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7章 これが魔法遣いたちの望みです

21話 テンセイの定番

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 「始まりの魔法遣いたち」が描かれた天井の下、ニコと公爵が向かい合う。
 わたしはどっと汗が出た。公爵をもキョウセイリョクで抱き込んだのかと思いきや、

「王権簒奪をもくろむ者を取り除かぬことには、フセスラウとパルラディの融和など絵空事だ。近衛騎士ニコ。おまえの罪を明らかにしてくれよう」

 公爵がニコに長い指を突きつける。
 え――? わたしはニコを殺す筋書きで頭がいっぱいで、状況を把握できない。
 公爵を見つめる。黒髪の長身痩躯、漆黒の礼服。王族の血縁にして、将来の王婿の座を降りてなお孤高な佇まい。

(ソーマ、でなく……エドゥアルド公爵が、ニコの告発に動いたのでしょうか?)

 非情な視線と低い声は、もとの公爵のそれのように感じる。
 その間にも、ニコの後ろにいたシメオンとペトルが進み出て、公爵の左右に立った。「原作」では兄を取り合う存在だが。
 公爵はまず、シメオンのほうを向く。

「宰相子息シメオンに訊く。ニコは護衛担当外の洞に忍び込み、盗みを働いたな」
「ええ。盗品は押収済みです」

 シメオンはタマルの手記を掲げた。

で、ステヴァン王太子殿下の侵略心をでっちあげるつもりだったようです」

 しれっと鼻眼鏡を押し上げ、ニコに不利な証言をする。公爵と裏で通じているとしか思えない。
 想定外の展開を目の当たりにしたニコが、わなわな震え出した。

「話が違うぞ、シメオン! おい聞け!」

 主導権を奪い返そうとするも、舞踏の間の人々の目はすべて公爵に向いている。公爵にはそれこそ主人公のような存在感があった。

「次に、近衛騎士ペトルに訊く。春の襲撃未遂事件は、ニコに陥れられたのだろう?」
「はい……。王太子殿下を想うなら、愛のない閣下から解放してやれと焚きつけられました。深く悔いています」

 自戒のためか無精髭を剃らないままのペトルもやはり、私室で確認したのとは違う内容を口にした。
 実際は、思い詰めた彼をわたしたちが止めなかったのだが。

 というか、「びいえるげえむ」を逆手に取るなどと言って持て余したわたしに代わってシメオンを味方につけたかのようだ。
 ペトルについても「未遂」の一語を強調し、彼がまた王宮で働けるよう配慮もされている。
(一周目の、ソーマの言い回しを彷彿とさせます……)

「なるほど。ステヴァン殿下をパルラディへ追い返し、コンスタンティネ殿下の孤独に付け入って、実質的な支配者となろうとしたのだな」

 見極めかねるわたしの前で、公爵がニコを射抜く。
 対するニコはしらばくれる顏だ。

「ぜんぶこじつけだ。証拠がないし、近衛騎士の俺がそんなことするわけ、」
「これはコンスタンティネ殿下を騙った書簡だ。ペトルの協力によりおまえの私物を調べた結果、殿下の筆跡を練習した紙が出てきた。文言は書簡とまったく同じだ。偶然ではあるまい」

 しかし公爵が、だめ押しとばかりに書簡を取り出す。
 真意を確かめるべく王宮へ急いだ公爵を滑落させた、因縁の書簡だ。

「ぬかるんだ道を補修どころかより滑りやすく細工した道具も押さえているが、必要か?」

 この場のみなが公爵側についたのを、肌で感じる。
 いったい何が起きている?
 わたしは一周目にも似たような応酬劇を見た。ただし配役が逆転している。

(公爵は意思なき登場人物として、婚約式の準備に当たっていたはず。それが実は、シメオンやペトルに手を回していらした。先ほど近衛騎士の詰所で見た黒い礼服も幻ではなかったのですね)

 一瞬にして手駒を失ったニコが、唾を飛ばしてまくしたてる。

「ストーリーを台無しにして気分がよさそうだな、公爵。悪役のくせに、今さらコンスタンティネを奪還して権力を手に入れたいのか?」

 ニコは「げえむの主人公」の傲慢ゆえか気にせず話すが、公爵は「テンセイシャ」ではなくなったので、謎の単語は通じない。よってニコの言い分は黙殺し、厳めしく言う。

「私はコンスタンティネ殿下を敬っている。彼には穏やかさを失わず生きてほしい。生まれた順番だけで玉座を強いはしない」

 とくん、と心臓が跳ねる。
 公爵は兄を愛さなかったかもしれないが、軽んじることもなかった。だからわたしは想いを秘め、初恋相手と兄の結婚を祝おうと思えたのだ。

(この十年間は間違っていなかった……)

 それにその一言は、わたしまで肯定されたように感じた。後に生まれた第二王子でも、望むものに、愛する人に手を伸ばしてもいいと。
 二周に渡る奮闘は無駄ではなかったと――。

「そして、ユーリィ殿下」

 固唾を呑んで公爵の台詞に耳を傾けていた者たちが、一斉にわたしを見る。ニコ一行のいちばん後ろで、目立たない濃青の礼服を着た第二王子を。

 公爵は、わたしもニコの一味として断罪するつもりか。
 伸ばした手を握り返してもらえるかは、また別の話だ。
 彼がニコともどもわたしの命も恋も葬ってくれるなら、悪くない。


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