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ヨウジョの逆襲
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町内にある淡慈総合病院。
数刻前、幼女との初戦闘によって重傷を負った男達が緊急で運ばれて来た。
主人公「ここは……」
ミス「目が覚めましたか。良かったです」
ミスリーダーがベッドの傍らで椅子に腰掛けている。
この真っ白なばかりの風景には見覚えがあった。
主人公「ああ、病院か」
ミス「あなたは幼女との戦いでトキメキ、そのまま気を失ってしまいました」
主人公「思い出すと今でもドキドキします」どきどき
ミス「思い出してはなりません。ご自愛ください。あなたは全治一週間の怪我を負っているのです」
主人公「全治一週間!そんなに!」
ミス「肉屋の親父さんは相当に手強かったみたいですね」
主人公「持ち上げられてテーブルに叩きつけられました。木製のテーブルが音を立てて真っ二つに折れましたよ」
ミス「なるほど。ひどく腰を痛めた原因はそれですか」
主人公「それより、親父さんと相棒は?」
ミス「親父さんは残念ながら冷蔵庫行きとなりました」
主人公「っ!」
ミス「相棒の方は集中治療室で様子を見ています。一命は取り留めました」
主人公「また守れなかった」
ミス「え?」
主人公「初任務失敗ですね。任務を放棄したうえに民間人を守れなかった。僕は戦闘員失格だ」
ミス「いいえ、よくやりました。それは確かです」
主人公「しかし」
ミス「私はもう十年、仲間と共に幼女達と戦ってきました。多くの方が冷蔵庫に運ばれるのをこの目で見てきました」
ミスリーダーは儚げに語る。
瞳には憂いが満ちていた。
ミス「どんなに努力しても救えない場合はあります。だからといって落ち込んでいてはなりません」
憂いの中に火が灯る。
メラメラと静かに燃え上がるのを感じた。
彼女は語気を強めて言う。
ミス「それでも、一人でも多くの民間人を救うのです。紅白は慈愛を使命と誓います。それは幼女だけに向けられるものではありません」
主人公「と言いますと、民間人にもということでしょうか」
ミス「当然です。冷蔵庫行きとなった方々に対してもです。果ての勝利による平穏な日常こそ、彼らへの最大の慈愛なのです」
主人公「ミスリーダー。あなたは、この戦いに終わりがあると思いますか」
ミス「もちろんです。あなたは?」
主人公「ある。だからこそ協力すると決めました」
ミス「よろしい。では、私は医者をここへ寄越して、それから彼の様子を見に行きます」
主人公「ありがとうございました」
ミス「はい。ご苦労様でした」
ミスリーダーは姿勢正しくきびきびと歩いて部屋を出た。
改めて部屋を見渡すと、ここは一人部屋らしい。
お言葉に甘えて、今はゆっくり休むことに決めた。
相棒「よお、元気か」
相棒は三日めには快方した。
病院を抜け出してはパチスロに通い詰めている。
相棒「昨日もまた勝った。その土産だ」
主人公「これはアニメ福山ちゃんのイラスト集!こ、こんなものまであるのか!」
相棒「もう二冊はそれぞれ、保存用と娘さん用だ。金なら腐るほどある、遠慮せずに受け取ってくれ」
主人公「ありがとう。恩に着る」
相棒「ああ。それより聞いたか」
主人公「ん?何をだ」
相棒「その様子じゃあ知らないらしいな」
主人公「勿体ぶらずに教えてくれ」
相棒「昨日のことだ。幼女が大型ショッピングモール、ニャオンを襲撃した」
主人公「なに!」
相棒「三輪車の購入を家族が考えていてな、散歩ついでにふらっと一人で下見に行ったわけだ」
主人公「ありえない。彼女はまだたったの五才だ。家族が恋しいはずなのにその孤独に耐え、さらに怖いことがたくさんある外をそんなに、ああ、そんなにも遠くお出かけするなんて」はらはら
相棒「親心が騒いだか。まあ、落ち着け」
主人公「つい取り乱した。すまない」
相棒「幼女の適応能力は日々、どうも進化しているらしい」
主人公「進化だって!」
外から鳴り止まぬ拍手が聞こえてきた。
驚いて窓の外に目をやると雨が降っていた。
主人公「なんだ雨か」
相棒「雨……傘がないな」
主人公「今日、幼女はお出かけしていないのか」
相棒「している」
主人公「なら行くぞ」すくっ
相棒「おい!その体でどこへ行くつもりだ!」
主人公「彼女の心にも一雨降る前に虹を架けに行く」
相棒「はっ……かっこいいこと言うな」
主人公「あの子は娘と同い年だ。些細なことでも放ってはおけない」
相棒「だが待て、紅白特務員がいる。傘くらい何とか渡すだろう」
主人公「耐性の脆い彼らに出来るか」
その時、相棒のミニフォンが着信を知らせる。
幼女が愛らしく歌う童謡が着信メロディーだ。
相棒「そろそろ慣れてきた。パチンコ店の騒音のおかげかな」ときとき
主人公「はやく出てくれ。傷が疼く」どきどき
相棒「ハートの間違いだろう」ぴっ
ミス「もしもし?私です」
相棒「どうしました」
ミス「あなたは今、また病院を抜け出してパチスロをやっているのですか?」
相棒「してません。位置情報の確認をどうぞ」
ミス「……ケツが病院と定めました。一安心、助かります」
相棒「もしかして幼女のことですか」
ミス「ええ。天気予報を確認していたにも関わらず、彼女は傘を忘れてしまいました。今は公園の屋根のあるベンチで雨宿りしています」
相棒「タイムリミットは?」
ミス「孤独、我慢、退屈、空腹、色々と見積もって、およそ十五分というところです」
彼の時計に幼女の位置情報が送られてくる。
操作すると、少し離れた公園にいることが分かった。
相棒「時間がありません。すぐに発ちます」
間もなく部屋に、主人公を担当する中肉中背の医者がビニール傘を持って、脂汗を散らしながら慌てて駆け込んできた。
傘は、大と小、二本用意ある。
主人公「しかし先生、これでは足りません」
先生「ダメです。あなたの外出は認めません」
主人公「僕のミニフォンをよく見ろ!」すっ
先生「ぐうっ!」がくっ
相棒「お前、いくらなんでも民間人相手に萌を行使するなんて、何てことをするんだ!正気か!」
主人公「安心しろ。こういう時のために用意していた、先生が若い看護師さんにちょっかい出している写真だ」にやっ
相棒「行こう」
二人が病院を出たとき、期限は残り十分を切っていた。
主人公「腰が痛む……!」ズキズキ
相棒「それに相合い傘じゃ余計に走れやしない」
主人公「ならこうするまでだ!」
主人公は傘下より外へ飛び出した。
想像以上の横殴りの降雨が彼の体を苛める。
主人公「持ってくれ僕の体……!」
腰に手を当て労りながら走る。
傘をさして歩く人々はみんなして通り過ぎる彼に注目した。
苦しそうに顔を歪める患者衣の男が、雨に打たれて、それでも懸命に走っているのだから当然のことである。
相棒「ったく。お前はどこまでも男前だな」
相棒も傘を畳んで隣に並んだ。
主人公「あなたも」
相棒「ふん、相棒だからな」
しばらくして、警察が立ちはだかる避難区域へ到着した。
二人は顔パスで通行が許される。
期限はもう過ぎていた。
主人公「あの公園か!」
相棒「よし、俺が届ける!」
主人公「いや、僕も一緒に行く」
相棒「ダメだ。お前は顔をまだ見られていない」
主人公「それはつまり、警戒心の問題か」
相棒「ああ。俺のこと覚えてくれていたらいいが」
主人公「きっと大丈夫だ。よし任せる」
相棒「植木の陰から見守っていてくれ」
主人公「アニメイツ」
相棒はそのまま公園内へ進入した。
主人公は植木から辺りを観察する。
そう広くはない公園だ。
砂場、ブランコ、滑り台、シーソー、ジャングルジム、鉄棒、といくつかの遊具があった。
その奥に屋根のある休憩所を見つけたが、柱の陰に隠れているのか幼女の姿は見えない。
主人公「あれだ。あそこにいるはずだ」
相棒がその近くで肩を上下させながら立ち止まった。
彼の様子を気にしたのか、柱の陰から幼女が現れる。
主人公「いた!間違いない、幼女だ」
相棒は幼女に対して、こっちへ来るなと手真似で制止している。
それだけで、どうも様子がおかしい。
さきほどから一向に傘を渡す気配がない。
二人は見つめ合ったまま動かない。
主人公「距離が詰められないために傘を渡せないというわけか。泥に置くわけにもいかず、ましてや手渡しなんてのも不可能だ。どうする相棒」
ここで急展開。
不意打ちに幼女が雨の中へ飛び出した。
主人公「何だと!」
幼女に追われる相棒。
相棒を追い回す幼女。
それはまさにメリーゴーラウンド。
主人公「このままでは風邪をひかせてしまう!」
気が付けば、主人公の足はまた走り出していた。
もしかしたら気持ちよりも体が先に動くタイプか。
主人公「ただ、風邪をひかせないために!僕は君に傘を渡そう!」
主人公が叫ぶと、幼女は、はたと立ち止まってキョトンとした。
主人公「傘!パスパース!」
相棒「受け取れ!」ぽいっ
主人公「大じゃない!小だ!」
二人のやり取りを幼女は楽しげにケラケラと笑って見守っている。
主人公はようやく小さな傘を受け取った。
主人公「!」どくん!
ここで心が間抜けにトキメキだした。
接近して、今さらながら萌えたのだ。
雨に濡れる可哀想な幼女の姿に。
主人公「ああ……守りたい」どきどき
その気の緩みに幼女が動く。
幼女「がおー!」とてとて
主人公「!?」
幼女は雨に濡れないことより、どうやら遊ぶことを優先したようだ。
猛進する彼女を止めることは誰にも出来ない。
相棒「にげろー!」
主人公「くっ……!」
ここで逃げていいのか。
このまま傘を渡せば済むのではないか。
傘の柄を向けて渡すか。
距離が詰まればどうなるか。
この傷だらけの体は萌の衝撃に果たして耐えられるのか。
様々な考えが脳裏を忙しく巡る。
主人公「いいだろう。僕が鬼の番だ」
幼女「!?」ぴたっ
相棒「あれはお父さんのスイッチが入ったということか……?」
主人公「実に愉快だ!ははは……!」
幼女「どうしたの?」おそるおそる
今の主人公は腰の痛みを感じないほどに夢見心地だった。
雲の切れ間から二人の間へ光が降り注ぐ。
光のベールの向こうで怯える幼女は淡く瞬いて天使のように美しい。
主人公「……はっ。いけない。このままでは幼女を追いかける悪質な不審者の変態おじさんになってしまう」
主人公は、すんでのところで正気を取り戻した。
幼女の透き通った美しすぎる姿に心が浄化されたのだろう。
主人公「ご両親から傘を預かって持ってきたよ。もう遅いけれど」
傘の柄を幼女に向けて伸ばす。
幼女はぎゅっと柄を握って受け取った。
相棒「主人公、時計に緊急メッセージだ」
主人公「なになに」
そこへ、支援物資がドローンによって運ばれてくる。
主人公がぶら下げられた段ボール箱を受け取ると、ドローンは引き返して遠くに消えた。
幼女「今の何!それ何が入ってるの!」
目を輝かせ興味津々の幼女。
段ボール箱を泥の上に置いて離れると、幼女はいいの、と表情で伺った。
主人公はガムテープを剥いで、笑って頷く。
幼女「わあ!うさぎさんのタオルだ!」
幼女がさっそく箱を開けてみると、中には彼女が前々から欲しがっていたウサギさん戯れるタオルが入っていた。
主人公「それで頭を拭いて、今日は帰りなさい。お父さんが家で待ってるって連絡があった」
幼女「本当!帰る!」
幼女は嬉しそうに笑った。
そして濡れた髪を、わしゃわしゃと不器用に拭いた。
主人公が見ていられず、おもむろに幼女に近付く。
相棒「お、おい!」
主人公「貸してごらん」
優しく頭を拭いてやるその姿は模範的なお父さんだった。
相棒は仏様でも見ている心地がした。
幼女「ばいばい!」
幼女は大きく手を振りながらそう言った後、傘をわざわざさして、クルクルと回して遊びながら虹の向こうへ帰って行く。
幼女「がおー!」とてとて
二度目の戦いは平和的に終わった。
帰りの見守りは特務員が引き受けてくれるそうだ。
相棒「どうしてだろう。物凄く落ち着く」
主人公「これが本来の人間らしさだよ」
その夜、二人は特別に帰宅が許された。
ミスリーダー特製の猪豚鍋で腹を満たして傷を癒す。
主人公「うまい!」
相棒「くっー!酒ともよく合う!」
ミス「お酒は一日、三百五十ミリ㍑までです」
相棒「わかってます。ミスリーダーの厳しさのお陰さまで体はすこぶる健康です」
ミス「それは何よりです」
主人公「ミスリーダー」
ミス「何でしょう。ご飯のおかわりですか」
主人公「いえ。支援物資について疑問があります」
ミス「なぜ、傘や雨合羽を届けなかったのかですね。それは物資を直接、幼女に届ければ、支援物資も不審物扱いになってしまうからです」
主人公「ああ、なるほど」
ミス「相手は幼い子供であり、よその子です。神経質なくらい気配りはあって然るべきなのです」
主人公「ごもっとも」
相棒「博士。ビールわけて」ひそ
ミス「残りは鍋に入れます」ドボドボ
博士「わしのビールが……!」
相棒「ごめん。博士」
ミス「まったく、油断も隙もありません。いい大人がいい歳して病院から抜け出す悪癖もそうです。少しはこちらの苦労も理解して下さい」
相棒「ごめんなさいのアニメイツ」ぺこ
主人公「あ、そうだ。相棒から聞きましたが、幼女のニャオン襲撃の被害はどれ程なんですか」
ミス「直ちに館内放送を流して従業員通用口から皆々様には避難して頂きました。可哀想ではありますが、幼女は一人で館内を見て回り、三時間ほど経過して満足したのか帰宅しました」
相棒「実はパチスロに向かう道中に見かけたんだけど、それはすごい騒ぎだった」
主人公「こんなこと聞きたくないが、そこに幼女を恨む人間はいなかったか」
相棒「いや、そんな話は聞こえなかった」
ミス「そういえば説明していませんでしたね。失礼しました」
主人公「何でしょう」
ミス「ここに残る住民は幼女を愛して見守ると誓った人達です。彼女がここへ移り住むときに、二つから一つを選ぶよう国は住民へ言いつけました」
主人公「二つ」
ミス「その一つは幼女を愛して見守ること」
相棒「もう一つは」
ミス「退去して、新しい暮らしを受け入れること。国から住居に仕事が提供され、特別ごめんなさい給付金を受け取ることが出来ます」
主人公「特別ごめんなさい給付金は僕も受け取ったことがあります。その額に、ほとんどの人が移住を決めたんじゃないですか」
ミス「逆です」
相棒「マジか!正気とは思えない!」
ミス「ここに暮らす人達は、あなたのような臆病風に吹かれた不埒な人間ではありません」
相棒「すみません。俺に対して厳しくないでしょうか」
ミス「よくやってくれていると思います。しかしそれ以上に心配事が多くあります」
相棒「ガツンと言い返せないのが情けない限りだ」
ミス「あなたが立派になれば、こちらも優しく接しましょう」
相棒「頑張ります!それで、話の続きは」
ミス「ここの人達のほとんどが理解を示し、残ることを自ら固く決めました。幼女に罪はないと言って」
主人公「肉屋の親父さんもそうだったんだろうな。もっとうまく話せれば良かったのにと悔やむ」
ミス「ごめんなさい。この話を漏らさず事前に話していれば結果は違っていたかも知れません」
主人公「罪は幼女にもなければ、誰にもありません。僕はそう思います」
ミス「……ありがとう」
相棒「よし!景気付けに乾杯しましょう!」
主人公「ああ、そうしよう!」
ミス「これ以上の乾杯も夜中にコンビニへ行くことも飲み屋へ行くことも許可しません」
相棒「全部知られているだと……」
ミス「当たり前です。この島は組織によって徹底的に監視と管理がされているのですから」
主人公「紅白という組織の力は一体どれ程なんですか。国家公務員の警察に限らず、国を上げて協力していますよね」
ミス「紅白は世界的秘密結社です。それだけ言えば十分でしょう」
相棒「ネットではバックに宇宙人がいるなんて笑える憶測が飛びかっている。傑作だと思わないか」
主人公「色々と知っている僕達からすれば笑い話に思えるかも知れないが、何も知らない民間人は不安で仕方ないだろう。彼らの気持ちはよく分かる」
相棒「まあ、そうだな」
ミス「これからもより気を引き締めて頑張ってください。あなた達は世界に選ばれた人間なのです」
相棒「そう言われると、グッと引き締まります。よし、明日からもっと頑張ろう」
ミス「明日も休暇になります。お二人はまだ入院中の身ですから」
相棒「忘れてた」
主人公「腰が痛くなってきた」
ミス「横になりますか」
主人公「いえお構いなく。まだまだ食べたいので」
ミス「どうぞたくさん召し上がって、活力をみなぎらせてください」
主人公「アニメイツ!」
この猪豚鍋が効果あったのか、それから明後日には二人揃って退院することが出来た。
今日、幼女は家族とニャオンを貸しきって買い物を楽しんでいる。
二人は、それが恐怖の幕開けであることに、さっぱり気付きもしなかった。
主人公「ごちそうさまでした!」
数日後の朝。
時刻は八時六分三十二秒。
天気は快晴。
ミス「今朝はいい食べっぷりですね」
主人公「今日からまた仕事ですから」
相棒「ミスリーダー。お出かけの予定は?」
ミス「まだ届いておりません」
幼女のお出かけの予定は、平日だけでなく土日祭日祝日有給休暇を含めて、毎朝、必ず両親から送られてくる。
時間的にはそろそろだ。
ミス「ケツより一報……確認。二人に回します」
メールだよ!
相棒「着信音の自由はいつ許されるのでしょう」
ミス「無期限に認めません」
相棒「はあ……かわいいからいっか」ぼそっ
主人公「おい予想行動範囲を見ろ」
相棒「これは……!」
主人公「今日は忙しくなるぞ」
相棒「ミスリーダー。あまりに広範囲で、また、ランダム性があります」
ミス「子供は気まぐれですから仕方ありません」
主人公「公園、駄菓子屋、図書館。それぞれに距離があって、今回は広範囲ですね」
ミス「ですので今回は町内全体に避難命令が下されました。もうすぐにでも、避難誘導が開始されるでしょう」
相棒「幼女の生息地に近いあの町の住民は大変だな。さすがに疲れないか」
ミス「幼女の移住からもうすぐ一月になります。そこでアンケートを取りました。ご老人の方々からは避難所に仲間が集まるのは楽しいから構わない。労働者の方々からは出掛けることが少ないために構わない。学生たちはどうせなら休校にしてください。だそうです」
主人公「学生は学生らしいな」
相棒「呑気で羨ましい」
ミス「!」びくっ
主人公「ん、どうしました」
ミス「避難がまだ完了していないのに幼女が進攻を開始しました」
主人公「何だって!」
ミス「緊急出動!総員、直ちに行動を開始してください!」
二人「アニメイツ!」
二人は準備を整えてママチャリへ乗り込んだ。
ペダルを押し込んでタイヤを高速回転させた。
避難する人達と遭遇しないルートを選んで、人が消えた静かな住宅街に到着した。
幼女「がおー」
いた。
ミス「自転車はその辺りの民家へ自由に停めてください。後にこちらで回収致します」
主人公「あのー」
ミス「どうしました」
相棒「ケツ。ドローンカメラをこっちに」
ケツ「りょうかいかい」
主人公「バグか?返事がおかしい」
相棒「人工知能のアップデートを考えて色々と調整しているから、そのせいだろう。任務に影響はないそうだ」
ミス「これは三輪車!もう乗れるようになったのですね!」
主人公「そうみたいです。我々はママチャリで追いたいと思います」
ミス「それはなりません」
主人公「なぜ」
ミス「自転車の方が速く、何より、大きくて小回りが苦手なそれが、もしも三輪車と衝突なんてすれば……」
主人公「大惨事になりかねない。分かりました」
相棒「どうする」
主人公「早歩きが妥当だろう」
相棒「そうだな。健康にも良さそうだし賛成だ」
二人はママチャリを申し訳なさそうに民家へ駐輪して、カゴから取り出したリュックをよっこいせと背負ったら、まず走って追い付いた。
ドローンの映像を確認しながら幼女の背後へ回る。
幼女「がおー」きこきこ
いた。
主人公「恐らく図書館へ向かっているな」
相棒「道のりを記憶するなんてまさか天才か」
主人公「なに、何度も通えば、あれくらい十分にあり得ることだ」
相棒「記録によると、移住してすぐに通い始めたらしいな」
主人公「ああ。彼女にとっては、本が友達なのかも知れない」
相棒「寂しいな……」
主人公「相棒。この先に信号が仕掛けられている」
相棒「車はないとはいえ、交通ルールを無視させるわけにはいかない。さっそく俺達の出番ということだ」
主人公「そういうことだ。先回りする」
相棒「アニメイツ」
二人は先回りして、信号の向こうで待機する。
全力で走るのは疲れるが、幼女のためならいとわない。
幼女「あ!」
相棒「視力、記憶力共に良好。俺達が誰か分かるみたいだ」どきどき
主人公「昨夜ミスリーダーが、組織が僕達の写真を幼女の家へ届けたという話をしたろう」
相棒「腹を下して席を外していた時かな」
主人公「その時だ。ごめん」
相棒「いやいい。とにかく、それで警戒心を解いて接触してくる恐れが松ということだな」
主人公「幼女は信号のルールを把握している。旗を持っての横断支援を中止して退避するか」
相棒「それでお前が納得するなら俺は構わない」
主人公「…………やろう」
信号が赤から青へと変わる。
二人は信号に設置された旗を握りしめて素早く横断歩道の中心部へ移動して、向かい合うように並んだ。
幼女「がおー」きこきこ
そして、無事に渡りきれるよう見守る。
幼女がこちらへちょっとずつ近付いてきた。
相棒「!」どきっ
突然、幼女が二人の間で停止した。
にこにこしながら二人の顔を交互に見上げる。
相棒はとっさに顔を反らしたものの、横目で幼女を見て、つい感想をこぼした。
相棒「か、かわぃぃ……」どきんどきん
幼女「え?」くびかしげ
相棒「うぐっ!」ぎゅうん!
主人公「さ、はやく渡らないと赤になるよ!」どきどき
幼女「はーい」きこきこ
幼女は無事に渡りきった。
見送って、反対側へ急ぎ退避する。
相棒「っはあ……はあ……」がくっ
主人公「平気か?」かたぽん
相棒「天使に天国へ誘われた。トキメキが収まらない」どきどき
主人公「だが倒れなかった。しっかりと立って見送った。よくやった!」
相棒「訓練を続けると、おじさんでもここまで強くなれるんだな」
主人公「まだまだ。僕達はこれからもっと強くなれる」
相棒「ふん、そうだな」
主人公「さ、もう一基信号がある。青になったら走ろう」
相棒「とほほ……」
次の信号も、もれなく激戦となった。
幼女「あ!」
いちいち先回りして現れるのが幼女にとっては面白いらしい。
また、間に立ち止まって、今度は質問という攻撃をしてきた。
二人は声を聞くだけでもダメージを負う。
また、信号によるタイムリミットもある。
ここは短期決戦が望まれた。
幼女「こんにちは!」にこっ!
主人公「こんにちは」どきっ
幼女「こんにちは!」にこっ!
相棒「こんここんこんこん……!」がくがく
幼女は壊れかけの相棒を見てクスクスと笑っている。
いつかどこかの誰かが言った。
子供は時に残酷だと。
その凄惨な現場が今ここに再現された。
幼女はさらに噛みつく。
幼女「おじさんは、私を助けてくれる人達でしょう。お父さんとお母さんが教えてくれたよ」
幼女の宝石のようにキラキラ輝く瞳が相棒を捉えて微動だにしない。
狩りの獲物は反応が好奇心をくすぐる相棒に決まった。
相棒「そだほぃ……」がくっ
相棒がここで膝を着いた。
幼女が心配して三輪車から降りようとする。
相棒「大丈夫!!」
相棒が大きな声でそれを制止した。
その声はもう、震えていなかった。
主人公「信号のカウントが少ない!相棒!」
信号には電光パネルが付属していて、残りどれくらいで赤になるかが分かりやすく表示されている。
相棒も横目でそれを確認した。
相棒「はやく渡って」
幼女「うん!ありがとう!」きこきこ
幼女が信号を渡りきった。
帰りのことを思うと気が滅入ったが、今は相棒を助けることが先決だ。
信号の点滅に急かされながらも何とか相棒を反対側へ引きずり出した。
相棒「悪い。体が動かない」ときとき
主人公「そこのコンビニで少し休むといい。図書館は僕に任せてくれ」
相棒「何か、食べていい?」
主人公「ミスリーダー」
ミス「聞こえています。合計、三百円まで許可します」
相棒「ということで、少し休んだらすぐに追う」
主人公「分かった」
主人公は相棒をその場に残して図書館を目指した。
到着すると、幼女が三輪車をきちんと駐輪場へ停めているのが確認出来た。
自動ドアを抜け、慎重に中へ侵入する。
主人公「侵入に成功。これより児童図書室へ向かいます」
ミス「無論、館内ではお静かに願います」
主人公「アニメイツ」
二枚目の自動ドアを抜ける。
それに反応した幼女が飛びかかってくるのではと一瞬、嫌な想像がよぎったが、幼女は絵本に集中して主人公の侵入にも気付いていない。
入り口からすぐにある、他とは区別された児童図書室。
幼女はそこにある椅子に座って、真剣な表情で絵本と向き合っていた。
ミス「何を読んでいるか分かりますか」
主人公「ここからでは確認出来ません」
ミス「どうにか後ろへ回り込めますか」
主人公「努力します」
厳戒態勢で挑む。
まず、児童図書室の入り口から向かいの本棚へと一㍍ほど移動しなければならない。
しかし、そうすれば必然的に幼女の視界に入ることになる。
そこで役立つのがこれだ。
主人公「飴玉の使用を許可願います」
ミス「飴玉の使用を許可します」
主人公「アニメイツ」
主人公はフィッと飴玉を幼女の右横に投げた。
とっさに身を隠す。
主人公「三……二……一」
幼女の様子を伺う。
飴玉を拾うために背を向けていた。
主人公「今だ」
絶好の機会を逃さず向かいの本棚へ移ることに成功した。
そのまま直進して、本棚の横へ回る。
幼女は絵本に向き直っていた。
それから、一つ、二つ、と本棚を渡って幼女の背後にある本棚へ回り込んだ。
児童書が納められた本棚は児童に合わせて低くなっている。
大人である主人公が立ち上がれば、余裕を持って確認することが出来た。
絵本にはピーマンの絵が描かれていた。
幼女が苦手とするはずのピーマンが描かれていた。
ピーマンが描かれていたのだ。
主人公(なぜだ……!一体何が目の前で起きている……!あれは学習だとでも言うのか……!)
絶望に立ち尽くしていると、にわかに幼女が振り向いた。
柔らかい髪を揺らして振り向いた。
幼女「あ!」
そして目が合った。
主人公「は……!」どくん
幼女「今ね。ピーマンのお勉強してるの!」みて
幼女はそう言って絵本を掲げて見せた。
これで間違いなく、幼女が学習していることが判明した。
幼女は続けて、絵本を閉じて表紙を主人公に見せた。
主人公「モッタイナイオバケ……!」
貴様か、貴様の仕業か。
幼女はピーマンも苦手だがオバケも苦手だ。
ピーマンを残せばモッタイナイオバケがやって来ることを両親から学んだに違いない。
そのうえ、モッタイナイオバケまで攻略しようと、わざわざこの絵本を選び取ったのだ。
学習能力、向上心、なにより立ち向かう勇気。
どれもが主人公の中にある五才児という一般常識を超越して覆した。
主人公「どうしたって勝ち目がない……」ときとき
幼女の涙ぐましい努力に心が惹かれる。
それは萌でありトキメキに等しい。
幼女「ピーマン食べれるようになったらね、モッタイナイオバケはこないんだって」
主人公「攻略済み……!」どきっ
心臓を鷲掴みにされた。
恐怖を乗り越えた幼女は恐怖を支配する小悪魔といっても過言ではない気がする。
見た目は天使で中身は小悪魔なのだ。
とにかく、ヤバいということは絶対的な事実だ。
幼女から弱点がなくなった。
幼女「あとね、お勉強もしてるんだよ」
言われて、もう一冊、絵本が机に置かれていたことに気が付いた。
絵本を読んでいるときは下に隠れ、今は幼女の体に隠れて牙を潜めていたのだ。
その鋭い牙が剥き出しになる。
主人公「や、ま、と、こ、と、ば」
我が祖国の言葉である長兄の基礎を学んでいたのだ。
ちなみに大和言葉の次兄がカタカナになり、続いて妹が絵文字になる。
主人公「どこまで読めるのかな」ときとき
本棚にもたれかかるようにくずおれてきく。
幼女は指折り数えながら自信満々に答えた。
幼女「あ、か、さ、た、な、は……まで!」
主人公「半分以上だと……!」びくっ
幼女「お利口さんでしょう!」にこっ
主人公「偉いね」ずきゅーん!
主人公は完全に参って、ふらふらと図書館を出た。
そして樹木を囲むように設置されたベンチに身を投げる。
主人公「子供の成長て凄いなあ……」
娘は学習しているだろうか。
今は何をしているだろうか。
はやく電話したい。
主人公は遠く東の都、桜宮にいる娘に思いを馳せる。
ミス「平気ですか。任務は継続出来ますでしょうか」
主人公「はい。もちろんです」
ミス「では気を付けてください。カメラの映像では、幼女がそちらへ接近しています」
主人公「なに!」ガバッ
ミス「直ちに身を潜めてください」
主人公「アニメイツ」
素早く木陰に身を隠す。
間もなくして幼女が図書館から陽気に出てきた。
それから真っ直ぐに駐輪場へ向かう。
次の目的地へ移動するようだ。
ミス「両親より最新情報が入りました」
主人公「何でしょう」
ミス「幼女はお弁当を所持しています」
主人公「とすれば……次の目的地は公園か!」
ミス「そうなるでしょう。しかし、正午までまだ二時間余りあります」
主人公「遊具を弄び時間稼ぎをするつもりですね」
ミス「それだけではありません」
主人公「と言いますと」
ミス「景色を望みながら食事することを決めているようです」
主人公の時計に本部より画像が送られてきた。
立体的に映し出されたそれは、幼女が自ら書き上げた可愛いイラスト付きの予定表だった。
主人公「これは、まさか計画されたお出掛けだと言うのですか!」ときとき
ミス「私達はどうやら彼女を甘く見すぎていたようです。彼女は脅威的に成長しています」ときとき
主人公「なな……!時間まで書いてあります!」ときとき
ミス「今日、何か気付くことはありませんでしたか」ときとき
まぶたを閉じれば朝から今までの幼女との戦いが激しくフラッシュバックする。
その中で一つの真実を見つけ出した。
主人公「……肩掛けカバンに腕時計が巻かれていた?」
ミス「グッド」
主人公「おかしい。やっぱりあまりにおかしい。幼女がここまでお利口さんなのはあり得ることなのでしょうか」
ミス「現実にあり得ています。学習能力も含めて、これらは疑う余地なく、ご両親の親心と彼女の探求心が一体となって育んだ成長です」
主人公「幼女……無限の可能性を秘めた未知の存在だ」
ミス「幼女の父親でもそう思いますか」
主人公「彼女は娘とはタイプが違います。万能に魅力的なのは間違いなくうちの娘でしょうが、努力を才とするのは彼女です」
ミス「なるほど。良い参考になります」
主人公「いえ、とんでもない。幼女が移動を開始しましたので早歩きで追跡します」
ミス「お願いします」
幼女は遠くに見える山を目指していた。
道を知らぬ彼女でも、あれだけ大きな目印があれば行き着くことが可能だろう。
しかし、帰りはどうするのだろうか。
モヤモヤした不安を振り払えないまま早歩きを続けた。
幼女「がおー」きこきこ
幼女は、幸いにも信号のない住宅街を進み続けた。
途中に短い横断歩道がいくつかあったが、彼女は左右をしっかりと確認することが出来た。
真剣で細かな気配りがまた愛らしい。
やがて、道が坂になった。
幼女「んしょ、んしょ」
幼女は苦戦して、仕方なく三輪車を引いて歩き出す。
相棒「わざわざ山道に入らなくとも途中に公園がある。すぐそこだ」
主人公「遅かったな」
相棒「カップ麺の完成におよそ三分は無駄にした」
主人公「朝飯は一緒に食べたろう。よく食べるな」
相棒「今日はやけに腹が空く。体が無意識に激斗に備えているのかも知れない」
主人公「考えられる」
相棒「ほら、受け取れ」
主人公「うわ……赤蝮汁百㌫スッポングミだって……」
相棒「残りの金で買った。お前も腹に何か入れて元気を補充しろ。このまま長期戦になるんだろう」
主人公「公園では遊びと食事が予定されている。その帰りには駄菓子屋、そして帰宅までお見送りになるからそうなる」
相棒「トキメキを蓄積させないようにしよう」
主人公「そうだな」
勾配を上がりきったところで右に曲がる。
住宅街の奥に、大きな公園が見えた。
相棒「くそ、リュックが重い……」
主人公「相棒。あなたには分かるか」
相棒「んえ?」
主人公「幼女はここまでの道を完璧に記憶している」
相棒「そうだな。来て間もないにも関わらずだ」
主人公「そうだ」
ミス「それは三輪車に音声ナビを搭載したからです」
主人公「ああ、ナビを」なるぽん
ミス「迷子は幼女を精神的に追い込み、危険な状況を引き起こしかねません」
相棒「ふぇぇぇん現象……」
ミス「そうです。幼女が大泣きすれば、最悪、再びそれが発生する可能性は大いにあります」
相棒「鳥肌が立った……」ぞぞっ
主人公「幼女の駐輪を確認。突入します」
二人は公園内へ突入する。
樹木の多い森林公園だ。
相棒「幼女はどこだ」
主人公「きっと奥のアスレチック広場だ」
二人は散歩道を避けて、あえて茂みを掻き分けながらアスレチック広場へと向かった。
アスレチック広場には体を使う遊具が幾つもあり、その中でも特に有名なのが、長い長い滑り台である。
その長さ、およそ六十二㍍もある。
幼女は、一生懸命にてっぺん目指して歩いていた。
相棒「幼女の体力が心配だ」
主人公「今は好奇心に突き動かされて活動している。問題は好奇心が尽きて、遊びにも飽きた時だ」
相棒「お弁当……」
主人公「そうか……その為のお弁当か!」
相棒「やられたな。こっちはグミで凌がなければならないのに、向こうはお母さんの愛情が添加された手作り弁当ときた」
主人公「ミスリーダー。お弁当の配達は可能でしょうか」
ミス「いいえ」
相棒「どうして!金ならいくらでも払います!」
ミス「あなた達は幼女の身に何かあったとき、迅速に対応しなければなりません」
相棒「それは……そうですけど!」
ミス「もし目の前で幼女が転んだ場合、あなたはとっさに対応出来ますか」
相棒「えと、まず弁当を置いて、救急箱は必要ですよね、それで」
ミス「はいダメです」
相棒「わかりました。諦めます」
主人公「あ!ころんだ!」
幼女「ふぇ……」くすん
ミス「さあ、どうしますか」にやり
相棒「駆けつける!」たたっ
主人公「待て!無茶だ!」
相棒「自分の命よりも優先すべきものがあるだろう!」
幼女「なに!」びくっ
相棒「父親のお前なら分かるはずだ!」
主人公「……ふっ。まさか、あなたに気付かされるなんて。さすが僕の相棒だ」
相棒「だあいじょぶふぉ!!」ずしゃあ!
幼女「どうしたの!」びっくり
主人公「あちゃー。自分が先に倒れちゃ面目ない」
相棒は背負っていたリュックをなんとか降ろして、震える手で中から水の入ったペットボトルと救急箱を取り出した。
相棒「ほら、足を見せて」どきどき
幼女「うん」
幼女は両足を伸ばして、地面にちょこんとお座りした。
相棒「右膝を擦りむいてるな」どきどき
幼女「ここ痛いの」
幼女は涙目で傷を指差す。
相棒「ちょっと染みるけど我慢してね」にこっ
水を優しくかけて、ガーゼで残った砂利を十分に拭き取る。
幼女はぎゅっと目をつむって口をつぐんで耐えている。
その苦痛から解放してやるために、最後に大きめの創傷被覆材を貼ってあげた。
相棒「これでよし」
幼女「ありがとう、おじさん!」なでなで
その様子を眺めていた主人公は感心した。
幼女が苦手な相棒がマニュアル通り立派に介抱してみせたのだ。
相棒も成長している。
僕も負けられない、そうも思った。
幼女「がおー」とてとて
幼女は元気を取り戻して歩行を再開する。
一方で相棒は沈黙したまま地に伏している。
主人公「相棒?相棒……!」たたっ
慌てて駆け寄る。
相棒は満面の笑みでキュン死にしていた。
主人公「ミスリーダー!至急、救急車の手配を願います!」
ミス「どうしたの!」
主人公「相棒が……キュン死にしました」
ミス「そ、そんな……嘘でしょう」
主人公「はは、こいつとても幸せそうな顔で眠っていますよ」
ミス「何があったのですか」
主人公「相棒は最後に幼女に頭を撫でられていました。その近接攻撃が致命傷となったのでしょう」
相棒「名誉の負傷てやつだ」
主人公「相棒!生きているのか!」
相棒「へへ、こんなところで死んでたまるかよ」
主人公「そうだ、生きろ。あなたにはまだまだ任務をこなしてもらわなければ困る。僕は一人じゃあ戦えない」
相棒「止せ、おっさんが気色の悪い」てれ
主人公「すまない」ははっ
相棒「いいから行け。幼女は直に滑り降りてくる。上より下で待つが早いだろう」
主人公「わかった」
主人公は相棒を引きずって、脇の草原に寝かせた。
犬の糞が彼の左肩に押し潰されたが、今の状況では、どうでもいいくらい些細なはずだ。
何も見なかったことにして背を向け走る。
相棒「おん、くっせ、うぼぉえ!」
主人公(もうすぐ救急車が来る。それまで頑張れよ!)
幼女「わー!」ひゅー
主人公の傍らで幼女が流星になる。
主人公「はやい!」
主人公が下に着くと、もう幼女は登りはじめていた。
幼女「がおー!」とてとて
主人公「冗談だろう!」どきん!
幼女は無邪気に、それでも意地悪に主人公を追いかける。
主人公は幼女の魅力のせいか、または長い早歩きのせいか、とにかく膝が疲れていた。
リュックを捨てて逃げることを優先する。
主人公「ひい……ひい……」よたよた
幼女「が……お?」
と、幼女が草原で気を失う相棒に気付いた。
主人公「しまった!」
引き返すか迷う一瞬。
幼女「うぇ……」たじたじ
犬の糞が相棒を守ってくれた。
ところが安心は出来ない。
彼の次は主人公だ。
このまま全滅しないよう逃げ切らねばならない。
主人公「うおおおおお!!」のしのし
厳しい訓練を思い出して、まだやれると足を叱咤激励する。
すると足は応えてくれた、四股を踏むように歩いて幼女を引き離したまま頂上へ着いた。
幼女「がおー」とてとて
幼女目前。
主人公「うへえ……」
眼下にグネグネと伸びる長い滑り台の先に思わず目がくらみ足がすくむ。
しかし、迫る幼女の足音が彼の勇気を奮い立たせた。
主人公「おっほう!」ひゅー
意外にも楽しいが、意外にも大人の体には窮屈で半端なところで引っ掛かってしまった。
そこへ、幼女が背後から急接近する。
幼女「がおー!」ひゅー
主人公「事故になりかねない!くそ!」
主人公は必死に尻を動かし、手を使って体を前に押し進めた。
効果あって好調に滑り出す。
主人公「よし!」ひゅー
ギリギリ先行して地に到着した。
ほんの少し遅れて幼女も滑り降りた。
主人公「またか!」どきっ!
幼女「がおー!」とてとて
この命のやり取りが繰り返し三度続いて、幼女は無尽蔵の体力で他のアスレチックへ進攻した。
主人公「ひい……ひい……」
ミス「休憩を認めます。水分補給をしっかりして、引き続き遠くから幼女を見守ってください」
主人公「ひい……ひい……」
ミス「救急班、今なら彼の回収が可能です。急ぎ回収をよろしくお願いします」
主人公「やっと来たか……」
ミス「幼女が滑り台を占拠していたので現場待機していたのです」
主人公「そゆこと……ふう」
ミス「落ち着きましたか」
魔法瓶に入った冷たい氷水をグイッと喉から腹へと注ぎ込んで口元を袖で拭った。
うまい!
主人公「任務に戻ります」しゃきっ
ミス「くれぐれも無理はなさらないでください」
主人公「アニメイツ!」ビシッ
木陰から幼女を見守る。
幼女は網の橋を踏破したところだった。
続けて入り組んだ要塞のような遊具に挑む。
幼女「んしょ、んしょ」
登って、鋼のトンネルを突き進む。
幼女「ふう……」ちょこん
そこでひと休憩挟んで。
幼女「がおー!」ひゅー
曲がりくねった滑り台を往く。
幼女「うーん……」
ここで苦戦。
目前のロープでシャーする遊具とにらめっこしている。
どうやら次にあれを弄ぶつもりらしい。
ふと、幼女が何かを探すように辺りをキョロリキョロキョロと体ごと見回す。
主人公「幼女は何かを探しているようです。一体何でしょうか」
ミス「あなたです」
主人公「!」
心臓が跳ねるように高鳴った。
主人公「狙いは僕……ですか」
ミス「幼女が一人でロープに股がりシャー出来ると思いますか。いえ、それは不可能です」
主人公「彼女を抱いてシャーさせろと僕に言い付けるおつもりですか」
ミス「これは命令です。御両親からも指示が下りました」
御両親からの指示は組織の権力を上回る絶対的で強制的なものである。
この世で最も権力があり、効力があるといっていい。
主人公はそれを誰より知っている。
主人公「いくら人がいないとは言え、簡単に引き受けるわけにはいきません。まだ娘を残して死ぬわけにはいきませんから」
ミス「死は前提ではありません。私の部下である限り、あなた達を故意に死なせるつもりは微塵もないことを断言します」
ミスリーダーは語気を強めて言った。
残酷な過去を省みて、それでも強く生きようと決めた覚悟を話してくれたあの日のように。
ミス「いかなる任務も生きての完遂が当然です。そしてこれは、あなただからこそ頼めることです」
主人公「僕だからこそ?」
ケツ「組織との関わりもあり、幼女の父親である主人公なら、幼女に対する技術、幼女への耐性、幼女と接する信頼、その全てが他より遥かに優れて保証されます。御両親も特に信頼を寄せています。つまり、適任なのは主人公しかいません」
ミス「これが我々の導き出した結論と最適な解です」
主人公「それで、わざわざ親娘をより遠くに引き離してまで僕はここへ召喚されたわけだ」
ミス「今さらで、これは私事になりますが、無理を言い付けるつもりはありません。断って頂いても結構です。責任は私が負います」
幼女は退屈そうに赤いロープをぺちぺち叩いている。
主人公「そこまで信頼され、期待されて、まさか断れるわけないじゃないですか。それに、責任くらい自分で取れます」
幼女は駆け寄る主人公に気付いた。
ロープでシャー出来るの、という瞳から弾ける希望を主人公はしかと受け取った。
主人公「主人公!行きまーす!!」
ミス「ありがとうございます……!」
主人公は意を決して幼女の柔らかく軽い体をふわっと抱き上げた。
片腕で彼女を抱いて、空いた手でロープがシャーしないよう引き寄せて留める。
そして、ロープで結ばれたプラスティックボールの上に彼女を、ちょん、と慎重に乗せてあげた。
幼女「ちょっと怖い……」うるうる
主人公「大丈夫だよ」ときとき
主人公はロープを掴んだまま幼女と並走した。
彼女が落ちないよう体を支えて同時にシャーの加速度を調整する。
なお、赤いロープのシャーによる爽快感が損なわれないよう全力で走った。
幼女「もう一回!」
幼女は嬉しそうにシャーを催促する。
主人公はあと数回は耐えられるか自分の筋肉に聞いた。
主人公(おい、僕の筋肉。君はまだやれそうかい)
上腕二頭筋はピクリと動いて答えた。
残るはトキメキの問題だ。
主人公の体は感覚を失いつつあった。
このままシャーを続ければ脱力して幼女を怪我させかねない。
腕に巻いたデジタル時計をチラッと見る。
時刻は十一時を越えていた。
少し早いが、なんとか昼食に切り替えられそうだ。
主人公「よし、もう一度だ!」ときとき
幼女「やったー!」
結局、八周して限界を迎えた。
体がヘチマのようにスカスカになって、胸が苦しくなるほどのトキメキに息が詰まる。
主人公「ごめん……もう限界だ……」どきどき
幼女「大丈夫?」
主人公は頷いて、腕時計を指で二度叩いて合図した。
幼女はカバンを置いたベンチに飛んで向かい時刻を確認した。
お昼だと気付いたようだ。
ともかく、主人公はその隙に茂みへ避難する。
主人公「リュックを取りに行っても構いませんか」
ミス「幼女は菜花を摘みに向かいました。行くなら今のうちです」
主人公「アニメイツ」
主人公が急ぎ足で往復すると、幼女は御手洗いからハンカチで手を拭きながら出てきたところだった。
主人公はハンカチどころかタオルまで忘れたことに気付いた。
気にせず、幼女が展望広場へ向かうのを見届けたら、さっと御手洗いへ潜入して用を足して手を洗った。
濡れた手は服で拭いてやった。
主人公「幼女は展望広場へ移動。視認、レジャーシートを敷いて景色を望みながらの食事に入りました」
ミス「では、あなたもしっかり休んでください。まだ後半戦が残っていますので」
主人公「後半戦か……。アニメイツ」
主人公は相棒から貰ったグミを一つ手に取って口に放り込んだ。
栄養ドリンクに辛味と酸味を複合したような身の毛もよだつ雑味が口から鼻へ吹き抜けた。
モギモギした弾力で噛みきることも難しい。
主人公「不味い……!だがもう一個!」
主人公は体力の回復を優先してあっという間にグミを平らげた。
目がさりげなくギラついて興奮が見るからに高まる。
主人公は空気椅子に姿勢よく座って、双眼鏡で幼女の食事が終わるのを観察した。
幼女「ごちそうさまでした」
しばらくして、幼女がハンカチでお口を拭う。
幼女はお弁当もデザートのリンゴも残さずに食べ終えた。
ちゃんとお片付けして、砂をはらってレジャーシートを丁寧に畳んでみせた。
主人公「さすがだ。あれはそう簡単に出来るものではない」
お片付けの後、幼女はすぐに移動する。
駐輪場へ向かう。
ここで、一抹の不安が浮かんだ。
主人公「ミスリーダー。帰りは下り坂になっています」
ミス「こちらも承知しています。引いて下りるにしても難儀することでしょう」
主人公「先回りして下までおろします」
ミス「大切な三輪車を失ったと勘違いしないよう、必ず幼女の視野に留まってください」
主人公「アニメイツ」たたっ
小さな三輪車は引いて下ろすのが大変だった。
そこで主人公は両手で抱えることにした。
遅れて幼女が来ると、手を振って坂を下る。
幼女「がおー」とてとて
幼女がいつ本気で背中に食らいつくかも知れない緊迫した状況の中で、主人公は時間をかけて見事に三輪車の運搬の任を果たしてみせた。
幼女「ありがとう!」
主人公「帰りも気をつけて」ときとき
幼女「はーい!」
幼女は三輪車をこぎだした。
とりあえずひと安心、信号のある横断歩道まで早歩きで追跡する。
が、その道中。
想像もしなかった非常事態が起こる。
主人公「ミスリーダー!ドローンの映像を確認してください!」
ミス「あれは民間人!?」
ケツ「商店街で駄菓子屋を営む老夫婦です」
ミス「彼らは避難したはずです!」
ケツ「各員が何重にも確認はしました。恐らく、避難所より抜け出したと考えられます」
ミス「監視の厳しい避難所からどうやって」
主人公「多分、皆の気が緩むお昼時に抜け出したのでしょう。食事が外部から運ばれて来ますし、逃げる機会は多くなります」
ケツ「彼らの避難する公民館の駐車場に設置された監視カメラに二人らしき影を確認。さらに食料運搬用トラックの車載カメラに腰を曲げてこそこそと過る二人の姿を確認。間違いなく二人は脱走しました」
ミス「やられました。これは、お出迎えです」
主人公「まったく、この町の商店街の人は人情に溢れている!」
ミス「とにかく二人の救出を優先してください」
主人公「もう間に合いません!」
ミス「それでも何とかお願いします!」
主人公「ええい、ままよ!」
主人公はリュックを捨てて、遠く電柱から飛び出して地を乱暴に蹴り飛ばす。
じいさん「こんにちは、すずりちゃん」
幼女「誰?」くびかしげ
ばあさん「駄菓子屋のおばばばあ!!」すぽん
主人公「婆さんの入れ歯が飛び出しました!トキメキによるものでしょう!」
じいさん「婆さんや!しっかりせい!」
爺さんが倒れる婆さんの体を支える。
二人は一緒になって小刻みにプルプルしている。
二人の体がコンクリートに叩きつけられる悲劇まで一分もない。
ばあさん「爺さんや、後のことは頼みましたよ」
じいさん「婆さんや、わしを置いて逝くな!」
主人公「その通りです。あなた方の思いやりを悲しい結末にはさせない」
間に合った。
主人公は息を切らしながら婆さんをおぶって言った。
爺さんの方はまだピンピンして平気らしい。
トキメキが訪れる前に避……。
じいさん「か、体が動かんぞ。あれおかしいな」
主人公「ピンピンして固まった……!」
ミス「何ですって……!」
このままでは心臓の弱い二人は簡単にキュン死にしてしまう。
乗り切る方法は一つしかない。
主人公「二人に構わず先に行くんだ!」
幼女「でも……」ちら
主人公「いいから行くんだ!」
主人公に圧倒されて、幼女は大きな道路に沿って歩道を直進する。
このまま真っ直ぐ行けば、斜めに商店街の入り口がある。
ばあさん「ご迷惑おかけしてすみません」
とりあえず一難去った。
二人の体は震えるのを止めて、心も平静を取り戻す。
主人公「無理してはいけません。我々が、この町の皆々様方の思いを全て背負って戦っています。だから幼女のことは、どうか我々にお任せ頂きたい」
ばあさん「分かってはいるんだけれどねえ」
じいさん「なぜじゃろうな。どうも分からんが、心がうずいて勝手に体が動いてしまうわい」
主人公「それはまるで、ラフレシアに誘われる羽虫のようだ」
じいさん「はあ?」
主人公「失礼。ただの例え話です」
じいさん「のう、お前さん」
主人公「何でしょう」
じいさん「どうかお願いじゃ。わしらに真心を込めた手作りの菓子を売らせてくれ」
ばあさん「どうかお願いします」
手を擦り合わせて頼む老夫婦。
お年寄りにこうも懇願されては無下にすることもできない。
ミス「あなたの頭にある考えは、きっと、とても愚かな考えです」
主人公「はい。肉屋の一件と同じ過ちを繰り返すことになるでしょう」
ミス「でも、相手の志を尊重するのは人として立派な心構えです」
主人公「行きましょう」
老人の足が一歩、前に出た。
じいさん「よし行くぞう!」
ばあさん「ありがたや。ありがたや」
そうは言ったものの二人をキュン死にさせるつもりはない。
過ちを繰り返しはしない。
幼女だけではない、大人にも学習能力はあるのだ。
主人公「幼女の様子はどうですか」
ミス「菓子を見比べて迷っています」
主人公「その迷いは、こちらにとっては嬉しい猶予だ」
じいさん「急ぐぞ」
主人公「いえ、無理をしては」
じいさん「毎晩歩いておる。じじいをなめるんじゃない!」
爺さんは前歯を数本ぐらつかせるほどそう叫んで、パワフルにエンジン全開で歩を速めた。
これはトキメキの興奮による一時的な作用に過ぎない。
エネルギーが尽きる前に辿り着かねばならない。
主人公は、しかし焦らないよう努めながら急いだ。
幼女「んー。おいくらでしょうか」
無事に到着して裏口から店内へ入ると、幼女が独り言を呟いて悩んでいるのが確認出来た。
まだ、計算はできないらしい。
ミス「好きなものを五つと言いつけられています。それよりも心配なのはお二人の方です。容体はどうですか」
主人公「おじいさんの方は居間でくたびれています。おばあさんが代表して店に立つ予定になりました」
ミス「何か作戦はありますか」
主人公「はい。それもとっておきのものがあります」
ミス「期待します」
ばあさん「アニメイツ」
主人公「お戯れはよしてください、僕も怒るときは怒りますよ。これは公的なお仕事なんです」
ばあさん「あなたはそれほど、このお仕事に誇りを持っていらっしゃるのね」
主人公「そうです」
ばあさん「力を合わせて頑張りましょう。あなたに迷惑は掛けないと約束するわ」
主人公「頼もしいです。アニメイツ」
満を持して、婆さんが暖簾をくぐって店に立つ。
主人公は二人羽織りスタイルで婆さんの目を手で塞ぐと背中にへばりついた。
幼女「何してるの」くすくす
予想していた反応だ。
答えることなく台に構えて婆さんに指示を出す。
ばあさん「好きなもの五つ選びましたか」
幼女「これ!」
幼女は駄菓子を二つに和菓子を三つ、台の上に広げた。
視界を奪われたはずの婆さんが慣れた手つきでそれらを紙袋へ仕舞う。
幼女「おいくらでしょうか!」
幼女は千円札を台に置いてきいた。
視界を奪われたはずの婆さんはハッキリと五百八十円になりますと答えた。
何十年とこなしてきた婆さんの仕事っぷりは天晴れだった。
主人公「くっさ」
ここで、婆さんのすかした屁から逃れるように羽織から離脱する。
婆さんは決まりを守って、顔面を梅干しに変えて目を閉じる。
幼女はこの命がけの作戦を、幼児向けバラエティ番組でも見ているのと同じに笑って楽しんだ。
主人公「千円か。お釣りは四百二十円だな」
婆さんから千円を受け取って、台から顔を出すことなく、その下の収納スペースからクッキーのブリキ缶を引き出して小銭を用意する。
幼女「後ろで何してるの」うずうず
ばあさん「お店の裏側は覗いちゃいけないよ」
幼女「うん。わかった」
ばあさん「偉いね。じゃあ、もう一つお菓子を取っておいで」
幼女「わーい!ありがとう!」
主人公は、今のうちにお釣りを台の上へ広げた。
婆さんは幼女が持ってきたオマケも袋へ仕舞って、また来てね、と最後まで優しく幼女を見送った。
主人公「任務完了!犠牲者なし!」
ミス「ふう……よくやってくれました」
主人公「お婆さん、ゆっくり奥で休んでください」
ばあさん「ありがとう。このお礼は後でするからね」
主人公「そのお心遣いだけで十分です。では、またいつか」
ばあさん「行ってらっしゃい」
主人公も婆さんに優しく見送られて店を出た。
それから幼女を追跡して、信号での支援も怠らず、最後まできちんと送り届けた。
主人公「清々しい気分だ。彼が元気なら……」
ミス「彼なら元気です。耐性の向上もあってか、今までになく早期回復しました。こちらへ真っ直ぐに帰宅するそうです」
主人公「おお、そうですか。良かった」ほっ
ミス「あなたもはやく帰ってきてください。今日はご馳走にしましょう」
主人公「わーい!」
主人公は無邪気に喜んで帰宅したら鼻歌を歌いながらシャワーを浴びてさっぱりした。
風呂上がり、窓の外の暮れゆく夕陽を見ていると、愛しさと切なさが込み上げてきた。
主人公「もしもし?娘に代わってもらえますか?」
たまらなくなって娘のところへ電話を掛けた。
いつまた一緒に暮らせるだろう。
いつこの戦いは終わるのだろう。
不安と焦燥を隠して娘と会話を重ね、明日にでも会えると信じて、彼は名残惜しく電話を切った。
主人公「チャイム?」
主人公が玄関のドアを開けると、割烹着を着たままのミスリーダーが立っていた。
ミス「電話が繋がらなくて直接迎えに来ましたが、まず服を着てください」
主人公「これはパンツ姿で申し訳ない。すぐに着替えてそちらへ伺います」
ミス「お待ちしています。あ、そうだ。こちらをお渡ししなくては」
ミスリーダーは慌てて紙袋を主人公に手渡した。
主人公「何ですかこれ」
ミス「あの駄菓子屋さんからです」
主人公「ほぼ和菓子屋さんに思えましたけど」
ミス「駄菓子屋さんです」
主人公「分かりました覚えておきます。ところで、これを食後にみんなで食べることにしませんか」
ミス「え?」
主人公「みんなで力を合わせて任務を完遂したんです。一人でも欠ければ成功しなかった。だから、これはみんなで頂く労いです」
ミス「ふふっ、そうですね。では、せっかくですからみんなで頂きましょう」
主人公「アニメイツ!」
彼らはこの日を境に、さらに一致団結して任務をバリバリこなしていった。
一日、一週間、そして一月が瞬く間に過ぎた頃。
幼女にやっと慣れてきた彼らに新たな試練が立ちはだかる。
自分を磨きあげ魅力を増して進化し続けるキュートタイプの幼女、清里すずり。
臆病に縮こまる姿が庇護欲を掻き立てるアンイージータイプの幼女、七種しあや。
夏よりも一足早く。
怪獣島へ新たな怪獣が襲来する。
数刻前、幼女との初戦闘によって重傷を負った男達が緊急で運ばれて来た。
主人公「ここは……」
ミス「目が覚めましたか。良かったです」
ミスリーダーがベッドの傍らで椅子に腰掛けている。
この真っ白なばかりの風景には見覚えがあった。
主人公「ああ、病院か」
ミス「あなたは幼女との戦いでトキメキ、そのまま気を失ってしまいました」
主人公「思い出すと今でもドキドキします」どきどき
ミス「思い出してはなりません。ご自愛ください。あなたは全治一週間の怪我を負っているのです」
主人公「全治一週間!そんなに!」
ミス「肉屋の親父さんは相当に手強かったみたいですね」
主人公「持ち上げられてテーブルに叩きつけられました。木製のテーブルが音を立てて真っ二つに折れましたよ」
ミス「なるほど。ひどく腰を痛めた原因はそれですか」
主人公「それより、親父さんと相棒は?」
ミス「親父さんは残念ながら冷蔵庫行きとなりました」
主人公「っ!」
ミス「相棒の方は集中治療室で様子を見ています。一命は取り留めました」
主人公「また守れなかった」
ミス「え?」
主人公「初任務失敗ですね。任務を放棄したうえに民間人を守れなかった。僕は戦闘員失格だ」
ミス「いいえ、よくやりました。それは確かです」
主人公「しかし」
ミス「私はもう十年、仲間と共に幼女達と戦ってきました。多くの方が冷蔵庫に運ばれるのをこの目で見てきました」
ミスリーダーは儚げに語る。
瞳には憂いが満ちていた。
ミス「どんなに努力しても救えない場合はあります。だからといって落ち込んでいてはなりません」
憂いの中に火が灯る。
メラメラと静かに燃え上がるのを感じた。
彼女は語気を強めて言う。
ミス「それでも、一人でも多くの民間人を救うのです。紅白は慈愛を使命と誓います。それは幼女だけに向けられるものではありません」
主人公「と言いますと、民間人にもということでしょうか」
ミス「当然です。冷蔵庫行きとなった方々に対してもです。果ての勝利による平穏な日常こそ、彼らへの最大の慈愛なのです」
主人公「ミスリーダー。あなたは、この戦いに終わりがあると思いますか」
ミス「もちろんです。あなたは?」
主人公「ある。だからこそ協力すると決めました」
ミス「よろしい。では、私は医者をここへ寄越して、それから彼の様子を見に行きます」
主人公「ありがとうございました」
ミス「はい。ご苦労様でした」
ミスリーダーは姿勢正しくきびきびと歩いて部屋を出た。
改めて部屋を見渡すと、ここは一人部屋らしい。
お言葉に甘えて、今はゆっくり休むことに決めた。
相棒「よお、元気か」
相棒は三日めには快方した。
病院を抜け出してはパチスロに通い詰めている。
相棒「昨日もまた勝った。その土産だ」
主人公「これはアニメ福山ちゃんのイラスト集!こ、こんなものまであるのか!」
相棒「もう二冊はそれぞれ、保存用と娘さん用だ。金なら腐るほどある、遠慮せずに受け取ってくれ」
主人公「ありがとう。恩に着る」
相棒「ああ。それより聞いたか」
主人公「ん?何をだ」
相棒「その様子じゃあ知らないらしいな」
主人公「勿体ぶらずに教えてくれ」
相棒「昨日のことだ。幼女が大型ショッピングモール、ニャオンを襲撃した」
主人公「なに!」
相棒「三輪車の購入を家族が考えていてな、散歩ついでにふらっと一人で下見に行ったわけだ」
主人公「ありえない。彼女はまだたったの五才だ。家族が恋しいはずなのにその孤独に耐え、さらに怖いことがたくさんある外をそんなに、ああ、そんなにも遠くお出かけするなんて」はらはら
相棒「親心が騒いだか。まあ、落ち着け」
主人公「つい取り乱した。すまない」
相棒「幼女の適応能力は日々、どうも進化しているらしい」
主人公「進化だって!」
外から鳴り止まぬ拍手が聞こえてきた。
驚いて窓の外に目をやると雨が降っていた。
主人公「なんだ雨か」
相棒「雨……傘がないな」
主人公「今日、幼女はお出かけしていないのか」
相棒「している」
主人公「なら行くぞ」すくっ
相棒「おい!その体でどこへ行くつもりだ!」
主人公「彼女の心にも一雨降る前に虹を架けに行く」
相棒「はっ……かっこいいこと言うな」
主人公「あの子は娘と同い年だ。些細なことでも放ってはおけない」
相棒「だが待て、紅白特務員がいる。傘くらい何とか渡すだろう」
主人公「耐性の脆い彼らに出来るか」
その時、相棒のミニフォンが着信を知らせる。
幼女が愛らしく歌う童謡が着信メロディーだ。
相棒「そろそろ慣れてきた。パチンコ店の騒音のおかげかな」ときとき
主人公「はやく出てくれ。傷が疼く」どきどき
相棒「ハートの間違いだろう」ぴっ
ミス「もしもし?私です」
相棒「どうしました」
ミス「あなたは今、また病院を抜け出してパチスロをやっているのですか?」
相棒「してません。位置情報の確認をどうぞ」
ミス「……ケツが病院と定めました。一安心、助かります」
相棒「もしかして幼女のことですか」
ミス「ええ。天気予報を確認していたにも関わらず、彼女は傘を忘れてしまいました。今は公園の屋根のあるベンチで雨宿りしています」
相棒「タイムリミットは?」
ミス「孤独、我慢、退屈、空腹、色々と見積もって、およそ十五分というところです」
彼の時計に幼女の位置情報が送られてくる。
操作すると、少し離れた公園にいることが分かった。
相棒「時間がありません。すぐに発ちます」
間もなく部屋に、主人公を担当する中肉中背の医者がビニール傘を持って、脂汗を散らしながら慌てて駆け込んできた。
傘は、大と小、二本用意ある。
主人公「しかし先生、これでは足りません」
先生「ダメです。あなたの外出は認めません」
主人公「僕のミニフォンをよく見ろ!」すっ
先生「ぐうっ!」がくっ
相棒「お前、いくらなんでも民間人相手に萌を行使するなんて、何てことをするんだ!正気か!」
主人公「安心しろ。こういう時のために用意していた、先生が若い看護師さんにちょっかい出している写真だ」にやっ
相棒「行こう」
二人が病院を出たとき、期限は残り十分を切っていた。
主人公「腰が痛む……!」ズキズキ
相棒「それに相合い傘じゃ余計に走れやしない」
主人公「ならこうするまでだ!」
主人公は傘下より外へ飛び出した。
想像以上の横殴りの降雨が彼の体を苛める。
主人公「持ってくれ僕の体……!」
腰に手を当て労りながら走る。
傘をさして歩く人々はみんなして通り過ぎる彼に注目した。
苦しそうに顔を歪める患者衣の男が、雨に打たれて、それでも懸命に走っているのだから当然のことである。
相棒「ったく。お前はどこまでも男前だな」
相棒も傘を畳んで隣に並んだ。
主人公「あなたも」
相棒「ふん、相棒だからな」
しばらくして、警察が立ちはだかる避難区域へ到着した。
二人は顔パスで通行が許される。
期限はもう過ぎていた。
主人公「あの公園か!」
相棒「よし、俺が届ける!」
主人公「いや、僕も一緒に行く」
相棒「ダメだ。お前は顔をまだ見られていない」
主人公「それはつまり、警戒心の問題か」
相棒「ああ。俺のこと覚えてくれていたらいいが」
主人公「きっと大丈夫だ。よし任せる」
相棒「植木の陰から見守っていてくれ」
主人公「アニメイツ」
相棒はそのまま公園内へ進入した。
主人公は植木から辺りを観察する。
そう広くはない公園だ。
砂場、ブランコ、滑り台、シーソー、ジャングルジム、鉄棒、といくつかの遊具があった。
その奥に屋根のある休憩所を見つけたが、柱の陰に隠れているのか幼女の姿は見えない。
主人公「あれだ。あそこにいるはずだ」
相棒がその近くで肩を上下させながら立ち止まった。
彼の様子を気にしたのか、柱の陰から幼女が現れる。
主人公「いた!間違いない、幼女だ」
相棒は幼女に対して、こっちへ来るなと手真似で制止している。
それだけで、どうも様子がおかしい。
さきほどから一向に傘を渡す気配がない。
二人は見つめ合ったまま動かない。
主人公「距離が詰められないために傘を渡せないというわけか。泥に置くわけにもいかず、ましてや手渡しなんてのも不可能だ。どうする相棒」
ここで急展開。
不意打ちに幼女が雨の中へ飛び出した。
主人公「何だと!」
幼女に追われる相棒。
相棒を追い回す幼女。
それはまさにメリーゴーラウンド。
主人公「このままでは風邪をひかせてしまう!」
気が付けば、主人公の足はまた走り出していた。
もしかしたら気持ちよりも体が先に動くタイプか。
主人公「ただ、風邪をひかせないために!僕は君に傘を渡そう!」
主人公が叫ぶと、幼女は、はたと立ち止まってキョトンとした。
主人公「傘!パスパース!」
相棒「受け取れ!」ぽいっ
主人公「大じゃない!小だ!」
二人のやり取りを幼女は楽しげにケラケラと笑って見守っている。
主人公はようやく小さな傘を受け取った。
主人公「!」どくん!
ここで心が間抜けにトキメキだした。
接近して、今さらながら萌えたのだ。
雨に濡れる可哀想な幼女の姿に。
主人公「ああ……守りたい」どきどき
その気の緩みに幼女が動く。
幼女「がおー!」とてとて
主人公「!?」
幼女は雨に濡れないことより、どうやら遊ぶことを優先したようだ。
猛進する彼女を止めることは誰にも出来ない。
相棒「にげろー!」
主人公「くっ……!」
ここで逃げていいのか。
このまま傘を渡せば済むのではないか。
傘の柄を向けて渡すか。
距離が詰まればどうなるか。
この傷だらけの体は萌の衝撃に果たして耐えられるのか。
様々な考えが脳裏を忙しく巡る。
主人公「いいだろう。僕が鬼の番だ」
幼女「!?」ぴたっ
相棒「あれはお父さんのスイッチが入ったということか……?」
主人公「実に愉快だ!ははは……!」
幼女「どうしたの?」おそるおそる
今の主人公は腰の痛みを感じないほどに夢見心地だった。
雲の切れ間から二人の間へ光が降り注ぐ。
光のベールの向こうで怯える幼女は淡く瞬いて天使のように美しい。
主人公「……はっ。いけない。このままでは幼女を追いかける悪質な不審者の変態おじさんになってしまう」
主人公は、すんでのところで正気を取り戻した。
幼女の透き通った美しすぎる姿に心が浄化されたのだろう。
主人公「ご両親から傘を預かって持ってきたよ。もう遅いけれど」
傘の柄を幼女に向けて伸ばす。
幼女はぎゅっと柄を握って受け取った。
相棒「主人公、時計に緊急メッセージだ」
主人公「なになに」
そこへ、支援物資がドローンによって運ばれてくる。
主人公がぶら下げられた段ボール箱を受け取ると、ドローンは引き返して遠くに消えた。
幼女「今の何!それ何が入ってるの!」
目を輝かせ興味津々の幼女。
段ボール箱を泥の上に置いて離れると、幼女はいいの、と表情で伺った。
主人公はガムテープを剥いで、笑って頷く。
幼女「わあ!うさぎさんのタオルだ!」
幼女がさっそく箱を開けてみると、中には彼女が前々から欲しがっていたウサギさん戯れるタオルが入っていた。
主人公「それで頭を拭いて、今日は帰りなさい。お父さんが家で待ってるって連絡があった」
幼女「本当!帰る!」
幼女は嬉しそうに笑った。
そして濡れた髪を、わしゃわしゃと不器用に拭いた。
主人公が見ていられず、おもむろに幼女に近付く。
相棒「お、おい!」
主人公「貸してごらん」
優しく頭を拭いてやるその姿は模範的なお父さんだった。
相棒は仏様でも見ている心地がした。
幼女「ばいばい!」
幼女は大きく手を振りながらそう言った後、傘をわざわざさして、クルクルと回して遊びながら虹の向こうへ帰って行く。
幼女「がおー!」とてとて
二度目の戦いは平和的に終わった。
帰りの見守りは特務員が引き受けてくれるそうだ。
相棒「どうしてだろう。物凄く落ち着く」
主人公「これが本来の人間らしさだよ」
その夜、二人は特別に帰宅が許された。
ミスリーダー特製の猪豚鍋で腹を満たして傷を癒す。
主人公「うまい!」
相棒「くっー!酒ともよく合う!」
ミス「お酒は一日、三百五十ミリ㍑までです」
相棒「わかってます。ミスリーダーの厳しさのお陰さまで体はすこぶる健康です」
ミス「それは何よりです」
主人公「ミスリーダー」
ミス「何でしょう。ご飯のおかわりですか」
主人公「いえ。支援物資について疑問があります」
ミス「なぜ、傘や雨合羽を届けなかったのかですね。それは物資を直接、幼女に届ければ、支援物資も不審物扱いになってしまうからです」
主人公「ああ、なるほど」
ミス「相手は幼い子供であり、よその子です。神経質なくらい気配りはあって然るべきなのです」
主人公「ごもっとも」
相棒「博士。ビールわけて」ひそ
ミス「残りは鍋に入れます」ドボドボ
博士「わしのビールが……!」
相棒「ごめん。博士」
ミス「まったく、油断も隙もありません。いい大人がいい歳して病院から抜け出す悪癖もそうです。少しはこちらの苦労も理解して下さい」
相棒「ごめんなさいのアニメイツ」ぺこ
主人公「あ、そうだ。相棒から聞きましたが、幼女のニャオン襲撃の被害はどれ程なんですか」
ミス「直ちに館内放送を流して従業員通用口から皆々様には避難して頂きました。可哀想ではありますが、幼女は一人で館内を見て回り、三時間ほど経過して満足したのか帰宅しました」
相棒「実はパチスロに向かう道中に見かけたんだけど、それはすごい騒ぎだった」
主人公「こんなこと聞きたくないが、そこに幼女を恨む人間はいなかったか」
相棒「いや、そんな話は聞こえなかった」
ミス「そういえば説明していませんでしたね。失礼しました」
主人公「何でしょう」
ミス「ここに残る住民は幼女を愛して見守ると誓った人達です。彼女がここへ移り住むときに、二つから一つを選ぶよう国は住民へ言いつけました」
主人公「二つ」
ミス「その一つは幼女を愛して見守ること」
相棒「もう一つは」
ミス「退去して、新しい暮らしを受け入れること。国から住居に仕事が提供され、特別ごめんなさい給付金を受け取ることが出来ます」
主人公「特別ごめんなさい給付金は僕も受け取ったことがあります。その額に、ほとんどの人が移住を決めたんじゃないですか」
ミス「逆です」
相棒「マジか!正気とは思えない!」
ミス「ここに暮らす人達は、あなたのような臆病風に吹かれた不埒な人間ではありません」
相棒「すみません。俺に対して厳しくないでしょうか」
ミス「よくやってくれていると思います。しかしそれ以上に心配事が多くあります」
相棒「ガツンと言い返せないのが情けない限りだ」
ミス「あなたが立派になれば、こちらも優しく接しましょう」
相棒「頑張ります!それで、話の続きは」
ミス「ここの人達のほとんどが理解を示し、残ることを自ら固く決めました。幼女に罪はないと言って」
主人公「肉屋の親父さんもそうだったんだろうな。もっとうまく話せれば良かったのにと悔やむ」
ミス「ごめんなさい。この話を漏らさず事前に話していれば結果は違っていたかも知れません」
主人公「罪は幼女にもなければ、誰にもありません。僕はそう思います」
ミス「……ありがとう」
相棒「よし!景気付けに乾杯しましょう!」
主人公「ああ、そうしよう!」
ミス「これ以上の乾杯も夜中にコンビニへ行くことも飲み屋へ行くことも許可しません」
相棒「全部知られているだと……」
ミス「当たり前です。この島は組織によって徹底的に監視と管理がされているのですから」
主人公「紅白という組織の力は一体どれ程なんですか。国家公務員の警察に限らず、国を上げて協力していますよね」
ミス「紅白は世界的秘密結社です。それだけ言えば十分でしょう」
相棒「ネットではバックに宇宙人がいるなんて笑える憶測が飛びかっている。傑作だと思わないか」
主人公「色々と知っている僕達からすれば笑い話に思えるかも知れないが、何も知らない民間人は不安で仕方ないだろう。彼らの気持ちはよく分かる」
相棒「まあ、そうだな」
ミス「これからもより気を引き締めて頑張ってください。あなた達は世界に選ばれた人間なのです」
相棒「そう言われると、グッと引き締まります。よし、明日からもっと頑張ろう」
ミス「明日も休暇になります。お二人はまだ入院中の身ですから」
相棒「忘れてた」
主人公「腰が痛くなってきた」
ミス「横になりますか」
主人公「いえお構いなく。まだまだ食べたいので」
ミス「どうぞたくさん召し上がって、活力をみなぎらせてください」
主人公「アニメイツ!」
この猪豚鍋が効果あったのか、それから明後日には二人揃って退院することが出来た。
今日、幼女は家族とニャオンを貸しきって買い物を楽しんでいる。
二人は、それが恐怖の幕開けであることに、さっぱり気付きもしなかった。
主人公「ごちそうさまでした!」
数日後の朝。
時刻は八時六分三十二秒。
天気は快晴。
ミス「今朝はいい食べっぷりですね」
主人公「今日からまた仕事ですから」
相棒「ミスリーダー。お出かけの予定は?」
ミス「まだ届いておりません」
幼女のお出かけの予定は、平日だけでなく土日祭日祝日有給休暇を含めて、毎朝、必ず両親から送られてくる。
時間的にはそろそろだ。
ミス「ケツより一報……確認。二人に回します」
メールだよ!
相棒「着信音の自由はいつ許されるのでしょう」
ミス「無期限に認めません」
相棒「はあ……かわいいからいっか」ぼそっ
主人公「おい予想行動範囲を見ろ」
相棒「これは……!」
主人公「今日は忙しくなるぞ」
相棒「ミスリーダー。あまりに広範囲で、また、ランダム性があります」
ミス「子供は気まぐれですから仕方ありません」
主人公「公園、駄菓子屋、図書館。それぞれに距離があって、今回は広範囲ですね」
ミス「ですので今回は町内全体に避難命令が下されました。もうすぐにでも、避難誘導が開始されるでしょう」
相棒「幼女の生息地に近いあの町の住民は大変だな。さすがに疲れないか」
ミス「幼女の移住からもうすぐ一月になります。そこでアンケートを取りました。ご老人の方々からは避難所に仲間が集まるのは楽しいから構わない。労働者の方々からは出掛けることが少ないために構わない。学生たちはどうせなら休校にしてください。だそうです」
主人公「学生は学生らしいな」
相棒「呑気で羨ましい」
ミス「!」びくっ
主人公「ん、どうしました」
ミス「避難がまだ完了していないのに幼女が進攻を開始しました」
主人公「何だって!」
ミス「緊急出動!総員、直ちに行動を開始してください!」
二人「アニメイツ!」
二人は準備を整えてママチャリへ乗り込んだ。
ペダルを押し込んでタイヤを高速回転させた。
避難する人達と遭遇しないルートを選んで、人が消えた静かな住宅街に到着した。
幼女「がおー」
いた。
ミス「自転車はその辺りの民家へ自由に停めてください。後にこちらで回収致します」
主人公「あのー」
ミス「どうしました」
相棒「ケツ。ドローンカメラをこっちに」
ケツ「りょうかいかい」
主人公「バグか?返事がおかしい」
相棒「人工知能のアップデートを考えて色々と調整しているから、そのせいだろう。任務に影響はないそうだ」
ミス「これは三輪車!もう乗れるようになったのですね!」
主人公「そうみたいです。我々はママチャリで追いたいと思います」
ミス「それはなりません」
主人公「なぜ」
ミス「自転車の方が速く、何より、大きくて小回りが苦手なそれが、もしも三輪車と衝突なんてすれば……」
主人公「大惨事になりかねない。分かりました」
相棒「どうする」
主人公「早歩きが妥当だろう」
相棒「そうだな。健康にも良さそうだし賛成だ」
二人はママチャリを申し訳なさそうに民家へ駐輪して、カゴから取り出したリュックをよっこいせと背負ったら、まず走って追い付いた。
ドローンの映像を確認しながら幼女の背後へ回る。
幼女「がおー」きこきこ
いた。
主人公「恐らく図書館へ向かっているな」
相棒「道のりを記憶するなんてまさか天才か」
主人公「なに、何度も通えば、あれくらい十分にあり得ることだ」
相棒「記録によると、移住してすぐに通い始めたらしいな」
主人公「ああ。彼女にとっては、本が友達なのかも知れない」
相棒「寂しいな……」
主人公「相棒。この先に信号が仕掛けられている」
相棒「車はないとはいえ、交通ルールを無視させるわけにはいかない。さっそく俺達の出番ということだ」
主人公「そういうことだ。先回りする」
相棒「アニメイツ」
二人は先回りして、信号の向こうで待機する。
全力で走るのは疲れるが、幼女のためならいとわない。
幼女「あ!」
相棒「視力、記憶力共に良好。俺達が誰か分かるみたいだ」どきどき
主人公「昨夜ミスリーダーが、組織が僕達の写真を幼女の家へ届けたという話をしたろう」
相棒「腹を下して席を外していた時かな」
主人公「その時だ。ごめん」
相棒「いやいい。とにかく、それで警戒心を解いて接触してくる恐れが松ということだな」
主人公「幼女は信号のルールを把握している。旗を持っての横断支援を中止して退避するか」
相棒「それでお前が納得するなら俺は構わない」
主人公「…………やろう」
信号が赤から青へと変わる。
二人は信号に設置された旗を握りしめて素早く横断歩道の中心部へ移動して、向かい合うように並んだ。
幼女「がおー」きこきこ
そして、無事に渡りきれるよう見守る。
幼女がこちらへちょっとずつ近付いてきた。
相棒「!」どきっ
突然、幼女が二人の間で停止した。
にこにこしながら二人の顔を交互に見上げる。
相棒はとっさに顔を反らしたものの、横目で幼女を見て、つい感想をこぼした。
相棒「か、かわぃぃ……」どきんどきん
幼女「え?」くびかしげ
相棒「うぐっ!」ぎゅうん!
主人公「さ、はやく渡らないと赤になるよ!」どきどき
幼女「はーい」きこきこ
幼女は無事に渡りきった。
見送って、反対側へ急ぎ退避する。
相棒「っはあ……はあ……」がくっ
主人公「平気か?」かたぽん
相棒「天使に天国へ誘われた。トキメキが収まらない」どきどき
主人公「だが倒れなかった。しっかりと立って見送った。よくやった!」
相棒「訓練を続けると、おじさんでもここまで強くなれるんだな」
主人公「まだまだ。僕達はこれからもっと強くなれる」
相棒「ふん、そうだな」
主人公「さ、もう一基信号がある。青になったら走ろう」
相棒「とほほ……」
次の信号も、もれなく激戦となった。
幼女「あ!」
いちいち先回りして現れるのが幼女にとっては面白いらしい。
また、間に立ち止まって、今度は質問という攻撃をしてきた。
二人は声を聞くだけでもダメージを負う。
また、信号によるタイムリミットもある。
ここは短期決戦が望まれた。
幼女「こんにちは!」にこっ!
主人公「こんにちは」どきっ
幼女「こんにちは!」にこっ!
相棒「こんここんこんこん……!」がくがく
幼女は壊れかけの相棒を見てクスクスと笑っている。
いつかどこかの誰かが言った。
子供は時に残酷だと。
その凄惨な現場が今ここに再現された。
幼女はさらに噛みつく。
幼女「おじさんは、私を助けてくれる人達でしょう。お父さんとお母さんが教えてくれたよ」
幼女の宝石のようにキラキラ輝く瞳が相棒を捉えて微動だにしない。
狩りの獲物は反応が好奇心をくすぐる相棒に決まった。
相棒「そだほぃ……」がくっ
相棒がここで膝を着いた。
幼女が心配して三輪車から降りようとする。
相棒「大丈夫!!」
相棒が大きな声でそれを制止した。
その声はもう、震えていなかった。
主人公「信号のカウントが少ない!相棒!」
信号には電光パネルが付属していて、残りどれくらいで赤になるかが分かりやすく表示されている。
相棒も横目でそれを確認した。
相棒「はやく渡って」
幼女「うん!ありがとう!」きこきこ
幼女が信号を渡りきった。
帰りのことを思うと気が滅入ったが、今は相棒を助けることが先決だ。
信号の点滅に急かされながらも何とか相棒を反対側へ引きずり出した。
相棒「悪い。体が動かない」ときとき
主人公「そこのコンビニで少し休むといい。図書館は僕に任せてくれ」
相棒「何か、食べていい?」
主人公「ミスリーダー」
ミス「聞こえています。合計、三百円まで許可します」
相棒「ということで、少し休んだらすぐに追う」
主人公「分かった」
主人公は相棒をその場に残して図書館を目指した。
到着すると、幼女が三輪車をきちんと駐輪場へ停めているのが確認出来た。
自動ドアを抜け、慎重に中へ侵入する。
主人公「侵入に成功。これより児童図書室へ向かいます」
ミス「無論、館内ではお静かに願います」
主人公「アニメイツ」
二枚目の自動ドアを抜ける。
それに反応した幼女が飛びかかってくるのではと一瞬、嫌な想像がよぎったが、幼女は絵本に集中して主人公の侵入にも気付いていない。
入り口からすぐにある、他とは区別された児童図書室。
幼女はそこにある椅子に座って、真剣な表情で絵本と向き合っていた。
ミス「何を読んでいるか分かりますか」
主人公「ここからでは確認出来ません」
ミス「どうにか後ろへ回り込めますか」
主人公「努力します」
厳戒態勢で挑む。
まず、児童図書室の入り口から向かいの本棚へと一㍍ほど移動しなければならない。
しかし、そうすれば必然的に幼女の視界に入ることになる。
そこで役立つのがこれだ。
主人公「飴玉の使用を許可願います」
ミス「飴玉の使用を許可します」
主人公「アニメイツ」
主人公はフィッと飴玉を幼女の右横に投げた。
とっさに身を隠す。
主人公「三……二……一」
幼女の様子を伺う。
飴玉を拾うために背を向けていた。
主人公「今だ」
絶好の機会を逃さず向かいの本棚へ移ることに成功した。
そのまま直進して、本棚の横へ回る。
幼女は絵本に向き直っていた。
それから、一つ、二つ、と本棚を渡って幼女の背後にある本棚へ回り込んだ。
児童書が納められた本棚は児童に合わせて低くなっている。
大人である主人公が立ち上がれば、余裕を持って確認することが出来た。
絵本にはピーマンの絵が描かれていた。
幼女が苦手とするはずのピーマンが描かれていた。
ピーマンが描かれていたのだ。
主人公(なぜだ……!一体何が目の前で起きている……!あれは学習だとでも言うのか……!)
絶望に立ち尽くしていると、にわかに幼女が振り向いた。
柔らかい髪を揺らして振り向いた。
幼女「あ!」
そして目が合った。
主人公「は……!」どくん
幼女「今ね。ピーマンのお勉強してるの!」みて
幼女はそう言って絵本を掲げて見せた。
これで間違いなく、幼女が学習していることが判明した。
幼女は続けて、絵本を閉じて表紙を主人公に見せた。
主人公「モッタイナイオバケ……!」
貴様か、貴様の仕業か。
幼女はピーマンも苦手だがオバケも苦手だ。
ピーマンを残せばモッタイナイオバケがやって来ることを両親から学んだに違いない。
そのうえ、モッタイナイオバケまで攻略しようと、わざわざこの絵本を選び取ったのだ。
学習能力、向上心、なにより立ち向かう勇気。
どれもが主人公の中にある五才児という一般常識を超越して覆した。
主人公「どうしたって勝ち目がない……」ときとき
幼女の涙ぐましい努力に心が惹かれる。
それは萌でありトキメキに等しい。
幼女「ピーマン食べれるようになったらね、モッタイナイオバケはこないんだって」
主人公「攻略済み……!」どきっ
心臓を鷲掴みにされた。
恐怖を乗り越えた幼女は恐怖を支配する小悪魔といっても過言ではない気がする。
見た目は天使で中身は小悪魔なのだ。
とにかく、ヤバいということは絶対的な事実だ。
幼女から弱点がなくなった。
幼女「あとね、お勉強もしてるんだよ」
言われて、もう一冊、絵本が机に置かれていたことに気が付いた。
絵本を読んでいるときは下に隠れ、今は幼女の体に隠れて牙を潜めていたのだ。
その鋭い牙が剥き出しになる。
主人公「や、ま、と、こ、と、ば」
我が祖国の言葉である長兄の基礎を学んでいたのだ。
ちなみに大和言葉の次兄がカタカナになり、続いて妹が絵文字になる。
主人公「どこまで読めるのかな」ときとき
本棚にもたれかかるようにくずおれてきく。
幼女は指折り数えながら自信満々に答えた。
幼女「あ、か、さ、た、な、は……まで!」
主人公「半分以上だと……!」びくっ
幼女「お利口さんでしょう!」にこっ
主人公「偉いね」ずきゅーん!
主人公は完全に参って、ふらふらと図書館を出た。
そして樹木を囲むように設置されたベンチに身を投げる。
主人公「子供の成長て凄いなあ……」
娘は学習しているだろうか。
今は何をしているだろうか。
はやく電話したい。
主人公は遠く東の都、桜宮にいる娘に思いを馳せる。
ミス「平気ですか。任務は継続出来ますでしょうか」
主人公「はい。もちろんです」
ミス「では気を付けてください。カメラの映像では、幼女がそちらへ接近しています」
主人公「なに!」ガバッ
ミス「直ちに身を潜めてください」
主人公「アニメイツ」
素早く木陰に身を隠す。
間もなくして幼女が図書館から陽気に出てきた。
それから真っ直ぐに駐輪場へ向かう。
次の目的地へ移動するようだ。
ミス「両親より最新情報が入りました」
主人公「何でしょう」
ミス「幼女はお弁当を所持しています」
主人公「とすれば……次の目的地は公園か!」
ミス「そうなるでしょう。しかし、正午までまだ二時間余りあります」
主人公「遊具を弄び時間稼ぎをするつもりですね」
ミス「それだけではありません」
主人公「と言いますと」
ミス「景色を望みながら食事することを決めているようです」
主人公の時計に本部より画像が送られてきた。
立体的に映し出されたそれは、幼女が自ら書き上げた可愛いイラスト付きの予定表だった。
主人公「これは、まさか計画されたお出掛けだと言うのですか!」ときとき
ミス「私達はどうやら彼女を甘く見すぎていたようです。彼女は脅威的に成長しています」ときとき
主人公「なな……!時間まで書いてあります!」ときとき
ミス「今日、何か気付くことはありませんでしたか」ときとき
まぶたを閉じれば朝から今までの幼女との戦いが激しくフラッシュバックする。
その中で一つの真実を見つけ出した。
主人公「……肩掛けカバンに腕時計が巻かれていた?」
ミス「グッド」
主人公「おかしい。やっぱりあまりにおかしい。幼女がここまでお利口さんなのはあり得ることなのでしょうか」
ミス「現実にあり得ています。学習能力も含めて、これらは疑う余地なく、ご両親の親心と彼女の探求心が一体となって育んだ成長です」
主人公「幼女……無限の可能性を秘めた未知の存在だ」
ミス「幼女の父親でもそう思いますか」
主人公「彼女は娘とはタイプが違います。万能に魅力的なのは間違いなくうちの娘でしょうが、努力を才とするのは彼女です」
ミス「なるほど。良い参考になります」
主人公「いえ、とんでもない。幼女が移動を開始しましたので早歩きで追跡します」
ミス「お願いします」
幼女は遠くに見える山を目指していた。
道を知らぬ彼女でも、あれだけ大きな目印があれば行き着くことが可能だろう。
しかし、帰りはどうするのだろうか。
モヤモヤした不安を振り払えないまま早歩きを続けた。
幼女「がおー」きこきこ
幼女は、幸いにも信号のない住宅街を進み続けた。
途中に短い横断歩道がいくつかあったが、彼女は左右をしっかりと確認することが出来た。
真剣で細かな気配りがまた愛らしい。
やがて、道が坂になった。
幼女「んしょ、んしょ」
幼女は苦戦して、仕方なく三輪車を引いて歩き出す。
相棒「わざわざ山道に入らなくとも途中に公園がある。すぐそこだ」
主人公「遅かったな」
相棒「カップ麺の完成におよそ三分は無駄にした」
主人公「朝飯は一緒に食べたろう。よく食べるな」
相棒「今日はやけに腹が空く。体が無意識に激斗に備えているのかも知れない」
主人公「考えられる」
相棒「ほら、受け取れ」
主人公「うわ……赤蝮汁百㌫スッポングミだって……」
相棒「残りの金で買った。お前も腹に何か入れて元気を補充しろ。このまま長期戦になるんだろう」
主人公「公園では遊びと食事が予定されている。その帰りには駄菓子屋、そして帰宅までお見送りになるからそうなる」
相棒「トキメキを蓄積させないようにしよう」
主人公「そうだな」
勾配を上がりきったところで右に曲がる。
住宅街の奥に、大きな公園が見えた。
相棒「くそ、リュックが重い……」
主人公「相棒。あなたには分かるか」
相棒「んえ?」
主人公「幼女はここまでの道を完璧に記憶している」
相棒「そうだな。来て間もないにも関わらずだ」
主人公「そうだ」
ミス「それは三輪車に音声ナビを搭載したからです」
主人公「ああ、ナビを」なるぽん
ミス「迷子は幼女を精神的に追い込み、危険な状況を引き起こしかねません」
相棒「ふぇぇぇん現象……」
ミス「そうです。幼女が大泣きすれば、最悪、再びそれが発生する可能性は大いにあります」
相棒「鳥肌が立った……」ぞぞっ
主人公「幼女の駐輪を確認。突入します」
二人は公園内へ突入する。
樹木の多い森林公園だ。
相棒「幼女はどこだ」
主人公「きっと奥のアスレチック広場だ」
二人は散歩道を避けて、あえて茂みを掻き分けながらアスレチック広場へと向かった。
アスレチック広場には体を使う遊具が幾つもあり、その中でも特に有名なのが、長い長い滑り台である。
その長さ、およそ六十二㍍もある。
幼女は、一生懸命にてっぺん目指して歩いていた。
相棒「幼女の体力が心配だ」
主人公「今は好奇心に突き動かされて活動している。問題は好奇心が尽きて、遊びにも飽きた時だ」
相棒「お弁当……」
主人公「そうか……その為のお弁当か!」
相棒「やられたな。こっちはグミで凌がなければならないのに、向こうはお母さんの愛情が添加された手作り弁当ときた」
主人公「ミスリーダー。お弁当の配達は可能でしょうか」
ミス「いいえ」
相棒「どうして!金ならいくらでも払います!」
ミス「あなた達は幼女の身に何かあったとき、迅速に対応しなければなりません」
相棒「それは……そうですけど!」
ミス「もし目の前で幼女が転んだ場合、あなたはとっさに対応出来ますか」
相棒「えと、まず弁当を置いて、救急箱は必要ですよね、それで」
ミス「はいダメです」
相棒「わかりました。諦めます」
主人公「あ!ころんだ!」
幼女「ふぇ……」くすん
ミス「さあ、どうしますか」にやり
相棒「駆けつける!」たたっ
主人公「待て!無茶だ!」
相棒「自分の命よりも優先すべきものがあるだろう!」
幼女「なに!」びくっ
相棒「父親のお前なら分かるはずだ!」
主人公「……ふっ。まさか、あなたに気付かされるなんて。さすが僕の相棒だ」
相棒「だあいじょぶふぉ!!」ずしゃあ!
幼女「どうしたの!」びっくり
主人公「あちゃー。自分が先に倒れちゃ面目ない」
相棒は背負っていたリュックをなんとか降ろして、震える手で中から水の入ったペットボトルと救急箱を取り出した。
相棒「ほら、足を見せて」どきどき
幼女「うん」
幼女は両足を伸ばして、地面にちょこんとお座りした。
相棒「右膝を擦りむいてるな」どきどき
幼女「ここ痛いの」
幼女は涙目で傷を指差す。
相棒「ちょっと染みるけど我慢してね」にこっ
水を優しくかけて、ガーゼで残った砂利を十分に拭き取る。
幼女はぎゅっと目をつむって口をつぐんで耐えている。
その苦痛から解放してやるために、最後に大きめの創傷被覆材を貼ってあげた。
相棒「これでよし」
幼女「ありがとう、おじさん!」なでなで
その様子を眺めていた主人公は感心した。
幼女が苦手な相棒がマニュアル通り立派に介抱してみせたのだ。
相棒も成長している。
僕も負けられない、そうも思った。
幼女「がおー」とてとて
幼女は元気を取り戻して歩行を再開する。
一方で相棒は沈黙したまま地に伏している。
主人公「相棒?相棒……!」たたっ
慌てて駆け寄る。
相棒は満面の笑みでキュン死にしていた。
主人公「ミスリーダー!至急、救急車の手配を願います!」
ミス「どうしたの!」
主人公「相棒が……キュン死にしました」
ミス「そ、そんな……嘘でしょう」
主人公「はは、こいつとても幸せそうな顔で眠っていますよ」
ミス「何があったのですか」
主人公「相棒は最後に幼女に頭を撫でられていました。その近接攻撃が致命傷となったのでしょう」
相棒「名誉の負傷てやつだ」
主人公「相棒!生きているのか!」
相棒「へへ、こんなところで死んでたまるかよ」
主人公「そうだ、生きろ。あなたにはまだまだ任務をこなしてもらわなければ困る。僕は一人じゃあ戦えない」
相棒「止せ、おっさんが気色の悪い」てれ
主人公「すまない」ははっ
相棒「いいから行け。幼女は直に滑り降りてくる。上より下で待つが早いだろう」
主人公「わかった」
主人公は相棒を引きずって、脇の草原に寝かせた。
犬の糞が彼の左肩に押し潰されたが、今の状況では、どうでもいいくらい些細なはずだ。
何も見なかったことにして背を向け走る。
相棒「おん、くっせ、うぼぉえ!」
主人公(もうすぐ救急車が来る。それまで頑張れよ!)
幼女「わー!」ひゅー
主人公の傍らで幼女が流星になる。
主人公「はやい!」
主人公が下に着くと、もう幼女は登りはじめていた。
幼女「がおー!」とてとて
主人公「冗談だろう!」どきん!
幼女は無邪気に、それでも意地悪に主人公を追いかける。
主人公は幼女の魅力のせいか、または長い早歩きのせいか、とにかく膝が疲れていた。
リュックを捨てて逃げることを優先する。
主人公「ひい……ひい……」よたよた
幼女「が……お?」
と、幼女が草原で気を失う相棒に気付いた。
主人公「しまった!」
引き返すか迷う一瞬。
幼女「うぇ……」たじたじ
犬の糞が相棒を守ってくれた。
ところが安心は出来ない。
彼の次は主人公だ。
このまま全滅しないよう逃げ切らねばならない。
主人公「うおおおおお!!」のしのし
厳しい訓練を思い出して、まだやれると足を叱咤激励する。
すると足は応えてくれた、四股を踏むように歩いて幼女を引き離したまま頂上へ着いた。
幼女「がおー」とてとて
幼女目前。
主人公「うへえ……」
眼下にグネグネと伸びる長い滑り台の先に思わず目がくらみ足がすくむ。
しかし、迫る幼女の足音が彼の勇気を奮い立たせた。
主人公「おっほう!」ひゅー
意外にも楽しいが、意外にも大人の体には窮屈で半端なところで引っ掛かってしまった。
そこへ、幼女が背後から急接近する。
幼女「がおー!」ひゅー
主人公「事故になりかねない!くそ!」
主人公は必死に尻を動かし、手を使って体を前に押し進めた。
効果あって好調に滑り出す。
主人公「よし!」ひゅー
ギリギリ先行して地に到着した。
ほんの少し遅れて幼女も滑り降りた。
主人公「またか!」どきっ!
幼女「がおー!」とてとて
この命のやり取りが繰り返し三度続いて、幼女は無尽蔵の体力で他のアスレチックへ進攻した。
主人公「ひい……ひい……」
ミス「休憩を認めます。水分補給をしっかりして、引き続き遠くから幼女を見守ってください」
主人公「ひい……ひい……」
ミス「救急班、今なら彼の回収が可能です。急ぎ回収をよろしくお願いします」
主人公「やっと来たか……」
ミス「幼女が滑り台を占拠していたので現場待機していたのです」
主人公「そゆこと……ふう」
ミス「落ち着きましたか」
魔法瓶に入った冷たい氷水をグイッと喉から腹へと注ぎ込んで口元を袖で拭った。
うまい!
主人公「任務に戻ります」しゃきっ
ミス「くれぐれも無理はなさらないでください」
主人公「アニメイツ!」ビシッ
木陰から幼女を見守る。
幼女は網の橋を踏破したところだった。
続けて入り組んだ要塞のような遊具に挑む。
幼女「んしょ、んしょ」
登って、鋼のトンネルを突き進む。
幼女「ふう……」ちょこん
そこでひと休憩挟んで。
幼女「がおー!」ひゅー
曲がりくねった滑り台を往く。
幼女「うーん……」
ここで苦戦。
目前のロープでシャーする遊具とにらめっこしている。
どうやら次にあれを弄ぶつもりらしい。
ふと、幼女が何かを探すように辺りをキョロリキョロキョロと体ごと見回す。
主人公「幼女は何かを探しているようです。一体何でしょうか」
ミス「あなたです」
主人公「!」
心臓が跳ねるように高鳴った。
主人公「狙いは僕……ですか」
ミス「幼女が一人でロープに股がりシャー出来ると思いますか。いえ、それは不可能です」
主人公「彼女を抱いてシャーさせろと僕に言い付けるおつもりですか」
ミス「これは命令です。御両親からも指示が下りました」
御両親からの指示は組織の権力を上回る絶対的で強制的なものである。
この世で最も権力があり、効力があるといっていい。
主人公はそれを誰より知っている。
主人公「いくら人がいないとは言え、簡単に引き受けるわけにはいきません。まだ娘を残して死ぬわけにはいきませんから」
ミス「死は前提ではありません。私の部下である限り、あなた達を故意に死なせるつもりは微塵もないことを断言します」
ミスリーダーは語気を強めて言った。
残酷な過去を省みて、それでも強く生きようと決めた覚悟を話してくれたあの日のように。
ミス「いかなる任務も生きての完遂が当然です。そしてこれは、あなただからこそ頼めることです」
主人公「僕だからこそ?」
ケツ「組織との関わりもあり、幼女の父親である主人公なら、幼女に対する技術、幼女への耐性、幼女と接する信頼、その全てが他より遥かに優れて保証されます。御両親も特に信頼を寄せています。つまり、適任なのは主人公しかいません」
ミス「これが我々の導き出した結論と最適な解です」
主人公「それで、わざわざ親娘をより遠くに引き離してまで僕はここへ召喚されたわけだ」
ミス「今さらで、これは私事になりますが、無理を言い付けるつもりはありません。断って頂いても結構です。責任は私が負います」
幼女は退屈そうに赤いロープをぺちぺち叩いている。
主人公「そこまで信頼され、期待されて、まさか断れるわけないじゃないですか。それに、責任くらい自分で取れます」
幼女は駆け寄る主人公に気付いた。
ロープでシャー出来るの、という瞳から弾ける希望を主人公はしかと受け取った。
主人公「主人公!行きまーす!!」
ミス「ありがとうございます……!」
主人公は意を決して幼女の柔らかく軽い体をふわっと抱き上げた。
片腕で彼女を抱いて、空いた手でロープがシャーしないよう引き寄せて留める。
そして、ロープで結ばれたプラスティックボールの上に彼女を、ちょん、と慎重に乗せてあげた。
幼女「ちょっと怖い……」うるうる
主人公「大丈夫だよ」ときとき
主人公はロープを掴んだまま幼女と並走した。
彼女が落ちないよう体を支えて同時にシャーの加速度を調整する。
なお、赤いロープのシャーによる爽快感が損なわれないよう全力で走った。
幼女「もう一回!」
幼女は嬉しそうにシャーを催促する。
主人公はあと数回は耐えられるか自分の筋肉に聞いた。
主人公(おい、僕の筋肉。君はまだやれそうかい)
上腕二頭筋はピクリと動いて答えた。
残るはトキメキの問題だ。
主人公の体は感覚を失いつつあった。
このままシャーを続ければ脱力して幼女を怪我させかねない。
腕に巻いたデジタル時計をチラッと見る。
時刻は十一時を越えていた。
少し早いが、なんとか昼食に切り替えられそうだ。
主人公「よし、もう一度だ!」ときとき
幼女「やったー!」
結局、八周して限界を迎えた。
体がヘチマのようにスカスカになって、胸が苦しくなるほどのトキメキに息が詰まる。
主人公「ごめん……もう限界だ……」どきどき
幼女「大丈夫?」
主人公は頷いて、腕時計を指で二度叩いて合図した。
幼女はカバンを置いたベンチに飛んで向かい時刻を確認した。
お昼だと気付いたようだ。
ともかく、主人公はその隙に茂みへ避難する。
主人公「リュックを取りに行っても構いませんか」
ミス「幼女は菜花を摘みに向かいました。行くなら今のうちです」
主人公「アニメイツ」
主人公が急ぎ足で往復すると、幼女は御手洗いからハンカチで手を拭きながら出てきたところだった。
主人公はハンカチどころかタオルまで忘れたことに気付いた。
気にせず、幼女が展望広場へ向かうのを見届けたら、さっと御手洗いへ潜入して用を足して手を洗った。
濡れた手は服で拭いてやった。
主人公「幼女は展望広場へ移動。視認、レジャーシートを敷いて景色を望みながらの食事に入りました」
ミス「では、あなたもしっかり休んでください。まだ後半戦が残っていますので」
主人公「後半戦か……。アニメイツ」
主人公は相棒から貰ったグミを一つ手に取って口に放り込んだ。
栄養ドリンクに辛味と酸味を複合したような身の毛もよだつ雑味が口から鼻へ吹き抜けた。
モギモギした弾力で噛みきることも難しい。
主人公「不味い……!だがもう一個!」
主人公は体力の回復を優先してあっという間にグミを平らげた。
目がさりげなくギラついて興奮が見るからに高まる。
主人公は空気椅子に姿勢よく座って、双眼鏡で幼女の食事が終わるのを観察した。
幼女「ごちそうさまでした」
しばらくして、幼女がハンカチでお口を拭う。
幼女はお弁当もデザートのリンゴも残さずに食べ終えた。
ちゃんとお片付けして、砂をはらってレジャーシートを丁寧に畳んでみせた。
主人公「さすがだ。あれはそう簡単に出来るものではない」
お片付けの後、幼女はすぐに移動する。
駐輪場へ向かう。
ここで、一抹の不安が浮かんだ。
主人公「ミスリーダー。帰りは下り坂になっています」
ミス「こちらも承知しています。引いて下りるにしても難儀することでしょう」
主人公「先回りして下までおろします」
ミス「大切な三輪車を失ったと勘違いしないよう、必ず幼女の視野に留まってください」
主人公「アニメイツ」たたっ
小さな三輪車は引いて下ろすのが大変だった。
そこで主人公は両手で抱えることにした。
遅れて幼女が来ると、手を振って坂を下る。
幼女「がおー」とてとて
幼女がいつ本気で背中に食らいつくかも知れない緊迫した状況の中で、主人公は時間をかけて見事に三輪車の運搬の任を果たしてみせた。
幼女「ありがとう!」
主人公「帰りも気をつけて」ときとき
幼女「はーい!」
幼女は三輪車をこぎだした。
とりあえずひと安心、信号のある横断歩道まで早歩きで追跡する。
が、その道中。
想像もしなかった非常事態が起こる。
主人公「ミスリーダー!ドローンの映像を確認してください!」
ミス「あれは民間人!?」
ケツ「商店街で駄菓子屋を営む老夫婦です」
ミス「彼らは避難したはずです!」
ケツ「各員が何重にも確認はしました。恐らく、避難所より抜け出したと考えられます」
ミス「監視の厳しい避難所からどうやって」
主人公「多分、皆の気が緩むお昼時に抜け出したのでしょう。食事が外部から運ばれて来ますし、逃げる機会は多くなります」
ケツ「彼らの避難する公民館の駐車場に設置された監視カメラに二人らしき影を確認。さらに食料運搬用トラックの車載カメラに腰を曲げてこそこそと過る二人の姿を確認。間違いなく二人は脱走しました」
ミス「やられました。これは、お出迎えです」
主人公「まったく、この町の商店街の人は人情に溢れている!」
ミス「とにかく二人の救出を優先してください」
主人公「もう間に合いません!」
ミス「それでも何とかお願いします!」
主人公「ええい、ままよ!」
主人公はリュックを捨てて、遠く電柱から飛び出して地を乱暴に蹴り飛ばす。
じいさん「こんにちは、すずりちゃん」
幼女「誰?」くびかしげ
ばあさん「駄菓子屋のおばばばあ!!」すぽん
主人公「婆さんの入れ歯が飛び出しました!トキメキによるものでしょう!」
じいさん「婆さんや!しっかりせい!」
爺さんが倒れる婆さんの体を支える。
二人は一緒になって小刻みにプルプルしている。
二人の体がコンクリートに叩きつけられる悲劇まで一分もない。
ばあさん「爺さんや、後のことは頼みましたよ」
じいさん「婆さんや、わしを置いて逝くな!」
主人公「その通りです。あなた方の思いやりを悲しい結末にはさせない」
間に合った。
主人公は息を切らしながら婆さんをおぶって言った。
爺さんの方はまだピンピンして平気らしい。
トキメキが訪れる前に避……。
じいさん「か、体が動かんぞ。あれおかしいな」
主人公「ピンピンして固まった……!」
ミス「何ですって……!」
このままでは心臓の弱い二人は簡単にキュン死にしてしまう。
乗り切る方法は一つしかない。
主人公「二人に構わず先に行くんだ!」
幼女「でも……」ちら
主人公「いいから行くんだ!」
主人公に圧倒されて、幼女は大きな道路に沿って歩道を直進する。
このまま真っ直ぐ行けば、斜めに商店街の入り口がある。
ばあさん「ご迷惑おかけしてすみません」
とりあえず一難去った。
二人の体は震えるのを止めて、心も平静を取り戻す。
主人公「無理してはいけません。我々が、この町の皆々様方の思いを全て背負って戦っています。だから幼女のことは、どうか我々にお任せ頂きたい」
ばあさん「分かってはいるんだけれどねえ」
じいさん「なぜじゃろうな。どうも分からんが、心がうずいて勝手に体が動いてしまうわい」
主人公「それはまるで、ラフレシアに誘われる羽虫のようだ」
じいさん「はあ?」
主人公「失礼。ただの例え話です」
じいさん「のう、お前さん」
主人公「何でしょう」
じいさん「どうかお願いじゃ。わしらに真心を込めた手作りの菓子を売らせてくれ」
ばあさん「どうかお願いします」
手を擦り合わせて頼む老夫婦。
お年寄りにこうも懇願されては無下にすることもできない。
ミス「あなたの頭にある考えは、きっと、とても愚かな考えです」
主人公「はい。肉屋の一件と同じ過ちを繰り返すことになるでしょう」
ミス「でも、相手の志を尊重するのは人として立派な心構えです」
主人公「行きましょう」
老人の足が一歩、前に出た。
じいさん「よし行くぞう!」
ばあさん「ありがたや。ありがたや」
そうは言ったものの二人をキュン死にさせるつもりはない。
過ちを繰り返しはしない。
幼女だけではない、大人にも学習能力はあるのだ。
主人公「幼女の様子はどうですか」
ミス「菓子を見比べて迷っています」
主人公「その迷いは、こちらにとっては嬉しい猶予だ」
じいさん「急ぐぞ」
主人公「いえ、無理をしては」
じいさん「毎晩歩いておる。じじいをなめるんじゃない!」
爺さんは前歯を数本ぐらつかせるほどそう叫んで、パワフルにエンジン全開で歩を速めた。
これはトキメキの興奮による一時的な作用に過ぎない。
エネルギーが尽きる前に辿り着かねばならない。
主人公は、しかし焦らないよう努めながら急いだ。
幼女「んー。おいくらでしょうか」
無事に到着して裏口から店内へ入ると、幼女が独り言を呟いて悩んでいるのが確認出来た。
まだ、計算はできないらしい。
ミス「好きなものを五つと言いつけられています。それよりも心配なのはお二人の方です。容体はどうですか」
主人公「おじいさんの方は居間でくたびれています。おばあさんが代表して店に立つ予定になりました」
ミス「何か作戦はありますか」
主人公「はい。それもとっておきのものがあります」
ミス「期待します」
ばあさん「アニメイツ」
主人公「お戯れはよしてください、僕も怒るときは怒りますよ。これは公的なお仕事なんです」
ばあさん「あなたはそれほど、このお仕事に誇りを持っていらっしゃるのね」
主人公「そうです」
ばあさん「力を合わせて頑張りましょう。あなたに迷惑は掛けないと約束するわ」
主人公「頼もしいです。アニメイツ」
満を持して、婆さんが暖簾をくぐって店に立つ。
主人公は二人羽織りスタイルで婆さんの目を手で塞ぐと背中にへばりついた。
幼女「何してるの」くすくす
予想していた反応だ。
答えることなく台に構えて婆さんに指示を出す。
ばあさん「好きなもの五つ選びましたか」
幼女「これ!」
幼女は駄菓子を二つに和菓子を三つ、台の上に広げた。
視界を奪われたはずの婆さんが慣れた手つきでそれらを紙袋へ仕舞う。
幼女「おいくらでしょうか!」
幼女は千円札を台に置いてきいた。
視界を奪われたはずの婆さんはハッキリと五百八十円になりますと答えた。
何十年とこなしてきた婆さんの仕事っぷりは天晴れだった。
主人公「くっさ」
ここで、婆さんのすかした屁から逃れるように羽織から離脱する。
婆さんは決まりを守って、顔面を梅干しに変えて目を閉じる。
幼女はこの命がけの作戦を、幼児向けバラエティ番組でも見ているのと同じに笑って楽しんだ。
主人公「千円か。お釣りは四百二十円だな」
婆さんから千円を受け取って、台から顔を出すことなく、その下の収納スペースからクッキーのブリキ缶を引き出して小銭を用意する。
幼女「後ろで何してるの」うずうず
ばあさん「お店の裏側は覗いちゃいけないよ」
幼女「うん。わかった」
ばあさん「偉いね。じゃあ、もう一つお菓子を取っておいで」
幼女「わーい!ありがとう!」
主人公は、今のうちにお釣りを台の上へ広げた。
婆さんは幼女が持ってきたオマケも袋へ仕舞って、また来てね、と最後まで優しく幼女を見送った。
主人公「任務完了!犠牲者なし!」
ミス「ふう……よくやってくれました」
主人公「お婆さん、ゆっくり奥で休んでください」
ばあさん「ありがとう。このお礼は後でするからね」
主人公「そのお心遣いだけで十分です。では、またいつか」
ばあさん「行ってらっしゃい」
主人公も婆さんに優しく見送られて店を出た。
それから幼女を追跡して、信号での支援も怠らず、最後まできちんと送り届けた。
主人公「清々しい気分だ。彼が元気なら……」
ミス「彼なら元気です。耐性の向上もあってか、今までになく早期回復しました。こちらへ真っ直ぐに帰宅するそうです」
主人公「おお、そうですか。良かった」ほっ
ミス「あなたもはやく帰ってきてください。今日はご馳走にしましょう」
主人公「わーい!」
主人公は無邪気に喜んで帰宅したら鼻歌を歌いながらシャワーを浴びてさっぱりした。
風呂上がり、窓の外の暮れゆく夕陽を見ていると、愛しさと切なさが込み上げてきた。
主人公「もしもし?娘に代わってもらえますか?」
たまらなくなって娘のところへ電話を掛けた。
いつまた一緒に暮らせるだろう。
いつこの戦いは終わるのだろう。
不安と焦燥を隠して娘と会話を重ね、明日にでも会えると信じて、彼は名残惜しく電話を切った。
主人公「チャイム?」
主人公が玄関のドアを開けると、割烹着を着たままのミスリーダーが立っていた。
ミス「電話が繋がらなくて直接迎えに来ましたが、まず服を着てください」
主人公「これはパンツ姿で申し訳ない。すぐに着替えてそちらへ伺います」
ミス「お待ちしています。あ、そうだ。こちらをお渡ししなくては」
ミスリーダーは慌てて紙袋を主人公に手渡した。
主人公「何ですかこれ」
ミス「あの駄菓子屋さんからです」
主人公「ほぼ和菓子屋さんに思えましたけど」
ミス「駄菓子屋さんです」
主人公「分かりました覚えておきます。ところで、これを食後にみんなで食べることにしませんか」
ミス「え?」
主人公「みんなで力を合わせて任務を完遂したんです。一人でも欠ければ成功しなかった。だから、これはみんなで頂く労いです」
ミス「ふふっ、そうですね。では、せっかくですからみんなで頂きましょう」
主人公「アニメイツ!」
彼らはこの日を境に、さらに一致団結して任務をバリバリこなしていった。
一日、一週間、そして一月が瞬く間に過ぎた頃。
幼女にやっと慣れてきた彼らに新たな試練が立ちはだかる。
自分を磨きあげ魅力を増して進化し続けるキュートタイプの幼女、清里すずり。
臆病に縮こまる姿が庇護欲を掻き立てるアンイージータイプの幼女、七種しあや。
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雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!
コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。
性差とは何か?
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
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裏路地古民家カフェでまったりしたい
雪那 由多
大衆娯楽
夜月燈火は亡き祖父の家をカフェに作り直して人生を再出発。
高校時代の友人と再会からの有無を言わさぬ魔王の指示で俺の意志一つなくリフォームは進んでいく。
あれ?
俺が思ったのとなんか違うけどでも俺が想像したよりいいカフェになってるんだけど予算内ならまあいいか?
え?あまい?
は?コーヒー不味い?
インスタントしか飲んだ事ないから分かるわけないじゃん。
はい?!修行いって来い???
しかも棒を銜えて筋トレってどんな修行?!
その甲斐あって人通りのない裏路地の古民家カフェは人はいないが穏やかな時間とコーヒーの香りと周囲の優しさに助けられ今日もオープンします。
第6回ライト文芸大賞で奨励賞を頂きました!ありがとうございました!
恋するジャガーノート
まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】
遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。
クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。
対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。
道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。
『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』
シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、
光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……?
ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ──
三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける!
「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください!
※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。
※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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