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7章 これが魔法遣いたちの望みです
22話 書かれなかった物語
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ニコが退場した後、両親も来賓たちも我に返ったように動き出した。無事、兄とステヴァン殿下が婚約の宣誓と署名を行う。
その間、わたしは隅でひたすらはじらっていた。
(みなの前でソーマと抱き合ってしまいました……)
関心が兄に集まってくれて、今日ばかりは助かった。
舞踏会と晩餐会も終えた夜深く、私室に帰る。燭台に火が灯っている。先客は――
「お待たせしましたか?」
「今来たところ。ううん、やっぱり待ち遠しかった」
ソーマだ。「公爵」の役を解いた笑顔は、ますます愛しい。
もう気兼ねはいらない。ソーマの膝に当たり前のごとく乗った。途端に巻き毛を吸われる。
「すう――はあ。本当に、お疲れさま」
「ソーマこそ。もう二度と会えないかと思ったんですよ」
腰を捻り、こつんと額を合わせる。少し非難めいた口調になった。
今思えば、公爵が意識を取り戻したならニコのように記憶の欠落――ソーマとして生きていた期間に困惑するはず。その様子がないのを見抜けなかった。
喪失感が大き過ぎて。
「申し訳ない。君がニコ側についても罪悪感を抱かないように、と思って」
ソーマは今日何度目かの謝罪とともに、予想だにしない答えを寄越してくる。
……これすらわたしのためだったというのか? わたしは泣き笑いのような顔で小さく首を振るほかない。
「あと公爵のほうが有能だし」
「それを言ったらわたしなぞ、筋書きを書きつけていた手記を奪われる始末です。ソーマがいなければどうなっていたか」
「いや、君がいなきゃここまで辿り着けなかった。君の死亡ふらぐも十個目から十三個まで一気に壊せたし」
萎れるわたしに、ソーマがぐりぐり鼻先を擦りつけて励ましてくれる。
「やり直し転生も、終わりにできたと思う」
「本当ですか?」
わたしは声が大きくなった。ソーマがもう死んでやり直さくていいなら何よりだ。
「うん。僕が何度も転生できた理由、君が二周した理由はきっと、『転生者に乗っ取られたニコ』にこの世界を私物化させないためだ。舞踏の間で加護があったろう? 魔力を秘めるエドゥアルドと君が、始まりの魔法遣いたちに見込まれたんだ」
一周目の死に際を思い返す。一部始終を天井の「始まりの魔法遣いたち」が見ていた。わたしとソーマなら未来を変えられると託したのか。やきもきさせたに違いない。
「確かにこの国を創った魔法遣いたちなら、そういったことも可能かもしれませんが。彼らをしても、ニコのテンセイ自体は阻止できなかったのですね」
「この時代に身体がないからさすがに制限があるのかな? ニコに対抗するのも、魔力の質量的にステヴァン殿下のほうが適任だけど、公爵の滑落死のタイミングじゃないと二人目を召喚できなかったとか」
「ふむ……」
重大な役を、知らず担っていたらしい。
ともあれ、公爵にソーマがテンセイすることで「悪役」ではなくなり、ソーマと気持ちが通じ合ったわたしも「カクシきゃら」ではなくなった。
原作とは違う形だが兄は幸せで、国も破滅しない。となれば。
「これからはすろうらいふを満喫できますね?」
「じゃなきゃ困るよ。はじめてちゃんと両想いになれたのに、また日本に戻されたらたまらない。『主人公』ならそうそう死なないはずだ」
ソーマが大げさに腕に力を込める。ただ、「……一個目のフラグも壊せたよな?」というつぶやきが耳に残る。
わたしの死亡ふらぐは、ニコの中の誰かを退ける過程に含まれていたに過ぎない。
(でもそれなら、始まりの魔法遣いたちが恃むのは、ソーマだけでよかったのでは?)
首を傾げると同時に、露台が光った。
雷ではない。空には雲ひとつない。にもかかわらず暴風に煽られ、ソーマともども絨毯に倒れ伏す。
弾みで懐の万年筆が折れた感触がした。だがそれよりソーマの無事を確かめたい。
「っユーリィ、今のうちに逃げて」
ソーマは、いち早く上体を起こしてわたしの前に出たところだった。
「あなたを独りにしないと言ったでしょう」
(魔法の衝撃波でした。ニコは塔へ移送されましたし、ステヴァン殿下の豹変?)
わたしも退かず、掌を翳す。しかし舞踏の間でのような血のざわめきは起こらない。さわさわとそよぐ程度だ。やはり加護がないと魔法は遣えないのかもしれない。
焦りつつ目を凝らす。露台には――薄紫の式服姿の、兄が立っていた。
その間、わたしは隅でひたすらはじらっていた。
(みなの前でソーマと抱き合ってしまいました……)
関心が兄に集まってくれて、今日ばかりは助かった。
舞踏会と晩餐会も終えた夜深く、私室に帰る。燭台に火が灯っている。先客は――
「お待たせしましたか?」
「今来たところ。ううん、やっぱり待ち遠しかった」
ソーマだ。「公爵」の役を解いた笑顔は、ますます愛しい。
もう気兼ねはいらない。ソーマの膝に当たり前のごとく乗った。途端に巻き毛を吸われる。
「すう――はあ。本当に、お疲れさま」
「ソーマこそ。もう二度と会えないかと思ったんですよ」
腰を捻り、こつんと額を合わせる。少し非難めいた口調になった。
今思えば、公爵が意識を取り戻したならニコのように記憶の欠落――ソーマとして生きていた期間に困惑するはず。その様子がないのを見抜けなかった。
喪失感が大き過ぎて。
「申し訳ない。君がニコ側についても罪悪感を抱かないように、と思って」
ソーマは今日何度目かの謝罪とともに、予想だにしない答えを寄越してくる。
……これすらわたしのためだったというのか? わたしは泣き笑いのような顔で小さく首を振るほかない。
「あと公爵のほうが有能だし」
「それを言ったらわたしなぞ、筋書きを書きつけていた手記を奪われる始末です。ソーマがいなければどうなっていたか」
「いや、君がいなきゃここまで辿り着けなかった。君の死亡ふらぐも十個目から十三個まで一気に壊せたし」
萎れるわたしに、ソーマがぐりぐり鼻先を擦りつけて励ましてくれる。
「やり直し転生も、終わりにできたと思う」
「本当ですか?」
わたしは声が大きくなった。ソーマがもう死んでやり直さくていいなら何よりだ。
「うん。僕が何度も転生できた理由、君が二周した理由はきっと、『転生者に乗っ取られたニコ』にこの世界を私物化させないためだ。舞踏の間で加護があったろう? 魔力を秘めるエドゥアルドと君が、始まりの魔法遣いたちに見込まれたんだ」
一周目の死に際を思い返す。一部始終を天井の「始まりの魔法遣いたち」が見ていた。わたしとソーマなら未来を変えられると託したのか。やきもきさせたに違いない。
「確かにこの国を創った魔法遣いたちなら、そういったことも可能かもしれませんが。彼らをしても、ニコのテンセイ自体は阻止できなかったのですね」
「この時代に身体がないからさすがに制限があるのかな? ニコに対抗するのも、魔力の質量的にステヴァン殿下のほうが適任だけど、公爵の滑落死のタイミングじゃないと二人目を召喚できなかったとか」
「ふむ……」
重大な役を、知らず担っていたらしい。
ともあれ、公爵にソーマがテンセイすることで「悪役」ではなくなり、ソーマと気持ちが通じ合ったわたしも「カクシきゃら」ではなくなった。
原作とは違う形だが兄は幸せで、国も破滅しない。となれば。
「これからはすろうらいふを満喫できますね?」
「じゃなきゃ困るよ。はじめてちゃんと両想いになれたのに、また日本に戻されたらたまらない。『主人公』ならそうそう死なないはずだ」
ソーマが大げさに腕に力を込める。ただ、「……一個目のフラグも壊せたよな?」というつぶやきが耳に残る。
わたしの死亡ふらぐは、ニコの中の誰かを退ける過程に含まれていたに過ぎない。
(でもそれなら、始まりの魔法遣いたちが恃むのは、ソーマだけでよかったのでは?)
首を傾げると同時に、露台が光った。
雷ではない。空には雲ひとつない。にもかかわらず暴風に煽られ、ソーマともども絨毯に倒れ伏す。
弾みで懐の万年筆が折れた感触がした。だがそれよりソーマの無事を確かめたい。
「っユーリィ、今のうちに逃げて」
ソーマは、いち早く上体を起こしてわたしの前に出たところだった。
「あなたを独りにしないと言ったでしょう」
(魔法の衝撃波でした。ニコは塔へ移送されましたし、ステヴァン殿下の豹変?)
わたしも退かず、掌を翳す。しかし舞踏の間でのような血のざわめきは起こらない。さわさわとそよぐ程度だ。やはり加護がないと魔法は遣えないのかもしれない。
焦りつつ目を凝らす。露台には――薄紫の式服姿の、兄が立っていた。
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