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六話 異世界で今度こそ青春したい
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今日もいい天気。
僕達が暮らす地方は日差しが優しく気温が和やかで外に出るのが気持ちいい。
百日紅がよく昼寝するのも、まあ分かる。
彼女に背中を押してもらってブランコしながら、僕はアレコレソレコレを思い返す。
「川大くん、次いくよー!」
「勝手に行ってこい」
「いけずなんやから、もー」
初めに世界観。
この世界は大きな親和力と神秘力によって息づいている。
自然こそ生命の親で自然科学に親しい。
頭から自然をなくして自然に対する敬愛の情が薄らぎ科学を過信する我々とは大違いである。
クリーンエネルギーが進んでいて、例えば春地方では発電菌といった微生物の有効活用が進んでいる。
微生物との関わりでより大切なのが医療。
腸内細菌を利用した微生物医療が発達していて、病気になる人が少ない。
簡単に手に入るカプセルを飲んで、免疫を得たり治療まで行う。
精神や肥満まで改善してくれる優れもの。
また、再生医療等も優れて医療技術が高いだけでなく、高性能の医薬品だって揃っている。
「シーソーしよか」
「どうやって?」
この世界の自然科学は元いた世界のテクノロジーより先に進んでいる。
脳をスキャンしてコンピュータを操作するブレインデコーディング技術や視線を読む技術は、この後に説明するリリコンに用いられている。
他にも指紋と遺伝子で個人を特定する生体認証は世界中で使われている。
家電をネットを通じて操作したり、人工知能によるサポートも充実。
ファンタジーとエスエフに挟まれた生活はギャップ酔いが酷く慣れるのに時間を要した。
「そろそろ帰ろう」
「来たばっかやん」
うちの家電をみてみよう。
まずは室内を照らしてくれる電灯。
天井に埋まっていて、四角か丸の二種あり、家にあるのは四角だ。
カバーを外してみると薄いシートが入っていた。凄い。
次、テレビ。
めっちゃ薄い有機何とかディスプレイとかいうポスターみたいなやつ。
でかいし映像が鮮明。
次、プラグとコンセントが存在しない。
よく見たら全部無線で色々と不安で怖い。
次、ドアはオートロックでドアノブに触れると鍵が開く。
次、一部の店以外のコンロは電気オンリー。
炭火焼きを食べに店に行くが植物オンリー。
「川大くん。滑り台行こう」
「一緒に滑るのは恥ずかしいから嫌だぞ」
「いいやん別に」
次、リリコン。
スマホやゲームに使うタッチペンと似た形。
電話とメールとカメラとネットといった様々な便利機能を備えた小型精密機械。
店で登録するだけで気持ちの悪い不思議体験が出来る。
電源を入れると、視界の真ん中に半透明の空中ディスプレイが出現する。
なので歩きスマホならぬ歩きリリコンなんてすれば死ぬ。
ただし、通話時には表示されない。
それにペンでずらしたり、指を使って縮めたり拡げたりも可能。
ワンタッチ認証することで一時的なスクリーンの共有も可能だ。
オマケに音声が脳内で直接鳴って気が狂いそうになる機能つき。
それとは別に、デスクリリコンという空中キーボード付きの仕事専用のものが、パソコンやタブレットの代わりに存在する。
役所等で使われているのはこれ。
次、インターネット。
主に情報収集専用という感じで、検索機能の他に公共団体や企業が情報を発信するサイトがある。
ちゃんと天気予報や占いも。
また、公的な手続きとライフポイントに関するアレコレが可能。
だが、SNSにブログやホームページ等が一切なく、人々が交流する手段がない。
元いた世界の煽り煽られ晒し晒され叩き叩かれ燃やし燃やされ脅かし脅かされ騙し騙され恨み恨まれ憎み憎まれ傷つき傷つけられ泣かし泣かされの罵詈雑言地獄を懐かしく思う。
あの瞬間、確かに僕は生きていた。
「川大くんは字が汚いね。しかもギュウギュウやし読み辛くないん?」
「人のメモを覗き見るな。というか休憩してるから黙ってて」
「何でそんな酷いこと言うん」
「はむちいと遊んでて。僕はこのままベンチで少し横になる」
「はーい」
この世界で、魚介類や植物を除いて元いた世界の生き物をまだ見つけられていない。
そういうところは律儀にファンタジーで、色鮮やかな正体不明の小鳥が今も目の前にいる。
はむちいは軽自動車くらい巨大なハムスターで、いずれトリミングすることになるモンスターだ。
あちこちの公園に住み着いているのは野生のやつだ。
が、人々に飼い慣らされている。
ライフポイントを払うと団子みたいな餌を買える自動販売機が公園にあって、誰でも自由に購入して食わせることが出来る。
最近は外出時、百日紅に星の付いたストラップをたすき掛けしている。
それにネットから金をチャージ、つまり僕のライフポイントを分け与えることで、百日紅でも星をタッチすればお買い物が出来るようになった。
ストラップは、通帳を持てない子供の財布と理解してもらえればいい。
ということで、彼女は自分のお小遣いで餌やりを楽しんでいる。
僕も初めこそ楽しく癒されたが、大人しすぎて飽きた。
子供が毛を毟り取らんばかりに引っ張ってよじ登っても頑として動かない。
まるで、でっかい柏餅か死んでる百日紅みたいだ。
夜になると好き勝手に町を歩き回るという怖い噂を聞いたが見かけたことは、幸いまだない。
「今日のーランチはーオームライースー」
「町中で歌うな。みんな見るだろう」
「いいやん。川大くんは怒ってばっかりやね」
「まずい、僕まで注目されるな。この世界で生きる以上は怒りや憎しみを、いや、清浄な精神で牙を剥き暴れ狂う闇を制御しなければならない」
「急にどうしたん?」
二日前にモンスタートリマー専門学校の新入生達のオリエンテーションがあった。
虚しくも僕達以外に新入生はいない。
今年の新入生は前年の半分だと担任の美魔女先生が落ち込んでいた。
あの日に庭園に集まっていた中年の群は先輩達だった。
大々的に宣伝する手段が乏しいから悲惨な状況になるのだろう。
潰れることはないと美魔女先生は言うが、来年は閉鎖になってもおかしくない。
美魔女先生を悲しませないためにも、僕が何とかするしかない。
「私はエッグポーチのオムライスとドリンクバーにします!」
「このエッグプラントの味噌焼き定食って何ですか?」
「白い茄子のことです」
「茄子かい」
「やめて百日紅。僕は、柚子梨葉の炭火焼きステーキセットでお願いします」
「花肉植物?」
「そう。だいぶ慣れてきたよ」
「いいことや」
オリエンテーションの意味は知らないが、要は仲良くなりましょうということだった。
校舎内と庭園を案内されたあと、薔薇のアーチのある花壇の通路を通って、四季折々色とりどりの花が咲き溢れる不思議な庭へ案内された。
奥に林と一軒の小さな屋敷があった。
校長先生がそこで暮らしていると聞いてドキドキする。
僕達は絢爛豪華な桜の木陰に腰を下ろした。
はむちいの群れが日光浴している傍らで飲み食いをしながら自己紹介を楽しんだ。
異世界人ということでチヤホヤされるとかはとても残念なことになかった。
ちなみに用意された菓子は煎餅と団子とマシュマロだった。
「楽しそうで良かったやん」
「役所の人から前に聞いたアレ、百日紅は僕が通ったドアから妖精達が暮らす秘密の花園に行けるんだろう。そっちはそっちで楽しんでこいよ」
「うん。行ってきたよ」
「何だ。もう行ってきたのか」
なるほど。
クチャクチャの妖精の羽が奇跡の復活を遂げたのはそれでだったのか。
「でも、そんな楽しいところやなかったで」
「何で?」
「妖精はお食事もお風呂もおトイレもお洗濯までいらんやろ」
「ある意味で羨ましく思うよ」
「だから、妖精のほとんどは暇して寝てんねん」
「ふーん」
「人の手伝いするために働いてる妖精もおったけど、ほとんど寝とったわ。死んでるんか思ってね、びっくりしたよ」
その通りだ。お前の寝ている異様に毎度びっくりする。
寝るなとは言えないし何も言わないでおいてやっているが、やっぱり気持ち悪いし怖い。
「秘密の花園はどんなところだった?」
「まだ話してなかったっけ?」
「何も聞いてない」
「町も自然も上から下までゴチャゴチャしとってな、目がグルグルしてきて帰りに迷子なって泣きそうなったわ。案内してくれる妖精がおらんかったら帰られへんかったかも知れん」
「そのまま向こうで暮らしても良かったんじゃないか。孤独な僕と違って、家族と暮らせるようなものだろう」
百日紅は一生に一度の怒った顔して、それに気付いて慌てた顔して、誤魔化すみたいにひきつった顔してクスリと笑った。
でも気持ちの重みに引っ張られて、すぐに表情が弛んだ。
「私がおらんかったら寂しいくせに」
いたことないけど同居する彼女みたいなこと言いやがって。
僕は決してムキにはならない。
家族がいまいと百日紅がいまいと寂しくないやい。
百日紅のジーとこちらを見つめる視線を睨み返してやった。
「なに本気にしてんの?冗談に決まってるやん」
百日紅は吹き出して、いつもの調子で無邪気にクスクス笑う。
僕はムカつくやら恥ずかしいやら複雑な思いの先で彼女に心を惹かれたりは絶対しない。
「もにくのおにくー」
と勝手な文句でステーキを一つ取られても無視して窓の外は遥か遠くに目をやった。
僕はいま恋しているのだ。
クラスメイトの愛姫紗綾香さんへ想いを紙飛行機にして飛ばす。
「私、もう二度と向こうには行かへんからね」
「何で?いつでも行ってこいよ」
「だって……目がグルグルするもん」
「あ、そう」
百日紅の幸せって何だろう。
違う。さやかさんの幸せって何だろう。
歳の離れた女の子の幸せが僕なんかに分かるだろうか。
「ねーねー」
話しかけるな。未来予想図を描けない。
百日紅は、にこにこ笑ってすっかり機嫌を取り戻したようだ。
これは長話に付き合わされることになるかも知れない。
いや、そんなことを考えては駄目だった。
女の子はお喋りが好き。熟してもなお。
だから僕は百日紅のお喋りを、聞き上手のプロになるための訓練に利用している。
「何だ」
「寂しくない?」
百日紅は頬杖をつきながら小首を傾げて呟く。
僕は話ごと彼女を吹き飛ばすつもりで大きく溜め息を吐いた。
「しつこいな。二ヶ月も過ごせば慣れてくるって」
「そっか」
「それに役所のおっさんに笑顔で、お前はもう死んでいる、なんてストレートに言われたら帰ることを諦めるしかない。まさか転移じゃなくて転生だとは思わなかった。イケメンになりたかった」
熟女のエルフに囲まれているのに元いた世界に帰るなど、あり得ないしナンセンスだ。
僕は駄目人間だが大馬鹿者ではない。
「お前も二度と行かないとかいうなら本当に行くなよ。僕が死ぬまで側にいて、その後は息子に孫にひ孫まで見守ってもらうからな」
「いいよ!喜んでやったる!」
まごキュンしやがって。
妖精は人の夢を見守る存在と云われている。
甘ったれた表情から察するに、百日紅は人に尽くすことを至福と感じているのかも。
それならば主として望みを叶えてやろう。
嫌でもこき使ってやる。
僕についてきたこと後悔するなよ妖精。
そもそも何でついてきた?
「いよいよ明日から学校やね」
「まったく楽しみだよ」
おめでたいことに既婚者が三人いたけど、まだ愛を待っている熟女がいる。
まずは逆瀬川ちゃんをスパイに従えて彼氏のありなしを慎重に聞き出さねば。
勉強はほどほどにして恋を頑張るぞ。
僕達が暮らす地方は日差しが優しく気温が和やかで外に出るのが気持ちいい。
百日紅がよく昼寝するのも、まあ分かる。
彼女に背中を押してもらってブランコしながら、僕はアレコレソレコレを思い返す。
「川大くん、次いくよー!」
「勝手に行ってこい」
「いけずなんやから、もー」
初めに世界観。
この世界は大きな親和力と神秘力によって息づいている。
自然こそ生命の親で自然科学に親しい。
頭から自然をなくして自然に対する敬愛の情が薄らぎ科学を過信する我々とは大違いである。
クリーンエネルギーが進んでいて、例えば春地方では発電菌といった微生物の有効活用が進んでいる。
微生物との関わりでより大切なのが医療。
腸内細菌を利用した微生物医療が発達していて、病気になる人が少ない。
簡単に手に入るカプセルを飲んで、免疫を得たり治療まで行う。
精神や肥満まで改善してくれる優れもの。
また、再生医療等も優れて医療技術が高いだけでなく、高性能の医薬品だって揃っている。
「シーソーしよか」
「どうやって?」
この世界の自然科学は元いた世界のテクノロジーより先に進んでいる。
脳をスキャンしてコンピュータを操作するブレインデコーディング技術や視線を読む技術は、この後に説明するリリコンに用いられている。
他にも指紋と遺伝子で個人を特定する生体認証は世界中で使われている。
家電をネットを通じて操作したり、人工知能によるサポートも充実。
ファンタジーとエスエフに挟まれた生活はギャップ酔いが酷く慣れるのに時間を要した。
「そろそろ帰ろう」
「来たばっかやん」
うちの家電をみてみよう。
まずは室内を照らしてくれる電灯。
天井に埋まっていて、四角か丸の二種あり、家にあるのは四角だ。
カバーを外してみると薄いシートが入っていた。凄い。
次、テレビ。
めっちゃ薄い有機何とかディスプレイとかいうポスターみたいなやつ。
でかいし映像が鮮明。
次、プラグとコンセントが存在しない。
よく見たら全部無線で色々と不安で怖い。
次、ドアはオートロックでドアノブに触れると鍵が開く。
次、一部の店以外のコンロは電気オンリー。
炭火焼きを食べに店に行くが植物オンリー。
「川大くん。滑り台行こう」
「一緒に滑るのは恥ずかしいから嫌だぞ」
「いいやん別に」
次、リリコン。
スマホやゲームに使うタッチペンと似た形。
電話とメールとカメラとネットといった様々な便利機能を備えた小型精密機械。
店で登録するだけで気持ちの悪い不思議体験が出来る。
電源を入れると、視界の真ん中に半透明の空中ディスプレイが出現する。
なので歩きスマホならぬ歩きリリコンなんてすれば死ぬ。
ただし、通話時には表示されない。
それにペンでずらしたり、指を使って縮めたり拡げたりも可能。
ワンタッチ認証することで一時的なスクリーンの共有も可能だ。
オマケに音声が脳内で直接鳴って気が狂いそうになる機能つき。
それとは別に、デスクリリコンという空中キーボード付きの仕事専用のものが、パソコンやタブレットの代わりに存在する。
役所等で使われているのはこれ。
次、インターネット。
主に情報収集専用という感じで、検索機能の他に公共団体や企業が情報を発信するサイトがある。
ちゃんと天気予報や占いも。
また、公的な手続きとライフポイントに関するアレコレが可能。
だが、SNSにブログやホームページ等が一切なく、人々が交流する手段がない。
元いた世界の煽り煽られ晒し晒され叩き叩かれ燃やし燃やされ脅かし脅かされ騙し騙され恨み恨まれ憎み憎まれ傷つき傷つけられ泣かし泣かされの罵詈雑言地獄を懐かしく思う。
あの瞬間、確かに僕は生きていた。
「川大くんは字が汚いね。しかもギュウギュウやし読み辛くないん?」
「人のメモを覗き見るな。というか休憩してるから黙ってて」
「何でそんな酷いこと言うん」
「はむちいと遊んでて。僕はこのままベンチで少し横になる」
「はーい」
この世界で、魚介類や植物を除いて元いた世界の生き物をまだ見つけられていない。
そういうところは律儀にファンタジーで、色鮮やかな正体不明の小鳥が今も目の前にいる。
はむちいは軽自動車くらい巨大なハムスターで、いずれトリミングすることになるモンスターだ。
あちこちの公園に住み着いているのは野生のやつだ。
が、人々に飼い慣らされている。
ライフポイントを払うと団子みたいな餌を買える自動販売機が公園にあって、誰でも自由に購入して食わせることが出来る。
最近は外出時、百日紅に星の付いたストラップをたすき掛けしている。
それにネットから金をチャージ、つまり僕のライフポイントを分け与えることで、百日紅でも星をタッチすればお買い物が出来るようになった。
ストラップは、通帳を持てない子供の財布と理解してもらえればいい。
ということで、彼女は自分のお小遣いで餌やりを楽しんでいる。
僕も初めこそ楽しく癒されたが、大人しすぎて飽きた。
子供が毛を毟り取らんばかりに引っ張ってよじ登っても頑として動かない。
まるで、でっかい柏餅か死んでる百日紅みたいだ。
夜になると好き勝手に町を歩き回るという怖い噂を聞いたが見かけたことは、幸いまだない。
「今日のーランチはーオームライースー」
「町中で歌うな。みんな見るだろう」
「いいやん。川大くんは怒ってばっかりやね」
「まずい、僕まで注目されるな。この世界で生きる以上は怒りや憎しみを、いや、清浄な精神で牙を剥き暴れ狂う闇を制御しなければならない」
「急にどうしたん?」
二日前にモンスタートリマー専門学校の新入生達のオリエンテーションがあった。
虚しくも僕達以外に新入生はいない。
今年の新入生は前年の半分だと担任の美魔女先生が落ち込んでいた。
あの日に庭園に集まっていた中年の群は先輩達だった。
大々的に宣伝する手段が乏しいから悲惨な状況になるのだろう。
潰れることはないと美魔女先生は言うが、来年は閉鎖になってもおかしくない。
美魔女先生を悲しませないためにも、僕が何とかするしかない。
「私はエッグポーチのオムライスとドリンクバーにします!」
「このエッグプラントの味噌焼き定食って何ですか?」
「白い茄子のことです」
「茄子かい」
「やめて百日紅。僕は、柚子梨葉の炭火焼きステーキセットでお願いします」
「花肉植物?」
「そう。だいぶ慣れてきたよ」
「いいことや」
オリエンテーションの意味は知らないが、要は仲良くなりましょうということだった。
校舎内と庭園を案内されたあと、薔薇のアーチのある花壇の通路を通って、四季折々色とりどりの花が咲き溢れる不思議な庭へ案内された。
奥に林と一軒の小さな屋敷があった。
校長先生がそこで暮らしていると聞いてドキドキする。
僕達は絢爛豪華な桜の木陰に腰を下ろした。
はむちいの群れが日光浴している傍らで飲み食いをしながら自己紹介を楽しんだ。
異世界人ということでチヤホヤされるとかはとても残念なことになかった。
ちなみに用意された菓子は煎餅と団子とマシュマロだった。
「楽しそうで良かったやん」
「役所の人から前に聞いたアレ、百日紅は僕が通ったドアから妖精達が暮らす秘密の花園に行けるんだろう。そっちはそっちで楽しんでこいよ」
「うん。行ってきたよ」
「何だ。もう行ってきたのか」
なるほど。
クチャクチャの妖精の羽が奇跡の復活を遂げたのはそれでだったのか。
「でも、そんな楽しいところやなかったで」
「何で?」
「妖精はお食事もお風呂もおトイレもお洗濯までいらんやろ」
「ある意味で羨ましく思うよ」
「だから、妖精のほとんどは暇して寝てんねん」
「ふーん」
「人の手伝いするために働いてる妖精もおったけど、ほとんど寝とったわ。死んでるんか思ってね、びっくりしたよ」
その通りだ。お前の寝ている異様に毎度びっくりする。
寝るなとは言えないし何も言わないでおいてやっているが、やっぱり気持ち悪いし怖い。
「秘密の花園はどんなところだった?」
「まだ話してなかったっけ?」
「何も聞いてない」
「町も自然も上から下までゴチャゴチャしとってな、目がグルグルしてきて帰りに迷子なって泣きそうなったわ。案内してくれる妖精がおらんかったら帰られへんかったかも知れん」
「そのまま向こうで暮らしても良かったんじゃないか。孤独な僕と違って、家族と暮らせるようなものだろう」
百日紅は一生に一度の怒った顔して、それに気付いて慌てた顔して、誤魔化すみたいにひきつった顔してクスリと笑った。
でも気持ちの重みに引っ張られて、すぐに表情が弛んだ。
「私がおらんかったら寂しいくせに」
いたことないけど同居する彼女みたいなこと言いやがって。
僕は決してムキにはならない。
家族がいまいと百日紅がいまいと寂しくないやい。
百日紅のジーとこちらを見つめる視線を睨み返してやった。
「なに本気にしてんの?冗談に決まってるやん」
百日紅は吹き出して、いつもの調子で無邪気にクスクス笑う。
僕はムカつくやら恥ずかしいやら複雑な思いの先で彼女に心を惹かれたりは絶対しない。
「もにくのおにくー」
と勝手な文句でステーキを一つ取られても無視して窓の外は遥か遠くに目をやった。
僕はいま恋しているのだ。
クラスメイトの愛姫紗綾香さんへ想いを紙飛行機にして飛ばす。
「私、もう二度と向こうには行かへんからね」
「何で?いつでも行ってこいよ」
「だって……目がグルグルするもん」
「あ、そう」
百日紅の幸せって何だろう。
違う。さやかさんの幸せって何だろう。
歳の離れた女の子の幸せが僕なんかに分かるだろうか。
「ねーねー」
話しかけるな。未来予想図を描けない。
百日紅は、にこにこ笑ってすっかり機嫌を取り戻したようだ。
これは長話に付き合わされることになるかも知れない。
いや、そんなことを考えては駄目だった。
女の子はお喋りが好き。熟してもなお。
だから僕は百日紅のお喋りを、聞き上手のプロになるための訓練に利用している。
「何だ」
「寂しくない?」
百日紅は頬杖をつきながら小首を傾げて呟く。
僕は話ごと彼女を吹き飛ばすつもりで大きく溜め息を吐いた。
「しつこいな。二ヶ月も過ごせば慣れてくるって」
「そっか」
「それに役所のおっさんに笑顔で、お前はもう死んでいる、なんてストレートに言われたら帰ることを諦めるしかない。まさか転移じゃなくて転生だとは思わなかった。イケメンになりたかった」
熟女のエルフに囲まれているのに元いた世界に帰るなど、あり得ないしナンセンスだ。
僕は駄目人間だが大馬鹿者ではない。
「お前も二度と行かないとかいうなら本当に行くなよ。僕が死ぬまで側にいて、その後は息子に孫にひ孫まで見守ってもらうからな」
「いいよ!喜んでやったる!」
まごキュンしやがって。
妖精は人の夢を見守る存在と云われている。
甘ったれた表情から察するに、百日紅は人に尽くすことを至福と感じているのかも。
それならば主として望みを叶えてやろう。
嫌でもこき使ってやる。
僕についてきたこと後悔するなよ妖精。
そもそも何でついてきた?
「いよいよ明日から学校やね」
「まったく楽しみだよ」
おめでたいことに既婚者が三人いたけど、まだ愛を待っている熟女がいる。
まずは逆瀬川ちゃんをスパイに従えて彼氏のありなしを慎重に聞き出さねば。
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