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十九話 春思う新学期
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遡ること数ヵ月前。
百日紅に再び妖精の集まる秘密の花園へ行ってもらい、人と関わりある妖精に宣伝を頼んでみた。
すると花園で暇してる妖精達がこぞって興味を持って、ノリノリで可愛らしいイラスト付きのチラシを作ってくれた。
それを世界規模で配ってくれて、モンスタートリマーの認知度がちょい増し、新入生の数もちょい増し、僕達の学校ではめでたく四十人を越えた。
若い子が十二人もいて、校長先生を初め熟女先生達が大喜びした。
僕も大喜びでウィンウィン。
さて、時は現在へ戻る。僕は二年生になった。
進級先は五つの道に別れている。
はむちいとスライムをより学ぶ春の道。
ユニコーンと獅子を学ぶ夏の道。
ゴーレムとグリフォンを学ぶ秋の道。
ドラゴンを学ぶ冬の道。
そして特別な、七種のモンスター全てを学ぶ四季の道。
多忙で過酷なために滅多に選ばれることのない道だという。
現に、四季の道を選んだのは、僕と花屋敷さんと逆瀬川ちゃんの三人だけだ。
「君が四季の道を選ぶとは思わなかったよ」
二年生になっての登校初日はどしゃ降りの雨だった。
僕達はいつものようにモノレールで登校していた。
僕は、入学式の帰りに彼が初めて七種のトリマーになると誓った瞬間の煌めきを思い出す。
「花屋敷さんの夢に憧れたからだよ」
「私の夢に?」
「七種のトリマーになるってのはカッコいい」
「しかし厳しい道だ」
「うん。分かってる」
覚悟の上だ、とハッキリ言えたら格好つくのに自信がない。
心から溢れた不安や心配のせいで息苦しい緊張を感じる。
四季の講義は、他のクラスと差のないようどの科目も詰めて行う。
これを七種分しっかり行う。
実習は四地方を巡り、他のクラスと協力して行う。
しかし、どうしても実習日数が足りない。
なので技術を早熟させる努力が求められる。
自分で決めたからには言い訳も泣き言も通用しない。
もし資格を取れなくても卒業は出来るが、この学校で取ってしまえば手間がなく早い。
だからこそ、必ず成し遂げなければならない。
努力家の花屋敷さんと秀才の逆瀬川ちゃん、一方で僕は人間失格。
二人に後れを取らないか、それも悩みの種だったがそんなものは今朝にも庭に埋めてきた。
息苦しい緊張も深呼吸しておさらばだ。
「望む……ところだ」
「どうした?」
「俺の目には光が見えている。恐れることはない。どんな試練だろうと踏み越えてやるよ」
「お、やる気だね」
これが光か。一点の輝きでも不思議と心身に自信が満ちてゆく。
花屋敷さんという光が闇の中でさ迷う俺の道標となった。
そして、担任だった美魔女先生が進級する僕達へくれた応援の言葉が胸にある。
僕は勇気を奮い前進するだけだ。
妖精の導きだってある。
この先で迷うことはないだろう。
「おはよう!」
雨でも僕らを元気に迎えてくれる逆瀬川ちゃんの笑顔こそ太陽だ。
彼女という温もりが活力を与えてくれる限り足が止まることはない。
僕達はこれから三人で協力して魔王に立ち向かう。
勇者はいない。
雲雀丘花屋騎士と逆瀬川の僧侶と烙印の魔剣士ディスカリフ。
この三人なら、それでも十分に果たせると確信している。
もはや何を言っているのか自分でも分からないが、要は問題なしということだ。
「では初めに。君達に、四つの地方の特徴をそれそれ教えまそう」
語尾が抜けるこのお爺さんは自然環境学の先生だ。
見かけが優しいゴブリンぽいのでヤサリンと心なかで呼んでいる。
「ここ春地方は、ほとんどが森林てす。そして、気候が温暖で生物が生きるのに最適な場所なのよ」
春地方の動物やモンスターは樹上で暮らす種が多く、とりわけ鳥類が多い。
一方で、安定した環境の為に変化や進化に乏しく目立つ種があまり存在しない。
この地方は地力が特に高い。
主に、はむちいとスライムの恩恵によって栄養豊富で、農作物の安定した収穫が望める。
必要な栄養素は全て植物から得ることが出来るので、春地方に暮らす人々は植物だけを頂く。
「夏地方はね。ほとんどが野原で、暑いし、気候が不安定で雨も多い。高温多湿なところなのよ」
夏地方に生息する恒温動物やモンスターは、効率よく放熱するために体表面積が小さい、つまり体のサイズが大きくない。
そして、耳や口や尾などの突起物も小さい。
その生物を苦しめる酷暑を和らげてくれるのが、木陰で冷やされた空気と、ユニコーンの群れが体から放つ冷気だ。
それが風に運ばれて夏地方全域に涼しい風を届けてくれる。
また、獅子というモンスターが踊る獅子舞によって踏み均された荒れ地は柔らかくなり植物が再生しやすくなる。
ユニコーンが水を浄化し、獅子が荒れ地を踏み均すおかげで夏地方は青々とした緑を保つことが出来ている。
その恩恵を受けて昆虫種が多く見られる。
この地方は気候が不安定なのもあって、家畜をよく育て主に肉を頂く。
「秋地方は山地と、春地方に劣らない栄養豊富な土壌が特徴的。平地は雨が少ないけど落ち着いた天気。山の上は天気が崩れやすくて、でもそれで水が潤うのよ」
秋地方の動物やモンスターは平地よりも山の中腹以上で暮らす種が多い。
なので、人は基本的に平地で暮らすが、主食となる芋の生産のために高地で暮らす人も多い。
高地に暮らす人々はグリフォンというモンスターと共生している。
グリフォンは雷雲を生成し、この地方に栄養豊富な雨を降らせてくれる。
その恵みがあって、畑を耕し、家畜を育て、川で魚も採る。
よって、秋地方は食文化が豊かだ。
「冬地方は寒いし乾燥してる。でも、定期的に雨の代わりに雪が降って潤してくれる」
この地方に生息する恒温動物やモンスターは夏地方とは真逆で、放熱を軽減するために体表面積が、体のサイズが大きいのが特徴だ。
そして、耳や口や尾などの突起物も大きい。
人々は熱を求めて火山の麓、主に海の側に港町を築いて暮らしている。
育つ作物の種類は少ないが、火山の影響で海にまで栄養分が溢れ、特に海産物に恵まれている。
そのため漁を行う者が多く、この地方では魚介類が主食だ。
火山のエネルギーはドラゴンが調節してくれているので、この地方の人々はドラゴンを神聖視している。
「ところで川大くん。三ヶ月くらい経ったけど、四季の道の忙しさにはちょっと慣れてきた?」
「うん。まあまあ」
春の道を選んだのは寿司さん。
そして、こしかたゆくすえさん、水戸岡芽さん、つごもりすずめさんの四人。
合同実習の合間に輪になって楽しむお昼休憩は、僕にとって貴重な癒しの時間だ。
「どの地方が気に入った?」
「やっぱり冬地方。僕は、ドラゴンの実習をずっと心待ちにしてたんだ」
「そうなんだ。楽しい?」
「めっちゃ楽しい!最高!」
「良かったね!」
寿さんは気さくで話しやすいので気が楽だ。
一方で、こしかたさんと水戸さんが僕達に構わず密着してイチャイチャしているのが気になって仕方ない。
逆瀬川ちゃんも何故か二人のイチャツキを熱心に観察している。
おまけに、手作り弁当まで用意するほど仲が進展していることが妬ましい。
僕は、百日紅を除いて、一度も女の子の手作り弁当を食べたことがない。
「さてもさても。冬地方といえばドラゴン。その実習とは、男でも重労働じゃと耳にしたが、実際はいかがなものか」
逆瀬川ちゃんが反射的に一番に答える。
お気に入りのこしかたスペシャルを真似て。
「そりゃまっこと重労働じゃ。私など女子ゆえに背も小さく非力なもので、皆に助けられてばかり。常々痛み入る思いじゃ」
「ほほう。さりとて、チームを組み助け合うことこそモンスタートリマーの本領であり真骨頂であろう。助けられたのならば、お主も何でも助けてやればよい」
「ははー。ありがたきお言葉」
つごもりさんが二人のやり取りに手を叩いて笑う。
不機嫌なところなど見たことないくらい彼女はいつでも上機嫌だ。
「逆瀬川ちゃんさ。こしかたさんの喋り真似するのマジで好きだよね」
「はい!とても面白いです!」
「よきかなよきかな」
こしかたさんが満更でもない様子で頷く。
その隣で水戸さんは恍惚な表情を浮かべた。
弁当が美味しいというより、恋人を褒められて嬉しいのだろう。
「この喋り口調は時代劇の見よう見まねなんだよ。でも、まだまだ下手っぴでしょ。まあそこも可愛いところで」
「これみっともない。よさぬか岡芽」
「ごめんなさい。二人だけの秘密だったね」
この沸き上がる思いこそがリア充爆発しろという気持ちなのか。
勢い余って僕が先に憤死しそうだ。
僕の頭から怒りの蒸気が吹き上がっていたらしい。
花屋敷さんが僕の背中を軽く叩いて調子を整えてくれた。
そうだ。人の幸せは祝えど呪ってはいけない。
「お二人は仲良しですね。私、憧れちゃいます」
思春期の逆瀬川ちゃんが、うっとりしながらうっかり余計な一言を放つ。
「まさか結婚なんて考えちゃってる?私でよければアドバイスするよ?」
既婚者の寿さんからの重い追撃。
そんな失礼なこと茶化して訊いていいはずない。
「某は勝手ながら、岡芽を早う嫁に迎え、子を授かりたく願っておる」
「ゆくすえさん……」
水戸さんは両手を口に当てて驚いた。
まるでテレビドラマのワンシーンを見せられているみたいだ。
「お主も、早う母になりたかろう」
「うん……!」
「何よ見せつけてくれるじゃん。あたしも早く結婚したいんですけどー」
そう言って、つごもりさんが大声で笑う最中。
「私も」
という花屋敷さんの嘆きを僕は聞き逃さなかった。
それは心の傷が開いたような弱音だった。
彼は深く座り直したかと思うと、天井を見上げたまま放心した。
こんな寂しい目をした彼を未だ見たことがない。
彼はどうも若い嫁が欲しいようだ。
とすればまさかロリコ……。
「川大くん」
にわかに心を取り戻した彼は俯いて僕にだけ囁く。
「恋人がいないと寂しいものだね」
恋人がいたことのある人に言われると嫌味に聞こえる。
でも僕は優しいから、百日紅が炊いてくれた丸太御坊の煮物を一つ分けてあげた。
「どうぞ。女の子の手作りです」
「ありがとう」
言い終わりに彼は御坊を口に入れて、困った顔で微笑んだ。
「美味しいね」
気の毒だ。
僕は熟女好きなのでこう悲惨にはならないだろうと信じたい。
しかし、あとどれくらいの猶予があるだろう。
ふと、窓の外を流れる雲に訪ねてみたが答えはなかった。
百日紅に再び妖精の集まる秘密の花園へ行ってもらい、人と関わりある妖精に宣伝を頼んでみた。
すると花園で暇してる妖精達がこぞって興味を持って、ノリノリで可愛らしいイラスト付きのチラシを作ってくれた。
それを世界規模で配ってくれて、モンスタートリマーの認知度がちょい増し、新入生の数もちょい増し、僕達の学校ではめでたく四十人を越えた。
若い子が十二人もいて、校長先生を初め熟女先生達が大喜びした。
僕も大喜びでウィンウィン。
さて、時は現在へ戻る。僕は二年生になった。
進級先は五つの道に別れている。
はむちいとスライムをより学ぶ春の道。
ユニコーンと獅子を学ぶ夏の道。
ゴーレムとグリフォンを学ぶ秋の道。
ドラゴンを学ぶ冬の道。
そして特別な、七種のモンスター全てを学ぶ四季の道。
多忙で過酷なために滅多に選ばれることのない道だという。
現に、四季の道を選んだのは、僕と花屋敷さんと逆瀬川ちゃんの三人だけだ。
「君が四季の道を選ぶとは思わなかったよ」
二年生になっての登校初日はどしゃ降りの雨だった。
僕達はいつものようにモノレールで登校していた。
僕は、入学式の帰りに彼が初めて七種のトリマーになると誓った瞬間の煌めきを思い出す。
「花屋敷さんの夢に憧れたからだよ」
「私の夢に?」
「七種のトリマーになるってのはカッコいい」
「しかし厳しい道だ」
「うん。分かってる」
覚悟の上だ、とハッキリ言えたら格好つくのに自信がない。
心から溢れた不安や心配のせいで息苦しい緊張を感じる。
四季の講義は、他のクラスと差のないようどの科目も詰めて行う。
これを七種分しっかり行う。
実習は四地方を巡り、他のクラスと協力して行う。
しかし、どうしても実習日数が足りない。
なので技術を早熟させる努力が求められる。
自分で決めたからには言い訳も泣き言も通用しない。
もし資格を取れなくても卒業は出来るが、この学校で取ってしまえば手間がなく早い。
だからこそ、必ず成し遂げなければならない。
努力家の花屋敷さんと秀才の逆瀬川ちゃん、一方で僕は人間失格。
二人に後れを取らないか、それも悩みの種だったがそんなものは今朝にも庭に埋めてきた。
息苦しい緊張も深呼吸しておさらばだ。
「望む……ところだ」
「どうした?」
「俺の目には光が見えている。恐れることはない。どんな試練だろうと踏み越えてやるよ」
「お、やる気だね」
これが光か。一点の輝きでも不思議と心身に自信が満ちてゆく。
花屋敷さんという光が闇の中でさ迷う俺の道標となった。
そして、担任だった美魔女先生が進級する僕達へくれた応援の言葉が胸にある。
僕は勇気を奮い前進するだけだ。
妖精の導きだってある。
この先で迷うことはないだろう。
「おはよう!」
雨でも僕らを元気に迎えてくれる逆瀬川ちゃんの笑顔こそ太陽だ。
彼女という温もりが活力を与えてくれる限り足が止まることはない。
僕達はこれから三人で協力して魔王に立ち向かう。
勇者はいない。
雲雀丘花屋騎士と逆瀬川の僧侶と烙印の魔剣士ディスカリフ。
この三人なら、それでも十分に果たせると確信している。
もはや何を言っているのか自分でも分からないが、要は問題なしということだ。
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語尾が抜けるこのお爺さんは自然環境学の先生だ。
見かけが優しいゴブリンぽいのでヤサリンと心なかで呼んでいる。
「ここ春地方は、ほとんどが森林てす。そして、気候が温暖で生物が生きるのに最適な場所なのよ」
春地方の動物やモンスターは樹上で暮らす種が多く、とりわけ鳥類が多い。
一方で、安定した環境の為に変化や進化に乏しく目立つ種があまり存在しない。
この地方は地力が特に高い。
主に、はむちいとスライムの恩恵によって栄養豊富で、農作物の安定した収穫が望める。
必要な栄養素は全て植物から得ることが出来るので、春地方に暮らす人々は植物だけを頂く。
「夏地方はね。ほとんどが野原で、暑いし、気候が不安定で雨も多い。高温多湿なところなのよ」
夏地方に生息する恒温動物やモンスターは、効率よく放熱するために体表面積が小さい、つまり体のサイズが大きくない。
そして、耳や口や尾などの突起物も小さい。
その生物を苦しめる酷暑を和らげてくれるのが、木陰で冷やされた空気と、ユニコーンの群れが体から放つ冷気だ。
それが風に運ばれて夏地方全域に涼しい風を届けてくれる。
また、獅子というモンスターが踊る獅子舞によって踏み均された荒れ地は柔らかくなり植物が再生しやすくなる。
ユニコーンが水を浄化し、獅子が荒れ地を踏み均すおかげで夏地方は青々とした緑を保つことが出来ている。
その恩恵を受けて昆虫種が多く見られる。
この地方は気候が不安定なのもあって、家畜をよく育て主に肉を頂く。
「秋地方は山地と、春地方に劣らない栄養豊富な土壌が特徴的。平地は雨が少ないけど落ち着いた天気。山の上は天気が崩れやすくて、でもそれで水が潤うのよ」
秋地方の動物やモンスターは平地よりも山の中腹以上で暮らす種が多い。
なので、人は基本的に平地で暮らすが、主食となる芋の生産のために高地で暮らす人も多い。
高地に暮らす人々はグリフォンというモンスターと共生している。
グリフォンは雷雲を生成し、この地方に栄養豊富な雨を降らせてくれる。
その恵みがあって、畑を耕し、家畜を育て、川で魚も採る。
よって、秋地方は食文化が豊かだ。
「冬地方は寒いし乾燥してる。でも、定期的に雨の代わりに雪が降って潤してくれる」
この地方に生息する恒温動物やモンスターは夏地方とは真逆で、放熱を軽減するために体表面積が、体のサイズが大きいのが特徴だ。
そして、耳や口や尾などの突起物も大きい。
人々は熱を求めて火山の麓、主に海の側に港町を築いて暮らしている。
育つ作物の種類は少ないが、火山の影響で海にまで栄養分が溢れ、特に海産物に恵まれている。
そのため漁を行う者が多く、この地方では魚介類が主食だ。
火山のエネルギーはドラゴンが調節してくれているので、この地方の人々はドラゴンを神聖視している。
「ところで川大くん。三ヶ月くらい経ったけど、四季の道の忙しさにはちょっと慣れてきた?」
「うん。まあまあ」
春の道を選んだのは寿司さん。
そして、こしかたゆくすえさん、水戸岡芽さん、つごもりすずめさんの四人。
合同実習の合間に輪になって楽しむお昼休憩は、僕にとって貴重な癒しの時間だ。
「どの地方が気に入った?」
「やっぱり冬地方。僕は、ドラゴンの実習をずっと心待ちにしてたんだ」
「そうなんだ。楽しい?」
「めっちゃ楽しい!最高!」
「良かったね!」
寿さんは気さくで話しやすいので気が楽だ。
一方で、こしかたさんと水戸さんが僕達に構わず密着してイチャイチャしているのが気になって仕方ない。
逆瀬川ちゃんも何故か二人のイチャツキを熱心に観察している。
おまけに、手作り弁当まで用意するほど仲が進展していることが妬ましい。
僕は、百日紅を除いて、一度も女の子の手作り弁当を食べたことがない。
「さてもさても。冬地方といえばドラゴン。その実習とは、男でも重労働じゃと耳にしたが、実際はいかがなものか」
逆瀬川ちゃんが反射的に一番に答える。
お気に入りのこしかたスペシャルを真似て。
「そりゃまっこと重労働じゃ。私など女子ゆえに背も小さく非力なもので、皆に助けられてばかり。常々痛み入る思いじゃ」
「ほほう。さりとて、チームを組み助け合うことこそモンスタートリマーの本領であり真骨頂であろう。助けられたのならば、お主も何でも助けてやればよい」
「ははー。ありがたきお言葉」
つごもりさんが二人のやり取りに手を叩いて笑う。
不機嫌なところなど見たことないくらい彼女はいつでも上機嫌だ。
「逆瀬川ちゃんさ。こしかたさんの喋り真似するのマジで好きだよね」
「はい!とても面白いです!」
「よきかなよきかな」
こしかたさんが満更でもない様子で頷く。
その隣で水戸さんは恍惚な表情を浮かべた。
弁当が美味しいというより、恋人を褒められて嬉しいのだろう。
「この喋り口調は時代劇の見よう見まねなんだよ。でも、まだまだ下手っぴでしょ。まあそこも可愛いところで」
「これみっともない。よさぬか岡芽」
「ごめんなさい。二人だけの秘密だったね」
この沸き上がる思いこそがリア充爆発しろという気持ちなのか。
勢い余って僕が先に憤死しそうだ。
僕の頭から怒りの蒸気が吹き上がっていたらしい。
花屋敷さんが僕の背中を軽く叩いて調子を整えてくれた。
そうだ。人の幸せは祝えど呪ってはいけない。
「お二人は仲良しですね。私、憧れちゃいます」
思春期の逆瀬川ちゃんが、うっとりしながらうっかり余計な一言を放つ。
「まさか結婚なんて考えちゃってる?私でよければアドバイスするよ?」
既婚者の寿さんからの重い追撃。
そんな失礼なこと茶化して訊いていいはずない。
「某は勝手ながら、岡芽を早う嫁に迎え、子を授かりたく願っておる」
「ゆくすえさん……」
水戸さんは両手を口に当てて驚いた。
まるでテレビドラマのワンシーンを見せられているみたいだ。
「お主も、早う母になりたかろう」
「うん……!」
「何よ見せつけてくれるじゃん。あたしも早く結婚したいんですけどー」
そう言って、つごもりさんが大声で笑う最中。
「私も」
という花屋敷さんの嘆きを僕は聞き逃さなかった。
それは心の傷が開いたような弱音だった。
彼は深く座り直したかと思うと、天井を見上げたまま放心した。
こんな寂しい目をした彼を未だ見たことがない。
彼はどうも若い嫁が欲しいようだ。
とすればまさかロリコ……。
「川大くん」
にわかに心を取り戻した彼は俯いて僕にだけ囁く。
「恋人がいないと寂しいものだね」
恋人がいたことのある人に言われると嫌味に聞こえる。
でも僕は優しいから、百日紅が炊いてくれた丸太御坊の煮物を一つ分けてあげた。
「どうぞ。女の子の手作りです」
「ありがとう」
言い終わりに彼は御坊を口に入れて、困った顔で微笑んだ。
「美味しいね」
気の毒だ。
僕は熟女好きなのでこう悲惨にはならないだろうと信じたい。
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