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4章 それもこれも初耳ですが?
12話 主人公と悪役の話③
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「何ですって? 未来予知されたではないですか」
それではニコに敵わない。信じたくなくて、「公爵」の上体を揺さぶる。
「厳密には魔法ではなく、『僕』の知識と、十二回分の試行錯誤からの、類推だ。……申し訳ない」
「公爵」の口から出てきたのは、状況逆転の未来予知ではなく、謝罪だった。
言われてみれば――蘇生と未来予知と魔法書の解読、それ以外では魔法を遣っていない。地道に動いていた。
蘇生は、仮死からの回復で。未来予知は、国の情勢や人間関係を踏まえた類推で。魔法書の解読は、知識に過ぎないのか。
禁忌の魔法遣いになろうとしても、「キョウセイリョク」ゆえになれなかったのかもしれない。
「そんな……」
魔力なしでこの状況をどう切り抜ける?
気が動転して、礼服があちこち破れて火傷のようになっている「公爵」の手脚をさすった。治癒魔法を遣えるわけでもないのに。
「っ」
ニコの魔力の残滓らしき光にバチッと弾かれ、手が跳ねる。
その手を、「公爵」がぎゅっと握った。
「血が出ている……、痛いだろう」
労しげに言う。わたしは細く息を吐いた。「公爵」こそ重傷だ。歪な光が痩躯に食い込み続け、血の臭いも漂う。
「痛いのは、手でなく胸です……」
ぼろぼろ涙をこぼす。彼を喪いたくない。もう葬送の儀式はしたくない。にもかかわらず、何もしてあげられない。
「泣かない、で。ニコが、この時点で魔力の封印を、解いているとは……というか、ニコも転生者という可能性を……考えてなか、た。八回目みたいに君に失望されたくないとか、かっこつけずに……ニコに対抗できるように、しておけば。次は、そうする。私……僕が、仕事のできない男なのが、悪い。本当に、申し訳ない……」
「あなたは先々代の王たちのように、気高く優しい方です」
「公爵」が重ねて謝るのは耐えられなかった。わたしの望む安寧を叶えられなかったのを気にしているに違いない。それどころではないのに。
(今のわたしには、「公爵」の命のほうが大事です)
国の安寧がわたしの幸せ。「公爵」を好きでいられるだけで充分、などと。
本当は、自分だけの特別な使命が、特別な愛が欲しかった。
「公爵」は、それをわたしにくれようとした。
彼の不思議な言動はすべて、愛だったのだ。
なのに戸惑って、疑って、すれ違ったまま。昨夜の態度を謝り、たくさん話して「すろうらいふ」に向けて踏み出すはずが――。
「どうして、こんなことになってしまったのでしょう」
悲嘆するわたしの巻き毛を、「公爵」が引き寄せる。
「私の、城に……行け。馬車に、御者を、留め置いている。根回しが、機能して……君の命は、守れると、思う」
耳に吹き込まれた声は、ひどくか細い。
「君を守る」と言われたとき、とろけるほど嬉しかった。でも、彼の命と引き換えなら願い下げだ。わたしは駄々を捏ねるみたいに首を横に振った。
「あなたを独りにはしません」
「……ふ、はっ」
「公爵」が小さく笑う。一緒に血も吐いた。
「頼む。私が死ぬのは、どうということもない。何度だって、やり直せるんだ。君の命を守るためなら……自分からでも擲てる」
わたしはひゅっと息を呑む。
未来予知できないのに、いつも確定的に話された、わたしの死亡ふらぐ。
(まさか。わたしは、本当に十二回も死んでいるのですか?)
その度に、公爵の姿をした彼は、戯曲の一節を差し替えるごとく「げえむ」とやらをやり直している――?
確かめる猶予はない。わからないことを後回しにしないでおけば、と唇を噛む。
「公爵」が、中空を見遣りながらつぶやく。
「最後に、特別な魔法を……唱えてくれるか? 『創真』と」
最後なんて言わないでほしい。でも、昨夜みたいに言葉足らずで後悔したくない。
魔法は遣えないけれど、せめて、慈しみを込めて唱える。
「ソーマ。あなたを、愛しています」
それではニコに敵わない。信じたくなくて、「公爵」の上体を揺さぶる。
「厳密には魔法ではなく、『僕』の知識と、十二回分の試行錯誤からの、類推だ。……申し訳ない」
「公爵」の口から出てきたのは、状況逆転の未来予知ではなく、謝罪だった。
言われてみれば――蘇生と未来予知と魔法書の解読、それ以外では魔法を遣っていない。地道に動いていた。
蘇生は、仮死からの回復で。未来予知は、国の情勢や人間関係を踏まえた類推で。魔法書の解読は、知識に過ぎないのか。
禁忌の魔法遣いになろうとしても、「キョウセイリョク」ゆえになれなかったのかもしれない。
「そんな……」
魔力なしでこの状況をどう切り抜ける?
気が動転して、礼服があちこち破れて火傷のようになっている「公爵」の手脚をさすった。治癒魔法を遣えるわけでもないのに。
「っ」
ニコの魔力の残滓らしき光にバチッと弾かれ、手が跳ねる。
その手を、「公爵」がぎゅっと握った。
「血が出ている……、痛いだろう」
労しげに言う。わたしは細く息を吐いた。「公爵」こそ重傷だ。歪な光が痩躯に食い込み続け、血の臭いも漂う。
「痛いのは、手でなく胸です……」
ぼろぼろ涙をこぼす。彼を喪いたくない。もう葬送の儀式はしたくない。にもかかわらず、何もしてあげられない。
「泣かない、で。ニコが、この時点で魔力の封印を、解いているとは……というか、ニコも転生者という可能性を……考えてなか、た。八回目みたいに君に失望されたくないとか、かっこつけずに……ニコに対抗できるように、しておけば。次は、そうする。私……僕が、仕事のできない男なのが、悪い。本当に、申し訳ない……」
「あなたは先々代の王たちのように、気高く優しい方です」
「公爵」が重ねて謝るのは耐えられなかった。わたしの望む安寧を叶えられなかったのを気にしているに違いない。それどころではないのに。
(今のわたしには、「公爵」の命のほうが大事です)
国の安寧がわたしの幸せ。「公爵」を好きでいられるだけで充分、などと。
本当は、自分だけの特別な使命が、特別な愛が欲しかった。
「公爵」は、それをわたしにくれようとした。
彼の不思議な言動はすべて、愛だったのだ。
なのに戸惑って、疑って、すれ違ったまま。昨夜の態度を謝り、たくさん話して「すろうらいふ」に向けて踏み出すはずが――。
「どうして、こんなことになってしまったのでしょう」
悲嘆するわたしの巻き毛を、「公爵」が引き寄せる。
「私の、城に……行け。馬車に、御者を、留め置いている。根回しが、機能して……君の命は、守れると、思う」
耳に吹き込まれた声は、ひどくか細い。
「君を守る」と言われたとき、とろけるほど嬉しかった。でも、彼の命と引き換えなら願い下げだ。わたしは駄々を捏ねるみたいに首を横に振った。
「あなたを独りにはしません」
「……ふ、はっ」
「公爵」が小さく笑う。一緒に血も吐いた。
「頼む。私が死ぬのは、どうということもない。何度だって、やり直せるんだ。君の命を守るためなら……自分からでも擲てる」
わたしはひゅっと息を呑む。
未来予知できないのに、いつも確定的に話された、わたしの死亡ふらぐ。
(まさか。わたしは、本当に十二回も死んでいるのですか?)
その度に、公爵の姿をした彼は、戯曲の一節を差し替えるごとく「げえむ」とやらをやり直している――?
確かめる猶予はない。わからないことを後回しにしないでおけば、と唇を噛む。
「公爵」が、中空を見遣りながらつぶやく。
「最後に、特別な魔法を……唱えてくれるか? 『創真』と」
最後なんて言わないでほしい。でも、昨夜みたいに言葉足らずで後悔したくない。
魔法は遣えないけれど、せめて、慈しみを込めて唱える。
「ソーマ。あなたを、愛しています」
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