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旭ガ丘ひつじ

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10話 ねこバスケと青春

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キンモクセイ香る清秋の候。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか。

ごきげんよう。
わたくしの名前は秋初月と申します。
フィナンシェ経済高等学校に通う三年生ですの。

ここはTHEお金持ちの通う学校。
校門から一歩でも敷地へ踏み込めば、わたくしもあなたも素敵お嬢様。

その校舎は、フランスの天才建築家が設計されました。
(それも国の登録有形文化財に指定されております)
マリーゴールドの装飾に彩られた華やかな佇まいは、まさしくファインアート。
いまでも毎朝のように惚れ惚れと見上げてしまいますわ。

「おはようございます。はづきさん」

「あら、すずむさん。ごきげんよう」

髪を細く束ねている彼の名前は守礼門鈴虫さん。
とても礼儀正しい方で、多くの方に慕われております。
と言うのも、彼はCFA4のリーダー的存在なのです。

Cは魅力を意味するシャルマン
Fは学校名よりフィナンシェ
Aは愛情を表すアムール

CFA4とは、フィナンシェ経済高等学校で特に優秀ともてはやされる才色兼備の男子生徒4人のことです。
鈴虫さんのお母様は大手銀行の頭取で、彼はこの学校で最も優秀な頭脳をお持ちなのですよ。

「きゃ!」

「はづきちゃん、おはよーさん。今日も、えらいベッピンさんやなあ」

「よしなさい、ほうおう。肩を組むのは無礼だと何度も注意したでしょう。レディに気安く触れてはいけません。不純です」

「鈴虫はんは今日も真面目でんなあ」

「いえいえ。君が不真面目なんですよ」

「そないなことありまへんで」

「まったく、ヘラヘラしてばかり。少しはCFA4の自覚と責任を考えてください」

「嫌や!それは周りの生徒はんが勝手に決めたことや!ワイは自由に生きるんや!」

やれやれですわ。平等院鳳凰さん。
彼は世界的に有名な大手スポーツメーカーのお坊ちゃん。
(けれど髪がボサボサで身だしなみを気にしない、そのうえデリカシーまでない自由人)
この学校で一番の大金持ちで、彼もまたCFA4のひとりです。

「よう初月、やっと昼飯の時間だ。食堂に行こうぜ」

「あらー、ひでよさん。ごきげんようこそー」

「やはは!また目が回ってるぜ」

「元気ですのでお構いなく」

ここの授業はかなりレベルが高く、わたくしは毎日のように目を回しております。
お昼にはお腹もグールグル。
そこへ富士山英世さんがフラッと現れてわたくしを食堂へ誘います。

(フランスはリヨンという町に本店を構える格式高いレストランからの厚い支援により、なんとびっくり!本格フレンチが格安提供!!)

ところが大変なことがありまして。
皆が憧れるCFA4とVIP席にて食事を共にすることが、どれだけ他の生徒の反感を買うことか。
初めはそれが嫌で嫌で避けていましたけれど、堂々としていれば何と言うこともなく、うふふふ、今ではわたくしを慕う生徒だって……。

「初月。真っ直ぐ歩け。フラフラしてっと、あぶねーぞ」

「どうも失礼ごめんあそばせ」

「無理もほどほどにしろよ。つっても、その生活も、もうすぐ終わりか」

「ええ……そうね」

彼は唯一、わたくしの秘密を知っております。
キッカケは入学して間もない頃。
腰を悪くしたお爺様が大きな病院に入院することになったのですが、そこで彼とバッタリ出くわしたのです。
そしてアレよアレよと言う間に、わたくしが島出身の漁師の娘と知られてしまいました。

この学校に通っているのは、名家の子。
(私を除いて……)
この町一番、大きな病院を経営しているのが彼のご両親になります。

対して、わたくしは離島から本島へ船で渡り、それからバスと電車を乗り継ぎ無理して通う漁師の娘。
お父様が途方もなく長い時間を海の上で過ごしながら、遠くの海でマグロ漁を頑張っているおかげで学校に通えているのです。
とても感謝しておりますし、帰りをとてもとても楽しみにしておりますわ。

「お嬢様に憧れて、わざわざこの学校に通うなんて、ほんと面白いやつ」

「うっさい」

「そう言や今更だけどよ。家族は反対しなかったのか?」

「大きなお刺身の舟盛りを用意して祝ってくれたよ」

「娘のワガママを喜んでくれるって、いい家族じゃねーの」

「ちゃんと大きな会社に就職して恩返しします」

「こいつ偉いぞ!」

「ちょっと、髪くしゃくしゃにしないで!それも人前でーやあー!」

「やはは!あんま大きい声出すと田舎者だってバレるぜ」

「ふん……英世さんのイケズ」

さて、それから放課後。
わたくしはCFA4の皆様と鳳凰家の会社が所有するバスに乗って、巨大なスポーツクラブへ参りました。
そこは鳳凰家の所有する施設で、最先端の設備がそろっており、プロスポーツ選手たちが主に利用しております。
いつも、ここにある小体育室を一つ借りて、ねこバスケの練習を行っているのですよ。

「初月さん。彼らの成長、君にはどう見える?」

「たった一年という短い期間ですが、公式試合に臨むには仕上がっていると思いますわ」

「ふむ、そうか」

日本人の父とフランス人の母の間に生まれた、聖ヴァンピールさんは教師でありコーチ。
彼は何かを心配するようにうつむき、黄金色のあごひげを不安そうにさすります。
(わたくしもマネージャーの身でありながら、恥ずかしくも、この先の試合で対戦相手となる大男たちを想像して少し怖気付いてしまいました)

「コーチ……どうかなさいまして?」

「先ほど、懐かしい友人と再会してね。三月ほど前からだろうか。時折、彼が君たちと同じ年頃の少年たちをここで指導しているのは知っていたのだが。どうも気になって、今日、声をかけてみたわけだ。すると彼らも県大会に出ると言う。そして話を聞くうちに、彼らが我々の初戦の相手だと分かった」

「まあ!対戦相手がこちらにいらっしゃるのですか!」

「しっ。みんなには内緒だ。いま集中力を乱すようなことはよくない」

「ですわね」

「少しだけ覗かせてもらったが、彼らもまた優秀に見えた。かつて司令塔として活躍した彼の指導は私を上回る。簡単には勝たせてもらえないだろう」

「手強いライバル……それでこそ燃えるというものですよ!」

「うむ。違いない」

練習を終えたわたくしたちは、この町のランドマークである涼浦灯台までやって参りました。

(とても立派なフランス製の第一等レンズを備えており、日本四大灯台の一つに数えられておりますのよ)

CFA4のひとりである樋口燕さんの家系が代々、ここの灯台守を担っており、一昔前に企業を誘致し観光地として盛り上げたのです。

ここにはファッション、グルメ、雑貨などバラエティに富んだ専門店だけでなく、アミューズメント施設やスポーツ施設までそろったショッピングセンターがございます。
それは東西南北の灯、つまり四つのエリアに分かれておりまして、平日休日問わずたいへん賑わっております。

わたくしたちは飲食店が集まっている、海に面した西灯グルメタウンへ参りました。
本日はその三階、落ち着いたレトロな雰囲気の西洋レストランで食事を頂きます。
なんとメニューはコース料理のみ。
すべて個室で、ゆったりと食事を楽しめます。
(窓のある部屋は当たり!)
CFA4の皆様はここへ気ままにいらしては、燕さんのお家のご厚意に甘えて、ご友人との夕食を楽しんでいらっしゃいますのよ。

「初月。窓に近いところがお前の特等席だ」

「いつもありがとうございます。つばめさん」

「どういたしまして」

まあ、柔らかで素敵な笑顔。
わたくしはお言葉に甘えて、まあるいテーブルの、夜の海がよく見える席に腰掛けます。

燕さんは物静かでミステリアスで、親切なお方。
彼はこちらが申し訳なるくらいレディーファーストを心掛けており、まるで執事のように甲斐甲斐しく、わたくしのお世話をしてくださいます。
(ドアを開けたり、椅子を引いたり、階段では後ろに控えてとエスコート上手)
その一方で、誰かとコミュニケーションを取ることが苦手のようですが、わたくしたちと共にいることは好きなようです。

「僕は、この窓から見える蛍火が好きなんだ」

燕さん。それわたくしの暮らしている島の明かり。
(もちろんジョークなのは分かっていますよ)
島では、この時代には珍しく街灯として灯籠を使っているのです。
それと、動いているのは夜漁を行う船の明かりですね。

「燕さん。今日はご機嫌ですね」

「いつもは機嫌悪いって?そう見える?」

「あ、いえ、決してそのような意味では」

「冗談だよ。お前の言う通り、今日はご機嫌だ」

クールフェイスが崩れて内から表れたその笑顔。
灯台の明かりのように眩いですわ。

「なんや燕さんにも、かあいらしいところあるんやな」

「意地悪を言うのはよしなさい。今日が特別な日だというのは、いくら君でも分かっているだろう」

「せや!ワイらがチーム組んだ日や!カンパーイ!」

「ばーか。誰が水で乾杯するかよ」

「はあー……。英世はんも鈴虫はんみたいにノリ悪いでんなあ」

名指しされた二人がムッとする。
でも本気で怒っているわけではございません。
本気の喧嘩なんて一度も見たことがないのでご安心ください。

「あの日、僕らは何をキッカケにここへ集まったっけ」

「燕さん、あの驚きをお忘れですか。突然、英世が彼女を私たちに紹介したのですよ」

「ああ。そうだったね」

「彼女じゃない!」

と私と英世さんが同時に叫ぶ。
(ちょっと残念な気持ち……?)

「鈴虫さんもイケズね」

「他意はありませんよ、初月さん」

ただの二人称てこと?
本当かしら。

「ところで初月さん。気になる事が一つございまして。無礼を承知で、おたずねしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、よろしくてよ。なんでしょう?」

「二人が出会った、いいえ正しくは、親しくなった経緯を教えてもらえないでしょうか?」

「えーと……それは……」

英世さんは私から目を逸らす。
これは二人だけの秘密。
わたくしがそこの離島で暮らしていることはどうしても話せないのです。

「ま、理由なんて何だっていいじゃねえの。話したくないことだってあんだよ」

「ナンパやね」

「ちげーよ!鳳凰、てめえいい加減にしねえとぶっ飛ばしてやんぞ!」

「まあまあ堪忍やで、へへへ」

「とにかくあの日。二人で夕食をとるのが気まずかったから、てめえらを呼んだんだ」

「その時に、ねこバスケを見かけて僕らはチームを組むことになった」

「大人びたクールな燕が興味を持つなんて、正直、意外だったぜ」

「それは買い被りすぎ。でも僕自身、驚いたよ。英世、そして鈴虫と鳳凰。みんなと遊んでみたいと、ふと思い出したんだ」

「思い出した?引っかかる言い方だな」

「中学校までは周りに真面目な人しかいなくてね。フィナンシェに入学するまでは、毎日を窮屈で退屈に感じていた。それがCFA4と呼ばれて、みんなでここに集まるようになってから、すごく楽しいと感じるようになった。きっと子供らしい気持ちを思い出したんだろうね」

「うふふ。とっても愉快なメンバーですものね」

「初月ちゃーん。それはーどーゆー意味やー」

「おほほ。ごめんあそばせ」

「ちゅーか、ワイもやで。海外転々とすんの嫌やったから日本に落ち着いたんや。そしたらおもろい友達できて毎日がハッピーや!」

「鳳凰と気が会う日が来るとはな。俺もだ。勉強だの礼儀作法だの堅苦しくてうるさくてたまんねえ。ずっとストレス溜まってたんだ」

マンガみたいな名家の子の悩み。
ふわふわの夢を抱いて入学したことが今更ながら恥ずかしくなってまいりました。

「初月さん。君は、さながら私たちのキューピッドです」

「鈴虫さん?」

「もし君がゲームセンターへ行こうと誘っていなければ、ねこバスケをしていなかっただけでなく、こうして集まることもなかったかも知れませんね」

「いやだわ。いささか大げさですよ」

わたくしは偶然にも、ゲームセンターの側に新しく設置された、ねこバスケ用の人工芝生コートを発見したのです。
(イケメンのプリクラが欲しくて、それを島の人に自慢してやろうと企んで誘った淑女の秘密は胸の内)

「燕はんは、ねこバスケのコートがあるっちゅーこと知ってたんとちゃうのん。何で教えてくれへんかったんや」

「教えるも何も興味があまりなかったからね。あそこは東京オリンピックで巻き起こった、ねこバスケブームをきっかけに、港で暮らす野良ねこ達のシェルターも兼ねて新しく作られたものなんだ」

「へえー。そう言や、コンテナを改装して猫の家に使ってたな」

「英世さん。ずいぶん猫と楽しそうに遊んでいらっしゃいましたね」

「な!そう言う初月こそ!猫を可愛がって悪いかよ」

「英世さんも可愛かったですよ」

「なな!」

「ふっ」

「おい鈴虫。いま笑ったな」

「ドえらい、うらやましいわあ。なんでワイには振り向いてくれへんのやろ」

「私は紳士な男性を好みますので」

「ふっ」

「また笑ったな!」

「ちゃう英世はん。笑われたのはワイや……て何で笑うねん!ワイかて紳士やろがい!」

楽しい楽しい夕食のひと時。
ひとつひとつ振り返れば、きゅんと乙女心が喜ぶ。
すべてが、かけがえのない青春。

時は木枯らしのように吹いて、また一つ大切な思い出が生まれようとしています。

秋も半ば。
いよいよ、県大会の幕開けです。
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