55 / 62
第二十九章
第一話
しおりを挟む
智香はそう言った後、百川から攻撃を受けるだろうと思って身構えた。
だが百川は抜け殻みたいな顔をして固まって、ぼんやりとしていた。まるで、三國とのいざこざがあった時の自分のようだ、と智香はその表情を見ながら思った。
「ああ、あんたたち、こんなところで何してるの?」
百川はほとんど反射的に智香たちに悪態をついたが、そこには以前のピリピリと張り詰めるような、相手を徹底的に傷つけてやるのだという気概を感じ取ることはできなかった。
それは、まるで今にも燃え尽きようとしているのに、消えることもできず、かと言って燃えることもできなくて、くすぶり続けているみたいだった。
「別に、何でもないよ。だから、ほっといてくれると有難いんだけど」
智香は慎重に、そう伝えた。智香にはもう百川を傷つけるつもりはなかったが、同時に百川の悪意が完全に消えたわけでもないことも感じ取っていた。
「無理。だってあんたが悪いんだよ? 全部あんたのせい」
百川は、気だるげに言った。
「私の? どうして?」
自分の計画が知られてしまったのではないかと危惧した智香は、落ち着いた低い声で尋ねた。
百川は、皮肉っぽく笑って答えた。
「あんたのせいで、あたしは一番になれない。あんたなんかいない方がいいんだ。ねえ、自分がやったこと、わかってんの?」
智香は苦笑いをする。
「……何のこと?」
百川はそれを聞くと、せせら笑った。
「やっぱり、わかってないんだ? あんたはね、いるだけで迷惑なの。わからない? あたしはいつもあんたと……ああ、もう、考えるだけでイライラする」
百川は、うっとうしそうに智香から目を逸らした。
智香はそこで黙って、不機嫌そうに鼻にしわを寄せている百川を見つめた。智香はもう百川の言葉に傷つかなかったし、彼女を痛めつける気も起らなかった。
「それは、なんていうか、ごめんね」
それから、思わずその言葉が出た。
「謝って、謝ってすむと思ってるの? あんたが犯した罪はもう消えないんだよ?」
「……どういうこと?」
しばらくの間の後、智香は焦って聞き返した。
「わかってるくせに。そうだよ? あたし、あんたが三國先生に近づいたから、あんたが振ったから、彼に近づいた。でもあの人の中にいるのは、あたしじゃない、あんたなの。何をしても結局あんたを消せない。それがムカつく。あんたなんか死ねばいいのに」
そうして百川は、顔に悪意をたっぷりと塗りたくって智香を睨んだ。だが智香は、たとえ死ねばいいと言われても、もはやそんなことはどうでもよかった。ただ百川がどこまで知っているのかだけ、気になった。
百川は、智香が挑発に乗ってこないので、惨めな気持ちになっていた。死ねと言ったのに、智香は平気な顔をしている。百川は不満だった。舌打ちをして、バタバタと足を上下に動かした。
「ねえ……あんた、まだ三國先生に未練があるんじゃないの?」
智香は何も言わなかったが、瞼をぴくりと動かした。そう反応した後で、智香は自分の失態に気付いた。だがもう遅かった。百川はそれを見て嬉しそうに笑った。
「やっぱり。そうなんだ」
「あのねえ、そんなわけないでしょ」
智香は呆れながら言った。だが、百川はすでにその感情を喰らい、生気を取り戻しつつあった。どんよりとしていた目はいつの間にか冴えわたり、目の前の獲物を逃がすまいと、智香を見据えていた。
「思い出した。そう言えばさ、こないだあんた廊下にいたでしょ? ねえ、もしかして、あんたさ、あたしたちをつけてた?」
智香はぎくりとした。そしてもちろん百川もそれを捉えた。だが、その意図までは読み取れなかったようだ。彼女は、勝ち誇ったように笑うと、
「迷惑だからやめてくれない?」
と言った。そして、この言葉が、智香に確信をもたらしてくれた。――この子は、私のしようとしていることまでは知らない。それを他ならぬ百川自身が教えてくれたのだ。
百川の言葉は行き場を失って消え失せた。それがわかった百川は、不満を抱いて顔を歪ませた。
それを見た智香は、ふと、そんな百川を哀れに思った。それが百川に伝わり、彼女は智香の鞄を勢いよく掴んだ。
「あんたなんかさあ! いなくなればいいんだよ! 邪魔なの!」
百川は怒りと一つになり鞄を掴んだまま、激しく上下に揺さぶった。智香はなんとか逃れようとして抵抗した。
智香は百川を傷つけないように彼女から離れようしていたが、百川はまったく構わず、ギラギラした目で憎しみに任せ智香を揺さぶり続けた。
その様子を見ていた鬼平が止める前に、事態は動いた。
「離して!」
とうとう耐え切れなくなった智香は叫び、百川を突き飛ばした。百川はあっけなく吹き飛ばされ、尻もちをついて倒れた。
――その時、運悪く百川の手が鞄に引っかかり、中から「びんの悪魔」が百川の前に、嘲笑うように音を立てて転がった。
智香は倒れている百川を見たが、自分がどうやって彼女を吹き飛ばしたのかわかっていなかった。
百川は悪態をつきながら、目を開けると、目の前にあったびんを見つけた。
そして、悪魔の囁きに導かれるように、それを手に取った。
だが百川は抜け殻みたいな顔をして固まって、ぼんやりとしていた。まるで、三國とのいざこざがあった時の自分のようだ、と智香はその表情を見ながら思った。
「ああ、あんたたち、こんなところで何してるの?」
百川はほとんど反射的に智香たちに悪態をついたが、そこには以前のピリピリと張り詰めるような、相手を徹底的に傷つけてやるのだという気概を感じ取ることはできなかった。
それは、まるで今にも燃え尽きようとしているのに、消えることもできず、かと言って燃えることもできなくて、くすぶり続けているみたいだった。
「別に、何でもないよ。だから、ほっといてくれると有難いんだけど」
智香は慎重に、そう伝えた。智香にはもう百川を傷つけるつもりはなかったが、同時に百川の悪意が完全に消えたわけでもないことも感じ取っていた。
「無理。だってあんたが悪いんだよ? 全部あんたのせい」
百川は、気だるげに言った。
「私の? どうして?」
自分の計画が知られてしまったのではないかと危惧した智香は、落ち着いた低い声で尋ねた。
百川は、皮肉っぽく笑って答えた。
「あんたのせいで、あたしは一番になれない。あんたなんかいない方がいいんだ。ねえ、自分がやったこと、わかってんの?」
智香は苦笑いをする。
「……何のこと?」
百川はそれを聞くと、せせら笑った。
「やっぱり、わかってないんだ? あんたはね、いるだけで迷惑なの。わからない? あたしはいつもあんたと……ああ、もう、考えるだけでイライラする」
百川は、うっとうしそうに智香から目を逸らした。
智香はそこで黙って、不機嫌そうに鼻にしわを寄せている百川を見つめた。智香はもう百川の言葉に傷つかなかったし、彼女を痛めつける気も起らなかった。
「それは、なんていうか、ごめんね」
それから、思わずその言葉が出た。
「謝って、謝ってすむと思ってるの? あんたが犯した罪はもう消えないんだよ?」
「……どういうこと?」
しばらくの間の後、智香は焦って聞き返した。
「わかってるくせに。そうだよ? あたし、あんたが三國先生に近づいたから、あんたが振ったから、彼に近づいた。でもあの人の中にいるのは、あたしじゃない、あんたなの。何をしても結局あんたを消せない。それがムカつく。あんたなんか死ねばいいのに」
そうして百川は、顔に悪意をたっぷりと塗りたくって智香を睨んだ。だが智香は、たとえ死ねばいいと言われても、もはやそんなことはどうでもよかった。ただ百川がどこまで知っているのかだけ、気になった。
百川は、智香が挑発に乗ってこないので、惨めな気持ちになっていた。死ねと言ったのに、智香は平気な顔をしている。百川は不満だった。舌打ちをして、バタバタと足を上下に動かした。
「ねえ……あんた、まだ三國先生に未練があるんじゃないの?」
智香は何も言わなかったが、瞼をぴくりと動かした。そう反応した後で、智香は自分の失態に気付いた。だがもう遅かった。百川はそれを見て嬉しそうに笑った。
「やっぱり。そうなんだ」
「あのねえ、そんなわけないでしょ」
智香は呆れながら言った。だが、百川はすでにその感情を喰らい、生気を取り戻しつつあった。どんよりとしていた目はいつの間にか冴えわたり、目の前の獲物を逃がすまいと、智香を見据えていた。
「思い出した。そう言えばさ、こないだあんた廊下にいたでしょ? ねえ、もしかして、あんたさ、あたしたちをつけてた?」
智香はぎくりとした。そしてもちろん百川もそれを捉えた。だが、その意図までは読み取れなかったようだ。彼女は、勝ち誇ったように笑うと、
「迷惑だからやめてくれない?」
と言った。そして、この言葉が、智香に確信をもたらしてくれた。――この子は、私のしようとしていることまでは知らない。それを他ならぬ百川自身が教えてくれたのだ。
百川の言葉は行き場を失って消え失せた。それがわかった百川は、不満を抱いて顔を歪ませた。
それを見た智香は、ふと、そんな百川を哀れに思った。それが百川に伝わり、彼女は智香の鞄を勢いよく掴んだ。
「あんたなんかさあ! いなくなればいいんだよ! 邪魔なの!」
百川は怒りと一つになり鞄を掴んだまま、激しく上下に揺さぶった。智香はなんとか逃れようとして抵抗した。
智香は百川を傷つけないように彼女から離れようしていたが、百川はまったく構わず、ギラギラした目で憎しみに任せ智香を揺さぶり続けた。
その様子を見ていた鬼平が止める前に、事態は動いた。
「離して!」
とうとう耐え切れなくなった智香は叫び、百川を突き飛ばした。百川はあっけなく吹き飛ばされ、尻もちをついて倒れた。
――その時、運悪く百川の手が鞄に引っかかり、中から「びんの悪魔」が百川の前に、嘲笑うように音を立てて転がった。
智香は倒れている百川を見たが、自分がどうやって彼女を吹き飛ばしたのかわかっていなかった。
百川は悪態をつきながら、目を開けると、目の前にあったびんを見つけた。
そして、悪魔の囁きに導かれるように、それを手に取った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
神様自学
天ノ谷 霙
青春
ここは霜月神社。そこの神様からとある役職を授かる夕音(ゆうね)。
それは恋心を感じることができる、不思議な力を使う役職だった。
自分の恋心を中心に様々な人の心の変化、思春期特有の感情が溢れていく。
果たして、神様の裏側にある悲しい過去とは。
人の恋心は、どうなるのだろうか。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。

転校して来た美少女が前幼なじみだった件。
ながしょー
青春
ある日のHR。担任の呼び声とともに教室に入ってきた子は、とてつもない美少女だった。この世とはかけ離れた美貌に、男子はおろか、女子すらも言葉を詰まらせ、何も声が出てこない模様。モデルでもやっていたのか?そんなことを思いながら、彼女の自己紹介などを聞いていると、担任の先生がふと、俺の方を……いや、隣の席を指差す。今朝から気になってはいたが、彼女のための席だったということに今知ったのだが……男子たちの目線が異様に悪意の籠ったものに感じるが気のせいか?とにもかくにも隣の席が学校一の美少女ということになったわけで……。
このときの俺はまだ気づいていなかった。この子を軸として俺の身の回りが修羅場と化すことに。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
七日間の入れ替わり令嬢 ~ワガママ美女の代わりにお見合いします~
谷地雪@悪役令嬢アンソロ発売中
恋愛
「娘の代わりに見合いをしてくれ!」
町の小さなパン屋で働くアニーは、ある日突然、男爵令嬢のソフィアと体が入れ替わってしまう。その犯人は、ソフィアの父であるオズボーン男爵だった。
ソフィアは大層わがままで、このままでは伯爵家との見合いがうまくいかない。だから代わりにソフィアの姿で見合いをしてほしい、と頼まれるアニー。
他人の体で見合いなんてそんな馬鹿な!?
元々の自分の容姿にコンプレックスのあったアニーは、美しいソフィアの容姿を羨みながらも、着々と見合いをこなしていく。
サポートをしてくれるのは、ソフィアの側近であるノアとサラ。
近くで支えてくれるノアに、いつしかアニーの気持ちは傾いていくのだった。
美しくなくても、幸せになれますか。
※ルッキズムや差別に関する表現があるため、苦手な方は自衛をお願いします。
※全てフィクションであり、特定の史実や思想を示すものではありません。
【完結】眠り姫は夜を彷徨う
龍野ゆうき
青春
夜を支配する多数のグループが存在する治安の悪い街に、ふらりと現れる『掃除屋』の異名を持つ人物。悪行を阻止するその人物の正体は、実は『夢遊病』を患う少女だった?!
今夜も少女は己の知らぬところで夜な夜な街へと繰り出す。悪を殲滅する為に…
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる