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1章 兄の婚約者が様変わりしたようです

2話 第二王子の篭絡②

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「仮死状態でした。葬送の儀式中に意識を取り戻したのです。そもそも禁忌を犯しておりません」

 公爵が不在なのは、魔法で回復したのでなく依然大怪我だと示すためもある。
 代わりにわたしが、昨夜頼まれたとおりに証言した。

『明日、私の処遇の議論になる。「仮死状態だった」と言えば問題ない』

 議会招集がかかったのは早朝だった。公爵はまたも言い当てたのだ。
 嘘を吐くのは憚られるも、公爵が謹慎や幽閉に処されるのはもっと避けたい。
 それに、「次期王の弟」として模範的な援護でもある。兄の表情がほころんだ。

「失礼ながら、共犯ではございませんか」
「とんでもない。わたしも魔力を遣えるなら、もっと兄を補佐できるでしょう」

 シメオンの追及も逃れる。第二王子が禁忌破りなどという大それたことをすると思う者は、一人もいない。わたし自身さえも。

「ユーリィの証言のとおりです。ただし」

 自嘲に沈むわたしに代わって、母がここぞと自慢の銀髪をなびかせ、注目を集める。

「今後彼らの身に何があるかわからぬゆえ、コンスタンティネとエドゥアルドの婚儀を、来月執り行うことに致しましょう」

 優雅な物言いにしても強引な話題転換だ。六月はまだ雨期だが、婚儀を早めたいらしい。父王も重々しく頷く。それだけ後ろ盾を逃したくないとみた。

 魔力を封印された王族に絶対的な力はない。国土には今なお戦争の爪痕が残る。
 魔法なしでも――実は使っていたのか?――有能な公爵が政務の中心となってくれれば、この上ない助けになる。

(いよいよ、このときが来ましたか)

 わたしはそっと深呼吸した。
 公爵が生き返って嬉しいものの、彼が生きている限り、兄と添い遂げる運命だ。

 かと言って、兄がいなければとは思わない。ふたりきりの兄弟だ。兄より先に生まれていれば、とも思わない。弟としてしっかり支えたい。
 父が決めた相手ながら、国を背負う能力と意気を併せ持ち、非情ささえ装飾品に替えてしまう美貌の公爵を、兄もまた慕っている。わたしは誰よりよく知っていた。

 いっそ兄が卑しい人間で、公爵にもつらく当たっていたら、わたしも野心を抱いたかもしれないけれど……。

(公爵と兄が婚儀で永遠を誓う。それがわたしの望む「国の安寧」につながります)

 さまざまな葛藤を呑み込み、わたしも頷く。

「エドゥアルドの怪我も、侍医によるとひと月あれば回復が見込まれるとのこと。異論はありますか?」

 母が念を押す。禁忌を犯していないなら、誰も異を唱えようがない。
 公爵に咎めはなく、むしろ将来の王婿の地位を強化して、散会となった。

 胸の痛みはあれど、安堵も大きい。客間へ報告に行こうとしたところ、母に呼び止められる。

「ユーリィ。婚儀の舞踏会で、令嬢たちと踊る気はありますか? 社交界で『戯曲が恋人』などと言われ、気掛かりなのですよ」
「そう、ですね。よい方がいたら、お声掛けください」

 戯曲、という単語にどきりとしたのを隠そうと、背筋を伸ばしてみせる。

 これまで、公爵を想いながら他の令嬢と仲を深める器用さはなく、婚約者もいなかった。
 しかし公爵は来月、兄の伴侶となる。
 昨夜の公爵はわたしを失いたくないと言ってくれたものの、わたしの生死と恋愛は別の話だろう。幾度となく味わった胸の痛みをやり過ごす。

「わたしもフセスラウの役に立ちたく思います」
「まあ。ならば、相応しい婚約者候補を吟味しましょう」

 半分本音で半分暗示。母はそうと知る由もなく、華やかに笑う。

 いずれ直轄領を継ぎ、次期王の統治を補佐し、国の安寧に寄与する――それが第二王子であるわたしの最善の人生だ。結婚も国に資する家の令嬢とで、構わない。

『僕の推し、ユーリィ』
 公爵の声が、暗示を解こうとするかのように耳に蘇った。
 ただ、暗示は痛みの麻酔にもなる。だから無闇に解かないでほしい。

(それにしても、オシ、とは何でしょうか)

 考えごとをしつつ廊下を歩いていたら、行き過ぎて、地下洞へと延びる部分まで来ていた。我に返って引き返す。

「……あの方のお身体を引っ張り上げたときにゃ、間違いなく息してなかった」

 洞窟管理役の声に、足を止める。

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