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第二十五章

死②

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「でも、どうやってこっちに来たの? 私以外にゲートを通れる人は、い、いないはず」

 私は恐る恐る聞いてみた。ゲートのある“森”はこの世のものでありながら、そうではない両義的な場所だ。普通の人間はそこにいけないし、そこを通り抜けることもできない。

「どうやって?」

 半笑いで栗原が聞き返す。

「お前がやった通りにさ。俺はお前の通路を使ったんだよ。お前が繋げたゲートは俺が利用した」

「でも、そんなこと、できるはずない!」

 栗原が笑い飛ばした。

「できるさ。現に俺がここにいるだろ? たしかに、最初は大変だった。俺にはお前の時間概念についていけなかった。

 だけど、お前のことを理解しようとしていくうち、俺にも同じ気持ちがあることに気付いた。千歳。俺たちは同じなんだよ。

 ただそれだけじゃゲートを通ることはできなかった。だけど俺にはお前という手本がいたからな。やがて俺にも簡単に別の世界の『俺』とやらを感じることができるようになった。

 さらにお前の話す内容を聞いて、別の世界のお前のことも感じることができるようになった。その時初めて、俺は“森”の存在に気付き、お前の道も通ることができるようになったんだ。

 ありがとう、千歳。俺がここにいるのは、全部お前のおかげなんだよ」

「……適当なことを言わないで。盗んだだけのくせに」

 私は栗原を睨みながら言った。すると栗原が私の背中を蹴り、私は痛みで何も見えなくなった。

「時間がない。じゃあ『事件』に話を戻そうか。探偵さん、答え合わせの時間だ。

 おい! 聞いているんだろ! お前もだ(栗原はスマホに向かって喋りかけた)! 

 お前ら、この事件の真相にちゃんとたどり着けたのか? 

 最初の事件から順番に話そう。まず……そうだな、お前はたぶん、あの時病室で『俺』が話したことがすべて嘘だったと思ったんじゃないか?」

 栗原は得意げに話し出した。

「違うって言うの?」

 私は、痛みに意識を奪われながら聞いた。栗原が小首を傾げた。

「違うな。『俺』の、斎垣が話したことはすべて真実だったんだよ。まあ、意図的に隠しているところはいくつもあったがな。あいつは、お前を守ろうとした。あいつの苦しみは本物だったってわけだ」

「どういうこと? それじゃどうして斎垣はあなたのことを言わなかったの? 斎垣は、誰が『私』を殺したのか知らなかったってこと?」

 私は斎垣と初めて会った時のことを思い返しながら聞いた。栗原がにやりとした。

「いいや、あいつは知っていたさ。俺が殺したことをな。だが、それを言えなかったんだよ」

 栗原は自らを指差した。

「俺たちの世界から遠ざかるごとに、共有する過去が違うのは、当然知っているよな。『寅』の『俺』は、『お前』と出会わなかったが、あいつは俺から話を聞いて、『お前』に興味を持つようになった。

 二人が付き合っていたのは本当だ。事前に錦木を呼び寄せていた事件のあの日、俺はこっちの『俺』を騙して、千歳を外に出させた。その間に俺は合鍵で家の中に入り、二人が帰ってくるのを待った。

 そこでお前を殺すつもりだった。だが、帰って来たのは『俺』一人だった。あいつは計画に気付き、『お前』を殺さないでくれと頼んできたのさ。

 それだけじゃなく、言うことを聞かないと警察を呼ぶと言って来た。警察とはね。あんな連中、俺たちの前じゃ無力なのに。

『お前』が帰って来たのはその口論の途中だった。あとは『俺』がお前に話した通りだ。あいつは俺が『お前』を殺したことに最後まで苦悩していた。

 すべてを失ってでも、自首しようかとも考えていたらしい。だが結局、そんなことはできなかった。できるわけがないよな? あいつにはアリバイがあったんだからな」

「じゃ、じゃあ“ストーカー”はあなただったってこと?」

「そうだな。まあ『お前』はそれが俺だとまでは気付かなったようだが。笑っちまった。それを『俺』に相談していたんだからな」

 私は必死に頭の中を整理した。すぐに疑問が浮かんでくる。

「でも、それじゃ、嘘……。あなたは自分を殺したってこと?」

「ああ、そうだよ。だが後悔はしていない。どの道、あいつは『俺』らしくなかったからな。むしろ殺せて清々してる」

 栗原は平然と答えた。

「そんな……信じられない」

 私は言葉を失った。

「そんなに変なことか? どうせ、たくさんいる内の一人でしかないじゃないか。まあいい、それじゃ次の答え合わせにいこうか。

 『俺』の失踪事件の話をしよう。あの日は、本当に驚いたよ。あいつは急に俺に黙って芹川に車を呼び寄せさせたんだ。

 だが今度は俺が、運よくそれに気づくことができたんだ。俺はすぐさまあいつに問い詰めた。言い訳をしていたけど、俺にはすぐにわかったよ。履歴を消して、捕まるつもりだったんだ。

 馬鹿な奴だよ。そんなことをしても、もう警察が調べた後なんだから無駄なのにな。俺はその件で『寅』の『俺』に見切りをつけることに決めた。

 まず、また錦木をはめてやろうと電話をかけて呼び寄せた。
 それから俺は、あいつを殺し、死体を車のトランクに隠し、入れ替わった。

 こうして錦木が真っ先に疑われるようにした。

 だがその後、また予想外のことが起きた。龍田とかいう男が突然病院までやってきたんだ。

 どうやら入れ替わる前に連絡があったとわかった。

 この男が来ることは完全に予定外だった。

 だが、なにをしに来たのかと思ったら、笑っちまったよ、俺をゆすろうとしてきたんだ。千歳。知っていたか。あの日、あいつは俺を目撃してたんだよ。

 ちょうど龍田は金が欲しくて、乞食みたいにお前の家を覗いていたんだってよ。

 そうしたら横たわっている『俺』の横に俺が立っていたんだと。それからあいつはびびって逃げ出したんだ。

 皮肉だな。なにも知らないあの馬鹿が、ただ一人俺が犯人だと気付いたんだ。

 まあだけど、あいつが馬鹿で助かったよ。俺のアリバイは完璧だし、放っておいてもよかったんだが、双子だ別人だとか言って付き纏ってきて面倒だったから、ついでに殺しておいたよ。あんな男でも、かく乱の役目くらいはできるらしい」

 栗原は思い出し笑いをした。そして、私の髪を掴んで無理やり顔を自分へ向けさせた。

「さあ、もう最後だな。その後、時が満ちたと感じた俺は、お前を殺しに行った。

 ところがお前はホテルにいなかった。そこで俺は芹川に電話をかけ、すぐにお前があの家に向かったとわかった。後は、お前の知っている通りだ。さあ、どこまで合ってた?」

 栗原は私の顔をまじまじと見つめながら言った。それから私の髪を撫でた。吐き気を催した私はなにも答えずに顔を背けた。

「答えろよ。事件を解決したくてここまで来たんだろ?」

 栗原は私の口を絞るように頬を強く握りしめた。私は苦痛で顔を歪めたが、頑なに答えなかった。私の顔を見て栗原が寂しそうに笑った。

「あくまでも答えない気か? まあいい。どうせ、もうすぐすべてが終わるんだ」

 そう言い終わると、栗原はスマホを拾い、私の襟元を持ってずるずると引っ張った。

「どこに連れて行く気?」

 私は慌てて周囲を確認した。その時、初めて欄干と等間隔に並ぶ照明と、その下に広がる川が見え、ここが橋だとわかった。栗原がにやりとした。

「いいところさ」
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