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旭ガ丘ひつじ

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14話 準決勝、福来兄弟

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福来兄弟は試合を終えると神社を離れて、隣接するキャンプ広場へ戻った。
選手たちの待機場所として指定されていて、参加チームそれぞれにタープテントが用意されている。
また、その目前ではグルメフェスが開催されていて、たくさんの人が秋の味覚を楽しんでいる。

「いやっほう!やったな!」

グルメフェスの活気に負けず劣らず元気なのが、長兄の此司郎。
ひとりはしゃいで、弟たちと両手でハイタッチをかわす。
そして、大きな拍手で祝意を表した。

「みんな、よく頑張った!」

「ギリギリの逆転勝ちだったけどな」

和実はテント前に置かれたアウトドアチェアーに深く腰掛け、首にかけたタオルをマフラーのように巻く。

「それでいいんだ。みんな本当に上達して、ああ、俺はほんと嬉しいよ」

「ありがとう。でも次は兄さんの出番だからな。任せたよ」

「なんだ呼秦。まるで試合に出ないみたいな言い方だな」

「俺は満足した。あと、ちょい疲れた」

「まったくお前は……。和実と心悟だって疲れているんだぞ」

「俺はまだまだやれるよ!」

元気いっぱいに心悟が答える。
その隣に呼秦はゴロリと寝転んだ。

「いいぞ心悟。和実も頼むな」

「貸しだぞ」

「こえー。でもまあ、いいよ」

「本気か?困った奴だ」

あっけらかんとする呼秦の態度に、とうとう和実は呆れて額に手を当てた。
此司郎は労うように彼の肩を、ぽんぽんと叩いた。

「さてと」

「兄ちゃん。どこ行くの?」

「試合を観に行く。疲れていないのなら一緒に来るか?」

「うん!行くよ」

此司郎と心悟が試合会場へ戻ると、エバーマスカレードとゴールデンシャークが争っていた。
二人は詰めかけた人々の後ろに立って観戦する。
その時に此司郎はよく知る人物を二人見つけた。
懐かしい友人と、かつて名を馳せた選手だ。

「心悟。次の試合は……」

「え?何て?」

少女たちからイケメンへ贈るキャーという黄色い声援に最後の言葉がかき消された。
此司郎は思わず助けられてホッとする。
彼の胸には少し不安がよぎっていた。

「あの人たち強かったね」

「ほんと成長したと思う」

此司郎は呟いて、息を短く吐いた。

「心悟。次は彼らと対戦するけれど、選手のひとりが俺の友人なんだ」

「え!そうなの!良かったね!」

「うん。それとコーチが、東京オリンピックで、ねこバスケ日本代表に選ばれた人なんだ」

「へえー。すごい人がコーチなんだ。いいなあ。あ、でも兄ちゃんがコーチで良かったと俺は思うよ」

「はは、ありがとう」

「負けないように、がんばろうね!」

「うん……そうだな!がんばろう!」

弟に背中を押されたような気がして元気が湧いてきた。
ただ真っ直ぐに向き合い、精一杯にやり切ればいい。

「フライ……兄弟か。家族でチームを組んで試合に出るのって、楽しそうでいいな。なあクロ?」

「長男の此司郎は、僕が前に通ってた学校の同級生だ」

「マジ?……そっか」

クロはストレッチを止めて複雑な面持ちで同級生を見つめる。
創はからかい半分、彼の背中をそっと押した。

「行ってこい」

「は!?試合直前だぞ!」

「スポーツマンシップってやつだよ」

「変な気を使うな。何言ってんのか意味わかんねーぞ」

「いいじゃないですか」

そこへ、いつの間にかクロの背後に忍び寄っていた奏が肩越しに声をかける。

「びっくりした……何がいいんだよ」

「挨拶くらい構わないでしょう」

「よくねーわ。そもそも別に話すことなんてない」

「とは言え、友達でしょう?」

「違う。ただのチームメイトだ」

奏は彼の過去を思い出して口をつぐんだ。
創もすぐに察した。
此司郎は、彼が努力で超えられなかったチームメイトの一人かも知れない。
やがて集合がかかり、試合開始のホイッスルが鳴って、クロは我に返った。

「久しぶり」

「え?おう。試合始まってんぞ」

此司郎が突然に爽やかに話しかけてきたので、クロの思考はまた一時停止した。
腕のなかで丸くなっている白いペルシャ猫のオスを柔らかく撫でながら会話は続く。

ペルシャ猫は「ネコの王様」と呼ばれるほど優雅で優美。

此司郎も、ペルシャ猫がのんびりくつろぐみたいに落ち着いている。
十二秒以内にシュートを打たなければ攻守交代になることなど全く気にする様子もない。

「元気にしている?」

「ちょ、ばか、いま試合中だって」

「お前も、ねこが好きだったよな」

「あんた、さっきから何言ってんだ」

「うちの隣の公園でみんなと、ねこバスケしたことは覚えているか?」

「うんうん。覚えてるよ」

「なら良かった」

ホイッスルが鳴って攻守交代となる。
不思議にも二人に声をかける者はいない。
観客は戸惑い、チームメイトは静かに見守っている。

「さ、仕切り直して勝負しよう。先に得点を決めた方が勝ちだ」

挑発して、此司郎はクロと立ち位置を入れ替わる。

「相変わらず調子狂う奴だな、ったく。いいぜ。望むところだ」

此司郎から猫を受け取ったクロは、その被毛を撫で、よく手に馴染ませる。
ねこバスケにおいて、ねこの被毛は試合を左右する要素のひとつだ。
種によって、柔らかさも厚みも毛触りも異なる。
それはドリブルにもシュートにもプレーの全てに影響する。

「ペルシャ猫の被毛は厚みのあるダブルコートで、毛が密集しているのが特徴だ。手によく馴染むだろう。ドリブルと相性がいいはずだよ」

「そりゃ親切にどうも」

クロは、ぶっきらぼうに返して小さく深呼吸する。
迷いを振り払い、一歩、踏み出した。

強いドリブルで真っ向勝負のドライブ。
素早く相手のふところへ飛び込みフェイントを仕掛けて抜き去る。
その一瞬の動作を此司郎は見逃さなかった。

「攻守交代だ」

「ちぇ、相変わらずムカつく野郎だぜ」

此司郎も負けじと真っ向勝負で挑む。
軽いドリブルで迫り、急転、加速。
肩を入れ、身体で猫を守る。
片足を軸にバックターンで突破を狙う。

「あんた確か、こんな風に強引に攻めるタイプじゃなかったよな」

弾かれた猫は、ころころ転がって零に拾われた。
彼は何も言わずクロに転がして渡す。

「ねこや対戦相手、そして状況に合わせて臨機応変にプレーすることは基本だ。そして」

激しく攻めるクロの手から、すれ違い様に猫を奪う。
二人は背中合わせに息を整える。

「みんな努力して成長する」

「嫌味を言ってくれるな」

語り合い、ねこを奪い合う。
これまで何度も練習を重ねて磨いてきた技を競い合う。
それを邪魔する者はいない。

「俺も分かっているよ。努力の全てが報われるわけじゃないって。それでもいいじゃないか」

「よくねーわ。勝ち組だからって僕に説教すんな」

「道もゴールも一つじゃない。そうだろう」

「うっせえわ!あんたには絶対に負けねーかんな!」

「ははっ!相変わらず負けず嫌いだな!」

此司郎は距離を取り、股の下で猫を弾ませる。
これが彼の本来のスタイル。
一定のリズムを繰り返して気持ちと猫を落ち着かせる。

呼吸を繰り返す度々。

フィールドを見渡し、状況を見極め、相手をよく観察して、小さな隙を突く。
だが今はクロの動きにだけ集中すればいい。
彼が十二秒の時を待たないと分かっていた。
だから彼の動きに合わせてフェイントで惑わせる。
右、左、そしてまた右から左へ。
そう思わせて、手首を切り返し右へ踏み込んで。
一気に駆ける。

「いけー!兄ちゃん!」

「兄貴!決めろ!」

家族が応援してくれる。
MCも観客も異例の試合に熱く盛り上がっている。
友達が鼓舞してくれる。

「クロ!あきらめず止めろ!」

「先輩なら追い抜ける!前へ前へ走って!」

リングの下。
クロが立ち塞がる。
此司郎は構わずに跳んだ。
と、身体を伸ばして見せかけた。

ちいさなウソ。

クロが身体を浮かせるように誘ったのだ。
此司郎は冷静にリングを狙う。

が、ねこがそれを嫌った。

ねこはバックボードに当たったあとリングをなぞって落ちてくる。
二人は並んで腕を伸ばした。
ねこは此司郎の指に掛かり、二人の背後へ逃げた。
ほぼ同時に振り返る。
ころころ転がってゆく猫を必死に追いかける。
身体をぶつけてバランスを崩した二人は派手に転んだ。

「クソッ!あと少しなのに!」

クロが伸ばす手の先で、ねこは呑気に顔を洗っている。
ホイッスルが鳴って試合は一時中断された。
試合時間は四分に迫ろうとしていた。

「いやー惜しかったな」

「だから、いちいち嫌味を言うなって」

「お前はずっと何に対して怒っているんだ?嫌味なんて言うけれど、俺はお前を嫌ったことなんて一度もないよ」

「ちっ……この青春バカ」

「ははっ、なんだよそれ」

「もう僕に構わないでくれ」

クロは吐き捨てて背を向けるとコートの外へ向かった。
創が熱苦しく彼を迎える。

「ナイスフォイト!ライバルとの一騎討ちって最高だな!くうー!これぞ青春って感じ?」

「はあ……創まで青春バカかよ」

「あ?んだと!」

「試合に参加しろよ。僕と、あいつの二人で試合してるって、ほんと、僕が言うのもおかしいけど異常だからな」

「でも、みんな納得して応援してるよ」

「零、どうした。あんたはいい子だろ。一緒に試合しようぜ」

「いや、俺は空気読めない人間じゃないんで」

「うわーズルいこと言うー。そうかそうか。だったら僕がバカげた勝負をやめりゃいいわけだ」

「とは言え、彼らがそれを認めてくれるでしょうか」

奏は、兄弟に和気あいあいと囲まれる此司郎を優しい眼差しで見つめる。
クロはその視線を追わなかった。

「おつかれ!兄ちゃんの友達、ほんと上手だね」

目を輝かせる心悟からタオルを受け取って、此司郎は額の汗を拭う。

「それも以前より、うんとな」

「兄さん。まさか、このまま試合を終わらせるつもり?」

呼秦は眉をひそめてスポーツドリンクを渡す。
その容器は手が濡れないよう、わざわざ水滴が拭われていた。

「心配しなくて大丈夫だ。試合が再開したらすぐに決着がつくだろう。和実、心悟。きちんと謝る。大事な試合で私情に巻き込んでごめん」

「いいよ!俺はさっきの試合が楽しかったから、兄ちゃんもいま全力で楽しんで!」

「心悟に賛成だ。兄貴に思うところがあるなら、スッキリするまでとことんやってくれて構わないよ」

「ありがとう。優しい家族がいてくれて良かった」

「お、俺だって応援してるからな!」

「分かってるよ、呼秦。行ってくる」

「しっかりやってこい!」

ちょうど、ねこが丸くなったので集合がかかった。
クロがそっと抱き上げると、目を細く閉じて、浅く呼吸しているのがわかった。

ねむねむタイム。

ねこは浅い眠りも含めて、一日に十六時間も眠るという。
彼らは、ねこバスケの練習や試合中でも眠ることがある。
どうも独特なリズムと小さな刺激が心地いいらしい。

可愛い寝顔につられて思わず愛おしく撫でてしまう。
それを見た此司郎はクスッと笑った。

「ねこ、可愛いよな」

「な……!別になんとも思わねーわ!」

クロは猫を押し付けるように渡した。

「そろそろ決着つけようぜ」

「もちろん。望むところさ」

此司郎は後ろへ下がって猫を軽く投げ返した。
クロは受け取るや、ねこを三度タップした。
そして押し出すようにして前へ。
しかし、ねこは相手へ向かって大きく跳ねてしまう。
此司郎は瞬時に反応して手を伸ばした。

これは大きなチャンスだ。

ところが、先に手が届いたのはクロの方だ。
それも反対の手で。
ねこを逆サイドへ返す。
此司郎は姿勢を崩すも機敏に対応。
踏ん張って、地を蹴り、進路を阻むように動いた。

だが、ねこがいない。
瞬きの後、ねこはクロの脇から顔を覗かせた。
フェイントの直後、素早く背中に通したのだ。

「クロっ!お前いい度胸しているよ!」

ねこを大きく前へ出したのは誘いだった。
そこからフェイントで切り返してドリブルで抜き去るところ、クロはさらにフェイントを重ねた。
誘われ、欺かれ、バランスを大きく崩された此司郎は対応が間に合わない。

クロは塀の上を歩く猫のように、ゆうゆうと、彼を追い抜く。
そして猫は、屋根へ跳び上がるみたいに、軽やかに宙を舞いリングをくぐった。

「負けを恐れず大胆なプレイで勝負に出たな。完敗だ」

「はんっ、何終わった気で言ってんだ。本当の勝負はこれからだろう」

此司郎は兄弟を振り返る。
二人は所定の位置に着いていた。
彼らをマークして、創と零も位置に着く。

「みんなでバスケしようぜ!」

此司郎は車窓を流れる景色に先程の試合を映す。
残り約三分。心が満たされる至福の時間だった。

高校生相手に弟たちはよく張り合った。
和実は意地になってプレーが荒くなり、心悟は笑顔を忘れて歯を食いしばっていた。
どちらも珍しいことで、そんな二人に感化されたらしい呼秦が我慢ならず、最後に此司郎と代わって試合に出た。
そして一得点を決めて大げさに喜んだ。
とても、いい経験になったし忘れられない思い出になった。

「此司郎。その……あー……ありがとう。いつかまた、バスケしてくれるか?」

「してくれる?では応えられないな」

「あんた意外と意地悪だな。わったよ。じゃあ、また一緒にバスケしようぜ」

「いいよ。けれど、次は俺が勝つ」

此司郎は、まさかクロから感謝されるとは思ってもいなかった。
友達が何も言わずに去ってしまったことが、ただ悔しくて寂しくて、幼子のようにムキになって挑発しただけだ。
友達と思われていないという不安もあったけれど。
それはいらない心配だった。
クロはそんな薄情な奴じゃない。
信じていたはずなのに。

「心悟。県大会に出ようって、誘ってくれてありがとう」

「楽しかった?」

「うん。楽しかったよ」

「俺も」

西日で茜色に頬を染めた心悟は、あどけなく笑って眠りについた。
此司郎はスマホを取り出して、今日撮った家族写真を振り返る。

バス停で家宝のユニフォームを着て、自信と期待に胸を膨らませる弟たち。
テントの中ではしゃぐ心悟。
負けて悔しい呼秦の泣き顔。
出店で買った大好物のバウムクーヘンを大事に少しずつ食べる和実。

そのなかに、此司郎がクロと肩を並べた写真がある。
此司郎はまぶたを閉じて、懐かしい夢を見た。
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