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夜の森、追撃

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 フィリップ・ランド伯爵と、彼の妻リンダ。魔女の森を抜けて公国への亡命を目論む王国工房一行を追撃する。

 奴らの持ち出した大量の財貨が仮想敵国である公国に渡るのを阻止しなければならない。

 馬を並べ夜の魔女の森を進むランド夫妻。

「さて、王国工房の連中、馬で入れるところまでで見つかるといいが…」

 思案顔の夫に、軽く微笑む妻。

「どこに行っても大丈夫ですよ。ここは私にとって庭みたいなものですから」

 いつも馬車に乗る姿しか見ていない娘たちは知らないが、リンダは馬に乗るのはお手のものである。なんなら、手綱も鞍もなくても乗ることができる。

 祖母を亡くした後、後見人でもあったフィリップと結婚。以来、伯爵夫人として窮屈な暮らしを強いられてきたが、本来は森育ちの彼女。

「生き生きしているね。出会った頃の、元気な君を見るかのようだ」

 懐かしさに表情を緩ませる夫。

「もう…。アナタ、まるで最近の私は元気なかったみたいに」

 頬を膨らませる妻。

「うん。悪かった」

「えっ?…別に謝ることないですよ。ただの軽口なんですから」

「いや、森を出てからの君の苦労に寄り添えていなかったことだ。貴族夫人になろうと無理に頑張ってくれてたんだな」

「ふふ。それ、最後まで、おばあちゃんも心配していたことです。『リンダが貴族なんぞ務まるとは思えんのぉ』って」

「ははは。似てるな、ウネおばあさんの喋り方。本当に、あの日々が懐かしい」

 笑いあう二人。

 23年ほど前。領主になったばかりの15歳のフィリップに11歳のリンダは出会った。

 森の魔女ウネの魔法を学ぶため、足しげく森の村落へ通った彼。ウネの魔法は主に隠蔽魔法や結界魔法。戦わずして人を危険から逃がす魔法だったのだ。

 死期の近かったウネは、ある条件と引き換えに最後の弟子を取ることを決めた。

 自分が死んだ後、この世に残していくことになるたった一人の孫。彼女の後見人として成人まで面倒を見ること。

 フィリップは彼の悲願成就のためにウネの魔法が必要だったこと。なにより、森で暮らすリンダが元気で可愛らしかったことで、二つ返事で了承した。

 あまりにもあっさり返事したので、むしろウネの方が心配したものだ。

「人の面倒を見るのに安請け合いするもんじゃないと思うがのぉ…。フィリップ、お前さんの決断が早いのはいいところじゃが、見落としも多いから気をつけるんじゃぞ」

 温かい小言が今は懐かしい。

 いくつかの季節が過ぎ、森の家でウネは世を去った。長年の友シロと孫リンダ。そして最後の弟子フィリップに看取られて。『孫の後見人』になるはずだった弟子は『孫の婚約者』になっていた。

「今夜のカタがついたら、ウネおばあさんの墓参りに寄って行こう」

 夫の声掛けに、妻が嬉しそうに頷く。

「ええ。それなら、早くこちらの用事を済ませたいですね」

 ほどなくして、細くなってきた獣道の分かれ道に辿り着く。リンダは右の道を指し示す。

「…森のざわつきを感じます。こちらの方向」

「よし、ここからは気配を消して徒歩で進もう」

 馬を降りると、ウネ直伝の隠蔽魔法で姿を森に溶け込ませる。次の瞬間、木の枝に手綱をつながれた二頭の馬を残し、二人の姿は見えなくなっていた。
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