すみれの花笑む春

旭ガ丘ひつじ

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小浜、中央公園

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記念館の前を直進して初めの角を左に曲がる。
下り坂の右手には公園と音楽学校の旧校舎がある。
道の終わりに右に曲がってしばらく、大きな道路に沿って歩いた。
るるが時に退屈そうで、時にイラついてそうで、菫は胸が痛いほど緊張した。
心配を重ねたせいか、いつもより長い時間を歩いた気がする。
一方で、るるは菫が手を放しても最後まで大人しくついて来てくれた。
高架道路の突き当たり手前、ちょいと左に進んでいくと川がある。
それに沿って川の両側に桜並木が続いていた。
左奥には控えめな市民病院が見える。

すみれ「目的地に到着です」

るる「ナビ風に言うな。てか遠いわ。二十分くらい歩いたやろ。家からやったら一時間くらいは歩いたか?」

すみれ「まあまあ、文句はなしよ。時間はたくさんあるから」

るる「遠くてしんどい言うとんねん。これで団子なかったらマジでキレるぞ」

すみれ「短気」

るる「何やて?」

すみれ「何も言ってません。ほら行こう」

るる「ちょえ手え繋ぐな!汗びっちょりやないか!」

すみれ「えへへ、これは失礼しました。お手拭きシートあるから使って」

るる「ったく」

川沿いに提灯の飾られた桜並木を歩いてすぐに茶屋はあった。
団子と抹茶を無事ゲットして、近くにあった桜の木陰のベンチに落ち着いた。
ほっけさんと姫ちゃんも、それぞれの膝の上で仲良く茶を楽しんでいる。

すみれ「毎年この時期に小浜宿桜まつりを開催してるんだよ」

るる「まつり言うて茶屋しかないやん」

すみれ「縁日は近くのお寺でするみたい」

るる「行かんの?」

すみれ「先週に終わったみたいだよ。あっても、るるちゃんが疲れちゃうでしょ」

るる「せや。絶対に行かん」

すみれ「食べ終わったら首地蔵を見て帰る?」

るる「何やねんそれ気持ち悪いな」

すみれ「そんなこと言って、罰が当たるよ」

るる「当たるわけないやろ。時代を考えろ」

すみれ「首地蔵は名前の通り、首だけのお地蔵さん。首から上に御利益があるんだって」

るる「どうでもええわ」

すみれ「頭よくなるかもよ」

るる「お前、天然でちょいちょい他人を小ばかにする癖があるみたいやな」

すみれ「えーそうかな。そんなつもりないんだけど、ごめん」

るる「あほ」

桜並木の突き当たりで、菫がふと立ち止まって奥を指差す。

すみれ「この先直進、いわし坂です」

るる「ナビやめろ。しばくぞ」

すみれ「昔はこの辺りにまで海があって、鰯を獲ってたんだって」

るる「あそ」

ぐるっと折り返して、反対の桜並木を辿る。
突き当たりの広場で家族がそれぞれ花見を楽しんでいる。
そこでまたまた菫は立ち止まった。

るる「うっといな。いちいち止まんなや。次は何やねん」

すみれ「亀の湧水。おっきい金魚がいるの」

るる「ちょうどええやん。ほっけ逃したれや」

ほっけ「小娘!」

すみれ「ほっけは淡水魚じゃないから死んじゃうよ」

るる「ツッコむとこ、そこちゃうやろ」

広場を抜けて左、首地蔵の手前にある史上唯一兵庫出身で日本一のお相撲さんのお墓に御挨拶して、脇の階段を上がる。
そこに祀られた首地蔵は、人が持ち上げるなんてとんでもないほど想像以上に巨大な頭だった。
るるは悪態をついたが、菫はきちんと御挨拶をした。

ほっけ「ここ小浜宿には古い歴史がある」

るる「ないわ」

ほっけ「小娘ー!」

るる「はいはいありがとうございました」

すみれ「この場所。小浜こそが宝塚の中心と言っても過言じゃないんだよ!」

るる「知らんわ」

るるがベンチに座るや二人の歴史観光案内が止まらない。
るるは欠伸をして目を閉じて聞いているふりをして過ごす。

ほっけ「ここは、お坊さんの権力が強かった時代、寺内町であった」

ひめ「寺内町とは、お寺を中心とした町のことです」

るる「こら」

ひめ「ごめんなさい」

ほっけ「道は細く入り組み崖や川に囲まれた要塞のような町で、初めは毫摂寺の防衛の為に作られた」

すみれ「それが後々に、京都に有馬に西宮に続く街道が交わる宿場町として栄えたの。現在でも町並みが少し残ってるよ」

ほっけ「町には役場から芝居小屋まで何でも一通り揃っており、技術力の高い腕利きの大工がいたことでも有名じゃ」

すみれ「ちなみに、すぐそこに玉の井って井戸があってね。有馬温泉に行く途中に休憩した豊臣秀吉のために千利休がお茶を淹れたんだけど、その時に使った井戸水が凄く良くて、千利休がその名前を付けたんだよ。それは現在も見せてもらえるんだけど行く?」

るる「行かん!長い!どこ情報やねん!!」

すみれ「そこの資料館で、おじさんにガイドしてもらったの。有名な武将の子孫の話も聞けるし、貴重なビデオも見れるよ」

るる「一人で行ったんか?」

すみれ「うん。あ、ほっけさんも一緒」

るる「あほくさ」

すみれ「何で!」

るる「もう満足したやろ。だいぶ我慢したで。帰るで」

すみれ「桜はさー他にも咲いてるんだよねー」

るる「そりゃ春やし日本やしどこにでもあるやろ」

すみれ「もっとおさんぽしたいなあ。こんなに素敵なおさんぽ日和なんだし」

るる「あ、お弁当忘れてない?」

すみれ「ふっふっふっ。気付いた?」

るる「くそ!しまった!」

川沿いに戻って高架下の横断歩道を渡り、幹線道路の右側を歩く。
左にスポーツセンターを見つけると、菫は嬉々として夏には裏にある市民プールが賑わうことを説明した。
るるはそれに対して欠伸を返してやった。
そこから二級河川の武庫川に架かる橋を渡る。

すみれ「橋が架かる前は小浜側が宝塚町で市役所側が良元村だったんだよ。その時は伝馬舟ていう渡し舟があって、大正時代まで続いた歴史は河川敷に置いてある石に」

るる「しんどい!」

二人はシンプルなデザインの市役所の向かい、広大な中央公園にやって来た。
そのほとんどを芝生が占めており、手前に噴水とステージがある。
左には人工の小川が流れる並木道、公園奥には子供達が楽しむ遊具広場がある。
橋を渡り終えたところで右に折れて河川敷沿いの土手を進む。
左手にもう桜を見つけた菫は浮かれて小走りになっていた。
るるはマイペースな彼女とは正反対にマイペースにのんびり歩いて続いた。

すみれ「遅い!」

るる「うっさいなあ。お前のせいで疲れとんねん。別に急がんでええやろ」

すみれ「今日は日曜日だよ。この賑わい見てよ」

るる「人いっぱいで最悪ゲロ吐きそ」

すみれ「たまたまベンチを確保できて良かったよ。ほっとした」

るる「この家族連れに紛れて弁当食うつもりか?」

すみれ「うん」

るる「嫌やわ恥ずかしい。それに……私は悪目立ちするしな」

すみれ「だーかーら。他人の目なんて気にしないの。どうしても気になるなら私の目を見なさい」

るる「ゲロ吐くわ」

ほっけ「小娘ー!」

るる「いちいち反応すんな。お前はセンサーで反応する安物のオモチャか」

ほっけ「いちいち安物を付けるな!」

るる「へっ、オモチャはええんかい」

ほっけ「良くない!」

すみれ「二人とも喧嘩しないで。それこそ悪目立ちするよ?」

るる「ちっ」

ほっけ「ふん!」

ひめ「ご迷惑をお掛けしてすみません」

るる「お前もいちいち謝らんでいい」

ひめ「ごめんなさい」

すみれ「ほら、お弁当食べよ」

るる「また結構な量を作ったな。気付かんかったわ」

すみれ「私が朝早くから料理してる間、るるちゃんグッスリだったじゃん」

るる「せやな」

るるは敢えて菫とは逆に、河川敷の方を向いた。
菫は諦めたように何も言わず彼女にお弁当を手渡した。

ひめ「食べる前に手を綺麗にしてください」

るる「分かっとる。恥ずかしいから言うな」

すみれ「はい。お手拭きシート」

手を拭いてお弁当を開く。
味や栄養だけでなく、彩り鮮やかで見映えにもこだわったらしい立派なお弁当だった。

るる「手間かけたな」

すみれ「せっかくだからね!よく味わって食べてね」

るる「はいはい。頂きます」

すみれ「いただきまーす!」

るる「大声出すな恥ずかしい!」

味も悪くない。
菫が静かなら、たまには外で食べるご飯も悪くないなと、青空を映した川の流れを見下ろしながら、るるは思った。

すみれ「ここは夏になるとお祭があるんだよ」

るるの願いは残念ながら届かず、菫は楽しそうに、ネットで学んだ宝塚の歴史と文化を語る。
宝塚は昔より「人間みんな仲良くしましょう」という平和を掲げている都市で、あちこちの祭で異文化交流があり、また外国人もたくさん暮らしている。
るるがちらと辺りを見回してみると、確かに、一目で分かるブロンドの髪の外国人さんが、飛びっきりの笑顔で家族と幸せな時間を過ごしていた。

るる「いまの時代に国とかまだ拘ってる奴おんのか」

すみれ「もう。とことんひねくれてるなー」

るる「なんやと」

すみれ「いいじゃん。色んな文化がある方が楽しいよ」

るる「どうかな。それにしても、ウザいくらい宝塚のこと調べてるな」

すみれ「移住するのに前もって調べるのは当然のことだよ」

るる「私は、わざわざそこまでせえへんかったけど。お前は何で宝塚を選んだんや」

すみれ「華やかそうだったから」

るる「あほの答えやん」

すみれ「お弁当没収するよ」

るる「させるか」

すみれ「るるちゃんこそ、どうして宝塚に来たの?」

るる「たまたまや」

すみれ「本当に?」

るる「ほんま。特に意味はない。お前みたいな、あほな考えで来たわけやない」

すみれ「はい唐揚げ没収ー」

るる「やめっ!ひっくり返すやろ!」

すみれ「あ」

るる「ほら見ろ言わんこっちゃない!一個落ちたやないか!」

すみれ「もったいない……」

るる「誰のせいや誰の。ほら食え」

ほっけ「は?わしは犬ではない」

るる「知ってる。焼かれた魚やろ」

ほっけ「小娘ー!」

ひめ「私が代わりに食べます」

るる「おいちょ待て!それはやめとけ!」

ひめ「心配しないでください。アバターだから食べられませんよ」

るる「あ……!ああそんくらい分かっとるわ!」

すみれ「ふふっ」

るる「何やまた!」

すみれ「意外と優しいとこあるじゃん」

るる「くそ、ばかにしよってからに。ずいぶん馴れ馴れしくなったもんやな。その度胸だけは認めたるわ」

すみれ「あんがと」

るるは鼻を鳴らすと八つ当たりするように弁当を掻き込んだ。
そして、むせ込んだ。

すみれ「大丈夫?はい、お茶」

るる「熱々やないか」

すみれ「私、夏以外は熱いお茶を好きで飲むの」

るる「……ちくしょうめ」
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