モンスタートリマー雲雀丘花屋敷

旭ガ丘ひつじ

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二十二話 川大狩り

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「いやあ!!」

「どうしたん!」

キノコ狩りの朝、僕は悪夢を見て飛び起きた。
百日紅が台所からすっ飛んできた。
僕に負けないくらいビックリした顔をして。

「妖精の大群に襲われた」

「そうなんや」

「お前が先頭で後ろに妖精がたくさんいて何が何だかよく分からないけど襲って来たんだ!何で襲って来るんだよ!」

「知らん。川大狩りちゃう?」

「川大狩り……?」

そんな恐ろしいことを妖精達は密かに企んでいるというのか。
何てことだ。川大の終わりだ。

「本当にそんなこと企んでいるのか?」

「いつまで寝ぼけてんの。はよ顔洗っておいで」

顔を洗って目が覚めた。
川大狩りなんてあるものか。
朝から恐ろしい悪夢を見せて笑えない冗談を言うなど眷族失格だ。
追い出してやってもいい。

「おはよう。朝ごはんはチキンステーキで、ソースはレモンバターにしてみたよ」

許す。
百日紅の料理スキルは早熟で、僕が教わるのを嫌になるほど知識や知恵が増している。
とにかく許そう。

「今日は友達と遊ぶ日やから元気出るもん食べた方がいいやろ思ってね。あ、サラダと味噌汁もちゃんと食べてよ」

「百日紅だいすき」

「私も大好きやで!」

このやり取りは気持ち悪い。
失敗した。まだ寝惚けているのかも知れない。

「川大くん。そろそろ出掛けよっか」

「コクアトリスの肉を魂を食らい覚醒した闇が疼くのを感じる。牙も爪も剥き出しにし、今にも俺の体を引き裂いて飛び出そうとしている」

「急にどうしたん?」

「そうだ。もうすぐ遊ばせてやるから大人しくしていろ」

「はよ行こう」

「ああ。狩りの時間だ」

隣町は学校前で皆と待ち合わせして、それから旅行用のフェアリーゲートが設置された関所を通り秋地方へやって来た。
実習施設のある町ではなく、もっと賑やかな首都へやって来た。
山ひとつが丸ごと都市になっていて、黄色い森とガラス張りのビルが不思議な世界を描いている。
繁藻を利用したバイオ燃料で走る自動車がアヒルみたいに行進していた。
繁藻とは、かつて春地方を脅かした藻の一種だ。
爆発的に増殖を続ける藻で、川や湖などを支配してしまう厄介者。
食料として養殖していたそれが人口の減少によって制御出来なくなり、また処分も出来なくなって、とうとう自然に溢れてしまったのだった。
それがほんの偶然から石炭に代わる燃料として注目され、秋地方へせっせと運ばれることに。
そして、あれよあれよという間にバイオエネルギーが作られて。
という話を、峠を越える列車の中で三朗さんが聞かせてくれた。
お礼に、彼の薄い髪が繁藻よろしく増殖することを願う。

「川大くんはロープウェイが好きなんよ」

「いちいち皆に言わなくていい」

隣町でロープウェイに乗り換えて山を下り、秋色の森に隠れた里へやって来た。
そこにキノコ狩りを観光事業として行っている北都キノコ園がある。
訪れる客はお年寄りばかりで、それも減って来ているとお年寄りの園長が嘆いていた。
少子高齢化の悲劇を垣間見た気がする。
そんなことよりもキノコ狩りを始めよう。

「自由にビニールハウスを巡っていいって言ってたけど、どうしよう?別れる?」

「せっかくだし皆で回ろう」

さつまさんと園田さんの提案で皆で一つずつ巡ることになった。
彼氏さんに申し訳ないので僕は花屋敷さんの側につくことに決めた。
ビニールハウスは六種ある。
満月椎茸、踊り舞茸、大木耳、茸子、八岐松茸。
まずは茸子のビニールハウスに決まった。

「タケノコって言うけど、何だ一本のしめじじゃないか」

「まるでエリンギのようだね」

このキノコは、一人につき三本まで収穫してよい。
花屋敷さんが根元を摘まんで折って収穫したので、僕もそれを真似て収穫した。
おじさんとキノコ狩りでも今日は特別な日だから楽しく思える。

「さっき貰った紙に収穫の手順も書かれていたよ」

花屋敷さんに言われて、バスケットに入っていた紙を取り出す。
表がキノコの説明で裏が園内の地図になっていて、説明文の下に確かに収穫方法が書かれていた。

「茸子は、しめじの旨味が凝縮されていて、その見た目から、しめじ大黒柱とも呼ばれています」

「百日紅。解説してないで、お前も一本、収穫してみろよ」

「いいの?」

「当たり前だろう。主と眷族は何でも分け合うもんだ」

百日紅は笑顔で茸子に強烈なタックルを浴びせて見事にへし折ってやった。
そして、嬉しそうに抱き抱えてバスケットの中へ収まる。

「百日紅さん、上手いね」

「やろ!」

花屋敷さんに褒められた百日紅は得意気に胸を張る。
百日紅も楽しそうで何よりだ。
こうして皆で出掛けるときは皆が楽しくなくては。

「川大くん」

「あ、さつまさん達も終わりました?」

「うん。次に行こうか」

同意して僕達は次へ向かう。
満月椎茸、大木耳を続けて収穫して、踊り舞茸の栽培されている小屋へやってきた。

「やだ、眼鏡が曇っちゃった」

園田さんの眼鏡が真っ白になるほど小屋の中の湿度は高かった。
しかも暑い、サウナよりはマシって程度。
彼女は溜め息を吐いて仕方なく眼鏡を外す。
その素顔もまた美しきかな。

「園田さん眼鏡外して大丈夫なんですか?」

「大丈夫、とは言えないね。目の前が真っ白よ」

「じゃあ、私の腕に捕まって」

さつまさんが園田さんをエスコートすることになった。
僕も心配なので近くにいることにする。
下心はない。

「軸が細いため風に揺られ、それが一本一本踊っているように見えるので踊り舞茸と呼ばれます」

「解説どうも」

「おっきいね」

エノキみたいな踊り舞茸は、それでもビンから花を咲かせているような華やかな見た目をしている。
しかもそれがまあ立派で大袈裟に言って百分咲きの花束というところかな。

「これは一個だけやって」

「じゃ、お前に任せる」

「いいの?」

「いいよ。採って」

「川大くんは親切だね」

さつまさんに褒められた僕はドヤ顔で鼻の下をこする。
間もなく、その頬へ百日紅の尻が直撃する。
さつまさんが思わず吹き出した。

「どうしたの?」

目が見えなくて状況の分からない園田さんがきく。

「百日紅さんが舞茸を抜いた拍子に、勢い余って川大くんの頬に飛んでったのよ」

「何それ」
 
百日紅は舞茸と舞茸の間から目を覗かせて僕の機嫌を伺っている。
二人が笑ってくれたので良しとしよう。

「まったく気を付けろよ」

「ごめんごめん」

「わ!舞茸が浮いてる!」

「まろちゃん。私、百日紅やで」

「あーびっくりした」

また二人が笑って、僕達もつられて笑った。
三郎さんだけ泣き笑いして、僕達はなお笑った。
こんなに楽しいと感じるのはいつ以来だろう。
最後に八岐松茸の収穫をする為に、ロープで囲まれた山の斜面にやってきた。
温かいところから涼しいところへ出たので肌寒い。
皮膚に付いた水滴のせいで余計に冷えるので、せめてと百日紅をカイロ代わりに首に当てた。

「何してんの?」

「ちょっと寒い」

と、その時。
前にいた逆瀬川ちゃんがいきなり足を滑らせたので、僕は咄嗟に後ろから抱き締める形(本意ではない)で受け止めてあげた。

「……ありがと」

逆瀬川ちゃんは慌てて僕から離れると、俯いたまま間を置いて感謝を呟いた。
気持ち悪くて嫌だろう申し訳ないことをした。
けど、表に出してせっかくの楽しい雰囲気を壊したくないので枝に巻き付いた三匹の細長い赤毛のリスっぽい動物を見上げて心機一転、明るく振る舞うことにした。

「どういたしまして。湿った落ち葉で滑りやすいみたいだから足元には注意して」

気を取り直して松茸狩りだ。
八岐松茸は僕が一番期待している獲物。
名前が八岐大蛇っぽいし、わざわざ写真を黒塗りしてクエスチョンマークのスタンプを押しているので絶対にレアな奴だ。

「八又に別れた巨大な松茸。香りよし味よし文句なし」

「とにかく、うまいってことだな」

「そやね」

「おい!見てごらん!」

花屋敷さんが興奮して僕の背を三度叩いた。痛い。
何だろうと足元を注意していた顔を上げて確認してみる。
山岐松茸を発見した。
巨大な松茸群が松の木を完全包囲していた。
さっそく花屋敷さんが収穫を始めて、僕達もそれに続いた。

「手に余るほど大きい。ほら、百日紅よりも」

「ほんまやね」

はやく食してみたくて堪らない。
今までなら有り得ないことだが、僕は好奇心から湧く興奮を抑えられず皆を急かした。
せっかちが災いして斜面を転がり落ちたけど男だから平気だ。
花屋敷さんに助け起こされて、さつまさん達が散らばったキノコを広い集めてくれた。
遠く懐かしい友情をふと感じた。
今までの僕は友達の後ろについたり、会話に相槌を打っているだけの人間だった。
でも、今の僕は確かに皆の輪の中にいる。
この瞬間、やっとそれを認めて受け入れた気がする。

「それではみなさん。お疲れ様です!」

「乾杯!」

三郎さんと九頭龍さんがイチャラブ乾杯音頭を取って、愉快な鍋パーティーが始まった。
食材と調味料はキノコ園に用意してもらった。
さすがは食文化の盛んな秋地方。
果たして食べ切れるか心配な量がある。

「川大くん。今日くらい一杯いかがですか?」

「飲みな飲みな」

わざわざ席を立って両サイドから攻めてくる三郎と九頭龍カップルの圧力はリバーシのように絶対的で抗えない。
酔っているのか逆上せているのかどちらもなのか、とにかく花屋敷さんに押し付けたいがおのれ彼氏持ちの熟女二人と談笑を楽しんでいるとはこのスケベオヤジめ。

「大丈夫?」

「まあ何とか」

せっかく逆瀬川ちゃんが背を撫でて介抱してくれるが、反対に吐き気が催してきたので控えてもらった。
僕は結局カップルとの勝負に負けて酒を飲むことになったのだが、まさか、たかが一杯でここまで酔うとは。
芋焼酎はキツイことを学んだ。
外気の寒さと鍋の温かさと酒による冷えのバトルロワイアルが全身で繰り広げられている。
一度芳ばしく焼いてから鍋に入れたキノコは旨味たっぷり。
その出汁を飲んでアルコールを外に出すことにする。

「悪い。無理に飲ませるんじゃなかったな」

「向こうの休憩室で横になる?」

夢現幻蜃気楼?
なんと、九頭龍さんと園田さんが僕を心配してくれた。
これは現実だと薄切り肉ならぬ薄切り花肉が教えてくれている?
野菜ってこんなに美味しかったんだ。

「そうだ。足湯があったろう」

「ああ、あったね」

花屋敷さんが足湯のことを思い出すと、さつまさんがバッグから園の案内マップを取り出した。

「そう遠くないところにあるよ。どうする?」

名案だと、僕は足湯で一休みすることに決めた。

「では、僕が責任を取って彼と共に行きます」

三郎さんが男らしく志願したのだが、逆瀬川ちゃんが待ったをかけた。

「私が行きます。私も足湯に入りたいです」

「しかし、彼を支えるのは難しいでしょう」

「そうですね」

「よし。僕は送り迎えをしよう」

「ありがとうございます」

本人を傍らに置いて話し合いが決まったようだ。
僕は三郎さんにトイレ経由で足湯に運ばれて、百日紅と逆瀬川ちゃんと和やかに温まることになった。
実にスッキリして極楽気分で、段々と酔いもさめてきた。

「気分良くなった?」

百日紅は心配を包み隠すような笑顔で僕の頬に手を当てる。

「うん。いい気分だよ」

「無理はしないでね」

逆瀬川ちゃんはまた僕の背を擦ってくれた。
今度こそ吐き気が大人しく引いていく。

「もう平気」

それから互いに無言になったけど、決して退屈だとか嫌だとか思うような時間ではなかった。
たまには、誰かと一緒に大自然に身を委ねて心身を休める長閑な時間があっていいものだ。
僕はしみじみ思いながら、手前にある机に突っ伏した。
そして、彼女の微笑みを見ているうちに僕は夢に落ちた。
妖精が追いかけてくる恐怖や不安はもうなかった。
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