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7章 これが魔法遣いたちの望みです
21話 テンセイの定番③
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ソーマも聞こえたようで、目を見合わせる。
「キョウセイリョク」だろうか? 半ば操られるように身体を反転させる。
迫りくる光のほうに、ソーマの手と重ねた右手を伸ばした。ざわざわしたものが再び湧き上がり、掌に向けて駆けていく。
雷のような光が閃いた。
「きゃ、あああ――ッ」
ニコが弾き飛ぶ。人込みが二つに割れた。ニコは壁際に仰向けに倒れる。丈夫な革鎧がぼろぼろだ。
「あんた、なん……で、」
わたしは自分の掌とニコを交互に見た。
(わたしはまだ……生きている? むしろニコが吹き飛ん、だ?)
「ユーリィ、」
後ろから巻きつけられたソーマの腕は、小刻みに震えている。
「君も魔力の封印が解けてたのか……」
ソーマの一言で、やっと理解が追いついた。
わたしは今、魔法を遣ったのだと。
「こ、こんなことはじめてです、どうしましょう」
幼い頃、「魔法を遣ってみたい」と憧れていた。実際遣ったら、達成感や爽快感より、焦りが募る。一回限定の奇跡なのか、それとも知らず禁忌を犯しており、無意識に発してしまうのか。
ソーマが刹那、哀しそうに笑う。
「っ、危ない」
かと思うと、まごつくわたしごと横に退いた。飛んできた光を避ける。
傷だらけのニコが、なおもこちらに這いずり寄ってきていた。
「くそっ……誰にも渡すもんか。転生前には手に入らなかったもの、ぜんぶあたしのだ……っ」
呪詛を吐きながら魔法を繰り出す。
だが、ソーマがわたしの腕に手を添えて光の盾をつくりだし、すべてはね返した。ソーマに支えてもらうとわたしの魔力は安定するようだ。
あがくニコに、ソーマが語り掛ける。
「ニコ……の中の誰か。君は僕と似てるのかもしれない。でも、君はこの世界に対する敬意が足りない。それに、ユーリィは僕の愛する人だ。一緒に過ごして大いに癒されたと思うけど、君には渡せない」
ニコも、本来のニコとは別人なのだ。今まで、テンセイしてきた人の人となりを知ろうという気も起きなかったが。
事実を再確認するとともに、はっとした。戯曲のとっておきの結末を思いついたときのような昂揚に包まれる。
「ソーマ。『ニコ』を殺すことはできないのですよね?」
「うん。たぶん物語が成立しなくなるんだ」
「では、ニコから『ニコの中の誰か』を退けることは? その誰かが元凶でしょう」
ソーマが「公爵」の身体から消えてしまったかのような名演が、手掛かりになった。
ソーマは思案するかのごとく、天井を見上げる。わたしに戻ってきた紅眼には、希望が満ちていた。
「そういうことか。やってみよう」
そんな魔法が存在するのかわからない。
でも、わたしとソーマならできる気がした。
再度手を伸ばす。ソーマの長い指と、ひと回り小ぶりなわたしの指を重ねて。
想いを、重ねて。
「ここはあなただけの世界ではありません。ああ、もちろん婚約は破棄します。そこを退きなさい」
「はっ、そんなん不可能、」
自分が主人公だと過信する「ニコ」は、青い光を避けもせず――ぱたりと脱力した。
そっと近づく。新たな外傷はないが。
(完全に送って差し上げましょう)
品の準備がないので形式のみながら、彼の手と唇と下腹部に、葬送の儀式を施す。
数拍後、青年が頭を持ち上げ、灰眼で辺りを見回した。
「あれ? 俺、こんなところで何して……」
「『織物職人の息子』ニコが、意識を取り戻したみたいだ。僕……公爵と違って、彼は原作で死んでいないし、原作にない事故に遭ったわけでもないから」
ソーマが詰めていた息を吐く。
儀式のおかげか、うまくいったようだ。最期としては呆気ないが、十三回分の報いだ。少し胸がすく。
本来のニコは、むしろ恐縮しきりで騎士に連れられていった。
ようやく平穏が訪れる。ただ、舞踏場に居合わせた中には、禁じられた魔法を遣ったわたしを厳しい目で見る者もいる。
ソーマは構わず跪いた。
「見事だった、ユーリィ殿下。祖父王、そして始まりの魔法遣いたちが殿下をお認めになり、封印を解いたのだ」
始まりの魔法遣いたち――? 天井の絵を見上げる。先ほどわたしたちが聞いたのは、彼らの導きの声だというのか。
公爵然としたソーマが、国のための告発に続いて言えば、納得感が拡がる。
「未だに信じられません……」
かと言って、掌を見下ろしても、魔力をどう遣うのか依然ぴんとこない。
戸惑うわたしに、ソーマが片目を瞑ってみせた。
「この世界では、君が真の『主人公』になったんだよ」
主人公――わたしの物語、という実感が、じわじわと湧いてくる。
「改めて、主人公のお望みは?」
「もちろん、あなたとの『すろうらいふ』です!」
わたしとソーマが固く抱き合い、存分に深呼吸していると、誰からともなく拍手が起こる。まるで恋愛劇の幕切れのように。
今このときから、繰り返しでない、筋書きもない、一度きりの人生が始まる。
……その前に、ほろ苦い謝幕が待っていた。
【ユーリィ死亡ふらぐ】
① ⑨
「キョウセイリョク」だろうか? 半ば操られるように身体を反転させる。
迫りくる光のほうに、ソーマの手と重ねた右手を伸ばした。ざわざわしたものが再び湧き上がり、掌に向けて駆けていく。
雷のような光が閃いた。
「きゃ、あああ――ッ」
ニコが弾き飛ぶ。人込みが二つに割れた。ニコは壁際に仰向けに倒れる。丈夫な革鎧がぼろぼろだ。
「あんた、なん……で、」
わたしは自分の掌とニコを交互に見た。
(わたしはまだ……生きている? むしろニコが吹き飛ん、だ?)
「ユーリィ、」
後ろから巻きつけられたソーマの腕は、小刻みに震えている。
「君も魔力の封印が解けてたのか……」
ソーマの一言で、やっと理解が追いついた。
わたしは今、魔法を遣ったのだと。
「こ、こんなことはじめてです、どうしましょう」
幼い頃、「魔法を遣ってみたい」と憧れていた。実際遣ったら、達成感や爽快感より、焦りが募る。一回限定の奇跡なのか、それとも知らず禁忌を犯しており、無意識に発してしまうのか。
ソーマが刹那、哀しそうに笑う。
「っ、危ない」
かと思うと、まごつくわたしごと横に退いた。飛んできた光を避ける。
傷だらけのニコが、なおもこちらに這いずり寄ってきていた。
「くそっ……誰にも渡すもんか。転生前には手に入らなかったもの、ぜんぶあたしのだ……っ」
呪詛を吐きながら魔法を繰り出す。
だが、ソーマがわたしの腕に手を添えて光の盾をつくりだし、すべてはね返した。ソーマに支えてもらうとわたしの魔力は安定するようだ。
あがくニコに、ソーマが語り掛ける。
「ニコ……の中の誰か。君は僕と似てるのかもしれない。でも、君はこの世界に対する敬意が足りない。それに、ユーリィは僕の愛する人だ。一緒に過ごして大いに癒されたと思うけど、君には渡せない」
ニコも、本来のニコとは別人なのだ。今まで、テンセイしてきた人の人となりを知ろうという気も起きなかったが。
事実を再確認するとともに、はっとした。戯曲のとっておきの結末を思いついたときのような昂揚に包まれる。
「ソーマ。『ニコ』を殺すことはできないのですよね?」
「うん。たぶん物語が成立しなくなるんだ」
「では、ニコから『ニコの中の誰か』を退けることは? その誰かが元凶でしょう」
ソーマが「公爵」の身体から消えてしまったかのような名演が、手掛かりになった。
ソーマは思案するかのごとく、天井を見上げる。わたしに戻ってきた紅眼には、希望が満ちていた。
「そういうことか。やってみよう」
そんな魔法が存在するのかわからない。
でも、わたしとソーマならできる気がした。
再度手を伸ばす。ソーマの長い指と、ひと回り小ぶりなわたしの指を重ねて。
想いを、重ねて。
「ここはあなただけの世界ではありません。ああ、もちろん婚約は破棄します。そこを退きなさい」
「はっ、そんなん不可能、」
自分が主人公だと過信する「ニコ」は、青い光を避けもせず――ぱたりと脱力した。
そっと近づく。新たな外傷はないが。
(完全に送って差し上げましょう)
品の準備がないので形式のみながら、彼の手と唇と下腹部に、葬送の儀式を施す。
数拍後、青年が頭を持ち上げ、灰眼で辺りを見回した。
「あれ? 俺、こんなところで何して……」
「『織物職人の息子』ニコが、意識を取り戻したみたいだ。僕……公爵と違って、彼は原作で死んでいないし、原作にない事故に遭ったわけでもないから」
ソーマが詰めていた息を吐く。
儀式のおかげか、うまくいったようだ。最期としては呆気ないが、十三回分の報いだ。少し胸がすく。
本来のニコは、むしろ恐縮しきりで騎士に連れられていった。
ようやく平穏が訪れる。ただ、舞踏場に居合わせた中には、禁じられた魔法を遣ったわたしを厳しい目で見る者もいる。
ソーマは構わず跪いた。
「見事だった、ユーリィ殿下。祖父王、そして始まりの魔法遣いたちが殿下をお認めになり、封印を解いたのだ」
始まりの魔法遣いたち――? 天井の絵を見上げる。先ほどわたしたちが聞いたのは、彼らの導きの声だというのか。
公爵然としたソーマが、国のための告発に続いて言えば、納得感が拡がる。
「未だに信じられません……」
かと言って、掌を見下ろしても、魔力をどう遣うのか依然ぴんとこない。
戸惑うわたしに、ソーマが片目を瞑ってみせた。
「この世界では、君が真の『主人公』になったんだよ」
主人公――わたしの物語、という実感が、じわじわと湧いてくる。
「改めて、主人公のお望みは?」
「もちろん、あなたとの『すろうらいふ』です!」
わたしとソーマが固く抱き合い、存分に深呼吸していると、誰からともなく拍手が起こる。まるで恋愛劇の幕切れのように。
今このときから、繰り返しでない、筋書きもない、一度きりの人生が始まる。
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