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旭ガ丘ひつじ

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7話 フレンド・バレンタイン

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年が明けてドキドキ初詣がありましたが、そのお話はいつか機会がありましたら。
ところで、そろそろ皆さんもバスケの試合が観たい頃合いかと思います。
私、春麗嵐、同じ思いです。

「ああ……王子様たちの真珠のような汗きらめく勇姿が早く見たい!」

「こえーよ。さっきから誰に話しかけてるんだよ。今朝もご機嫌だな」

「今日は放課後に、オジサンがセッティングしてくれた練習試合でしょう。楽しみです」

「俺もだよ」

「創様、昨夜はたっぷり寝られましたか?」

「オジサンに言われた通り、ちゃんと八時間以上寝たよ。九時間は寝た方がパフォーマンスが上がるって言われたけど、なかなか眠れなくて」

「かわい」

「後ろからでも聞こえたぞ」

「だってワクワクしたんでしょう?」

「そうじゃない。寝なきゃと思えば思うほど目がさめて困った」

「ああ……そっちですか」

「そんな残念がることかよ」

新学期に慣れてきた頃にオジサンから提案があった。

「一度、練習試合を行なって、実際に試合がどんなものか経験しておこうね」

とは言え、その相手が誰かは教えてくれず。
お楽しみに。
と言われて、俺は少し不安を抱いている。
決してビビっているわけじゃない。

「創くん。おはよう」

「おはよう、太郎丸くん」

明治太郎丸くんはクラスメイトで、席は俺の前。
ヤンキー先輩に喧嘩を売られたあの日から、ちょくちょく話しかけてくれるようになった。
ほんの少し会話を交わすだけでも楽しいし、体育ではペアを組んでくれる。
とても良い奴だ。

「きみ、今日が何の日かご存知かい」

「バレンタインだろ」

「その表情。たくさんチョコを貰ったようだね」

「へへ、まあな」

「うん。いい顔で笑うようになった」

「そうかな。面と向かって言われると恥ずかしいんだけど」

「ところで、バレンタインは不正解なので、改めて何の日かたずねよう」

「え、マジ?わかんね」

「編入生が来る日だよ」

「そうだっけ?」

「一週間前から噂になっていたろう。誰かが本人を見かけたってことで。どうもそれが男子らしいぜ」

「ボッチだから噂とか知らないな」

「はは、何を言う。きみには友達がちゃんといるだろう。恐縮ではあるが、僕もそのつもりなんだけれどね」

「……うん!その通りだよ!」

ここでチャイムが鳴って担任の先生が教室に入ってきた。
いつもパリッとしたスーツを着て、フレームが分厚い眼鏡の似合うハンサムな先生。
真面目そうに見えて、これが意外とだらしない。
なのでチャイムが鳴るのと同時に入ってくるのは珍しいことで、編入生が来るという噂は本当らしい。
さっそく先生が廊下に立つ誰かを手招きして呼ぶ。
ちょっとわくわく。
友達になれるといいな。

「どうぞ、自己紹介」

「はじめまして。水嶋クロです。今日から三学期の短い間ですが、よろしくお願いします」

教室がざわつく。
バレンタインにイケメン登場で女子は盛り上がっている。
一方で、ほとんどの男子が最後まで捨てきれなかった希望という下心を打ち砕かれ、完全に興味を失って窓の外を見た。
まあまあ、ひどいことする。
でも俺もする。

「はい挨拶おわり。君の席はあそこ。隣の席は吉野さん。前の席は犬飼くん。なかよくしてね」

こんなに雑に編入生を紹介していいのだろうかと雲を眺めて思う。
当人は人前で多く語らず助かるかも知れないが。

「よっ」

無視。

「してんじゃねーよ」

「なんだよ。何しに来たんだよ」

「ケンカ売ってんのか?」

「お前ってすぐキレるよな」

「あん?」

「そこ知り合いだからって騒がない。お互いに、はやくホームルーム済ませたいんだから私語は慎んでね」

先生は知り合いだと事前に聞いていて、この席を用意したのか?
すみっこだし、掃除用具入れを開けやすいようスペースを空けていたのが、ちょうど良かったのもあるか。
なんにせよ後ろが広くて快適だったのにコイツのせいで残念。
知り合いと先生が言うものだから余計な注目を浴びるし本当に厄介だ。

「とか思ってんだろう」

「ひとの心のなかを勝手に語るな」

休み時間にクロは質問攻めにあっていた。
余った友チョコもどしどし。
あー背中が騒がしくて落ち着かないなあ。
ついでにクラスメイトが話しかけてくれるのは嬉しいけれど、コイツとの思い出は語る気がしない。
なんか気に食わない。
そう、あれだ。
俺とクロは犬猿の仲なんだよ。

「とか思ってんだろ。誰が猿だ」

「だから、ひとの心のなかを勝手に語るなって。だいたい合ってるけど」

朝っぱらからケンカを売られてイライラする。
創はハッキリしないところがあって、それがムカつく。
友達じゃねーのかよ。
まだ信用されていないのか。

「俺は人見知りだから、まだクロに慣れないんだ」

「ですって、クロ様」

何だよ、そんなことか。
僕に原因があるのか、考えて損したぜ。

「そんな理由で僕に当たるなよ。まさかツンデレか?」

「別に当たってないし、ツンデレでもねーよ」

「とにかく態度が悪いってんだよ」

「は?なら、どうしろってんだよ」

「もーケンカしないの。奏様も笑ってないで叱ってやってください」

「ははは。こんなに楽しい昼食は初めてだ。中庭で食べるというのも、気持ちよくていいね。寒いけど」

「カワイイ後輩コラァ!昼間っからイチャついてんじゃねーぞ!」

中庭で食べるのトラウマになるわ。
こっわービビった。
この学校にはパンチパーマのゴリゴリ巨人ヤンキーがいんのか昭和かよ。
校庭に他校のヤンキーがバイクで乗り込んできたりブイブイしねーよな?
窓ガラスは無事か?
少女漫画でみたことあるぞ。

「あの人はヤンキー先輩。俺にケンカ売ってきた人。優しいし、もうすぐ卒業だから怖がらなくていいぞ」

「普通にこえーわ。よく無事でいられたな」

「いやー。俺もあん時はさ、ボコボコにされるかと思って心底ビビったよ」

「ふーん。お前なら殴り返しそうだけど」

「するか!俺は不良じゃねー!」

「こほん。私、春麗嵐。みなさまに素敵なデザートを用意しております」

「チョコくれるの!」

あんたはオヤツが欲しい犬か。
と言いたいところだけれど余計ケンカになるし黙っておこう。

「創様。おあずけ」

「何でだよ。くれよ」

「じゃあ、お手」

「ちぇ、仕方ねーな」

すんのかい。
やっぱ創は犬だわ。
うん。これから犬と思って優しく接してやろう。

「はい、どうぞ。次はクロ様」

「やるわけねーだろ!ひとをバカにしてんのか!」

「やだなー求めてませんよ。怒らないで。はいどうぞ」

ちょっと傷ついた。
けど、美味しそうだからいいや。

「春、これは何だっけ?」

「フロランタンだよ」

「小学生の頃からグングン上達してるね」

「よして奏様!それ二人の前で言わないで!」

「ははは!いいじゃないか、得意なお菓子を極めるのも」

「うう……恥ずかしいよう」

小学生の頃から貰ってんのか。
て嫉妬の顔だなあれは。
唇の真ん中が吊り上がって眉間にシワが寄りそうになっている。
犬らしい。
でも、創。その気持ち少し分かるぜ。

「あ、奏さん。呼び出して悪いね」

「構わないよ。それで何か用事かな」

「はい。バレンタインのチョコ」

「これは何?」

「ティラミスだよ。小さくてごめんね」

「いやいやじゅうぶん、立派だ。ありがとうございます」

「いえいえ。どういたしまして」

俺は放課後に春のクラスに呼ばれた。
冬も春と同じで小学生の頃よりの幼馴染なので、そのよしみでくれたのだろう。
彼女、昔からよく春の側にいて彼女を助けている。
落ち着いていて面倒見のいいところが魅力だ。

「良かったね奏様。本命かもよ?」

「本人の前で、そういう冗談はよくないな」

「そうよ。あんた本当のことバラすことないでしょう」

え!
春と同時に驚く。
つい胸がドキッと高鳴った。

「なあんてね。ふふ、どっちかな」

「どちらにせよ、君からもらえて嬉しいよ」

「あらそう?どういたしまして」

「うん」

「これね。応援の気持ちも込めての贈り物なの」

「応援?」

「これから練習試合でしょう?」

「だからって、大したことじゃない」

「ううん。きっと大事な試合になる。そんな気持ちで、のぞんじゃダメだよ」

冬の言うことは最もだ。
目が覚めたようにハッとした。
俺は練習試合ということで甘く考えていたようだ。
よく考えてみれば、学校の部活動ではないので、練習試合なんてそう何度もできるわけではないだろう。
一つ一つ、大事な学びの場と考えをあらためて気を引き締めなければ。

「奏さん。がんばれよ」

「がんばります!」

「むふふ。なんだかいい感じですな」

「春ー。あんたも、ボケ~と見てちゃダメだからね」

「そ、そうだね。みんなに助言ができるように、ようく見ておかなくっちゃ」

「そうそう。ふぁいと」

「おー!燃えてきた!」
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