モンスタートリマー雲雀丘花屋敷

旭ガ丘ひつじ

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十二話 神話文明

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「ちょっと昔に神話文明時代っていうのがあってな」

「うん」

百日紅はお手製のピーナッツバターをトーストに塗りながら相槌を打つ。
味はまあまあ上出来。
それにアーモンドパウダーをかけるのが僕流だ。
ちなみに百日紅はシナモン流。

「まだ人が生まれたばかりの時代のことで、その時代の遺跡が現存するんだ」

「石で作ったやつ?」

「いや。ほとんど隕石だって」

「そんなわけないやろー」

「異世界だから何でもありなんだろう」

「ふーん」

この世界の人類史は浅く極端だ。
たった二千年ちょっと前、モンスターが生まれてしばらく、何の気紛れか、謎の異世界人が最後に生み出した種が人類だ。
ぽっと出の人類は大地に残る巨大隕石を利用して、クレーターの中に町を幾つか築いた。
そこで様々な技術を急速に発展させた後、理由は不明だが、その土地を離れて各地方へ移り住み現在に至る。
それっぽっちだけ。
この世界のこの惑星の歴史の主役は人類でないのは確かだ。
謎の異世界人が何を想って人類を生み出したのか、それは誰にも分からない。
彼は自身を崇めることを拒み、正体を限りなく伏せて、ひっそりと過去に消えた。

「その遺跡を管理しているのがゴーレムっていうモンスターなんだけど」

「今日の実習もゴーレムやったね」

「うん。そうなんだけど、それが今日は泊まりの課外実習らしくて」

「は?私そんな話は一回も聞いてへんよ」

「言い忘れてたんだーごめんなー」

「準備も忘れてるやろ」

「忘れてる」

「あと、どれくらい時間あんの?言うてみ?」

「家を出るまで二十分」

「呑気にトースト食べてる場合か!はよ準備しい!何やってんの川大くんは本間にもう!」

「前に課外実習についてのプリント渡してなかったっけ?」

「貰ってへんわ!絶対に貰ってへん!」

「くっ、また奴等の仕業か」

「誰やねん。誰のせいにしてんねん。人のせいにしてんと、はよトースト食べてまい」

百日紅がプリプリしてトーストをガジガジするのも無理はない。
マジで課外実習のことを忘れていたし、その準備まで僅か二十分もないのだ。
一体どうしてこんなことになってしまったのだろう。
僕は長く、確かに熟女とのお泊まり会について悶々と期待していたはずだ。
それなのに、うっかり忘れてしまうなんて情けない。
もしかしたら無意識に不安になり背けてしまったのだろうか。

「先に着替えとか準備してあげるわ」

トーストを手品のように小さな体に納めた百日紅は、僕の為に着替えの用意を始めてくれた。
彼女こそ最高のパートナーだ。
ここへ来た初日に役所からの支援で貰った蛍光色のダサいボストンバックの中へ、丁寧に、それでも素早く着替えを詰め込んでくれるありがとう。

「まだ食べ終わらへんの?」

「ごめん。トーストを早食いするのは難しい」

「本間にもう。しゃーないねんから」

ありがとう百日紅。
いつも感謝しているよ。
彼女が洗面道具をせっせと用意してくれている間に僕は、この非常時にまったく、尻へと奇襲を仕掛けてきた糞野郎を悪戦苦闘の末に水で流した。

「ふう……何とか間に合いそうだ」

「準備終わったで」

頬を膨らませたしかめっ面の百日紅がボストンバックの上で胡座をかいて僕を睨んでいる。
僕は彼女の顔よりも僅かなパンチラに注目して、ふと、突拍子もないことを思い付いた。

「一緒に来るか」

「にゃ?」

「来いよ」

「行っていいの?」

「さあな。でも、百日紅は妖精だし、まあ見つからなければ平気だろう」

百日紅は良い子ちゃんだから戸惑っている。
しかし僕がボストンバックのチャックを開けてやると、ためらいがちに中へ潜った。
しめしめ。
これで熟女は僕達に注目するはずだ。
好感度も鰻登り。
実習の終わりが実に楽しみだよ。

「まったくこいつめ。向こうでは大人しくしてろよ」

やれやれ。
僕は困った妖精さんを連れて家を飛び出すと、花屋敷さんを巻き込んで五分遅刻して待ち合わせ場所の校門前へ到着した。
最悪だ。
そこには担任の美魔女先生と実習のマダム先生だけでなく、予想外に校長先生までおられた。
格好悪いところを見せてしまった。
熟女達と先生二人からすれば、いつも真面目な川大くんが遅刻なんておっちょこちょいちょいなんだからもう、と思うだけだろうが、校長先生からすればだらしない男という印象にしかならない。
失敗したなと反省して、皆に待たせたことをきちんと謝った。
校長先生は笑って許してくれた。

「楽しみだね。他の地方に行くの」

逆瀬川ちゃんは今にもスキップしそうなくらい体を揺らしてウキウキしている。
花屋敷さんも珍しく興奮している様子だ。

「ああ。それもフェアリーサークルを通って行くのだからワクワクするよ」

フェアリーサークルとは、分かりやすく言えばワープゲートだ。
妖精が二つの扉にそれぞれ謎の文字を刻印することで、阿と吽の扉が繋がり、どれだけ遠方でも扉を通って往来することが可能となる。
その謎の文字はラブライトと呼ばれている。
神秘的な輝きを淡く放つ宝石みたいな結晶が溝に薄く刻まれていて、青を基調として見る角度によって虹色に変わる。
これを傷付けることは重罪だから気を付けないといけない。
と言っても、そもそも簡単に傷付くものではなく、文字を書き換えるなど物理的に不可能らしい。

「ねえ、百日紅さんはラブライトを読めるのかな?」

実習施設の地下に並ぶ扉の前で列をなしている時、逆瀬川ちゃんが隣に並んでふときいてきた。

「読まれへんよ」

「え?」

「おま、へっ、読まれへんよって前に言うてたわ」

「急にどうしたの?」

「あはは、何でもないよ」

黙ってなさいとバッグを軽く小突く。
以前に百日紅から聞いたことがあるのだが、彼女には本当に読めないらしい。
それはさておいて、フェアリーサークルは現世と関わる妖精を通じて、役所で許可を貰うことで購入出来るのだが、個人の私的利用のために購入することはまず許されない。
また、それの利用は主に、運搬業務か他地方への往来に限られる。
このモンスタートリマー専門学校では、特別校舎の地下に幾つかフェアリーサークルを設けて実習を手伝ってくれるモンスターの往来、もしくは今日のような課外実習に利用されている。
僕が元いた世界からこちらへやって来た時に通った扉とほぼ同じデザインの扉を校長先生が解錠して押し開くと摩訶不思議。
あっという間に別地方へと繋がった。
と言っても、ふわっと、通った先が室内だからまだ実感はない。
自然の風景を描いた壁紙だけが目立って、まるで子供部屋のような印象を受けた。

「ここは遺跡都市第十二番になります」

校長先生の説明によると、巨大なクレーターの中に古代遺跡が十二個あって、その一つを借りて、ゴーレムを保護観察する人々が暮らしているという。
この部屋は他地方と繋がる玄関口だからか物は何一つ置かれていなかった。
さっそく隣の部屋へ移動すると、役所のようにデスクが並んでいて、やっぱり耳の尖ったエルフみたいな人達が事務仕事を頑張っていた。
のんびりと。
気さくに手を振ってくれる人もいたし、僕は久し振りに会釈による歓迎を受けた。
挨拶を終えて部屋を出ると、今度は廊下が続いていた。
片側は一面ガラス張りだった。
その向こうには紅葉と黄葉が彩る鮮やかな世界が広がっていた。
生徒は一同に目を奪われて立ち止まった。
先生方は僕達を笑って見守ってくれている。
僕は隙を見て、こっそりバッグのチャックを開けてやった。
百日紅は頭を半分だけ恐る恐る出して外の景色を一瞥すると、すぐに僕を見上げて分かりやすい笑顔を浮かべた。
僕は気まぐれに親指で頭を撫でてやった。

「ガラス窓の向こうに見えるのは町の風景です。ここで見ているよりも、実際に行って見る方がもっと綺麗ですよ」

校長先生の一声で、僕達は足早に歩き出した。
そしてエントランスから町中へ飛び出す。
町は箱形の建物を無造作に置いたり重ねて、それが複雑に、まるで積み木遊びのように構成されていた。
モンスターの壁画や不思議な紋様が異世界情緒に華を添えている。
道路には点々と紅葉と黄葉が並び、コントラストが美しい葉っぱの絨毯が敷かれていた。
この植物は一年を通して、この鮮やかな色を保つ。
ここ、秋地方固有の植物である。
あの臭い銀杏が落ちていないのが助かった。

「ねえ、川大くん。この甘い匂いが金木犀の香りかな」

「僕も詳しくないから分からない。だけど、本当にいい香りだな」

町中は適度に温かく、逆瀬川ちゃんが例えるような甘い匂いが漂っていた。
何となく空を見上げると、ガラスの向こうに青空があった。
あらためて景色を見渡して分かった。
僕達は巨大なドームの中にいる。
と、列が動いたので慌ててついていく。
真っ直ぐ歩いて間もなくドームの端に位置する巨大な門の前までやって来た。
そこには簡素なホームと三両編成の列車が二台あった。
そのうちの一つにワクワクしながら乗り込むと、門がスムーズに開いて涼しい風が吹き込んできた。
列車が唸りを上げて駆動する。

僕達は走り出した。
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