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3章 すろうらいふを目指しましょう
9話 新たな婚約と、二度目の①
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早速、家族会議を開く。
「この手記によれば、ニコという青年の父親は――」
婚約破棄によって兄以上に憔悴していた母は、魔法めいた話に縋らんばかりだ。
父は二十年前の宰相への指示を憶えていたのだろう、ぎくりとしたものの、
「ニコの言動を、ひと月注視せよ」
とわたしに言いつけた。
公爵がいつだか「洞窟管理役に隙を見せるな」と主張したのを思い出したけれど、杞憂だったようだ。
ニコは王太子と親しいのをひけらかしたりせず、洞窟管理役の仕事に勤しむ。憎めない性格で同僚からの評判もよい。
一か月間の審査を、問題行動なく乗り越えた。
「わたくしの可愛いコンスタンティネ。あなた自身もそう望むのですね?」
「『はい、母上。彼は私を一人の男として見てくれます』」
兄たっての希望もあり――婚約破棄からわずかひと月半にして、兄とニコの新たな婚約が結ばれることと相なった。
「パルラディの手前、ニコがかの国王の血を引く事実は伏せる」
父が、彼の出生の秘密を口外するなと念を押す。わたしは公爵からの書簡を提示した。
「ニコの出自を証明したミロシュ公爵家が、ニコを養子として迎え、表向きの身分を整える協力をしてくださるとのことです」
両親が感心したように頷く。かつてこんなに頼りにされたことがあったろうか。
おかげで兄には笑顔が戻り、王宮全体が明るくなる。
新たな婚約が公示されるや、「ミロシュ公は王太子の真実の恋を叶えてやるために身を引いたのでは」と公爵を称える声も聞かれた。
それを追い風に、公爵の謹慎も解かれる。
政務に復帰した公爵の直接の折衝によって、突然登場した新婚約者に対する反発も抑えられた。
「書簡で相談したとおりに進んでいますよ!」
兄とニコの婚約式の準備が着々と進む盛夏。
堂々と私室を訪ねてきた、公爵の前ではしゃぐ。
「うむ。だが、君の死亡フラグ回避のために、まだせねばならないことがある」
「ステヴァン殿下への書簡ですね?」
離れ離れの一か月間、何もしていなかったわけではない。
未来を左右する鍵の一人であるステヴァン殿下と友好を深めようと、相談していた。
確かにパルラディと融和できれば、フセスラウの行く末は明るい。国が平和なら、わたしが死の危機に立つ可能性も低くなる。
「文章を考えてほしい」
「はい」
いそいそと便箋を取り出す。夏礼服の公爵が、執務机の後ろに立った。黒髪がわたしの肩に触れそうになるだけで、頬が火照る。
「新しい婚約者はエドゥアルド・ミロシュより友好的であり、我々の世代での終戦を検討されたい、という内容で」
「閣下は戦争再開も視野に入れておられたのですか?」
びっくりして振り返った。
「あくまでパルラディから攻め込まれたら、だ」
なるほど。丸腰では民を守れない。それで公爵は魔力の封印を解いたのか。そして今、戦争の懸念自体をなくしてのけようとしている。
わたしも使命感に燃え、万年筆を走らせた。
完成するや読み上げてみせる。
「いかがですか」
「……親し過ぎる。友情の範疇で」
「? では、この文言では」
「ぬるい。ワンチャンあると思わせるな」
「わんちゃ、ん? こうでしょうか」
公爵の評価基準はやや謎だが、何度も書き直す。がっかりされたくない。
「素晴らしい。ユーリィは文才があるな」
褒められたら褒められたで、ぎくりとした。公爵の手応えいっぱいな笑みを見るに、他意はなさそうだ。
自作の恋愛戯曲が隠された二段目の抽斗に視線を遣らないよう努める。
それにしても、公爵は一歩先を行っている。両親も終戦になかなか持ち込めないでいた。
しかも、王子同士ということで橋渡しを依頼してくれた。わたしにできることを次々与えてくれて、嬉しい。以前にも増して憧れが湧いてくる。
「何だ?」
「この手記によれば、ニコという青年の父親は――」
婚約破棄によって兄以上に憔悴していた母は、魔法めいた話に縋らんばかりだ。
父は二十年前の宰相への指示を憶えていたのだろう、ぎくりとしたものの、
「ニコの言動を、ひと月注視せよ」
とわたしに言いつけた。
公爵がいつだか「洞窟管理役に隙を見せるな」と主張したのを思い出したけれど、杞憂だったようだ。
ニコは王太子と親しいのをひけらかしたりせず、洞窟管理役の仕事に勤しむ。憎めない性格で同僚からの評判もよい。
一か月間の審査を、問題行動なく乗り越えた。
「わたくしの可愛いコンスタンティネ。あなた自身もそう望むのですね?」
「『はい、母上。彼は私を一人の男として見てくれます』」
兄たっての希望もあり――婚約破棄からわずかひと月半にして、兄とニコの新たな婚約が結ばれることと相なった。
「パルラディの手前、ニコがかの国王の血を引く事実は伏せる」
父が、彼の出生の秘密を口外するなと念を押す。わたしは公爵からの書簡を提示した。
「ニコの出自を証明したミロシュ公爵家が、ニコを養子として迎え、表向きの身分を整える協力をしてくださるとのことです」
両親が感心したように頷く。かつてこんなに頼りにされたことがあったろうか。
おかげで兄には笑顔が戻り、王宮全体が明るくなる。
新たな婚約が公示されるや、「ミロシュ公は王太子の真実の恋を叶えてやるために身を引いたのでは」と公爵を称える声も聞かれた。
それを追い風に、公爵の謹慎も解かれる。
政務に復帰した公爵の直接の折衝によって、突然登場した新婚約者に対する反発も抑えられた。
「書簡で相談したとおりに進んでいますよ!」
兄とニコの婚約式の準備が着々と進む盛夏。
堂々と私室を訪ねてきた、公爵の前ではしゃぐ。
「うむ。だが、君の死亡フラグ回避のために、まだせねばならないことがある」
「ステヴァン殿下への書簡ですね?」
離れ離れの一か月間、何もしていなかったわけではない。
未来を左右する鍵の一人であるステヴァン殿下と友好を深めようと、相談していた。
確かにパルラディと融和できれば、フセスラウの行く末は明るい。国が平和なら、わたしが死の危機に立つ可能性も低くなる。
「文章を考えてほしい」
「はい」
いそいそと便箋を取り出す。夏礼服の公爵が、執務机の後ろに立った。黒髪がわたしの肩に触れそうになるだけで、頬が火照る。
「新しい婚約者はエドゥアルド・ミロシュより友好的であり、我々の世代での終戦を検討されたい、という内容で」
「閣下は戦争再開も視野に入れておられたのですか?」
びっくりして振り返った。
「あくまでパルラディから攻め込まれたら、だ」
なるほど。丸腰では民を守れない。それで公爵は魔力の封印を解いたのか。そして今、戦争の懸念自体をなくしてのけようとしている。
わたしも使命感に燃え、万年筆を走らせた。
完成するや読み上げてみせる。
「いかがですか」
「……親し過ぎる。友情の範疇で」
「? では、この文言では」
「ぬるい。ワンチャンあると思わせるな」
「わんちゃ、ん? こうでしょうか」
公爵の評価基準はやや謎だが、何度も書き直す。がっかりされたくない。
「素晴らしい。ユーリィは文才があるな」
褒められたら褒められたで、ぎくりとした。公爵の手応えいっぱいな笑みを見るに、他意はなさそうだ。
自作の恋愛戯曲が隠された二段目の抽斗に視線を遣らないよう努める。
それにしても、公爵は一歩先を行っている。両親も終戦になかなか持ち込めないでいた。
しかも、王子同士ということで橋渡しを依頼してくれた。わたしにできることを次々与えてくれて、嬉しい。以前にも増して憧れが湧いてくる。
「何だ?」
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