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十七話 年越し百日紅
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この世界にはバレンタインもクリスマスもない。
窓の外は常春。
それとは関係なく、元いた世界との共通点に含まれていないらしい。
なくて良かったような良くないような。
なければないで寂しいものである。
「あれ何だっけ夏休みとかの代わり」
「自習休暇」
矛盾した名の期間も、そして今も、僕は基本的に家に籠っている。
たまに花屋敷さんや、渋々連絡先を交換したおっさんフレンズと集まって食事をするくらいで生活に華がない。
大学生とか専門学生は女性と在学期間イチャイチャ出来るよフリーパスを貰えると聞いて期待していたのに、こうもあっさりと裏切られ、元いた世界には嘘つきしかいなかったことがようく分かった。
僕が連絡を取っている女性は逆瀬川ちゃんだけ。
たまにだけど。
勉強について話したり、百日紅の写真や動画を送ってやったりくらいだ。
その彼女はいま故郷へ帰省している。
色とりどりの花を編んだ花冠の画像が届いた。
年の終わりと年の始まりの二日間、玄関に掛けておく魔除けの風習があるんだって。
「年越しか……百日紅と二人で」
「嫌なん?出て行こっか?寂しいで?」
「ピーナッツ投げるな」
百日紅はクスクスと悪戯に笑っている。
初めて出会った頃より感情豊かになった気がする。
「年越し蕎麦する?」
「うーんどっちでも」
「どっちでもは困るからやめて」
「寿司食いたい」
「ないわ」
寿司は冬地方が美味しいようだ。
地方によってメインの食生活は変わり、春地方は野菜に果実、夏地方は肉、秋地方はどれでも、冬地方は魚。
概ねこんな感じだ。
「この世界には変わりネタしかないんだろうな。それはそれで楽しみだけど」
「ゲニョムのお寿司あるかな?」
「好きだなゲニョム。もう結婚したら?」
「はあー?」
「だからピーナッツ投げんなって」
「妖精は恋せんし、あと夢も見いひんから」
「それは初耳だな」
「寝て起きて、たまにビックリする時あるで」
「何でだよ」
「一瞬やもん。一人だけ異世界に飛んだか思ってドキドキする。川大くんの顔を見たら安心するんやけどね」
そんなことを可愛らしく小首を傾げて愛おしそうに言われたところで一度くらい好きになったりはしない。
が、縁に相応の愛情くらいくれてやろう。
「元日に夢を見させてやろうか」
「そんなんできんの?」
「必然。俺はお前の主だ」
「うん?」
「主が眷族の望み一つ叶えられぬなど、真剣の如き風格に錆びが付く。ものは試しだ。俺が触れることでお前も夢を見られるかも知れん。そこで元日の宵に共夢共鳴の儀を執り行うことにする」
「手を繋いで寝るってこと?」
「いや。握る」
「それ苦しそう」
「まあ期待していろ。初夢くらい見させてやる」
一富士、二ゲニョム、三落花生。
お前にとって最高の夢を見せてやる。
今年いっぱいお世話になったし悪くないだろう。
妖精に触れて眠れば僕も良い夢を見られるかも知れない。
例えば熟女の妖精に囲まれてイチャイチャする夢とか。
「ねえ。そのメモって何のために書いてるん?」
「これはな」
異世界であった楽しいこと、モンスタートリマー専門学校で学んだこと、主にこの二つから取捨選択して簡素にメモしている。
元は暇潰しの日記兼メモ張に過ぎなかった。
ところが今では大事な意味を持つ。
「異世界に興味を持って、こっちに来てもらうために書いてるんだよ」
「そうなんや。でも、可哀想やない?」
「僕みたいにってこと?」
「うん。若くして家族から離れて来るもんちゃう思う」
「分かってるよ。だからこの前、役所の川西池田さんに会いに行って聞いてみたんだ」
僕は転移者でなく転生者だ。
ということは、もしかしたら赤ちゃんの状態で転生する人もいるかも知れないと考えた。
ビンゴだった。
稀に前世の記憶を継がない赤ん坊を夢世界から妖精が運んでくるという鳥肌が立つような怖いメルヘンチックストーリーが聞けた。
彼らは温かな家庭に迎えられるというハッピーエンド付きで。
「メインターゲットは死が間近の人だ。彼らが死ぬ直前にこの世界に興味を持ってくれたら、もしかしたらここへ転生できるかもって考えたわけ」
「この世界の少子化を食い止める一案ってわけやね。偉いやん」
「偉いだろう。この世界の熟女達も喜んでくれるはずだ」
「なんやそういうことか」
「ついでにいいじゃないか」
「うん。悪くない思う」
「それにだ。モンスタートリマーに興味を持ってくれたら、深層心理だの潜在意識だの何だのに印象を残すことが出来たら、転生者のモンスタートリマー志望者が増えるかも知れない」
「大好きな先生達を喜ばそうってことやね」
「ついでにな」
「で、どうやってメモを向こうの世界の人に読んでもらうん?」
それは初めて来た日のことを思い出してほしい。
みんな大好き川西池田さんが教えてくれた。
夢は繋がっていて僅かに影響を与え合うことがあると。
「だからいつか、これを百日紅に夢の世界へ放り込んでほしい。もしかしたらがあるかも知れない」
「分かった。私に任しとき」
しかし、効果があるだろうか。
それにモンスタートリマーなんてものに興味を持ってくれるだろうか。
元いた世界では、異世界で無双とか異世界でグルメとか流行ってたし、グルメに切り替えた方がいいかも知れない。
モンスタートリマーなんて向こうでは聞いたこともないし。
「どうしたん?」
「ちゃんと伝わるかなってのと、そもそもモンスタートリマーに興味を持ってくれるかなってのが不安だ」
「大丈夫。気持ちは届くよ」
届かなくて学祭でフラれたんだけどな。
でも、夢を見守る妖精が断言するなら信じてやってもいいかも知れない。
「雨やねー」
「年の終わりに雨なのは初めてだ」
今夜は雨のせいかいつもより肌寒い。
でもそのおかげで、ちょっぴり大晦日の雰囲気を思い出せた。
外に出ると雨の匂いと緑の匂いが濃厚に混じった空気が一息に体内へ侵入して全身に沁み渡った。
身震いして腕を擦る。
妖精様の助言に従って長袖を着て良かった。
丘の上から町を見下ろすと、雨粒と一緒に落ちた星を織ったような星糸が、町の中心部から四方へ伸びていた。
今夜だけ、夜遅くまで各大通りは出店で賑わう。
僕達は混みに混んだロープウェイを経由して大通りを辿り、町の中心部へ向かう。
「このロープウェイから見下ろす景色が僕は好きなんだ」
人の熱気で少し曇ったガラス窓から景色を眺める。
出店の明かりは橙色を基調としていて、小雨に洗われた光は澄んで煌めいている。
ぼっーと見ているだけで心から体まで温まってくるようだ。
「今夜の景色はとびっきりロマンチックやね」
側にいるのが(実際は肩に乗って寄りかかっているのだが)百日紅じゃなくて理想の熟女だったら良かったのにとか今日くらいは不満に思わない。
いまは百日紅が側にいることが幸せだ。
などと思っている間にロープウェイから吐き出された僕は人の波に流されて階段を下りた。
そして傘を開く間もなく建物から吐き出されて、そこからもう少し歩いて目的地へ向かう。
御神木の切り株は年輪の中心、そこに他の森とは別格の鎮守の森があって、さらにその真ん中に神様の住まう霊木が一本生えている。
タマノキを鎮守するこの場所こそ、この町に点在する姫扇神社の総本山である。
特別に神聖なのだろう。
この町と鎮守の森をぐるっと円にして隔てる竹灯籠の並んだ玉細石の道路には出店が一つもない。
「雨でも人が多い。飛ぶなら僕の傘から出るなよ」
「ああ!羽が落ちた!」
「は!?何やってんだよ!」
「いやあ!踏まれた!」
「あーあー何で落とすかな」
「誰かの傘がぶつかったんよ」
見下ろしてすぐ、百日紅の羽が一枚、僕の足もとに落ちているのを見つけて拾った。
不幸中の幸い破れてはいないが幸先が悪い。
羽は定位置である彼女の背部に浮かぶと汚れを弾いて綺麗になったが、形はグチャグチャのシワシワのままで見るに堪えない。
どんな時も笑顔の彼女が、眉を八の字に目は一の字に口をへの字にして不機嫌な顔をしている。
「神様にお願いしたら戻るかも知れない。そんなに気を落とすな」
「せっかくお洒落したのに……」
何も変わりないように見えるが、悔しそうにしているので何も言わないでおこう。
ともかく、隣でずっと不機嫌な顔をされては堪らないので神様に願ってやる。
ここには神様がいるらしいから奇跡が起こる可能性はある。
非常識な神秘力の機能する世界だし、一概に有り得ないとは言えない。
僕は羽に触れないよう百日紅を鷲掴みにすると胸に抱き寄せ、傘すり合わせ前進する人々の中へ飛び込んだ。
のろのろと森を貫く参道を進み、ようやっと霊木の前に来た。
霊木は立派に咲き誇る桜だ。
後に知るが名を夢見桜という。
この町を支える御神木も大昔は天に桜を咲かせたのだろうか。
「わあ!みてみて!お花すっごく綺麗!」
さっきまで不機嫌だった百日紅が硬い表情を解いて子供みたいにはしゃぐ。
女の子らしく胸を踊らせている。
桜も美しいが、それを囲む朱赤色の小花を連ねた姫扇水仙の花畑も綺麗だ。
花弁を濡らし提灯の明かりを重ねて薄化粧をしている様は普段みる姿より美しいはずだ。
まさしく水も滴るいい女が揃っている。
「さっさと挨拶するぞ」
「はあい」
突っ立って見惚れていては迷惑だ。
僕達は気を取り直して事前に調べた手順の通り拝んで感謝の挨拶を済ませ、僕だけ僭越ながら直にお願い事をした。
「あ、元に戻ったわ」
「え?」
こっわ。
願いが本当に届いたらしく百日紅の羽があっという間に復元した。
心を読まれることが分かったので気味悪いとか思わないよう頭の中を紗綾香さんで満たした。
虚しくなった。
年の終わりまで失恋を引きずるとは無念。
僕は今年で恋にケジメを着けて、来年は勉強の年にすることを決めている。
夢を見つけた気がしたから。
「次、願掛けしよう」
百日紅は僕の肩に座って急かすように言うが、人の波には抗えない。
左に流れると参道に戻ることになるので、僕は右の流れに乗った。
のろのろ進んだ先には広場があって、奥に神社に相応しい風貌の社殿を見つけた。
姫扇水仙と同じ朱赤の巨大木造建築だ。
事前に調べた情報によると、主に神職の方々が勤める事務所と兼用らしい。
まあそんなことはどうでもよい。
僕は長い遅い長い遅い遅い列に辛抱強く並んで苦労の末に願掛け札を獲得した。
「あー辛い」
「お疲れさま。帰ったら美味しい年越し蕎麦を作ってあげるからね」
明日は元日にお参りはせず、百日紅とおせちでも作って庭でランチをしようと考えている。
ということで今夜のうちに願掛けを済ます。
何度目の行列に焦らされてようやくテントの下へ潜り込めた。
用意されているマジックペンで願掛け札に願いを書く。
「百日紅。僕のことを願うなよ」
「えー途中まで書いてもうたやん」
「ピッピッて線を引けばいい」
「私のお願い事は川大くんの夢が叶うことなんやけど」
「これは自分の願いを書くためのものだ。あと一生の願いじゃなくて、来年の願いな」
「そんなん言われても……」
「後ろが混んでる。早く書けよ」
「川大くんは何て書いたん?」
「恋人ができますように」
「叶うといいね」
「早く書けっての」
「んーとじゃあ。ゲニョムのお寿司が食べられますように」
「いいのかそれで」
「いいの!一緒に美味しいお寿司食べようね!」
奇跡を体感したばかりなのに僕でも叶えられる願いを書くとはもったいない。
最大級の神頼みチャンスを無駄にして、どうして百日紅は笑えるのだろう。
書き終えた瞬間テントから追い出されて、祠の前に置かれた大きな賽銭箱みたいなのに二人分の願掛け札を納めた。
そして一礼して、尾が二又の珍しい招き猫に拝む。
猫いたわ。
「よし帰ろう」
「帰り出店寄らんでいいの?」
「いいよ」
「せっかくのお祭やのに」
「家族とも祭にはあんまり行かなかった。だから、そこまで興味ないんだ」
「寄りたいなーなんて……だめ?」
「いいけど、年越しまでもう一時間ちょっとだぞ」
「じゃあ、ロープウェイ一駅分だけ寄って帰ろう」
「分かった」
息苦しい人の波を泳ぎ境内を脱出し一休み。
もほどほどに、しばらく歩いて出店の並ぶ大通りへ行き、お祭の雰囲気をまあまあ楽しんだ。
それから家に帰って百日紅お手製の年越えたそばを頂いた。
やっぱり年越えた。出店に寄ってる間に年越えていた。
除夜の鐘もカウントダウンも何もなく僕達は二人して気付かなかった。
百日紅は新年早々に悔しいを思いをしたと嘆く。
そして食後に思い返しては、しかめっ面して落花生の薄皮ごと後悔を噛み締めていた。
そこまで拘らなくてもいいと、いつもなら思うはずが今回は何故かどうしてか僕の胸にも悔しい思いが一点だけ残ったような気がする。
それはさておいて。
「百日紅、明けましておめでとう。今年もよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします!」
良い年になりますように。
「夢、見れたか?」
元日の夜に僕達は久しく、乗り気ではないが仕方なく、添い寝した。
その時に約束した通り百日紅に夢を見せてやろうと僕は彼女の体に手を重ねて眠った。
一方で彼女はこちらに向かって横になり、僕の親指を抱いて朝まで微笑んでいた。
寝ても覚めても微笑んでいた。
「夢、見れたよ」
本当か嘘かは分からない。
でも、百日紅は嬉しそうに微笑んでいた。
僕は親指で彼女の柔らかな頬を撫でて目をつむる。
もう少し、この温もりに全てを預けて夢の続きが見たい。
「朝やで。起きいや」
二度寝したい!!
窓の外は常春。
それとは関係なく、元いた世界との共通点に含まれていないらしい。
なくて良かったような良くないような。
なければないで寂しいものである。
「あれ何だっけ夏休みとかの代わり」
「自習休暇」
矛盾した名の期間も、そして今も、僕は基本的に家に籠っている。
たまに花屋敷さんや、渋々連絡先を交換したおっさんフレンズと集まって食事をするくらいで生活に華がない。
大学生とか専門学生は女性と在学期間イチャイチャ出来るよフリーパスを貰えると聞いて期待していたのに、こうもあっさりと裏切られ、元いた世界には嘘つきしかいなかったことがようく分かった。
僕が連絡を取っている女性は逆瀬川ちゃんだけ。
たまにだけど。
勉強について話したり、百日紅の写真や動画を送ってやったりくらいだ。
その彼女はいま故郷へ帰省している。
色とりどりの花を編んだ花冠の画像が届いた。
年の終わりと年の始まりの二日間、玄関に掛けておく魔除けの風習があるんだって。
「年越しか……百日紅と二人で」
「嫌なん?出て行こっか?寂しいで?」
「ピーナッツ投げるな」
百日紅はクスクスと悪戯に笑っている。
初めて出会った頃より感情豊かになった気がする。
「年越し蕎麦する?」
「うーんどっちでも」
「どっちでもは困るからやめて」
「寿司食いたい」
「ないわ」
寿司は冬地方が美味しいようだ。
地方によってメインの食生活は変わり、春地方は野菜に果実、夏地方は肉、秋地方はどれでも、冬地方は魚。
概ねこんな感じだ。
「この世界には変わりネタしかないんだろうな。それはそれで楽しみだけど」
「ゲニョムのお寿司あるかな?」
「好きだなゲニョム。もう結婚したら?」
「はあー?」
「だからピーナッツ投げんなって」
「妖精は恋せんし、あと夢も見いひんから」
「それは初耳だな」
「寝て起きて、たまにビックリする時あるで」
「何でだよ」
「一瞬やもん。一人だけ異世界に飛んだか思ってドキドキする。川大くんの顔を見たら安心するんやけどね」
そんなことを可愛らしく小首を傾げて愛おしそうに言われたところで一度くらい好きになったりはしない。
が、縁に相応の愛情くらいくれてやろう。
「元日に夢を見させてやろうか」
「そんなんできんの?」
「必然。俺はお前の主だ」
「うん?」
「主が眷族の望み一つ叶えられぬなど、真剣の如き風格に錆びが付く。ものは試しだ。俺が触れることでお前も夢を見られるかも知れん。そこで元日の宵に共夢共鳴の儀を執り行うことにする」
「手を繋いで寝るってこと?」
「いや。握る」
「それ苦しそう」
「まあ期待していろ。初夢くらい見させてやる」
一富士、二ゲニョム、三落花生。
お前にとって最高の夢を見せてやる。
今年いっぱいお世話になったし悪くないだろう。
妖精に触れて眠れば僕も良い夢を見られるかも知れない。
例えば熟女の妖精に囲まれてイチャイチャする夢とか。
「ねえ。そのメモって何のために書いてるん?」
「これはな」
異世界であった楽しいこと、モンスタートリマー専門学校で学んだこと、主にこの二つから取捨選択して簡素にメモしている。
元は暇潰しの日記兼メモ張に過ぎなかった。
ところが今では大事な意味を持つ。
「異世界に興味を持って、こっちに来てもらうために書いてるんだよ」
「そうなんや。でも、可哀想やない?」
「僕みたいにってこと?」
「うん。若くして家族から離れて来るもんちゃう思う」
「分かってるよ。だからこの前、役所の川西池田さんに会いに行って聞いてみたんだ」
僕は転移者でなく転生者だ。
ということは、もしかしたら赤ちゃんの状態で転生する人もいるかも知れないと考えた。
ビンゴだった。
稀に前世の記憶を継がない赤ん坊を夢世界から妖精が運んでくるという鳥肌が立つような怖いメルヘンチックストーリーが聞けた。
彼らは温かな家庭に迎えられるというハッピーエンド付きで。
「メインターゲットは死が間近の人だ。彼らが死ぬ直前にこの世界に興味を持ってくれたら、もしかしたらここへ転生できるかもって考えたわけ」
「この世界の少子化を食い止める一案ってわけやね。偉いやん」
「偉いだろう。この世界の熟女達も喜んでくれるはずだ」
「なんやそういうことか」
「ついでにいいじゃないか」
「うん。悪くない思う」
「それにだ。モンスタートリマーに興味を持ってくれたら、深層心理だの潜在意識だの何だのに印象を残すことが出来たら、転生者のモンスタートリマー志望者が増えるかも知れない」
「大好きな先生達を喜ばそうってことやね」
「ついでにな」
「で、どうやってメモを向こうの世界の人に読んでもらうん?」
それは初めて来た日のことを思い出してほしい。
みんな大好き川西池田さんが教えてくれた。
夢は繋がっていて僅かに影響を与え合うことがあると。
「だからいつか、これを百日紅に夢の世界へ放り込んでほしい。もしかしたらがあるかも知れない」
「分かった。私に任しとき」
しかし、効果があるだろうか。
それにモンスタートリマーなんてものに興味を持ってくれるだろうか。
元いた世界では、異世界で無双とか異世界でグルメとか流行ってたし、グルメに切り替えた方がいいかも知れない。
モンスタートリマーなんて向こうでは聞いたこともないし。
「どうしたん?」
「ちゃんと伝わるかなってのと、そもそもモンスタートリマーに興味を持ってくれるかなってのが不安だ」
「大丈夫。気持ちは届くよ」
届かなくて学祭でフラれたんだけどな。
でも、夢を見守る妖精が断言するなら信じてやってもいいかも知れない。
「雨やねー」
「年の終わりに雨なのは初めてだ」
今夜は雨のせいかいつもより肌寒い。
でもそのおかげで、ちょっぴり大晦日の雰囲気を思い出せた。
外に出ると雨の匂いと緑の匂いが濃厚に混じった空気が一息に体内へ侵入して全身に沁み渡った。
身震いして腕を擦る。
妖精様の助言に従って長袖を着て良かった。
丘の上から町を見下ろすと、雨粒と一緒に落ちた星を織ったような星糸が、町の中心部から四方へ伸びていた。
今夜だけ、夜遅くまで各大通りは出店で賑わう。
僕達は混みに混んだロープウェイを経由して大通りを辿り、町の中心部へ向かう。
「このロープウェイから見下ろす景色が僕は好きなんだ」
人の熱気で少し曇ったガラス窓から景色を眺める。
出店の明かりは橙色を基調としていて、小雨に洗われた光は澄んで煌めいている。
ぼっーと見ているだけで心から体まで温まってくるようだ。
「今夜の景色はとびっきりロマンチックやね」
側にいるのが(実際は肩に乗って寄りかかっているのだが)百日紅じゃなくて理想の熟女だったら良かったのにとか今日くらいは不満に思わない。
いまは百日紅が側にいることが幸せだ。
などと思っている間にロープウェイから吐き出された僕は人の波に流されて階段を下りた。
そして傘を開く間もなく建物から吐き出されて、そこからもう少し歩いて目的地へ向かう。
御神木の切り株は年輪の中心、そこに他の森とは別格の鎮守の森があって、さらにその真ん中に神様の住まう霊木が一本生えている。
タマノキを鎮守するこの場所こそ、この町に点在する姫扇神社の総本山である。
特別に神聖なのだろう。
この町と鎮守の森をぐるっと円にして隔てる竹灯籠の並んだ玉細石の道路には出店が一つもない。
「雨でも人が多い。飛ぶなら僕の傘から出るなよ」
「ああ!羽が落ちた!」
「は!?何やってんだよ!」
「いやあ!踏まれた!」
「あーあー何で落とすかな」
「誰かの傘がぶつかったんよ」
見下ろしてすぐ、百日紅の羽が一枚、僕の足もとに落ちているのを見つけて拾った。
不幸中の幸い破れてはいないが幸先が悪い。
羽は定位置である彼女の背部に浮かぶと汚れを弾いて綺麗になったが、形はグチャグチャのシワシワのままで見るに堪えない。
どんな時も笑顔の彼女が、眉を八の字に目は一の字に口をへの字にして不機嫌な顔をしている。
「神様にお願いしたら戻るかも知れない。そんなに気を落とすな」
「せっかくお洒落したのに……」
何も変わりないように見えるが、悔しそうにしているので何も言わないでおこう。
ともかく、隣でずっと不機嫌な顔をされては堪らないので神様に願ってやる。
ここには神様がいるらしいから奇跡が起こる可能性はある。
非常識な神秘力の機能する世界だし、一概に有り得ないとは言えない。
僕は羽に触れないよう百日紅を鷲掴みにすると胸に抱き寄せ、傘すり合わせ前進する人々の中へ飛び込んだ。
のろのろと森を貫く参道を進み、ようやっと霊木の前に来た。
霊木は立派に咲き誇る桜だ。
後に知るが名を夢見桜という。
この町を支える御神木も大昔は天に桜を咲かせたのだろうか。
「わあ!みてみて!お花すっごく綺麗!」
さっきまで不機嫌だった百日紅が硬い表情を解いて子供みたいにはしゃぐ。
女の子らしく胸を踊らせている。
桜も美しいが、それを囲む朱赤色の小花を連ねた姫扇水仙の花畑も綺麗だ。
花弁を濡らし提灯の明かりを重ねて薄化粧をしている様は普段みる姿より美しいはずだ。
まさしく水も滴るいい女が揃っている。
「さっさと挨拶するぞ」
「はあい」
突っ立って見惚れていては迷惑だ。
僕達は気を取り直して事前に調べた手順の通り拝んで感謝の挨拶を済ませ、僕だけ僭越ながら直にお願い事をした。
「あ、元に戻ったわ」
「え?」
こっわ。
願いが本当に届いたらしく百日紅の羽があっという間に復元した。
心を読まれることが分かったので気味悪いとか思わないよう頭の中を紗綾香さんで満たした。
虚しくなった。
年の終わりまで失恋を引きずるとは無念。
僕は今年で恋にケジメを着けて、来年は勉強の年にすることを決めている。
夢を見つけた気がしたから。
「次、願掛けしよう」
百日紅は僕の肩に座って急かすように言うが、人の波には抗えない。
左に流れると参道に戻ることになるので、僕は右の流れに乗った。
のろのろ進んだ先には広場があって、奥に神社に相応しい風貌の社殿を見つけた。
姫扇水仙と同じ朱赤の巨大木造建築だ。
事前に調べた情報によると、主に神職の方々が勤める事務所と兼用らしい。
まあそんなことはどうでもよい。
僕は長い遅い長い遅い遅い列に辛抱強く並んで苦労の末に願掛け札を獲得した。
「あー辛い」
「お疲れさま。帰ったら美味しい年越し蕎麦を作ってあげるからね」
明日は元日にお参りはせず、百日紅とおせちでも作って庭でランチをしようと考えている。
ということで今夜のうちに願掛けを済ます。
何度目の行列に焦らされてようやくテントの下へ潜り込めた。
用意されているマジックペンで願掛け札に願いを書く。
「百日紅。僕のことを願うなよ」
「えー途中まで書いてもうたやん」
「ピッピッて線を引けばいい」
「私のお願い事は川大くんの夢が叶うことなんやけど」
「これは自分の願いを書くためのものだ。あと一生の願いじゃなくて、来年の願いな」
「そんなん言われても……」
「後ろが混んでる。早く書けよ」
「川大くんは何て書いたん?」
「恋人ができますように」
「叶うといいね」
「早く書けっての」
「んーとじゃあ。ゲニョムのお寿司が食べられますように」
「いいのかそれで」
「いいの!一緒に美味しいお寿司食べようね!」
奇跡を体感したばかりなのに僕でも叶えられる願いを書くとはもったいない。
最大級の神頼みチャンスを無駄にして、どうして百日紅は笑えるのだろう。
書き終えた瞬間テントから追い出されて、祠の前に置かれた大きな賽銭箱みたいなのに二人分の願掛け札を納めた。
そして一礼して、尾が二又の珍しい招き猫に拝む。
猫いたわ。
「よし帰ろう」
「帰り出店寄らんでいいの?」
「いいよ」
「せっかくのお祭やのに」
「家族とも祭にはあんまり行かなかった。だから、そこまで興味ないんだ」
「寄りたいなーなんて……だめ?」
「いいけど、年越しまでもう一時間ちょっとだぞ」
「じゃあ、ロープウェイ一駅分だけ寄って帰ろう」
「分かった」
息苦しい人の波を泳ぎ境内を脱出し一休み。
もほどほどに、しばらく歩いて出店の並ぶ大通りへ行き、お祭の雰囲気をまあまあ楽しんだ。
それから家に帰って百日紅お手製の年越えたそばを頂いた。
やっぱり年越えた。出店に寄ってる間に年越えていた。
除夜の鐘もカウントダウンも何もなく僕達は二人して気付かなかった。
百日紅は新年早々に悔しいを思いをしたと嘆く。
そして食後に思い返しては、しかめっ面して落花生の薄皮ごと後悔を噛み締めていた。
そこまで拘らなくてもいいと、いつもなら思うはずが今回は何故かどうしてか僕の胸にも悔しい思いが一点だけ残ったような気がする。
それはさておいて。
「百日紅、明けましておめでとう。今年もよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします!」
良い年になりますように。
「夢、見れたか?」
元日の夜に僕達は久しく、乗り気ではないが仕方なく、添い寝した。
その時に約束した通り百日紅に夢を見せてやろうと僕は彼女の体に手を重ねて眠った。
一方で彼女はこちらに向かって横になり、僕の親指を抱いて朝まで微笑んでいた。
寝ても覚めても微笑んでいた。
「夢、見れたよ」
本当か嘘かは分からない。
でも、百日紅は嬉しそうに微笑んでいた。
僕は親指で彼女の柔らかな頬を撫でて目をつむる。
もう少し、この温もりに全てを預けて夢の続きが見たい。
「朝やで。起きいや」
二度寝したい!!
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(原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
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3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
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異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
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私のお父様とパパ様
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非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
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※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
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書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
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