モンスタートリマー雲雀丘花屋敷

旭ガ丘ひつじ

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二十八話 笑う人に福よ来い

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僕は七つの資格を集めて無事に卒業を果たした。
魔王は手強かったけど仲間との絆があれば勝てない勝負ではなかった。
これから数年、夢を叶えるために各地方を回りながらスキルを磨くことになる。

卒業式の日に特別なことが一つあった。
僕は逆瀬川ちゃんに呼ばれて、庭で開かれた卒業パーティーの途中で抜け出し二人で教室へ戻った。
そこで、彼女にためらいなく抱き締められた。
彼女は胸に秘めていた僕への好意を僕の胸に顔を埋めて、それでも堂々とはっきりした口調で打ち明けた。
僕は情けないことにパニックになった。
でも、彼女の小さく震える体を抱き締めた時に素直になれた。
僕達はそのまましばらく、大事に心を分かち合った。
付き合うとかどうとかそういう話はなかった。

好き。

ただその気持ちだけを僕達は再確認した。
可愛らしかったなあ……。
僕は家に帰って、いきなり溢れ出した色々な思いに負けて男泣きしてしまった。
百日紅を胸に抱き、彼女の頭から爪先までビショビショになるくらい咽び泣いた。
彼女は仏の笑顔と御心で許してくれた。
それどころか、ザラザラした大切な羽で涙を拭いてくれた。

逆瀬川ちゃんと花屋敷さん、二人とは卒業後に何度も再会している。
この二人は僕にとって、かけがえのない人になっていた。
卒業してからも二人と、時に懐かしき学友達とたくさんの思い出を重ねた。
そうして、あっという間に六年の歳月が流れた。

「川大くん。まろちゃん。そして百日紅さん。みんなありがとう」
  
モンスタートリマーを各地方へ派遣する世界初の仕事。
各地方を繋ぎ、人と人を繋ぎ、人とモンスターを繋げる架け橋となる。
モンスタートリマー雲雀丘花屋敷の店舗がついに完成した。
僕達は夢に向かって一歩踏み出したのだ。

「まさか二人が本当に協力してくれるとは思わなかったよ」

「へー。それは、私達のことを今まで信じていなかったってことですか?」

逆瀬川ちゃんの意地悪な返しに花屋敷さんは慌てて弁解する。
可哀想なので助けてやることにする。

「まろちゃん。花屋敷さんは、ずっと不安だったんだよ」

「そ、そう。川大くんの言う通りだ。ごめんね」

「では、もう安心して大丈夫ですよ」

「うん。心から安心した。二人が来てくれて私は……私は……!!」

花屋敷さんは感極まって泣き出してしまった。
六年、いや実際はもっと長い時間。
漠然とした不安に負けず彼は一途に頑張った。
そんな彼の背中だからこそ憧れて、彼の揺るぎない信念を信じて、これまで僕は逃げずに努力出来た。

「花屋敷さん。これからもっと頑張って、みんなで二号店を目指そう」

「じゃ、次はモンスタートリマー川大くんやね」

「嫌だ。却下」

「モンスタートリマー百日紅の方がいいんじゃない?」

「いいの?」

花屋敷さんは許してくれた。
軽い口約束でも百日紅はしおらしく照れた。
が、腰を左右に揺らして隠し切れていない。
彼女も僕のパートナーとして今日まで本当によく頑張ってくれた。
今までの勤務先も快く彼女の労働を認めて、落花生が十分に買えるくらいのライフポイントまでくれた。
百日紅が遠慮しなかったら僕と同等のライフポイントが貰えていたのにもったいない話だ。
それはそうと、僕と百日紅の働きにいつしか世界が注目することになった。
雑誌のインタビューもテレビのインタビューも受けることになって恥ずかしくて仕方なかった。
もちろん嬉しかったよ。
何がって、人と妖精が共に暮らす流れが出来たことだ。
妖精と生きることを求める人が増え、それに応える形で妖精達が町へよく姿を現すようになった。

最後に最も衝撃だった出来事を書いておく。
久し振りに連絡があって役所へ赴くと、なんと僕の家族が突然に現れた。
次兄の暁兄さんだ。
姉さんの次にしっかり者で、長男の曙兄さんとは真逆の存在。
と言っても曙兄さんとはよくゲームで遊んだし、こっそりエロ本をくれたこともあるから優劣はない。

「よく頑張ったな」

「は?何で!」

暁兄さんが説明する。
僕がいなくなって数日後、さすがに心配になって家族総出で僕を探し回ってくれた。
それでも見つからず、とうとう警察へ行方不明届けを出そうという直前に曙兄さんが僕のスマホを覗き見た。
そして、例の都市伝説を発見した。
馬鹿なのか真面目なのか馬鹿真面目なのか。
暁兄さんは僕が異世界へ飛んだと信じて、家族を一晩説得してから同じ方法を試したらしい。
僕のことを強く求めて大成功。
簡潔にこういうことだった。

「お前のことは、こことは別の役所で検索してもらってすぐに見つけた。遺伝子情報を登録しただろう。あれのおかげだよ」

「いつから?いつからこの世界にいたんだ?」

「お前のすぐ後じゃないかな。一年生の時も二年生の時も学祭に行ったぞ。もちろん事前に学校側に相談してだ。卒業式にも当然参加した。バレないように髪も髭も伸ばして伊達眼鏡まで掛けた。どうだ気付かなかっただろう」

「気付くか!変装までして本気のストーカーみたいなことするなよ!何で、何で普通に会いに来てくれなかったんだ!」

「ごめん。それは、お前が楽しそうにしてたからだよ」

「はあ?それだけのことで?」

「あと、俺に会えば甘えてしまうかも知れないだろう」

まあ、ないとは言い切れないだろう。
確かに元いた世界で困ったことがあれば姉兄に頼ることが多かった。

「お前は俺と姉さんによく頼るけど、それでも自分のことは自分でちゃんとやれる奴だった。だから信じて、心を鬼にして見守ってた。悪かったな。本当にごめんな」

兄さんはそう言って強く抱き締めてくれた。
やっぱり家族の温もりはいいものだ。
涙が出るくらいに。

「そうそう。俺は籍を入れたんだけどさ」

涙を返せと魂が叫ぶ。
僕が頑張っている間に恋愛成就して結婚とは肉親でも許せん。

「結婚式はまだ挙げてないんだ。子供が少し大きくなるのを待って……ほら、これリリコンの待ち受けにしてる写真」

子供までいるのかよ!
ちっくしょう!可愛い息子だな!

「ついでに連絡先を交換しよう。これでいつでも会えるし、お前を結婚式に呼べる」

「行かない」

「そういじけるなって。お前は血の繋がった家族なんだ。お前が来てくれなきゃ俺は式を挙げられない」

そこまで言うなら行って祝ってやらんこともない。

「おっと。君を置いて長話してしまってごめんね。まずは挨拶だ」

兄さんと百日紅は握手して挨拶を交わす。
百日紅は気持ち悪いくらい滅茶苦茶に泣き笑いしていた。
家族の感動の再会が嬉しいのに涙が止まらないらしい。
お前が泣くことじゃないと思ったけど嬉しいから余計なことは何も言うまい。

「よがっだねえがばびろぐうん」

「良くはないだろう。母さんだけじゃなく家族をさらに二人も失って、向こうに残ってる三人が可哀想だ」

「先に何も言わず消えたお前が言うなよ」

「う……でもそれは偶然で」

「なに大丈夫だ。三人ともお前のことを一番に思って俺を見送ってくれたんだ。寂しいだろうってな」

「そんなことなかったよ」

「そうみたいだな」

僕は百日紅の涙を指で拭ってやって手のひらの上に乗せる。

「僕達の新しい家族だ」

「百日紅さん。これからもうちの弟を頼みます」

「いえいえ。こちらこそ末永くよろしくお願いします」

うおえ吐きそう。
こういうのは苦手だ。

「腹が減ったから飯に行こう。話はそこでしよう。みんな微笑ましく見守ってくれてて居心地悪い」

「役所の人に散々世話になって、お前はよく酷いこと言えるな。まだ闇に染まってるのか?」

「やめてくれ」

「怒るなって。奢ってやるから行こう」

僕達は役所の人に挨拶して飯に行くことにした。
百日紅が僕の肩に乗って耳打ちする。

「川大くん」

「何?」

「寂しくないね」

「寂しくないよ」
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