すみれの花笑む春

旭ガ丘ひつじ

文字の大きさ
上 下
1 / 19

いっぽ

しおりを挟む
2003年の春の初め。
孤独が凍みるような寒さが戻ってきた夜のこと。
宝塚の駅前、ゆめ広場であなたを見つけた。

るる「おいお前」

すみれ「私?」

るる「一人か?」

菫と同じく小柄な女性は人が立ち去るのを待って彼女へ質問した。
体格は小柄でも威圧感がある。
目付きが鋭くて不良みたい。
大人しい菫とは正反対の印象を受けた。

すみれ「……はい」

歌宝菫は人見知りだった。
というより昔から孤独で人を苦手としていた。
何より、彼女は悪人だったから恐怖に立ち竦んでしまった。

ほっけ「菫。関わるな」

デフォルメされた白髪の女性キャラクターが菫の肩に現れた。
彼女は耳元で囁いて忠告する。

ほっけ「あ奴は悪人じゃ」

すみれ「分かってるよ」

るる「アバターは黙っとれ」

ほっけ「小娘。今に通報してやってもよいのじゃぞ」

るる「やってみろ。警察が来ようが始末したるわ」

ほっけ「言葉に気を付けろ。お前さん自身がどうなるか、よく分かっておるじゃろう」

るる「分かっとる。ええから黙っとれ」

ほっけ「小娘……!」

すみれ「ほっけさん。私に話をさせて」

菫は一つ咳払いして、相手に不快な思いをさせないよう笑顔を作った。

すみれ「どうしたんですか?何か困り事ですか?」

るる「そうや。で、聞きたいんやけどお前、成人しとるんやんな?」

すみれ「はい。この近くで一人暮らししています」

るる「はあ……それ他人に簡単に漏らすことちゃうで」

すみれ「あ!」

るる「アホが。ま、都合ええわ」

すみれ「む、それで何のご用ですか?」

菫は頬を膨らませて睨んでやった。
でも刺すように睨み返されて身を縮めた。

るる「私、いま行くとこも何もないねん。しばらく家に置いてくれへん?」

すみれ「ほあ?」

るる「だから泊めて」

ほっけ「ふざけるな!お前さんのような危険人物を泊めてたまるか!」

るる「黙っとれ、アバターの分際でうるさいねん」

ほっけ「小娘ー!」

すみれ「ほっけさん落ち着いて」

ほっけ「菫、分かっておるな」

すみれ「分かってるよ」

るる「ええか。もし言うこと聞かへんねんやったら」

すみれ「いいですよ」

るる「え?」

すみれ「え?」

ほっけ「は?おい」

すみれ「ん?」

ほっけ「菫のばか!わしはお前さんを守ってやれんぞ!」

すみれ「大丈夫だよ」

ほっけ「何を根拠に言うておる」

菫は相手に聞こえないよう呟く。

すみれ「私の勇気だよ」

菫はごく普通のアパートに暮らしていた。
部屋のなかは彼女の繊細さを目で見て感じるほど小綺麗だった。

るる「綺麗に片付いとるやん」

彼女はそう言って、遠慮なくソファーに倒れ込んだ。
そして命令する。

るる「飯作って」

ほっけ「小娘ー!」

るる「小バエか。寄るなうっとうしい」

ほっけ「パンチにキックしてやる!」

るる「あーうっとうしいな!イライラさせんなババア!」

ほっけ「誰がババアじゃ!」

すみれ「そうだよ!ほっけさんはロリババアだからね!見た目は幼くても中身は大人なの!」

菫が声を荒らげると相手は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに厳つい顔に戻った。
菫はハッとなって、つい正座する。

るる「お前オタクか。あーそう。きっしょい趣味やな」

ほっけ「ぐぬぬ……!絶対に許せん!」

すみれ「あなたはアバターを連れていないんですか?」

るる「おらん」

すみれ「そうですか」

るる「そんなんええからはよ飯作って。頼む。腹減ってんねん」

ほっけ「自業自得じゃ。悪事を働くからそういうことになる」

るる「菫。お前を殴る前にこいつどうにかせえ」

すみれ「……分かりました」

ほっけ「おい、脅しに乗るな。わしをスリープすれば通報も状況によっては難しくなるぞ」

すみれ「大丈夫だよ。ご飯食べるだけだから」

菫は無理して笑うと、ほっけさんを眠らせた。
彼女の存在は薄くなって最後にはすっかり消えてしまった。

すみれ「ごめんね。ほっけさん」

るる「やっと静かになったな」

すみれ「何が食べたいですか?」

るる「作ってくれるんか?」

すみれ「趣味で料理してるんです」

るる「いまの時代に変わったことしとるな。めんどいだけやろ」

すみれ「でも、楽しいですよ」

るる「そ」

彼女は素っ気なく返事してテレビを点けた。

るる「じゃ、唐揚げでええわ」

すみれ「はい!任せてください!」

菫は手荷物を別室に置くとパパッと手際よく料理する。
あっという間に唐揚げは完成し、客人へと供された。
客人は一目見て満足そうな笑みを浮かべた。

るる「うまそうやん」

すみれ「えへへ」

るる「いただきます」

菫は他にも漬け物やサラダにアサリの味噌汁まで用意してあげた。
そして、彼女がちょうど食べ終わるタイミングに入れ替わりで夕食を食べた。
時刻は十一時前になっていた。

すみれ「やばっ!明日は仕事なのに!」

るる「仕事までしよんか。ほんま変わりもんやな」

すみれ「楽しいよ」

るる「あっそ」

すみれ「るるさんは、明日から一日中ずっと家にいるんですか?」

るる「文句あんのか?」

菫は何故か嬉しそうな顔をすると隣室へ飛び込み、そこから何かを手に戻ってきた。

るる「ゲーム機か。また時代遅れなやつを」

すみれ「ポケットゲームです」

るる「これで遊んでろと?」

すみれ「これは、パクッとアニマルという大食いチームに勧誘した動物を育てて大食い対決させるゲームでね」

るる「その説明からしてクソゲーやないか」

すみれ「全クリしたら対戦しよう」

るる「死んでもやらへんわ」

すみれ「そう……ですか」

るる「そんなことで露骨に落ち込むなや」

すみれ「ごめんなさい」

るる「別に謝ることでもないし。もうウザいから放っておいて。私は寝る」

すみれ「はーい……」
しおりを挟む

処理中です...