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ヨウジョ1000
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タマランテはヨウジョのハウスにホームステイすることになった。
瑞穂の家庭料理を学ぶ目的でそう決まった。
彼女のツンケンしていたお姫様気質は、友達と日常を過ごすことで彼女らが自分と変わりない存在であることを学び、今では随分と大人しくなった。
そうして増して仲良くなった幼女達は朝から夜まで毎日のように戯れた。
それによって起こる魅力や萌の激突は多く、物理的にありとあらゆるものが散らかって大人達は片付けに苦労させられた。
それも夏の暑さと同じにようやく落ち着いて、涼しい秋が来た。
切なさとカスタードの香りが漂うこの季節。
どこかで一人の幼女らしき影が嬉しそうに笑った。
主人公「はあ……」
相棒「秋が 儚い 季節だからって、朝から憂鬱なため息を 吐かない でくれ。なあんてな!」
主人公「つまらない」
相棒「笑ってくれるかなと思ったんだが」
主人公「気遣いだけは有り難く頂戴するよ」
メカヨウジョ「ピーマンあげるから元気だして下さい」ちょん
主人公「それはパプリカだ。食べなさい」
メカヨウジョ「むぅ……」
ミス「パプリカもダメなの。困ったね」
メカヨウジョ「いらない」よけ
相棒「好き嫌いは仕方ないけれど、食べられるものが多い方が色んな料理を食べられて楽しいと思うな」
メカヨウジョ「果たしてそうでしょうか」きっ!
ケモナ「すずりちゃんは克服しようと、昨日もモモちゃん特製ピーマンの肉詰めで特訓したわん」
メカヨウジョ「私は調理しなくとも食べられます」がぶ
相棒「えらい」ぱちぱち
主人公「ごちそうさまでした」
ミス「お残しは許しまへんで」
主人公「どうも食欲がなくて。お昼に食べます」
ミス「ホッケの一夜干しにまったく手をつけていないじゃないですか」
メカヨウジョ「味噌汁しか飲んでいません。ご飯もいっぱい残してます」
主人公「ごめん。おじさんは歳取ると調子が悪くなりやすいんだ」
ミス「上司として命令します。悩みがあるなら相談してください」
主人公「でも、プライベートと言うか、家庭の問題と言いますか」
相棒「娘さんのことだな」
主人公「……そう。毎日欠かさず電話しているんだが、電話越しでも我慢させているのが分かって辛いんだ」
相棒「お母さんは?」
主人公「キュン死にした」
相棒「あ……そうか。ごめんな」
主人公「構わない。それから僕は娘と二人で生きようと決めたんだが、紅白がぜひ預かりたいと頼んできた」
ミス「紅白が?理由は何でしょう」
主人公「幼女の遺伝子の研究です」
ミス「なるほど。それで、その後あなたは単身、こちらへやって来たんですね」
主人公「はい」
相棒「断って一緒にいれば良かったじゃないか」
主人公「仕事だと頼まれると断れなくて」
相棒「お前は馬鹿真面目だ」
主人公「もっと責めてくれ」
相棒「親失格だ!」
ミス「それは言い過ぎです」
主人公「いえ、その通りです。僕はキュン死に覚悟で側にいてやるべきだった」
相棒「そう言えば、お前はどうしてキュン死にしなかった」
主人公「娘が萌えた時、確かに夫婦揃ってトキメキした。でも、まず妻がキュン死にしたんだ。それがショックで僕は一命を取り留めた。で、紅白に連絡して現在に至る」
相棒「どうすれば良かった」
主人公「さあ、分からない」
相棒「なら、今度はどうする。そう考えるべきじゃないか」
主人公「抱き締める。そして一緒に暮らす」
相棒「よしよく言った。そうと決めたら、さっさと桜宮に戻れ」
主人公「今年いっぱいは仕事する」
相棒「あちゃー馬鹿真面目にも程がある」
主人公「自ら引き受けた仕事だ。投げ出すようなことはしない」
ミス「あなたがそう言うならそうしてください」
相棒「ちょっとミスリーダー」
ミス「現実から逃げたくないのでしょう」
主人公「はい」
相棒「まあ分かった。ただ、一つだけ言っておく。おじさんが一人で悩んで無理する姿は見苦しい」
主人公「はは、そうだな。これからはよく相談させてもらう」
相棒「実は俺は聞き上手なんだ。この相棒が引き受けた」
メカヨウジョ「私は……そうだ。新しい発明品があります。今から試験を手伝ってください」
主人公「気を遣わせてごめん」
メカヨウジョ「ううん。本当に手伝って欲しいのです」
主人公「分かった。ただし、ことほちゃんがサラダをきちんと食べ終わったらね」
メカヨウジョ「あなたがご飯をきちんと食べるならそうします」
相棒「言われたな」このこの
主人公「ミスリーダー、せっかくの手料理を冷ましてしまって申し訳ない。それでも頂いてよろしいでしょうか」
ミス「チンすることを命じます」
主人公「アニメイツ」ピッ
悪戦苦闘の末にサラダを食い散らしたメカヨウジョは、二人を外に待たせて巣に戻った。
主人公「博士の跡を継いで発明なんて本当に偉い」
相棒「ケモナちゃんと連携しているから心配もなさそうだ」
メカヨウジョ「お待たせしました」とたとた
メカヨウジョは紐をくくりつけた幼児向けの白い乗用玩具を引っ張って現れた。
主人公「押し車じゃないか」
相棒「なんだ遊んでほしかったのか。と言うか、よく作ったなこれ」
メカヨウジョ「これはネットショッピングで購入したものです。それに私がラジコンを取り付けました」
相棒「ラジコンを取り付けるのが凄い」
メカヨウジョ「はい。リモートコントローラーです」
主人公「任せた」
相棒「え!俺!」
主人公「こういうのは、あなたが得意だろう」
相棒「いやでも」
主人公「いいかな、ことほちゃん」
メカヨウジョ「分かりました。主人公はちゃんと見守っていてください」
主人公「アニメイツ!」ビシッ
メカヨウジョ「さ、遠慮なく走らせてください」よいせ
相棒「よし行くぞう」
相棒が左手親指でレバーを倒すと車はモーターを唸らせて発進した。
スピードを調整しながら、右手でハンドルを操作する。
車はぎこちない動きで田舎道を疾走する。
主人公「畑に落ちないよう気を付けろ」
相棒「分かってる。というか、これ何の役に立つ」
主人公「あやすにはもってこいじゃないか」
相棒「そういう使い方か」
主人公「あ、待て!落ち、おちおち落ちたあ!!」
相棒「やってしまった……」がくっ
メカヨウジョは車と一緒に荒涼とした畑に転がり落ちてしまった。
ケモナが平気だと腕時計を通じて二人に知らせるもショックで耳に入らない。
と、メカヨウジョの可愛らしい頭が見えた。
我に返った主人公が走り出すも、すぐに青白い顔で引き返して、相棒の横を矢のように駆け抜けて行った。
相棒「おい!主人公!」
メカヨウジョ「ガオー!」とたたた
相棒「ひゃあああごめんなさあい!」にげっ
数分の鬼ごっこを経て、無尽蔵の体力に屈したおじさんは服の裾をわしっと掴まれて捕まった。
相棒「ひい……ひい……許して」とくんとくん
メカヨウジョ「ケーキが食べたいな」きゃぴ
相棒「何……ケーキだ」どきっ
メカヨウジョ「色々です」くるくる
相棒「じゃあ今日……おでかけの帰りに買ってやろう」どきどき
メカヨウジョ「わーい!」ぴょんぴょん
相棒「もえ……」ズシャア
主人公「相変わらず容赦ない」
主人公は三㍍も離れた茂みから様子を伺いながら怯えている。
メカヨウジョはいつもと変わりなく倒れた相棒を指で突っついて遊んでいる。
メカヨウジョ「隠れてないでおいで」ちょいちょい
主人公「いや、僕はここから話そう」
メカヨウジョ「ガオー」とたとた
主人公「まったく今日はご機嫌だな」
主人公はメカヨウジョを、ひょいと抱き上げて言った。
彼女はぷらーんとぶら下がったまま足をパタパタさせて、にこやかに答える。
メカヨウジョ「この後、みんなで商店街に行く予定です。それが楽しみで仕方ないのです」
主人公「僕達もそろそろ準備しなきゃな。ケモナちゃん」
ケモナ「わんわんわん!」ととと
メカヨウジョ「お散歩中です」
主人公「今さらだけど、四つ足じゃなくて二本足で走るんだ」
メカヨウジョ「女の子ですから。犬扱いは傷付きますので気をつけてください」
主人公「ケモナちゃん!おいで!」
主人公が呼ぶと、ケモナは喜んで足元へ駆け寄ってきた。
メカヨウジョを下ろして、触れることは出来なくても頭を撫でてやる。
主人公「可愛い子だなあ……」にやにや
ケモナ「もちのわん!」しっぽふりふり
メカヨウジョ「トキメキしていますよ」
主人公「二人が可愛いから」ときとき
ケモナ「そうだ、お出かけマップできたよ。時計に送るね」
主人公「住宅街を抜けて歩道橋を渡り商店街へ。昼食を終えたら住宅街を抜けて図書館か。道中、信号のない横断歩道がいくつかあるな」
ケモナ「そこはケモナに任せてわん。過保護にならなくても平気よ」
主人公「過保護だなんて参ったな。そう言われちゃお節介は出来ない」
メカヨウジョ「みんな成長しています。安心して見守ってください」
主人公「うん。分かった」
相棒「はっ!」
主人公「起きたか」
相棒「またやられたな」
メカヨウジョ「ケーキの約束は覚えていますか」
相棒「ちゃんと覚えてる」
ケモナ「ケーキ屋さんを予定に追加だわん」
相棒「そうだった。もうこんな時間か」
メカヨウジョ「はやく準備してください。遅れちゃダメですよ」
相棒「アニメイツ!」
先に支度を終えたのは主人公だった。
道の真ん中に立って薄化粧した山を眺める。
紅葉を楽しめるまではもう少しかかりそうだ。
お菊さん「のう、そこの殿方」
主人公「ん?」
声のする方へ向く。
いつの間にか、菊の花模様があしらわれた着物の似合うおかっぱ頭のおなごがいた。
主人公は驚いてドキッとした。
主人公「どうしたの」
お菊さん「さっき、おケーキの話をしていたじゃろう」
主人公「うん。聞いてたの」
お菊さん「うむ。それから待っておった」
主人公「そう」
お菊さん「聞け、あたしゃあカスタードが大の好物じゃ。シュークリームを買うて帰れ」
主人公「君、お父さんとお母さんは?」
主人公は片膝をついて、目線を合わせる。
ビードロ玉のような瞳にはまるで万華鏡と変わらぬ魅力があった。
お菊さん「親はおらぬ」
主人公「どこにいるのかな」
お菊さん「戯言はよい。買うて帰れ、分かったね」
主人公「分かった」
主人公はなぜか断れなかった。
彼の心が勝手に了承した。
その違和感から断ろうとした時、玄関の戸が開かれる音がして視線を外した。
相棒「おまたー!」
相棒がふざけて手を振っている。
彼が階段を駆け降りるタイミングでメカヨウジョも外へ出てきた。
ハッとなって視線を戻すと、彼女はどこにもいなかった。
まるで金縛りにでもあっていたのか、やっと体が自由を取り戻した気がした。
相棒「どうした?」
主人公「さっき、ここに女の子がいた。ことほちゃん達と同じ年頃の女の子だ」
メカヨウジョ「サーチしても周囲に生命体はありません。鳥さん一匹もいません」
主人公「まるで幼女だった」
相棒「え?」
主人公「それくらい魅力的だった」
相棒「お前、変な冗談はよせ。怪談の時期は過ぎたろう」
主人公「冗談じゃない。感覚的にそうだったんだ」
相棒「現在、覚醒した幼女はこの島に五人。ヨウジョ、コスプレイヤ、ケモナ、メカヨウジョ、タマランテの五人しかいない」
相棒はわざわざ主人公の前で指折り数えた。
隣でメカヨウジョも頷く。
主人公「分かっている。きっと気のせいだ」
相棒「ところで、何か話したのか」
主人公「さっきの話を聞いていたらしく、シュークリームを買ってきてとお願いされた」
相棒「可愛いらしいお願いだが、真に受ける必要はない」
主人公「それはそれで悪い気がする」
相棒「余所の子だ」かたぽん
主人公「そうだな」
ケモナ「おかしいわん。この村は立ち入りが禁止されていて、ボーダーラインにはガードフェンスが設置されてるよ」
相棒「幼児なら忍び込むくらい容易いだろう」
主人公「それはそれで問題だ。もし迷子なら一大事だ」
相棒「確かに。ケモナちゃん、悪いけどドローンを使って周囲一体の迷子探しをしてくれ」
ケモナ「林の方を重点的に探してみるわん!」
相棒「頼んだ!」
メカヨウジョ「おでかけは中止にしましょうか」
主人公「大丈夫。ミスリーダーに連絡を入れて、こっちのことは特務員に頼む。さあ、車に乗って」
メカヨウジョ「はい」
相棒「もしもしミスリーダー、応答願います」
ミス「どうしました」
相棒「まだ出発前なんですが」
ミス「なら、直接話したらどうでしょう」
相棒「そっちゃ、そうですね」
主人公「行ってくる」
相棒「主人公が向かいました。詳しい話は彼から聞いてください」
ミス「分かりました」
五分くらいして主人公は戻った。
話は通って、すぐに調査隊が送り込まれることが決まった。
相棒「特務員て普段は普通に働いて町で待機しているんだよな」
主人公「そうだ。避難誘導を終えたら緊急で駆けつけてくれる」
相棒「商店街の人が倒れたらどうする」
主人公「代わりに、臨時で若いボランティアの方が待機するそうだ」
相棒「そうか。しかし、商店街の人は本当に頑固だよな。わざわざ支部にまで大挙して詰めかけて、それで見守らせてくれなんて」
主人公「いいことじゃないか。頼もしくて」
相棒「俺はな、お前のように痛めつけられたくないんだ」
主人公「肉屋でのデスマッチは特別だ。駄菓子屋さんの老夫婦は優しかった」
相棒「だが、情報によると鉄板焼を営む夫婦は、夫がタマランチ会長も守ったことのある元ベテランボディーガードで、奥さんが現役ボルダリング選手だ」
主人公「だからなんだ。怖がる必要はない」
相棒「何もなければいいがな」
主人公「心配しなくても何もない」
相棒「ん、今日は雲の流れが速い」
ケモナ「台風が近づいているわん」
主人公「今朝、テレビで言ってたな」
相棒「ケモナちゃん、そっちの様子はどう?」
ケモナ「ミスリーダーに行っていいって言われたからそっちに向かっているわん」
相棒「じゃあ、幼女邸で合流だ」
ケモナ「アニメイツ!」
主人公が駆るリムジンがもうじき幼女邸に到着しようという頃。
ミスリーダーが待機する支部に紅白のワゴン車が四台到着した。
ミスリーダーは車の音を聞きつけて出迎える。
そこには男女合わせて二十人ほど集まっていた。
その中でいちばん年配のおじ様が前に出て挨拶する。
永橋「梅、松、竹、桜。四班の特務員が揃いました」ビシッ
ミスリーダーは敬礼を返して皆を労う。
ミス「皆々様、お忙しいなか本日もご苦労様です。さきほど連絡して申し上げましたように、これからさっそく幼女の調査を開始します」
永橋「捜索ではなく、なぜ調査なのでしょう。何か心当たりがおありなのでしょうか」
ミス「あります。主人公の前に現れたのは恐らく国家機密幼女でしょう」
その言葉に場が騒然とする。
ミスリーダーは静かになるのを待ってから話を続ける。
ミス「これ以上は何も言えません、というより、正直に私もよく知らないのです」
永橋「それで、我々はどう致しましょう」
ミス「国家機密幼女は甘菊神社にいるとみて間違いないでしょう。松竹班は甘菊神社へ向かってください。梅桜班は私と一緒に博士を伺います」
一斉にアニメイツと声を張り上げて答える。
そこから強い使命感が感じられた。
ミス「松竹班はくれぐれも気をつけてください。国家機密幼女は人を操る術を持つようです。ターゲットを発見次第、シャッターチャンスを逃さず連続撮影、そのまま全力で逃げてください」
競り人として活躍して長い小太りの中年、昨日でめでたく満四十二歳、海神禿が市場の競りで鍛えた威勢のよい発声でおさらいする。
カムロ「幼女を盗撮して素早く逃走すればいいのですね!」
ミス「意味は合っていますが言葉使いが甚だしく間違っています。我々は我欲の悪魔とは一線を画する慈愛の天使として任務に挑んでいます。それを努々忘れぬよう、言葉と態度と信念を新たに正しく心掛けてください」
一斉にアニメイツと声を張り上げて答える。
そこから揺るぎない優しさが感じられた。
ミス「では出動!」
老いた天使達が翼を軋ませて、隊列を乱しながらゾロゾロと目的地へ向かう。
そうして二十分前後。
ミスリーダー率いる梅桜班は一軒の古民家へやって来た。
手入れが行き届いた茅葺きの屋根が美しい佇まいが特徴的で、庭には菊がいっぱいに爛々と咲き溢れていた。
ミスリーダーはその家を囲むよう隊員達を配備した。
ミス「博士!いらっしゃいますか!」
ミスリーダーが呼び掛けると、中から物音がして、間もなく博士が玄関の戸を引いて顔を出した。
博士「逃げも隠れもしない。わしは信頼第一に真面目に反省しているぞ」
博士は表情でも言葉でも不満を表して言った。
ミス「お久し振りです。まるで五十代の顔つきですね、顔色もよく、とても若々しくお見受けします」
博士「毎日毎日毎日うんざりするほど、健康的な食事を指示され、町への買い出しという運動を命じられてこうなった」
ミス「なるほど。実に健全に過ごされているようでよろしく思います」
博士「それで何用だ」
ミス「尋問に来ました」
博士「お前は性格がハッキリしている」
ミス「毎日食卓を囲んだ私達の仲でしょう。誤魔化したり遠回しに言うようなことはやめようと思いました」
博士「私達の仲……か。とりあえず上がりなさい」
ミス「お邪魔します」
博士「外にいる人達も上がらせてあげなさい。労力の無駄だ」
一行は囲炉裏を中心に輪になって落ち着いた。
博士が皆にお手製ミックスジュースを配って話が再開する。
ミス「さて、ズバリ国家機密幼女について聞かせてください」
博士「わしもよう知らん」
ミス「何か心当たりがおありのはずです。以前、博士が朝の散歩に甘菊神社へ訪れていたことを私は知っています」
博士「ほう」
ミス「一度だけ。どこへ行くのか気になりまして」
博士「その時に見たんだな」
ミス「はい。見てはいけないものを見てしまったと思ってすぐに逃げましたが」
博士「逃げて正解だったぞ。あの日、彼女はお前を追おうとした。わしが止めたがな」
ミス「気付かれていましたか。それで彼女とは」
博士「お菊さん。神と縁のある幼女の始祖だ」
その言葉に場が騒然とする。
博士は静かになるのを待ってから話を続ける。
博士「これ以上は何も言えない、というより、正直にわしもよく知らない」
ミス「それはどういうことでしょう」
博士「お菊さんは警戒心が強く人に心を許さない。言われるがままカスタードシュークリームを献上し続けても何も話してくれない。いつの時代も人は幼女に弄ばれる運命なのだ」
口々に「そんなことはない」と声を張り上げて答える。
そこから運命への強い反抗心が感じられた。
ミス「過去に紅白は義勇隊と連携して人類滅亡を阻止しました。現在は一丸となってその運命を変えようと努力しています」
スーパーのパートとして活躍して長い美魔女の主婦、最近めでたく四人目の赤子を授かった、居神花梨がセールを伝える店内放送で鍛えた威勢のよい発声で否定する。
カリン「運命だと簡単に諦めないでください!」
博士「彼女は手強い。幼術という人を操る手段を持つ。それでも敵うと思えるか」
口々に「敵うじゃなくて叶える」ことを声を張り上げて主張する。
そこから人生を省みたおじさんおばさんのそれでも希望を諦めないという熱意が感じられた。
博士「火に薪をくべるように、人は新たな夢を持つとまた燃え上がるものなのだな。わしはその熱意を待っていた」
ミス「協力して致けますか」
博士「出来ることはしよう。まずは、お菊さんについて少しばかり知る話をしよう」
古墳の多く残る広大な公園の傍らにある鎮守の杜に、ぽつんと残るお社がある。
それが甘菊神社で、もう長らく忘れられていたのだろう。
銀色の輝きを失ったいぶし瓦が剥がれ落ち、本殿は苔に覆われて大きな切り株にも見える。
そこに彼女は一人でいる。
今から十年ほど前に彼女の存在は偶然に発見された。
幼術で村ひとつを支配していた。
紅白が交渉を試み、苦しい駆け引きのなかで、シュークリームの提供と引き換えにまず大人達が解放された。
それでも、お菊さんは頑なに幼女の解放だけは断った。
ここで紅白は強硬手段に出る。
義勇隊と連携して幼女に接触、戦いの果てに一人、また一人と解放に成功した。
そして一年後、最後の一人が解放された時、シュークリームの提供もなくなった。
抵抗するかといささか心配だったが、彼女は大人しく身を引いて本殿に籠った。
それは情報を得たい紅白にとっては困ることだった。
改めてシュークリームを奉り、彼女を信心深く崇めた。
しかし無駄だった。
それ以上に得るものはなく、これがわしの知る全てだと博士は話し終えた。
お菊さん「ふん、客人かと思えばなんじゃ。シュークリームにたかる羽虫共め」
その折り、当の甘菊神社で特務員達がお菊さんの姿を探っていた。
ところが彼らは知らない。
お菊さんが人前に姿を見せることは滅多にないことを。
永橋「そもそも簡単に見つかるはずがない」
一番年配の瀬田野永橋さんは、にんじんしりしりが好物で、その評論家として有名な男だ。
卓越した味覚と饒舌を持ち、たくさんの人々に頼りにされている。
善郎「どうする永橋さん」
沙代「あたしは連絡することを提案するよ」
永橋「今したところだ。どうやら、お菊さんは神様みたいなもので、滅多に姿を見せることがないらしい」
沙代「じゃあ、どうしろってんだい」
熊吉「そうだそうだ。これじゃあ幼女の撮影は中止だ」
他の隊員達も不安から不満ばかりを口にした。
それを面白いと見たお菊さんが周囲に笑い声を響かせる。
空気を震わせて突然に聞こえた笑い声に隊員達は肩をすくめる。
風が枝葉をなぶり、恐怖を増長させた。
沙代「ひい!どうか神様お助け!」
お菊さん「都合の良い神頼みなど聞き飽きた」
沙代「神様?」
お菊さん「どうかねえ。あたしゃあそのつもりじゃが、残念、認められたことはまだない」
永橋「あなたが、お菊さんですか?」
お菊さん「ほうじゃ羽虫共。貴様らがここへ何をしにきたかはお見通しじゃよ」
永橋「羽虫?」
お菊さん「あたしのカスタードシュークリームは誰にもやらぬう!!」
善郎「そんなの知らねえ!俺達は写真の撮影に来ただけだ!」びくびく
お菊さん「ほう、写真撮影とな。知っておるよ。カメラでパシャリとするあれじゃろう」
善郎「そうですそれだけなんです」
お菊さん「なら、貴様の周りに群がるとよい。一枚くらいなら許そう」
沙代「ありがてえありがてえ」
善郎「ほら、皆さん集まって!」
永橋「私がカメラで撮ろう」
永橋が一人外れて集まるみんなをフレームの中へおさめる。
と、レンズ越しに恐ろしいものを目にした。
途端、身を強ばらせてガタガタと大袈裟に震える。
その様子を見て善郎が声を掛けるも、永橋は気にするなと言って、何とかシャッターを切った。
連続して数十枚の写真が撮られた。
直後、永橋は脱糞。
そのまま倒れ伏した。
善郎「永橋さん!糞っ!」
仲間達がすぐに駆け寄るも異臭を嗅いで輪になって離れた。
それでも善郎は永橋を優しく抱いて労る。
善郎「一体どうしたんですか永橋さん」
永橋「こ……これを見てくれ」ぷるぷる
沙代がカメラを受け取って撮影した写真を確認する。
皆が笑顔で各々にポーズを取っている中心、そこに屈んで投げキッスをするチャーミングな女の子が写っていた。
永橋「お分かり頂けただろうか」
沙代「ああ、よく分かったよ」
善郎「沙代さん、俺にも見せてくれ」
沙代「やめときな。男には刺激が強すぎる」
そう言う彼女の足元には湯気の立つ水溜まりが出来ていた。
沙代「永橋さんや、あたしみたいになるよ」
善郎「そんな……」
隊員達は連続する異常についに堪らなくなってそそくさと逃げ出した。
残された三人へお菊さんが言う。
お菊さん「可哀想にねえ。しかし、人なぞ得てしてそのようなものじゃ。いつだって我が身よ可愛い身よ」
お菊さんは言い終わりに善郎の耳へ悪戯に息を吹き掛けた。
善郎の肛門が、ゾクッとした快感に抗って、そんなの馬鹿らしいと放屁した。
善郎「ふぁ……ふぁんぴぃ……」がくがく
お菊さん「安心せい、峰打ちじゃ。あたしゃあ色仕掛けは好まぬ」
そう言うも、善郎の耳垂をふにふに弄りながら外耳を可愛いらしい声でほじくりまわすのを止めようとはしない。
お菊さん「ふふ、トキメキするかこの色惚け。貴様はこのなかでも特に若くて男前じゃから遊びがいがあるねえ」
善郎「俺はこれでも三十六歳だ。最前線で戦う彼らと同じおじさんだ。俺も彼らのように人の役に立ちたい。幼女を見守りたい。だからこんなところで萌え尽きるわけにはいかないんだ」
お菊さん「そこまで言うなら、その役目を果たさせてやろう」
善郎「え……?」
お菊さん「そやつらのもとへ帰れ。そして伝えよ。カスタードシュークリームが足りぬ、もっと寄越せと」
善郎「はい」
お菊さん「あと、おケーキも和菓子も足りぬ。とにかくどんどんスウィーツを持ってこい。あたしゃあ腹が減って仕方ない」
善郎「わかりました」
お菊さん「お前を食ってやろうかあ!!」
善郎「ひいいい!」びくん
お菊さん「さっさと行けのろま!そこの汚い二人もさっさと帰って風呂に入って休め!」
永橋「い、いこう!」にげっ
沙代「待ってー!」にげっ
三人は何度も転びながら去って行った。
お菊さん「退屈じゃ。あー退屈じゃ」
落ち葉を蹴散らして弄び、ふと思いつく。
お菊さん「ほうじゃ。そろそろ、この島でチヤホヤされる幼女達をこらしめてやろう」
お菊さんはこの島へ新たに移送された幼女達のことを知っていた。
しかし、甘物和平条約に則り手を出すような真似はしなかった。
けれど、自分よりもチヤホヤされる幼女達に腹の限界、いや我慢の限界が訪れた。
ビュンと吹く風に乗って幼女達へ迫る。
相棒「幼女達は現在、商店街前にある新幼女渡月橋を侵攻中」
説明せねばなるまい。
新幼女渡月橋とは、去年、幼女を迎えるにあたって、幼女に配慮して改築された横断歩道橋である。
階段のない螺旋状の坂で作られたバリアフリー仕様で、階段を転げ落ちる危険をも排除した優れものだ。
そもそもなぜ、老朽化で危険と撤去されゆく歩道橋が残されることになったのか語らねばなるまい。
語ることはない。
生活に必要であって、横断歩道よりも安全とわざわざ作り直したのだ。
これは今も、幼女達だけでなく、通学路として利用する子供達の味方になっている。
相棒「以上です」
主人公「誰に説明しているんだ。そもそもミスリーダーは捜索にあたってお留守だ」
相棒「口が寂しい。だってほら、幼女達はあんなにお喋りを楽しんでいる」
主人公「おじさんもお喋りすればいいじゃないか」
相棒「気持ちの悪い。まあ、今更で、話すことがないのも事実だ」
主人公「なら黙っていよう」
相棒「ええー」
ケモナ「ケモナがお話してあげよっか」
相棒「ありがとう。でも、ケモナちゃんはみんなと楽しんで」
ケモナ「はーい」
主人公「僕達もそろそろ歩道橋を上がろう」
相棒「アニメイツ」
螺旋状の坂を上がりきったところで、向こう端で幼女達が固まって内緒話をしているのを見つけた。
もう螺旋状の坂を下っていてもおかしくない頃合いに幼女達が固まって内緒話をしている。
主人公と相棒は思い当たる理由を顎髭をさすりながら探ってみた。
剃り残しがザラザラとするだけで見当がない。
互いに見合い首を傾げて気もそぞろに訝しむ。
突然、一陣の風がおじさんから幼女へ吹き抜けた。
コスプレイヤ「きゃ!」
タマランテ「すごい風ですこと」
メカヨウジョ「台風が近付いていますから」
タマランテ「台風て何ですの」
ケモナ「すっごく危ない風だわん。瑞穂の国は世界で唯一、海に囲まれた島国。だから台風が毎年起こって大変なの」
タマランテ「ふーん。それより、あのおじさん達は本当にボディーガードですの」
メカヨウジョ「まだ慣れませんか」
タマランテ「ボディーガードはもっと側にいますの。おかしくありません?」
コスプレイヤ「近くにいたらドキドキしてバタンキューだから駄目なんだよ」
ヨウジョ「面白いから見てて」
そう言って。
ヨウジョ「がおー!」とてとて
と雄叫びをあげたヨウジョが二人目掛けて歩き出す。
相棒「おい!どうする、ここでまさかの攻撃だ!」
主人公「親睦を深めた気でいたがまだまだ信頼が足りないというのか」
相棒「逃げよう」
主人公「今日からは絶対に逃げない。僕達はどんな時でも幼女と向き合わなきゃならないんだ」
相棒「お前がそう言うならわかった。一人なら、スモークピーマンで何とかなるだろう」すっ
相棒が背負っていたリュックを降ろしてピーマンに似せた秘密道具を取り出す。
以前、メカヨウジョ撃退に貢献したとっておきだ。
それを、ためらいなくヨウジョの足元へ投げる。
発見、ヨウジョは反射的に後退した。
逃がすまいと、発せられたピーマン臭の燻煙が風に乗って幼女達を包み込む。
主人公「おい、やりすぎだ!あれじゃあ視界が遮られて危ない」
相棒「しまった。こんなはずじゃあなかった」
幸いにも突風で煙はあっという間に流れ去った。
しかし、ヨウジョとメカヨウジョをすっかり怒らせてしまったようだ。
ヨウジョ「がおー!」
とたとて!
メカヨウジョ「ガオー!」
二大幼女が走って迫る。
相棒は逃げようとして無様に坂を転がった。
主人公「一人で逃げるなんて卑怯だ!」
相棒「助けて!」
主人公「助けてほしいのは僕……だ」
背後の気配を察して息を飲む。
とても振り向けなかった。
萎縮した体を二つの小さな手が掴む。
つねるような激しい痛みを両肩に感じた。
主人公「僕は悪くない!許してくれ!」
メカヨウジョ「そうですね。悪いのは、あのおじさんです」きっ!
相棒「俺を売るなんて卑怯だ!」
主人公「知るか!大人の世界は自己責任だ!果たせ!」
相棒「嫌です!」
そこへ、傷口に塩を塗るようにジワジワと新たな幼女が迫る。
相棒「タマランテちゃん……!」ドキッ
主人公「ひっ!」ドキッ
タマランテ「まあ、おもしろそうですこと!」にこにこ
これはお遊戯では決してない。
死闘だ。
その事実をまだ幼女の彼女が知るよしもない。
タマランテは、あろうことか相棒に飛び掛かった。
相棒がその頭を体を守るように、ひしと受け止めるも萌や魅力を受け止めるまでは敵わなかった。
全身を迸るトキメキに白目を剥いて息を詰まらせた。
タマランテ「やりましたの!」わーい
相棒の腹に馬乗りになって有頂天のタマランテをメカヨウジョが慌てて引き剥がす。
メカヨウジョ「駄目です!おじさんに飛びついちゃ!」
タマランテ「ご覧なさい。私がやっつけましたのよ」えへん
ヨウジョ「やりすぎは駄目だよ。見て」
ヨウジョは、頭を抱え丸くなって亀みたいに身を守る主人公を指して言う。
ヨウジョ「怖がってるでしょう」
タマランテ「怖がらせたのは、すずりですの」
ヨウジョ「でも、やりすぎは駄目なの」
タマランテ「ねえ、どうして怖いの?」
ヨウジョ「よく分かんないけど、すごくドキドキするんだって」
タマランテ「よくわかりません」真顔
主人公はコスプレイヤに優しく背中をさすられている。
それでも怯える姿を見て、タマランテはますます疑問を深めた。
タマランテ「私の料理を食べて変になったり、分からないことだらけでゴーヤゴーヤしますの」
メカヨウジョ「モヤモヤは気にしないで下さい。それより、はやく商店街に行きましょう。楽しいですよ」
タマランテ「そうですの!急ぎましてよ!」
タマランテは商店街を楽しみにしていた。
話を聞くだけで行くことが出来なかった商店街へやっと行けるのだ。
聞いた話から想像を広げるだけでワクワクして仕方なかった。
コスプレイヤ「大丈夫ですか?」
主人公「ありがとう。もう大丈夫だから、行っておいで」ときとき
幼女達は気にしながらも、おじさんを置いて侵攻を再開した。
ケモナが残って相棒に呼び掛ける。
ケモナ「わん!わんわんわん!」
主人公「起きろ!こんなところでキュン死にしていいのか!」
ケモナ「わんわんわんわん!」
相棒「っはあ……」
相棒の目がグルリと戻る。
無事に息も吹き返した。
ケモナが喜びに遠吠えする。
相棒「ことほちゃんによる厳しい訓練がなければ冷蔵庫行きだったろうな」
胸が痛むほどトキメキしているが、今までとは違い、体は軽く意識もハッキリしていた。
ケモナ「くぅーん……大丈夫?」
相棒「大丈夫だよ。さ、お行き。すぐに追い付く」
相棒は何とか体を起こそうとして、また坂を転がった。
主人公が駆けつけて支えてやる。
主人公「無理するな。休め」
相棒「大丈夫だって。こうしている間に幼女達は商店街に攻め入る」
主人公「無理したら守るものも守れない」
相棒「一人でも難しい。だろう」
主人公「まったく。困ったおじさんだ」
相棒「手を貸してくれ」
主人公「よし。行こう」がしっ
相棒「ああ」
二人は改めて準備態勢を整えて商店街入り口に駆けつける。
ムーンライトセレナーデの淑やかな音楽に傷を癒しながら、二匹のマスコットキャラクターが数人のボランティアに介抱されていた。
相棒「花を愛するハムスターのはなちぃ」
主人公「こっちは梅爺か。何がありました」
鼻毛太郎「はなちぃは、幼女達にモミクチャにされてやられました。梅爺は可愛くないと言われてこうなりました」
主人公「マスコットキャラクターなんて用意して」
相棒「商店街の飾り付けも凝っている。幼女大歓迎だ」
主人公「それで、幼女達は?」
脇毛子「現在は文房具店にいます」
ケモナ「キラキラペンに夢中だわん」
主人公「皆に確認します。商店街の人達も、あなた達もタマランテの危険行動は紅白から聞かされて周知していますね」
脛毛坊や「はて、何のことでしょう」
主人公「なに、知らないのか」
相棒「まったくこれは厄介なことになろう」
主人公「ケモナちゃん緊急伝達。チークキッスに注意せよ。繰り返す、チークキッスに注意せよ」
チークキッス。
それは頬と頬を合わせる海外特有の挨拶。
タマランテは目上の人に対して、必ずこの挨拶をするお利口さんだ。
が、一般人にとっては餅を喉に詰まらせるような危険なものだ。
最大限に危惧するべき事案であった。
ケモナ「やられたわん!」
主人公「遅かった!」
相棒「まだだ!次こそは!」
ケモナ「レジのお姉さんはどうするの」
主人公「相棒頼んだ」かたぽん
相棒「しょうがないな。任せろ」たたっ
主人公「ケモナちゃん、次の行き先は」
ケモナ「斜め向かいのキャラクターショップだわん」
主人公「この商店街の新参者だな。緊急で駆けつける」
音楽がビタースウィートサンバに変わる。
主人公がキャラクターショップへ飛び込むと、壁に覆面を被った全身タイツの男が張り付いていた。
主人公「何をやっているんですか」真顔
無駄信長「蝉怪人カブトムシ作戦だ」
主人公「なるほど。よく見たら鍬形怪人クワガタムシですね」
無駄信長「蝉怪人カブトムシだ」
主人公「で、何をやっているんですか」
無駄信長「こうしていればチークキッスされないし、そもそも気付かれないだろう」
主人公「すぐに気付きました。あの、レジはいいんでしょうか」
無駄信長「お小遣いは五百円と聞いた。何も買えまい」
主人公「じゃあ、奥で休んでいてください」
無駄信長「嫌だ」
主人公「なぜ」
無駄信長「光を見たい」
主人公「やめてください。その覆面では裸眼と同……複眼!?」
無駄信長「対策はしている。口は出すな!」
主人公「やめてください!離してください!」
無駄信長「さっさと出ていけ!この!」
主人公「乱暴はやめてください!」
ヨウジョ「何やってるの?」ひょこ
無駄信長「あらかわいい」ズシャア
主人公「いらっしゃいませ。中へどうぞ」
コスプレイヤ「何ですの。この変な人は」
主人公「気にしないで片付けるから」
コスプレイヤ「待って!蝉怪人カブトムシだよ!」きらきら
主人公「なに?」
コスプレイヤ「きゃあ!正義のマヌーケ蝉怪人カブトムシだよ!ほらほら!」
ヨウジョ「本当だ!」
無駄信長「話には聞いていたが、君は本当に魔法少女しあやそっくりだね」
コスプレイヤ「えへへ、そうですか」てれ
主人公「珍しい。彼女が人見知りしないなんて」
メカヨウジョ「目の前にいるのが正義のマヌーケ蝉怪人カブトムシだからです」
主人公「うーんそうか」
記念写真を終えると、蝉怪人カブトムシは店の奥へと弱々しく帰って行った。
しばらく冬眠するそうだ。
主人公はホッと胸を撫で下ろしてレジに立つ。
そしてそこから幼女達を観察する。
奴が用意したのであろう魔法少女マジカバカカの特設コーナーで幼女達は大いに盛り上がっていた。
ただ一人、タマランテだけが退屈そうにしている。
タマランテ「アニメは見ました。でも、興味ありませんの」
コスプレイヤ「きっと好きなマヌーケが見つかるよ」
タマランテ「マヌーケなんて変なのは好きじゃありません。魔法少女も別に……」ぴた
コスプレイヤ「どうしたの?」にやにや
タマランテ「それは……!」
コスプレイヤ「これかな?」すっ
タマランテ「それは何ですの!教えてくださいまし!」
ヨウジョ「まだ見てないお話のマヌーケだよ」
タマランテ「そんなのどうでもいいから、さあ、教えてくださいまし!」
コスプレイヤ「バナナゴーヤよ」どやあ
タマランテ「ゴーヤ!」
コスプレイヤはその存在を知っていて、あざとく伝えず、魔法少女を軽んじた彼女を逆襲に弄んだ。
これが欲しいの、とわざとらしく彼女の目前で柔らか素材のキーホルダーを揺らす。
タマランテの目は完全にゴーヤに釘付けで、動きに合わせて左右に揺れている。
タマランテ「買います!」ぱしっ
コスプレイヤ「むいてごらん」
タマランテ「え?」
コスプレイヤ「むけるのよ」ふっ
タマランテ「そんな……!」ぷるぷる
恐る恐る皮を剥いてみる。
すると、中から可愛いらしい縦線の目をしたバナナが現れた。
タマランテ「バナーナ!」きらきら
コスプレイヤ「とっても心の綺麗な人が見た目のコンプレックスに悩んで生まれたマヌーケだから見た目が苦いゴーヤで中身が甘いバナナになっているのよ」えへん
ヨウジョ「それ、気に入ったの?」
タマランテ「もち!」
タマランテは、たまらんと言わんばかりにバナナゴーヤを胸に抱きしめて体を愛らしくひねった。
それからすぐにレジへ走って、支払いはカードで行われた。
彼女にはお小遣いの制限がないらしい。
ちょっぴり金銭感覚に不安を覚えたが、ことほちゃんが言うには食材以外に滅多に物を買うことがないという。
好みのこだわりが相当強いようだ。
タマランテ「ありがとう、しあや大好き!」
コスプレイヤ「はーい」
タマランテはコスプレイヤを強引に捕らえて、何度も彼女の頬にキスをした。
彼女は少し迷惑そうにしながらも嬉しそうに微笑んでいる。
主人公もそれを見てニヤニヤした。
メカヨウジョ「私はこれを」
ヨウジョ「何だったかな」
コスプレイヤ「それは桜坂の福山ちゃんに登場する植物園で飼われている三匹の家族猫ニャホ、タマ、クロよ」
ヨウジョ「あ、それだ。ことほちゃんその猫好きなんだ」
メカヨウジョ「うん」
ケモナ「いいの?さっきのペンと合わせて残金は三十四円になっちゃうわん」
メカヨウジョ「この缶バッジがどうしても欲しいんです」
タマランテ「私がカードで払ってあげますの」
メカヨウジョ「ありがとう、でもお気持ちだけで結構です。自分で払います」
タマランテ「いい子いい子」なでなで
主人公「僕が内緒で払おう」ひそ
メカヨウジョ「いいえ。お会計をお願いします」
主人公「……わかった」
ヨウジョ「私もお金があったらなあ」
コスプレイヤ「ペンとシールで全部使っちゃったね」
ヨウジョ「帰ったらたくさんお絵描きするの」にこにこ
主人公はその様子を想像してニヤニヤした。
幼女達が立ち去ったのを確認して相棒が入店する。
相棒「次は本屋だと」
主人公「なぜ向かわない」
相棒「初めての任務でヨウジョに追い詰められたトラウマがな……」
主人公「ああ、あったらしいなそんなこと」
相棒「そんなこと、て、すごくトキメキしたんだ。本当に危なかった」
主人公「わかった、僕が行こう。もうお昼時だし、先に鉄板焼屋へ向かってくれ」
相棒「その目、腫れているのか。どうした」
主人公「複眼でグリグリされただけだ。何でもない」
相棒「ふーん。ま、お互い気をつけて行こう」かたぽん
聞こえてくるコーヒーのルンバで気持ちを奮い立たせた二人はアーケードで別れる。
主人公は本屋の入り口から中の様子を伺った。
レジに馬の面を被った人がぎっちり二十人はいた。
主人公「何でだ。この商店街の人達は一体何を考えて何がしたいんだ」
主人公は気付いた。
主人公「そうか、あれもチークキッス対策か。そしてあの不快感、ストレスで互いをトキメキから守ろうというわけだ」
着ぐるみやさっきの雑貨屋、それにきっと文房具店にボランティアの方も、商店街の人達はこの町の人達は、ちゃんと予習をしていたのだ。
トキメキが心の問題ならその対策を取ればよいのだと。
あの一匹混じるロバがきっと店主だろう。
彼を中心に守るように囲んでいるのが恐らくボランティアの方々だ。
主人公は町の絆に感動した。
主人公「がんばれ!」
ということでここは、でしゃばることなく見守ることに決めた。
ヨウジョ「がおー!」
ヨウジョが一塊の馬面に威嚇した。
一番に怯えるはずのコスプレイヤは目もくれず移動している。
ハッキリした目的があるらしい。
タマランテ「何を見ますの」
コスプレイヤ「漫画を買うの」
ケモナ「漫画が読めるなんてすごいわん!」ぱちぱち
ヨウジョが皆の元へひょこっと戻って言う。
ヨウジョ「すごいでしょう。しあやちゃんは、もう漫画が読めるんだよ」
コスプレイヤ「そんなに凄くないよ」てれ
耳を澄ませていた主人公は戦々恐々とした。
漫画は字を読む能力が当然に必要で、さらにコマを自然と追う能力も要求される。
幼児向けの漫画にはコマに数字で順番が書かれているが、彼女が手に取ったのは月刊少女漫画紙シュシュに掲載されている魔法少女マジカバカカのスピンオフ作品、学園少女しあやの単行本の最新刊。
少女漫画なので、フリガナは多少あっても順番を示す数字は一もない。
五才児にとっては非常に高度な技術が求められる。
つまり、常識的に考えてありえないことなのだ。
ヨウジョ「また一緒に読もうね」
コスプレイヤ「うん」
そのうえ、身につけた技術を惜しむことなく仲間へ伝授しているようだ。
これはまさに由々しき事態。
コマの先をストーリーを予測するように、こちらの動きを展開を予測する危険性がある。
これからの戦いが心理的に高度な次元へ移ろうとしていることを示唆していた。
幼女達が用事を済ませてこちらへやって来る。
ハッとして、慌てて表に停めてあった自転車の裏へ隠れた。
幼女達が主人公に一瞥して、何も見なかった風に去ったのを確認してから本屋へ入ると、店員達は変わらず直立していた。
大丈夫なようなのでアーケードへ戻る。
スピーカーからスィングスィングスィングというノリの良い音楽が流れ始めた。
幼女達はそれに調子を合わせるように楽しく、洋服店や音楽店、八百屋に魚屋に肉屋などを通りすがりに視線で荒らした。
店の主達は、ドレスを引きちぎったり壁に頭を叩きつけたり大根生肉生魚をかじったりして、それぞれトキメキに耐えた。
主人公はボランティアからのハンドサインを受けて、心配という心残りはあるものの、幼女達の横を走り抜けて鉄板焼屋へ急いだ。
主人公「相棒!」
商店街の途中、曲がって路地に出る。
戸口の傍らに背を預けて相棒がぐったりしているのを遠目に見つけて駆け寄った。
ボルダリングで鍛えた技術で屋根に上がり潜んでいた奥さんが急襲、何とか立ち上がる相棒を羽交い締めにしたところで元ボディーガードの亭主が現れ、格闘技でボロ雑巾を扱うが如く乱暴した。
そんな事実を傷ついた彼の姿が主人公へ物語った。
主人公「そうだろう」
相棒「違う」
主人公「なら、何があった」
相棒「ボディーガードで鍛えた筋肉で屋根に上がり潜んでいた亭主が急襲、何とか立ち上がる俺を羽交い締めにしたところで現役ボルダリング選手の奥さんが現れ、とんでもない握力でリンゴを握り潰すが如く俺の乳を乱暴した」
主人公「逆だったか」
相棒「痛い。俺が何をしたって言うんだ」しくしく
カランとベルを鳴らして戸が開き亭主が出てきた。
般若の面を被って鬼のような体格をしている。
相棒は悲鳴を上げて主人公の背に隠れた。
般若亭主「裏口から入ろうとしたから泥棒かと思ったんです。すみませんでした」
主人公「なぜ裏口から入ろうとした」
相棒「怖かったから裏口から様子を見ようと思ったんだ」
般若亭主「そうでしたか。失礼したお詫びに美味しいものをご馳走します。さあ、中へ」
相棒「鬼ヶ島に行きたくない」がしっ
主人公「大丈夫だって」
亭主が素顔を見せる。
その瞳は円らでよく煮た小豆のようだ。
般若亭主「本当にすみませんでした!」
おずおずと奥さんも出てきて、揃って深々と謝罪した。
奥さんも般若の面を被って鬼のような体格をしている。
その面の下からウォンバットのような愛嬌ある顔が出てきた。
奥さん「怒ってますよね。本当にごめんなさい」
相棒「いえ、こちらこそ裏口から様子見して失礼しました」
般若亭主「頭をお上げください。悪いのはこちらです」
相棒「いえ、俺です」
般若亭主「俺だ!」くわっ
相棒「はい。あなたです」
主人公「ふう……落ち着いたか」
相棒「ここまでされたら許すしかない」
主人公「幼女達はすぐそこだ。とりあえず中へ入ろう」
相棒「そうしよう」
それほど広くない店内には、四つ長い鉄板が並んでいた。
二人は一番奥の席に落ち着いた。
般若亭主「何でもご馳走します。全部食べますか」
相棒「全部は無理。スペシャルミックスで」
主人公「僕は、この月見焼きをください」
般若亭主「スペシャルと月見ー!」
奥さん「きえええ!」
般若亭主「すぐにお茶をお持ち致します」ぺこ
相棒「お願いします」ぺこ
遅れて幼女達が入店。
亭主は面を被り直して気迫ある笑顔で幼女達を歓迎する。
般若亭主「いらっしゃい」
ヨウジョ「ふぇ……」びくっ
コスプレイヤ「うぅ……」うるうる
主人公「店長!面を外して!怖がってます!」
亭主「いらっしゃ……」ときとき
相棒「まずい!」
相棒がリュックからサングラスを取り出して亭主の顔にかけてやる。
さすが元ボディーガードだ。
相棒「よくお似合いです」
亭主「これがトキメキか……大変ですね。いつもご苦労様です」
主人公「いえいえ」
メカヨウジョ「よいしょ」
相棒「待て。何で相席するつもりなんだ」
メカヨウジョ「火傷したらどうするんですか」
しまった。
そんな大事が抜けていた。
確かにメカヨウジョの言う通り、熱々の鉄板を前にした幼女の側には大人がいてやらなければ危険で、最適な人材となると二人しかいない。
主人公も相棒も唇を震わせて相席に耐える。
相棒の隣にメカヨウジョとヨウジョが並んだ。
主人公の隣にはコスプレイヤとタマランテが並んだ。
主人公「…………」どきどき
コスプレイヤ「あ、私着替えなきゃ」
タマランテ「何を言いますの」
コスプレイヤ「これは汚れちゃ困るから」
そう言うとコスプレイヤは魔法少女の衣装をさっと脱いだ。
その下はなんとアニメに登場する学生服だった。
タマランテ「それも汚したら困りましてよ」じとー
コスプレイヤ「これは洗えば大丈夫」
相棒「席を変わってくれ!耐え難い!」どきどき
主人公「隣はもっと直に来る。やめておけ」どきどき
主人公は写真に納めたい邪悪な心と孤独に戦っていた。
絶対にシャッターを押すまいと。
ケモナ「記念写真を撮ってあげるわん。もっと寄ってくださーい」
主人公「え!」
コスプレイヤが、警戒することもなく、ぎゅっと主人公に寄り添った。
主人公は白目をむいて笑った。
ヨウジョは向かいでドン引きする。
ケモナは構わずドローンを使ってシャッターを切った。
タマランテ「瑞穂の人はどうして、写真を撮るときにチーズと言いますの」
ヨウジョ「チーズが好きだからじゃない」
タマランテ「へえ」
ケモナ「そんなことないけど、まあいいわん。次撮るよー」
ヨウジョ「わーい!」
ケモナ「笑ってね」
ヨウジョ「いひひ!」にこっ
メカヨウジョ「あなたは平気ですよね」
メカヨウジョがそう言って相棒の顔を見上げると、すでに白目をむいて笑っていた。
メカヨウジョ「まいっか」ぎゅ
ケモナ「はいゴーヤ」かしゃ
ヨウジョ「ゴーヤ?」
ケモナ「もう、撮り直しよ」
ヨウジョ「だってゴーヤって言うんだもん」
ケモナ「チーズがいいの?」
ヨウジョ「がおー!がいい」
メカヨウジョ「分かりました」
ケモナ「じゃあ、いっせーのーせ」
がオー!
ケモナ「はい、撮れました」
主人公「最後にケモナちゃんもいれて、みんなで撮ろう。僕のミニフォンで」
ケモナ「やったわん!」しっぽぶんぶん
タマランテ「お手」すっ
ケモナ「わん!て、ケモナは犬じゃない!何回言わせるのよ!」
タマランテ「お友達でしょう。ほら握手」
ケモナ「わん!」ぽふ
タマランテ「んふふ」にこにこ
幼女達は席を立って仲良く集まった。
主人公は連続して四十枚くらい撮った。
仲睦まじいとても良い記念写真となった。
亭主「あのう」
亭主が前掛けを噛み締めながら注文を取りに来た。
幼女達は焦らした挙げ句、おまかせという厳しい試練を与えた。
亭主「幼女はおまかせー!」
奥さん「きえええ!」
亭主は奥に戻って、すぐに人数分のおしぼりと、大人二人分のお茶、幼女達にはプラスチックのコップを用意してくれた。
ドリンク飲み放題ということで、幼女達はさっそくドリンクサーバーに群がった。
その暇に、相棒がお茶を一口グビっと飲んで顔をおしぼりでガシガシと拭った。
相棒「ふうー疲れた」
主人公「まだ図書館も残っている」
相棒「お前は車をとってこい。帰りは車にしよう」
主人公「おいおい」
相棒「上陸は夜って言ってたけど、やっぱり台風の影響は気になる」
主人公「それもそうだな。雨が降っては困る、分かったそうしよう」
しばらくして、亭主が温めておいた鉄板に油を塗って、生地を薄く広げる。
ジュッという音のあとに生地の焼ける芳ばしい匂いが立ち上がって食欲をそそる。
次にキャベツをたっぷり盛った。
その上に天かす、肉や卵といったトッピングを追加して、つなぎの生地を垂らした。
これぞ西南地方発祥重焼である。
作業を一通り終えた亭主は傍らで待機した。
亭主「ひっくり返してあげるからね」
タマランテ「結構ですの」
亭主「え?」
タマランテ「私は料理のプロです。忍法コテ返しはホットケーキで訓練しましたの。もち、完璧に出来ましてよ」どやあ
忍法コテ返し。
それは瑞穂の民が長い期間を経て習得する調理技術ではなく忍法の一つである。
起金という先が扁平状の道具を二つ用いてクルリと生地を返すこの技は、お好み焼きの重量から幼児には不向きと古来より云われる。
それを海外の幼女タマランテは僅かな期間で完璧に習得したと豪語するのだった。
亭主「君たちのお好み焼きは小さいけど、やっぱり重いよ」
タマランテ「出来ます!」
主人公「亭主。ここはどうか姫様にお任せくだされ」
亭主「はは、かしこまりました」
亭主は大人しく裏へ下がった。
タマランテが満足して頷く。
ヨウジョ「モモちゃんはお姫様なの?」
タマランテ「まあ、間違いではないですの」えへん
ヨウジョ「じゃあ、お城に住んでるの?」
タマランテ「もち!」うぃんく
どこまで本当の話かは分からないが、二人のつばぜり合い火花散らす質疑応答をおじさん達は微笑ましく見守る。
そこへ残り幼女も参戦して、大合戦に発展した。
その戦場はなぜか、おじさん達の素性へと移り、二人は防戦一方の厳しい籠城戦を強いられた。
タマランテ「おじさん、五十二歳かと思いました」
相棒「なん……だと!」
主人公「ははは!」
メカヨウジョ「そんなに老けてませんよ」
相棒「だよな」
ヨウジョ「んふふ、おじいちゃんだ」くすくす
コスプレイヤ「だめだよ」くすくす
ここで相棒が話を切り捨てるように、生地を少し持ち上げ焼き加減を確認した。
相棒「そろそろ頃合いだ」
タマランテ「お任せあれ」
タマランテは目の前にあるお好み焼きを軽やかに一枚返して見せた。
その鮮やかなテクニックに対してヨウジョは拍手を放った。
そして、自分もやりたいと頼んだ。
タマランテ「これは難しいので、どうか我慢してくださいまし」
ヨウジョ「できるもん!」
タマランテ「まさか」じとー
ヨウジョ「できるもん」うるうる
ヨウジョの鮮やかなテクニックにタマランテは起金を手渡すしかなかった。
おっさん達は不幸に備えてヨウジョをガン見する。
ヨウジョ「ようし」
緊張の一瞬が訪れる。
コスプレイヤは怖くて両手で目を覆った。
メカヨウジョは口角を上げてどれほどのお手前か楽しみにする。
ケモナは彼女の両親へ送るために動画撮影を始めた。
タマランテ「あ……ああ……」
ヨウジョ「見ててね」
タマランテ「ふう……ふう……」
ヨウジョ「いくよ」
タマランテ「他が焦げちゃいますの。はやく返してくださいまし」
ヨウジョ「がおー!」ぐいっ
生地は跳ねて落ちた。
幸いにも、ヨウジョが多少の返り生地を浴びただけに被害は留まった。
ヨウジョ「がおー……」しょぼん
タマランテ「もう一度。今度は一緒に」
タマランテがヨウジョの背後へ回り、二人の手が重なる。
瞬間、魅力が迸り萌が弾けた。
すると手前の生地を残して、その他の生地が次々と跳ねた。
それからヨウジョとコスプレイヤが手前の生地を返すと同時に、空中に跳んだ生地もひっくり返って鉄板に叩きつけられた。
ヨウジョ「わ!びっくり!」
ケモナ「きゃあー!」
影響を受けて鉄板に墜ちようとする昆虫型ドローンを主人公がギリギリでキャッチする。
ケモナ「助かったわん」
主人公「あちち!」
相棒「くっ……目眩がする」
メカヨウジョ「しっかりしてください」
コスプレイヤ「今のはビックリドキドキだよね」
ヨウジョ「うん。久しぶりだね」
この現象は幼女達にビックリドキドキと説明してある。
物にも心はある。
だから、人のドキドキが伝わることがあるのだと適当に説明がされた。
タマランテ「本当にドキドキしましたの」
それは店の奥の二人にも伝わったらしい。
店の奥からマヨネーズ光線が放物線を描いて飛んでくるのを主人公は見ていた。
奥さんが床のマヨネーズを掃除する一方、亭主が缶に入れた手製の甘口ソースを運んできた。
亭主「これソース。この刷毛でヌリヌリしてね」ぷるぷる
ヨウジョ「はい」
タマランテ「しあやが塗ってくださいまし」
コスプレイヤ「私?」くびかしげ
ヨウジョ「ええー」
奥さん「こここっちは、マヨマヨマヨネーズよ」ぷるぷる
亭主「平気かあん」ぷるぷる
奥さん「なんとかあん」ぷるぷる
ヨウジョ「マヨネーズは」
タマランテ「ことほ」
ヨウジョ「ええー」
メカヨウジョ「任せてください。怪獣ガッズィーラを描いてあげます」
ヨウジョ「ほんとう!」きらきら
メカヨウジョ「モモちゃんはバナナゴーヤ、しあやちゃんには魔法少女しあやを描いてあげます」
コスプレイヤ「やった!」うきうき
相棒「二人とも支え合いながら奥に戻ったな。大丈夫か」ひそ
主人公「様子を見てくる」ひそ
主人公が様子を見に行くと、二人は床に倒れて気持ち良さそうに眠っていた。
申し訳程度に、側の棚にあったブルーシートを被せて主人公は席に戻った。
それからしばらくして、タマランテが鮮やかなコテ返しをもう一度みんなに見せつける。
そうして露になった狐色のキャンパスをコスプレイヤがソースで艶やかに染め上げ、そこにメカヨウジョが見事な真珠色のイラストを描いて、芸術的お好み焼きはやっと完成した。
ケモナ「わあ!ケモナだわん!」
メカヨウジョ「かわいいでしょう」にこにこ
主人公「ふふふ。さ、いただきますしようね」
相棒「まだだ!」
主人公「まさか……」
相棒「その予想通りだ」ふっ
ケモナ「鰹節と青海苔がないわん」
主人公「取ってくる」
フィナーレに、青海苔の舞台の上で鰹節が愉快な躍りを披露した。
幼女達はケラケラと笑って腹の前に心を満たした。
タマランテ「これが瑞穂のパンケーキ、お好み焼き」
ヨウジョ「ケーキじゃないよ」
タマランテ「それくらい知っていますの」
ヨウジョ「?」
コスプレイヤ「?」
ケモナ「パンケーキっていうのは、フライパンの上で液状の生地を焼いて出来た料理ぜんぶのことを言うわん」
相棒「へえあふっあつつ」
メカヨウジョ「ちゃんと、ふーふーしてください」
相棒「こうならないよう、みんなも気をつけなさい」
幼女達は「はーい」と一同に元気に返事した。
結束力の片鱗を見せつけられたような気がして吐き気を催した主人公は、ソシャクしたお好み焼きを茶で一気に流し込んだ。
メカヨウジョ「ふーふー。あーん」
相棒「あむ……ありがとう。でも自分で食べられる」てれ
ヨウジョ「お母さんみたい」
タマランテ「おじさんは子供みたい」
相棒「失敬な!」ぷん
メカヨウジョ「ごめんなさい」
相棒「気にするな。俺はいま嬉しい」
メカヨウジョ「うん」てれ
コスプレイヤ「モモちゃん、お味はどうですか」
タマランテ「タマランですの!」ほんわか
コスプレイヤ「良かったー」ほっ
ヨウジョ「モモちゃんにオススメして、ずっとドキドキしてたもんね」
タマランテ「そうなの」
コスプレイヤ「お口に合わなかったらどうしようかなって心配だったの。だってモモちゃんはお料理上手なんだもの」
タマランテ「愛が込められていれば、どんなお料理も美味しくってよ」うぃんく
コスプレイヤ「うん、そうだね」
いつの日か、タマランテから直々に評価されたこの店は大繁盛する。
今日、幼女達がご馳走になったオススメは「お好みの幼女」と名付けられ、この島の町の商店街の名物として人気を博し多くの人に親しまれることになる。
ヨウジョ「せーの!ご馳走でした!!」ぺこ
それはさておき、幼女達は腹を満たしてドリンクバーからジュースを絞り終えると、きちんと大きな声でお礼を店の奥に届けて、イラスト付きの手紙なんかも添えて笑顔のまま店を出た。
その時、悪戯な風が幼女達のさらふわした髪を一本一本すいて過ぎ去った。
ヨウジョ「風が気持ちいいね!」
ケモナ「台風で大変だわん」ふらふら
ヨウジョ「飛ばされないようにそれ持っててあげる」
ケモナ「わあ、ありがとう!」しっぽふりふり
コスプレイヤ「落としちゃダメだよ」
ヨウジョ「うん。わかってる」
タマランテ「あら、おじさんどちらへ行きますの」
主人公「車を取ってくる。雨が降るかも知れないからね」
ヨウジョ「わわ」ふらふら
メカヨウジョ「海が近いから風がすごいです」
主人公「相棒。転ばないように気をつけて見てあげてくれ」
相棒「アニメイツ」
ヨウジョ「だっこして」
相棒「ごめん。それは無理だ」
幼女達はじゃれ合いながら図書館へやって来た。
相棒がふと空を見上げると、どんよりした灰色の雲が海になって逆巻いていた。
館内へ入ると、幼女達は児童図書室へ真っ直ぐに駆け込んだ。
相棒「ケモナちゃん。台風はどの辺りにある」
ケモナ「わんわんわん!」
相棒「ふっ、聞こえちゃいないな」やれやれ
コスプレイヤ「図書館では、しっーだよ」
ケモナ「わん!」
それから幼女達は、声を潜めて、時折クスクスと笑いながら相棒の下手な紙芝居を楽しんだ。
読み終わりに相棒が耳を傾けると、静かな館内に風の唸りが入り込んでいるのが分かった。
主人公「おい、緊急事態だ」
と、主人公が肩を上下させて転がり込んできた。
相棒「そんなに慌ててどうした」
主人公「大勢の紅白特務員が国家機密幼女にやられた」
相棒「国家機密幼女?」
主人公は相棒の腕を掴んでその場から離れ、一呼吸置いて話を再開する。
主人公「よく分からないが、とにかく緊急事態らしい。ミスリーダーからすぐに帰って来いと連絡がきた」
相棒「ミニフォンをサイレントモードにしてたから気付かなかった」
主人公「台風も近いらしい。親御さんが避難を要請した」
相棒「分かった。現時刻より、幼女の避難を最優先任務とする」
主人公「アニメイツ」
幼女達が借りる絵本を選ぶのに二十分ほどかかったが、なんとか図書館から連れ出すことに成功した。
幼女達をリムジンに乗せて幼女邸へ急ぐ。
はずだったが、メカヨウジョの一言でケーキ屋さんに寄り道することになった。
そこは特務員の一人が店長を務めるケーキ屋さんで、好きに持って行ってくれとのことだった。
ヨウジョ「誰かいる!」
人気のないケーキ屋さんに一番に飛び込んだヨウジョが驚きの声をあげた。
まさかと相棒が恐る恐る店内を覗くと、ショーケースの上に着物が似合うおなごがいた。
彼女の魅力を直に受けた相棒の体は頭が床につくほどグンと仰け反った。
お菊さん「遅かったね。図書館は楽しかったかえ」
ヨウジョ「そんなところ登っちゃダメだよ。怒られるよ」
お菊さんはヨウジョの適切な指摘を鼻で笑い飛ばし、手に持つシュークリームをムシャリと噛み千切って美味しそうに頬張る。
それを見たヨウジョは、たいそう悔しそうに小さな拳を握った。
ヨウジョ「がおー!」
お菊さん「ぬん……!はは、これは今までにない上等の魅力じゃ」
コスプレイヤ「だれ?」
相棒「…………」
タマランテ「おじさん!ちゃんと叱ってくださいまし!」
相棒「…………」
メカヨウジョ「おじさん……?」
お菊さん「おじさんはもう、あたしの虜じゃ」
メカヨウジョ「どういうことですか」きっ
お菊さん「こい髭」
相棒「アニメイツ」ふらー
メカヨウジョ「行っちゃダメです!」ぐいー
ケモナ「大変だわん!ミスリーダーが幼女だって言っているよ!」
メカヨウジョ「あなたは、幼女、なんですか?」
お菊さんは相棒の肩にこれ見よがしに股がり、メカヨウジョを見下してペロリと舌なめずりした。
メカヨウジョ「答えなさい!」
コスプレイヤ「ことほちゃん、喧嘩は駄目だよ」おろおろ
お菊さん「そこの珍妙な娘、お名前は何と言う」
コスプレイヤ「私?魔法少女しあやです」
お菊さん「しあや、近う寄れ」ちょいちょい
コスプレイヤ「……やだ」くびふりふり
ヨウジョ「うん。行っちゃダメだよ」
お菊さん「髭」
相棒「アニメイツ」
髭はショーケースからフルーツのホールケーキを一つ取り出してコスプレイヤに差し出した。
コスプレイヤ「果物がキラキラしてる……!」ごくり
メカヨウジョ「惑わされちゃいけません。彼女はマヌーケの魔女です」
コスプレイヤ「え!そうなの!」
お菊さん「小賢しい娘じゃ……ありゃ」
メカヨウジョ「何ですか」
お菊さん「人間じゃない!」びっくり
メカヨウジョ「よく分かりましたね。私はロボットです」
お菊さん「魂は見えぬ。しかし、キラキラした魅力が確かにある。もしや機械の幼女なのか」
メカヨウジョ「そうです。私は機械幼女です」
お菊さん「ほお……幼女時代も変わったね」
ヨウジョ「あー!食べちゃった!」
コスプレイヤは、あろうことか、床に直にお座りして、大切な衣装にクリームがついていることも気にせず夢見心地でホールケーキを貪っている。
コスプレイヤ「しあやせー」ぽわわーん
お菊さん「その魅力、あたしが頂いた」
ケモナ「わんわん!さっきから何をしているわん!」
お菊さん「犬……犬の幼女じゃと!ええい次から次へと幼女奇天烈な!」
お菊さんは袖のたもとから毬を一つ取り出して、それをケモナに、えいと上品に投げた。
ところが、ケモナは立体映像で実体がないので、毬は彼女をすり抜けてガラス窓に当たって落ちた。
ケモナは千切れんばかりに尻尾を振って、毬を必死に拾おうと四苦八苦する。
お菊さん「テレビか、こやつはテレビなのか」
メカヨウジョ「答えません」ぷい
お菊さん「ん……カラクリはあれか」にやり
メカヨウジョ「しまった!」
お菊さん「髭」
相棒「そいや!」
渾身の髭パンチが昆虫型ドローンを打ち砕く。
美しい四枚の羽根を散らして、小さな昆虫型ドローンは地面に落ちた。
ケモナ「くぅーん……」くたー
メカヨウジョ「ケモナ!」
メカヨウジョがドローンを拾って胸に抱き締める。
ケモナの姿は掠れてもう消えそうだった。
ケモナ「ごめんね、先に戻っているわん。あとは任せたよ」
メカヨウジョ「ケモナ……!」
ケモナ「ケモナもケーキが食べたかった……わん」ぱたり
メカヨウジョ「ケモナー!」
ケモナは想いを託して消滅した。
メカヨウジョの中で、本気の怒りが燃え上がる。
メカヨウジョ「ガオー!!」
雄叫びを上げたその口に、髭がすかさずモンブランをぶち込む。
メカヨウジョ「はむ……!」
お菊さん「その魅力も頂いた」
メカヨウジョは口から溢さないよう手で抑えて、素早くモンブランを平らげた。
メカヨウジョ「おいしい!」きらきら
お菊さん「ごちそうさん」
メカヨウジョ「でも、こんなものに私は惑わされません。ケモナの仇を」
お菊さん「おかわりにティラミスはどうじゃ」
メカヨウジョ「ティ……ラミス……?」
お菊さん「ほれ、食うがよい」
メカヨウジョ「頂き」
主人公「ダメだ!」
メカヨウジョ「まふ!」
車で待機していた主人公がヨウジョに呼ばれて駆けつけるも間に合わず、メカヨウジョはティラミスを頬張ってしまった。
彼女もまた夢見心地になって、次に用意された苺のホールケーキを口周りが汚れるのも気にせず貪った。
タマランテ「さっきから何をやっていますの」
タマランテが隅に置かれた長椅子に座って、呆れた顔して言った。
さらに馬鹿らしいと言わんばかりに大袈裟にため息を吐いた。
お菊さん「娘、お名前は?」いら
タマランテ「べー」
お菊さん「なんじゃなんじゃその態度は!」ぷんすか
お菊さんは怒って、相棒の頭を何度も何度も平手打ちした。
相棒は心なしか口をへの字にして悲しそうな表情だ。
主人公「はっ!意志があるのか」
お菊さん「娘、態度が悪いよ」
タマランテ「あなたに言われたくありませんの」ぷい
お菊さん「ふっ、まあよい。あたしゃあ優しい。許してやろう」
タマランテは素っ気ない返事をしてアクビをした。
お菊さん「ほれ、仲直りにおケーキを食べよう」
タマランテ「いりません」
お菊さん「なに?」
タマランテ「食べたい時に自分で作りますの」
お菊さん「くくく!自分で作るじゃと?そのこまい体で?このあたしが作れなかったおケーキを?」
主人公「嘘じゃない。彼女はタマランチ会長という世界一と言っても過言ではない料理人の娘なんだ」
お菊さん「おい、なぜ目を逸らして言う。嘘言うておろう」じとー
主人公「違う、君があまりに魅力的だから見れないんだ。この子に匹敵するほど素敵だ」
ヨウジョ「ん?」くびかしげ
主人公はガラス越しにお菊さんと向き合う。
主人公「君はもしかして、あの時シュークリームをお願いした子かな」
お菊さん「ほうじゃ」
主人公「そうか。シュークリームを食べたなら、もう満足したろう。お家に帰ろう」
お菊さん「おいモミアゲ」
主人公「モミアゲ!?」
お菊さん「勘違いしておらぬか?あたしゃあ見た目は幼女じゃが頭脳は大人じゃ」
タマランテ「婆さんですの」
お菊さん「婆さんではない」
タマランテ「ふん、どうでしょう」
ヨウジョ「しゃべり方がおばあちゃんだよね」
タマランテ「ねー」
お菊さん「やめえ傷つく」
主人公「ねえ、さっきの頭脳は大人ってどういうこと?」
お菊さん「あたしゃあずっと昔の幼女。現在は神様といったところかねえ」
主人公「は……?」
お菊さん「よーく見ておれ」
お菊さんは言って、ふわーと浮いて天井をタッチしてみせた。
タマランテ「まあ、すごいマジックですの!」
ヨウジョ「ふぇ……おばけ……」
お菊さん「オバケでもオババでもない。あたしゃあ神様じゃ!」どやっ
主人公「そんなこと信じられるはずがない!」
お菊さん「大人のそういうところ嫌い」ぷい
主人公「ごめん。信じるよ」
お菊さん「そういうところも嫌い」ぷい
主人公「く……手強い!」
ヨウジョ「ねえねえ」
ヨウジョが主人公のズボンをつまんできく。
ヨウジョ「私もケーキ食べていい?」
先程から、ヨウジョは勝手に食べることなくしっかり我慢している。
さすがだと褒めてケーキを食べさせてやりたいが、今、和んでいる時間はない。
主人公「もうちょっと待ってね」
ヨウジョ「うん」
主人公「偉い。お利口さんだ」
ヨウジョ「えへへ」
主人公「君……あなたの名前を聞かせてください」
お菊さん「花野菊代。お菊さんと呼びたまえ」
主人公「では、お菊さん。あなたの目的は何ですか」
お菊さん「ん、暇潰しの戯れじゃ」
主人公「こんな酷いことが戯れだって」
お菊さん「安心せい。ちゃーんと解放してやる」
お菊さんは頭脳は大人だと言った。
しかし、彼女の戯れは幼女のワガママだ。
ただそれが、わざとなのか、生まれつきの性格なのかは判断出来ない。
お菊さん「たーだーし条件があーる」
主人公「条件?」
お菊さん「明日、カスタードたっぷりシュークリームを三十個用意せい」
主人公「それは難しい。台風が近づいていて、作る材料も時間もない」
お菊さん「台風が過ぎて作ればよい。おやつ時までは待つ」
主人公「……分かった。ここの店主に相談してみよう」
お菊さん「ダメじゃダメじゃ。この店のスウィーツはカスタードが足りぬ」
主人公「カスタードが好きなのか」
お菊さん「はふぅ……どれだけの時を費やしても、どれだけの人を使いに出しても、この町でカスタードたっぷりなのはタイヤキだけじゃ」
主人公「それじゃあダメなのか」
お菊さん「当たり前じゃ!シュークリームの生地に包まれてこそカスタードはより美味しい!あと生クリームは邪魔じゃ!」
主人公「どっちもわからない。何であれ美味しいじゃないか」
お菊さん「分かれアホバカマヌケ!シュークリーム生地は甘過ぎずサクフワの食感も良い。生クリームは甘ったるくて乳臭くて気持ち悪くてどうも好かん、それにカスタードと一緒も合わん。カスタードはカスタード。つまりシュークリームにこそカスタードなのじゃ!」
主人公「ごめん。滅茶苦茶で余計にわからない」
タマランテ「ようく分かってよ」
主人公「え?」
タマランテ「生クリームやホイップクリームが苦手という人はたくさんいますの。それは乳脂肪が多いせいですの」
お菊さん「ほお、そういうことじゃったか」
タマランテ「カスタードクリームは、バニラを加わえることが多いから香り高くて人気ですの」
お菊さん「うんうん。あの香りが良いのじゃ」
タマランテ「仕方ないですの。この私が世界一のカスタードシュークリームを作って差し上げてよ!」
お菊さん「美味しくなければ祟るよ」
タマランテ「祟るって何ですの」
お菊さん「呪ってやる、ということじゃ」
ヨウジョ「やっぱりオバケ……」
お菊さん「オバケでもオババでもない!」
タマランテ「まあまあ、とにかく任せて下さいまし」
ヨウジョ「私もお手伝いする!」
お菊さん「よい、まとめてかかってこい」
約束は決まった。
相棒がお菊さんの柔らかな太ももから解放された。
主人公「意識はあるか」
相棒「大丈夫だ」
主人公「立てるか」
相棒「俺のことはいい。先に行け」
主人公「何を言うんだ」
相棒「胸がドキドキして動けない。この気持ちが落ち着くまでは時間がかかりそうだ」
お菊さん「立てば美しい、座れば美しい、歩けば美しい。このお菊さんの、ろうたける魅力にすっかり惚れるのは仕方ないことじゃ。皆がそうじゃった。恥じることはない」
相棒「恥じるつもりはない。いつだって胸を張って言ってやる。俺は幼女を心から愛している」
お菊さん「えー……」
主人公「よく言った」かたぽん
お菊さん「ええー……」
相棒「さあグズグズするな。はやく行け」
主人公は紙の箱を組み立て、食べる人の気持ちを考えて一種類ずつケーキを詰め込む。
味が重ならないよう細心の注意を払った。
それでも苺ケーキだけはホールで一つ用意した。
これは幼女の両親へのお土産物になる。
幼女「ねーねーケーキ食べていい?」
もう我慢ならないと頼む口にエッグタルトをくわえさせ、両手にもエッグタルトを持たせた。
そうしてヨウジョの動きを完封したところでタマランテに袋を持たせる。
右手にショートケーキ類、左手にホールケーキが入っている。
幼女である彼女にとってかなりの負担となるが、この状況ではやむを得ない。
主人公「いけるか?」
タマランテ「平気でしてよ!」
主人公はホールケーキを半分も貪ったコスプレイヤからそれを取り上げて右腕に抱えた。
メカヨウジョも同じようにして左腕に抱える。
そして入り口に立って、最後にもう一度振り向いて相棒を見遣る。
お菊さんはもういない、相棒が一人、定員よろしくショーケースの向こうで笑っていた。
相棒「後でまた会おう」
主人公「必ず追い付いてこい」
主人公はリムジンの扉をタマランテに開けてもらうと、幼女達を座席に置いてシートベルトを締めてやった。
そうして輸送の準備を整えたら運転席に移動して自身もシートベルトをしっかり締めた。
後ろ髪を引かれるような躊躇いはある。
それでもリムジンを走らせた。
ミス「いよいよ台風が来ましたね」
その夜。
主人公は博士の暮らす屋敷にいた。
明日の決戦に備えて、仲間達とここで一夜を過ごす。
主人公「しかし、この家は快適ですね」
博士「囲炉裏の煙と土壁が湿気を吸収してくれるからだ。それに加えて障子には断熱性がある」
博士が大きな土鍋を持って居間に戻ってきた。
それを囲炉裏の上にかける。
グツグツと煮立つ音とほのかな醤油の香りが部屋いっぱいに満ちた。
主人公「瑞穂の風習に詳しいですね。この山菜たっぷりのキノコ鍋も美味しそうだ」
博士「昔、この国の大学で教鞭を執ることになって色々と調べたことがある」
主人公「なんと大学の教授までされていましたか」
博士「少しの間だがな」
相棒「よお、みんな元気そうじゃないか」
主人公「相棒!」
相棒「外はどしゃ降りで大変だ」
ミス「あまり濡れていないようですね」
相棒「ケーキ屋の店主に送ってもらいましたから」
主人公「助かったな。それよりも無事で何よりだ」
相棒は主人公の隣に腰を落として愚痴を言う。
相棒「あー事後処理が大変だった。食べ残しのケーキを食べたり、散らかったものや汚れたものを片付けたり、店主に頭を下げたりな」
博士「お疲れさん。冷蔵庫にビールがあるぞ」
相棒「お久しぶりです博士。遠慮なく頂きまーす」
博士「ああ、全部飲め」
ミス「ちょっと博士」
相棒「いやっふう!」
相棒はさっそく台所に移動して冷蔵庫を大きく開く。
そこにはプリン体も㌍も零のノンアルコールビールがたくさん並んでいた。
相棒「いやあ!ノンアルコールじゃないですかあ!!」
相棒の嘆きを博士は聞こえないふりをして主人公を見る。
博士「ところで、お菊さんは手強かっただろう」
主人公「はい。とても」
ミス「私もケモナが送ってくれた映像で見ました。脊髄反射的に体が跳ねました」
主人公「そうだミスリーダー。そちらでは一体何がありました」
ミス「その話、今日のまとめは食事をしながらにしましょう」
主人公「分かりました。博士、ご飯は炊けていますか」
博士「米もうどんもない。今夜はオカラ入りつくねと豆腐で腹を満たしなさい」
主人公「それは構いませんが健康的ですね」
博士「巻き込んで悪いが、長くこき使うためだけに、わしは健康的な食事を強いられているんだ」
主人公「紅白がそんなことを!」
博士「違う。お菊さんだ」
ミス「まさか博士も彼女の虜に?」
博士「ふ、それは心配ない。それより食べよう」
主人公「はい。いただきます」
博士お手製の鍋はミスリーダーの料理に負けないくらい美味だった。
キノコの出汁と鶏の旨味が凝縮された汁が何度もおかわりを誘う。
また、熱々の豆腐は香り高い柚子豆腐で後味をさっぱりさせてくれた。
ミス「正午、お菊さんが住まう甘菊神社に紅白特務員二班が調査に向かったのですが、あっさり全滅に追いやられました」
ミスリーダーは言い終わりに懐から一枚の写真を取り出して、裏返したまま、畳の上を滑らせて主人公に押しやった。
主人公「これは?」
ミス「その時に撮られた集合写真です。ただし、本来は写るはずのないものが写っています」
主人公「お菊さん……」ごくり
ミス「見る覚悟はありますか」
主人公「見なきゃ、これに耐えられなきゃ明日は完敗でしょう」
ミス「よく言いました。あなたも一緒に、この写真を使って訓練してください」
相棒「勘弁してください。疲れているんです」
ミス「これは命令です」
相棒「……アニメイツ」
主人公「ところで、幼女達の様子はどうでしょう」
ミス「満腹に多少の吐き気がありますが平気とのことです。また、ことほちゃんも順調に快復しているそうです」
主人公「良かった……」ほっ
博士「ことほもケモナも、お菊さんにやられたか」
主人公「すみません。僕らがついていながら」
博士「いや、わしにも何か責任があろう。ともかく何があった」
主人公「ケモナちゃんは操られた相棒の髭パンチにドローンを破壊され、ことほちゃんはケーキを食べてコロリです」
博士「ことほはヨウジョに似せて好奇心が強いようにした。それが仇となったのだろう」
主人公「好奇心も食欲も確かに旺盛でした」
博士「なるほど……分かったぞ」
主人公「何がでしょう」
博士「幼術のカラクリだ」
主人公「本当ですか!」
博士「ああ、恐らくだ。お菊さんは相手の心に隙をつくって虜にするのだ。大人達は魅力に、子供達はケーキによって心に隙が出来た。どうだろう」
主人公「それなら納得がいきます」
相棒「俺もそうなんだろうな。魅力にクラっとして、太ももに挟まれて、ちょっといい匂いがしたと思ったらもう夢心地だった」
主人公「逃げる時間もなかったか」
相棒「いわゆる一目惚れだった。明日、お前も気を付けろ」
主人公「うん、気を付ける」
博士「お菊さんはスイーツ以外に椿油の洗髪剤と石鹸を要求している。その成分によるハリと香りがお前にトドメを刺したのだろう」
相棒「思い返してゾクッとする」
ミス「どうしましょう」
相棒「え?」
ミス「あなた達の着替えとシャンプー等を一通り持ってきました。が、今回新しく買ってみたのが椿油のシャンプーなんです」
相棒「そんな……」
主人公「むしろ好機だ」
相棒「なぜそうなる」
主人公「匂いに慣れてしまえば怖いもの知らずだ」にやり
相棒「そうか……!」
ミス「ということは、写真にシャンプー。魅力の対策はこれでバッチリですね」
主人公「運が向いてきた!」
相棒「おい鍋を見ろ。茶柱ならぬエノキ柱が立っている!」
主人公「これは縁起がいい。やる気が増してきた」
相棒「お菊さんの写真を見せてくれ。今なら何だかいけそうな気がする」
主人公「どうだ」すっ
相棒「やっぱり……素敵だと思います!」どきどき
主人公「そんなにか。キツかろう」
ミス「しかし、直視しても糞尿を漏らすことも、体のケイレンも見受けられません。やはり紅白特務員よりもあなた達は特別のようです」
主人公「本当に素敵だ……」ぽー
相棒「まずはチラ見程度にしておけ。俺と違って接触もしていないんだから、刺激が強くて耐え難いだろう」
主人公「そうする。写真はここに表にして置いて、箸休めにチラ見しよう」
ミス「食事中にも訓練とは気合い十分ですね」
相棒「今度は負けられませんから」
主人公「ちょっと待て。僕達はお菊さんに勝つつもりでいるが、何を勝利とする」
相棒「そりゃ、ごめんなさいを言わせることだ」
主人公「その前に。お菊さんは、どうしてこんなことをするのか、一度、よく考えてみるべきじゃないか」
ミス「主人公に賛成です。彼女も幼女なら、幼女の気持ちを汲み取って考えて然るべきです。そして何より、人として相手を思い遣る慈愛の精神を忘れてはなりません」
相棒「何も知らずに一方的にごめんなさいを言わせる。それはよく考えてみれば酷い話だ。俺、やっぱり馬鹿だな」
主人公「何も自分を責めることはない」
ミス「そうです。悔やむなら、あなたが幼女と対等の立場になって親身に話を聞いてあげてください」
相棒「アニメイ……彼女は幼女なんでしょうか」
ミス「もちろん。魅力がそれを証明しています」
相棒「けど、お菊さんはずっと昔から生きています。それは永遠のロリであり幼女と言えますが、彼女は頭脳は大人、つまり私は大人だとはっきり言いました。それならばロリババアということになります」
ミス「ババアは良くないです」むすっ
相棒「じゃあミスリーダーと同じにミスロリでどうでしょう」
ミス「それならよろしいでしょう」
主人公「で、どっちだ」
相棒「分からん。難問だ」
博士「答えは永遠の幼女だろう」
ミス「なぜです」
博士「お菊さんは神様になるために努力している。人前で、高貴で堂々たる振る舞いをするのは当然だ」
主人公「幼女でファイナルアンサー」
相棒「分かった、明日のネゴシエーションは俺に任せてくれ。彼女の秘密を解き明かして見せる」
主人公「頼んだ」かたぽん
相棒「アニメイツ」
ミス「あのう、博士」
博士「ん?」
ミス「ケモナちゃんのドローンはどうしましょう」
博士「持ってこい、わしが直そう。ケモナには、当分はお前達の時計やことほを媒介に自身を投影するよう伝えてくれ」
ミス「直接お話にはならないのですか」
博士「まだ、その時ではない」
ミス「ことほちゃんは毎晩のように博士の写真を見ていますよ。きっとケモナちゃんだって」
博士「ことほは本当に可愛い。魅力に耐えるために嫌う努力をしたほどだ」
ミス「それで、ヨウジョに似せたメカヨウジョを作っても平気だったんですね」
博士「しかし嫌いになれるはずもなかった。今も二人に会いたいと胸が疼くよ」
ミス「一度くらい会ってはどうでしょう」
博士「ことほも分かっているはずだ。今会っては何も良いことはないと、お互いに成長して会うべきだと」
相棒「なるほど、それで研究熱心なのか。単にヨウジョへの対抗心からくるものだと思っていた」
博士「熱心に研究をしているのなら、修理はことほに任せよう」
主人公「彼女はロボットとは言えまだ幼女です」
博士「やれるさ。それが、ことほだけの魅力なんだ」
相棒「博士……俺にはよく分かります!」
博士「ケモナは、素直で頑張りやさんだ。それも分かるか」
主人公「分かりますとも!」
ミス「二人とも愛嬌があって、とてもいい子で助かっています!」
博士「そうか。良かった」にこっ
主人公「博士が笑った……!」
博士「少し話しすぎたようだ。わしは寡黙な男だから話はこれまでにして、食事に集中させてもらう」
相棒「照れ屋さんなんだから」
博士「もう一度わしと敵対するか」すっ
相棒「火箸を人に向けないで下さい。本気で危ないです。ごめんなさい」
博士「ふん」
と、台風なんて笑い飛ばすほど楽しい夜だった。
主人公と相棒は暴風に少し怯えながらも、一日の疲れをしっかり癒すことが出来た。
これはミスリーダーの心ばかりの計らいのおかげもある。
燐に硫黄が多く含まれ疲労回復に効果があるとされる桜の花粉、それを贅沢に使った香り高い入浴剤を用意してくれたのだ。
入浴後、温かな布団の中で微睡むうちに台風は過ぎ去っていく。
静かになって、主人公は娘の夢を見た。
眠る前に電話で語った未来が物語となって主人公を深みに誘う。
やがて行き着いた幸せの底で、主人公はまた家族を失った。
主人公「……っ!」
ミス「大丈夫ですか。随分うなされていましたよ」
彼女も寝起きだろう。
すっぴんのミスリーダーが襖の隙間から主人公の顔を除き込んで言った。
主人公「おはようございます。平気です」
ミス「それならいいのですが」
主人公「今、何時でしょう」
ミス「もう九時になります」
主人公「グッスリですね」
ミス「博士だけが早くに起きています。私としたことが、ケモナちゃんがいつも起こしてくれるので気を抜いてしまいました」
主人公「まあ、いいんじゃないですか。たまの寝坊も」
ミス「そういうことにしてもいいですか」
主人公「はい。ここの誰も否定しません」
ミス「じゃあ、もう少し寝ようかな」ころん
主人公「博士は?」
ミス「日課の散歩でしょう」
主人公は肌寒さを感じて、上着を羽織ってから外に出た。
季節はすっかり秋。
太陽があっても風が冷たい。
腕を擦りながら庭の方へチマチマと歩く。
主人公「博士。おはようございます」
博士「おはよう」
主人公「何をされているんですか」
博士「庭の菊が全滅した。それの片付けと、飛んできた枝葉の掃除だ」
主人公「手伝います」
博士「気を遣わなくていい。二度寝してもわしは構わないぞ」
主人公「だらしなく寝坊して本当にすみません」
博士「だから気にするな。これは、わしの償いの一つなんだ。そして、お前にはお前の仕事があるように、これがわしの仕事だ」
主人公「じゃあせめて、博士がまとめたのをゴミ袋に詰める作業だけ手伝わせてください」
博士「うむ。それくらいならお願いしよう」
作業が一段落する頃、屋敷からいい匂いが漂ってきた。
ミスリーダーが食事の用意を終えたと、くたびれた寝巻き姿の相棒が無精髭をさすりながら伝える。
主人公は返事をして、ゴミ袋を玄関に一纏めにする。
それから居間に上がると、土鍋いっぱいの茶碗蒸しが主人公を待っていた。
主人公「やっぱり健康的だ」
相棒「まあ、食べやすくて助かる」
博士が居間に落ち着いて、みんなで食事する。
しばらくして、博士が相棒に真剣な眼差しを向けた。
博士「お前に任せたいことがある」
相棒「何ですか。藪から幼女に」
博士「お菊さんのことだ」
相棒「それなら昨日話したじゃないですか」
博士「心配事がある」
相棒「心配事?」
博士「庭の菊が全滅した。きっと、お菊さんが大切にしている境内の花野も同じ被害に遭っていることだろう」
相棒「それは心が痛みます」
博士「もしかしたら泣いているかも知れない」
相棒「あのお菊さんが?」
博士「ああ、しかしだ。お前達を見れば気丈に振る舞うだろう。どうか優しく慰めてやってくれ」
相棒「博士、お菊さんのことを大切に思っているんですね」
博士「わしは昔に、紅白に任されて彼女から幼女のことを聞き出そうとした。敬い崇め奉り、こき使われることも良しとした。それは間違いだった」
相棒「なぜ、そう言い切りますか」
博士「わしは一方的に彼女を求めていた。世界を救うという目的で、幼女の気持ちを蔑ろにしてまで」
相棒「博士はそんな人じゃない」
博士「ありがとう。でも、仕事人のわしはそうなのだ」
相棒「そもそも紅白が幼女の気持ちを蔑ろにするってのが可笑しな話です」
博士「ミスリーダー」
ミス「現在の慈愛を使命とする紅白が出来たのは、ほんの数年ほど前のことです」
主人公「どういうことだ?」
相棒「な、紅白は二十年も前にあったはずだ」
ミス「組織自体はありましたが、その目的、使命は世界を救うこと。それが最優先でした」
博士「それだけ、幼女時代の始めは滅びゆく世界の救済が急務だったのだ」
ミス「その一方で幼女の保護活動にあたったのが、民間人によって自発的に組織された義勇隊でした。私はそこに所属していました」
主人公「それが数年前に一つになったんですね」
ミス「そうです。私がこの地でお菊さんの指揮する、健やか幼女組との戦いで勝利したのをきっかけにそうなりました。お菊さんの存在を認めたのはつい最近のことですが」
相棒「え……ミスリーダーめっちゃ凄い人じゃん」
主人公「ああ、驚くばかりだ」
博士「とにかくそういう理由があって、幼女の気持ちを蔑ろにした。いや、一つになって慈愛を使命とする今もだ」
相棒「博士の本当の気持ちを必ず伝えます。庭の菊も、彼女の為に植えたものでしょう」
博士「よく分かったな。たまに遊びに来るまでには仲良くなれた、そのほんの気持ちでな」
相棒「遊びに……か」
主人公「やっぱり寂しいんじゃないか。ほら、さっきのミスリーダーの話でもたくさんの幼女達を支配下に置いていたみたいだし」
ミス「支配ではないでしょう。この村を占拠して、食事やお風呂に遊びだけじゃなく、礼儀作法まできちんとお世話していましたから。今思えば、保護下に置いていたのかも知れません」
博士「それなら、大人を自分勝手なご都合主義の生き物と思っている可能性がある。一方では正しいが、一方では間違った考えだ」
相棒「なおさら、今度こそ、きちんと想いを伝えましょう」
博士「玄関に、綺麗に残った菊でこしらえた花束がある。それを届けてくれ。そして、わしの任を継いでください」
相棒「幼女の情報を聞き出すことですね。急にかしこまらないでください」
博士「任を押し付けるようなものだ。すまない、迷惑だろう」
相棒は断るように頭を横に振って言う。
相棒「博士はお菊さんと、彼女が遊びに来るまでの仲になったと言いました。真心を込めた花束は俺達にとって大事な絆になるでしょう」
博士「そうなれば何よりだ」
相棒「道があれば希望は叶います。博士と同じ夢を見る者として、謹んで承りましょう」
博士「信じて頼む」
相棒「アニメイツ!」
ミス「ふふ、やっと頼もしくなりましたね」
相棒「まだまだ若輩者です。実はかなりビビってます」
ミス「そうは見えませんけど」
主人公「銀杏を残している!それか!」
相棒「何でだ。もっとよく見ろ」
ミス「口周りが汚れている。つまり、手の震えを押さえながら食事している、そういうことですね」
相棒「お恥ずかしながら」ぺろり
主人公「心配するな。今日は僕だけじゃなくミスリーダーも側にいる」
相棒「仲間の頼もしさは知っていたつもりだった。でも、ネットと現実ではまた違うものなんだな」
ミス「食事を終えたら、その無精髭はきちんと剃ってください。正装をしてもらいますから」
相棒「え、正装?」
主人公「次は何を掃除すればいいんでしょう」
ミス「綺麗にする清掃ではありません」
食後、主人公と相棒は共に変身。
正義を胸に使命を背負い慈愛を威力に勇ましく戦う、豪毅にして果断の男前である。
ミス「うん。似合っています」
相棒「着物なんて初めてだ」
主人公「何だか恥ずかしいな」
ミス「寒くはないですか」
相棒「はい。このインナーいいですね」
ミス「安かったし、買っておいてよかったです」
主人公「ミスリーダーもお似合いです」
ミス「ありがとうございます」
ミスリーダーもしゃなりと変身。
慈愛という白馬をどこまでも慮り慮りと走らせる、大胆にして不敵の女傑である。
相棒「もしかしてだけど、もしかしてだけど幼女も着物姿なんじゃないの」
主人公「祭の時みたいにか!あれは中々に堪えた!」
相棒「数が増えれば魅力は怪獣くらいに増大する」
主人公「どこまでも魅力的で胸が、きゅう、となるに違いない」
ミス「我慢してください」
相棒「ええー。そんな殺生でござるよ」
主人公「後生だからやめてくだされ」
ミス「我慢してください」
今日という日が、この島この村にとって歴史的転機となることを彼らはまだ知らない。
ただ空に劣らぬ青く澄み渡った心を秘めて未来を目指して歩く。
相棒「うわ、こりゃ酷い」
田園地帯は台風によって、まるで幼女が玩具を散らかした部屋のように悲惨な状況だった。
丸太を飛び越えたり飛び回る勝ち虫を目で追いかけたりしながら歩き続ける。
ほどなくして、道がなだらかな坂となって杜に入った。
ミスリーダーが言うには、石畳の道以外には人の手がほとんど加えられていないと言う。
ただ例外なのが、多く見られるイチョウの樹だ。
やはりそのどれも落葉が酷く、また、散乱する独特な異臭を放つ実を踏まないよう気をつけて進まなければならなかった。
相棒「これだから銀杏は嫌いだ。で、どうしてこんなにイチョウの樹が多いんですか」
ミス「イチョウの樹は燃えにくいので、人の集まる神社等の周辺に多く植えられたのです。現在、その風習は街路樹に見られますね」
相棒「へえ。それでも銀杏ちゃんは好きになれません」
主人公「おい見ろ。黄色い川だ」
道中、傍らに黄色い花弁の流れる小川を見つけた。
ミス「この杜に川はないはずです」
主人公「じゃあ、台風によるものですね。それとこの花弁は恐らく菊でしょう」
相棒「青いカエルだ!」
主人公「え!どこどこ!」
相棒「ほら、あそこ!」
ミス「んん、んっんん」
主人公「相棒が悪いんです」
ミス「言い訳は結構。少年時代に戻って、はしゃがないでください」
相棒「アニメイツ」キリッ
珍しい体色のカエルに心を掻き乱されても、一行は歩みを止めなかった。
ちょっと止めた気もするけれど気のせいだ。
とにかく一行の心は羅針盤みたく真っ直ぐに目指す方角を指し、足はそれを信じるままに前進した。
主人公「絶望的な状態とは、まさにこのことか」
相棒「ボロボロにやられたな」
間もなく杜を抜けると、ぽつんと開けた空間に確かに甘菊神社はあった。
背後の杜と一体化する神々しい外観は、台風の暴力によって、もう完全に飲まれてしまっていた。
杜に飲まれたそれは、ただの大きな切り株にしか見えなかった。
ミス「それに、まるで絨毯のように菊が散乱しています」
主人公「花野はどこにも見当たりませんね」
ミス「花弁に白い粒がある……」
主人公「それがどうかしましたか」
ミス「これは塩です」
相棒「は?」
ミス「そう遠くないところに海があります。台風によって海水が運ばれ、塩分を含んだ雨が降ったのでしょう。塩害は免れません」
主人公「つまりどういうことですか」
ミス「ここら辺りの植物のほとんどが枯れてしまいます……花野も」
相棒「神様がいるならどうしてこんな酷いことが起こるんだ!俺は怒った!」
ミス「落ち着いてください。神様とはいえ、自然をどうこう出来るわけではないのでしょう」
主人公「そうだ。神様を責めるのはお門違いだ」
相棒「……ん?」
主人公「どうした」
相棒「泣き声が聞こえる。お菊さんだ!」
しくしく泣く声は崩れたお社から聞こえた。
相棒は危険も顧みず、半壊した戸口を除けて中へ飛び込んだ。
相棒「お菊さん!」
お菊さん「ふぇ!?もう来たのか!」
相棒「どこだ。姿を見せてくれ」
お菊さん「やじゃ」
相棒「頼む」
お菊さん「やーじゃ!」
追いかけてきたミスリーダーが相棒に耳打ちする。
相手は女の子。
さっきまで泣いていた顔を見られたくないはずだと伝えた。
相棒「ごめん。嫌なら声だけでいい」
お菊さん「カスタードシュークリームはどうした」
相棒「それは約束の時間に」
お菊さん「なら、何しに来た。まさか、あたしが風にさらわれたと思うてわざわざ見に来たか。あー意地が悪いねえ」
相棒「違う。俺達は君を心配して早めに来た」
お菊さん「誰が信じるもんか、ふんだ」
相棒「これを君に」
お菊さん「ん……それは」
相棒「博士からの贈り物だ。綺麗に残った花を集めて、君のためにこしらえたんだ」
お菊さん「信じられぬ」
相棒「博士の優しさを君は知っているはずだ。それでも、もう一度信じられないと言えるか。この花束に込められた気持ちが嘘だと思うか」
お菊さん「直接届ければよいのに、姿がないではないか」
相棒「仕事の都合で来られないんだ。だからこそこうして、せめて花束をこしらえたんじゃないかな」
お菊さん「また都合都合都合。都合の良い言い訳が好きじゃねえ」
相棒「お願いだ信じてくれ。君がこれを受け取らないだけじゃなく、疑って否定までしたら俺は悲しい」
お菊さん「うぅ……」
相棒「俺達のことはどうだっていい。だが博士だけは信じてくれ。あの人は素直じゃないし怖がりだけど、本当にすごく優しい人なんだ」
お菊さん「知っておる。他の人とは違うことくらいあたしにも分かる。なんせ、あたしゃあ神様じゃて、どうしても分かってしまうのじゃ」
お菊さんがようやく姿を現す。
暗がりに現れた彼女の表情は陰ってよく見えないが、頬に光る滴だけははっきり見えた。
お菊さん「ちょうだい」
相棒「どうぞ」
お菊さん「ん、褒めてつかわす。爺も、髭も」
お菊さんは頭を撫でるように相棒の髭を撫でた。
しかし髭がない。
お菊さんは感触を二度三度と確かめて驚いた。
お菊さん「髭じゃない!誰じゃ貴様は!」びくっ
相棒「髭で人を判断するな。俺だ俺」
お菊さん「オラオラサギという鳥がついに化けて出たのじゃな!そうかこの風も貴様の仕業か、ふん、モッケが本当にいたとはね!あたしゃあ全然怖くなんてないよ!はは、は!」ぷるぷる
主人公「どういうことでしょう」ひそ
ミス「オレオレ詐欺を知っていて勘違いしているのでしょう」ひそ
主人公「よくわかりましたね。それでモッケとは」ひそ
ミス「モッケとは物怪のことです。昔の人は身近に起こる様々な異常を物怪の仕業と考えていました。それは不幸だけでなく幸福もそうで、物怪の幸いという言葉もあります」ひそ
主人公「なるほど。博識ですね」ひそ
ミス「いえいえ」ひそ
お菊さん「あ!モミアゲ!」ゆびさし
主人公「君に言われてモミアゲを剃ろうか迷ったが、剃らなくて良かったよ」
お菊さん「隣にいる美人さんは嫁か」
ミス「美人ですが嫁ではありません。はじめまして、私はミス美人。二人の面倒を見ている美人です」
相棒「さり気なく嘘ついてないか」ひそ
主人公「言うな。晩飯を抜かれかねない」ひそ
相棒「ひあああ!!」びくっ
お菊さん「ひゃあああ!!」びくっ
主人公「びっくりした。急にどうした」
相棒「目を凝らして部屋をよく見てみろ」
主人公「ひっ……!」びくっ
ミス「汚れた人形がたくさん転がっていますね」
お菊さん「ああ、それね。驚かせるでない呆け」
相棒「ボケは酷くない?」
お菊さん「はあ、見られては仕方ない。しかたなーく昔話をしてやろう。ついておいで」
三人はやったと顔を見合わせて、短い歩幅で進む愛らしい背中を追った。
お菊さんは、お社のすぐ側に建てられた窓のない白く四角い建物へ向かっている。
何てことないプレハブ小屋に見えるが、壁に触れてみて、よく出来た頑丈な建物であると分かった。
相棒「これは何の建物だ」
お菊さん「紅白に作らせた、あたしのお部屋じゃ」
主人公はそれを聞いて、もしや罠かと疑い、とっさに戸口から離れた。
お菊さんが女の勘でそれを察知する。
お菊さん「くくく!罠かと疑っておるね」
主人公「いや……はい」
嘘をついても意味はないと観念して正直に告白した。
意外にも、主人公を叱ったのは相棒だった。
相棒「俺達がまず信じないでどうする」
主人公「ごめん」
ミス「安心してください。幼女に建築技術はありません」
主人公「そうですよね。お菊さん、疑ってごめんなさい」
お菊さん「あたしゃあ善を尽くし美を尽くす神様じゃ。こまいことで怒ったりなどせん」
お菊さんが戸を開いて明かりを点ける。
土壁の、何てことない普通の部屋だ。
中は狭く、手前半分は土間に、奥は三畳の畳で出来ている。
入って左に電磁加熱式調理器を備えて天板に御影石が使われた台所、右にはエコと真空冷蔵技術が人気の冷蔵庫、電子レンジにトースターにノンフライヤーまである。
畳の上にはテレビが置かれていた。
また、テレビ台にはレコーダーらしきものもある。
主人公「お菊さんは、いつもここでくつろいでいるんですか」
お菊さん「もっと気楽に話してよい」
主人公「じゃあ、お言葉に甘えて。お菊さんは、いつもここでくつろいでいるの?」
お菊さん「神様の修行の合間にちょこっとね」
相棒「天井に換気口があるのか」
お菊さん「エアコンもあるよ」
相棒「お風呂は?」
お菊さん「この破廉恥色呆け助平!」
相棒「いや、ちが、ごめんて」
ミス「はあ……幼女を見守るものとしてあるまじき発言です」がっかり
相棒「違うんです。だって気になるじゃないですか、シャンプーとか石鹸のこととかあるし」
お菊さん「湯浴みのことは内緒じゃ」ぷん
皆さんだけに教えよう。
実は、こっそりと、町の温泉で湯浴みしているのだ。
お菊さん「しかし、今日は無礼講じゃ。冷蔵庫から好きなスウィーツを一つだけ選び取って食べね」
言われて主人公が冷蔵庫を開けると、上から下まで様々なスウィーツが整然と並べられていた。
そっと、冷蔵庫を閉めた。
主人公「いや、いいよ。朝御飯が遅かったから」
お菊さん「ほうか。なら、座りね」ぽふぽふ
相棒「お、色んな辞書があるじゃないか。なるほど、これで勉強して口達者のお利口さんなんだな。えらいえらい」
相棒がテレビ台に仕舞われていた辞書を引っ張り出して言った。
他人の部屋で決してやってはいけないドン引きの行為だ。
お菊さん「あー!勝手に見るなあ!」
ミス「あなたという人はもう……」呆れ
相棒「辞書くらいいいじゃないか。漫画があるかなと思って、お、塗り絵じゃん」
お菊さん「やめえ!!」
相棒「にこげっ!」
相棒は目に見えぬ謎の力で壁ドンされた。
壁に貼り付いたままピクリとも動かない相棒の傍らに二人は小さく納まった。
お菊さん「確か、魅力で大人はキュン死にするのじゃろう」
お菊さんは冷めた目でボソッと呟いた。
主人公「それだけは勘弁してやってほしい。一生涯シュークリームを献上させると約束する」
お菊さん「言うたね。約束じゃ」
主人公「うん。約束だ」
お菊さんは満足して、台所で湯を沸かし始めた。
茶を淹れてくれるらしい。
ヤカンやコップは下の収納から取り出した。
かわゆい蟹の絵が描かれた湯飲みが四つ、お盆の上に乗せて出された。
テーブルは邪魔だからないとのことだ。
お菊さん「お待たせ」
ヤカンから茶色い液体が湯飲みに注がれる。
芳ばしい匂いがあっという間に充満した。
主人公「紅茶だ」
ミス「一瞬、ウーロン茶かと思いました」
相棒「砂糖はある?」
お菊さん「はい」
相棒「ありがとう」
お菊さんは角砂糖派だった。
一服して、お菊さんが遠い目で昔話を語る。
お菊さん「はじまりはじまり」
数えるのに飽きるほど昔のことじゃ。
あたしゃあ平凡な家に、しかしとても魅力的な幼女として生まれた。
道を歩けば、いや、家にいても押しかけ皆がチヤホヤした。
両親も、あたしを自慢の娘といつも褒めてくれた。
そんな幸せなある日のことじゃ。
皆の様子がもっとおかしくなった。
突然、両親と一緒に立派な御殿に住まわされた。
それからあたしは菊慈童いうて神の子と崇められた。
村人だけじゃなく、いつからか全国から人が訪ねてくるようになった。
初めはそりゃあ嬉しかったよ。
いっぱい遊んでいっぱい食べた。
でも、ある時に気付いてしもうた。
両親が娘を自慢するのをやめて、神の子として崇めるようになっていたことに。
あたしはその日から娘ではなくなった。
そして、あたしゃあ本当に神の子となってしまった。
体の成長がピタリと止まった。
両親が死んでもあたしは生きた。
あたしは怖くて、ずっと隠れて生きた。
全国から押し寄せる人がワガママに勝手な願いを言いつけるのを良いことに、甘物を要求してそれだけを楽しみにして生きた。
が、それは良くないことであった。
好き勝手して罰が当たったのじゃ。
あたしは病に侵され、一人で苦しみ、死にかけた。
そこへ手を差し伸べてくれた優しい優しい優しい神様がいた。
あたしが尊敬する、大好きな蟹様、つゆさんじゃ。
つゆさんは、あたしに菊の葉に溜めた甘水を飲ませて病を治してくれた。
そして、あたしを菊の神様にしてくれた。
あたしゃあ頑張って修行して、厄を払い、村の平穏を見守り続けた。
村の人達は感謝して、菊の節句を設けてくれた。
一年に一度、菊を見ながら菊酒を飲む賑やかな祭じゃ。
毎年、幼子が作った菊人形を一体ずつ貰った。
今までとは何もかもが違った。
皆、心のままに生き生きしていた。
あの悪夢のような毎日は終わった、そう思っていた。
ところがじゃ。
また、魅力的な幼女が現れた。
今度はたくさん。
みんな虜になって、あたしは忘れられた。
長い長い時間のなかで、幼女は現れては消え、また現れた。
お菊さん「今回は、今までになく多かったねえ」
相棒「幼女は、現れては消え現れる、か」
主人公「まるで幻みたいだな」
お菊さん「子供は七才まで神の子、そう聞いたことはあるかえ」
主人公「何となく」
お菊さん「幼女とは、その通りかも知れぬ」
相棒「いやそれなら、男の子もとんでもない魅力を持っているはすだ」
ミス「男は度胸、女は愛嬌と言われます。単に性別による違いではないでしょうか」
主人公「なるほど。それなら納得出来ます」
相棒「幼女は神の子。だとしたら、打つ手はないな」
主人公「現に神様を前にすると、揺るぎない真実に思う」
ミス「覚醒遺伝子は長くとも九つの歳には自然的に沈黙します。もう疑う余地なく間違いないでしょう」
お菊さん「皆は、幼女について聞きにきたのじゃろう」
相棒「あくまで心配のついでにね」
お菊さん「すまぬが、本当によく知らぬのじゃ。あたしも何度も困っておる」
ミス「お菊さん……」
お菊さん「じゃが、爺が何とかしてくれよう。紅白も、今ならちょいとは信じてやれる」
相棒「本当か!」
お菊さん「そもそも嫌いなんて思ってないし……」ぼそっ
相棒「とりあえず、博士に今の話をメールで送ろう」
主人公「ああ、紅白の研究者と力を合わせれば必ず何とかなるはずだ。僕達はそれまでの時を守ろう。世界は終わらせない、幼女も泣かせやしない」
お菊さん「くくく。どうしても諦めんのじゃねえ」
主人公「もちろんだ」
相棒「俺達は、君のことも諦めないつもりだ」
お菊さん「はえ?」きょとん
相棒「主人公、ミスリーダー。期限いっぱいまで外を片付けましょう」
主人公「ああ、そうしよう」
ミス「アニメイツ」ビシッ
相棒「お菊さん。悪いけど、食器は任せた」
お菊さん「アニメイ……うむ」
相棒は、急かすように二人を連れて外に出た。
次にお菊さんの部屋から離れて、真剣な面持ちで話す。
相棒「きっと寂しかったんだ。ずっと昔から」
ミス「話を聞く限りではそのようにも考えられますね」
相棒「親と距離が出来たまま死別して、その前には特別扱いされて友達も少なかったことでしょう。それから神様になって、やっと交流が出来たと思ったら、また、一人ぽっちになって。最後にはついに忘れられて……」
ミス「あなたの思い、私にも分かります」
主人公「今日は、とことん遊んであげよう」
相棒「ああ、幼女らしさを取り戻してあげよう」
主人公「そうだ。この機会に縁も結び直そう」
相棒「それは、菊の節句を復活させるということか」
主人公「そういうこと」
相棒「さすが俺の相棒。大賛成だ」
ミス「では、私が町の人達に掛け合ってお社の修繕を頼みます」
相棒「さすが俺の上司。頼れる」
ミス「今日は調子が良いですね」
相棒「グッスリ寝たからかな」
ミス「ふふ、私もです」
主人公「さてと。まずは、ここの掃除だな」
相棒「危険だったり邪魔なものをとりあえず運ぼう」
ミス「私は戻って道具を幾つか持ってきます」
主人公と相棒は障害物を広場の中心に集めて、ミスリーダーは菊人形をひとまとめにした。
そうして、作業は順調に進んでいたのが、ここで重要なことに気付く。
主人公「まだ一時半か」
相棒「約束はおやつ時、三時だからもう少し余裕あるな」
ミス「おやつ時……?」
相棒「それがどうかしましたか」
ミス「昔の時間では、お八つ時は二時です」
相棒「え?」
ミス「お菊さんは昔幼女。本当の、約束の時間はおそらく二時でしょう」
主人公「え?」
ミス「気付かなかった私に責任があります。すみません」
主人公「いえ、誰が悪いとか責任なんてどうだっていい」
相棒「そうです、それよりどうするかです!ケモナちゃんケモナちゃん!」
ケモナ「はーい」
相棒「約束の時間は三時じゃなく二時だった!」
ケモナ「えー!」
相棒「状況は?」
ケモナ「まだかかるわん。台風の被害で材料が届くのが遅れたの」
相棒「なあ、どうする」
主人公「……時間稼ぎに幼女を召喚しよう」
ミス「それは危険です。引き延ばしが明らかになれば、幼女にも危害が及ぶ可能性があります」
主人公「お菊さんの魅力に敵う幼女が二人います」
相棒「モモちゃんと、すずりちゃんか」
主人公「ここは幼女頼みだ。それしかない。ミスリーダー、どうかご決断を」
ミス「…………」
主人公「ご決断を願います」
ミス「わかりました。すずりちゃんを召喚しましょう」
相棒「聞こえたかいケモナちゃん。事情は伏せて、何とか彼女をこちらへ輸送してくれ」
ケモナ「アニメイツ!だわん!」
相棒「お菊さんなら許してくれそうな気もするがな」
主人公「シュークリームが絡めば天女も鬼になろう」
相棒「よく分からないが、だいたい分かった」
ミス「ここからは気付かれないよう作業を続けましょう。いいですね」
時刻は間もなく二時になろうかという時、ようやく幼女到着の連絡があった。
みんなでお菓子作りがしたいと駄々をこねくりまわした為にタイムロスが生じたらしい。
だが、何とか間に合ってくれた。
ミス「ヨウジョが到着次第にお母様へご挨拶。それが済み次第、速やかにお遊戯を開始」
相棒「お遊戯なんて分からないんですけど」
ミス「お菊さんにお任せしましょう。ヨウジョが暇を誘えば、向こうから仕掛けてくるはずです」
ヨウジョ「がおー!」とたとた
主人公「きた!かわいい!」ドキッ
相棒「髪をクルンと纏めてあら可愛い!」ドキドキ
ヨウジョが着物姿で現れることをすっかり忘れて油断していた。
女性であるミスリーダーが思わず後退るほど魅力的だ。
それでも何とか気を引き締めて、彼女の魅力に耐えながら挨拶という任務を実行する。
相棒「元気よく笑顔でこんにちはー!」
ヨウジョ「怒ってるぞー!」とたとた
相棒「やっべえ」にげっ
主人公「退避だ」にげっ
ヨウジョ「がおー!!」とたとた
主人公「追ってきた」
相棒「ひいい」
ミス「まあいいでしょう。私が代表して挨拶しましょう」
ミスリーダーはお母様へご挨拶を済ませて、直後、お菊さんの部屋へ走った。
残り二十四秒で二時になる。
あの部屋には時計がないように見えて一つだけある、レコーダーだ。
その時刻表示をお菊さんが確認していないのを願いながら戸を勢いよく開いた。
ミス「お菊さん!」
お菊さん「ん?」
お菊さんは折り紙に興じていた。
とりあえず、ホッと胸を撫で下ろして意識をこちらへ集中させる。
お菊さん「どうした。そんなに慌てて」
ミス「すずりちゃんが遊びに来たよ」
お菊さん「もうそんな時間か」
ミス「まだですよ!まだー!それより、あ、楽しそうね」
お菊さん「ふふ、飾り付けようと思ってね。初めてじゃて、ここでシュークリームパーティーを催すのは」にこにこ
ミス「シュークリームパーティー!それは楽しみね」
お菊さん「そういや、今は何時じゃ」
ミス「まだ一時ちょっとですよ。それより、すずりちゃんと遊ばない?」
お菊さん「んー。鶴を千羽折って、部屋のあちこちに飾り付けたいからねえ」
ミス「千羽!?千羽か……私が何とかしましょう」
お菊さん「本当かえ。疲れるから頼む」
ミス「任せなさい!ささ、お菊さんは遊んでて」
お菊さん「あとどれくらい時間あるかね」
ミス「呼ぶから!呼ぶから遊んでて!」
お菊さん「くく、分かった。このあたしが心ゆくまで遊んでやろう」
お菊さんはそう言って、スッーと部屋から出ていった。
出ていってくれた。
ミスリーダーは畳に上がって、くしゃくしゃの鶴を遠い目で見つめた。
ミス「千羽か……無理」
ところで、相棒はヨウジョに激しく攻められていた。
拾ったドングリによる連続的な投擲に為す術もなく、お社の壁に張り付いている。
その背中にコツンコツンとドングリが突き刺さる。
相棒「やめてくれえ」
ヨウジョ「がおー!」ぽいぽい
主人公「もうすぐドングリが尽きる!それまで何とか持ちこたえるんだ!」
主人公が幼女の背後、数㍍から拳を握って応援する。
ヨウジョは、ここへ襲来するまでの道中にドングリをコツコツ集めてはカバンに忍ばせていた。
危険物のチェックを怠らなければこの悲劇は免れていただろう。
しかし、追われるネズミが猫の牙に集中して隠された爪に気付かないよう、彼らもまた気付かなかったのだ。
相棒「おや……?」
ふと、ドングリによる攻撃が終わった。
妙な静けさの中でカエルの鳴き声が聞こえた。
さっき見つけたらしい青いカエルだろうか。
ヨウジョ「取ってくるね」
相棒「何!」
ヨウジョはドングリを補充するという。
その体へ、待ったをかけるように一つの毬が飛んできて当たった。
敵の敵は味方、という言葉がある。
お菊さんに彼らは助けられた。
ヨウジョ「これ、綺麗なのに泥だらけになっちゃうよ」ひょい
お菊さん「構わぬ。それより、あたしと蹴鞠でもしよう」
ヨウジョ「あ!神様だ!」
お菊さん「ほうじゃ。あたしゃあ神様じゃ」
その言葉のあと小さく、見習いだけど、と聞こえたが主人公は聞かなかったことにしてあげた。
ヨウジョ「お名前は何だっけ」
お菊さん「お菊さんと呼べ」
ヨウジョ「お菊さん!遊びましょう!」
お菊さん「したら、蹴ってみね。こうして宙に浮かせてこうじゃ」
まだ幼いヨウジョが、あんなに小さな毬を上手に蹴られるはずがない。
案の定、空気を裂く鋭い蹴りでも毬を捉えることが出来なかった。
ヨウジョ「難しいね」
主人公「昔の人は、もっと大きいものを蹴っていたと思うよ」
ヨウジョ「そうなの」
お菊さん「ほうじゃ。それでも、あたしはこの毬で蹴鞠を極めた」
お菊さんの蹴り放った毬は、お見事、相棒の口に入った。
相棒「ヴォエェエェ!」
主人公「相棒ー!」
ヨウジョ「すごーい」ぱちぱち
お菊さん「ほれ蹴ってみね。練習あるのみじゃ」
ヨウジョ「えい」げしっ
お菊さん「ふぐぅ!」
鷹の急襲。
ヨウジョの爪先に当たった毬がお菊さんの腹に重い一撃を与えた。
お菊さん「や、やるではないか」
アスレチック公園で鍛えた身体能力は本物だった。
幼女の中でも特に優秀な運動能力がここで真価を発揮した。
お菊さん「良いか。人に向けて蹴るでない」
ヨウジョ「でも、お菊さん蹴ってたよ。そういう遊びなんでしょう」
お菊さん「あれはわざとではない。いや、とにかく人に向けて蹴ってはならぬ。いいね」
ヨウジョ「分かった」げしっ
主人公「いでえ!」
ヨウジョの蹴る毬は意思でも持っているのか、次に左隣にいた主人公の頬を殴った。
ヨウジョ「ふふ、ごめんなさい」くすくす
お菊さん「見くびっていた。この娘は、とんでもない能力を秘めておる……」
ヨウジョ「私の名前は清里すずりです」
お菊さん「すずり。危ないから蹴鞠はもうやめよう」
ヨウジョ「じゃあ、ドングリ合戦しよう」
お菊さん「合戦か……思い出すねえ。人々が幼女を支持して、やがて国を作り姫として、どちらの姫がより魅力的か争っていた遠い時代を」
主人公「そんな歴史があったのか。現代がそうでなくて良かった」
相棒「まるでオタクの派閥争いだ。いや、その元祖かも知れない。俺達にはその血が残っているんだ」
主人公「僕にはない」真顔
相棒「そう言えるか。お前は幼女の中で誰を推す」
主人公「そりゃ娘だ」
相棒「ふ、かっこいいな。火傷しそうだ」
お菊さん「何をくだらぬことを……」じとー
ヨウジョ「ねえ、ドングリ集めていい?」
相棒「いや、ドングリはもうやめよう。中から芋虫が出てくるかも知れないよ」
ヨウジョ「えー。芋虫なんていないよ」
相棒「たまにいるんだ。ドングリは芋虫さんのご飯だからね」
ヨウジョ「そっか。じゃあ松ぼっくりにするね」
相棒「くぅ……」がくっ
ヨウジョ「お菊さんも松ぼっくり集めよう」
お菊さん「集めてどうする」
ヨウジョ「投げっこするの」
お菊さん「また投げるのか」
ヨウジョ「うん!楽しいよ!」
お菊さんが二人を横目で見ると、物乞いするみたいに必死の形相で助けを求めていた。
お菊さん「ほうじゃ。ドングリをコマにしよう」
ヨウジョ「え!ドングリのコマ!」
相棒「え!投げるの!」
お菊さん「呆け、投げるわけなかろう。クルクルと上手に回すのじゃ」
お菊さんは言って、体をクルクルと回してコマを表現、ヨウジョも真似して一回転。
その萌を間近で受けた二人の心は萌えて捻れた。
主人公「調べによると、簡単に作れるみたいだ。道具を取ってくるから一緒にドングリを集めてくれ」かたぽん
相棒「裏切るつもりか。代われ」
主人公「逃げない。僕は必ず戻ってくる」キリッ
相棒「いやそうじゃなくて」
主人公「あばよ!」タタッ
相棒「…………」
ヨウジョ「ドングリ合戦しよう」
相棒「……後でね」がっくし
主人公がおらぬ間、ドングリが多く見つかるということで側の古墳公園に移動した。
そこでドングリをたくさん集めて、結局、合戦が行われることになった。
三つ巴の激戦だ。
相棒は、顔面ばかり狙うお菊さんの容赦ない戦術と、幼女が背中へ放つドングリの衝撃に苦しめられた。
そこでやむを得ず降参。
したことで、戦いは一対一の決斗へと移った。
さながら、現代の猿蟹合戦と例えようか。
お菊さん「くくく。このような形で決着をつけることになろうとはね」
ヨウジョ「がおー!」
お菊さん「お前の魅力を食ってやりたいが、その魂を守る何かが邪魔じゃ」
ヨウジョ「ん?」
お菊さん「すずりは、己が魂に何を宿している」
ヨウジョ「何言ってるかよく分かんない」
お菊さん「その、がおーとやらは何じゃ」
ヨウジョ「ガッズィーラだよ。いつか、お父さんみたいなガッズィーラになりたいの」
お菊さん「ガッズィーラ……それ何だっけか。聞き覚えはあるねえ」
ヨウジョ「怪獣だよ」
お菊さん「怪獣……あれか!すずりは、あれになるのか!」
ヨウジョ「いつかなるよ!」
お菊さんは数年前、いいや最近も見た怪獣映画を思い出していた。
あれが作り物だということは理解している。
が、彼女は真に怪獣になれると言うのだ。
彼女の魂に宿る怪獣を見て、本気だと悟った。
お菊さん「それでも、それごと食らってやる。幼女を呪う運命など、あたしが食ろうてやろう!」
相棒「幼女を呪う運命……そうか!魅力を押さえ込むために、お菊さんは幼女を虜にしていたんだ!」
お菊さん「ゆくぞ……!」
ドングリが一つ弾丸のように放たれた。
お菊さん「かわした!」
ヨウジョが抜群の反射神経でそれをかわすと、刹那、反撃のドングリがお菊さんの頬をかすった。
ヨウジョ「あ、ごめんなさい」
お菊さん「幼女は特別、魅力を溢れるほどみなぎらせて、わんこ蕎麦をおかわりするように心身共にどんどん達者になる。じゃが、ドングリがあまりに早すぎる。それは運動能力の健やかな成長を意味する。まだまだ強くなるというのか、この幼女は」
相棒はお菊さんの話をミニフォンにしっかりメモする。
幼女に関する貴重な情報は何気ないところにまだあった。
それを漏らさずメモして、次世代へ繋げるつもりだ。
お菊さん「魅力の成長は人を惑わし、己が人生を悲劇にする。観客のいない悲劇ほどより悲しいものはない。せめて、その舞台に百代草を飾れるなら、あたしは何でもしよう」
相棒だけが知っている。
彼女がこっそり創作活動に励んでいることを。
辞書の奥、隠すようにノートが仕舞われていた。
その題目は一瞬しか目に出来なかったが覚えている。
相棒「あたしの傑作。題目、トキメキの彼方で愛ズッキュン」
思えばそれを知られるのが恥ずかしかったのだろう。
今更ながら相棒は深く反省して、心のなかで、がんばれとエールを送った。
ヨウジョ「がおー!」ぽいぽい
お菊さん「ええい、そう何度も食らうか」
お菊さんはドングリを次々と左手で叩き落としてみせた。
そうしながらも、落ちたドングリを右手で拾っては的確にヨウジョの体へ投げ返す。
ヨウジョ「神様強いね!」
お菊さん「当然じゃ。あたしゃあ、すずりより何百年とドングリを拾っては投げているからね」
ゴッドハンド。
今やドングリはその手に馴染み、指の間接を丁寧に折り曲げるように自在に操ることが出来るのだろう。
ヨウジョ「すごーい!」
相棒は見逃さなかった。
相手を称賛しながらも、カバンの中にあるドングリを一気に握り締めた悪戯なヨウジョの手を。
ヨウジョ「でも、これならどうだ!」ぽい
お菊さん「なに……!」びくっ
二人の距離は一㍍もない。
この距離で不意討ちの無限団栗(インフィニティエイコーン)をかわすことは、例え神の力を以てしても不可能だ。
お菊さん「あいた!」
お菊さんは怯んで、頭を抱えて屈んだ。
ヨウジョ「がおー!」たっ
幼女、神を封殺。
直後に急接近して、お菊さんの頭上より追い討ちの雨団栗(レインコーン)を投下する。
ヨウジョ「ドングリの雨だぞー」ぱらぱら
お菊さん「参った!よせよせ」
相棒「はは……怪獣が神に勝った」
ヨウジョ「がおー!!」
ヨウジョは勝利の雄叫びを上げた。
彼女はいつだって勝利に貪欲だ。
彼女の影が怪獣に見えて、相棒は目をこすった。
お菊さん「どれだけドングリを集めた……うわあ」
ヨウジョのカバンの中を覗き込んだお菊さんは言葉を失った。
何も見なかった風にそっとカバンを閉じた。
主人公「おーい!」
そこへ、大きく手を振って主人公が戻ってきた。
道具が揃ったところで、いよいよコマ作りとなる。
一行は意気揚々とお菊さんの部屋へ向かった。
ミス「あら、どうしました。みんな揃って」
主人公「ドングリでコマを作ることになったんです」
ミス「グッド。それは楽しみですね」
相棒「ミスリーダーは遊んでいましたか。サボりはいけませんね」にやにや
ミス「お菊さんに代わって鶴を折っています。あなたと同じにしないでください」ぷん
お菊さん「どれだけ折れたかえ」
ミス「まだ、これだけ」
お菊さん「やはり千羽は無理があるか」
ヨウジョ「私も折り紙したい!」
お菊さん「一緒に色々と折ろう。この折り紙の本には折鶴以外にもたくさん載っておるからね」
ヨウジョ「うん!」
主人公「僕が下準備している間にそうするといい」
相棒「下準備って何するんだ」
主人公「蒸すのがよく分からないから、とりあえず少しお湯で煮てみて柔らかくして、キリで頭頂部に穴を開ける。最後に楊枝を刺して出来上がりだ」
相棒「じゃあ、あとは頼んでいいか。疲れた」
主人公「任せて休んでてくれ」
お菊さん「髭なし、お飲み物をやろうか」
ヨウジョ「私もジュース飲みたい!」
お菊さんはみんなに温かい蜂蜜レモネードを用意してくれた。
ミス「美味しい!」
お菊さん「長年の研究によるものじゃ」どやっ
相棒「お菊さんは蜂蜜も好きなのか」
お菊さん「つゆさんが蜂蜜好きじゃて、あたしもこれを作るのじゃ」
ミス「憧れの人に倣ってですか。可愛らしくてドキドキします」
相棒「お気を確かに」かたぽん
ミス「なんとか平気です」
ヨウジョ「つゆさん、て誰?お友達?」
お菊さん「憧れる蟹の神様じゃ」
ヨウジョ「かにさん?ちょきちょき?」
お菊さん「そう。ちょきちょき」
ヨウジョ「赤いの?」
お菊さん「いや、美しい女子の姿をしておる。あたし達より、もう少し大きいけどね」
ヨウジョ「そうなんだ。会えないの」
お菊さん「神様じゃからねえ」
ヨウジョ「お菊さんも神様でしょう」
お菊さん「……実はあたしゃあね。つゆさんの使いで、まだ見習いなのじゃ」
ヨウジョ「見習いって何?」
お菊さん「神様になるために勉強しておるのじゃ」
ヨウジョ「そっか。じゃあもし神様になったら、もう会えない?」
お菊さん「ほうじゃねえ」
ヨウジョ「もう一緒に遊べないの」
お菊さん「ほうじゃねえ」
ヨウジョ「やだあ……」ぐすっ
お菊さん「泣かね泣かね。すずりには他に友達がおろう」なでなで
ヨウジョ「お菊さんも友達だもん」ぎゅ
お菊さん「そう言ってくれるなら、ずっと側におる」
ヨウジョ「でも……」うるうる
お菊さん「約束じゃ。ずっとずっと側にいる」
ヨウジョ「本当に?」
お菊さん「神様は嘘をつかぬ」
ヨウジョ「分かった。神様大好き」
お菊さん「くく、懐かしいねえ」
お菊さんは自身の胸に顔を埋めるヨウジョを儚げに見つめた。
絵になる薄幸美幼女の姿に見惚れた相棒とミスリーダーは無意識に肩を寄せあった。
相棒「一生の友達が出来たな」
お菊さん「誰かと縁を結ぶのはいつぶりだろうか。悪かないね」
ミス「私達とも縁を結びましょう。いつかこの村や町、ううん。この島の人達みんなとも」
お菊さん「それが叶えば、昔よりもっと賑やかになるね」
主人公「なんだ楽しそうだな。僕もまぜてくれ」
ヨウジョ「いいよ。ここどうぞ」ぽふぽふ
主人公「かわいい……」どきっ
ヨウジョ「ドングリできたの」
主人公「出来たよ。色でも塗ろうか」
お菊さん「いい案じゃ。待っておれ、いまマジックを出そう」
主人公「そんなのもあるんだ」
相棒「ノートや画用紙に色々描いているみたいだからな」
主人公「へえ」
お菊さん「おい髭なし」
相棒「あ……」
お菊さん「見ーたーな」ぎろり
相棒「ごめんなさい。許してください」
お菊さん「一生、あたしにカスタードシュークリームをくれると約束するなら許してやろう」
相棒「一生!?」
お菊さん「祟られるか、たかられるか、好きに選びたまえ」
相棒「約束します」
お菊さん「よろしい」
主人公「一体何を見た」ひそ
相棒「乙女の秘密だ」ひそ
ミス「それはいけません」ひそ
相棒「とほほ……反省してます」
ヨウジョ「ねえ、お菊さん。背中に糸がついてるよ」
お菊さん「ん?取っておくれ」
ヨウジョ「あれ、取れない。これ縫い縫いしてるんだ」
ミス「それは背守りね」
ヨウジョ「せもり?」
ミス「背中はいつも隙だらけ。そこから悪いものが入ってこないようにするための魔除けのことで、昔の人は子供の着物によくそうしていたのよ」
ヨウジョ「そうなんだ。良かったね、お菊さん」
お菊さん「うむ。そのようなものがあるなど知らなかった」
ミス「もうひとつ、腰の帯に結んである菊の刺繍がされた袋は守り袋ね。それも魔除け、お守りよ。ご両親はお菊さんのことをとても大切に想っていたのね」
お菊さん「まさかそこまで……」
主人公「実は僕には娘がいて、僕はお父さんなんだ。だから、お菊さんのご両親の気持ちが何となく分かる。大事で大切で仕方なかったはずだ」
お菊さん「じゃが、とてもそんな風には見えんかった。初めのうちだけじゃろう」
主人公「そんなことあるはずがない。きっと君のことを想っていたからこそ、神様として接したんだ」
相棒「どういうことだ」
主人公「子供は神の子。成長して、もし神様になれたら毎日が幸せなはずだ。どんな苦労も背負うことはない。そう考えて、信じて、本当に神様になれるよう願って行動していたんじゃないかな。僕は親としてまだまだ日が浅いけど、親の気持ちで考えたら、そんな想いばかりを想像してしまう」
ミス「どうかな、お菊さん」
お菊さん「うん。そうじゃろうね、きっとそう」にこっ
ヨウジョ「じゃあ、頑張って神様になろう」
お菊さん「うん!」
ヨウジョ「私も頑張って怪獣になるからね。競争だよ」
お菊さん「くく、このあたしと競争か。決して負けぬよ」
ヨウジョ「がおー!」
お菊さん「がおぉー!」
二人は打ち解けて姉妹のように仲良くなった。
お菊さんは屈託のない笑顔でこの時間を楽しんでいる。
あどけない態度で主人公達に接する。
彼女は今、どうしようもなく幼女だった。
お菊さん「見ね!蟹を描いた!」うきうき
主人公「よくそんな丸っこいドングリに」
相棒「こっちも凄い!見ろ、ガッズィーラだ!」
ヨウジョ「凄いでしょう」ふふーん
ヨウジョは得意気にドングリガッズィーラを皆に見せつけた。
お菊さん「ほお、これは上出来じゃ」
ヨウジョ「その蟹さんも可愛いね」
お菊さん「いやいや、そちらは細かいところまでよく描かれておる」
ヨウジョ「蟹さんも本物みたいで上手」ぱちぱち
お互いに気持ちよく褒め合って、その称賛の摩擦で熱を高める。
瞳のなかで火花が弾けた。
いよいよドングリゴマによる斗いが始まる。
ミス「用意はいい?」
お盆を二人の間に置く。
漆で滑らかなフィールドはコマの対決にもってこいだ。
そこへ二つのドングリが、ちょこんと立てられた。
ミス「よおーい」
互いに爪楊枝の頭を摘まむ指に力を入れる。
ミスリーダーは緊張しながらも火蓋を切った。
ミス「どんぐり!」
ヨウジョ「えい!」
お菊さん「それ!」
ほぼ同時に回転するドングリ。
回転速度は申し分なく、引き合うように激突した。
相棒「馬鹿な!まだ加速するというのか!」
キュイン!カッカカッカカカッ!!
主人公「うっ!衝撃波が広がる!」
ギュギギギ!ガギュガガガドウッ!!
ミス「ああ!」
チッチチッ……!
ミス「お菊さんのコマの回転が弱まった」
お菊さん「ここからじゃ!」
ヂュイイイイイイ!!
相棒「馬鹿な!まだ加速するというのか!」
カカカッカカカッガリリリリリ!!
ヨウジョ「いけいけー!」
主人公「ガッズィーラも加速する!」
キュパン!
ミス「両者飛んだ!」
トッキュキュ……キュ!
ミス「勝者、お菊さん!」
お菊さん「はあ……はあ……」
ヨウジョ「すごいね……」
主人公「まさかお盆のフチで回転を続けるとは」
相棒「すずりちゃんのドングリもよう頑張った」
時間にして五秒ほどか。
二つのドングリは回って、ぶつかって、最後に飛んだ。
しかし、お菊さんのドングリはフチで回転を続けた。
瞬くこと三度して、ドングリは回転をやめた。
ヨウジョ「もう一回!」
お菊さん「かかってきね」
ドングリゴマによる斗いは二十三回に及んだ。
互いに勝ち負けを繰り返し、最後は同時に倒れた。
その殴り愛の末、ドングリより固い友情が育まれた。
ヨウジョ「あー楽しかった」
お菊さん「久しいね。こんなに楽しいのは」
ミス「ケモナちゃんから連絡です」ひそ
相棒「直に到着。それは助かった」
主人公「外で待ちましょう」
お菊さん「何をひそひそしとる。カスタードシュークリームがやっと出来たか」
ミス「はい。お待たせしてすみません」
お菊さん「ふむ。時刻は三時前、約束は守ったね」
ミス「あれ」
お菊さん「何じゃ。約束はおやつ時と言ったろう」
ミス「昔の時間では二時よね」
お菊さん「昔はね。現在は、おやつ時と言えば三時。違うかね」
ミス「合ってる」
主人公「ミスリーダー」
ミス「すみませーん」てへりんこ
主人公「いい時間でしたね」
ミス「それは、どういう意味ですか」
主人公「いつか僕が読んだ子育ての本にこう書いてありました。子供と仲良くなるには気持ちを共有するのが一番だと。二人にとって、心を通わせる、とても有意義な時間だったと思います」
ミスリーダーがヨウジョに注目すると、彼女の目は柔らかく垂れて、三日月みたいな口は嬉しそうに答えた。
ヨウジョ「楽しかったよ」
ミス「すずりちゃん。呼び出してごめんね」
ヨウジョ「ううん。神様と友達になれたから気にしないで」
ミスリーダーはヨウジョの優しさに泣いた。
葉を伝う朝露のような涙を、お菊さんが汚れるのも厭わず着物の袖で拭う。
ミス「ありがとう。もう平気」くすん
相棒「さてと。それじゃあ、迎えに行きますか」
お菊さん「待て。飾り付けが出来ていない」
ミス「鶴は百三十二羽しかいないのよ」
お菊さん「それは構わぬ。適当にその辺に飾っておくれ」
ミス「アニメイツ」
お菊さん「しかし、どうも物足りないねえ」
主人公「ドングリも飾ろう」
お菊さん「それはない」
相棒「壁に絵を描いたらどうだろう」
お菊さん「踊る阿呆に見る阿呆」じとー
相棒「よく分からないけど傷ついた」
主人公「それ、もしかして僕も含まれてる?」
相棒「阿呆が二人いるからそうだろう」
主人公「なら傷ついた」
ヨウジョ「ねえ、あの綺麗なお花は?」
お菊さん「爺からの見舞いじゃ」
ヨウジョ「あれ飾ろうよ」
お菊さん「ふむ、そうじゃね。ちょうどいい」
主人公「花瓶はある?」
お菊さん「んにゃ」くびふりふり
相棒「仕方ない。すぐそこの古墳から掘ってくるか」
主人公「そんな無茶な」
ケモナ「しあやちゃんのお父さんが花瓶を買ってくれるわん!」
主人公「ケモナちゃん、それは本当か」
ケモナ「映像を見て選んで欲しいわん」
主人公は腕時計から映像を立体的に映し出す。
お菊さんは、むむ、と真剣な面持ちで腕を組んだ。
主人公「お菊さん、どれがいい」
お菊さん「んーとね。えーとね。その赤いの」
ケモナ「それ蛸壺だわん」
相棒「あん、もう。ややこしい店だな」
ヨウジョ「ふふっ」くすくす
お菊さん「じゃあ、こっちの赤いの」
ケモナ「お買い上げー」
コスプレイヤ「ちょっと待って、これ映ってるの?」
ケモナ「ケモナのドローンを中継して映ってるわん」
主人公「もう直したんだ」びっくり
相棒「さすがだ」うんうん
コスプレイヤ「すずりちゃーん」てをふりふり
ヨウジョ「はーい!」てをふりふり
コスプレイヤ「見えてますか?」
ヨウジョ「見えてますよ」
コスプレイヤ「もうすぐ行くからね」
ヨウジョ「うん。待ってるね」
コスプレイヤ「ばいばい!」
ヨウジョ「ばいばい!」
以上で可愛い通信は終わった。
主人公「おい見たか」どきどき
相棒「久しぶりに見たら刺激が強いな」どきどき
ミス「幼女の着物姿に浮かれない。ここからが本当の戦いです、気を引き締める」
主人公と相棒「アニメイツ!」
お菊さん「くく、本当の戦いか」ぺろり
ヨウジョ「そんなにシュークリーム食べたいの」
お菊さん「うむ。楽しみで仕方ないねえ」
ヨウジョ「モモちゃんはね、本当にお料理が上手なんだよ」
お菊さん「大人よりもか」
ヨウジョ「うん。お母さんが弟子にしてくださいって言ってた」
お菊さん「ほう。それはとんでもない魅力じゃ」
ヨウジョ「うん。お母さんメロメロって言ってた」
そう言うヨウジョの顔は少し嫉妬しているように見えた。
そして、悔しそうにしながらも衝撃の告白をする。
ヨウジョ「実はね。私も弟子にしてもらったの」
主人公「それは聞いてない!」
その言葉に誰より早く反応したのは主人公だった。
彼女の成長の凄まじさを知っているからこそ、未知なる脅威を瞬時に察知できたのだ。
主人公「どこまで料理できるの」
生唾を飲み、おそるおそる聞く。
ヨウジョ「ハンバーグが作れます!」えへん
お菊さんは壁に勢いよく背をぶつけてへたりこんだ。
お菊さん「ハンバーグ……じゃと」
主人公は膝を落として心のままに叫んだ。
主人公「まだ五才だよ!!」
ヨウジョ「すごいでしょう」ふふん
相棒「何事も歳は関係ないと言いますが」
ミス「ええ、これはもう人智を超越した非常識です」
相棒「モモちゃんのことだけでも、まだ納得出来ていないのに……!」
相棒は己の未熟さに壁に拳を優しく叩きつけた。
それから束の間、一行は黙々と作業を行った。
しばらくして、その沈黙を揉みほぐすように外から幼女達の笑い声が聞こえてきた。
相棒「はやっ!」
主人公「行こう、お出迎えの時間だ」
ミス「ご挨拶もしっかりお願いします」
花衣でおめかし幼女の行進は真に華なりけり。
相棒「芸術的だ」とくん…
主人公「異国人であるモモちゃんが芸術性をうんと高めているに違いない」とくん…
ミスリーダーだけが動じることなくコスプレイヤの父親に挨拶を済ませた。
二人はその傍らで強風に煽られるカカシらしく何度も会釈だけした。
ミス「きちんと挨拶してくださいと言いましたでしょう。本当に情けないおじさん達ですね」
怒るミスリーダーの口は鋭く尖り、目は二人を向かず中心に寄っていた。
相棒は、つい小さく笑ってヘラヘラしてしまったが、主人公は俯いて反省し、肩を小刻みに上下させながら、ミスリーダーの仕事に対する生真面目な姿勢に感服した。
コスプレイヤ「お花がいっぱい落ちてるね」
メカヨウジョ「とても綺麗です」
その言葉を聞いて憂鬱を思い出したお菊さんはガクッと項垂れた。
コスプレイヤ「どうしたの?」
ミス「落ちているお花は全部、お菊さんが大事に育てていたお花なの」ひそ
タマランテ「まあ、お婆さん元気だしてくださいな」
お菊さん「お婆さんじゃない……」
ヨウジョ「神様だよ!友達には優しくしてあげて!」
タマランテ「分かりました。ほら神様、約束のシュークリームでしてよ」はい
お菊さん「ん……ありがとう」
タマランテ「……だれ?」じとー
主人公「昨日と同じ子だよ。本当にショックなんだ」
タマランテ「お待ちなさい」
そう言って、幼女ながら手際よくミニフォンでどこかへ連絡をするタマランテ。
電話はすぐに繋がった。
タマランテ「へい、ビッグダディ。今お仕事中ですの?」
主人公「まさかタマランチ会長に頼むつもりか」
相棒「持つべきは権力だな」
主人公「いや、そこは友だろう」
タマランテ「話は決まりましてよ。花畑はまた元通りになりますの」
お菊さん「本当!」きらきら
タマランテ「もち!」うぃんく
ミス「私も改めてタマランチ会長と話し合いをして、町の人と一緒に、花畑もお社も元通りにすることを約束するわ」
お菊さん「おお……ありがたや」
ミス「神様にそう言われるとむず痒い」
お菊さん「ありがとうねえ」むぎゅー
タマランテ「よく分からない人ですの」はなして
コスプレイヤ「すずりちゃん」
ヨウジョ「なに?」
コスプレイヤ「あれが神様のお家?」
コスプレイヤはボロボロになったお社を指差して言った。
お菊さん「ほうじゃ。あのボロボロがあたしのお家」
ヨウジョ「あっちじゃないの」
お菊さん「あっちは、一休みするお部屋」
ヨウジョ「そうなんだ」
お菊さん「ここで立ち話もなんじゃ。部屋へ行こう」
招待され、お菊さんについて部屋に入る。
畳の上が幼女でいっぱいになったのと、彼女達の女子会を邪魔してはいけないという二つの理由から大人達は境内の掃除を再開した。
タマランテ「折り紙がたくさん」
ヨウジョ「飾り付けしたの」
メカヨウジョ「この菊の花束を飾るために花瓶が必要だったんですね」
菊の花束は畳の上、中央に飾られていた。
それをちょいと退かして、お菊さんがお盆を置く。
お菊さん「机がないからここでスウィーツを食べようね」
タマランテ「私は結構でしてよ。あなたのために作りましたのに、自分が食べては意味ありませんの」
お菊さん「なら、あんた達は冷蔵庫から好きなスウィーツを食べね」
ヨウジョ「いいの……?」
お菊さん「今日はよい。特別じゃ」にかっ
許可を得た、いや、鎖から解き放たれた怪獣達は欲望のままにスウィーツを次から次へと取り出した。
冷蔵庫は大きな口を開け白い息を吐きながら、幼女の食欲にただ驚いた。
メカヨウジョ「全部は駄目ですよ」
ヨウジョ「いいって言ったよ」
ケモナ「でも、食べきれなさそうわん」
ヨウジョ「お腹が空いてるから大丈夫」
反論を許さない正論だ。
お腹が空いているならば、スウィーツはいくらでも吸い込まれるだろう。
なにより今、幼女は涎を垂らしたいほど甘いものを求めていた。
お昼はあえて食べなかった。
シュークリーム作りが忙しかったのもある。
生まれて初めて、お母さんが握ってくれたおにぎりを口にしなかった。
だからこそ余計にお腹が空いていたし、さっきの遊びでその気持ちは増していた。
減る空腹と増える渇望。
疲労回復には糖分。
つまり、幼女が甘いものを多分に求めるのは宿命的に必然だった。
お菊さん「まあよい。残しゃあ、髭なしとモミアゲと美人が食べる」
タマランテ「だれ?」
ヨウジョ「おじさん達のことだよ」
タマランテ「ああそう」
お菊さんが人数分の紅茶を用意して、満を持してティーブレイクとなる。
その精神への威力は甚だしく、腹から雄叫びを上げていた怪獣達がすっかり大人しくなった。
お菊さん「いよいよ御対面じゃ」
お菊さんが紙袋から保冷バックを取り出す。
チィー、という音を立ててファスナーが引き裂かれた。
焦る気持ちを抑えて、その中からゆっくりと物を一つ引きずり出す。
お菊さん「なんと綺麗な形のシュークリームじゃ!」
隣でタマランテとメカヨウジョが。
(`・ω・)人(・ω・´)
安堵の笑顔を交わしたところからみて、この見事に膨らんだ生地を作り上げたのは二人に相違ない。
タマランテ「どうぞ頂いてくださいませ。この私の腕前、しっかり味わってくださいまし」
お菊さん「うむ。頂こう」
カリッ。
サクサクッ。
お菊さん「んん!」
舌に絡みついて離れない、濃厚なカスタードクリームが口腔内に広がった。
同時にバニラビーンズの優しい香りが豊かな甘味を濃密に満たしていく。
口、鼻、脳、それから全身へ歓喜の奔流が巡るのが止まらない。
チラとシュークリームの噛み後を見ると、それもまた美しかった。
まるで黄金を秘めたピラミッド。
突然、心に深く埋もれた時計の針がノンストップで逆さに回り出す。
目も意識もぐるぐるして、気が付けば、懐かしい両親の姿が光のなかにあった。
お菊さん「おっかあ、おとう」
涙は零れなかったが、笑顔は溢れた。
お菊さん「あたしは幸せです」
時計がやっと壊れた。
しがらみのパーツが粉々に砕けて塵となる。
お菊さん「とっても美味しいね!」
彼女は今、これでもかと幼女だった。
お盆も礼儀作法も放り投げて、愛のままに、わがままにスウィーツを畳のあちこちへ広げた。
お菊さん「みんなでスウィーツパーティーじゃあ!」
わあ、と拍手喝采。
お菊さん「ありがとう。この生地も、カスタードも最高級じゃ」
タマランテ「カスタードはケモナとしあやの実力ですの。二人はよくやりましたよ」
コスプレイヤ「えへへ」てれ
ケモナ「照れるわん」しっぽふりふり
お菊さん「くくく、完敗じゃね。あたしの負け」
五人寄れば幼女の萌え。
幼女でも、五人集まればスーパーヒーローみたいな力を発揮して、神様を打ち負かすことだって出来るのだ。
しかし、打ち負かすことが彼女達の本当の目的ではない。
タマランテ「ねえ、あの、もし、その……」もじもじ
お菊さん「どうした。何でも言ってみね」
タマランテ「私でも神様と友達になれますか!」
お菊さん「もち」うぃんく
打ち解けることこそ目的だ。
もちろん、意識してのことではない。
純粋なばかりの愛がそうさせるのだ。
メカヨウジョ「神様と友達。とても信じられません」
お菊さん「あたしも、ロボットの幼女なんてどうも信じられん。けどじゃ」
お菊さんはタマランテとメカヨウジョの手をそれぞれに取った。
お菊さん「こうして手を取り合えば友達。それは間違いなかろう」
メカヨウジョ「うん」にこっ
コスプレイヤ「みんな仲良しでずっと友達!」
幼女達は輪になって手を取り合った。
その魅力の讃歌は衝撃波というビッグウェーブに乗って外の三人へも届いた。
相棒「ぐあっ!」がくっ
ミス「このトキメキ!まさか幼女の魅力!」ふりむき
主人公「腰が痛む!」ずきっ
ミス「それは重労働のせいです。休憩してもいいですよ」
相棒「無理するな」
主人公「はは、ありがとう。優しさに少し和らいだ」
ケモナの遠吠えがまだまだ響き渡る。
博士のもとへもそれは届いた。
博士「作戦成功、お菊さんの心はようやく救われたか。よくやってくれた」
残響、近い未来へ。
鮮やかな菊が満開の花野の傍ら。
立派なお社へ、七種しあやが作った菊人形が贈られた。
子供達はカスタードシュークリームを、大人達は菊酒を片手に人々は来年の夢や希望を語り合う。
隣の古墳公園には菊料理の出店が並んで賑やかだ。
しあや「神様、会えなくなっちゃったね」
すずり「それはきっと神様になったから。仕方ないよ」
しあや「寂しいな」
すずり「悲しい顔したら罰当たるよー」
しあや「そうだね。昔みたいに叱られそう」
すずり「あの日ね、神様は私に言ったの。いつでも側にいるって」
しあや「……!」
すずり「どうしたの。手を握って」
しあや「私じゃないよ」
すずり「じゃあ、今のは」
瑞穂の家庭料理を学ぶ目的でそう決まった。
彼女のツンケンしていたお姫様気質は、友達と日常を過ごすことで彼女らが自分と変わりない存在であることを学び、今では随分と大人しくなった。
そうして増して仲良くなった幼女達は朝から夜まで毎日のように戯れた。
それによって起こる魅力や萌の激突は多く、物理的にありとあらゆるものが散らかって大人達は片付けに苦労させられた。
それも夏の暑さと同じにようやく落ち着いて、涼しい秋が来た。
切なさとカスタードの香りが漂うこの季節。
どこかで一人の幼女らしき影が嬉しそうに笑った。
主人公「はあ……」
相棒「秋が 儚い 季節だからって、朝から憂鬱なため息を 吐かない でくれ。なあんてな!」
主人公「つまらない」
相棒「笑ってくれるかなと思ったんだが」
主人公「気遣いだけは有り難く頂戴するよ」
メカヨウジョ「ピーマンあげるから元気だして下さい」ちょん
主人公「それはパプリカだ。食べなさい」
メカヨウジョ「むぅ……」
ミス「パプリカもダメなの。困ったね」
メカヨウジョ「いらない」よけ
相棒「好き嫌いは仕方ないけれど、食べられるものが多い方が色んな料理を食べられて楽しいと思うな」
メカヨウジョ「果たしてそうでしょうか」きっ!
ケモナ「すずりちゃんは克服しようと、昨日もモモちゃん特製ピーマンの肉詰めで特訓したわん」
メカヨウジョ「私は調理しなくとも食べられます」がぶ
相棒「えらい」ぱちぱち
主人公「ごちそうさまでした」
ミス「お残しは許しまへんで」
主人公「どうも食欲がなくて。お昼に食べます」
ミス「ホッケの一夜干しにまったく手をつけていないじゃないですか」
メカヨウジョ「味噌汁しか飲んでいません。ご飯もいっぱい残してます」
主人公「ごめん。おじさんは歳取ると調子が悪くなりやすいんだ」
ミス「上司として命令します。悩みがあるなら相談してください」
主人公「でも、プライベートと言うか、家庭の問題と言いますか」
相棒「娘さんのことだな」
主人公「……そう。毎日欠かさず電話しているんだが、電話越しでも我慢させているのが分かって辛いんだ」
相棒「お母さんは?」
主人公「キュン死にした」
相棒「あ……そうか。ごめんな」
主人公「構わない。それから僕は娘と二人で生きようと決めたんだが、紅白がぜひ預かりたいと頼んできた」
ミス「紅白が?理由は何でしょう」
主人公「幼女の遺伝子の研究です」
ミス「なるほど。それで、その後あなたは単身、こちらへやって来たんですね」
主人公「はい」
相棒「断って一緒にいれば良かったじゃないか」
主人公「仕事だと頼まれると断れなくて」
相棒「お前は馬鹿真面目だ」
主人公「もっと責めてくれ」
相棒「親失格だ!」
ミス「それは言い過ぎです」
主人公「いえ、その通りです。僕はキュン死に覚悟で側にいてやるべきだった」
相棒「そう言えば、お前はどうしてキュン死にしなかった」
主人公「娘が萌えた時、確かに夫婦揃ってトキメキした。でも、まず妻がキュン死にしたんだ。それがショックで僕は一命を取り留めた。で、紅白に連絡して現在に至る」
相棒「どうすれば良かった」
主人公「さあ、分からない」
相棒「なら、今度はどうする。そう考えるべきじゃないか」
主人公「抱き締める。そして一緒に暮らす」
相棒「よしよく言った。そうと決めたら、さっさと桜宮に戻れ」
主人公「今年いっぱいは仕事する」
相棒「あちゃー馬鹿真面目にも程がある」
主人公「自ら引き受けた仕事だ。投げ出すようなことはしない」
ミス「あなたがそう言うならそうしてください」
相棒「ちょっとミスリーダー」
ミス「現実から逃げたくないのでしょう」
主人公「はい」
相棒「まあ分かった。ただ、一つだけ言っておく。おじさんが一人で悩んで無理する姿は見苦しい」
主人公「はは、そうだな。これからはよく相談させてもらう」
相棒「実は俺は聞き上手なんだ。この相棒が引き受けた」
メカヨウジョ「私は……そうだ。新しい発明品があります。今から試験を手伝ってください」
主人公「気を遣わせてごめん」
メカヨウジョ「ううん。本当に手伝って欲しいのです」
主人公「分かった。ただし、ことほちゃんがサラダをきちんと食べ終わったらね」
メカヨウジョ「あなたがご飯をきちんと食べるならそうします」
相棒「言われたな」このこの
主人公「ミスリーダー、せっかくの手料理を冷ましてしまって申し訳ない。それでも頂いてよろしいでしょうか」
ミス「チンすることを命じます」
主人公「アニメイツ」ピッ
悪戦苦闘の末にサラダを食い散らしたメカヨウジョは、二人を外に待たせて巣に戻った。
主人公「博士の跡を継いで発明なんて本当に偉い」
相棒「ケモナちゃんと連携しているから心配もなさそうだ」
メカヨウジョ「お待たせしました」とたとた
メカヨウジョは紐をくくりつけた幼児向けの白い乗用玩具を引っ張って現れた。
主人公「押し車じゃないか」
相棒「なんだ遊んでほしかったのか。と言うか、よく作ったなこれ」
メカヨウジョ「これはネットショッピングで購入したものです。それに私がラジコンを取り付けました」
相棒「ラジコンを取り付けるのが凄い」
メカヨウジョ「はい。リモートコントローラーです」
主人公「任せた」
相棒「え!俺!」
主人公「こういうのは、あなたが得意だろう」
相棒「いやでも」
主人公「いいかな、ことほちゃん」
メカヨウジョ「分かりました。主人公はちゃんと見守っていてください」
主人公「アニメイツ!」ビシッ
メカヨウジョ「さ、遠慮なく走らせてください」よいせ
相棒「よし行くぞう」
相棒が左手親指でレバーを倒すと車はモーターを唸らせて発進した。
スピードを調整しながら、右手でハンドルを操作する。
車はぎこちない動きで田舎道を疾走する。
主人公「畑に落ちないよう気を付けろ」
相棒「分かってる。というか、これ何の役に立つ」
主人公「あやすにはもってこいじゃないか」
相棒「そういう使い方か」
主人公「あ、待て!落ち、おちおち落ちたあ!!」
相棒「やってしまった……」がくっ
メカヨウジョは車と一緒に荒涼とした畑に転がり落ちてしまった。
ケモナが平気だと腕時計を通じて二人に知らせるもショックで耳に入らない。
と、メカヨウジョの可愛らしい頭が見えた。
我に返った主人公が走り出すも、すぐに青白い顔で引き返して、相棒の横を矢のように駆け抜けて行った。
相棒「おい!主人公!」
メカヨウジョ「ガオー!」とたたた
相棒「ひゃあああごめんなさあい!」にげっ
数分の鬼ごっこを経て、無尽蔵の体力に屈したおじさんは服の裾をわしっと掴まれて捕まった。
相棒「ひい……ひい……許して」とくんとくん
メカヨウジョ「ケーキが食べたいな」きゃぴ
相棒「何……ケーキだ」どきっ
メカヨウジョ「色々です」くるくる
相棒「じゃあ今日……おでかけの帰りに買ってやろう」どきどき
メカヨウジョ「わーい!」ぴょんぴょん
相棒「もえ……」ズシャア
主人公「相変わらず容赦ない」
主人公は三㍍も離れた茂みから様子を伺いながら怯えている。
メカヨウジョはいつもと変わりなく倒れた相棒を指で突っついて遊んでいる。
メカヨウジョ「隠れてないでおいで」ちょいちょい
主人公「いや、僕はここから話そう」
メカヨウジョ「ガオー」とたとた
主人公「まったく今日はご機嫌だな」
主人公はメカヨウジョを、ひょいと抱き上げて言った。
彼女はぷらーんとぶら下がったまま足をパタパタさせて、にこやかに答える。
メカヨウジョ「この後、みんなで商店街に行く予定です。それが楽しみで仕方ないのです」
主人公「僕達もそろそろ準備しなきゃな。ケモナちゃん」
ケモナ「わんわんわん!」ととと
メカヨウジョ「お散歩中です」
主人公「今さらだけど、四つ足じゃなくて二本足で走るんだ」
メカヨウジョ「女の子ですから。犬扱いは傷付きますので気をつけてください」
主人公「ケモナちゃん!おいで!」
主人公が呼ぶと、ケモナは喜んで足元へ駆け寄ってきた。
メカヨウジョを下ろして、触れることは出来なくても頭を撫でてやる。
主人公「可愛い子だなあ……」にやにや
ケモナ「もちのわん!」しっぽふりふり
メカヨウジョ「トキメキしていますよ」
主人公「二人が可愛いから」ときとき
ケモナ「そうだ、お出かけマップできたよ。時計に送るね」
主人公「住宅街を抜けて歩道橋を渡り商店街へ。昼食を終えたら住宅街を抜けて図書館か。道中、信号のない横断歩道がいくつかあるな」
ケモナ「そこはケモナに任せてわん。過保護にならなくても平気よ」
主人公「過保護だなんて参ったな。そう言われちゃお節介は出来ない」
メカヨウジョ「みんな成長しています。安心して見守ってください」
主人公「うん。分かった」
相棒「はっ!」
主人公「起きたか」
相棒「またやられたな」
メカヨウジョ「ケーキの約束は覚えていますか」
相棒「ちゃんと覚えてる」
ケモナ「ケーキ屋さんを予定に追加だわん」
相棒「そうだった。もうこんな時間か」
メカヨウジョ「はやく準備してください。遅れちゃダメですよ」
相棒「アニメイツ!」
先に支度を終えたのは主人公だった。
道の真ん中に立って薄化粧した山を眺める。
紅葉を楽しめるまではもう少しかかりそうだ。
お菊さん「のう、そこの殿方」
主人公「ん?」
声のする方へ向く。
いつの間にか、菊の花模様があしらわれた着物の似合うおかっぱ頭のおなごがいた。
主人公は驚いてドキッとした。
主人公「どうしたの」
お菊さん「さっき、おケーキの話をしていたじゃろう」
主人公「うん。聞いてたの」
お菊さん「うむ。それから待っておった」
主人公「そう」
お菊さん「聞け、あたしゃあカスタードが大の好物じゃ。シュークリームを買うて帰れ」
主人公「君、お父さんとお母さんは?」
主人公は片膝をついて、目線を合わせる。
ビードロ玉のような瞳にはまるで万華鏡と変わらぬ魅力があった。
お菊さん「親はおらぬ」
主人公「どこにいるのかな」
お菊さん「戯言はよい。買うて帰れ、分かったね」
主人公「分かった」
主人公はなぜか断れなかった。
彼の心が勝手に了承した。
その違和感から断ろうとした時、玄関の戸が開かれる音がして視線を外した。
相棒「おまたー!」
相棒がふざけて手を振っている。
彼が階段を駆け降りるタイミングでメカヨウジョも外へ出てきた。
ハッとなって視線を戻すと、彼女はどこにもいなかった。
まるで金縛りにでもあっていたのか、やっと体が自由を取り戻した気がした。
相棒「どうした?」
主人公「さっき、ここに女の子がいた。ことほちゃん達と同じ年頃の女の子だ」
メカヨウジョ「サーチしても周囲に生命体はありません。鳥さん一匹もいません」
主人公「まるで幼女だった」
相棒「え?」
主人公「それくらい魅力的だった」
相棒「お前、変な冗談はよせ。怪談の時期は過ぎたろう」
主人公「冗談じゃない。感覚的にそうだったんだ」
相棒「現在、覚醒した幼女はこの島に五人。ヨウジョ、コスプレイヤ、ケモナ、メカヨウジョ、タマランテの五人しかいない」
相棒はわざわざ主人公の前で指折り数えた。
隣でメカヨウジョも頷く。
主人公「分かっている。きっと気のせいだ」
相棒「ところで、何か話したのか」
主人公「さっきの話を聞いていたらしく、シュークリームを買ってきてとお願いされた」
相棒「可愛いらしいお願いだが、真に受ける必要はない」
主人公「それはそれで悪い気がする」
相棒「余所の子だ」かたぽん
主人公「そうだな」
ケモナ「おかしいわん。この村は立ち入りが禁止されていて、ボーダーラインにはガードフェンスが設置されてるよ」
相棒「幼児なら忍び込むくらい容易いだろう」
主人公「それはそれで問題だ。もし迷子なら一大事だ」
相棒「確かに。ケモナちゃん、悪いけどドローンを使って周囲一体の迷子探しをしてくれ」
ケモナ「林の方を重点的に探してみるわん!」
相棒「頼んだ!」
メカヨウジョ「おでかけは中止にしましょうか」
主人公「大丈夫。ミスリーダーに連絡を入れて、こっちのことは特務員に頼む。さあ、車に乗って」
メカヨウジョ「はい」
相棒「もしもしミスリーダー、応答願います」
ミス「どうしました」
相棒「まだ出発前なんですが」
ミス「なら、直接話したらどうでしょう」
相棒「そっちゃ、そうですね」
主人公「行ってくる」
相棒「主人公が向かいました。詳しい話は彼から聞いてください」
ミス「分かりました」
五分くらいして主人公は戻った。
話は通って、すぐに調査隊が送り込まれることが決まった。
相棒「特務員て普段は普通に働いて町で待機しているんだよな」
主人公「そうだ。避難誘導を終えたら緊急で駆けつけてくれる」
相棒「商店街の人が倒れたらどうする」
主人公「代わりに、臨時で若いボランティアの方が待機するそうだ」
相棒「そうか。しかし、商店街の人は本当に頑固だよな。わざわざ支部にまで大挙して詰めかけて、それで見守らせてくれなんて」
主人公「いいことじゃないか。頼もしくて」
相棒「俺はな、お前のように痛めつけられたくないんだ」
主人公「肉屋でのデスマッチは特別だ。駄菓子屋さんの老夫婦は優しかった」
相棒「だが、情報によると鉄板焼を営む夫婦は、夫がタマランチ会長も守ったことのある元ベテランボディーガードで、奥さんが現役ボルダリング選手だ」
主人公「だからなんだ。怖がる必要はない」
相棒「何もなければいいがな」
主人公「心配しなくても何もない」
相棒「ん、今日は雲の流れが速い」
ケモナ「台風が近づいているわん」
主人公「今朝、テレビで言ってたな」
相棒「ケモナちゃん、そっちの様子はどう?」
ケモナ「ミスリーダーに行っていいって言われたからそっちに向かっているわん」
相棒「じゃあ、幼女邸で合流だ」
ケモナ「アニメイツ!」
主人公が駆るリムジンがもうじき幼女邸に到着しようという頃。
ミスリーダーが待機する支部に紅白のワゴン車が四台到着した。
ミスリーダーは車の音を聞きつけて出迎える。
そこには男女合わせて二十人ほど集まっていた。
その中でいちばん年配のおじ様が前に出て挨拶する。
永橋「梅、松、竹、桜。四班の特務員が揃いました」ビシッ
ミスリーダーは敬礼を返して皆を労う。
ミス「皆々様、お忙しいなか本日もご苦労様です。さきほど連絡して申し上げましたように、これからさっそく幼女の調査を開始します」
永橋「捜索ではなく、なぜ調査なのでしょう。何か心当たりがおありなのでしょうか」
ミス「あります。主人公の前に現れたのは恐らく国家機密幼女でしょう」
その言葉に場が騒然とする。
ミスリーダーは静かになるのを待ってから話を続ける。
ミス「これ以上は何も言えません、というより、正直に私もよく知らないのです」
永橋「それで、我々はどう致しましょう」
ミス「国家機密幼女は甘菊神社にいるとみて間違いないでしょう。松竹班は甘菊神社へ向かってください。梅桜班は私と一緒に博士を伺います」
一斉にアニメイツと声を張り上げて答える。
そこから強い使命感が感じられた。
ミス「松竹班はくれぐれも気をつけてください。国家機密幼女は人を操る術を持つようです。ターゲットを発見次第、シャッターチャンスを逃さず連続撮影、そのまま全力で逃げてください」
競り人として活躍して長い小太りの中年、昨日でめでたく満四十二歳、海神禿が市場の競りで鍛えた威勢のよい発声でおさらいする。
カムロ「幼女を盗撮して素早く逃走すればいいのですね!」
ミス「意味は合っていますが言葉使いが甚だしく間違っています。我々は我欲の悪魔とは一線を画する慈愛の天使として任務に挑んでいます。それを努々忘れぬよう、言葉と態度と信念を新たに正しく心掛けてください」
一斉にアニメイツと声を張り上げて答える。
そこから揺るぎない優しさが感じられた。
ミス「では出動!」
老いた天使達が翼を軋ませて、隊列を乱しながらゾロゾロと目的地へ向かう。
そうして二十分前後。
ミスリーダー率いる梅桜班は一軒の古民家へやって来た。
手入れが行き届いた茅葺きの屋根が美しい佇まいが特徴的で、庭には菊がいっぱいに爛々と咲き溢れていた。
ミスリーダーはその家を囲むよう隊員達を配備した。
ミス「博士!いらっしゃいますか!」
ミスリーダーが呼び掛けると、中から物音がして、間もなく博士が玄関の戸を引いて顔を出した。
博士「逃げも隠れもしない。わしは信頼第一に真面目に反省しているぞ」
博士は表情でも言葉でも不満を表して言った。
ミス「お久し振りです。まるで五十代の顔つきですね、顔色もよく、とても若々しくお見受けします」
博士「毎日毎日毎日うんざりするほど、健康的な食事を指示され、町への買い出しという運動を命じられてこうなった」
ミス「なるほど。実に健全に過ごされているようでよろしく思います」
博士「それで何用だ」
ミス「尋問に来ました」
博士「お前は性格がハッキリしている」
ミス「毎日食卓を囲んだ私達の仲でしょう。誤魔化したり遠回しに言うようなことはやめようと思いました」
博士「私達の仲……か。とりあえず上がりなさい」
ミス「お邪魔します」
博士「外にいる人達も上がらせてあげなさい。労力の無駄だ」
一行は囲炉裏を中心に輪になって落ち着いた。
博士が皆にお手製ミックスジュースを配って話が再開する。
ミス「さて、ズバリ国家機密幼女について聞かせてください」
博士「わしもよう知らん」
ミス「何か心当たりがおありのはずです。以前、博士が朝の散歩に甘菊神社へ訪れていたことを私は知っています」
博士「ほう」
ミス「一度だけ。どこへ行くのか気になりまして」
博士「その時に見たんだな」
ミス「はい。見てはいけないものを見てしまったと思ってすぐに逃げましたが」
博士「逃げて正解だったぞ。あの日、彼女はお前を追おうとした。わしが止めたがな」
ミス「気付かれていましたか。それで彼女とは」
博士「お菊さん。神と縁のある幼女の始祖だ」
その言葉に場が騒然とする。
博士は静かになるのを待ってから話を続ける。
博士「これ以上は何も言えない、というより、正直にわしもよく知らない」
ミス「それはどういうことでしょう」
博士「お菊さんは警戒心が強く人に心を許さない。言われるがままカスタードシュークリームを献上し続けても何も話してくれない。いつの時代も人は幼女に弄ばれる運命なのだ」
口々に「そんなことはない」と声を張り上げて答える。
そこから運命への強い反抗心が感じられた。
ミス「過去に紅白は義勇隊と連携して人類滅亡を阻止しました。現在は一丸となってその運命を変えようと努力しています」
スーパーのパートとして活躍して長い美魔女の主婦、最近めでたく四人目の赤子を授かった、居神花梨がセールを伝える店内放送で鍛えた威勢のよい発声で否定する。
カリン「運命だと簡単に諦めないでください!」
博士「彼女は手強い。幼術という人を操る手段を持つ。それでも敵うと思えるか」
口々に「敵うじゃなくて叶える」ことを声を張り上げて主張する。
そこから人生を省みたおじさんおばさんのそれでも希望を諦めないという熱意が感じられた。
博士「火に薪をくべるように、人は新たな夢を持つとまた燃え上がるものなのだな。わしはその熱意を待っていた」
ミス「協力して致けますか」
博士「出来ることはしよう。まずは、お菊さんについて少しばかり知る話をしよう」
古墳の多く残る広大な公園の傍らにある鎮守の杜に、ぽつんと残るお社がある。
それが甘菊神社で、もう長らく忘れられていたのだろう。
銀色の輝きを失ったいぶし瓦が剥がれ落ち、本殿は苔に覆われて大きな切り株にも見える。
そこに彼女は一人でいる。
今から十年ほど前に彼女の存在は偶然に発見された。
幼術で村ひとつを支配していた。
紅白が交渉を試み、苦しい駆け引きのなかで、シュークリームの提供と引き換えにまず大人達が解放された。
それでも、お菊さんは頑なに幼女の解放だけは断った。
ここで紅白は強硬手段に出る。
義勇隊と連携して幼女に接触、戦いの果てに一人、また一人と解放に成功した。
そして一年後、最後の一人が解放された時、シュークリームの提供もなくなった。
抵抗するかといささか心配だったが、彼女は大人しく身を引いて本殿に籠った。
それは情報を得たい紅白にとっては困ることだった。
改めてシュークリームを奉り、彼女を信心深く崇めた。
しかし無駄だった。
それ以上に得るものはなく、これがわしの知る全てだと博士は話し終えた。
お菊さん「ふん、客人かと思えばなんじゃ。シュークリームにたかる羽虫共め」
その折り、当の甘菊神社で特務員達がお菊さんの姿を探っていた。
ところが彼らは知らない。
お菊さんが人前に姿を見せることは滅多にないことを。
永橋「そもそも簡単に見つかるはずがない」
一番年配の瀬田野永橋さんは、にんじんしりしりが好物で、その評論家として有名な男だ。
卓越した味覚と饒舌を持ち、たくさんの人々に頼りにされている。
善郎「どうする永橋さん」
沙代「あたしは連絡することを提案するよ」
永橋「今したところだ。どうやら、お菊さんは神様みたいなもので、滅多に姿を見せることがないらしい」
沙代「じゃあ、どうしろってんだい」
熊吉「そうだそうだ。これじゃあ幼女の撮影は中止だ」
他の隊員達も不安から不満ばかりを口にした。
それを面白いと見たお菊さんが周囲に笑い声を響かせる。
空気を震わせて突然に聞こえた笑い声に隊員達は肩をすくめる。
風が枝葉をなぶり、恐怖を増長させた。
沙代「ひい!どうか神様お助け!」
お菊さん「都合の良い神頼みなど聞き飽きた」
沙代「神様?」
お菊さん「どうかねえ。あたしゃあそのつもりじゃが、残念、認められたことはまだない」
永橋「あなたが、お菊さんですか?」
お菊さん「ほうじゃ羽虫共。貴様らがここへ何をしにきたかはお見通しじゃよ」
永橋「羽虫?」
お菊さん「あたしのカスタードシュークリームは誰にもやらぬう!!」
善郎「そんなの知らねえ!俺達は写真の撮影に来ただけだ!」びくびく
お菊さん「ほう、写真撮影とな。知っておるよ。カメラでパシャリとするあれじゃろう」
善郎「そうですそれだけなんです」
お菊さん「なら、貴様の周りに群がるとよい。一枚くらいなら許そう」
沙代「ありがてえありがてえ」
善郎「ほら、皆さん集まって!」
永橋「私がカメラで撮ろう」
永橋が一人外れて集まるみんなをフレームの中へおさめる。
と、レンズ越しに恐ろしいものを目にした。
途端、身を強ばらせてガタガタと大袈裟に震える。
その様子を見て善郎が声を掛けるも、永橋は気にするなと言って、何とかシャッターを切った。
連続して数十枚の写真が撮られた。
直後、永橋は脱糞。
そのまま倒れ伏した。
善郎「永橋さん!糞っ!」
仲間達がすぐに駆け寄るも異臭を嗅いで輪になって離れた。
それでも善郎は永橋を優しく抱いて労る。
善郎「一体どうしたんですか永橋さん」
永橋「こ……これを見てくれ」ぷるぷる
沙代がカメラを受け取って撮影した写真を確認する。
皆が笑顔で各々にポーズを取っている中心、そこに屈んで投げキッスをするチャーミングな女の子が写っていた。
永橋「お分かり頂けただろうか」
沙代「ああ、よく分かったよ」
善郎「沙代さん、俺にも見せてくれ」
沙代「やめときな。男には刺激が強すぎる」
そう言う彼女の足元には湯気の立つ水溜まりが出来ていた。
沙代「永橋さんや、あたしみたいになるよ」
善郎「そんな……」
隊員達は連続する異常についに堪らなくなってそそくさと逃げ出した。
残された三人へお菊さんが言う。
お菊さん「可哀想にねえ。しかし、人なぞ得てしてそのようなものじゃ。いつだって我が身よ可愛い身よ」
お菊さんは言い終わりに善郎の耳へ悪戯に息を吹き掛けた。
善郎の肛門が、ゾクッとした快感に抗って、そんなの馬鹿らしいと放屁した。
善郎「ふぁ……ふぁんぴぃ……」がくがく
お菊さん「安心せい、峰打ちじゃ。あたしゃあ色仕掛けは好まぬ」
そう言うも、善郎の耳垂をふにふに弄りながら外耳を可愛いらしい声でほじくりまわすのを止めようとはしない。
お菊さん「ふふ、トキメキするかこの色惚け。貴様はこのなかでも特に若くて男前じゃから遊びがいがあるねえ」
善郎「俺はこれでも三十六歳だ。最前線で戦う彼らと同じおじさんだ。俺も彼らのように人の役に立ちたい。幼女を見守りたい。だからこんなところで萌え尽きるわけにはいかないんだ」
お菊さん「そこまで言うなら、その役目を果たさせてやろう」
善郎「え……?」
お菊さん「そやつらのもとへ帰れ。そして伝えよ。カスタードシュークリームが足りぬ、もっと寄越せと」
善郎「はい」
お菊さん「あと、おケーキも和菓子も足りぬ。とにかくどんどんスウィーツを持ってこい。あたしゃあ腹が減って仕方ない」
善郎「わかりました」
お菊さん「お前を食ってやろうかあ!!」
善郎「ひいいい!」びくん
お菊さん「さっさと行けのろま!そこの汚い二人もさっさと帰って風呂に入って休め!」
永橋「い、いこう!」にげっ
沙代「待ってー!」にげっ
三人は何度も転びながら去って行った。
お菊さん「退屈じゃ。あー退屈じゃ」
落ち葉を蹴散らして弄び、ふと思いつく。
お菊さん「ほうじゃ。そろそろ、この島でチヤホヤされる幼女達をこらしめてやろう」
お菊さんはこの島へ新たに移送された幼女達のことを知っていた。
しかし、甘物和平条約に則り手を出すような真似はしなかった。
けれど、自分よりもチヤホヤされる幼女達に腹の限界、いや我慢の限界が訪れた。
ビュンと吹く風に乗って幼女達へ迫る。
相棒「幼女達は現在、商店街前にある新幼女渡月橋を侵攻中」
説明せねばなるまい。
新幼女渡月橋とは、去年、幼女を迎えるにあたって、幼女に配慮して改築された横断歩道橋である。
階段のない螺旋状の坂で作られたバリアフリー仕様で、階段を転げ落ちる危険をも排除した優れものだ。
そもそもなぜ、老朽化で危険と撤去されゆく歩道橋が残されることになったのか語らねばなるまい。
語ることはない。
生活に必要であって、横断歩道よりも安全とわざわざ作り直したのだ。
これは今も、幼女達だけでなく、通学路として利用する子供達の味方になっている。
相棒「以上です」
主人公「誰に説明しているんだ。そもそもミスリーダーは捜索にあたってお留守だ」
相棒「口が寂しい。だってほら、幼女達はあんなにお喋りを楽しんでいる」
主人公「おじさんもお喋りすればいいじゃないか」
相棒「気持ちの悪い。まあ、今更で、話すことがないのも事実だ」
主人公「なら黙っていよう」
相棒「ええー」
ケモナ「ケモナがお話してあげよっか」
相棒「ありがとう。でも、ケモナちゃんはみんなと楽しんで」
ケモナ「はーい」
主人公「僕達もそろそろ歩道橋を上がろう」
相棒「アニメイツ」
螺旋状の坂を上がりきったところで、向こう端で幼女達が固まって内緒話をしているのを見つけた。
もう螺旋状の坂を下っていてもおかしくない頃合いに幼女達が固まって内緒話をしている。
主人公と相棒は思い当たる理由を顎髭をさすりながら探ってみた。
剃り残しがザラザラとするだけで見当がない。
互いに見合い首を傾げて気もそぞろに訝しむ。
突然、一陣の風がおじさんから幼女へ吹き抜けた。
コスプレイヤ「きゃ!」
タマランテ「すごい風ですこと」
メカヨウジョ「台風が近付いていますから」
タマランテ「台風て何ですの」
ケモナ「すっごく危ない風だわん。瑞穂の国は世界で唯一、海に囲まれた島国。だから台風が毎年起こって大変なの」
タマランテ「ふーん。それより、あのおじさん達は本当にボディーガードですの」
メカヨウジョ「まだ慣れませんか」
タマランテ「ボディーガードはもっと側にいますの。おかしくありません?」
コスプレイヤ「近くにいたらドキドキしてバタンキューだから駄目なんだよ」
ヨウジョ「面白いから見てて」
そう言って。
ヨウジョ「がおー!」とてとて
と雄叫びをあげたヨウジョが二人目掛けて歩き出す。
相棒「おい!どうする、ここでまさかの攻撃だ!」
主人公「親睦を深めた気でいたがまだまだ信頼が足りないというのか」
相棒「逃げよう」
主人公「今日からは絶対に逃げない。僕達はどんな時でも幼女と向き合わなきゃならないんだ」
相棒「お前がそう言うならわかった。一人なら、スモークピーマンで何とかなるだろう」すっ
相棒が背負っていたリュックを降ろしてピーマンに似せた秘密道具を取り出す。
以前、メカヨウジョ撃退に貢献したとっておきだ。
それを、ためらいなくヨウジョの足元へ投げる。
発見、ヨウジョは反射的に後退した。
逃がすまいと、発せられたピーマン臭の燻煙が風に乗って幼女達を包み込む。
主人公「おい、やりすぎだ!あれじゃあ視界が遮られて危ない」
相棒「しまった。こんなはずじゃあなかった」
幸いにも突風で煙はあっという間に流れ去った。
しかし、ヨウジョとメカヨウジョをすっかり怒らせてしまったようだ。
ヨウジョ「がおー!」
とたとて!
メカヨウジョ「ガオー!」
二大幼女が走って迫る。
相棒は逃げようとして無様に坂を転がった。
主人公「一人で逃げるなんて卑怯だ!」
相棒「助けて!」
主人公「助けてほしいのは僕……だ」
背後の気配を察して息を飲む。
とても振り向けなかった。
萎縮した体を二つの小さな手が掴む。
つねるような激しい痛みを両肩に感じた。
主人公「僕は悪くない!許してくれ!」
メカヨウジョ「そうですね。悪いのは、あのおじさんです」きっ!
相棒「俺を売るなんて卑怯だ!」
主人公「知るか!大人の世界は自己責任だ!果たせ!」
相棒「嫌です!」
そこへ、傷口に塩を塗るようにジワジワと新たな幼女が迫る。
相棒「タマランテちゃん……!」ドキッ
主人公「ひっ!」ドキッ
タマランテ「まあ、おもしろそうですこと!」にこにこ
これはお遊戯では決してない。
死闘だ。
その事実をまだ幼女の彼女が知るよしもない。
タマランテは、あろうことか相棒に飛び掛かった。
相棒がその頭を体を守るように、ひしと受け止めるも萌や魅力を受け止めるまでは敵わなかった。
全身を迸るトキメキに白目を剥いて息を詰まらせた。
タマランテ「やりましたの!」わーい
相棒の腹に馬乗りになって有頂天のタマランテをメカヨウジョが慌てて引き剥がす。
メカヨウジョ「駄目です!おじさんに飛びついちゃ!」
タマランテ「ご覧なさい。私がやっつけましたのよ」えへん
ヨウジョ「やりすぎは駄目だよ。見て」
ヨウジョは、頭を抱え丸くなって亀みたいに身を守る主人公を指して言う。
ヨウジョ「怖がってるでしょう」
タマランテ「怖がらせたのは、すずりですの」
ヨウジョ「でも、やりすぎは駄目なの」
タマランテ「ねえ、どうして怖いの?」
ヨウジョ「よく分かんないけど、すごくドキドキするんだって」
タマランテ「よくわかりません」真顔
主人公はコスプレイヤに優しく背中をさすられている。
それでも怯える姿を見て、タマランテはますます疑問を深めた。
タマランテ「私の料理を食べて変になったり、分からないことだらけでゴーヤゴーヤしますの」
メカヨウジョ「モヤモヤは気にしないで下さい。それより、はやく商店街に行きましょう。楽しいですよ」
タマランテ「そうですの!急ぎましてよ!」
タマランテは商店街を楽しみにしていた。
話を聞くだけで行くことが出来なかった商店街へやっと行けるのだ。
聞いた話から想像を広げるだけでワクワクして仕方なかった。
コスプレイヤ「大丈夫ですか?」
主人公「ありがとう。もう大丈夫だから、行っておいで」ときとき
幼女達は気にしながらも、おじさんを置いて侵攻を再開した。
ケモナが残って相棒に呼び掛ける。
ケモナ「わん!わんわんわん!」
主人公「起きろ!こんなところでキュン死にしていいのか!」
ケモナ「わんわんわんわん!」
相棒「っはあ……」
相棒の目がグルリと戻る。
無事に息も吹き返した。
ケモナが喜びに遠吠えする。
相棒「ことほちゃんによる厳しい訓練がなければ冷蔵庫行きだったろうな」
胸が痛むほどトキメキしているが、今までとは違い、体は軽く意識もハッキリしていた。
ケモナ「くぅーん……大丈夫?」
相棒「大丈夫だよ。さ、お行き。すぐに追い付く」
相棒は何とか体を起こそうとして、また坂を転がった。
主人公が駆けつけて支えてやる。
主人公「無理するな。休め」
相棒「大丈夫だって。こうしている間に幼女達は商店街に攻め入る」
主人公「無理したら守るものも守れない」
相棒「一人でも難しい。だろう」
主人公「まったく。困ったおじさんだ」
相棒「手を貸してくれ」
主人公「よし。行こう」がしっ
相棒「ああ」
二人は改めて準備態勢を整えて商店街入り口に駆けつける。
ムーンライトセレナーデの淑やかな音楽に傷を癒しながら、二匹のマスコットキャラクターが数人のボランティアに介抱されていた。
相棒「花を愛するハムスターのはなちぃ」
主人公「こっちは梅爺か。何がありました」
鼻毛太郎「はなちぃは、幼女達にモミクチャにされてやられました。梅爺は可愛くないと言われてこうなりました」
主人公「マスコットキャラクターなんて用意して」
相棒「商店街の飾り付けも凝っている。幼女大歓迎だ」
主人公「それで、幼女達は?」
脇毛子「現在は文房具店にいます」
ケモナ「キラキラペンに夢中だわん」
主人公「皆に確認します。商店街の人達も、あなた達もタマランテの危険行動は紅白から聞かされて周知していますね」
脛毛坊や「はて、何のことでしょう」
主人公「なに、知らないのか」
相棒「まったくこれは厄介なことになろう」
主人公「ケモナちゃん緊急伝達。チークキッスに注意せよ。繰り返す、チークキッスに注意せよ」
チークキッス。
それは頬と頬を合わせる海外特有の挨拶。
タマランテは目上の人に対して、必ずこの挨拶をするお利口さんだ。
が、一般人にとっては餅を喉に詰まらせるような危険なものだ。
最大限に危惧するべき事案であった。
ケモナ「やられたわん!」
主人公「遅かった!」
相棒「まだだ!次こそは!」
ケモナ「レジのお姉さんはどうするの」
主人公「相棒頼んだ」かたぽん
相棒「しょうがないな。任せろ」たたっ
主人公「ケモナちゃん、次の行き先は」
ケモナ「斜め向かいのキャラクターショップだわん」
主人公「この商店街の新参者だな。緊急で駆けつける」
音楽がビタースウィートサンバに変わる。
主人公がキャラクターショップへ飛び込むと、壁に覆面を被った全身タイツの男が張り付いていた。
主人公「何をやっているんですか」真顔
無駄信長「蝉怪人カブトムシ作戦だ」
主人公「なるほど。よく見たら鍬形怪人クワガタムシですね」
無駄信長「蝉怪人カブトムシだ」
主人公「で、何をやっているんですか」
無駄信長「こうしていればチークキッスされないし、そもそも気付かれないだろう」
主人公「すぐに気付きました。あの、レジはいいんでしょうか」
無駄信長「お小遣いは五百円と聞いた。何も買えまい」
主人公「じゃあ、奥で休んでいてください」
無駄信長「嫌だ」
主人公「なぜ」
無駄信長「光を見たい」
主人公「やめてください。その覆面では裸眼と同……複眼!?」
無駄信長「対策はしている。口は出すな!」
主人公「やめてください!離してください!」
無駄信長「さっさと出ていけ!この!」
主人公「乱暴はやめてください!」
ヨウジョ「何やってるの?」ひょこ
無駄信長「あらかわいい」ズシャア
主人公「いらっしゃいませ。中へどうぞ」
コスプレイヤ「何ですの。この変な人は」
主人公「気にしないで片付けるから」
コスプレイヤ「待って!蝉怪人カブトムシだよ!」きらきら
主人公「なに?」
コスプレイヤ「きゃあ!正義のマヌーケ蝉怪人カブトムシだよ!ほらほら!」
ヨウジョ「本当だ!」
無駄信長「話には聞いていたが、君は本当に魔法少女しあやそっくりだね」
コスプレイヤ「えへへ、そうですか」てれ
主人公「珍しい。彼女が人見知りしないなんて」
メカヨウジョ「目の前にいるのが正義のマヌーケ蝉怪人カブトムシだからです」
主人公「うーんそうか」
記念写真を終えると、蝉怪人カブトムシは店の奥へと弱々しく帰って行った。
しばらく冬眠するそうだ。
主人公はホッと胸を撫で下ろしてレジに立つ。
そしてそこから幼女達を観察する。
奴が用意したのであろう魔法少女マジカバカカの特設コーナーで幼女達は大いに盛り上がっていた。
ただ一人、タマランテだけが退屈そうにしている。
タマランテ「アニメは見ました。でも、興味ありませんの」
コスプレイヤ「きっと好きなマヌーケが見つかるよ」
タマランテ「マヌーケなんて変なのは好きじゃありません。魔法少女も別に……」ぴた
コスプレイヤ「どうしたの?」にやにや
タマランテ「それは……!」
コスプレイヤ「これかな?」すっ
タマランテ「それは何ですの!教えてくださいまし!」
ヨウジョ「まだ見てないお話のマヌーケだよ」
タマランテ「そんなのどうでもいいから、さあ、教えてくださいまし!」
コスプレイヤ「バナナゴーヤよ」どやあ
タマランテ「ゴーヤ!」
コスプレイヤはその存在を知っていて、あざとく伝えず、魔法少女を軽んじた彼女を逆襲に弄んだ。
これが欲しいの、とわざとらしく彼女の目前で柔らか素材のキーホルダーを揺らす。
タマランテの目は完全にゴーヤに釘付けで、動きに合わせて左右に揺れている。
タマランテ「買います!」ぱしっ
コスプレイヤ「むいてごらん」
タマランテ「え?」
コスプレイヤ「むけるのよ」ふっ
タマランテ「そんな……!」ぷるぷる
恐る恐る皮を剥いてみる。
すると、中から可愛いらしい縦線の目をしたバナナが現れた。
タマランテ「バナーナ!」きらきら
コスプレイヤ「とっても心の綺麗な人が見た目のコンプレックスに悩んで生まれたマヌーケだから見た目が苦いゴーヤで中身が甘いバナナになっているのよ」えへん
ヨウジョ「それ、気に入ったの?」
タマランテ「もち!」
タマランテは、たまらんと言わんばかりにバナナゴーヤを胸に抱きしめて体を愛らしくひねった。
それからすぐにレジへ走って、支払いはカードで行われた。
彼女にはお小遣いの制限がないらしい。
ちょっぴり金銭感覚に不安を覚えたが、ことほちゃんが言うには食材以外に滅多に物を買うことがないという。
好みのこだわりが相当強いようだ。
タマランテ「ありがとう、しあや大好き!」
コスプレイヤ「はーい」
タマランテはコスプレイヤを強引に捕らえて、何度も彼女の頬にキスをした。
彼女は少し迷惑そうにしながらも嬉しそうに微笑んでいる。
主人公もそれを見てニヤニヤした。
メカヨウジョ「私はこれを」
ヨウジョ「何だったかな」
コスプレイヤ「それは桜坂の福山ちゃんに登場する植物園で飼われている三匹の家族猫ニャホ、タマ、クロよ」
ヨウジョ「あ、それだ。ことほちゃんその猫好きなんだ」
メカヨウジョ「うん」
ケモナ「いいの?さっきのペンと合わせて残金は三十四円になっちゃうわん」
メカヨウジョ「この缶バッジがどうしても欲しいんです」
タマランテ「私がカードで払ってあげますの」
メカヨウジョ「ありがとう、でもお気持ちだけで結構です。自分で払います」
タマランテ「いい子いい子」なでなで
主人公「僕が内緒で払おう」ひそ
メカヨウジョ「いいえ。お会計をお願いします」
主人公「……わかった」
ヨウジョ「私もお金があったらなあ」
コスプレイヤ「ペンとシールで全部使っちゃったね」
ヨウジョ「帰ったらたくさんお絵描きするの」にこにこ
主人公はその様子を想像してニヤニヤした。
幼女達が立ち去ったのを確認して相棒が入店する。
相棒「次は本屋だと」
主人公「なぜ向かわない」
相棒「初めての任務でヨウジョに追い詰められたトラウマがな……」
主人公「ああ、あったらしいなそんなこと」
相棒「そんなこと、て、すごくトキメキしたんだ。本当に危なかった」
主人公「わかった、僕が行こう。もうお昼時だし、先に鉄板焼屋へ向かってくれ」
相棒「その目、腫れているのか。どうした」
主人公「複眼でグリグリされただけだ。何でもない」
相棒「ふーん。ま、お互い気をつけて行こう」かたぽん
聞こえてくるコーヒーのルンバで気持ちを奮い立たせた二人はアーケードで別れる。
主人公は本屋の入り口から中の様子を伺った。
レジに馬の面を被った人がぎっちり二十人はいた。
主人公「何でだ。この商店街の人達は一体何を考えて何がしたいんだ」
主人公は気付いた。
主人公「そうか、あれもチークキッス対策か。そしてあの不快感、ストレスで互いをトキメキから守ろうというわけだ」
着ぐるみやさっきの雑貨屋、それにきっと文房具店にボランティアの方も、商店街の人達はこの町の人達は、ちゃんと予習をしていたのだ。
トキメキが心の問題ならその対策を取ればよいのだと。
あの一匹混じるロバがきっと店主だろう。
彼を中心に守るように囲んでいるのが恐らくボランティアの方々だ。
主人公は町の絆に感動した。
主人公「がんばれ!」
ということでここは、でしゃばることなく見守ることに決めた。
ヨウジョ「がおー!」
ヨウジョが一塊の馬面に威嚇した。
一番に怯えるはずのコスプレイヤは目もくれず移動している。
ハッキリした目的があるらしい。
タマランテ「何を見ますの」
コスプレイヤ「漫画を買うの」
ケモナ「漫画が読めるなんてすごいわん!」ぱちぱち
ヨウジョが皆の元へひょこっと戻って言う。
ヨウジョ「すごいでしょう。しあやちゃんは、もう漫画が読めるんだよ」
コスプレイヤ「そんなに凄くないよ」てれ
耳を澄ませていた主人公は戦々恐々とした。
漫画は字を読む能力が当然に必要で、さらにコマを自然と追う能力も要求される。
幼児向けの漫画にはコマに数字で順番が書かれているが、彼女が手に取ったのは月刊少女漫画紙シュシュに掲載されている魔法少女マジカバカカのスピンオフ作品、学園少女しあやの単行本の最新刊。
少女漫画なので、フリガナは多少あっても順番を示す数字は一もない。
五才児にとっては非常に高度な技術が求められる。
つまり、常識的に考えてありえないことなのだ。
ヨウジョ「また一緒に読もうね」
コスプレイヤ「うん」
そのうえ、身につけた技術を惜しむことなく仲間へ伝授しているようだ。
これはまさに由々しき事態。
コマの先をストーリーを予測するように、こちらの動きを展開を予測する危険性がある。
これからの戦いが心理的に高度な次元へ移ろうとしていることを示唆していた。
幼女達が用事を済ませてこちらへやって来る。
ハッとして、慌てて表に停めてあった自転車の裏へ隠れた。
幼女達が主人公に一瞥して、何も見なかった風に去ったのを確認してから本屋へ入ると、店員達は変わらず直立していた。
大丈夫なようなのでアーケードへ戻る。
スピーカーからスィングスィングスィングというノリの良い音楽が流れ始めた。
幼女達はそれに調子を合わせるように楽しく、洋服店や音楽店、八百屋に魚屋に肉屋などを通りすがりに視線で荒らした。
店の主達は、ドレスを引きちぎったり壁に頭を叩きつけたり大根生肉生魚をかじったりして、それぞれトキメキに耐えた。
主人公はボランティアからのハンドサインを受けて、心配という心残りはあるものの、幼女達の横を走り抜けて鉄板焼屋へ急いだ。
主人公「相棒!」
商店街の途中、曲がって路地に出る。
戸口の傍らに背を預けて相棒がぐったりしているのを遠目に見つけて駆け寄った。
ボルダリングで鍛えた技術で屋根に上がり潜んでいた奥さんが急襲、何とか立ち上がる相棒を羽交い締めにしたところで元ボディーガードの亭主が現れ、格闘技でボロ雑巾を扱うが如く乱暴した。
そんな事実を傷ついた彼の姿が主人公へ物語った。
主人公「そうだろう」
相棒「違う」
主人公「なら、何があった」
相棒「ボディーガードで鍛えた筋肉で屋根に上がり潜んでいた亭主が急襲、何とか立ち上がる俺を羽交い締めにしたところで現役ボルダリング選手の奥さんが現れ、とんでもない握力でリンゴを握り潰すが如く俺の乳を乱暴した」
主人公「逆だったか」
相棒「痛い。俺が何をしたって言うんだ」しくしく
カランとベルを鳴らして戸が開き亭主が出てきた。
般若の面を被って鬼のような体格をしている。
相棒は悲鳴を上げて主人公の背に隠れた。
般若亭主「裏口から入ろうとしたから泥棒かと思ったんです。すみませんでした」
主人公「なぜ裏口から入ろうとした」
相棒「怖かったから裏口から様子を見ようと思ったんだ」
般若亭主「そうでしたか。失礼したお詫びに美味しいものをご馳走します。さあ、中へ」
相棒「鬼ヶ島に行きたくない」がしっ
主人公「大丈夫だって」
亭主が素顔を見せる。
その瞳は円らでよく煮た小豆のようだ。
般若亭主「本当にすみませんでした!」
おずおずと奥さんも出てきて、揃って深々と謝罪した。
奥さんも般若の面を被って鬼のような体格をしている。
その面の下からウォンバットのような愛嬌ある顔が出てきた。
奥さん「怒ってますよね。本当にごめんなさい」
相棒「いえ、こちらこそ裏口から様子見して失礼しました」
般若亭主「頭をお上げください。悪いのはこちらです」
相棒「いえ、俺です」
般若亭主「俺だ!」くわっ
相棒「はい。あなたです」
主人公「ふう……落ち着いたか」
相棒「ここまでされたら許すしかない」
主人公「幼女達はすぐそこだ。とりあえず中へ入ろう」
相棒「そうしよう」
それほど広くない店内には、四つ長い鉄板が並んでいた。
二人は一番奥の席に落ち着いた。
般若亭主「何でもご馳走します。全部食べますか」
相棒「全部は無理。スペシャルミックスで」
主人公「僕は、この月見焼きをください」
般若亭主「スペシャルと月見ー!」
奥さん「きえええ!」
般若亭主「すぐにお茶をお持ち致します」ぺこ
相棒「お願いします」ぺこ
遅れて幼女達が入店。
亭主は面を被り直して気迫ある笑顔で幼女達を歓迎する。
般若亭主「いらっしゃい」
ヨウジョ「ふぇ……」びくっ
コスプレイヤ「うぅ……」うるうる
主人公「店長!面を外して!怖がってます!」
亭主「いらっしゃ……」ときとき
相棒「まずい!」
相棒がリュックからサングラスを取り出して亭主の顔にかけてやる。
さすが元ボディーガードだ。
相棒「よくお似合いです」
亭主「これがトキメキか……大変ですね。いつもご苦労様です」
主人公「いえいえ」
メカヨウジョ「よいしょ」
相棒「待て。何で相席するつもりなんだ」
メカヨウジョ「火傷したらどうするんですか」
しまった。
そんな大事が抜けていた。
確かにメカヨウジョの言う通り、熱々の鉄板を前にした幼女の側には大人がいてやらなければ危険で、最適な人材となると二人しかいない。
主人公も相棒も唇を震わせて相席に耐える。
相棒の隣にメカヨウジョとヨウジョが並んだ。
主人公の隣にはコスプレイヤとタマランテが並んだ。
主人公「…………」どきどき
コスプレイヤ「あ、私着替えなきゃ」
タマランテ「何を言いますの」
コスプレイヤ「これは汚れちゃ困るから」
そう言うとコスプレイヤは魔法少女の衣装をさっと脱いだ。
その下はなんとアニメに登場する学生服だった。
タマランテ「それも汚したら困りましてよ」じとー
コスプレイヤ「これは洗えば大丈夫」
相棒「席を変わってくれ!耐え難い!」どきどき
主人公「隣はもっと直に来る。やめておけ」どきどき
主人公は写真に納めたい邪悪な心と孤独に戦っていた。
絶対にシャッターを押すまいと。
ケモナ「記念写真を撮ってあげるわん。もっと寄ってくださーい」
主人公「え!」
コスプレイヤが、警戒することもなく、ぎゅっと主人公に寄り添った。
主人公は白目をむいて笑った。
ヨウジョは向かいでドン引きする。
ケモナは構わずドローンを使ってシャッターを切った。
タマランテ「瑞穂の人はどうして、写真を撮るときにチーズと言いますの」
ヨウジョ「チーズが好きだからじゃない」
タマランテ「へえ」
ケモナ「そんなことないけど、まあいいわん。次撮るよー」
ヨウジョ「わーい!」
ケモナ「笑ってね」
ヨウジョ「いひひ!」にこっ
メカヨウジョ「あなたは平気ですよね」
メカヨウジョがそう言って相棒の顔を見上げると、すでに白目をむいて笑っていた。
メカヨウジョ「まいっか」ぎゅ
ケモナ「はいゴーヤ」かしゃ
ヨウジョ「ゴーヤ?」
ケモナ「もう、撮り直しよ」
ヨウジョ「だってゴーヤって言うんだもん」
ケモナ「チーズがいいの?」
ヨウジョ「がおー!がいい」
メカヨウジョ「分かりました」
ケモナ「じゃあ、いっせーのーせ」
がオー!
ケモナ「はい、撮れました」
主人公「最後にケモナちゃんもいれて、みんなで撮ろう。僕のミニフォンで」
ケモナ「やったわん!」しっぽぶんぶん
タマランテ「お手」すっ
ケモナ「わん!て、ケモナは犬じゃない!何回言わせるのよ!」
タマランテ「お友達でしょう。ほら握手」
ケモナ「わん!」ぽふ
タマランテ「んふふ」にこにこ
幼女達は席を立って仲良く集まった。
主人公は連続して四十枚くらい撮った。
仲睦まじいとても良い記念写真となった。
亭主「あのう」
亭主が前掛けを噛み締めながら注文を取りに来た。
幼女達は焦らした挙げ句、おまかせという厳しい試練を与えた。
亭主「幼女はおまかせー!」
奥さん「きえええ!」
亭主は奥に戻って、すぐに人数分のおしぼりと、大人二人分のお茶、幼女達にはプラスチックのコップを用意してくれた。
ドリンク飲み放題ということで、幼女達はさっそくドリンクサーバーに群がった。
その暇に、相棒がお茶を一口グビっと飲んで顔をおしぼりでガシガシと拭った。
相棒「ふうー疲れた」
主人公「まだ図書館も残っている」
相棒「お前は車をとってこい。帰りは車にしよう」
主人公「おいおい」
相棒「上陸は夜って言ってたけど、やっぱり台風の影響は気になる」
主人公「それもそうだな。雨が降っては困る、分かったそうしよう」
しばらくして、亭主が温めておいた鉄板に油を塗って、生地を薄く広げる。
ジュッという音のあとに生地の焼ける芳ばしい匂いが立ち上がって食欲をそそる。
次にキャベツをたっぷり盛った。
その上に天かす、肉や卵といったトッピングを追加して、つなぎの生地を垂らした。
これぞ西南地方発祥重焼である。
作業を一通り終えた亭主は傍らで待機した。
亭主「ひっくり返してあげるからね」
タマランテ「結構ですの」
亭主「え?」
タマランテ「私は料理のプロです。忍法コテ返しはホットケーキで訓練しましたの。もち、完璧に出来ましてよ」どやあ
忍法コテ返し。
それは瑞穂の民が長い期間を経て習得する調理技術ではなく忍法の一つである。
起金という先が扁平状の道具を二つ用いてクルリと生地を返すこの技は、お好み焼きの重量から幼児には不向きと古来より云われる。
それを海外の幼女タマランテは僅かな期間で完璧に習得したと豪語するのだった。
亭主「君たちのお好み焼きは小さいけど、やっぱり重いよ」
タマランテ「出来ます!」
主人公「亭主。ここはどうか姫様にお任せくだされ」
亭主「はは、かしこまりました」
亭主は大人しく裏へ下がった。
タマランテが満足して頷く。
ヨウジョ「モモちゃんはお姫様なの?」
タマランテ「まあ、間違いではないですの」えへん
ヨウジョ「じゃあ、お城に住んでるの?」
タマランテ「もち!」うぃんく
どこまで本当の話かは分からないが、二人のつばぜり合い火花散らす質疑応答をおじさん達は微笑ましく見守る。
そこへ残り幼女も参戦して、大合戦に発展した。
その戦場はなぜか、おじさん達の素性へと移り、二人は防戦一方の厳しい籠城戦を強いられた。
タマランテ「おじさん、五十二歳かと思いました」
相棒「なん……だと!」
主人公「ははは!」
メカヨウジョ「そんなに老けてませんよ」
相棒「だよな」
ヨウジョ「んふふ、おじいちゃんだ」くすくす
コスプレイヤ「だめだよ」くすくす
ここで相棒が話を切り捨てるように、生地を少し持ち上げ焼き加減を確認した。
相棒「そろそろ頃合いだ」
タマランテ「お任せあれ」
タマランテは目の前にあるお好み焼きを軽やかに一枚返して見せた。
その鮮やかなテクニックに対してヨウジョは拍手を放った。
そして、自分もやりたいと頼んだ。
タマランテ「これは難しいので、どうか我慢してくださいまし」
ヨウジョ「できるもん!」
タマランテ「まさか」じとー
ヨウジョ「できるもん」うるうる
ヨウジョの鮮やかなテクニックにタマランテは起金を手渡すしかなかった。
おっさん達は不幸に備えてヨウジョをガン見する。
ヨウジョ「ようし」
緊張の一瞬が訪れる。
コスプレイヤは怖くて両手で目を覆った。
メカヨウジョは口角を上げてどれほどのお手前か楽しみにする。
ケモナは彼女の両親へ送るために動画撮影を始めた。
タマランテ「あ……ああ……」
ヨウジョ「見ててね」
タマランテ「ふう……ふう……」
ヨウジョ「いくよ」
タマランテ「他が焦げちゃいますの。はやく返してくださいまし」
ヨウジョ「がおー!」ぐいっ
生地は跳ねて落ちた。
幸いにも、ヨウジョが多少の返り生地を浴びただけに被害は留まった。
ヨウジョ「がおー……」しょぼん
タマランテ「もう一度。今度は一緒に」
タマランテがヨウジョの背後へ回り、二人の手が重なる。
瞬間、魅力が迸り萌が弾けた。
すると手前の生地を残して、その他の生地が次々と跳ねた。
それからヨウジョとコスプレイヤが手前の生地を返すと同時に、空中に跳んだ生地もひっくり返って鉄板に叩きつけられた。
ヨウジョ「わ!びっくり!」
ケモナ「きゃあー!」
影響を受けて鉄板に墜ちようとする昆虫型ドローンを主人公がギリギリでキャッチする。
ケモナ「助かったわん」
主人公「あちち!」
相棒「くっ……目眩がする」
メカヨウジョ「しっかりしてください」
コスプレイヤ「今のはビックリドキドキだよね」
ヨウジョ「うん。久しぶりだね」
この現象は幼女達にビックリドキドキと説明してある。
物にも心はある。
だから、人のドキドキが伝わることがあるのだと適当に説明がされた。
タマランテ「本当にドキドキしましたの」
それは店の奥の二人にも伝わったらしい。
店の奥からマヨネーズ光線が放物線を描いて飛んでくるのを主人公は見ていた。
奥さんが床のマヨネーズを掃除する一方、亭主が缶に入れた手製の甘口ソースを運んできた。
亭主「これソース。この刷毛でヌリヌリしてね」ぷるぷる
ヨウジョ「はい」
タマランテ「しあやが塗ってくださいまし」
コスプレイヤ「私?」くびかしげ
ヨウジョ「ええー」
奥さん「こここっちは、マヨマヨマヨネーズよ」ぷるぷる
亭主「平気かあん」ぷるぷる
奥さん「なんとかあん」ぷるぷる
ヨウジョ「マヨネーズは」
タマランテ「ことほ」
ヨウジョ「ええー」
メカヨウジョ「任せてください。怪獣ガッズィーラを描いてあげます」
ヨウジョ「ほんとう!」きらきら
メカヨウジョ「モモちゃんはバナナゴーヤ、しあやちゃんには魔法少女しあやを描いてあげます」
コスプレイヤ「やった!」うきうき
相棒「二人とも支え合いながら奥に戻ったな。大丈夫か」ひそ
主人公「様子を見てくる」ひそ
主人公が様子を見に行くと、二人は床に倒れて気持ち良さそうに眠っていた。
申し訳程度に、側の棚にあったブルーシートを被せて主人公は席に戻った。
それからしばらくして、タマランテが鮮やかなコテ返しをもう一度みんなに見せつける。
そうして露になった狐色のキャンパスをコスプレイヤがソースで艶やかに染め上げ、そこにメカヨウジョが見事な真珠色のイラストを描いて、芸術的お好み焼きはやっと完成した。
ケモナ「わあ!ケモナだわん!」
メカヨウジョ「かわいいでしょう」にこにこ
主人公「ふふふ。さ、いただきますしようね」
相棒「まだだ!」
主人公「まさか……」
相棒「その予想通りだ」ふっ
ケモナ「鰹節と青海苔がないわん」
主人公「取ってくる」
フィナーレに、青海苔の舞台の上で鰹節が愉快な躍りを披露した。
幼女達はケラケラと笑って腹の前に心を満たした。
タマランテ「これが瑞穂のパンケーキ、お好み焼き」
ヨウジョ「ケーキじゃないよ」
タマランテ「それくらい知っていますの」
ヨウジョ「?」
コスプレイヤ「?」
ケモナ「パンケーキっていうのは、フライパンの上で液状の生地を焼いて出来た料理ぜんぶのことを言うわん」
相棒「へえあふっあつつ」
メカヨウジョ「ちゃんと、ふーふーしてください」
相棒「こうならないよう、みんなも気をつけなさい」
幼女達は「はーい」と一同に元気に返事した。
結束力の片鱗を見せつけられたような気がして吐き気を催した主人公は、ソシャクしたお好み焼きを茶で一気に流し込んだ。
メカヨウジョ「ふーふー。あーん」
相棒「あむ……ありがとう。でも自分で食べられる」てれ
ヨウジョ「お母さんみたい」
タマランテ「おじさんは子供みたい」
相棒「失敬な!」ぷん
メカヨウジョ「ごめんなさい」
相棒「気にするな。俺はいま嬉しい」
メカヨウジョ「うん」てれ
コスプレイヤ「モモちゃん、お味はどうですか」
タマランテ「タマランですの!」ほんわか
コスプレイヤ「良かったー」ほっ
ヨウジョ「モモちゃんにオススメして、ずっとドキドキしてたもんね」
タマランテ「そうなの」
コスプレイヤ「お口に合わなかったらどうしようかなって心配だったの。だってモモちゃんはお料理上手なんだもの」
タマランテ「愛が込められていれば、どんなお料理も美味しくってよ」うぃんく
コスプレイヤ「うん、そうだね」
いつの日か、タマランテから直々に評価されたこの店は大繁盛する。
今日、幼女達がご馳走になったオススメは「お好みの幼女」と名付けられ、この島の町の商店街の名物として人気を博し多くの人に親しまれることになる。
ヨウジョ「せーの!ご馳走でした!!」ぺこ
それはさておき、幼女達は腹を満たしてドリンクバーからジュースを絞り終えると、きちんと大きな声でお礼を店の奥に届けて、イラスト付きの手紙なんかも添えて笑顔のまま店を出た。
その時、悪戯な風が幼女達のさらふわした髪を一本一本すいて過ぎ去った。
ヨウジョ「風が気持ちいいね!」
ケモナ「台風で大変だわん」ふらふら
ヨウジョ「飛ばされないようにそれ持っててあげる」
ケモナ「わあ、ありがとう!」しっぽふりふり
コスプレイヤ「落としちゃダメだよ」
ヨウジョ「うん。わかってる」
タマランテ「あら、おじさんどちらへ行きますの」
主人公「車を取ってくる。雨が降るかも知れないからね」
ヨウジョ「わわ」ふらふら
メカヨウジョ「海が近いから風がすごいです」
主人公「相棒。転ばないように気をつけて見てあげてくれ」
相棒「アニメイツ」
ヨウジョ「だっこして」
相棒「ごめん。それは無理だ」
幼女達はじゃれ合いながら図書館へやって来た。
相棒がふと空を見上げると、どんよりした灰色の雲が海になって逆巻いていた。
館内へ入ると、幼女達は児童図書室へ真っ直ぐに駆け込んだ。
相棒「ケモナちゃん。台風はどの辺りにある」
ケモナ「わんわんわん!」
相棒「ふっ、聞こえちゃいないな」やれやれ
コスプレイヤ「図書館では、しっーだよ」
ケモナ「わん!」
それから幼女達は、声を潜めて、時折クスクスと笑いながら相棒の下手な紙芝居を楽しんだ。
読み終わりに相棒が耳を傾けると、静かな館内に風の唸りが入り込んでいるのが分かった。
主人公「おい、緊急事態だ」
と、主人公が肩を上下させて転がり込んできた。
相棒「そんなに慌ててどうした」
主人公「大勢の紅白特務員が国家機密幼女にやられた」
相棒「国家機密幼女?」
主人公は相棒の腕を掴んでその場から離れ、一呼吸置いて話を再開する。
主人公「よく分からないが、とにかく緊急事態らしい。ミスリーダーからすぐに帰って来いと連絡がきた」
相棒「ミニフォンをサイレントモードにしてたから気付かなかった」
主人公「台風も近いらしい。親御さんが避難を要請した」
相棒「分かった。現時刻より、幼女の避難を最優先任務とする」
主人公「アニメイツ」
幼女達が借りる絵本を選ぶのに二十分ほどかかったが、なんとか図書館から連れ出すことに成功した。
幼女達をリムジンに乗せて幼女邸へ急ぐ。
はずだったが、メカヨウジョの一言でケーキ屋さんに寄り道することになった。
そこは特務員の一人が店長を務めるケーキ屋さんで、好きに持って行ってくれとのことだった。
ヨウジョ「誰かいる!」
人気のないケーキ屋さんに一番に飛び込んだヨウジョが驚きの声をあげた。
まさかと相棒が恐る恐る店内を覗くと、ショーケースの上に着物が似合うおなごがいた。
彼女の魅力を直に受けた相棒の体は頭が床につくほどグンと仰け反った。
お菊さん「遅かったね。図書館は楽しかったかえ」
ヨウジョ「そんなところ登っちゃダメだよ。怒られるよ」
お菊さんはヨウジョの適切な指摘を鼻で笑い飛ばし、手に持つシュークリームをムシャリと噛み千切って美味しそうに頬張る。
それを見たヨウジョは、たいそう悔しそうに小さな拳を握った。
ヨウジョ「がおー!」
お菊さん「ぬん……!はは、これは今までにない上等の魅力じゃ」
コスプレイヤ「だれ?」
相棒「…………」
タマランテ「おじさん!ちゃんと叱ってくださいまし!」
相棒「…………」
メカヨウジョ「おじさん……?」
お菊さん「おじさんはもう、あたしの虜じゃ」
メカヨウジョ「どういうことですか」きっ
お菊さん「こい髭」
相棒「アニメイツ」ふらー
メカヨウジョ「行っちゃダメです!」ぐいー
ケモナ「大変だわん!ミスリーダーが幼女だって言っているよ!」
メカヨウジョ「あなたは、幼女、なんですか?」
お菊さんは相棒の肩にこれ見よがしに股がり、メカヨウジョを見下してペロリと舌なめずりした。
メカヨウジョ「答えなさい!」
コスプレイヤ「ことほちゃん、喧嘩は駄目だよ」おろおろ
お菊さん「そこの珍妙な娘、お名前は何と言う」
コスプレイヤ「私?魔法少女しあやです」
お菊さん「しあや、近う寄れ」ちょいちょい
コスプレイヤ「……やだ」くびふりふり
ヨウジョ「うん。行っちゃダメだよ」
お菊さん「髭」
相棒「アニメイツ」
髭はショーケースからフルーツのホールケーキを一つ取り出してコスプレイヤに差し出した。
コスプレイヤ「果物がキラキラしてる……!」ごくり
メカヨウジョ「惑わされちゃいけません。彼女はマヌーケの魔女です」
コスプレイヤ「え!そうなの!」
お菊さん「小賢しい娘じゃ……ありゃ」
メカヨウジョ「何ですか」
お菊さん「人間じゃない!」びっくり
メカヨウジョ「よく分かりましたね。私はロボットです」
お菊さん「魂は見えぬ。しかし、キラキラした魅力が確かにある。もしや機械の幼女なのか」
メカヨウジョ「そうです。私は機械幼女です」
お菊さん「ほお……幼女時代も変わったね」
ヨウジョ「あー!食べちゃった!」
コスプレイヤは、あろうことか、床に直にお座りして、大切な衣装にクリームがついていることも気にせず夢見心地でホールケーキを貪っている。
コスプレイヤ「しあやせー」ぽわわーん
お菊さん「その魅力、あたしが頂いた」
ケモナ「わんわん!さっきから何をしているわん!」
お菊さん「犬……犬の幼女じゃと!ええい次から次へと幼女奇天烈な!」
お菊さんは袖のたもとから毬を一つ取り出して、それをケモナに、えいと上品に投げた。
ところが、ケモナは立体映像で実体がないので、毬は彼女をすり抜けてガラス窓に当たって落ちた。
ケモナは千切れんばかりに尻尾を振って、毬を必死に拾おうと四苦八苦する。
お菊さん「テレビか、こやつはテレビなのか」
メカヨウジョ「答えません」ぷい
お菊さん「ん……カラクリはあれか」にやり
メカヨウジョ「しまった!」
お菊さん「髭」
相棒「そいや!」
渾身の髭パンチが昆虫型ドローンを打ち砕く。
美しい四枚の羽根を散らして、小さな昆虫型ドローンは地面に落ちた。
ケモナ「くぅーん……」くたー
メカヨウジョ「ケモナ!」
メカヨウジョがドローンを拾って胸に抱き締める。
ケモナの姿は掠れてもう消えそうだった。
ケモナ「ごめんね、先に戻っているわん。あとは任せたよ」
メカヨウジョ「ケモナ……!」
ケモナ「ケモナもケーキが食べたかった……わん」ぱたり
メカヨウジョ「ケモナー!」
ケモナは想いを託して消滅した。
メカヨウジョの中で、本気の怒りが燃え上がる。
メカヨウジョ「ガオー!!」
雄叫びを上げたその口に、髭がすかさずモンブランをぶち込む。
メカヨウジョ「はむ……!」
お菊さん「その魅力も頂いた」
メカヨウジョは口から溢さないよう手で抑えて、素早くモンブランを平らげた。
メカヨウジョ「おいしい!」きらきら
お菊さん「ごちそうさん」
メカヨウジョ「でも、こんなものに私は惑わされません。ケモナの仇を」
お菊さん「おかわりにティラミスはどうじゃ」
メカヨウジョ「ティ……ラミス……?」
お菊さん「ほれ、食うがよい」
メカヨウジョ「頂き」
主人公「ダメだ!」
メカヨウジョ「まふ!」
車で待機していた主人公がヨウジョに呼ばれて駆けつけるも間に合わず、メカヨウジョはティラミスを頬張ってしまった。
彼女もまた夢見心地になって、次に用意された苺のホールケーキを口周りが汚れるのも気にせず貪った。
タマランテ「さっきから何をやっていますの」
タマランテが隅に置かれた長椅子に座って、呆れた顔して言った。
さらに馬鹿らしいと言わんばかりに大袈裟にため息を吐いた。
お菊さん「娘、お名前は?」いら
タマランテ「べー」
お菊さん「なんじゃなんじゃその態度は!」ぷんすか
お菊さんは怒って、相棒の頭を何度も何度も平手打ちした。
相棒は心なしか口をへの字にして悲しそうな表情だ。
主人公「はっ!意志があるのか」
お菊さん「娘、態度が悪いよ」
タマランテ「あなたに言われたくありませんの」ぷい
お菊さん「ふっ、まあよい。あたしゃあ優しい。許してやろう」
タマランテは素っ気ない返事をしてアクビをした。
お菊さん「ほれ、仲直りにおケーキを食べよう」
タマランテ「いりません」
お菊さん「なに?」
タマランテ「食べたい時に自分で作りますの」
お菊さん「くくく!自分で作るじゃと?そのこまい体で?このあたしが作れなかったおケーキを?」
主人公「嘘じゃない。彼女はタマランチ会長という世界一と言っても過言ではない料理人の娘なんだ」
お菊さん「おい、なぜ目を逸らして言う。嘘言うておろう」じとー
主人公「違う、君があまりに魅力的だから見れないんだ。この子に匹敵するほど素敵だ」
ヨウジョ「ん?」くびかしげ
主人公はガラス越しにお菊さんと向き合う。
主人公「君はもしかして、あの時シュークリームをお願いした子かな」
お菊さん「ほうじゃ」
主人公「そうか。シュークリームを食べたなら、もう満足したろう。お家に帰ろう」
お菊さん「おいモミアゲ」
主人公「モミアゲ!?」
お菊さん「勘違いしておらぬか?あたしゃあ見た目は幼女じゃが頭脳は大人じゃ」
タマランテ「婆さんですの」
お菊さん「婆さんではない」
タマランテ「ふん、どうでしょう」
ヨウジョ「しゃべり方がおばあちゃんだよね」
タマランテ「ねー」
お菊さん「やめえ傷つく」
主人公「ねえ、さっきの頭脳は大人ってどういうこと?」
お菊さん「あたしゃあずっと昔の幼女。現在は神様といったところかねえ」
主人公「は……?」
お菊さん「よーく見ておれ」
お菊さんは言って、ふわーと浮いて天井をタッチしてみせた。
タマランテ「まあ、すごいマジックですの!」
ヨウジョ「ふぇ……おばけ……」
お菊さん「オバケでもオババでもない。あたしゃあ神様じゃ!」どやっ
主人公「そんなこと信じられるはずがない!」
お菊さん「大人のそういうところ嫌い」ぷい
主人公「ごめん。信じるよ」
お菊さん「そういうところも嫌い」ぷい
主人公「く……手強い!」
ヨウジョ「ねえねえ」
ヨウジョが主人公のズボンをつまんできく。
ヨウジョ「私もケーキ食べていい?」
先程から、ヨウジョは勝手に食べることなくしっかり我慢している。
さすがだと褒めてケーキを食べさせてやりたいが、今、和んでいる時間はない。
主人公「もうちょっと待ってね」
ヨウジョ「うん」
主人公「偉い。お利口さんだ」
ヨウジョ「えへへ」
主人公「君……あなたの名前を聞かせてください」
お菊さん「花野菊代。お菊さんと呼びたまえ」
主人公「では、お菊さん。あなたの目的は何ですか」
お菊さん「ん、暇潰しの戯れじゃ」
主人公「こんな酷いことが戯れだって」
お菊さん「安心せい。ちゃーんと解放してやる」
お菊さんは頭脳は大人だと言った。
しかし、彼女の戯れは幼女のワガママだ。
ただそれが、わざとなのか、生まれつきの性格なのかは判断出来ない。
お菊さん「たーだーし条件があーる」
主人公「条件?」
お菊さん「明日、カスタードたっぷりシュークリームを三十個用意せい」
主人公「それは難しい。台風が近づいていて、作る材料も時間もない」
お菊さん「台風が過ぎて作ればよい。おやつ時までは待つ」
主人公「……分かった。ここの店主に相談してみよう」
お菊さん「ダメじゃダメじゃ。この店のスウィーツはカスタードが足りぬ」
主人公「カスタードが好きなのか」
お菊さん「はふぅ……どれだけの時を費やしても、どれだけの人を使いに出しても、この町でカスタードたっぷりなのはタイヤキだけじゃ」
主人公「それじゃあダメなのか」
お菊さん「当たり前じゃ!シュークリームの生地に包まれてこそカスタードはより美味しい!あと生クリームは邪魔じゃ!」
主人公「どっちもわからない。何であれ美味しいじゃないか」
お菊さん「分かれアホバカマヌケ!シュークリーム生地は甘過ぎずサクフワの食感も良い。生クリームは甘ったるくて乳臭くて気持ち悪くてどうも好かん、それにカスタードと一緒も合わん。カスタードはカスタード。つまりシュークリームにこそカスタードなのじゃ!」
主人公「ごめん。滅茶苦茶で余計にわからない」
タマランテ「ようく分かってよ」
主人公「え?」
タマランテ「生クリームやホイップクリームが苦手という人はたくさんいますの。それは乳脂肪が多いせいですの」
お菊さん「ほお、そういうことじゃったか」
タマランテ「カスタードクリームは、バニラを加わえることが多いから香り高くて人気ですの」
お菊さん「うんうん。あの香りが良いのじゃ」
タマランテ「仕方ないですの。この私が世界一のカスタードシュークリームを作って差し上げてよ!」
お菊さん「美味しくなければ祟るよ」
タマランテ「祟るって何ですの」
お菊さん「呪ってやる、ということじゃ」
ヨウジョ「やっぱりオバケ……」
お菊さん「オバケでもオババでもない!」
タマランテ「まあまあ、とにかく任せて下さいまし」
ヨウジョ「私もお手伝いする!」
お菊さん「よい、まとめてかかってこい」
約束は決まった。
相棒がお菊さんの柔らかな太ももから解放された。
主人公「意識はあるか」
相棒「大丈夫だ」
主人公「立てるか」
相棒「俺のことはいい。先に行け」
主人公「何を言うんだ」
相棒「胸がドキドキして動けない。この気持ちが落ち着くまでは時間がかかりそうだ」
お菊さん「立てば美しい、座れば美しい、歩けば美しい。このお菊さんの、ろうたける魅力にすっかり惚れるのは仕方ないことじゃ。皆がそうじゃった。恥じることはない」
相棒「恥じるつもりはない。いつだって胸を張って言ってやる。俺は幼女を心から愛している」
お菊さん「えー……」
主人公「よく言った」かたぽん
お菊さん「ええー……」
相棒「さあグズグズするな。はやく行け」
主人公は紙の箱を組み立て、食べる人の気持ちを考えて一種類ずつケーキを詰め込む。
味が重ならないよう細心の注意を払った。
それでも苺ケーキだけはホールで一つ用意した。
これは幼女の両親へのお土産物になる。
幼女「ねーねーケーキ食べていい?」
もう我慢ならないと頼む口にエッグタルトをくわえさせ、両手にもエッグタルトを持たせた。
そうしてヨウジョの動きを完封したところでタマランテに袋を持たせる。
右手にショートケーキ類、左手にホールケーキが入っている。
幼女である彼女にとってかなりの負担となるが、この状況ではやむを得ない。
主人公「いけるか?」
タマランテ「平気でしてよ!」
主人公はホールケーキを半分も貪ったコスプレイヤからそれを取り上げて右腕に抱えた。
メカヨウジョも同じようにして左腕に抱える。
そして入り口に立って、最後にもう一度振り向いて相棒を見遣る。
お菊さんはもういない、相棒が一人、定員よろしくショーケースの向こうで笑っていた。
相棒「後でまた会おう」
主人公「必ず追い付いてこい」
主人公はリムジンの扉をタマランテに開けてもらうと、幼女達を座席に置いてシートベルトを締めてやった。
そうして輸送の準備を整えたら運転席に移動して自身もシートベルトをしっかり締めた。
後ろ髪を引かれるような躊躇いはある。
それでもリムジンを走らせた。
ミス「いよいよ台風が来ましたね」
その夜。
主人公は博士の暮らす屋敷にいた。
明日の決戦に備えて、仲間達とここで一夜を過ごす。
主人公「しかし、この家は快適ですね」
博士「囲炉裏の煙と土壁が湿気を吸収してくれるからだ。それに加えて障子には断熱性がある」
博士が大きな土鍋を持って居間に戻ってきた。
それを囲炉裏の上にかける。
グツグツと煮立つ音とほのかな醤油の香りが部屋いっぱいに満ちた。
主人公「瑞穂の風習に詳しいですね。この山菜たっぷりのキノコ鍋も美味しそうだ」
博士「昔、この国の大学で教鞭を執ることになって色々と調べたことがある」
主人公「なんと大学の教授までされていましたか」
博士「少しの間だがな」
相棒「よお、みんな元気そうじゃないか」
主人公「相棒!」
相棒「外はどしゃ降りで大変だ」
ミス「あまり濡れていないようですね」
相棒「ケーキ屋の店主に送ってもらいましたから」
主人公「助かったな。それよりも無事で何よりだ」
相棒は主人公の隣に腰を落として愚痴を言う。
相棒「あー事後処理が大変だった。食べ残しのケーキを食べたり、散らかったものや汚れたものを片付けたり、店主に頭を下げたりな」
博士「お疲れさん。冷蔵庫にビールがあるぞ」
相棒「お久しぶりです博士。遠慮なく頂きまーす」
博士「ああ、全部飲め」
ミス「ちょっと博士」
相棒「いやっふう!」
相棒はさっそく台所に移動して冷蔵庫を大きく開く。
そこにはプリン体も㌍も零のノンアルコールビールがたくさん並んでいた。
相棒「いやあ!ノンアルコールじゃないですかあ!!」
相棒の嘆きを博士は聞こえないふりをして主人公を見る。
博士「ところで、お菊さんは手強かっただろう」
主人公「はい。とても」
ミス「私もケモナが送ってくれた映像で見ました。脊髄反射的に体が跳ねました」
主人公「そうだミスリーダー。そちらでは一体何がありました」
ミス「その話、今日のまとめは食事をしながらにしましょう」
主人公「分かりました。博士、ご飯は炊けていますか」
博士「米もうどんもない。今夜はオカラ入りつくねと豆腐で腹を満たしなさい」
主人公「それは構いませんが健康的ですね」
博士「巻き込んで悪いが、長くこき使うためだけに、わしは健康的な食事を強いられているんだ」
主人公「紅白がそんなことを!」
博士「違う。お菊さんだ」
ミス「まさか博士も彼女の虜に?」
博士「ふ、それは心配ない。それより食べよう」
主人公「はい。いただきます」
博士お手製の鍋はミスリーダーの料理に負けないくらい美味だった。
キノコの出汁と鶏の旨味が凝縮された汁が何度もおかわりを誘う。
また、熱々の豆腐は香り高い柚子豆腐で後味をさっぱりさせてくれた。
ミス「正午、お菊さんが住まう甘菊神社に紅白特務員二班が調査に向かったのですが、あっさり全滅に追いやられました」
ミスリーダーは言い終わりに懐から一枚の写真を取り出して、裏返したまま、畳の上を滑らせて主人公に押しやった。
主人公「これは?」
ミス「その時に撮られた集合写真です。ただし、本来は写るはずのないものが写っています」
主人公「お菊さん……」ごくり
ミス「見る覚悟はありますか」
主人公「見なきゃ、これに耐えられなきゃ明日は完敗でしょう」
ミス「よく言いました。あなたも一緒に、この写真を使って訓練してください」
相棒「勘弁してください。疲れているんです」
ミス「これは命令です」
相棒「……アニメイツ」
主人公「ところで、幼女達の様子はどうでしょう」
ミス「満腹に多少の吐き気がありますが平気とのことです。また、ことほちゃんも順調に快復しているそうです」
主人公「良かった……」ほっ
博士「ことほもケモナも、お菊さんにやられたか」
主人公「すみません。僕らがついていながら」
博士「いや、わしにも何か責任があろう。ともかく何があった」
主人公「ケモナちゃんは操られた相棒の髭パンチにドローンを破壊され、ことほちゃんはケーキを食べてコロリです」
博士「ことほはヨウジョに似せて好奇心が強いようにした。それが仇となったのだろう」
主人公「好奇心も食欲も確かに旺盛でした」
博士「なるほど……分かったぞ」
主人公「何がでしょう」
博士「幼術のカラクリだ」
主人公「本当ですか!」
博士「ああ、恐らくだ。お菊さんは相手の心に隙をつくって虜にするのだ。大人達は魅力に、子供達はケーキによって心に隙が出来た。どうだろう」
主人公「それなら納得がいきます」
相棒「俺もそうなんだろうな。魅力にクラっとして、太ももに挟まれて、ちょっといい匂いがしたと思ったらもう夢心地だった」
主人公「逃げる時間もなかったか」
相棒「いわゆる一目惚れだった。明日、お前も気を付けろ」
主人公「うん、気を付ける」
博士「お菊さんはスイーツ以外に椿油の洗髪剤と石鹸を要求している。その成分によるハリと香りがお前にトドメを刺したのだろう」
相棒「思い返してゾクッとする」
ミス「どうしましょう」
相棒「え?」
ミス「あなた達の着替えとシャンプー等を一通り持ってきました。が、今回新しく買ってみたのが椿油のシャンプーなんです」
相棒「そんな……」
主人公「むしろ好機だ」
相棒「なぜそうなる」
主人公「匂いに慣れてしまえば怖いもの知らずだ」にやり
相棒「そうか……!」
ミス「ということは、写真にシャンプー。魅力の対策はこれでバッチリですね」
主人公「運が向いてきた!」
相棒「おい鍋を見ろ。茶柱ならぬエノキ柱が立っている!」
主人公「これは縁起がいい。やる気が増してきた」
相棒「お菊さんの写真を見せてくれ。今なら何だかいけそうな気がする」
主人公「どうだ」すっ
相棒「やっぱり……素敵だと思います!」どきどき
主人公「そんなにか。キツかろう」
ミス「しかし、直視しても糞尿を漏らすことも、体のケイレンも見受けられません。やはり紅白特務員よりもあなた達は特別のようです」
主人公「本当に素敵だ……」ぽー
相棒「まずはチラ見程度にしておけ。俺と違って接触もしていないんだから、刺激が強くて耐え難いだろう」
主人公「そうする。写真はここに表にして置いて、箸休めにチラ見しよう」
ミス「食事中にも訓練とは気合い十分ですね」
相棒「今度は負けられませんから」
主人公「ちょっと待て。僕達はお菊さんに勝つつもりでいるが、何を勝利とする」
相棒「そりゃ、ごめんなさいを言わせることだ」
主人公「その前に。お菊さんは、どうしてこんなことをするのか、一度、よく考えてみるべきじゃないか」
ミス「主人公に賛成です。彼女も幼女なら、幼女の気持ちを汲み取って考えて然るべきです。そして何より、人として相手を思い遣る慈愛の精神を忘れてはなりません」
相棒「何も知らずに一方的にごめんなさいを言わせる。それはよく考えてみれば酷い話だ。俺、やっぱり馬鹿だな」
主人公「何も自分を責めることはない」
ミス「そうです。悔やむなら、あなたが幼女と対等の立場になって親身に話を聞いてあげてください」
相棒「アニメイ……彼女は幼女なんでしょうか」
ミス「もちろん。魅力がそれを証明しています」
相棒「けど、お菊さんはずっと昔から生きています。それは永遠のロリであり幼女と言えますが、彼女は頭脳は大人、つまり私は大人だとはっきり言いました。それならばロリババアということになります」
ミス「ババアは良くないです」むすっ
相棒「じゃあミスリーダーと同じにミスロリでどうでしょう」
ミス「それならよろしいでしょう」
主人公「で、どっちだ」
相棒「分からん。難問だ」
博士「答えは永遠の幼女だろう」
ミス「なぜです」
博士「お菊さんは神様になるために努力している。人前で、高貴で堂々たる振る舞いをするのは当然だ」
主人公「幼女でファイナルアンサー」
相棒「分かった、明日のネゴシエーションは俺に任せてくれ。彼女の秘密を解き明かして見せる」
主人公「頼んだ」かたぽん
相棒「アニメイツ」
ミス「あのう、博士」
博士「ん?」
ミス「ケモナちゃんのドローンはどうしましょう」
博士「持ってこい、わしが直そう。ケモナには、当分はお前達の時計やことほを媒介に自身を投影するよう伝えてくれ」
ミス「直接お話にはならないのですか」
博士「まだ、その時ではない」
ミス「ことほちゃんは毎晩のように博士の写真を見ていますよ。きっとケモナちゃんだって」
博士「ことほは本当に可愛い。魅力に耐えるために嫌う努力をしたほどだ」
ミス「それで、ヨウジョに似せたメカヨウジョを作っても平気だったんですね」
博士「しかし嫌いになれるはずもなかった。今も二人に会いたいと胸が疼くよ」
ミス「一度くらい会ってはどうでしょう」
博士「ことほも分かっているはずだ。今会っては何も良いことはないと、お互いに成長して会うべきだと」
相棒「なるほど、それで研究熱心なのか。単にヨウジョへの対抗心からくるものだと思っていた」
博士「熱心に研究をしているのなら、修理はことほに任せよう」
主人公「彼女はロボットとは言えまだ幼女です」
博士「やれるさ。それが、ことほだけの魅力なんだ」
相棒「博士……俺にはよく分かります!」
博士「ケモナは、素直で頑張りやさんだ。それも分かるか」
主人公「分かりますとも!」
ミス「二人とも愛嬌があって、とてもいい子で助かっています!」
博士「そうか。良かった」にこっ
主人公「博士が笑った……!」
博士「少し話しすぎたようだ。わしは寡黙な男だから話はこれまでにして、食事に集中させてもらう」
相棒「照れ屋さんなんだから」
博士「もう一度わしと敵対するか」すっ
相棒「火箸を人に向けないで下さい。本気で危ないです。ごめんなさい」
博士「ふん」
と、台風なんて笑い飛ばすほど楽しい夜だった。
主人公と相棒は暴風に少し怯えながらも、一日の疲れをしっかり癒すことが出来た。
これはミスリーダーの心ばかりの計らいのおかげもある。
燐に硫黄が多く含まれ疲労回復に効果があるとされる桜の花粉、それを贅沢に使った香り高い入浴剤を用意してくれたのだ。
入浴後、温かな布団の中で微睡むうちに台風は過ぎ去っていく。
静かになって、主人公は娘の夢を見た。
眠る前に電話で語った未来が物語となって主人公を深みに誘う。
やがて行き着いた幸せの底で、主人公はまた家族を失った。
主人公「……っ!」
ミス「大丈夫ですか。随分うなされていましたよ」
彼女も寝起きだろう。
すっぴんのミスリーダーが襖の隙間から主人公の顔を除き込んで言った。
主人公「おはようございます。平気です」
ミス「それならいいのですが」
主人公「今、何時でしょう」
ミス「もう九時になります」
主人公「グッスリですね」
ミス「博士だけが早くに起きています。私としたことが、ケモナちゃんがいつも起こしてくれるので気を抜いてしまいました」
主人公「まあ、いいんじゃないですか。たまの寝坊も」
ミス「そういうことにしてもいいですか」
主人公「はい。ここの誰も否定しません」
ミス「じゃあ、もう少し寝ようかな」ころん
主人公「博士は?」
ミス「日課の散歩でしょう」
主人公は肌寒さを感じて、上着を羽織ってから外に出た。
季節はすっかり秋。
太陽があっても風が冷たい。
腕を擦りながら庭の方へチマチマと歩く。
主人公「博士。おはようございます」
博士「おはよう」
主人公「何をされているんですか」
博士「庭の菊が全滅した。それの片付けと、飛んできた枝葉の掃除だ」
主人公「手伝います」
博士「気を遣わなくていい。二度寝してもわしは構わないぞ」
主人公「だらしなく寝坊して本当にすみません」
博士「だから気にするな。これは、わしの償いの一つなんだ。そして、お前にはお前の仕事があるように、これがわしの仕事だ」
主人公「じゃあせめて、博士がまとめたのをゴミ袋に詰める作業だけ手伝わせてください」
博士「うむ。それくらいならお願いしよう」
作業が一段落する頃、屋敷からいい匂いが漂ってきた。
ミスリーダーが食事の用意を終えたと、くたびれた寝巻き姿の相棒が無精髭をさすりながら伝える。
主人公は返事をして、ゴミ袋を玄関に一纏めにする。
それから居間に上がると、土鍋いっぱいの茶碗蒸しが主人公を待っていた。
主人公「やっぱり健康的だ」
相棒「まあ、食べやすくて助かる」
博士が居間に落ち着いて、みんなで食事する。
しばらくして、博士が相棒に真剣な眼差しを向けた。
博士「お前に任せたいことがある」
相棒「何ですか。藪から幼女に」
博士「お菊さんのことだ」
相棒「それなら昨日話したじゃないですか」
博士「心配事がある」
相棒「心配事?」
博士「庭の菊が全滅した。きっと、お菊さんが大切にしている境内の花野も同じ被害に遭っていることだろう」
相棒「それは心が痛みます」
博士「もしかしたら泣いているかも知れない」
相棒「あのお菊さんが?」
博士「ああ、しかしだ。お前達を見れば気丈に振る舞うだろう。どうか優しく慰めてやってくれ」
相棒「博士、お菊さんのことを大切に思っているんですね」
博士「わしは昔に、紅白に任されて彼女から幼女のことを聞き出そうとした。敬い崇め奉り、こき使われることも良しとした。それは間違いだった」
相棒「なぜ、そう言い切りますか」
博士「わしは一方的に彼女を求めていた。世界を救うという目的で、幼女の気持ちを蔑ろにしてまで」
相棒「博士はそんな人じゃない」
博士「ありがとう。でも、仕事人のわしはそうなのだ」
相棒「そもそも紅白が幼女の気持ちを蔑ろにするってのが可笑しな話です」
博士「ミスリーダー」
ミス「現在の慈愛を使命とする紅白が出来たのは、ほんの数年ほど前のことです」
主人公「どういうことだ?」
相棒「な、紅白は二十年も前にあったはずだ」
ミス「組織自体はありましたが、その目的、使命は世界を救うこと。それが最優先でした」
博士「それだけ、幼女時代の始めは滅びゆく世界の救済が急務だったのだ」
ミス「その一方で幼女の保護活動にあたったのが、民間人によって自発的に組織された義勇隊でした。私はそこに所属していました」
主人公「それが数年前に一つになったんですね」
ミス「そうです。私がこの地でお菊さんの指揮する、健やか幼女組との戦いで勝利したのをきっかけにそうなりました。お菊さんの存在を認めたのはつい最近のことですが」
相棒「え……ミスリーダーめっちゃ凄い人じゃん」
主人公「ああ、驚くばかりだ」
博士「とにかくそういう理由があって、幼女の気持ちを蔑ろにした。いや、一つになって慈愛を使命とする今もだ」
相棒「博士の本当の気持ちを必ず伝えます。庭の菊も、彼女の為に植えたものでしょう」
博士「よく分かったな。たまに遊びに来るまでには仲良くなれた、そのほんの気持ちでな」
相棒「遊びに……か」
主人公「やっぱり寂しいんじゃないか。ほら、さっきのミスリーダーの話でもたくさんの幼女達を支配下に置いていたみたいだし」
ミス「支配ではないでしょう。この村を占拠して、食事やお風呂に遊びだけじゃなく、礼儀作法まできちんとお世話していましたから。今思えば、保護下に置いていたのかも知れません」
博士「それなら、大人を自分勝手なご都合主義の生き物と思っている可能性がある。一方では正しいが、一方では間違った考えだ」
相棒「なおさら、今度こそ、きちんと想いを伝えましょう」
博士「玄関に、綺麗に残った菊でこしらえた花束がある。それを届けてくれ。そして、わしの任を継いでください」
相棒「幼女の情報を聞き出すことですね。急にかしこまらないでください」
博士「任を押し付けるようなものだ。すまない、迷惑だろう」
相棒は断るように頭を横に振って言う。
相棒「博士はお菊さんと、彼女が遊びに来るまでの仲になったと言いました。真心を込めた花束は俺達にとって大事な絆になるでしょう」
博士「そうなれば何よりだ」
相棒「道があれば希望は叶います。博士と同じ夢を見る者として、謹んで承りましょう」
博士「信じて頼む」
相棒「アニメイツ!」
ミス「ふふ、やっと頼もしくなりましたね」
相棒「まだまだ若輩者です。実はかなりビビってます」
ミス「そうは見えませんけど」
主人公「銀杏を残している!それか!」
相棒「何でだ。もっとよく見ろ」
ミス「口周りが汚れている。つまり、手の震えを押さえながら食事している、そういうことですね」
相棒「お恥ずかしながら」ぺろり
主人公「心配するな。今日は僕だけじゃなくミスリーダーも側にいる」
相棒「仲間の頼もしさは知っていたつもりだった。でも、ネットと現実ではまた違うものなんだな」
ミス「食事を終えたら、その無精髭はきちんと剃ってください。正装をしてもらいますから」
相棒「え、正装?」
主人公「次は何を掃除すればいいんでしょう」
ミス「綺麗にする清掃ではありません」
食後、主人公と相棒は共に変身。
正義を胸に使命を背負い慈愛を威力に勇ましく戦う、豪毅にして果断の男前である。
ミス「うん。似合っています」
相棒「着物なんて初めてだ」
主人公「何だか恥ずかしいな」
ミス「寒くはないですか」
相棒「はい。このインナーいいですね」
ミス「安かったし、買っておいてよかったです」
主人公「ミスリーダーもお似合いです」
ミス「ありがとうございます」
ミスリーダーもしゃなりと変身。
慈愛という白馬をどこまでも慮り慮りと走らせる、大胆にして不敵の女傑である。
相棒「もしかしてだけど、もしかしてだけど幼女も着物姿なんじゃないの」
主人公「祭の時みたいにか!あれは中々に堪えた!」
相棒「数が増えれば魅力は怪獣くらいに増大する」
主人公「どこまでも魅力的で胸が、きゅう、となるに違いない」
ミス「我慢してください」
相棒「ええー。そんな殺生でござるよ」
主人公「後生だからやめてくだされ」
ミス「我慢してください」
今日という日が、この島この村にとって歴史的転機となることを彼らはまだ知らない。
ただ空に劣らぬ青く澄み渡った心を秘めて未来を目指して歩く。
相棒「うわ、こりゃ酷い」
田園地帯は台風によって、まるで幼女が玩具を散らかした部屋のように悲惨な状況だった。
丸太を飛び越えたり飛び回る勝ち虫を目で追いかけたりしながら歩き続ける。
ほどなくして、道がなだらかな坂となって杜に入った。
ミスリーダーが言うには、石畳の道以外には人の手がほとんど加えられていないと言う。
ただ例外なのが、多く見られるイチョウの樹だ。
やはりそのどれも落葉が酷く、また、散乱する独特な異臭を放つ実を踏まないよう気をつけて進まなければならなかった。
相棒「これだから銀杏は嫌いだ。で、どうしてこんなにイチョウの樹が多いんですか」
ミス「イチョウの樹は燃えにくいので、人の集まる神社等の周辺に多く植えられたのです。現在、その風習は街路樹に見られますね」
相棒「へえ。それでも銀杏ちゃんは好きになれません」
主人公「おい見ろ。黄色い川だ」
道中、傍らに黄色い花弁の流れる小川を見つけた。
ミス「この杜に川はないはずです」
主人公「じゃあ、台風によるものですね。それとこの花弁は恐らく菊でしょう」
相棒「青いカエルだ!」
主人公「え!どこどこ!」
相棒「ほら、あそこ!」
ミス「んん、んっんん」
主人公「相棒が悪いんです」
ミス「言い訳は結構。少年時代に戻って、はしゃがないでください」
相棒「アニメイツ」キリッ
珍しい体色のカエルに心を掻き乱されても、一行は歩みを止めなかった。
ちょっと止めた気もするけれど気のせいだ。
とにかく一行の心は羅針盤みたく真っ直ぐに目指す方角を指し、足はそれを信じるままに前進した。
主人公「絶望的な状態とは、まさにこのことか」
相棒「ボロボロにやられたな」
間もなく杜を抜けると、ぽつんと開けた空間に確かに甘菊神社はあった。
背後の杜と一体化する神々しい外観は、台風の暴力によって、もう完全に飲まれてしまっていた。
杜に飲まれたそれは、ただの大きな切り株にしか見えなかった。
ミス「それに、まるで絨毯のように菊が散乱しています」
主人公「花野はどこにも見当たりませんね」
ミス「花弁に白い粒がある……」
主人公「それがどうかしましたか」
ミス「これは塩です」
相棒「は?」
ミス「そう遠くないところに海があります。台風によって海水が運ばれ、塩分を含んだ雨が降ったのでしょう。塩害は免れません」
主人公「つまりどういうことですか」
ミス「ここら辺りの植物のほとんどが枯れてしまいます……花野も」
相棒「神様がいるならどうしてこんな酷いことが起こるんだ!俺は怒った!」
ミス「落ち着いてください。神様とはいえ、自然をどうこう出来るわけではないのでしょう」
主人公「そうだ。神様を責めるのはお門違いだ」
相棒「……ん?」
主人公「どうした」
相棒「泣き声が聞こえる。お菊さんだ!」
しくしく泣く声は崩れたお社から聞こえた。
相棒は危険も顧みず、半壊した戸口を除けて中へ飛び込んだ。
相棒「お菊さん!」
お菊さん「ふぇ!?もう来たのか!」
相棒「どこだ。姿を見せてくれ」
お菊さん「やじゃ」
相棒「頼む」
お菊さん「やーじゃ!」
追いかけてきたミスリーダーが相棒に耳打ちする。
相手は女の子。
さっきまで泣いていた顔を見られたくないはずだと伝えた。
相棒「ごめん。嫌なら声だけでいい」
お菊さん「カスタードシュークリームはどうした」
相棒「それは約束の時間に」
お菊さん「なら、何しに来た。まさか、あたしが風にさらわれたと思うてわざわざ見に来たか。あー意地が悪いねえ」
相棒「違う。俺達は君を心配して早めに来た」
お菊さん「誰が信じるもんか、ふんだ」
相棒「これを君に」
お菊さん「ん……それは」
相棒「博士からの贈り物だ。綺麗に残った花を集めて、君のためにこしらえたんだ」
お菊さん「信じられぬ」
相棒「博士の優しさを君は知っているはずだ。それでも、もう一度信じられないと言えるか。この花束に込められた気持ちが嘘だと思うか」
お菊さん「直接届ければよいのに、姿がないではないか」
相棒「仕事の都合で来られないんだ。だからこそこうして、せめて花束をこしらえたんじゃないかな」
お菊さん「また都合都合都合。都合の良い言い訳が好きじゃねえ」
相棒「お願いだ信じてくれ。君がこれを受け取らないだけじゃなく、疑って否定までしたら俺は悲しい」
お菊さん「うぅ……」
相棒「俺達のことはどうだっていい。だが博士だけは信じてくれ。あの人は素直じゃないし怖がりだけど、本当にすごく優しい人なんだ」
お菊さん「知っておる。他の人とは違うことくらいあたしにも分かる。なんせ、あたしゃあ神様じゃて、どうしても分かってしまうのじゃ」
お菊さんがようやく姿を現す。
暗がりに現れた彼女の表情は陰ってよく見えないが、頬に光る滴だけははっきり見えた。
お菊さん「ちょうだい」
相棒「どうぞ」
お菊さん「ん、褒めてつかわす。爺も、髭も」
お菊さんは頭を撫でるように相棒の髭を撫でた。
しかし髭がない。
お菊さんは感触を二度三度と確かめて驚いた。
お菊さん「髭じゃない!誰じゃ貴様は!」びくっ
相棒「髭で人を判断するな。俺だ俺」
お菊さん「オラオラサギという鳥がついに化けて出たのじゃな!そうかこの風も貴様の仕業か、ふん、モッケが本当にいたとはね!あたしゃあ全然怖くなんてないよ!はは、は!」ぷるぷる
主人公「どういうことでしょう」ひそ
ミス「オレオレ詐欺を知っていて勘違いしているのでしょう」ひそ
主人公「よくわかりましたね。それでモッケとは」ひそ
ミス「モッケとは物怪のことです。昔の人は身近に起こる様々な異常を物怪の仕業と考えていました。それは不幸だけでなく幸福もそうで、物怪の幸いという言葉もあります」ひそ
主人公「なるほど。博識ですね」ひそ
ミス「いえいえ」ひそ
お菊さん「あ!モミアゲ!」ゆびさし
主人公「君に言われてモミアゲを剃ろうか迷ったが、剃らなくて良かったよ」
お菊さん「隣にいる美人さんは嫁か」
ミス「美人ですが嫁ではありません。はじめまして、私はミス美人。二人の面倒を見ている美人です」
相棒「さり気なく嘘ついてないか」ひそ
主人公「言うな。晩飯を抜かれかねない」ひそ
相棒「ひあああ!!」びくっ
お菊さん「ひゃあああ!!」びくっ
主人公「びっくりした。急にどうした」
相棒「目を凝らして部屋をよく見てみろ」
主人公「ひっ……!」びくっ
ミス「汚れた人形がたくさん転がっていますね」
お菊さん「ああ、それね。驚かせるでない呆け」
相棒「ボケは酷くない?」
お菊さん「はあ、見られては仕方ない。しかたなーく昔話をしてやろう。ついておいで」
三人はやったと顔を見合わせて、短い歩幅で進む愛らしい背中を追った。
お菊さんは、お社のすぐ側に建てられた窓のない白く四角い建物へ向かっている。
何てことないプレハブ小屋に見えるが、壁に触れてみて、よく出来た頑丈な建物であると分かった。
相棒「これは何の建物だ」
お菊さん「紅白に作らせた、あたしのお部屋じゃ」
主人公はそれを聞いて、もしや罠かと疑い、とっさに戸口から離れた。
お菊さんが女の勘でそれを察知する。
お菊さん「くくく!罠かと疑っておるね」
主人公「いや……はい」
嘘をついても意味はないと観念して正直に告白した。
意外にも、主人公を叱ったのは相棒だった。
相棒「俺達がまず信じないでどうする」
主人公「ごめん」
ミス「安心してください。幼女に建築技術はありません」
主人公「そうですよね。お菊さん、疑ってごめんなさい」
お菊さん「あたしゃあ善を尽くし美を尽くす神様じゃ。こまいことで怒ったりなどせん」
お菊さんが戸を開いて明かりを点ける。
土壁の、何てことない普通の部屋だ。
中は狭く、手前半分は土間に、奥は三畳の畳で出来ている。
入って左に電磁加熱式調理器を備えて天板に御影石が使われた台所、右にはエコと真空冷蔵技術が人気の冷蔵庫、電子レンジにトースターにノンフライヤーまである。
畳の上にはテレビが置かれていた。
また、テレビ台にはレコーダーらしきものもある。
主人公「お菊さんは、いつもここでくつろいでいるんですか」
お菊さん「もっと気楽に話してよい」
主人公「じゃあ、お言葉に甘えて。お菊さんは、いつもここでくつろいでいるの?」
お菊さん「神様の修行の合間にちょこっとね」
相棒「天井に換気口があるのか」
お菊さん「エアコンもあるよ」
相棒「お風呂は?」
お菊さん「この破廉恥色呆け助平!」
相棒「いや、ちが、ごめんて」
ミス「はあ……幼女を見守るものとしてあるまじき発言です」がっかり
相棒「違うんです。だって気になるじゃないですか、シャンプーとか石鹸のこととかあるし」
お菊さん「湯浴みのことは内緒じゃ」ぷん
皆さんだけに教えよう。
実は、こっそりと、町の温泉で湯浴みしているのだ。
お菊さん「しかし、今日は無礼講じゃ。冷蔵庫から好きなスウィーツを一つだけ選び取って食べね」
言われて主人公が冷蔵庫を開けると、上から下まで様々なスウィーツが整然と並べられていた。
そっと、冷蔵庫を閉めた。
主人公「いや、いいよ。朝御飯が遅かったから」
お菊さん「ほうか。なら、座りね」ぽふぽふ
相棒「お、色んな辞書があるじゃないか。なるほど、これで勉強して口達者のお利口さんなんだな。えらいえらい」
相棒がテレビ台に仕舞われていた辞書を引っ張り出して言った。
他人の部屋で決してやってはいけないドン引きの行為だ。
お菊さん「あー!勝手に見るなあ!」
ミス「あなたという人はもう……」呆れ
相棒「辞書くらいいいじゃないか。漫画があるかなと思って、お、塗り絵じゃん」
お菊さん「やめえ!!」
相棒「にこげっ!」
相棒は目に見えぬ謎の力で壁ドンされた。
壁に貼り付いたままピクリとも動かない相棒の傍らに二人は小さく納まった。
お菊さん「確か、魅力で大人はキュン死にするのじゃろう」
お菊さんは冷めた目でボソッと呟いた。
主人公「それだけは勘弁してやってほしい。一生涯シュークリームを献上させると約束する」
お菊さん「言うたね。約束じゃ」
主人公「うん。約束だ」
お菊さんは満足して、台所で湯を沸かし始めた。
茶を淹れてくれるらしい。
ヤカンやコップは下の収納から取り出した。
かわゆい蟹の絵が描かれた湯飲みが四つ、お盆の上に乗せて出された。
テーブルは邪魔だからないとのことだ。
お菊さん「お待たせ」
ヤカンから茶色い液体が湯飲みに注がれる。
芳ばしい匂いがあっという間に充満した。
主人公「紅茶だ」
ミス「一瞬、ウーロン茶かと思いました」
相棒「砂糖はある?」
お菊さん「はい」
相棒「ありがとう」
お菊さんは角砂糖派だった。
一服して、お菊さんが遠い目で昔話を語る。
お菊さん「はじまりはじまり」
数えるのに飽きるほど昔のことじゃ。
あたしゃあ平凡な家に、しかしとても魅力的な幼女として生まれた。
道を歩けば、いや、家にいても押しかけ皆がチヤホヤした。
両親も、あたしを自慢の娘といつも褒めてくれた。
そんな幸せなある日のことじゃ。
皆の様子がもっとおかしくなった。
突然、両親と一緒に立派な御殿に住まわされた。
それからあたしは菊慈童いうて神の子と崇められた。
村人だけじゃなく、いつからか全国から人が訪ねてくるようになった。
初めはそりゃあ嬉しかったよ。
いっぱい遊んでいっぱい食べた。
でも、ある時に気付いてしもうた。
両親が娘を自慢するのをやめて、神の子として崇めるようになっていたことに。
あたしはその日から娘ではなくなった。
そして、あたしゃあ本当に神の子となってしまった。
体の成長がピタリと止まった。
両親が死んでもあたしは生きた。
あたしは怖くて、ずっと隠れて生きた。
全国から押し寄せる人がワガママに勝手な願いを言いつけるのを良いことに、甘物を要求してそれだけを楽しみにして生きた。
が、それは良くないことであった。
好き勝手して罰が当たったのじゃ。
あたしは病に侵され、一人で苦しみ、死にかけた。
そこへ手を差し伸べてくれた優しい優しい優しい神様がいた。
あたしが尊敬する、大好きな蟹様、つゆさんじゃ。
つゆさんは、あたしに菊の葉に溜めた甘水を飲ませて病を治してくれた。
そして、あたしを菊の神様にしてくれた。
あたしゃあ頑張って修行して、厄を払い、村の平穏を見守り続けた。
村の人達は感謝して、菊の節句を設けてくれた。
一年に一度、菊を見ながら菊酒を飲む賑やかな祭じゃ。
毎年、幼子が作った菊人形を一体ずつ貰った。
今までとは何もかもが違った。
皆、心のままに生き生きしていた。
あの悪夢のような毎日は終わった、そう思っていた。
ところがじゃ。
また、魅力的な幼女が現れた。
今度はたくさん。
みんな虜になって、あたしは忘れられた。
長い長い時間のなかで、幼女は現れては消え、また現れた。
お菊さん「今回は、今までになく多かったねえ」
相棒「幼女は、現れては消え現れる、か」
主人公「まるで幻みたいだな」
お菊さん「子供は七才まで神の子、そう聞いたことはあるかえ」
主人公「何となく」
お菊さん「幼女とは、その通りかも知れぬ」
相棒「いやそれなら、男の子もとんでもない魅力を持っているはすだ」
ミス「男は度胸、女は愛嬌と言われます。単に性別による違いではないでしょうか」
主人公「なるほど。それなら納得出来ます」
相棒「幼女は神の子。だとしたら、打つ手はないな」
主人公「現に神様を前にすると、揺るぎない真実に思う」
ミス「覚醒遺伝子は長くとも九つの歳には自然的に沈黙します。もう疑う余地なく間違いないでしょう」
お菊さん「皆は、幼女について聞きにきたのじゃろう」
相棒「あくまで心配のついでにね」
お菊さん「すまぬが、本当によく知らぬのじゃ。あたしも何度も困っておる」
ミス「お菊さん……」
お菊さん「じゃが、爺が何とかしてくれよう。紅白も、今ならちょいとは信じてやれる」
相棒「本当か!」
お菊さん「そもそも嫌いなんて思ってないし……」ぼそっ
相棒「とりあえず、博士に今の話をメールで送ろう」
主人公「ああ、紅白の研究者と力を合わせれば必ず何とかなるはずだ。僕達はそれまでの時を守ろう。世界は終わらせない、幼女も泣かせやしない」
お菊さん「くくく。どうしても諦めんのじゃねえ」
主人公「もちろんだ」
相棒「俺達は、君のことも諦めないつもりだ」
お菊さん「はえ?」きょとん
相棒「主人公、ミスリーダー。期限いっぱいまで外を片付けましょう」
主人公「ああ、そうしよう」
ミス「アニメイツ」ビシッ
相棒「お菊さん。悪いけど、食器は任せた」
お菊さん「アニメイ……うむ」
相棒は、急かすように二人を連れて外に出た。
次にお菊さんの部屋から離れて、真剣な面持ちで話す。
相棒「きっと寂しかったんだ。ずっと昔から」
ミス「話を聞く限りではそのようにも考えられますね」
相棒「親と距離が出来たまま死別して、その前には特別扱いされて友達も少なかったことでしょう。それから神様になって、やっと交流が出来たと思ったら、また、一人ぽっちになって。最後にはついに忘れられて……」
ミス「あなたの思い、私にも分かります」
主人公「今日は、とことん遊んであげよう」
相棒「ああ、幼女らしさを取り戻してあげよう」
主人公「そうだ。この機会に縁も結び直そう」
相棒「それは、菊の節句を復活させるということか」
主人公「そういうこと」
相棒「さすが俺の相棒。大賛成だ」
ミス「では、私が町の人達に掛け合ってお社の修繕を頼みます」
相棒「さすが俺の上司。頼れる」
ミス「今日は調子が良いですね」
相棒「グッスリ寝たからかな」
ミス「ふふ、私もです」
主人公「さてと。まずは、ここの掃除だな」
相棒「危険だったり邪魔なものをとりあえず運ぼう」
ミス「私は戻って道具を幾つか持ってきます」
主人公と相棒は障害物を広場の中心に集めて、ミスリーダーは菊人形をひとまとめにした。
そうして、作業は順調に進んでいたのが、ここで重要なことに気付く。
主人公「まだ一時半か」
相棒「約束はおやつ時、三時だからもう少し余裕あるな」
ミス「おやつ時……?」
相棒「それがどうかしましたか」
ミス「昔の時間では、お八つ時は二時です」
相棒「え?」
ミス「お菊さんは昔幼女。本当の、約束の時間はおそらく二時でしょう」
主人公「え?」
ミス「気付かなかった私に責任があります。すみません」
主人公「いえ、誰が悪いとか責任なんてどうだっていい」
相棒「そうです、それよりどうするかです!ケモナちゃんケモナちゃん!」
ケモナ「はーい」
相棒「約束の時間は三時じゃなく二時だった!」
ケモナ「えー!」
相棒「状況は?」
ケモナ「まだかかるわん。台風の被害で材料が届くのが遅れたの」
相棒「なあ、どうする」
主人公「……時間稼ぎに幼女を召喚しよう」
ミス「それは危険です。引き延ばしが明らかになれば、幼女にも危害が及ぶ可能性があります」
主人公「お菊さんの魅力に敵う幼女が二人います」
相棒「モモちゃんと、すずりちゃんか」
主人公「ここは幼女頼みだ。それしかない。ミスリーダー、どうかご決断を」
ミス「…………」
主人公「ご決断を願います」
ミス「わかりました。すずりちゃんを召喚しましょう」
相棒「聞こえたかいケモナちゃん。事情は伏せて、何とか彼女をこちらへ輸送してくれ」
ケモナ「アニメイツ!だわん!」
相棒「お菊さんなら許してくれそうな気もするがな」
主人公「シュークリームが絡めば天女も鬼になろう」
相棒「よく分からないが、だいたい分かった」
ミス「ここからは気付かれないよう作業を続けましょう。いいですね」
時刻は間もなく二時になろうかという時、ようやく幼女到着の連絡があった。
みんなでお菓子作りがしたいと駄々をこねくりまわした為にタイムロスが生じたらしい。
だが、何とか間に合ってくれた。
ミス「ヨウジョが到着次第にお母様へご挨拶。それが済み次第、速やかにお遊戯を開始」
相棒「お遊戯なんて分からないんですけど」
ミス「お菊さんにお任せしましょう。ヨウジョが暇を誘えば、向こうから仕掛けてくるはずです」
ヨウジョ「がおー!」とたとた
主人公「きた!かわいい!」ドキッ
相棒「髪をクルンと纏めてあら可愛い!」ドキドキ
ヨウジョが着物姿で現れることをすっかり忘れて油断していた。
女性であるミスリーダーが思わず後退るほど魅力的だ。
それでも何とか気を引き締めて、彼女の魅力に耐えながら挨拶という任務を実行する。
相棒「元気よく笑顔でこんにちはー!」
ヨウジョ「怒ってるぞー!」とたとた
相棒「やっべえ」にげっ
主人公「退避だ」にげっ
ヨウジョ「がおー!!」とたとた
主人公「追ってきた」
相棒「ひいい」
ミス「まあいいでしょう。私が代表して挨拶しましょう」
ミスリーダーはお母様へご挨拶を済ませて、直後、お菊さんの部屋へ走った。
残り二十四秒で二時になる。
あの部屋には時計がないように見えて一つだけある、レコーダーだ。
その時刻表示をお菊さんが確認していないのを願いながら戸を勢いよく開いた。
ミス「お菊さん!」
お菊さん「ん?」
お菊さんは折り紙に興じていた。
とりあえず、ホッと胸を撫で下ろして意識をこちらへ集中させる。
お菊さん「どうした。そんなに慌てて」
ミス「すずりちゃんが遊びに来たよ」
お菊さん「もうそんな時間か」
ミス「まだですよ!まだー!それより、あ、楽しそうね」
お菊さん「ふふ、飾り付けようと思ってね。初めてじゃて、ここでシュークリームパーティーを催すのは」にこにこ
ミス「シュークリームパーティー!それは楽しみね」
お菊さん「そういや、今は何時じゃ」
ミス「まだ一時ちょっとですよ。それより、すずりちゃんと遊ばない?」
お菊さん「んー。鶴を千羽折って、部屋のあちこちに飾り付けたいからねえ」
ミス「千羽!?千羽か……私が何とかしましょう」
お菊さん「本当かえ。疲れるから頼む」
ミス「任せなさい!ささ、お菊さんは遊んでて」
お菊さん「あとどれくらい時間あるかね」
ミス「呼ぶから!呼ぶから遊んでて!」
お菊さん「くく、分かった。このあたしが心ゆくまで遊んでやろう」
お菊さんはそう言って、スッーと部屋から出ていった。
出ていってくれた。
ミスリーダーは畳に上がって、くしゃくしゃの鶴を遠い目で見つめた。
ミス「千羽か……無理」
ところで、相棒はヨウジョに激しく攻められていた。
拾ったドングリによる連続的な投擲に為す術もなく、お社の壁に張り付いている。
その背中にコツンコツンとドングリが突き刺さる。
相棒「やめてくれえ」
ヨウジョ「がおー!」ぽいぽい
主人公「もうすぐドングリが尽きる!それまで何とか持ちこたえるんだ!」
主人公が幼女の背後、数㍍から拳を握って応援する。
ヨウジョは、ここへ襲来するまでの道中にドングリをコツコツ集めてはカバンに忍ばせていた。
危険物のチェックを怠らなければこの悲劇は免れていただろう。
しかし、追われるネズミが猫の牙に集中して隠された爪に気付かないよう、彼らもまた気付かなかったのだ。
相棒「おや……?」
ふと、ドングリによる攻撃が終わった。
妙な静けさの中でカエルの鳴き声が聞こえた。
さっき見つけたらしい青いカエルだろうか。
ヨウジョ「取ってくるね」
相棒「何!」
ヨウジョはドングリを補充するという。
その体へ、待ったをかけるように一つの毬が飛んできて当たった。
敵の敵は味方、という言葉がある。
お菊さんに彼らは助けられた。
ヨウジョ「これ、綺麗なのに泥だらけになっちゃうよ」ひょい
お菊さん「構わぬ。それより、あたしと蹴鞠でもしよう」
ヨウジョ「あ!神様だ!」
お菊さん「ほうじゃ。あたしゃあ神様じゃ」
その言葉のあと小さく、見習いだけど、と聞こえたが主人公は聞かなかったことにしてあげた。
ヨウジョ「お名前は何だっけ」
お菊さん「お菊さんと呼べ」
ヨウジョ「お菊さん!遊びましょう!」
お菊さん「したら、蹴ってみね。こうして宙に浮かせてこうじゃ」
まだ幼いヨウジョが、あんなに小さな毬を上手に蹴られるはずがない。
案の定、空気を裂く鋭い蹴りでも毬を捉えることが出来なかった。
ヨウジョ「難しいね」
主人公「昔の人は、もっと大きいものを蹴っていたと思うよ」
ヨウジョ「そうなの」
お菊さん「ほうじゃ。それでも、あたしはこの毬で蹴鞠を極めた」
お菊さんの蹴り放った毬は、お見事、相棒の口に入った。
相棒「ヴォエェエェ!」
主人公「相棒ー!」
ヨウジョ「すごーい」ぱちぱち
お菊さん「ほれ蹴ってみね。練習あるのみじゃ」
ヨウジョ「えい」げしっ
お菊さん「ふぐぅ!」
鷹の急襲。
ヨウジョの爪先に当たった毬がお菊さんの腹に重い一撃を与えた。
お菊さん「や、やるではないか」
アスレチック公園で鍛えた身体能力は本物だった。
幼女の中でも特に優秀な運動能力がここで真価を発揮した。
お菊さん「良いか。人に向けて蹴るでない」
ヨウジョ「でも、お菊さん蹴ってたよ。そういう遊びなんでしょう」
お菊さん「あれはわざとではない。いや、とにかく人に向けて蹴ってはならぬ。いいね」
ヨウジョ「分かった」げしっ
主人公「いでえ!」
ヨウジョの蹴る毬は意思でも持っているのか、次に左隣にいた主人公の頬を殴った。
ヨウジョ「ふふ、ごめんなさい」くすくす
お菊さん「見くびっていた。この娘は、とんでもない能力を秘めておる……」
ヨウジョ「私の名前は清里すずりです」
お菊さん「すずり。危ないから蹴鞠はもうやめよう」
ヨウジョ「じゃあ、ドングリ合戦しよう」
お菊さん「合戦か……思い出すねえ。人々が幼女を支持して、やがて国を作り姫として、どちらの姫がより魅力的か争っていた遠い時代を」
主人公「そんな歴史があったのか。現代がそうでなくて良かった」
相棒「まるでオタクの派閥争いだ。いや、その元祖かも知れない。俺達にはその血が残っているんだ」
主人公「僕にはない」真顔
相棒「そう言えるか。お前は幼女の中で誰を推す」
主人公「そりゃ娘だ」
相棒「ふ、かっこいいな。火傷しそうだ」
お菊さん「何をくだらぬことを……」じとー
ヨウジョ「ねえ、ドングリ集めていい?」
相棒「いや、ドングリはもうやめよう。中から芋虫が出てくるかも知れないよ」
ヨウジョ「えー。芋虫なんていないよ」
相棒「たまにいるんだ。ドングリは芋虫さんのご飯だからね」
ヨウジョ「そっか。じゃあ松ぼっくりにするね」
相棒「くぅ……」がくっ
ヨウジョ「お菊さんも松ぼっくり集めよう」
お菊さん「集めてどうする」
ヨウジョ「投げっこするの」
お菊さん「また投げるのか」
ヨウジョ「うん!楽しいよ!」
お菊さんが二人を横目で見ると、物乞いするみたいに必死の形相で助けを求めていた。
お菊さん「ほうじゃ。ドングリをコマにしよう」
ヨウジョ「え!ドングリのコマ!」
相棒「え!投げるの!」
お菊さん「呆け、投げるわけなかろう。クルクルと上手に回すのじゃ」
お菊さんは言って、体をクルクルと回してコマを表現、ヨウジョも真似して一回転。
その萌を間近で受けた二人の心は萌えて捻れた。
主人公「調べによると、簡単に作れるみたいだ。道具を取ってくるから一緒にドングリを集めてくれ」かたぽん
相棒「裏切るつもりか。代われ」
主人公「逃げない。僕は必ず戻ってくる」キリッ
相棒「いやそうじゃなくて」
主人公「あばよ!」タタッ
相棒「…………」
ヨウジョ「ドングリ合戦しよう」
相棒「……後でね」がっくし
主人公がおらぬ間、ドングリが多く見つかるということで側の古墳公園に移動した。
そこでドングリをたくさん集めて、結局、合戦が行われることになった。
三つ巴の激戦だ。
相棒は、顔面ばかり狙うお菊さんの容赦ない戦術と、幼女が背中へ放つドングリの衝撃に苦しめられた。
そこでやむを得ず降参。
したことで、戦いは一対一の決斗へと移った。
さながら、現代の猿蟹合戦と例えようか。
お菊さん「くくく。このような形で決着をつけることになろうとはね」
ヨウジョ「がおー!」
お菊さん「お前の魅力を食ってやりたいが、その魂を守る何かが邪魔じゃ」
ヨウジョ「ん?」
お菊さん「すずりは、己が魂に何を宿している」
ヨウジョ「何言ってるかよく分かんない」
お菊さん「その、がおーとやらは何じゃ」
ヨウジョ「ガッズィーラだよ。いつか、お父さんみたいなガッズィーラになりたいの」
お菊さん「ガッズィーラ……それ何だっけか。聞き覚えはあるねえ」
ヨウジョ「怪獣だよ」
お菊さん「怪獣……あれか!すずりは、あれになるのか!」
ヨウジョ「いつかなるよ!」
お菊さんは数年前、いいや最近も見た怪獣映画を思い出していた。
あれが作り物だということは理解している。
が、彼女は真に怪獣になれると言うのだ。
彼女の魂に宿る怪獣を見て、本気だと悟った。
お菊さん「それでも、それごと食らってやる。幼女を呪う運命など、あたしが食ろうてやろう!」
相棒「幼女を呪う運命……そうか!魅力を押さえ込むために、お菊さんは幼女を虜にしていたんだ!」
お菊さん「ゆくぞ……!」
ドングリが一つ弾丸のように放たれた。
お菊さん「かわした!」
ヨウジョが抜群の反射神経でそれをかわすと、刹那、反撃のドングリがお菊さんの頬をかすった。
ヨウジョ「あ、ごめんなさい」
お菊さん「幼女は特別、魅力を溢れるほどみなぎらせて、わんこ蕎麦をおかわりするように心身共にどんどん達者になる。じゃが、ドングリがあまりに早すぎる。それは運動能力の健やかな成長を意味する。まだまだ強くなるというのか、この幼女は」
相棒はお菊さんの話をミニフォンにしっかりメモする。
幼女に関する貴重な情報は何気ないところにまだあった。
それを漏らさずメモして、次世代へ繋げるつもりだ。
お菊さん「魅力の成長は人を惑わし、己が人生を悲劇にする。観客のいない悲劇ほどより悲しいものはない。せめて、その舞台に百代草を飾れるなら、あたしは何でもしよう」
相棒だけが知っている。
彼女がこっそり創作活動に励んでいることを。
辞書の奥、隠すようにノートが仕舞われていた。
その題目は一瞬しか目に出来なかったが覚えている。
相棒「あたしの傑作。題目、トキメキの彼方で愛ズッキュン」
思えばそれを知られるのが恥ずかしかったのだろう。
今更ながら相棒は深く反省して、心のなかで、がんばれとエールを送った。
ヨウジョ「がおー!」ぽいぽい
お菊さん「ええい、そう何度も食らうか」
お菊さんはドングリを次々と左手で叩き落としてみせた。
そうしながらも、落ちたドングリを右手で拾っては的確にヨウジョの体へ投げ返す。
ヨウジョ「神様強いね!」
お菊さん「当然じゃ。あたしゃあ、すずりより何百年とドングリを拾っては投げているからね」
ゴッドハンド。
今やドングリはその手に馴染み、指の間接を丁寧に折り曲げるように自在に操ることが出来るのだろう。
ヨウジョ「すごーい!」
相棒は見逃さなかった。
相手を称賛しながらも、カバンの中にあるドングリを一気に握り締めた悪戯なヨウジョの手を。
ヨウジョ「でも、これならどうだ!」ぽい
お菊さん「なに……!」びくっ
二人の距離は一㍍もない。
この距離で不意討ちの無限団栗(インフィニティエイコーン)をかわすことは、例え神の力を以てしても不可能だ。
お菊さん「あいた!」
お菊さんは怯んで、頭を抱えて屈んだ。
ヨウジョ「がおー!」たっ
幼女、神を封殺。
直後に急接近して、お菊さんの頭上より追い討ちの雨団栗(レインコーン)を投下する。
ヨウジョ「ドングリの雨だぞー」ぱらぱら
お菊さん「参った!よせよせ」
相棒「はは……怪獣が神に勝った」
ヨウジョ「がおー!!」
ヨウジョは勝利の雄叫びを上げた。
彼女はいつだって勝利に貪欲だ。
彼女の影が怪獣に見えて、相棒は目をこすった。
お菊さん「どれだけドングリを集めた……うわあ」
ヨウジョのカバンの中を覗き込んだお菊さんは言葉を失った。
何も見なかった風にそっとカバンを閉じた。
主人公「おーい!」
そこへ、大きく手を振って主人公が戻ってきた。
道具が揃ったところで、いよいよコマ作りとなる。
一行は意気揚々とお菊さんの部屋へ向かった。
ミス「あら、どうしました。みんな揃って」
主人公「ドングリでコマを作ることになったんです」
ミス「グッド。それは楽しみですね」
相棒「ミスリーダーは遊んでいましたか。サボりはいけませんね」にやにや
ミス「お菊さんに代わって鶴を折っています。あなたと同じにしないでください」ぷん
お菊さん「どれだけ折れたかえ」
ミス「まだ、これだけ」
お菊さん「やはり千羽は無理があるか」
ヨウジョ「私も折り紙したい!」
お菊さん「一緒に色々と折ろう。この折り紙の本には折鶴以外にもたくさん載っておるからね」
ヨウジョ「うん!」
主人公「僕が下準備している間にそうするといい」
相棒「下準備って何するんだ」
主人公「蒸すのがよく分からないから、とりあえず少しお湯で煮てみて柔らかくして、キリで頭頂部に穴を開ける。最後に楊枝を刺して出来上がりだ」
相棒「じゃあ、あとは頼んでいいか。疲れた」
主人公「任せて休んでてくれ」
お菊さん「髭なし、お飲み物をやろうか」
ヨウジョ「私もジュース飲みたい!」
お菊さんはみんなに温かい蜂蜜レモネードを用意してくれた。
ミス「美味しい!」
お菊さん「長年の研究によるものじゃ」どやっ
相棒「お菊さんは蜂蜜も好きなのか」
お菊さん「つゆさんが蜂蜜好きじゃて、あたしもこれを作るのじゃ」
ミス「憧れの人に倣ってですか。可愛らしくてドキドキします」
相棒「お気を確かに」かたぽん
ミス「なんとか平気です」
ヨウジョ「つゆさん、て誰?お友達?」
お菊さん「憧れる蟹の神様じゃ」
ヨウジョ「かにさん?ちょきちょき?」
お菊さん「そう。ちょきちょき」
ヨウジョ「赤いの?」
お菊さん「いや、美しい女子の姿をしておる。あたし達より、もう少し大きいけどね」
ヨウジョ「そうなんだ。会えないの」
お菊さん「神様じゃからねえ」
ヨウジョ「お菊さんも神様でしょう」
お菊さん「……実はあたしゃあね。つゆさんの使いで、まだ見習いなのじゃ」
ヨウジョ「見習いって何?」
お菊さん「神様になるために勉強しておるのじゃ」
ヨウジョ「そっか。じゃあもし神様になったら、もう会えない?」
お菊さん「ほうじゃねえ」
ヨウジョ「もう一緒に遊べないの」
お菊さん「ほうじゃねえ」
ヨウジョ「やだあ……」ぐすっ
お菊さん「泣かね泣かね。すずりには他に友達がおろう」なでなで
ヨウジョ「お菊さんも友達だもん」ぎゅ
お菊さん「そう言ってくれるなら、ずっと側におる」
ヨウジョ「でも……」うるうる
お菊さん「約束じゃ。ずっとずっと側にいる」
ヨウジョ「本当に?」
お菊さん「神様は嘘をつかぬ」
ヨウジョ「分かった。神様大好き」
お菊さん「くく、懐かしいねえ」
お菊さんは自身の胸に顔を埋めるヨウジョを儚げに見つめた。
絵になる薄幸美幼女の姿に見惚れた相棒とミスリーダーは無意識に肩を寄せあった。
相棒「一生の友達が出来たな」
お菊さん「誰かと縁を結ぶのはいつぶりだろうか。悪かないね」
ミス「私達とも縁を結びましょう。いつかこの村や町、ううん。この島の人達みんなとも」
お菊さん「それが叶えば、昔よりもっと賑やかになるね」
主人公「なんだ楽しそうだな。僕もまぜてくれ」
ヨウジョ「いいよ。ここどうぞ」ぽふぽふ
主人公「かわいい……」どきっ
ヨウジョ「ドングリできたの」
主人公「出来たよ。色でも塗ろうか」
お菊さん「いい案じゃ。待っておれ、いまマジックを出そう」
主人公「そんなのもあるんだ」
相棒「ノートや画用紙に色々描いているみたいだからな」
主人公「へえ」
お菊さん「おい髭なし」
相棒「あ……」
お菊さん「見ーたーな」ぎろり
相棒「ごめんなさい。許してください」
お菊さん「一生、あたしにカスタードシュークリームをくれると約束するなら許してやろう」
相棒「一生!?」
お菊さん「祟られるか、たかられるか、好きに選びたまえ」
相棒「約束します」
お菊さん「よろしい」
主人公「一体何を見た」ひそ
相棒「乙女の秘密だ」ひそ
ミス「それはいけません」ひそ
相棒「とほほ……反省してます」
ヨウジョ「ねえ、お菊さん。背中に糸がついてるよ」
お菊さん「ん?取っておくれ」
ヨウジョ「あれ、取れない。これ縫い縫いしてるんだ」
ミス「それは背守りね」
ヨウジョ「せもり?」
ミス「背中はいつも隙だらけ。そこから悪いものが入ってこないようにするための魔除けのことで、昔の人は子供の着物によくそうしていたのよ」
ヨウジョ「そうなんだ。良かったね、お菊さん」
お菊さん「うむ。そのようなものがあるなど知らなかった」
ミス「もうひとつ、腰の帯に結んである菊の刺繍がされた袋は守り袋ね。それも魔除け、お守りよ。ご両親はお菊さんのことをとても大切に想っていたのね」
お菊さん「まさかそこまで……」
主人公「実は僕には娘がいて、僕はお父さんなんだ。だから、お菊さんのご両親の気持ちが何となく分かる。大事で大切で仕方なかったはずだ」
お菊さん「じゃが、とてもそんな風には見えんかった。初めのうちだけじゃろう」
主人公「そんなことあるはずがない。きっと君のことを想っていたからこそ、神様として接したんだ」
相棒「どういうことだ」
主人公「子供は神の子。成長して、もし神様になれたら毎日が幸せなはずだ。どんな苦労も背負うことはない。そう考えて、信じて、本当に神様になれるよう願って行動していたんじゃないかな。僕は親としてまだまだ日が浅いけど、親の気持ちで考えたら、そんな想いばかりを想像してしまう」
ミス「どうかな、お菊さん」
お菊さん「うん。そうじゃろうね、きっとそう」にこっ
ヨウジョ「じゃあ、頑張って神様になろう」
お菊さん「うん!」
ヨウジョ「私も頑張って怪獣になるからね。競争だよ」
お菊さん「くく、このあたしと競争か。決して負けぬよ」
ヨウジョ「がおー!」
お菊さん「がおぉー!」
二人は打ち解けて姉妹のように仲良くなった。
お菊さんは屈託のない笑顔でこの時間を楽しんでいる。
あどけない態度で主人公達に接する。
彼女は今、どうしようもなく幼女だった。
お菊さん「見ね!蟹を描いた!」うきうき
主人公「よくそんな丸っこいドングリに」
相棒「こっちも凄い!見ろ、ガッズィーラだ!」
ヨウジョ「凄いでしょう」ふふーん
ヨウジョは得意気にドングリガッズィーラを皆に見せつけた。
お菊さん「ほお、これは上出来じゃ」
ヨウジョ「その蟹さんも可愛いね」
お菊さん「いやいや、そちらは細かいところまでよく描かれておる」
ヨウジョ「蟹さんも本物みたいで上手」ぱちぱち
お互いに気持ちよく褒め合って、その称賛の摩擦で熱を高める。
瞳のなかで火花が弾けた。
いよいよドングリゴマによる斗いが始まる。
ミス「用意はいい?」
お盆を二人の間に置く。
漆で滑らかなフィールドはコマの対決にもってこいだ。
そこへ二つのドングリが、ちょこんと立てられた。
ミス「よおーい」
互いに爪楊枝の頭を摘まむ指に力を入れる。
ミスリーダーは緊張しながらも火蓋を切った。
ミス「どんぐり!」
ヨウジョ「えい!」
お菊さん「それ!」
ほぼ同時に回転するドングリ。
回転速度は申し分なく、引き合うように激突した。
相棒「馬鹿な!まだ加速するというのか!」
キュイン!カッカカッカカカッ!!
主人公「うっ!衝撃波が広がる!」
ギュギギギ!ガギュガガガドウッ!!
ミス「ああ!」
チッチチッ……!
ミス「お菊さんのコマの回転が弱まった」
お菊さん「ここからじゃ!」
ヂュイイイイイイ!!
相棒「馬鹿な!まだ加速するというのか!」
カカカッカカカッガリリリリリ!!
ヨウジョ「いけいけー!」
主人公「ガッズィーラも加速する!」
キュパン!
ミス「両者飛んだ!」
トッキュキュ……キュ!
ミス「勝者、お菊さん!」
お菊さん「はあ……はあ……」
ヨウジョ「すごいね……」
主人公「まさかお盆のフチで回転を続けるとは」
相棒「すずりちゃんのドングリもよう頑張った」
時間にして五秒ほどか。
二つのドングリは回って、ぶつかって、最後に飛んだ。
しかし、お菊さんのドングリはフチで回転を続けた。
瞬くこと三度して、ドングリは回転をやめた。
ヨウジョ「もう一回!」
お菊さん「かかってきね」
ドングリゴマによる斗いは二十三回に及んだ。
互いに勝ち負けを繰り返し、最後は同時に倒れた。
その殴り愛の末、ドングリより固い友情が育まれた。
ヨウジョ「あー楽しかった」
お菊さん「久しいね。こんなに楽しいのは」
ミス「ケモナちゃんから連絡です」ひそ
相棒「直に到着。それは助かった」
主人公「外で待ちましょう」
お菊さん「何をひそひそしとる。カスタードシュークリームがやっと出来たか」
ミス「はい。お待たせしてすみません」
お菊さん「ふむ。時刻は三時前、約束は守ったね」
ミス「あれ」
お菊さん「何じゃ。約束はおやつ時と言ったろう」
ミス「昔の時間では二時よね」
お菊さん「昔はね。現在は、おやつ時と言えば三時。違うかね」
ミス「合ってる」
主人公「ミスリーダー」
ミス「すみませーん」てへりんこ
主人公「いい時間でしたね」
ミス「それは、どういう意味ですか」
主人公「いつか僕が読んだ子育ての本にこう書いてありました。子供と仲良くなるには気持ちを共有するのが一番だと。二人にとって、心を通わせる、とても有意義な時間だったと思います」
ミスリーダーがヨウジョに注目すると、彼女の目は柔らかく垂れて、三日月みたいな口は嬉しそうに答えた。
ヨウジョ「楽しかったよ」
ミス「すずりちゃん。呼び出してごめんね」
ヨウジョ「ううん。神様と友達になれたから気にしないで」
ミスリーダーはヨウジョの優しさに泣いた。
葉を伝う朝露のような涙を、お菊さんが汚れるのも厭わず着物の袖で拭う。
ミス「ありがとう。もう平気」くすん
相棒「さてと。それじゃあ、迎えに行きますか」
お菊さん「待て。飾り付けが出来ていない」
ミス「鶴は百三十二羽しかいないのよ」
お菊さん「それは構わぬ。適当にその辺に飾っておくれ」
ミス「アニメイツ」
お菊さん「しかし、どうも物足りないねえ」
主人公「ドングリも飾ろう」
お菊さん「それはない」
相棒「壁に絵を描いたらどうだろう」
お菊さん「踊る阿呆に見る阿呆」じとー
相棒「よく分からないけど傷ついた」
主人公「それ、もしかして僕も含まれてる?」
相棒「阿呆が二人いるからそうだろう」
主人公「なら傷ついた」
ヨウジョ「ねえ、あの綺麗なお花は?」
お菊さん「爺からの見舞いじゃ」
ヨウジョ「あれ飾ろうよ」
お菊さん「ふむ、そうじゃね。ちょうどいい」
主人公「花瓶はある?」
お菊さん「んにゃ」くびふりふり
相棒「仕方ない。すぐそこの古墳から掘ってくるか」
主人公「そんな無茶な」
ケモナ「しあやちゃんのお父さんが花瓶を買ってくれるわん!」
主人公「ケモナちゃん、それは本当か」
ケモナ「映像を見て選んで欲しいわん」
主人公は腕時計から映像を立体的に映し出す。
お菊さんは、むむ、と真剣な面持ちで腕を組んだ。
主人公「お菊さん、どれがいい」
お菊さん「んーとね。えーとね。その赤いの」
ケモナ「それ蛸壺だわん」
相棒「あん、もう。ややこしい店だな」
ヨウジョ「ふふっ」くすくす
お菊さん「じゃあ、こっちの赤いの」
ケモナ「お買い上げー」
コスプレイヤ「ちょっと待って、これ映ってるの?」
ケモナ「ケモナのドローンを中継して映ってるわん」
主人公「もう直したんだ」びっくり
相棒「さすがだ」うんうん
コスプレイヤ「すずりちゃーん」てをふりふり
ヨウジョ「はーい!」てをふりふり
コスプレイヤ「見えてますか?」
ヨウジョ「見えてますよ」
コスプレイヤ「もうすぐ行くからね」
ヨウジョ「うん。待ってるね」
コスプレイヤ「ばいばい!」
ヨウジョ「ばいばい!」
以上で可愛い通信は終わった。
主人公「おい見たか」どきどき
相棒「久しぶりに見たら刺激が強いな」どきどき
ミス「幼女の着物姿に浮かれない。ここからが本当の戦いです、気を引き締める」
主人公と相棒「アニメイツ!」
お菊さん「くく、本当の戦いか」ぺろり
ヨウジョ「そんなにシュークリーム食べたいの」
お菊さん「うむ。楽しみで仕方ないねえ」
ヨウジョ「モモちゃんはね、本当にお料理が上手なんだよ」
お菊さん「大人よりもか」
ヨウジョ「うん。お母さんが弟子にしてくださいって言ってた」
お菊さん「ほう。それはとんでもない魅力じゃ」
ヨウジョ「うん。お母さんメロメロって言ってた」
そう言うヨウジョの顔は少し嫉妬しているように見えた。
そして、悔しそうにしながらも衝撃の告白をする。
ヨウジョ「実はね。私も弟子にしてもらったの」
主人公「それは聞いてない!」
その言葉に誰より早く反応したのは主人公だった。
彼女の成長の凄まじさを知っているからこそ、未知なる脅威を瞬時に察知できたのだ。
主人公「どこまで料理できるの」
生唾を飲み、おそるおそる聞く。
ヨウジョ「ハンバーグが作れます!」えへん
お菊さんは壁に勢いよく背をぶつけてへたりこんだ。
お菊さん「ハンバーグ……じゃと」
主人公は膝を落として心のままに叫んだ。
主人公「まだ五才だよ!!」
ヨウジョ「すごいでしょう」ふふん
相棒「何事も歳は関係ないと言いますが」
ミス「ええ、これはもう人智を超越した非常識です」
相棒「モモちゃんのことだけでも、まだ納得出来ていないのに……!」
相棒は己の未熟さに壁に拳を優しく叩きつけた。
それから束の間、一行は黙々と作業を行った。
しばらくして、その沈黙を揉みほぐすように外から幼女達の笑い声が聞こえてきた。
相棒「はやっ!」
主人公「行こう、お出迎えの時間だ」
ミス「ご挨拶もしっかりお願いします」
花衣でおめかし幼女の行進は真に華なりけり。
相棒「芸術的だ」とくん…
主人公「異国人であるモモちゃんが芸術性をうんと高めているに違いない」とくん…
ミスリーダーだけが動じることなくコスプレイヤの父親に挨拶を済ませた。
二人はその傍らで強風に煽られるカカシらしく何度も会釈だけした。
ミス「きちんと挨拶してくださいと言いましたでしょう。本当に情けないおじさん達ですね」
怒るミスリーダーの口は鋭く尖り、目は二人を向かず中心に寄っていた。
相棒は、つい小さく笑ってヘラヘラしてしまったが、主人公は俯いて反省し、肩を小刻みに上下させながら、ミスリーダーの仕事に対する生真面目な姿勢に感服した。
コスプレイヤ「お花がいっぱい落ちてるね」
メカヨウジョ「とても綺麗です」
その言葉を聞いて憂鬱を思い出したお菊さんはガクッと項垂れた。
コスプレイヤ「どうしたの?」
ミス「落ちているお花は全部、お菊さんが大事に育てていたお花なの」ひそ
タマランテ「まあ、お婆さん元気だしてくださいな」
お菊さん「お婆さんじゃない……」
ヨウジョ「神様だよ!友達には優しくしてあげて!」
タマランテ「分かりました。ほら神様、約束のシュークリームでしてよ」はい
お菊さん「ん……ありがとう」
タマランテ「……だれ?」じとー
主人公「昨日と同じ子だよ。本当にショックなんだ」
タマランテ「お待ちなさい」
そう言って、幼女ながら手際よくミニフォンでどこかへ連絡をするタマランテ。
電話はすぐに繋がった。
タマランテ「へい、ビッグダディ。今お仕事中ですの?」
主人公「まさかタマランチ会長に頼むつもりか」
相棒「持つべきは権力だな」
主人公「いや、そこは友だろう」
タマランテ「話は決まりましてよ。花畑はまた元通りになりますの」
お菊さん「本当!」きらきら
タマランテ「もち!」うぃんく
ミス「私も改めてタマランチ会長と話し合いをして、町の人と一緒に、花畑もお社も元通りにすることを約束するわ」
お菊さん「おお……ありがたや」
ミス「神様にそう言われるとむず痒い」
お菊さん「ありがとうねえ」むぎゅー
タマランテ「よく分からない人ですの」はなして
コスプレイヤ「すずりちゃん」
ヨウジョ「なに?」
コスプレイヤ「あれが神様のお家?」
コスプレイヤはボロボロになったお社を指差して言った。
お菊さん「ほうじゃ。あのボロボロがあたしのお家」
ヨウジョ「あっちじゃないの」
お菊さん「あっちは、一休みするお部屋」
ヨウジョ「そうなんだ」
お菊さん「ここで立ち話もなんじゃ。部屋へ行こう」
招待され、お菊さんについて部屋に入る。
畳の上が幼女でいっぱいになったのと、彼女達の女子会を邪魔してはいけないという二つの理由から大人達は境内の掃除を再開した。
タマランテ「折り紙がたくさん」
ヨウジョ「飾り付けしたの」
メカヨウジョ「この菊の花束を飾るために花瓶が必要だったんですね」
菊の花束は畳の上、中央に飾られていた。
それをちょいと退かして、お菊さんがお盆を置く。
お菊さん「机がないからここでスウィーツを食べようね」
タマランテ「私は結構でしてよ。あなたのために作りましたのに、自分が食べては意味ありませんの」
お菊さん「なら、あんた達は冷蔵庫から好きなスウィーツを食べね」
ヨウジョ「いいの……?」
お菊さん「今日はよい。特別じゃ」にかっ
許可を得た、いや、鎖から解き放たれた怪獣達は欲望のままにスウィーツを次から次へと取り出した。
冷蔵庫は大きな口を開け白い息を吐きながら、幼女の食欲にただ驚いた。
メカヨウジョ「全部は駄目ですよ」
ヨウジョ「いいって言ったよ」
ケモナ「でも、食べきれなさそうわん」
ヨウジョ「お腹が空いてるから大丈夫」
反論を許さない正論だ。
お腹が空いているならば、スウィーツはいくらでも吸い込まれるだろう。
なにより今、幼女は涎を垂らしたいほど甘いものを求めていた。
お昼はあえて食べなかった。
シュークリーム作りが忙しかったのもある。
生まれて初めて、お母さんが握ってくれたおにぎりを口にしなかった。
だからこそ余計にお腹が空いていたし、さっきの遊びでその気持ちは増していた。
減る空腹と増える渇望。
疲労回復には糖分。
つまり、幼女が甘いものを多分に求めるのは宿命的に必然だった。
お菊さん「まあよい。残しゃあ、髭なしとモミアゲと美人が食べる」
タマランテ「だれ?」
ヨウジョ「おじさん達のことだよ」
タマランテ「ああそう」
お菊さんが人数分の紅茶を用意して、満を持してティーブレイクとなる。
その精神への威力は甚だしく、腹から雄叫びを上げていた怪獣達がすっかり大人しくなった。
お菊さん「いよいよ御対面じゃ」
お菊さんが紙袋から保冷バックを取り出す。
チィー、という音を立ててファスナーが引き裂かれた。
焦る気持ちを抑えて、その中からゆっくりと物を一つ引きずり出す。
お菊さん「なんと綺麗な形のシュークリームじゃ!」
隣でタマランテとメカヨウジョが。
(`・ω・)人(・ω・´)
安堵の笑顔を交わしたところからみて、この見事に膨らんだ生地を作り上げたのは二人に相違ない。
タマランテ「どうぞ頂いてくださいませ。この私の腕前、しっかり味わってくださいまし」
お菊さん「うむ。頂こう」
カリッ。
サクサクッ。
お菊さん「んん!」
舌に絡みついて離れない、濃厚なカスタードクリームが口腔内に広がった。
同時にバニラビーンズの優しい香りが豊かな甘味を濃密に満たしていく。
口、鼻、脳、それから全身へ歓喜の奔流が巡るのが止まらない。
チラとシュークリームの噛み後を見ると、それもまた美しかった。
まるで黄金を秘めたピラミッド。
突然、心に深く埋もれた時計の針がノンストップで逆さに回り出す。
目も意識もぐるぐるして、気が付けば、懐かしい両親の姿が光のなかにあった。
お菊さん「おっかあ、おとう」
涙は零れなかったが、笑顔は溢れた。
お菊さん「あたしは幸せです」
時計がやっと壊れた。
しがらみのパーツが粉々に砕けて塵となる。
お菊さん「とっても美味しいね!」
彼女は今、これでもかと幼女だった。
お盆も礼儀作法も放り投げて、愛のままに、わがままにスウィーツを畳のあちこちへ広げた。
お菊さん「みんなでスウィーツパーティーじゃあ!」
わあ、と拍手喝采。
お菊さん「ありがとう。この生地も、カスタードも最高級じゃ」
タマランテ「カスタードはケモナとしあやの実力ですの。二人はよくやりましたよ」
コスプレイヤ「えへへ」てれ
ケモナ「照れるわん」しっぽふりふり
お菊さん「くくく、完敗じゃね。あたしの負け」
五人寄れば幼女の萌え。
幼女でも、五人集まればスーパーヒーローみたいな力を発揮して、神様を打ち負かすことだって出来るのだ。
しかし、打ち負かすことが彼女達の本当の目的ではない。
タマランテ「ねえ、あの、もし、その……」もじもじ
お菊さん「どうした。何でも言ってみね」
タマランテ「私でも神様と友達になれますか!」
お菊さん「もち」うぃんく
打ち解けることこそ目的だ。
もちろん、意識してのことではない。
純粋なばかりの愛がそうさせるのだ。
メカヨウジョ「神様と友達。とても信じられません」
お菊さん「あたしも、ロボットの幼女なんてどうも信じられん。けどじゃ」
お菊さんはタマランテとメカヨウジョの手をそれぞれに取った。
お菊さん「こうして手を取り合えば友達。それは間違いなかろう」
メカヨウジョ「うん」にこっ
コスプレイヤ「みんな仲良しでずっと友達!」
幼女達は輪になって手を取り合った。
その魅力の讃歌は衝撃波というビッグウェーブに乗って外の三人へも届いた。
相棒「ぐあっ!」がくっ
ミス「このトキメキ!まさか幼女の魅力!」ふりむき
主人公「腰が痛む!」ずきっ
ミス「それは重労働のせいです。休憩してもいいですよ」
相棒「無理するな」
主人公「はは、ありがとう。優しさに少し和らいだ」
ケモナの遠吠えがまだまだ響き渡る。
博士のもとへもそれは届いた。
博士「作戦成功、お菊さんの心はようやく救われたか。よくやってくれた」
残響、近い未来へ。
鮮やかな菊が満開の花野の傍ら。
立派なお社へ、七種しあやが作った菊人形が贈られた。
子供達はカスタードシュークリームを、大人達は菊酒を片手に人々は来年の夢や希望を語り合う。
隣の古墳公園には菊料理の出店が並んで賑やかだ。
しあや「神様、会えなくなっちゃったね」
すずり「それはきっと神様になったから。仕方ないよ」
しあや「寂しいな」
すずり「悲しい顔したら罰当たるよー」
しあや「そうだね。昔みたいに叱られそう」
すずり「あの日ね、神様は私に言ったの。いつでも側にいるって」
しあや「……!」
すずり「どうしたの。手を握って」
しあや「私じゃないよ」
すずり「じゃあ、今のは」
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