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3章 したい、できない
18 セーフワードは「ハズレ」
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「夕夜さん、『おすわり』」
夕夜は白床タイルに降り、ぺたんと女の子座りした。いきなり特殊なコマンドではなくほっとする一方、眉間に皺が寄る。
プレイは基本、「おすわり」で始まる。しかし夕夜はこのコマンドがしっくりこないのだ。
「……ちなみに痛いの好きだったりする?」
「殴りたきゃ殴れ、殴り返す」
「うん、夕夜さんがMじゃないほうが俺としても助かる」
とはいえ、これなら一発でその気になる、というコマンドも見つからない。
「とりま『よくできました』っと。ボーイって感じじゃないか」
プレイはドムがコマンドを出し、サブが応える。うまくできたら「ご褒美」、うまくできなかったら「お仕置き」を使い分け、コマンドの難易度を上げていく。
「構わねえ、続けろ」
難易度と、達成できたときの充足は比例する。よってこの違和感を消すべく、ご褒美もそこそこに次のコマンドを求めた。
だが真王は下着一枚で胡坐を掻き、指で夕夜の唇をふにふになぞるばかり。
真王の躊躇は、夕夜の嫌いな焦らしになる。睨まないよう努め、真王の声を待つ。
「えーと、あ、ちんこ『舐めて』」
真王は見得を切った割にぎこちない。
夕夜の反応が悪いせいだろう。挽回すべく、真王の下着を口でずらした。極上品を露出させれば、濃い雄の匂いが拡がる。
(真王のコマンドに、抵抗はねえ)
半ば暗示をかけ、じゅるりとしゃぶりついた。先っぽを舌でつつき、頬をすぼめて吸い上げる。
「は、ぁ……っ、『じょーず』」
たちまち真王が嬌声を上げた。夕夜の小さな頭蓋骨を両手で包んで引き寄せる。夕夜としてもフェラは巧い自負がある。
「んっ、ふ、んぅ」
夕夜も声が出始めた。唾液がたくさん分泌してくる。「美味い」と悦ぶかのように。
身体の触れ合いによる気持ちよさなら、感じられる。
亀頭の形が浮き出た夕夜の頬を、真王がうっとり撫でた。こういう表情を見せられると夕夜も気分がよくなる。
何でもコマンド言ってみろ、と真王を見上げる。
真王ははっと我に返った。咥内の性器も芯をなくし、居たたまれなさそうにする。
一転して暗雲が立ち込めた。
(そうだ、真王の本音は「支配したくない」んだ。支配っぽくねえコマンドは……)
夕夜は必死に頭を捻った。でも、真王とのプレイを成功に導いてくれるコマンドは浮かばない。
そんなコマンドは存在しないのだ。ドムとサブである限り、支配関係になる。
「……『下の口見せて』、くれる?」
夕夜がコマンドに応えなかったわけではないので、真王は「お仕置き」はせず、新たな、かつ変に捻りのないコマンドをくれた。
コマンドが効いているところを見せれば、プレイを立て直せる。
しかし夕夜の後腔はひくつきもせず、陰茎も萎えたまま。
(くそサブが)
真王が相手でも駄目なのかと、苦味がこみ上げた。サブなのに、なぜ好きなドムとプレイしても満たされないのだ。いっそふつうに従えて気持ちよくなれるサブになりたかった。
「……悪い。毒に中っただろ。コマンドが効きにくいおれのほうが『ハズレ』だな」
絶望まじりの自嘲が、プレイ中止の合図になった。
真王が慌てたように夕夜をベッドに引き上げ、抱き締めてくる。
「や、俺がいまいちなせいだから」
互いにプレイ失敗の原因を被ろうとする。
ドムっぽいサブの夕夜と、ドムらしくないドムの真王ならうまくいくのでは――と期待もあったぶん、打ちひしがれた。
(まさかプレイが成立すらしねえとは)
こんな夕夜とぴったり合うドムがどこかにいる、と夢見るのはもうやめるべきか。
サイドチェストに置いたジッポを見やる。プレイ失敗で身体が怠いが、甘い香りの煙草を吸うより、真王の腕に包まれていたい。
(サブじゃ、なけりゃ)
真王のセフレでなく、恋人になりたい。
それくらい惹かれているからこそ、ただ恋人になって、プレイはそれぞれ別のパートナーと行う、なんて耐えられない。
二階堂と利害関係を続けられたのは、心を占める恋をしていなかったからだ。
あれこれ理想を掲げても、恋はそれとは関係なく落ちてしまう。はじめて会ったとき、泣くほど愛したがっていた真王に、もう落ちていたのだと思い知る。
(真王を拾ったつもりが、俺が落ちてた)
真王のコマンドは、甘い愛だ。サブを痛みや苦しみに晒さない。
なのに夕夜が気持ちよくなってやれないばかりに、ただの支配と同じみたいにしてしまった。ドムのプライドをへし折る毒花、とは言い得ている。
(真王を解放してやらねえと。こいつの愛し方で満たされるサブが他にいるだろうし)
真王に苦痛を味わわせたくない。でも、夕夜への好意を失いたくない。
「夕夜さん、今何考えてる? 何も考えないで、しよ」
今だけはと、泣きそうな顔の真王に身を委ねる。皮肉にもふつうのセックスならすごく悦くて、明け方まで無心に抱かれ続けた。
夕夜は白床タイルに降り、ぺたんと女の子座りした。いきなり特殊なコマンドではなくほっとする一方、眉間に皺が寄る。
プレイは基本、「おすわり」で始まる。しかし夕夜はこのコマンドがしっくりこないのだ。
「……ちなみに痛いの好きだったりする?」
「殴りたきゃ殴れ、殴り返す」
「うん、夕夜さんがMじゃないほうが俺としても助かる」
とはいえ、これなら一発でその気になる、というコマンドも見つからない。
「とりま『よくできました』っと。ボーイって感じじゃないか」
プレイはドムがコマンドを出し、サブが応える。うまくできたら「ご褒美」、うまくできなかったら「お仕置き」を使い分け、コマンドの難易度を上げていく。
「構わねえ、続けろ」
難易度と、達成できたときの充足は比例する。よってこの違和感を消すべく、ご褒美もそこそこに次のコマンドを求めた。
だが真王は下着一枚で胡坐を掻き、指で夕夜の唇をふにふになぞるばかり。
真王の躊躇は、夕夜の嫌いな焦らしになる。睨まないよう努め、真王の声を待つ。
「えーと、あ、ちんこ『舐めて』」
真王は見得を切った割にぎこちない。
夕夜の反応が悪いせいだろう。挽回すべく、真王の下着を口でずらした。極上品を露出させれば、濃い雄の匂いが拡がる。
(真王のコマンドに、抵抗はねえ)
半ば暗示をかけ、じゅるりとしゃぶりついた。先っぽを舌でつつき、頬をすぼめて吸い上げる。
「は、ぁ……っ、『じょーず』」
たちまち真王が嬌声を上げた。夕夜の小さな頭蓋骨を両手で包んで引き寄せる。夕夜としてもフェラは巧い自負がある。
「んっ、ふ、んぅ」
夕夜も声が出始めた。唾液がたくさん分泌してくる。「美味い」と悦ぶかのように。
身体の触れ合いによる気持ちよさなら、感じられる。
亀頭の形が浮き出た夕夜の頬を、真王がうっとり撫でた。こういう表情を見せられると夕夜も気分がよくなる。
何でもコマンド言ってみろ、と真王を見上げる。
真王ははっと我に返った。咥内の性器も芯をなくし、居たたまれなさそうにする。
一転して暗雲が立ち込めた。
(そうだ、真王の本音は「支配したくない」んだ。支配っぽくねえコマンドは……)
夕夜は必死に頭を捻った。でも、真王とのプレイを成功に導いてくれるコマンドは浮かばない。
そんなコマンドは存在しないのだ。ドムとサブである限り、支配関係になる。
「……『下の口見せて』、くれる?」
夕夜がコマンドに応えなかったわけではないので、真王は「お仕置き」はせず、新たな、かつ変に捻りのないコマンドをくれた。
コマンドが効いているところを見せれば、プレイを立て直せる。
しかし夕夜の後腔はひくつきもせず、陰茎も萎えたまま。
(くそサブが)
真王が相手でも駄目なのかと、苦味がこみ上げた。サブなのに、なぜ好きなドムとプレイしても満たされないのだ。いっそふつうに従えて気持ちよくなれるサブになりたかった。
「……悪い。毒に中っただろ。コマンドが効きにくいおれのほうが『ハズレ』だな」
絶望まじりの自嘲が、プレイ中止の合図になった。
真王が慌てたように夕夜をベッドに引き上げ、抱き締めてくる。
「や、俺がいまいちなせいだから」
互いにプレイ失敗の原因を被ろうとする。
ドムっぽいサブの夕夜と、ドムらしくないドムの真王ならうまくいくのでは――と期待もあったぶん、打ちひしがれた。
(まさかプレイが成立すらしねえとは)
こんな夕夜とぴったり合うドムがどこかにいる、と夢見るのはもうやめるべきか。
サイドチェストに置いたジッポを見やる。プレイ失敗で身体が怠いが、甘い香りの煙草を吸うより、真王の腕に包まれていたい。
(サブじゃ、なけりゃ)
真王のセフレでなく、恋人になりたい。
それくらい惹かれているからこそ、ただ恋人になって、プレイはそれぞれ別のパートナーと行う、なんて耐えられない。
二階堂と利害関係を続けられたのは、心を占める恋をしていなかったからだ。
あれこれ理想を掲げても、恋はそれとは関係なく落ちてしまう。はじめて会ったとき、泣くほど愛したがっていた真王に、もう落ちていたのだと思い知る。
(真王を拾ったつもりが、俺が落ちてた)
真王のコマンドは、甘い愛だ。サブを痛みや苦しみに晒さない。
なのに夕夜が気持ちよくなってやれないばかりに、ただの支配と同じみたいにしてしまった。ドムのプライドをへし折る毒花、とは言い得ている。
(真王を解放してやらねえと。こいつの愛し方で満たされるサブが他にいるだろうし)
真王に苦痛を味わわせたくない。でも、夕夜への好意を失いたくない。
「夕夜さん、今何考えてる? 何も考えないで、しよ」
今だけはと、泣きそうな顔の真王に身を委ねる。皮肉にもふつうのセックスならすごく悦くて、明け方まで無心に抱かれ続けた。
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