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白きオオカミの伝承

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 森の中にポツンと残された村落。荒れ果てた空き家が並ぶ中、たった一件、人が住む木組みのログハウス。建物は古いものの、手入れは行き届いている。

「まぁ、どうぞお入りなさいなぁ」

 老婆ウネが若い客人を屋内へ招き入れる。

 一礼して歩みを進めるフィリップ。この状況に少なからず混乱する少女リンダ。

(おばあちゃんが子爵様って、どういうこと?…っていうか、フィリップ様が家に来るなんて!どうしよう!)

 祖母のしつけによって自宅の掃除は普段からマメにしているつもりだが、こんなことならもっと綺麗にしておけば良かった。

 焦るリンダに対し、まったく普段通りのままの祖母。フィリップに席を勧める。

「じゃあ、そこにお座りなぁ」

「ウネ子爵様、ありがとうございます」

 丁寧にお辞儀して着座する。

「いやだよぉ、『ウネ様』とか『子爵様』とか長いこと呼ぶ人いないんだから。年とると畏まるのも畏まられるのも面倒でねぇ。おばあとでも呼んで、楽に話しておくんなぁ」

 笑いながら手を横に振る祖母。

「そうだよね!おばあちゃん、昔から『おばあ』とか『ウネばあ』としか呼ばれてなかったもん。フィリップ様、私のことも『リンダ』って呼んでください!」

 どさくさに紛れ、自分への呼び捨てを要求するリンダ。この機会に是非、彼と仲良くなりたい少女。

 飾らない二人の様子に笑みがこぼれるフィリップ。

「ありがとうございます…。いや、ありがとう。えーと、おばあさん、リンダ。

まず、突然の訪問、失礼しました。なにせ、使者もここには辿り着けないものでしたから、お許しください」

 青年がペコリと頭を下げる。

「まーだ、固いよぉ。普通に話すようにしてくんなぁ」

 再度、やんわりダメ出しするウネ。

「あっ、申し訳ない。ちょっと、偉大な人物に会うものだから緊張してたんだ」

「偉大な人って…誰なんですか?」

 リンダが首を傾げて尋ねる。

「ウネおばあさんだよ。僕たちのランド伯爵領では魔物大発生から多くの住民を守った英雄『森の魔女』として語り継がれているんだ」

 フィリップの説明に、ピンとこない孫。ウネはお茶をすすっている。

「フィリップ様…。あの、人違いでは?おばあちゃん、こんな腰曲がってて、白髪だし、ずっと病気で歩くのも遅いし…。違う人だと思います」

 リンダが申し訳なさそうに事情を話す。

「森の魔女は白きオオカミと共に」

 フィリップが伝承の一節を口にする。

「シロの存在が分かりやすい証拠だよ。彼の気配は紛れもなく神獣。別世界の言葉では『大いなる神』、大神(オオカミ)とも称される存在に違いない」

「ええっ?シロって犬じゃないの!?だって、おばあちゃん、犬って言ってたじゃない!」

 リンダが祖母に食ってかかる。祖母がのんびり答える。当のシロは家のすぐ外で絶賛お昼寝中だ。

「犬みたいなもんだでよぉ。犬でいいんじゃないかねぇ」

「おばあちゃん…。適当すぎだよ…。なんでそんな大事なこと黙ってたの?『子爵』だってことも教えてくれてなかったし」

 ぷんすか怒る孫に、首を横に振る祖母。

「ヘソ曲げないでくんなぁ。あんまり、話したい思い出でもなかったでよぉ。みーんな、死んじまったからでなぁ…」

 そう呟くと寂しそうに茶をすするウネ。

 そういえば、リンダの両親も祖父も、彼女が物心つく前に亡くなっている。

「う、ううん。それなら仕方ないけど…。でもさ、おばあちゃん、どうやって魔物と戦ってたの?」

「んにゃあ。ワシは戦ってなんかおらんよぉ」

 事もなげに答える祖母だった。
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