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2章 正反対で似てる二人

8 火を点けて

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 二十五日。今夜は大人数の接待ではなく、パトロンの指名が入っている。

 銀座のオーベルジュで二階堂と落ち合った。会うのはひと月ぶりだ。長身をダブルスーツに包み、黒髪をオールバックにして、五十歳を越えても色気が衰えない。

「慎、新居は快適かね」
「……はい、おかげ様で」

 真王の派手顏が頭をぎった。新居のベランダに乗り出してくるせいだ。
 個室に移り、プレイが始まっても、真王を慰めるはずが善がっていたセックスを思い出してしまう。

(集中しねえと)

 二階堂は多大な金や魅力を持ちながら、さらりと使う。プレイも紳士的だ。奇をてらわないほうが、夕夜も素直にその気になる。

「[見せてみなさいpresent]」
「……っ」

 白肌も、彩りを添える粘膜も、隅々まで見せて、愉しんでもらう。やがて呼吸が色を帯びた。ダイナミクスの充足は、性的満足に似ている。

 サブの男がみなゲイとは限らない。ただしパートナー限定で肉体関係になる例が多い。なぜなら、コマンドは性的な意図のあるものが半数を占める。だからパートナーと恋人は同じほうがうまくいく。

「[ご苦労だったWell done]」

 プレイは一時間ほどで終えた。
 分厚い封筒――指名料を受け取り、別々にハイヤーに乗る。ひと晩中プレイ、とはいかない。

(向こうは家族サービスしねえとだしな)

 夕夜は、事務所に入る際に上京したきり一度も里帰りしていない。せめてパートナーを紹介できるようになってから、と考えている。

 帰宅するや暗いリビングを突っ切り、ベランダの柵に寄り掛かった。香りが在宅の合図になってしまうので煙草は吸わない。

 にもかかわらず、隣室から足音がした。掃き出し窓を細く開けていたようだ。

「おかえりー」
「……寝てろ。何時だと思ってんだ」

 二日連続の派手な顏と軽い声に、つい和んでしまう。
 頭を冷やしたくて目を逸らした。夕夜の退勤時間は日によって違うので、待たなくていいというのは本心だ。

「明日の仕事のご心配どうも。コネで入った事務所だし、適当にやっても楽勝なんだわ」

 夕夜は一転、奥歯を噛み締めた。競争率の高い大手のくせに、コネとは何だ。
 柵に頬杖を突き、クリスマスカラーの緑と赤にライトアップされた東京タワーを眺め続ける。何となく今は真王と話したくない。いちいち癇に障るから。他のドムとプレイした直後だから……?

「あんた、ほんと黙ってりゃミステリアスな美人だよな。プレイもうまくいきそうなのに」

 夕夜のつくった壁を薙ぎ倒すみたいに、真王がぺらぺらしゃべる。頬に刺さる視線まで煩い。視線の場合は静音妨害罪にならないか。

「口がわりいのは昔からだ」

 文句あるかと向き直れば、気さくな笑顔とぶつかった。悔しくも心臓が跳ねる。

「やっとこっち見た。ほい、クリプレ」

 真王は揚々と小箱を突き出してきた。
 手の甲の血管と骨張った指が惜しげもなく晒され、唾を呑む。涎を出している場合か、と反射で受け取ってしまった。包みには夕夜も知っているブランドロゴ。

 「開けて開けて」と真王の顔が煩いので、その場でべりべり包装を解く。

 ジッポオイルライターが出てきた。ゴールドだが派手過ぎないデザインだ。質もいい。だが、いつの間に調達した?

「あんた適当なライター使ってたっしょ。明日からそれ使ってよ」
「……おれは何も用意してねえが」

 夕夜は頷きかねた。ドムや男に貢がれて当然とは思わない。贈り物を持て余す。
 対する真王は、自嘲じみた息を吐いた。だがすぐ、口角を片側だけ上げて笑う。

「んじゃセックスする?」
「はっ。安くねえって言ったろ」

 真王の体温を想起して腰が疼くも、ぎりぎり踏みとどまった。真王は作戦失敗を悟り、下心を引っ込める。

「ちぇ。まあいいわ、おやすみ」

 やはり粘りはせず、引き上げていった。
 遅くまで待っていたことに免じてジッポは突き返さず、夕夜も部屋に戻る。
 二階堂にプレイしてもらった直後より、肩が軽い。

 真王をつっぱね切れないのを認めざるを得ない。逆に真王は「脈なし」と判定すれば、元カノのようにあっさり見切るだろう。

(運命判定材料、追加で集めるか)


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