LAYBACK CAT !

旭ガ丘ひつじ

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5話 輪になって踊りましょう

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買い物を終えて家に帰って来ると、庭の方から楽しそうな声が聞こえてきた。
珍しい声を耳にして、そっと、のぞき見る。
そこには、クロくんがみんなと楽しそうに猫と遊ぶ姿が!

僕は、ほっと胸を撫で下ろす。
いまのクロくんは学校に通わず、人と関わろうとせず、それどころか何もかもを拒んで塞ぎ込んでいる状態だ。
彼の本当の笑顔を見たのはいつぶりだろうか。
僕は浮き足立つほど嬉しくなって、張り切って特製カレーを料理した。

「ふうーお待たせしました」

「あれ?叔父さんの分は?」

「あのお鍋じゃ足りなくてね」

「それなら休んで待ってて。急いで食べて、僕がなんかつくるよ」

「平気平気。僕は、のり弁を買ってきたから」

「ちゃんと考えてんだな」

「そうだよ。料理って大変なんだからね」

「普段しないくせに」

「それならクロくんが教えてよ。料理は得意な方らしいじゃないか」

その瞬間、大声で歓喜する春ちゃん。
またキュンとしたみたいだ。
最近は料理のできる男の子がモテるらしい。

「クロ様!こんど私にも料理を教えてください!」

「ふっ、断る」

「ええーどうしてですかー」

「どうして僕が、あんたに教えなきゃなんねーんだよ。創か奏に頼めばいいだろう」

「俺は無理」

「同じく料理はしたことありません。なので、俺もクロ様にぜひ教わりたいですね」

「奏のさ、その喋り方ムカつくんだけど」

「気に入っているんです。どうかご容赦を」

「まあでも。紳士的で、ちょっとカッコいいぜ」

「お褒めの言葉ありがとうございます」

「うんうんうんわかりますわかります!やっぱりマーガライト愛読者!好みが合いますな!」

おや。
どういう経緯か、クロくんが少女漫画好きだと知られたらしい。
まさか自分で話すことはないだろうから、これは怒るかも知れないぞ。

「マーガライトって少女マンガ誌のこと?姉ちゃんが読んでた」

「ちっ。男が読んで悪いかよ」

「そう怒るなって。俺も姉ちゃんに借りて読んでたよ」

「ええー!創様も読まれていたんですかー!」

「や、そこまで驚くことじゃないだろ」

「くっ。俺はまだ読んだことがありません。クロ様、どうかこの機会に一冊貸しては頂けないでしょうか」

「春に借りろ」

「ふっ、断る」

「僕のマネするな」

「よろしいですかクロ様?あなたがお貸しすることで友情が結ばれるのですよ?二人が仲良く肩を寄せ合って一冊の少女漫画を読む姿を想像するだけで……そそる!」

「この女ヤベーぞ」

「春は昔からこんな感じですよ」

「マジ?それって、春と奏はいわゆる幼馴染ってこと?」

「ええ」

「へえー。昔から頭お花畑なんだ」

「クロ様ひどい!」

「小学生の時には、授業中に少女漫画を描いて、よく怒られていましたね」

「やめて奏様!私の黒歴史を話さないでー!」

「ははは!奏、いいぞ!もっと教えてくれ!」

「ふしゃあー!創様が相手でも引っかきますよ!」

こんなにも賑やかに食卓を囲むと現役時代を思い出すなあ。
熱く語り、楽しく笑い、今でも求めるほどに夢中だった。
僕には叶えたい望みが二つある。
その一つを実現する機会は今しかないだろう。
 
「みんな。聞いてほしい話があるんだ」

静かになるのを待って、それでも僕の高鳴る鼓動は止まない。
僕は彼らの縁を喜び、成長に期待している。
きっと楽しい一年になるぞ。

「この三人でチームを組んで試合に出てみない?」

反応は、まずまず。
これは予想通り。
彼らは、遊びでねこバスケをやっていて、スポーツとして熱中しているわけではない。

「ダメかな?きっと楽しいと思うよ」

クロくんが鼻で笑う。

「俺とこいつら初対面だぜ」

彼の言う通り。
でも。

「プロの世界では初対面なんてよくあることだよ」

「う……ずりい」

クロくんは説き伏せた。
残るは二人。
創くんが口を開く。
僕は少し緊張してきて、テーブルの下で重ねた手を握った。

「試合って、まさか全国大会?」

「うん。出来ればそれを目指したいけれど、無理強いをするつもりはないよ。トレーニングが本格的になるし、それで嫌いになったら本末転倒だからね」

「うーん。そうだなあ……」

「まずは県大会に出る。その優勝チームが東日本エリア大会への出場権を得る。そのまた上位が日本選手権大会へという流れになるよ」

「大変ですね」

奏くんの言う通りだ。
本気でねこバスケと向き合ってきた相手と競い合い、二度も上位に立たなければならない。
それに難題は、ねこバスケだけではない。

「君たちは来年に三年生になる。試合は年末に集中するから、受験勉強に影響が及ぶだろう。だから断ってくれても構わない」

「いや、断ってくれても構わない、て言うけど。オジサン、本当はそんなこと思ってないだろう」

「いやいや創くん。そんなことないよ」

「えーそうかな。だってオジサン、ねこバスケが誰よりも大好きじゃん。俺たちに教えてる時も凄く嬉しそうで凄く楽しそうだしさ」

創くんの言うことは最もだ。
返す言葉がない。
冷静になって、はしゃいでいる自分が恥ずかしく思えてきた。

「間違ってたらごめん」

「ううん。創くんの言う通りだよ」

「だったら俺は乗るよ」

「え?」

「俺、ネットでオジサンの試合を見たんだけどさ。すっげー楽しそうで、見てるこっちまで熱くなる試合で、実はうずうずしてたんだ」

「本当?」

「マジだよ。ま、結果がどうあれ悔いのないようにやるだけやってみたい。みんなともっと、ねこバスケやりたい。二人はどう?」

「俺も創様と同意見です。遊ぶだけでは文武両道は極められませんからね」

「あれ?勉強は嫌いじゃなかったっけ?」

「カッコつけただけです」

「俺も受験とかあんま考えてないや」

「いやいやいやいや!ちゃんと勉強もしてね!そっちの心配も本心なんだよ!嘘じゃないよ!?」

「オジサン落ち着いて。ちゃんと分かってるよ。俺も文武両道を極めてやる」

「創様までカッコつけて」

「ははは、たまにはいいじゃん」

「二人で盛り上がってんじゃねーよ。僕は、だるいから断る」

「クロは反対か?」

「やだね。ストイックに運動なんてするつもりない」

「元バスケ部だろう」

「それで……!僕は思い知ったんだよ」

「何を?」

「ごっそうさん。部屋に戻る」

話は打ち切りになり、今日は解散。
創くんたちに余計な心配をかけてしまった。
子供たちを僕の夢に巻き込むなんて勝手が過ぎた。
反省しなくては。

「春。お前めずらしく静かだったな」

「気を失いかけていました」

「なんで?こえーよ」

「想像してみると凄くステキだなって感極まって」

「それは俺も同感だ。最高の思い出ってやつを。結果だけじゃなくて、その途中もぜんぶ含めて、みんなと作れたらいいなって思うんだ」

「きゅん。創様ってば、かわゆい」

「はあ!?クソ、言うんじゃなかった」

俺と春、いつものように二人で帰る。
でも今日はいつもとは違ってまだお昼だ。

「なんか新鮮だな。この時間に春と歩くの」

「ええええ!デートのお誘いですか!?ダメですよそんなの!」

「ちげーよ!それ以前に、いい加減に隣を歩いてくれ」

「ダメです。これは私のプライドなんです」

「どんなプライドだよ。ただのこだわりだろう」

「創様のお背中……すてき」

「ゾッとするから後ろで変なこと言うな」

「うふふ……」

「なあ。暇だし、どっか行かね?」

「やっぱりデートする気満々じゃないですかー!いやーん!すけべ!」

「スケベは違うだろ!」

「どこへ行く気ですか!」

「ねこカフェ」

「……むふふ」

「ちぇ、笑うなよ」

「犬派なのに」

「うるせー」

「お付き合いしますよ。でも隣の席に」

「お願いだから同じ席に着いてくれ。変なやつと思われたくない」

創様と初めてのお出かけだー!
わーい!やったー!
でも誰かに見られてチクられたらどうしよう!
創様みたいに先輩に呼び出されるかも!
校舎裏に……そこへ……創様と奏様が駆けつけてぐふふ……。

「あんた、どうして戻ってきたんだよ」

「忘れ物しました」

「僕の部屋に?バカ言うな」

「少女漫画を借りる約束したじゃないですか」

「してねーわ!悪いけど帰ってくれ」

「そうですか……。ご迷惑をお掛けしました」

「ちっ、おおげさなんだよ。貸したら、さっさと帰れよ」

という話だったが。
クロとゲームを楽しんでいる。
友達が増えて嬉しい。
こんな風に友達とゲームがしたかった。
勇気を出して戻ってきて本当に良かった。

「やるな。あんた、テノリスうまいじゃん」

「ありがとうございます。リスのパズルゲームがあるなんて驚きです」

「かわいいだろ」

「とても」

「……!」

「……?」

「だあー!しまったあ!今のは聞かなかったことにしてくれ頼む!」

「どうしてですか?」

「かわいいだろ、とか男が言ったらキメェだろうが」

「いいじゃないですか。俺は気にしませんよ」

「マジか。昔、笑われたことあるから」

「人によってはそういう反応もあるでしょう。しかし、俺は気にしません。ところで、うちはリスを飼っていますよ」

「マジで!?今度みせて!」

「喜んで」

「だあー!今のもなし!」

「どうしてですか?俺は友達が家に来てくれることが嬉しいですよ」

「あんた……よくそんな恥ずかしい台詞をサラッと言えるな」

「創様がありのままの俺を認めてくれました。だから……なんと言えばよいのでしょうね。やっぱり恥ずかしくなってきました」

「ありのままって、何か隠し事でもあったのか?て、聞いちゃダメだよな」

「実は、かくかくしかじか」

「へえー無理してんだ。僕もさ、かくかくしかじかなんだよ」

「それは虚しくなりますね。どれだけ努力を重ねても上には上がいる。特にスポーツは実力の世界ですから」

「ずっとベンチだった。僕だって自主練して頑張ったんだぜ」

「では、その努力を俺に見せてください」

驚く彼の肩に手を置いた。
その手が震えているみたいに錯覚する。
自信はなくても勇気はあるはずだと声を絞り出す。

「もう一度、チャレンジしてみませんか?」

「……また負けた」

彼と対戦して四連勝した。
このゲームはあまり得意ではないらしい。
続けて何と声をかけてあげればいいのか。
俺にはまだ分からない。
肩に置いた手を、そっと下ろす。

「何度やっても負けるかも知れねえ。県大会の一回戦で負けるかも知れねえ。それでも挑む勇気が、あんたにはあるか?」

返答に詰まる。
もう少し、あと少し勇気が足りない。

「はんっ、あんたもビビってんじゃねーか」

「ははは……バレちゃいましたか。身体は大きくても臆病な性格でして」

「気にするな。あんたが僕のこと気にしないように」

「……ありがとう」

「やってみようぜ!勝ち負けなんて深く気にせずに!」

「ええ、やってみましょう!そして最高の思い出を作りましょう!」

「そういう恥ずかしいセリフは少女漫画だけにしてくれる?こっちまで恥ずかしくなる」

「んー春の影響かな?」

「悪い影響だ」

「噂をすれば春からメッセージが届いた」

「付き合ってんの?」

「ははは、まさか。見てください」

「はあ……やっぱ、あいつら付き合ってんじゃねーか」

「それが交際はしていません。春の方が距離を置いているのです」

「マジか。よくわかんねー奴」

「だからこそ一緒にいると楽しいんですよ」

「ふーん」

「まさか……一目惚れしました?」

「ねーわ!やめろ!あいつはタイプじゃねー!」

「ふふ、趣味は合うのに」

「あんたもだろう」

「そうだ思い出しました!オススメの少女漫画を教えてください!」

「そこの段ボールの中に仕舞ったままだから、ちょい待ってて」

春にメッセージを返そう。

祝!チーム結成!

来年が楽しみだ。
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