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2章 正反対で似てる二人

9 酒に呑まれる犬

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 真王がどんなドムか掘り下げ、判定クリアならプレイしてみる。
 それには酒をたくさん飲ませるのが最適だ。初対面時の酔った真王は、本音を取り繕えていない感じだった。

(そこが可愛かった……のはともかく)

 ちなみに夕夜は酒にめっぽう強い。

 三十日。世間は年末年始休みだ。だが夕夜は夜出勤なので、真っ昼間にベランダに出た。煙草をふかせば、どたばた足音が響く。

「おか、おはよ、夕夜さん」

 真王は寝癖頭だ。昨日仕事納めして、朝まで遊んでいたのか。何にせよ言い渡す。

「鍋洗ったから取りにこい。鍵は開いてる」
「へ。――ぁ、行く行く!」

 にゅうめんの入っていたストウブ鍋を餌に誘うと、真王は三拍遅れで罠に嵌まった。隔板越しに渡せばいい、とは言わずに。
 黒い部屋着姿の夕夜は魔女さながらである。古い資格テキストを赤外線ヒーターの後ろに仕舞い、可愛い「犬」を迎え入れる。

「お邪魔しまーす」

 ヴィトンのサンダルを脱いだ真王は、迷彩柄スウェット上下という出で立ちだ。

「テレビもソファもまだ買ってないの?」

 きょろきょろしながら後ろをついてくる。リビングのガラスローテーブルに、オールドウイスキーやらヴィンテージワインやら――よく客に貰うが独り酒しないので未開封――が並ぶのを見て、大きな目を輝かせた。

「つまみつくったげる。って、冷蔵庫小っさ。中身無! 『真王セレクション』取ってくっから鍵閉めんなよ、絶対だからな」

 かと思うと鍋そっちのけで共用廊下を一往復し、肉も魚も、青果に調味料まで持参する。

 ――それが一時間前のこと。

「ニュートラルはいいよな、特別な何かじゃないってのは逆に恵まれてるわ」

 ラグに胡坐を掻いた真王が、くだを巻く。酔っ払うのが早過ぎないか。先の歓迎会では酒量をセーブしていたようだ。顔が赤くなったりはせず酔いを判別しにくいのがまた危険だ。

(食うぞこら)

 夕夜はテーブルの向かいで片膝を立てた。下がり眉で自作の鯛カルパッチョをつつく真王へのむずむずを抑え、探りを入れる。

「ドムのが恵まれてるだろ」
「恵まれてない。サブじゃなくても支配されたがる女、多過ぎ。支配って、せがまれてするもんじゃなくね。ふつうに愛させろっての」

 真王は気怠い息を吐いた。

 夕夜に言わせれば、サブを支配して強者気分を味わいたがる男が多い。そういう輩にはうんざりだ。
 ドムの真王も、同じようにうんざりしているとは意外だった。

 というか、そんなドムばめったにいまい。ドムは異性に人気で、登用されやすく就職・進学で有利、他を支配する存在だと自他ともに疑わない、「人生勝ち組」だ。
 なのに、真王は満たされていないらしい。

(そういや愛し方わかんねえって泣いてたな)

 いじらしさを感じかけ、いやいやと首を振る。まだ最終判定を下すのは早い。

「なんで、んなドムっぽくねえこと言うんだ」
「ん……俺、父さんもドムなんだけど、さ」

 真王は言い淀み、ウイスキーを呷った。親子でダイナミクス持ちとはめずらしい。

「親父さんがどうした」

 グラスにおかわりを注いでやりつつ、「相談に乗ってやる」という顔で頷く。

「五年前、クリスマスに母さんがでっかいケーキつくってくれたのに、」

 乗せられた真王が、やたらでかい苺を齧り齧り切り出した。


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