いとしのチェリー

旭ガ丘ひつじ

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両想い

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時刻は夜七時を迎えた
親父は広場へ向かい、綾羽と合流して和食屋さんに入った
既に息子が席を取っていて、その隣には見知らぬ男がいた
体が大きくガッシリしている
それはどこか、かつての自分の姿に似ている気がした

向かいの人は誰だ?
お前の友達か?

当ててみ

矢庭に息子から挑戦的な問いが飛んできた
スーツを着ているところから見て、病院の方だろうか
いやゲーム会社の方だろうか
少しは考えてみたが見当がつかない
親父は、さっぱりお手上げ、と言うふうなジェスチャーを可愛く示して降参した

正解は本人の口から言ってもらおうか
どうぞ

こほん
お久しぶりです、孝一さん

え!俺のこと知ってんのか!
誰だ!?

しっ!黙って聞けよ!

息子が怒ってプリプリする
その向かいで謎の山男が口に手を当ててクスクスする
親父はますます混乱する

孝一さん
私ですよ

だから、分からんて

正解は吉江でした

え!

あなたの奥さん
田中吉江ですよ

え!

親父は壊れたみたいに小刻みに震えて、バグったみたいに動かなくなってしまった
とうとう堪らなくなって娘が爆笑する
兄がその手を引いて隣に座らせた

親父も立ってないで、ほら母さんの隣に座れよ

ああ、そうだな

しかし、なかなか座ろうとしない
謎の山男の正体が吉江か疑っているようだ
あるいは、、、

お父さん
早く座って

はい

愛する妻の一声で親父はやっと腰を下ろした
子供達は奇妙な光景を目の当たりにすることになる
美少女になった父親
山男になった母親
頭が痛くなるような状況だ

へへ、なんじゃこりゃ

綾羽はまだ笑いが収まらずヘラヘラしている
しかも動画を撮っているようだ
息子はこのカオスな状況を疎ましく面倒くさいと思い、そのモヤモヤを吹き飛ばすように強く空咳をした

母さん
親父に説明してあげて

お父さん
今日は何の日か分かる?

えーと、、、何日だっけ

もう
今日はお父さんの誕生日よ

え!あ!え!

何歳になりましたか?

えーと、、、俺が倒れて四年だろう、、、それから、、、んーと、、、

小さな指を折り折り眉間にシワを寄せる親父
吉江はそれを笑顔で見守る

分かった!六十だ!え!

そう、もう六十になったの
還暦よ還暦
あっという間ね

え!ええ!?

綾羽が一番に拍手をする
そこへ控えていた店員が折りを見てホールケーキを運んできた
蝋燭には既に火が着いていて、ホールケーキの隣に用意されたカップケーキには一本の小さな花火が弾けていた
また、ケーキには親父の名前と誕生日を祝うチョコプレートが、カップケーキには還暦を祝うチョコプレートがそれぞれ乗っている
これはマップからお店をタッチして予約すれば誰でも注文できるサービスである

おめでとーお父ちゃん!

おう
ありがとう

俺が予約したんだぜ

ありがとうな
お母さんも来てくれて本当にありがとう

ここで会うつもりは無かったんだけれど
あなたが目を覚さないで還暦を迎えちゃうから

悪いな
でも、こんな形でも会えて嬉しいよ

私も
あなたと、こうしてまたお話が出来て嬉しい

エッグ

言うなよ

綾羽が思わず毒吐いて、誠清は額に手を当てて顔を伏せた

卵がどうした?

親父、卵のことじゃない
その絵面がエグいって言ってんだよ

ん?どういうことだ?

今の親父と母さんの姿わかってる?
その見た目で手を握ってイチャイチャされたら子供は困るんだよ

何でそういうこと言う

文句なら綾羽に言ってくれ

はあ?ずっこ
自分も気持ち悪そうな顔してたくせに

は!?してねーよ!

はいはい
二人とも、もういいから
お祝いするよ

母親には逆らえない子供達であった
親父が蝋燭の火を吹き消すと、ケーキは魔法のように四等分された
親父はカップケーキを綾羽の方へ滑らせると、その上に自分のケーキの苺を置いてやった

お父ちゃん
本当のお祝いは目を覚ましてからだからね
あと、プレゼントもそん時に渡すから

いいのに
これで十分だ

良くない
ちゃんとする

綾羽
お母さんに似て、しっかりしてきたな

今は私なんかより綾羽の方が、しっかりしてるよ
家事を、すすんでやってくれるし
ね?

まあねー

偉いじゃないか

うん
もうそんな子供じゃないし
やることはやるよ

誠清だってね
アルバイトしてるのよ
偉いでしょ

え!お前働いてんのか!
俺のせいか!かあーくそ!
何やってんだ!

うっせえな、大袈裟
言っておくけど家の為じゃないぞ
自分に必要な金は自分で稼ぎたいだけだ
俺だって、高三になる
もうそんな子供じゃない

綾羽にお小遣いをあげてるの

母さん!もういいって!

ほえーそれは偉いぞ!
良かったじゃないか綾羽

別に

そんなこと言うなら
もう小遣いはやらんぞ

貰わなくていいし
綾羽も高校生になったらアルバイトするから

ふーん
本当にいいんだな?

ち、もううっさい黙れ

まったくお前らは喧嘩ばっかりして
お母さん、二人をもう少しよろしく頼むよ

うん
任せてください

俺も目を覚ましたら家のこと手伝うから
その為に、ここで色々勉強したんだ
掃除も洗濯も服を畳むのも出来るようになったし
料理も上手くなったぞ

料理はやめて

何で?

母が素早く制して
家族一同、目を逸らし口を閉ざす

何でだ
理由をちゃんと言ってくれ

味濃いし

量多いし

キッチンを汚して散らかすからです

綾羽、誠清、母さんと順に白状した
お父さんショック
だけど挫けないんだもん

大丈夫!
ちゃんと勉強した!

ええー本当に大丈夫かな、、、

そりゃ定食屋の娘の腕には敵わんけど
お母さんが大変な時に、代わりに料理して
こいつらに美味いもん食わせてやれるよう頑張ったんだぞ

だってさ、二人とも

じゃ、ちょっとだけ期待する

ちょっとだけか
まあ、いいだろう
綾羽に一番に食わせてやる

え!それはやだ!

やだって何だ!

えっへへー
嫌じゃないけどーなんとなくーみたいな?

お父さん本気で
すごく頑張ってるんだぞ

分かってるよ
ちゃんと分かってる

誠清が繰り返すように
親父の努力を子供達は身近に見て感じて認めている
妻も毎日見てよく知っている

だから、みんなちゃんと信じているし
早く帰ってきてほしいと願っている

まぶたを閉じて開くと宿で横になっていた
まるで昨日の楽しかった出来事が一瞬の夢だったように感じる
もしかしたら今も夢を見ているのかも
なあんて、疑わないし諦めない

前を向いて歩き続けるんだ

美少女になった親父は冒険へ出掛けゆく

胸を張って足音高らかに

どんな困難が待ち受けようと

追い風に背中を押されて

ハッピーエンドを目指して

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