62 / 67
7章 これが魔法遣いたちの望みです
23話 十年分の戯曲の上演
しおりを挟む
わたしはたちまち視線を彷徨わせた。
(次の段階に進む、ソーマからの誘い……ですよね。でも、二周目は口づけもまだですのに)
世界の守り方を突き止めて実行したのに、恋の進め方はさっぱりわからない。
「無理にとは言わないよ」
「……いえ。あなたのものになりたいです」
機を逃したくなくて、消え入りそうな声で応じる。夢想の中では色っぽく言えた台詞も、現実では羞恥が大きい。
ソーマはいそいそわたしの手を取った。
「なんて贅沢なんだろう、僕のユーリィ」
月明かりで仄明るい寝台へ導かれる。それだけで拍動が速まる。恋心が具現化するみたいに掌が薄っすら光った。
「わ、魔力が漏れてしまいました。痺れませんでしたか」
「ユーリィにびりびりされるならもっと強くても……てのはさておき」
寝台に腰掛け、向き合う姿勢でわたしを膝に乗せたソーマが、低くつぶやく。
「ニコに何回キス……口づけされた?」
「えっ?」
思ってもない尋問だ。
「ゲームの中に入れたからこそ、生身の好きな人は誰にも触られたくないよ。NTR萌えの性癖はない」
彼は、雰囲気は「孤高」よりやわらいだものの、悪魔的な美貌の持ち主なのは変わらない。紅眼が薄闇の中できりりときらめく。そこに浮かぶは――独占欲。
「それと、キスをいやな記憶のままにしたくないのもある。楽しくて気持ちいい記憶に、僕が上書きしてあげる。だから教えて」
確かに、ニコに咥内に侵入されたときは嫌悪しかなかった。でも相手がソーマだと、気恥ずかしさの奥に期待が滲み出す。
わたしさえ知らないわたしを引き出し、愛してくれるという期待――。
「二度……いえ、三度だったかと」
実際は時間遡行を見破られた日の二度が正しいが、多めに申告する。ソーマが上書きしてくれるならと欲張った。
(わたしを欲張りにしたのはソーマです)
ソーマは「わかった」と言い、わたしの頬を両手で包んだ。いったいどこまで「わかった」のか。ソーマの黒髪が帳のように降りてきて、目を閉じる。
唇を食まれる。温かくて、やわらかくて、甘い痺れが全身に拡がる。
「ふ、ぅ……ん」
ソーマの舌がうやうやしくもぐり込んできた。わたしも応えようとするも、なかなかうまく絡ませられない。
「拙くて、すみません」
「むしろ可愛いよ」
「わたしを可愛いと言うのはソーマくらいです。公爵も、わたしを何とも思っていませんでした」
「知ってたの?」
やはりそうか。兄と血を分けていても、肝心な華の部分が違う。
「でも、公爵のおじいさんも双子の弟だったから、弟の君を気に掛けてた、と思う」
公爵の記憶を持つソーマが、明らかな嘘を吐く。兄を敬っているというのもソーマの考えだろう。
「あなたは優しい」
自嘲の笑みは、二度目の口づけに呑み込まれた。
優しいだけじゃないとばかりに深く舌が絡まり、息苦しい。でも魔力が走るかのごとく背筋がぞくぞくして、やめないでほしい。
「ん、んん……ぁ、……~」
ソーマはわたしの望みを正確に読み取り、口の中の敏感なところを舐め尽くす。上顎、歯の付け根、舌先――。口の端から唾液が伝う。好物の無花果より後を引く。
「は、っ、はぁ、はあ、」
やっと解放されたときには息が上がっていた。力も入らず、くたりとソーマに寄り掛かる。ソーマはわたしを苦もなく支えた。
「ずいぶんお上手ですね?」
感心半分、嫉妬半分で言う。慣れた様子なのは八回目の経験ゆえだろう。がっかりはしないが嫉妬はする。わたしだって、ソーマが他の誰かを触るのはいやだ。
「他の人としたのは一度きりだよ。もっとも、はじめても君がよかったけど」
一方のソーマは、わたしの濡れた唇を指で拭ってくれつつ微笑む。そのさみしげな声色に、わたしは浅慮を悔いた。
ソーマだって本意でなかったのだ。ニコに与したわたしと同じく。それでもわたしを守るために、身体すら使った。
「わたしたちが創る物語では、わたしがはじめてで最後ですよ」
ソーマは「そう願う」と、三度、唇を合わせた。
二度目はわたしを気持ちよくさせようという動きだったが、今度は自分の欲に従うかのごとく翻弄してくる。
「ひ、ゃ……っ、ソ……マ、ぁ」
この時点でいやな記憶は消えていた。
しかしソーマは一瞬の息継ぎのみ挟み、四度、五度とわたしの唇を貪る。
わたしはひとつずつソーマのやり方を覚えた。今目の前にいる、可愛いところもあって、雄の顔も見え隠れするソーマへの想いが満ちて溢れる。
「あぁ、ん」
わたしがすっかりとろけた頃に体温が離れていく。つ、と透明な糸が引いた。もっと、と視線でねだると、ソーマはなぜか眉間に皺を寄せる。
「その顏はニコに見せてないよね?」
「わたしがこうなるのは、あなたの前だけですよ」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべたつもりが、ソーマは片手で目もとを覆った。
「待って、原作超え……」
ふーっと息を吐く。かと思うと、
「『ユーリィの肌に触れたい。服を自ら脱いでみせよ』」
口調が変わった。まるで公爵のような。それも、聞き覚えのある言い回し……。
ソーマは上衣に隠して何やら書物を盗み見ている。ミロシュ家に伝わる指南書――ではない。
「わたしの戯曲!」
(次の段階に進む、ソーマからの誘い……ですよね。でも、二周目は口づけもまだですのに)
世界の守り方を突き止めて実行したのに、恋の進め方はさっぱりわからない。
「無理にとは言わないよ」
「……いえ。あなたのものになりたいです」
機を逃したくなくて、消え入りそうな声で応じる。夢想の中では色っぽく言えた台詞も、現実では羞恥が大きい。
ソーマはいそいそわたしの手を取った。
「なんて贅沢なんだろう、僕のユーリィ」
月明かりで仄明るい寝台へ導かれる。それだけで拍動が速まる。恋心が具現化するみたいに掌が薄っすら光った。
「わ、魔力が漏れてしまいました。痺れませんでしたか」
「ユーリィにびりびりされるならもっと強くても……てのはさておき」
寝台に腰掛け、向き合う姿勢でわたしを膝に乗せたソーマが、低くつぶやく。
「ニコに何回キス……口づけされた?」
「えっ?」
思ってもない尋問だ。
「ゲームの中に入れたからこそ、生身の好きな人は誰にも触られたくないよ。NTR萌えの性癖はない」
彼は、雰囲気は「孤高」よりやわらいだものの、悪魔的な美貌の持ち主なのは変わらない。紅眼が薄闇の中できりりときらめく。そこに浮かぶは――独占欲。
「それと、キスをいやな記憶のままにしたくないのもある。楽しくて気持ちいい記憶に、僕が上書きしてあげる。だから教えて」
確かに、ニコに咥内に侵入されたときは嫌悪しかなかった。でも相手がソーマだと、気恥ずかしさの奥に期待が滲み出す。
わたしさえ知らないわたしを引き出し、愛してくれるという期待――。
「二度……いえ、三度だったかと」
実際は時間遡行を見破られた日の二度が正しいが、多めに申告する。ソーマが上書きしてくれるならと欲張った。
(わたしを欲張りにしたのはソーマです)
ソーマは「わかった」と言い、わたしの頬を両手で包んだ。いったいどこまで「わかった」のか。ソーマの黒髪が帳のように降りてきて、目を閉じる。
唇を食まれる。温かくて、やわらかくて、甘い痺れが全身に拡がる。
「ふ、ぅ……ん」
ソーマの舌がうやうやしくもぐり込んできた。わたしも応えようとするも、なかなかうまく絡ませられない。
「拙くて、すみません」
「むしろ可愛いよ」
「わたしを可愛いと言うのはソーマくらいです。公爵も、わたしを何とも思っていませんでした」
「知ってたの?」
やはりそうか。兄と血を分けていても、肝心な華の部分が違う。
「でも、公爵のおじいさんも双子の弟だったから、弟の君を気に掛けてた、と思う」
公爵の記憶を持つソーマが、明らかな嘘を吐く。兄を敬っているというのもソーマの考えだろう。
「あなたは優しい」
自嘲の笑みは、二度目の口づけに呑み込まれた。
優しいだけじゃないとばかりに深く舌が絡まり、息苦しい。でも魔力が走るかのごとく背筋がぞくぞくして、やめないでほしい。
「ん、んん……ぁ、……~」
ソーマはわたしの望みを正確に読み取り、口の中の敏感なところを舐め尽くす。上顎、歯の付け根、舌先――。口の端から唾液が伝う。好物の無花果より後を引く。
「は、っ、はぁ、はあ、」
やっと解放されたときには息が上がっていた。力も入らず、くたりとソーマに寄り掛かる。ソーマはわたしを苦もなく支えた。
「ずいぶんお上手ですね?」
感心半分、嫉妬半分で言う。慣れた様子なのは八回目の経験ゆえだろう。がっかりはしないが嫉妬はする。わたしだって、ソーマが他の誰かを触るのはいやだ。
「他の人としたのは一度きりだよ。もっとも、はじめても君がよかったけど」
一方のソーマは、わたしの濡れた唇を指で拭ってくれつつ微笑む。そのさみしげな声色に、わたしは浅慮を悔いた。
ソーマだって本意でなかったのだ。ニコに与したわたしと同じく。それでもわたしを守るために、身体すら使った。
「わたしたちが創る物語では、わたしがはじめてで最後ですよ」
ソーマは「そう願う」と、三度、唇を合わせた。
二度目はわたしを気持ちよくさせようという動きだったが、今度は自分の欲に従うかのごとく翻弄してくる。
「ひ、ゃ……っ、ソ……マ、ぁ」
この時点でいやな記憶は消えていた。
しかしソーマは一瞬の息継ぎのみ挟み、四度、五度とわたしの唇を貪る。
わたしはひとつずつソーマのやり方を覚えた。今目の前にいる、可愛いところもあって、雄の顔も見え隠れするソーマへの想いが満ちて溢れる。
「あぁ、ん」
わたしがすっかりとろけた頃に体温が離れていく。つ、と透明な糸が引いた。もっと、と視線でねだると、ソーマはなぜか眉間に皺を寄せる。
「その顏はニコに見せてないよね?」
「わたしがこうなるのは、あなたの前だけですよ」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべたつもりが、ソーマは片手で目もとを覆った。
「待って、原作超え……」
ふーっと息を吐く。かと思うと、
「『ユーリィの肌に触れたい。服を自ら脱いでみせよ』」
口調が変わった。まるで公爵のような。それも、聞き覚えのある言い回し……。
ソーマは上衣に隠して何やら書物を盗み見ている。ミロシュ家に伝わる指南書――ではない。
「わたしの戯曲!」
42
お気に入りに追加
217
あなたにおすすめの小説
わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中
月灯
BL
【本編完結済・番外編更新中】魔術学院の真面目な新米教師・アーサーには秘密がある。かつての同級生、いまは天才魔術師として名を馳せるジルベルトに抱かれていることだ。
……なぜジルベルトは僕なんかを相手に?
疑問は募るが、ジルベルトに想いを寄せるアーサーは、いまの関係を失いたくないあまり踏み込めずにいた。
しかしこの頃、ジルベルトの様子がどうもおかしいようで……。
気持ちに無自覚な執着攻め×真面目片想い受け
イラストはキューさん(@kyu_manase3)に描いていただきました!

美形×平凡の子供の話
めちゅう
BL
美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか?
──────────────────
お読みくださりありがとうございます。
お楽しみいただけましたら幸いです。

悪徳領主の息子に転生しました
アルト
ファンタジー
悪徳領主。その息子として現代っ子であった一人の青年が転生を果たす。
領民からは嫌われ、私腹を肥やす為にと過分過ぎる税を搾り取った結果、家の外に出た瞬間にその息子である『ナガレ』が領民にデカイ石を投げつけられ、意識不明の重体に。
そんな折に転生を果たすという不遇っぷり。
「ちょ、ま、死亡フラグ立ち過ぎだろおおおおお?!」
こんな状態ではいつ死ぬか分かったもんじゃない。
一刻も早い改善を……!と四苦八苦するも、転生前の人格からは末期過ぎる口調だけは受け継いでる始末。
これなんて無理ゲー??

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!
冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。
「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」
前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて……
演技チャラ男攻め×美人人間不信受け
※最終的にはハッピーエンドです
※何かしら地雷のある方にはお勧めしません
※ムーンライトノベルズにも投稿しています
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

俺の親友がモテ過ぎて困る
くるむ
BL
☆完結済みです☆
番外編として短い話を追加しました。
男子校なのに、当たり前のように毎日誰かに「好きだ」とか「付き合ってくれ」とか言われている俺の親友、結城陽翔(ゆうきはるひ)
中学の時も全く同じ状況で、女子からも男子からも追い掛け回されていたらしい。
一時は断るのも面倒くさくて、誰とも付き合っていなければそのままOKしていたらしいのだけど、それはそれでまた面倒くさくて仕方がなかったのだそうだ(ソリャソウダロ)
……と言う訳で、何を考えたのか陽翔の奴、俺に恋人のフリをしてくれと言う。
て、お前何考えてんの?
何しようとしてんの?
……てなわけで、俺は今日もこいつに振り回されています……。
美形策士×純情平凡♪

うるせぇ!僕はスライム牧場を作るんで邪魔すんな!!
かかし
BL
強い召喚士であることが求められる国、ディスコミニア。
その国のとある侯爵の次男として生まれたミルコは他に類を見ない優れた素質は持っていたものの、どうしようもない事情により落ちこぼれや恥だと思われる存在に。
両親や兄弟の愛情を三歳の頃に失い、やがて十歳になって三ヶ月経ったある日。
自分の誕生日はスルーして兄弟の誕生を幸せそうに祝う姿に、心の中にあった僅かな期待がぽっきりと折れてしまう。
自分の価値を再認識したミルコは、悲しい決意を胸に抱く。
相棒のスライムと共に、名も存在も家族も捨てて生きていこうと…
のんびり新連載。
気まぐれ更新です。
BがLするまでかなり時間が掛かる予定ですので注意!
人外CPにはなりません
ストックなくなるまでは07:10に公開
3/10 コピペミスで1話飛ばしていたことが判明しました!申し訳ございません!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる