いとしのチェリー

両想い

１ らんらん家族団欒

①二つの呼び名

君たち、プレイヤーはゲームの中で二つの名前で呼ばれる

猫騙氏　ねこだまし

ねこを騙して退治する人

猫戯氏　ねこじゃらし

ねこと遊び満足させる人

②二つの違い

プレイヤーは、この世界の人間と見た目から何まで変わらない

だから猫の目を騙して強力なネコツキを退治することが出来る
そのため、ねこだましと呼ばれる

一方で、猫研究同好会から見れば事情が変わる

猫と遊んで満足させてあげることで、猫の怨念を浄化する
つまり、ねこじゃらしみたいな存在

③何より重要なこと

それは、プレイヤーは神様と仏様
どちらの「力」も借りることが出来ること

猫研究同好会は神様の力はあっても、お釈迦様のいない現在、仏様の力はない
だから強力なネコツキと戦えても、猫の怨念を成仏させるまでは至らないのである

④桜桃は本を閉じた

むつかしい
わけわかめこんぶのり
とても子供向けゲームの説明とは思えない

⑤モリネズミ今月号の特集は

海狸の特徴はなんと言っても高度な建築技術にあります
彼らは川に暮らし、枝や丸太を集めては鋭い前歯で加工して、山盛りの巣を作ります
知恵もあり、入り口が水の中にあって外敵が簡単に侵入できない仕組みになっているのは驚きです

ところで最近、自然を研究する科学者達が海狸に熱中しています
再ブームですね
彼らの作るダムは川を区分けして、水の量を安定させ、流れも安定させます
これは動物にとっても人間にとっても、とってもとってもタメになること
ひいては地球を救う可能性まであるのです

では、海狸とは一体なんでしょう

もうお分かりですよね

はい、その通り

海狸とはビーバーのことでした！


大満足
桜桃は歌うような歩調で外へ出た
猫月の世界は都にある図書館から、町の中心部へと移動する
息子と待ち合わせしているのだ
久しぶりに一緒に遊べるということで、親父はこれまでにないほど上機嫌である
とは言え八日ぶりなのだが、、、

まだかなあ

可愛らしい、ふわふわロングヘアーの乙女がレトロガーリーファッションで待ち合わせ
まるテーブルに肘をついて、両手に頬を沈める
流し目で淋しい雰囲気を演出する

もう、、、遅いぞ

またお洒落してるし
恥ずかしいからやめてくれって言ったじゃねーか

出会い頭に文句を言う銀髪ロン毛のっぽ野郎
彼は溜息をわざとらしく吐いて桜桃の向かいに座る
彼こそ田中孝一の一人息子、田中誠清その人である

誰もお父さんだなんて分からんだろう

親父の友達は分かるだろ

会う時はお洒落してないから心配するな

長い睫毛の揺れる愛くるしいウインクにゾッとする
桜桃にはこの頃、ちょいちょいお洒落する癖があることを家族は当然知っている
でも仕方ないことなのだ

久しぶりだな！
元気してたか！

毎日メールしてんじゃん

「そうだけどな、やっぱり会って話すことが大事だろう？」

桜桃は嬉しいあまり足をパタパタしている
息子はそれに気付いていない

にやにやして気持ち悪い

お前は嫌味しか言えんのか！
父親に向かって口も態度も悪いのはどうなんだ！

分かった悪かった
みんな見るから大声出さないで

なら最初からくだらないこと言うな！

桜桃、もとい親父はむくれてしまった
息子も、本当に嫌いで悪口を言っているわけではない
難しい年頃で仕方ないことなのだ
しかし、こうして機嫌が悪いと気まずい
ゲームで遊ぶどころではない
息子は空気を入れ替えるように話題を転じる

その袋何？

これか！

ちょっとだけ目が見開いて口角が上がった
桜桃は袋から紙パックを取り出して息子に分け与える

お好み焼きとたこ焼きを買ったから食え

いらない、と思わず言いそうになったが何とか飲み込んだ
ここは素直に従うのが利口だ

どうだ美味いだろう

ゲームだけどな

そう言うなや
お父さんはいまゲームの中でしか飯が食えないんだぞ

あー、、、悪かった

お母さんの料理は美味いか

うん

いいなあ
俺も食いたい

それは？

お父さんが育てたブドウだ！

桜桃の顔に笑顔が戻った

いらない

あっそ

また曇った
一喜一憂する親父をよそに息子は食べることに集中する
早く食べ終わらないと恥ずかしい
二人きりだし、他人からしたらまるでデートしているみたいに見えるだろう
この世の終わりだ