星飾りの騎士

旭ガ丘ひつじ

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大切な妹に幸あれ

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迷宮をさ迷い、やがて、目的地らしき部屋へと辿り着いた。
松明が並んでも奥が暗闇に霞むほどに広い。
床には土器や石器に装飾品、そして赤い人骨らしきものが埋め尽くすように散らばっていた。

「赤い骨……これ何だっけ」

「それは、亡くなった人に塗った、鉱石から作られた顔料の影響よ。ここは、儀式に使われた部屋みたいね」

「ああ、思い出した」

「きっと、全部が生け贄とは限らないよ」

「歴史的には、人間の生け贄はほとんどなかったんだよね」

「うん」

「それにしても。どうしてこんな部屋が……」

「儀式が行われるのかしら」

「僕の葬儀ってこと?」

さすがにその一言はまずかった。
アレッタは息を吸って静かに怒りを吐いた。

「やめて」

クレイドは素直に謝ることにした。

「ごめん……」

と、部屋の奥から人影がこちらへ歩いてくる。
次第に姿が見えてきた。
頭に髪飾りを付けて民族衣装を着た女の子だ。
瞬間、騎士が彼女の名前を叫んだ。

「ルディア!」

彼女は名前を呼ばれて立ち止まり、おもむろに顔を上げた。
瞳は虚ろで、まるで元気がない。
返事を待たずして騎士が駆け出す。
しかし彼の行く手を阻むように、赤い人骨がカタカタと組み上がって、間もなく軍をなした。
その最後、彼女の隣へ豪華な装飾品で自身を派手に着飾り、翡翠の仮面を被る特別な人骨が現れた。
その骸の王は手に血を固めて作ったような深紅の槍を持って、その鋭い先を彼女の喉元へ突きつけた。

「ひどい!人質のつもりね!」

アレッタが声を荒らげた。
前に出ようとする彼女を騎士が制する。

「僕に任せて」

「でも、人質にとられているのよ」

「分かるんだ。あいつの狙いは僕じゃない、ルディアだ」

「どういうこと?」

騎士はハルバードの刃を手前の敵に引っ掻けると、そのまま力任せに引き寄せ盾で叩き砕いた。

「分からない。とりあえず、周りの邪魔者を片付けることにするよ」

言って走り出す。
敵は黒曜石のナイフを隠し持っていた。
各々それを以てして畳み掛けるように攻めてきた。
騎士は囲まれないよう猛進して激しく武器を振るう。

「敵が多すぎる。いっそ敵の上を駆け抜けるか、いや、後にルディアまで囲まれてしまう駄目だ」

騎士が悩んで苦戦する一方でアレッタは焦れったくて仕方がなかった。
何でもいい。ルディアを救う手助けがしたかった。
ふと、騎士に倒された敵が落としたナイフが目に入る。

「がんばれ私!」

アレッタはそれを拾うとすぐ、まっしぐらに敵に立ち向かった。

「アレッタ!?」

「やあ!」

背後からひと突き。
短剣は敵のアバラの隙間に通った。

「あらま……」

騎士がとっさに敵を切り捨てる。
アレッタの手を引いて急いで離れた。

「ごめんなさい」

「これを使って」

「え?」

「ハルバードなら何とかなるだろう」

そうは言われても、さすがにこれは扱えないと返そうとしたが、騎士はもう敵と交戦を再開していた。
円形に変形した盾は輝く光輪となって、騎士の手から投げ放たれると次々に敵をなぎ倒してゆく。

「凄いなクレイドは……私なんて」

その言葉に待ったをかけるように、ハルバードから全身へと力が湧き出すのを感じた。
重いはずの武器が軽く感じる。
それによく手に馴染むことに気付いた。

「これはもしかして私の、ううん、地球の力かしら」

瞬き応えて、ハルバードが紺碧のレイピアへと形を変えた。
騎士の様子を伺うと、キリなく再生する敵に苦戦していた。
砕いても砕いてもしばらくして、すっかり元に戻る。
アレッタはとにかく武器に意識を集中した。

「今度こそ……やあ!」

アレッタがレイピアを突き出すと、その先から逆巻く水流が直線を描いて放出された。
それは敵を粉々に散らして一本の道を切り開いた。

「ルディア!アレッタが道を切り開いてくれた!」

騎士が叫んだ。
ルディアの瞳に僅かに光が灯る。

「おいで!ルディア!」

アレッタの呼び掛けに、ルディアはようやく動いた。
骸の王は離れ行く彼女の背中をただ見ている。
追いかける様子は全くない。

「お兄ちゃん!」

ルディアはクレイドに飛び付いた。
兄は妹を愛のままに思いっきり抱き締めた。

「久しぶりだね。また会えて嬉しいよ」

「私もだよ。お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃん!」

彼女は泣いて笑った。
彼は優しい目で見つめながら、髪を柔らかく撫でてやった。
そんな兄妹の和やかな再会も、敵はお構いなしに臨戦態勢に入った。
ジリジリと二人に詰め寄る。
アレッタはすかさず、二人を背中に敵の前に立ちはだかった。

「二人とも。ここは私がなんとかする」

クレイドは名残惜しそうにルディアから離れてアレッタの隣へ立った。

「ありがとう。でも、二人なら早く片付くから問題ないよ」

ルディアは二人の姿を嬉しそうに見守る。
あの懐かしい、素晴らしい日々のように。

「君はこの骸骨達をどうにかしてくれるかい」

「うん。ルディアのことは私が守るから安心して」

「君になら心から任せられるよ。僕は、奴と決着をつける」

作戦は決まった。
騎士は敵の頭上を駆け抜け、最短距離で敵の親玉を目指す。
骸の王はおもむろに下がって暗闇の中へ消えた。
騎士は速度を上げてそれを追った。
アレッタは彼を見送って、敵に向き直った。
水流で前面の敵をなぎ払い、続けて、天井にまで達する大波を起こした。
敵の大半がその激流に飲まれて崩れた。

「アレッタお姉ちゃんすごいね!」

「そうかしら」

アレッタが答えて振り向いたとき、彼女はまた、ルディアの心に滞る切なさを見透かした。
いくら元気に取り繕っても、彼女にはなぜか分かってしまう。

「あなた、どうしたの?」

「え?」

ルディアの目が泳ぐ。
動揺しているのが目に見えた。

「何がそんなに不安なの?」

「私、何も不安じゃないよ」

「もっと甘えてくれていいのよ」

アレッタがそう言うと、彼女はすっかり沈黙してしまった。
アレッタの背後で敵が音を立てて動く。
彼女は振り向きざまにひと突き、そして流れるような動きで果敢に敵と戦う。

「せえあ!」

その折り、騎士は骸の王と対決していた。
騎士の投げる光輪を敵は槍で防いだ。
火花が散り、薄暗い室内へまだらに光を飛ばす。
敵は力任せに光輪を押し返した。
騎士はそれを磁力を利用してしっかりと手元へ引き戻し、体を捻ってもう一度投げた。
敵は槍を降り下ろして光輪を叩き落としてみせた。

「だったら……拳で挑むまでだ!」

騎士は超加速して敵の懐へ潜り込み、力任せに胴体を殴った。
その瞬間に電気が炸裂して敵は吹き飛んだが、槍を床に掛けて勢いを殺して着地した。
視線の先に騎士の姿はない。
背後の気配を察知して槍を払うも空を切った。
騎士は低い姿勢のまま敵の足を払って、加えてもう一撃、電気をまとわせた蹴りを食らわせた。

「まだまだあ!」

風の如く吹き荒ぶ騎士の猛攻が続く。
攻撃を放つたびに空気が震えて唸る。
敵はされるがままだ。
しかし、効果があるように思えない。
不気味に思った騎士は距離を取った。
様子を伺うと、敵はにわかに涙を流した。

「泣いているのか……?」

敵はさめざめと泣いている。
その姿は騎士の心をざわつかせた。

「クレイド!」

アレッタがルディアの手を引いて駆け寄る。
その後ろに敵の姿は見えない。
どうやら一段落したらしい。

「ルディア。ほら、お兄ちゃんに何か言いたいことがあるんじゃない」

ルディアは兄の顔をジッと見上げる。
そして何かを言おうとして、口をつぐんでしまった。

「どうしたの、ルディア」

ルディアは視線を移した。
その奥で敵が泣いているのを見て、観念したようにゆっくりと口を開いた。

「お兄ちゃんがいなくなってから不安なの。それから、やっぱり寂しい」

「不安?何が不安なんだい」

「お父さんとお母さんも、アレッタお姉ちゃんもいるけれど、でも一番近くにいたお兄ちゃんがいないのが、それがすごく不安なの」

それは、単にいなくなったことだけが不安というわけではなかった。
一番の拠り所を失った彼女は、死や未来といった漠然とした想像を含めて、無意識に深い不安を抱いていた。

「これから先のことも不安かい?」

「うん」

「今まで辛いことがあった?」

「うん」

「これからもそうなると思うかい?」

「うん……」

「ならないよ」

クレイドは断言した。

「君が諦めない限りならない」

「でも」

「寂しいって言ったね」

クレイドはルディアを抱擁する。

「慰めにしか聞こえないかも知れない。それでも、お兄ちゃんはいつだって君の側にいる」

「うん」

「それと寂しくなくなるくらい、楽しいことをたくさん見つけてごらん」

「楽しいことをたくさん?」

「そうさ。僕はね、アレッタのおかげで、何より君が生まれてくれて寂しくなかったよ。たくさん楽しいことが見つかったから」

「でも、叶わなかったよ」

「それは辛いことだ。だからって間違いじゃなかった。楽しかった!」

「楽しかった?」

「想像するだけでも楽しかった!それに全部は叶わなくとも叶ったことがあったじゃないか!君と出掛けたことや、君と遊んだこと、君と過ごした日々は素晴らしい時間だった!」

「私もだよ。お兄ちゃん」

「そうしてさ。楽しいことを重ねて笑っていてほしい」

「うん」

「君が僕に、僕たちに笑顔をくれたんだから君が笑わなきゃ。ね、アレッタ」

アレッタは笑って頷いた。
それは紛れもない事実だった。
どうやっても拭えない不安をルディアは簡単に消し去ってくれたのだ。

「アレッタお姉ちゃんがいつも笑って頑張ってるのは、そういうことだったんだね」

アレッタはルディアの手を取った。
両手でぎゅっと包んだ。

「ねえ、ルディア。私からもひとつ言わせて」

「なに?」

「あなたが苦しいと思う時は、いつだって頼ってくれていいし、甘えてくれてもいいのよ」

「それは……遠慮とか恥ずかしいのもあって」

「今さら何を言うの。そんなの、逆に私が寂しいよ」

「アレッタお姉ちゃん……」

「いつまでも、あなたらしくていいのよ」

「うん、わかった」

「ルディア。君の取り柄は何だっけ」

「元気だよ!お兄ちゃん!」 

ルディアのわだかまりが解けた。
絡まっていた決意の糸がほどけて、切り開かれた未来へまだ見ぬ夢を求めてピンと伸びた。

「ありがとう、お兄ちゃん!アレッタお姉ちゃん!」

彼女は続けてクレイドに頼み事をする。

「あの骨さんはきっと、私の不安とか悲しみなんかだと思う。楽にしてあげて」

「わかった」

騎士が動くと敵も動いた。
両者は同時に走り出して、先手を打ったのは相手。
突き出された槍を、騎士は体を回転させながら右手で掴み、勢いのままに左足で敵を蹴った。
槍を捨て、互いに拳で殴り合う。

「もっとだ!僕に想いをぶつけろ!」

騎士は受ける攻撃のひとつひとつに真心を込めて返した。
そのたびに電気が弾けて、少しずつ、敵の体にヒビが入ってゆく。
敵は嘆声を漏らして騎士の首を締めた。
足が浮いて息が詰まる。
その、ルディアの強い不安と悲しみを一心に受け止める。
騎士の体が乱暴に投げ捨てられ、敵は弱々しく槍を拾った。

「クレイド!」

アレッタがレイピアを投げ渡す。
片膝をついたまま、騎士はそれを確かに受け取った。
敵が武器を伸ばして倒れるように騎士とすれ違う。
それから一歩、二歩三歩と体を揺らして動きが止まった。

間があって、敵はサッと崩れて空中に儚く散った。

他の骸達も再生する気配はない。
こうして切ないばかりの戦いは決着した。

「お兄ちゃん、最後に言いたいことがあるんだ」

ふいに別れを切り出したルディアの体は透き通っていた。
もう消えてしまうらしい。

「なんだい」

それでも落ち着いて騎士はきいた。

「ずーっと大好き!!」

兄が最後に見た妹の泣き顔は笑顔に変わった。
恋しいけれど、とても清々しい気分だ。

「クレイド」

「僕なら平気だよ。これからも、妹をよろしくね」

「もちろんよ。私にとっても大切な妹なんだから」
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