが漂ってきたからぐうと腹が鳴った。
「京一郎きゅん。何してんだ?」
壁のスイッチを押してパッと部屋が明るくなると、京一郎の後ろ頭がソファの向こうに見えた。ラグの上に座っているのか体は見えない。
「キャンッ」
その時またぽん吉が鳴いて、京一郎が「ぽん吉さん、せっかくの演出が……」などと言っているので、俺は「だから何してるんだよっ」と突っ込みながらソファを回り込んだ。
「ほら、昼の再放送でよくあるだろう。遅く帰宅したら妻が暗いリビングで座り込んでいる……」
「ああ……」
「あずさが中中帰って来ないから、そうやって不満を表現しようと思ったんだが、ぽん吉さんのお陰で上手くいかなかった」
「中中帰って来ないって、たった二時間やん! それなのに昼ドラの真似って……」
呆れ過ぎて真面目に突っ込んでしまったら、座り込んでぽん吉を抱いていた京一郎は立ち上がり、「さあ、ごはんにするか」と言った……。
一月も下旬になり、俺は妊娠二十週、六ヶ月になった。月曜の今日は四回目の妊婦健診を受ける日だから、俺は朝食の白米を気持ち少なめに装った——それに気付いた京一郎が呆れ顔で「今更無駄だろう……」と呟いたのは無視した。
朝一番の予約だったので、一通りの検査を終え少し待った後、十時半ごろ診察室へ呼ばれ京一郎と二人で結果を聞いた。前回と同じで赤ちゃんには何の問題もなくすくすく成長していたが(経腹エコーでは顔の形がよく分かったので興奮した)、予想通り俺の急激な体重増加が問題視された。
「ちぇ、やっぱり食事制限か……」
「俺が悪かった。達磨のようによく食べるのが嬉しくて、ついつい美味いものを作り過ぎた」
「『達磨のようによく食べる』ってどういう表現だよ! そもそも達磨って何か食うのか……」
転んだら大変だと言って、京一郎は外では常に俺の手を握っている。いつものように公園を横切っている今も同じで、俺は空いている方の手で腹の膨らみを撫でながら文句を言った。
「昼食にはバナナ入りのホットサンドを作るつもりだが、具の量はいつもの半分にしよう」
「ええーっ! 昨日のハンバーグ、たっぷり入れて貰おうと思ってたのに!」
ばーちゃん直伝(?)のバナナ入りホットサンドを作るために、昨日の夕食はハンバーグだった。多めに作って残しておいたそれらの他に、レタスにトマト、チーズ、それから卵をサンドする予定だったのだが、その全てを半量にするというのだから酷い。
「京一郎のけちけち◯ち◯!」
「こら、公道で不穏な単語を叫ぶな」
悔しくて件のニックネームを叫んだら、京一郎は動揺しないでそう言ったから俺はギリギリ歯噛みした。慣れたのか、この程度ではダメージを与えられないようだ。
「あ! そういやエコーでりょーちゃんの顔よく見えたな。やっぱり京一郎似で美形だった」
「そうか? 確かに美形だが、目がくりっとしているし、あずさに似ているな、と思ったんだが……」
「まあどっちでも良いけど、可愛い顔してて良かったぜ! 顔が良いととにかく得するからな! そうだろ? 京一郎」
「まあ、否定はしないが……」
「何だよムカつくな!」
「……」
俺の理不尽な言い草に京一郎は黙ったが、ふと思いついたように言う。
「そういえばりょーちゃんはエコーの時もよく動いていたが、あれから胎動は感じていないのか?」
「え? ああ、そういや……」
実は寝ている時に一度感じたのだが、眠かったので京一郎には教えなかった。そう言うと詰られるからそれは秘密にして、しれっとした顔で提案する。
「帰ったら話しかけてみようぜ。そしたら動くかも……」
「ナイスアイデアだ。あずさ、手を洗ったらすぐに腹を出せよ」
「何か嫌な頼み方……」
俺は京一郎の言い様に眉を寄せたが、彼は心ここに在らずといった様子で俺の手をぎゅっと握った……。
「京一郎ー? ちゃんと良い子にしてたかー?」
大きな声で挨拶したのに返事がないから、そう声を掛けながら靴を脱いだ。すると遠くの方でぽん吉が「キャン!」と小さく鳴いて、京一郎が「しっ!」と言うのが聞こえた。
一体何をしているのだろう、と首を傾げ、何故か明かりの点いていないリビングへ入る。夕飯のブリの照り焼きは完成しているのか、キッチンから良い香りが漂ってきたからぐうと腹が鳴った。
「京一郎きゅん。何してんだ?」
壁のスイッチを押してパッと部屋が明るくなると、京一郎の後ろ頭がソファの向こうに見えた。ラグの上に座っているのか体は見えない。
「キャンッ」
その時またぽん吉が鳴いて、京一郎が「ぽん吉さん、せっかくの演出が……」などと言っているので、俺は「だから何してるんだよっ」と突っ込みながらソファを回り込んだ。
「ほら、昼の再放送でよくあるだろう。遅く帰宅したら妻が暗いリビングで座り込んでいる……」
「ああ……」
「あずさが中中帰って来ないから、そうやって不満を表現しようと思ったんだが、ぽん吉さんのお陰で上手くいかなかった」
「中中帰って来ないって、たった二時間やん! それなのに昼ドラの真似って……」
呆れ過ぎて真面目に突っ込んでしまったら、座り込んでぽん吉を抱いていた京一郎は立ち上がり、「さあ、ごはんにするか」と言った……。
一月も下旬になり、俺は妊娠二十週、六ヶ月になった。月曜の今日は四回目の妊婦健診を受ける日だから、俺は朝食の白米を気持ち少なめに装った——それに気付いた京一郎が呆れ顔で「今更無駄だろう……」と呟いたのは無視した。
朝一番の予約だったので、一通りの検査を終え少し待った後、十時半ごろ診察室へ呼ばれ京一郎と二人で結果を聞いた。前回と同じで赤ちゃんには何の問題もなくすくすく成長していたが(経腹エコーでは顔の形がよく分かったので興奮した)、予想通り俺の急激な体重増加が問題視された。
「ちぇ、やっぱり食事制限か……」
「俺が悪かった。達磨のようによく食べるのが嬉しくて、ついつい美味いものを作り過ぎた」
「『達磨のようによく食べる』ってどういう表現だよ! そもそも達磨って何か食うのか……」
転んだら大変だと言って、京一郎は外では常に俺の手を握っている。いつものように公園を横切っている今も同じで、俺は空いている方の手で腹の膨らみを撫でながら文句を言った。
「昼食にはバナナ入りのホットサンドを作るつもりだが、具の量はいつもの半分にしよう」
「ええーっ! 昨日のハンバーグ、たっぷり入れて貰おうと思ってたのに!」
ばーちゃん直伝(?)のバナナ入りホットサンドを作るために、昨日の夕食はハンバーグだった。多めに作って残しておいたそれらの他に、レタスにトマト、チーズ、それから卵をサンドする予定だったのだが、その全てを半量にするというのだから酷い。
「京一郎のけちけち◯ち◯!」
「こら、公道で不穏な単語を叫ぶな」
悔しくて件のニックネームを叫んだら、京一郎は動揺しないでそう言ったから俺はギリギリ歯噛みした。慣れたのか、この程度ではダメージを与えられないようだ。
「あ! そういやエコーでりょーちゃんの顔よく見えたな。やっぱり京一郎似で美形だった」
「そうか? 確かに美形だが、目がくりっとしているし、あずさに似ているな、と思ったんだが……」
「まあどっちでも良いけど、可愛い顔してて良かったぜ! 顔が良いととにかく得するからな! そうだろ? 京一郎」
「まあ、否定はしないが……」
「何だよムカつくな!」
「……」
俺の理不尽な言い草に京一郎は黙ったが、ふと思いついたように言う。
「そういえばりょーちゃんはエコーの時もよく動いていたが、あれから胎動は感じていないのか?」
「え? ああ、そういや……」
実は寝ている時に一度感じたのだが、眠かったので京一郎には教えなかった。そう言うと詰られるからそれは秘密にして、しれっとした顔で提案する。
「帰ったら話しかけてみようぜ。そしたら動くかも……」
「ナイスアイデアだ。あずさ、手を洗ったらすぐに腹を出せよ」
「何か嫌な頼み方……」
俺は京一郎の言い様に眉を寄せたが、彼は心ここに在らずといった様子で俺の手をぎゅっと握った……。
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