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私の毒がうまれた日

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 まだ下の娘が7つだった頃の記憶。

「マーマー!まだお仕事ー?リディアと遊んでようっ!」

 甘えたい盛りの次女リディア。長女クレアは手のかからない子だったけれど、次女はとにかく甘えてくる。

 その甘えん坊なところが可愛いのだけど…。ごめんね、今は忙しい。

「もう少し待ってて!…これだけ、終わらせないと!……よし、終わり!」

 執事を呼んで出来上がった書類を手渡す。

「奥様、次の束で最後でございます」

「ええっ!まだあった?」

「は、はい。旦那さまから、ここまでは奥様に決裁していただかないと困ると…」

 困り顔の執事と、駄々をこねる次女。

「ママっ!さっきので終わりって言ってたよねっ!」

「ごめんなさい、リディア。ママ、間違えてたみたい」

「そ、そんなぁ!ママの嘘つきー!」

「ごめんね、ごめんね!これでなんとか…!」

 泣きべそをかいている娘だが、本当に泣きたいのは私の方だ。私は決して事務仕事が得意ではない。

 だが、憧れのフィリップ・ランド伯爵と結婚して以来、育児に仕事に外づきあいにと、懸命に貴族夫人の役割をこなしている。

 彼と違い、見た目も平凡で、特に取り柄のない私は、せめて頼まれたことくらいはやらないと…。

 次女をあやしながら作業を進めること小一時間。

「あー、やっと終わった…!よし、私たちでパパのところに出しに行こうか!」

「うん!パパ喜ぶよね!」

 書類の束を抱え、二人で廊下を急ぐ。

 …。

 ……。

「あ、パパの部屋のドア、少し空いてるよー」

「ふふ、びっくりさせてみようか?」

「あっ、中にお姉ちゃんもいるみたい!」

 室内から長女クレアと夫フィリップの声が漏れ聞こえてくる。

『お父さま。仕上がりました』

『おお!クレア早いな!リンダより倍以上早いじゃないか!』

『…は…、はい…。がんばりました…』

『いやー、助かったよ!一人で大部分やるのは大変だったからさ!』

 夫の満足げな声が聞こえてくる。でも…。一人って……。私だって……。

 夫の口にした『一人』の言葉にハンマーで頭を打たれたようなショックを受ける私。私はアナタの助けになれていないの?

『これからもクレアに頼んでいいか?やっぱり仕事早いほうが助かるし』

 そんな私に気づかず、長女を褒める夫。もうしばらく、彼は私のことなど褒めてくれていない。

「ママっ!どうしたの!中入ろうよ!……え?ママ、泣いてるの?どうして…?」

 不安そうに私を見上げる次女。

「いいの…。今日は帰るよ……。帰ったら一緒に遊ぼう…」

「えっ!でも、パパとお姉ちゃんとおしゃべりしてこうよ!」

「ごめん、リディア。二人にこんな顔見られたくないの…」

「…う、うん…」

 なんでだろう…。私も一生懸命やってるのに。

 クレアばかり…。

 実の娘に嫉妬する自分が情けない…。

 だけど、胸の奥の暗い感情を抑える自信が、自分にはない。

「ママー?パパとお姉ちゃん、ママが悲しむこと話してた?」

「ううん…。ママが勝手に悲しんでるだけ…。ごめんね、気にしないでね」

 この頃、なにかと落ち込むことの多かった私にとって、私を心配してくれる次女だけが救いだった。
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