56 / 67
7章 これが魔法遣いたちの望みです
21話 テンセイの定番
しおりを挟む
「始まりの魔法遣いたち」が描かれた天井の下、ニコと公爵が向かい合う。
わたしはどっと汗が出た。公爵をもキョウセイリョクで抱き込んだのかと思いきや、
「王権簒奪をもくろむ者を取り除かぬことには、フセスラウとパルラディの融和など絵空事だ。近衛騎士ニコ。おまえの罪を明らかにしてくれよう」
公爵がニコに長い指を突きつける。
え――? わたしはニコを殺す筋書きで頭がいっぱいで、状況を把握できない。
公爵を見つめる。黒髪の長身痩躯、漆黒の礼服。王族の血縁にして、将来の王婿の座を降りてなお孤高な佇まい。
(ソーマ、でなく……エドゥアルド公爵が、ニコの告発に動いたのでしょうか?)
非情な視線と低い声は、もとの公爵のそれのように感じる。
その間にも、ニコの後ろにいたシメオンとペトルが進み出て、公爵の左右に立った。「原作」では兄を取り合う存在だが。
公爵はまず、シメオンのほうを向く。
「宰相子息シメオンに訊く。ニコは護衛担当外の洞に忍び込み、盗みを働いたな」
「ええ。盗品は押収済みです」
シメオンはタマルの手記を掲げた。
「創作物で、ステヴァン王太子殿下の侵略心をでっちあげるつもりだったようです」
しれっと鼻眼鏡を押し上げ、ニコに不利な証言をする。公爵と裏で通じているとしか思えない。
想定外の展開を目の当たりにしたニコが、わなわな震え出した。
「話が違うぞ、シメオン! おい聞け!」
主導権を奪い返そうとするも、舞踏の間の人々の目はすべて公爵に向いている。公爵にはそれこそ主人公のような存在感があった。
「次に、近衛騎士ペトルに訊く。春の襲撃未遂事件は、ニコに陥れられたのだろう?」
「はい……。王太子殿下を想うなら、愛のない閣下から解放してやれと焚きつけられました。深く悔いています」
自戒のためか無精髭を剃らないままのペトルもやはり、私室で確認したのとは違う内容を口にした。
実際は、思い詰めた彼をわたしたちが止めなかったのだが。
というか、「びいえるげえむ」を逆手に取るなどと言って持て余したわたしに代わってシメオンを味方につけたかのようだ。
ペトルについても「未遂」の一語を強調し、彼がまた王宮で働けるよう配慮もされている。
(一周目の、ソーマの言い回しを彷彿とさせます……)
「なるほど。ステヴァン殿下をパルラディへ追い返し、コンスタンティネ殿下の孤独に付け入って、実質的な支配者となろうとしたのだな」
見極めかねるわたしの前で、公爵がニコを射抜く。
対するニコはしらばくれる顏だ。
「ぜんぶこじつけだ。証拠がないし、近衛騎士の俺がそんなことするわけ、」
「これはコンスタンティネ殿下を騙った書簡だ。ペトルの協力によりおまえの私物を調べた結果、殿下の筆跡を練習した紙が出てきた。文言は書簡とまったく同じだ。偶然ではあるまい」
しかし公爵が、だめ押しとばかりに書簡を取り出す。
真意を確かめるべく王宮へ急いだ公爵を滑落させた、因縁の書簡だ。
「ぬかるんだ道を補修どころかより滑りやすく細工した道具も押さえているが、必要か?」
この場のみなが公爵側についたのを、肌で感じる。
いったい何が起きている?
わたしは一周目にも似たような応酬劇を見た。ただし配役が逆転している。
(公爵は意思なき登場人物として、婚約式の準備に当たっていたはず。それが実は、シメオンやペトルに手を回していらした。先ほど近衛騎士の詰所で見た黒い礼服も幻ではなかったのですね)
一瞬にして手駒を失ったニコが、唾を飛ばしてまくしたてる。
「ストーリーを台無しにして気分がよさそうだな、公爵。悪役のくせに、今さらコンスタンティネを奪還して権力を手に入れたいのか?」
ニコは「げえむの主人公」の傲慢ゆえか気にせず話すが、公爵は「テンセイシャ」ではなくなったので、謎の単語は通じない。よってニコの言い分は黙殺し、厳めしく言う。
「私はコンスタンティネ殿下を敬っている。彼には穏やかさを失わず生きてほしい。生まれた順番だけで玉座を強いはしない」
とくん、と心臓が跳ねる。
公爵は兄を愛さなかったかもしれないが、軽んじることもなかった。だからわたしは想いを秘め、初恋相手と兄の結婚を祝おうと思えたのだ。
(この十年間は間違っていなかった……)
それにその一言は、わたしまで肯定されたように感じた。後に生まれた第二王子でも、望むものに、愛する人に手を伸ばしてもいいと。
二周に渡る奮闘は無駄ではなかったと――。
「そして、ユーリィ殿下」
固唾を呑んで公爵の台詞に耳を傾けていた者たちが、一斉にわたしを見る。ニコ一行のいちばん後ろで、目立たない濃青の礼服を着た第二王子を。
公爵は、わたしもニコの一味として断罪するつもりか。
伸ばした手を握り返してもらえるかは、また別の話だ。
彼がニコともどもわたしの命も恋も葬ってくれるなら、悪くない。
わたしはどっと汗が出た。公爵をもキョウセイリョクで抱き込んだのかと思いきや、
「王権簒奪をもくろむ者を取り除かぬことには、フセスラウとパルラディの融和など絵空事だ。近衛騎士ニコ。おまえの罪を明らかにしてくれよう」
公爵がニコに長い指を突きつける。
え――? わたしはニコを殺す筋書きで頭がいっぱいで、状況を把握できない。
公爵を見つめる。黒髪の長身痩躯、漆黒の礼服。王族の血縁にして、将来の王婿の座を降りてなお孤高な佇まい。
(ソーマ、でなく……エドゥアルド公爵が、ニコの告発に動いたのでしょうか?)
非情な視線と低い声は、もとの公爵のそれのように感じる。
その間にも、ニコの後ろにいたシメオンとペトルが進み出て、公爵の左右に立った。「原作」では兄を取り合う存在だが。
公爵はまず、シメオンのほうを向く。
「宰相子息シメオンに訊く。ニコは護衛担当外の洞に忍び込み、盗みを働いたな」
「ええ。盗品は押収済みです」
シメオンはタマルの手記を掲げた。
「創作物で、ステヴァン王太子殿下の侵略心をでっちあげるつもりだったようです」
しれっと鼻眼鏡を押し上げ、ニコに不利な証言をする。公爵と裏で通じているとしか思えない。
想定外の展開を目の当たりにしたニコが、わなわな震え出した。
「話が違うぞ、シメオン! おい聞け!」
主導権を奪い返そうとするも、舞踏の間の人々の目はすべて公爵に向いている。公爵にはそれこそ主人公のような存在感があった。
「次に、近衛騎士ペトルに訊く。春の襲撃未遂事件は、ニコに陥れられたのだろう?」
「はい……。王太子殿下を想うなら、愛のない閣下から解放してやれと焚きつけられました。深く悔いています」
自戒のためか無精髭を剃らないままのペトルもやはり、私室で確認したのとは違う内容を口にした。
実際は、思い詰めた彼をわたしたちが止めなかったのだが。
というか、「びいえるげえむ」を逆手に取るなどと言って持て余したわたしに代わってシメオンを味方につけたかのようだ。
ペトルについても「未遂」の一語を強調し、彼がまた王宮で働けるよう配慮もされている。
(一周目の、ソーマの言い回しを彷彿とさせます……)
「なるほど。ステヴァン殿下をパルラディへ追い返し、コンスタンティネ殿下の孤独に付け入って、実質的な支配者となろうとしたのだな」
見極めかねるわたしの前で、公爵がニコを射抜く。
対するニコはしらばくれる顏だ。
「ぜんぶこじつけだ。証拠がないし、近衛騎士の俺がそんなことするわけ、」
「これはコンスタンティネ殿下を騙った書簡だ。ペトルの協力によりおまえの私物を調べた結果、殿下の筆跡を練習した紙が出てきた。文言は書簡とまったく同じだ。偶然ではあるまい」
しかし公爵が、だめ押しとばかりに書簡を取り出す。
真意を確かめるべく王宮へ急いだ公爵を滑落させた、因縁の書簡だ。
「ぬかるんだ道を補修どころかより滑りやすく細工した道具も押さえているが、必要か?」
この場のみなが公爵側についたのを、肌で感じる。
いったい何が起きている?
わたしは一周目にも似たような応酬劇を見た。ただし配役が逆転している。
(公爵は意思なき登場人物として、婚約式の準備に当たっていたはず。それが実は、シメオンやペトルに手を回していらした。先ほど近衛騎士の詰所で見た黒い礼服も幻ではなかったのですね)
一瞬にして手駒を失ったニコが、唾を飛ばしてまくしたてる。
「ストーリーを台無しにして気分がよさそうだな、公爵。悪役のくせに、今さらコンスタンティネを奪還して権力を手に入れたいのか?」
ニコは「げえむの主人公」の傲慢ゆえか気にせず話すが、公爵は「テンセイシャ」ではなくなったので、謎の単語は通じない。よってニコの言い分は黙殺し、厳めしく言う。
「私はコンスタンティネ殿下を敬っている。彼には穏やかさを失わず生きてほしい。生まれた順番だけで玉座を強いはしない」
とくん、と心臓が跳ねる。
公爵は兄を愛さなかったかもしれないが、軽んじることもなかった。だからわたしは想いを秘め、初恋相手と兄の結婚を祝おうと思えたのだ。
(この十年間は間違っていなかった……)
それにその一言は、わたしまで肯定されたように感じた。後に生まれた第二王子でも、望むものに、愛する人に手を伸ばしてもいいと。
二周に渡る奮闘は無駄ではなかったと――。
「そして、ユーリィ殿下」
固唾を呑んで公爵の台詞に耳を傾けていた者たちが、一斉にわたしを見る。ニコ一行のいちばん後ろで、目立たない濃青の礼服を着た第二王子を。
公爵は、わたしもニコの一味として断罪するつもりか。
伸ばした手を握り返してもらえるかは、また別の話だ。
彼がニコともどもわたしの命も恋も葬ってくれるなら、悪くない。
31
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です
トップアイドルα様は平凡βを運命にする
新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。
ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。
翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。
運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
【完結】幼馴染が妹と番えますように
SKYTRICK
BL
校内で人気の美形幼馴染年上アルファ×自分に自信のない無表情オメガ
※一言でも感想嬉しいです!!
オメガ性の夕生は子供の頃から幼馴染の丈に恋をしている。丈はのんびりした性格だが心には芯があり、いつだって優しかった。
だが丈は誰もが認める美貌の持ち主で、アルファだ。いつだって皆の中心にいる。俯いてばかりの夕生とはまるで違う。丈に似ているのは妹の愛海だ。彼女は夕生と同じオメガ性だが明るい性格で、容姿も一際綺麗な女の子だ。
それでも夕生は長年丈に片想いをしていた。
しかしある日、夕生は知ってしまう。丈には『好きな子』がいて、それが妹の愛海であることを。
☆竹田のSSをXのベッターに上げてます
☆こちらは同人誌にします。詳細はXにて。
完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる