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4章 それもこれも初耳ですが?
12話 主人公と悪役の話②
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「公爵」の蒼褪めた顔が、雷光に照らし出された。
「なぜ、この世界がゲームだと知って……」
「やっぱりあんたも転生者か。俺の話をふつうに理解したな。あーあ、婚儀で花嫁攫いたかったんだけど?」
(テンセイシャ?)
ニコ殿が得意げに笑う。わたしには理解できないやり取りだ。
対する「公爵」は押し黙ってしまった。紅眼には絶望さえ過ぎる。
「ちまちま他のキャラに入れ知恵してたみたいだがな、未来を決めるのは俺一人でいい。やれ」
台詞の意味を問う暇もない。ニコ殿の合図を受けた騎士が、「公爵」に斬りかかる。
「閣下!」
「っ、大丈夫だ」
細かな予知はできないのか、反応の遅れた「公爵」の脇腹から血が滴った。
顔を歪める「公爵」になおも剣を突きつける大柄な騎士は――ペトルだ。
兄の専属護衛である彼が、どうしてニコ殿に従う?
「ペトル。うまくできたら、剣しか知らないあんたに、コンスタンティネの身体を貸してやるよ」
ニコ殿、いや、ニコが思わせぶりに耳打ちする。「身体を貸す」とは……。想像もしたくない。
(気おくれせず、兄に「純潔を守って」と伝えておけば)
拳を握り締める。
ただ、ペトルの兄への敬愛に情欲も含まれていたとしても、弁えてきたではないか。
「ペトル、騎士の誇りを忘れたのですか」
今さらながら幼馴染を窘める。でも目の光をなくしたペトルには、ニコの言葉しか届かなかったようだ。
「『元洞窟管理役を咥え込むんなら、平民のおれも犯す権利がある』」
剣の柄で、「公爵」の顎を強かに打つ。
「うっ、ぐ」
「公爵」はついに蹲った。その黒髪を、ニコが勝ち誇った顏で引っ掴む。
「反逆者を処刑する!」
王ではないのに、王のような台詞を言い放つ。
趨勢を窺っていた男性陣が、賛同の雄叫びを上げた。来賓も洞窟管理役も。どうやら味方はいないらしい。
「『戴冠すべし再来の王子に、捧ぐ』」
寄る辺なく膝を突く「公爵」とわたしの前で、ニコがペトルから剣を受け取る。
その表面をすーっと撫でるや、剣が青い光を帯びた。
炎のような、氷のような。昔、書物で読んだとおりの特徴。
(禁じられた魔法――!)
目を見開く。「公爵」は、わたしとはやや異なる驚き方だ。
「このタイミングで? 転生者ならあり得るか……」
とにかく、ニコも禁忌を犯したらしい。
どちらの国の王族も等しく魔力を持つ。ただし、その質量には個人差がある。「公爵」は、果たしてニコに対抗できるか……。
「離れて、ユーリィ!」
「公爵」は素手でわたしを突き飛ばした。
同時に、ニコが剣を振り下ろす。
雷が落ちたのではないかと思うほどの光が、「公爵」を貫いた。瞬きのうちに、痩躯が舞踏の間の端まで跳ね飛ばされ、床に叩きつけられる。
「か、閣下、酷いお怪我です……っ」
わたしは血相を変えて想い人に駆け寄った。歪な光が薔薇の茨のように手脚に絡みついている。
「公爵」の防御魔法は間に合わなかったのか、遣ったが跳ね返されたのか。どちらにしても。
「魔力の封印をどう解くのか教えてください。わたしも加勢します」
口早に乞う。もっと早く聞いておけばよかった。
十二回も死の危機があると言われても、どこか実感がなかった。死亡ふらぐの壊し方も穏やかなものだった。
「公爵」が未然に収めてくれていただけだと、この土壇場で思い知る。
浅い呼吸の「公爵」は、仰向けで首だけわたしのほうに向けた。
その口もとには笑みが浮かぶ。昨夜私室で一瞬見せた自嘲の表情にも、蘇生直後の諦念にも似ている。
「とてもここではできない。それに、実は私も魔力の封印は解けていない」
「なぜ、この世界がゲームだと知って……」
「やっぱりあんたも転生者か。俺の話をふつうに理解したな。あーあ、婚儀で花嫁攫いたかったんだけど?」
(テンセイシャ?)
ニコ殿が得意げに笑う。わたしには理解できないやり取りだ。
対する「公爵」は押し黙ってしまった。紅眼には絶望さえ過ぎる。
「ちまちま他のキャラに入れ知恵してたみたいだがな、未来を決めるのは俺一人でいい。やれ」
台詞の意味を問う暇もない。ニコ殿の合図を受けた騎士が、「公爵」に斬りかかる。
「閣下!」
「っ、大丈夫だ」
細かな予知はできないのか、反応の遅れた「公爵」の脇腹から血が滴った。
顔を歪める「公爵」になおも剣を突きつける大柄な騎士は――ペトルだ。
兄の専属護衛である彼が、どうしてニコ殿に従う?
「ペトル。うまくできたら、剣しか知らないあんたに、コンスタンティネの身体を貸してやるよ」
ニコ殿、いや、ニコが思わせぶりに耳打ちする。「身体を貸す」とは……。想像もしたくない。
(気おくれせず、兄に「純潔を守って」と伝えておけば)
拳を握り締める。
ただ、ペトルの兄への敬愛に情欲も含まれていたとしても、弁えてきたではないか。
「ペトル、騎士の誇りを忘れたのですか」
今さらながら幼馴染を窘める。でも目の光をなくしたペトルには、ニコの言葉しか届かなかったようだ。
「『元洞窟管理役を咥え込むんなら、平民のおれも犯す権利がある』」
剣の柄で、「公爵」の顎を強かに打つ。
「うっ、ぐ」
「公爵」はついに蹲った。その黒髪を、ニコが勝ち誇った顏で引っ掴む。
「反逆者を処刑する!」
王ではないのに、王のような台詞を言い放つ。
趨勢を窺っていた男性陣が、賛同の雄叫びを上げた。来賓も洞窟管理役も。どうやら味方はいないらしい。
「『戴冠すべし再来の王子に、捧ぐ』」
寄る辺なく膝を突く「公爵」とわたしの前で、ニコがペトルから剣を受け取る。
その表面をすーっと撫でるや、剣が青い光を帯びた。
炎のような、氷のような。昔、書物で読んだとおりの特徴。
(禁じられた魔法――!)
目を見開く。「公爵」は、わたしとはやや異なる驚き方だ。
「このタイミングで? 転生者ならあり得るか……」
とにかく、ニコも禁忌を犯したらしい。
どちらの国の王族も等しく魔力を持つ。ただし、その質量には個人差がある。「公爵」は、果たしてニコに対抗できるか……。
「離れて、ユーリィ!」
「公爵」は素手でわたしを突き飛ばした。
同時に、ニコが剣を振り下ろす。
雷が落ちたのではないかと思うほどの光が、「公爵」を貫いた。瞬きのうちに、痩躯が舞踏の間の端まで跳ね飛ばされ、床に叩きつけられる。
「か、閣下、酷いお怪我です……っ」
わたしは血相を変えて想い人に駆け寄った。歪な光が薔薇の茨のように手脚に絡みついている。
「公爵」の防御魔法は間に合わなかったのか、遣ったが跳ね返されたのか。どちらにしても。
「魔力の封印をどう解くのか教えてください。わたしも加勢します」
口早に乞う。もっと早く聞いておけばよかった。
十二回も死の危機があると言われても、どこか実感がなかった。死亡ふらぐの壊し方も穏やかなものだった。
「公爵」が未然に収めてくれていただけだと、この土壇場で思い知る。
浅い呼吸の「公爵」は、仰向けで首だけわたしのほうに向けた。
その口もとには笑みが浮かぶ。昨夜私室で一瞬見せた自嘲の表情にも、蘇生直後の諦念にも似ている。
「とてもここではできない。それに、実は私も魔力の封印は解けていない」
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