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5章 筋書きならお任せください
14話 第二王子の篭絡④
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「むしろ私がエドゥアルド・ミロシュではないという疑いが?」
怪我の残る「公爵」を、ふかふかの寝具を敷いておいた寝台に導く。わたしは長椅子に腰を下ろし、燭台を挟んで向かい合った。
傍らに寄り添いたいが、彼に一周目の記憶がなければ驚かせてしまう。自制して、先に問いに答える。
「一周目のあなたは、わたしの知る『公爵』は死んだとおっしゃいました。身体は『公爵』ながら、意識は違うと。『公爵』らしからぬ言動をされましたし、『公爵』ならご存知のことも……知らないご様子で」
「待って。一周目?」
「公爵」が目を見開く。それでも一周目のわたしよりは知識がありそうだ。端的に切り出す。
「わたしも、三か月後に死にます。死にました。そして方法は不明ですが、この日に戻ってきたのです」
「えっ!?」
「公爵」が叫ぶ。十二回やり直しているという彼でも新鮮に驚いたようだ。
「そう、か。それで、僕の名前を呼んでくれたんだ」
「……ソーマ?」
「うん。ふたりでいるときは、そう呼んで。敬称もいらない」
ソーマは噛み締めるように返事をする。魔法の呪文でなく、彼の名だったのか。
彼は最期に名を呼んでほしがった。わたしも公爵やソーマに名を呼ばれて嬉しかったので、共感する。
「ソーマ、と、エドゥアルド公爵は、別人ですね?」
「どこから話そう。僕は、別の世界のしがない公務員……国に仕える仕事をしていた男だ」
ソーマが彼の素なのだろう、くだけた口調で話し始める。彼が話す番だ。
「毎日激務で、いろいろあって、この世界に転生して……今日、『公爵』として目覚めた」
やはり蘇生を機に別人になっている。
十年来の想い人は、亡くなったのだ。
にもかかわらず、一周目ほど気落ちしていない。
「君のためなんだ」
「わたしの死亡ふらぐが十二個あるのでしょう?」
「一周目の僕は君に情報共有したの?」
「はい。ただし一部のみです。あなたはわたしが傷つかないよう、大切ないくつかを話してくださらなかった。わたしもあなたに頼るばかりで、きちんと知ろうとしませんでした。きっとそれが十三個目のふらぐです。壊すために、今回はわたしの疑問にひとつひとつ答えていただきたいです」
「……何だか申し訳ない。ワカリマシタ」
わたしの圧にたじろぐ様子で、ソーマが了承する。
ただ、顔も声もエドゥアルド公爵そのものなので、過去十年間との落差に慣れない。
(公爵が下手に出る展開の戯曲はないですね。創作意欲が……ではなく!)
咳払いして、薄水色の書皮を掛けた手記を取り出す。一周目の記憶と疑問点を記してある。
「次に。わたしは実際に十二回死んでいるのですか? 一周目のように」
声が震えた。婚約式での後悔と憤りを思い出すと、勝手にこうなる。
清潔な白い寝間着に着替えたソーマは、答える前に身を乗り出してきた。長い腕でわたしを引き寄せ、寝台に載せる。
「大丈夫だ。私が君を守る」
「……はい」
彼の体温に触れると、全身に波及する震えが止まった。それを確かめた上で、ソーマが改めて口を開く。
「ユーリィは十二回死んでいるとも言えるし、一回も死んでいないとも言える」
「ソーマが時間遡行して、やり直しているから」
「……まあ、そうかな」
はぐらかそうとではなく、本当に説明が難しいという歯切れ悪さだ。
「しかし、一周目は魔力の封印を解いていなかったのに、どうしてやり直しが可能なのでしょう。それが『びいえるげえむ』なのです?」
「ビー、えっ!?」
「この世界は男性同士が結ばれる物語の舞台だと伺いました」
「一周目の僕め……でも、うん、おまえを信じる」
再び叫んだソーマは、手で口を押さえ、そのまま固まった。
わたしはきょとんとして待つ。
「ゲームだからじゃ、ない。異世界転生による。物語の中と外を行き来する……ある意味、別の世界の魔法というか」
(物語の、中と外)
「テンセイ」、さらに「悪役」や「主人公」という単語の理解も、一周目より深まった。
「あなたは物語の登場人物でしかないわたしを、十二回も救おうとしてくれた、優しい方なのですね」
「そうだけどそうじゃないよ。君は物語の中で本当に生きてる。今みたいに。僕にとっては、はじめて僕に優しくしてくれた人だ。厳密には公爵に、だけど。そして、絶対に幸せになってほしい人だ」
真剣に射竦められ、指先が甘く痺れる。
……ああ。ソーマのわたしに対する言葉も視線も仕草も、一周目は戸惑うばかりだった。なぜこんなに切実で、必死で、時にひどく怖がるのか、想像もつかなかった。
きっと十二回、いや十三回とも愛してくれて、十三回とも喪ったからだ。
わたしもソーマをどれほど想っているか伝えたいが、聴取が先だ。書きつけるべく黒檀の万年筆を握る。
「各回の、わたしの死の状況をお聞かせください。共に対策を立てましょう」
怪我の残る「公爵」を、ふかふかの寝具を敷いておいた寝台に導く。わたしは長椅子に腰を下ろし、燭台を挟んで向かい合った。
傍らに寄り添いたいが、彼に一周目の記憶がなければ驚かせてしまう。自制して、先に問いに答える。
「一周目のあなたは、わたしの知る『公爵』は死んだとおっしゃいました。身体は『公爵』ながら、意識は違うと。『公爵』らしからぬ言動をされましたし、『公爵』ならご存知のことも……知らないご様子で」
「待って。一周目?」
「公爵」が目を見開く。それでも一周目のわたしよりは知識がありそうだ。端的に切り出す。
「わたしも、三か月後に死にます。死にました。そして方法は不明ですが、この日に戻ってきたのです」
「えっ!?」
「公爵」が叫ぶ。十二回やり直しているという彼でも新鮮に驚いたようだ。
「そう、か。それで、僕の名前を呼んでくれたんだ」
「……ソーマ?」
「うん。ふたりでいるときは、そう呼んで。敬称もいらない」
ソーマは噛み締めるように返事をする。魔法の呪文でなく、彼の名だったのか。
彼は最期に名を呼んでほしがった。わたしも公爵やソーマに名を呼ばれて嬉しかったので、共感する。
「ソーマ、と、エドゥアルド公爵は、別人ですね?」
「どこから話そう。僕は、別の世界のしがない公務員……国に仕える仕事をしていた男だ」
ソーマが彼の素なのだろう、くだけた口調で話し始める。彼が話す番だ。
「毎日激務で、いろいろあって、この世界に転生して……今日、『公爵』として目覚めた」
やはり蘇生を機に別人になっている。
十年来の想い人は、亡くなったのだ。
にもかかわらず、一周目ほど気落ちしていない。
「君のためなんだ」
「わたしの死亡ふらぐが十二個あるのでしょう?」
「一周目の僕は君に情報共有したの?」
「はい。ただし一部のみです。あなたはわたしが傷つかないよう、大切ないくつかを話してくださらなかった。わたしもあなたに頼るばかりで、きちんと知ろうとしませんでした。きっとそれが十三個目のふらぐです。壊すために、今回はわたしの疑問にひとつひとつ答えていただきたいです」
「……何だか申し訳ない。ワカリマシタ」
わたしの圧にたじろぐ様子で、ソーマが了承する。
ただ、顔も声もエドゥアルド公爵そのものなので、過去十年間との落差に慣れない。
(公爵が下手に出る展開の戯曲はないですね。創作意欲が……ではなく!)
咳払いして、薄水色の書皮を掛けた手記を取り出す。一周目の記憶と疑問点を記してある。
「次に。わたしは実際に十二回死んでいるのですか? 一周目のように」
声が震えた。婚約式での後悔と憤りを思い出すと、勝手にこうなる。
清潔な白い寝間着に着替えたソーマは、答える前に身を乗り出してきた。長い腕でわたしを引き寄せ、寝台に載せる。
「大丈夫だ。私が君を守る」
「……はい」
彼の体温に触れると、全身に波及する震えが止まった。それを確かめた上で、ソーマが改めて口を開く。
「ユーリィは十二回死んでいるとも言えるし、一回も死んでいないとも言える」
「ソーマが時間遡行して、やり直しているから」
「……まあ、そうかな」
はぐらかそうとではなく、本当に説明が難しいという歯切れ悪さだ。
「しかし、一周目は魔力の封印を解いていなかったのに、どうしてやり直しが可能なのでしょう。それが『びいえるげえむ』なのです?」
「ビー、えっ!?」
「この世界は男性同士が結ばれる物語の舞台だと伺いました」
「一周目の僕め……でも、うん、おまえを信じる」
再び叫んだソーマは、手で口を押さえ、そのまま固まった。
わたしはきょとんとして待つ。
「ゲームだからじゃ、ない。異世界転生による。物語の中と外を行き来する……ある意味、別の世界の魔法というか」
(物語の、中と外)
「テンセイ」、さらに「悪役」や「主人公」という単語の理解も、一周目より深まった。
「あなたは物語の登場人物でしかないわたしを、十二回も救おうとしてくれた、優しい方なのですね」
「そうだけどそうじゃないよ。君は物語の中で本当に生きてる。今みたいに。僕にとっては、はじめて僕に優しくしてくれた人だ。厳密には公爵に、だけど。そして、絶対に幸せになってほしい人だ」
真剣に射竦められ、指先が甘く痺れる。
……ああ。ソーマのわたしに対する言葉も視線も仕草も、一周目は戸惑うばかりだった。なぜこんなに切実で、必死で、時にひどく怖がるのか、想像もつかなかった。
きっと十二回、いや十三回とも愛してくれて、十三回とも喪ったからだ。
わたしもソーマをどれほど想っているか伝えたいが、聴取が先だ。書きつけるべく黒檀の万年筆を握る。
「各回の、わたしの死の状況をお聞かせください。共に対策を立てましょう」
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