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4章 それもこれも初耳ですが?
11話 婚約式前夜のすれ違い
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明日の婚約式には、ニコ殿を迎えたミロシュ家の一員として、公爵も列席する。
夕方、ミロシュ家の馬車が王宮に到着した。わたしは一行を私室の露台から眺める。想い人はすぐ見分けられた。長身で所作に気品がある。
公爵が、ぱっと上を向く。少し距離があるのに目が合って驚く。
後で行く、と口が動いた。
(何の御用でしょうか? 婚約式関連の打ち合わせは書簡でしてありますし)
わたしは私室をぐるぐる歩き回った。
残り四つとなった(らしい)死亡ふらぐも、婚約式中に折る機会はないと聞いている。
式後に「すろうらいふ」を宣言し、原作から離れる。秋冬春とつつがなく過ごせば、わたしは死なないという。
他に私室に来る理由といったら。
[いい子で待っていたな。ご褒美を遣ろう]
[この部屋でだけは、私のすべてはユーリィのものだ]
顔が真っ赤になる。自作戯曲でよくある展開だ。
(口づけは済ませましたし、次の段階に進むのですね。わたしは気持ちをお伝えするのも悩んでいましたが、公爵は大人でいらっしゃいます……かと言って、こんな日に)
意識したが最後、夕食も上の空でろくに食べられなかった。
身体を入念に洗い、白い寝間着に着替え、寝台で正座して待つ。
永遠にも思える間ののち、ついに扉を叩く音がした。もはや戦いに出向く覚悟で応える。
「どうぞ」
するりと入ってきた公爵は一週間ぶりだ。燭台の灯りのみの仄暗い私室を見回し、わたしを見つけると――くつくつ笑った。
「こんな初々しいお誘いははじめてだ」
「他の誰かと比べるのはおやめください……」
わたしは寝具に顔を埋めたくなる。
……でも、公爵は十代で兄と婚約しており、兄の純潔うんぬんと言うからにはまだ初夜を迎えていないはずだ。
(どこぞの夫人と不貞の一夜を?)
疑念が過ぎる。想像の恋愛戯曲を書いていたわたしが言えた義理ではないかもしれないが。
一方の公爵は、愉しげに寝台に腰掛ける。
「R18ゲームというだけだ。強制力ではないな?」
「閣下こそ」
わたしが誘っているとまた言われ、居たたまれない。戯曲より本物のほうが意地悪だ。
かろうじて意趣返しすれば、公爵はふっと真面目な表情になった。指先で唇をなぞる。小声で「念のために――越したことはないか」とつぶやく。
かと思うと、ぎしりと寝台を軋ませ、わたしの顔を覗き込んできた。
遠くから眺めるきりだった想い人が、息がかかるほどそばにいる。
「夢の、ようです。王子とは国のために生きるもの。それが、閣下の瞳に映してもらえるなんて……十年間、夢見ていました」
想いが、言葉が、溢れる。
春の嵐の日、葬儀士として公爵の蘇生に居合わせて以来、わたしの世界は変わった。公爵が変えてくれた。
「十年間、私を想っていたのか?」
その公爵は、意表を突かれたかのような表情になる。無理もない。
「横恋慕を軽蔑されますか」
「い、や。ユーリィが国や兄を想う気持ちの深さは、痛いほど知っている。そうか、十二回目の君は……優しいだけじゃなかったんだ。ならば、考察は逆か?」
図らずも恋心を打ち明ける形になったわたしは、眉じりを下げるほかない。
想いを受け入れてもらえたのか、それとも突き戻されたのか。心細く思っていたら、公爵はしみじみと微笑んだ。
「それを口にできたのは、君は君の人生を生き始めたということだろう。これからは君も愛されて、幸せになっていい」
巻き毛を撫でられ、じわりと涙が出そうになる。もちろんさみしいからではない。
公爵が、禁忌魔法の後遺症でもキョウセイリョクでもなくわたしを認め、想ってくれていると感じられたから。
「わたしの幸せには、エドゥアルド公爵が必要です」
訥々と告げる。まだ言い足りないけれど、公爵はそれを一文字残らず味わうみたいに唇を塞いできた。
「ん……ふ、ぁ」
わたしは膝を崩し、自ら公爵の腕の中に収まる。
抵抗しなければならなかった「夜這い」と違い、何の障壁もない。
ただ、手をどこに置くべきかすらわからない。自作戯曲は受け身の展開ばかりだ。そっと目を開けると、両手を彷徨わせるわたしを、公爵が可笑しそうに見ていた。
「拙いと、嗤わないでください。こういったことははじめてなのです」
わたしが頬をふくらませば、公爵は笑みを深める。
「私もはじめてのようなものだ」
(ようなもの?)
台詞と裏腹に、慣れた手つきで自分の襯衣の釦を外す。滑落事故の傷痕が垣間見えた。
「まだ痛みますか?」
「痛くはない」
思わず撫でると、公爵は首を横に振る。その割に睫毛が戦慄く。
「この傷痕は、私が公爵でなく『僕』である証だ。私のほうも、ほんの三か月の想いではないとわかってほしい」
声は掠れてさえいる。
受け止めてあげたいと思った。でも、正確な理解が叶わない。
野外茶会の際は、時間をかけて理解できるようになろうと、引っ掛かってもそのままにした部分もある。気持ちを通わせるには確かめるべきだろう。
「あなたは、公爵ではないのですか」
夕方、ミロシュ家の馬車が王宮に到着した。わたしは一行を私室の露台から眺める。想い人はすぐ見分けられた。長身で所作に気品がある。
公爵が、ぱっと上を向く。少し距離があるのに目が合って驚く。
後で行く、と口が動いた。
(何の御用でしょうか? 婚約式関連の打ち合わせは書簡でしてありますし)
わたしは私室をぐるぐる歩き回った。
残り四つとなった(らしい)死亡ふらぐも、婚約式中に折る機会はないと聞いている。
式後に「すろうらいふ」を宣言し、原作から離れる。秋冬春とつつがなく過ごせば、わたしは死なないという。
他に私室に来る理由といったら。
[いい子で待っていたな。ご褒美を遣ろう]
[この部屋でだけは、私のすべてはユーリィのものだ]
顔が真っ赤になる。自作戯曲でよくある展開だ。
(口づけは済ませましたし、次の段階に進むのですね。わたしは気持ちをお伝えするのも悩んでいましたが、公爵は大人でいらっしゃいます……かと言って、こんな日に)
意識したが最後、夕食も上の空でろくに食べられなかった。
身体を入念に洗い、白い寝間着に着替え、寝台で正座して待つ。
永遠にも思える間ののち、ついに扉を叩く音がした。もはや戦いに出向く覚悟で応える。
「どうぞ」
するりと入ってきた公爵は一週間ぶりだ。燭台の灯りのみの仄暗い私室を見回し、わたしを見つけると――くつくつ笑った。
「こんな初々しいお誘いははじめてだ」
「他の誰かと比べるのはおやめください……」
わたしは寝具に顔を埋めたくなる。
……でも、公爵は十代で兄と婚約しており、兄の純潔うんぬんと言うからにはまだ初夜を迎えていないはずだ。
(どこぞの夫人と不貞の一夜を?)
疑念が過ぎる。想像の恋愛戯曲を書いていたわたしが言えた義理ではないかもしれないが。
一方の公爵は、愉しげに寝台に腰掛ける。
「R18ゲームというだけだ。強制力ではないな?」
「閣下こそ」
わたしが誘っているとまた言われ、居たたまれない。戯曲より本物のほうが意地悪だ。
かろうじて意趣返しすれば、公爵はふっと真面目な表情になった。指先で唇をなぞる。小声で「念のために――越したことはないか」とつぶやく。
かと思うと、ぎしりと寝台を軋ませ、わたしの顔を覗き込んできた。
遠くから眺めるきりだった想い人が、息がかかるほどそばにいる。
「夢の、ようです。王子とは国のために生きるもの。それが、閣下の瞳に映してもらえるなんて……十年間、夢見ていました」
想いが、言葉が、溢れる。
春の嵐の日、葬儀士として公爵の蘇生に居合わせて以来、わたしの世界は変わった。公爵が変えてくれた。
「十年間、私を想っていたのか?」
その公爵は、意表を突かれたかのような表情になる。無理もない。
「横恋慕を軽蔑されますか」
「い、や。ユーリィが国や兄を想う気持ちの深さは、痛いほど知っている。そうか、十二回目の君は……優しいだけじゃなかったんだ。ならば、考察は逆か?」
図らずも恋心を打ち明ける形になったわたしは、眉じりを下げるほかない。
想いを受け入れてもらえたのか、それとも突き戻されたのか。心細く思っていたら、公爵はしみじみと微笑んだ。
「それを口にできたのは、君は君の人生を生き始めたということだろう。これからは君も愛されて、幸せになっていい」
巻き毛を撫でられ、じわりと涙が出そうになる。もちろんさみしいからではない。
公爵が、禁忌魔法の後遺症でもキョウセイリョクでもなくわたしを認め、想ってくれていると感じられたから。
「わたしの幸せには、エドゥアルド公爵が必要です」
訥々と告げる。まだ言い足りないけれど、公爵はそれを一文字残らず味わうみたいに唇を塞いできた。
「ん……ふ、ぁ」
わたしは膝を崩し、自ら公爵の腕の中に収まる。
抵抗しなければならなかった「夜這い」と違い、何の障壁もない。
ただ、手をどこに置くべきかすらわからない。自作戯曲は受け身の展開ばかりだ。そっと目を開けると、両手を彷徨わせるわたしを、公爵が可笑しそうに見ていた。
「拙いと、嗤わないでください。こういったことははじめてなのです」
わたしが頬をふくらませば、公爵は笑みを深める。
「私もはじめてのようなものだ」
(ようなもの?)
台詞と裏腹に、慣れた手つきで自分の襯衣の釦を外す。滑落事故の傷痕が垣間見えた。
「まだ痛みますか?」
「痛くはない」
思わず撫でると、公爵は首を横に振る。その割に睫毛が戦慄く。
「この傷痕は、私が公爵でなく『僕』である証だ。私のほうも、ほんの三か月の想いではないとわかってほしい」
声は掠れてさえいる。
受け止めてあげたいと思った。でも、正確な理解が叶わない。
野外茶会の際は、時間をかけて理解できるようになろうと、引っ掛かってもそのままにした部分もある。気持ちを通わせるには確かめるべきだろう。
「あなたは、公爵ではないのですか」
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