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第二十八章
第五話
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「疲れた」
鬼平と目が合うと、智香は言った。
「疲れたよ。何だったのあれ? よくわからなかった。でも」
智香は言い淀み、目にかかっていた髪をかき上げた。
「私、こいつを消せると思ってたけど、でも、こいつの力って、思ったよりも小さい力なのかな。違う、逆なのかな、思ったよりも大きくて小さいようで……もう、何が何だかわからない」
智香は静かに困惑を吐露した。それは鬼平も同じだった。何かがわかったような気がして、何もわからなかったような気がする。「びんの悪魔」とは結局のところ、どういう力なのか? 何かが掴めたような気がしたが、終わってみるとそれは風のように去ってしまい、彼の手には何も残っていなかった。残念ながら、予想していたような有益な情報は、何もなかったような気がした。
「い、いつ?」
「え?」
今見てしまったことをなかったかのようにして鬼平が喋りかけ、智香は顔を上げた。
「告発、……するんでしょ? み、三國の」
智香はいきなり現実的なことを聞かれて、言葉が出てこなかった。彼女は髪を撫でてから答えた。
「あ、うん。するよ。するけど……」
「て、……手伝う、……人がいた方がいい、と思う」
「あ、うん。そう、だね、そうしようと思う、けど……」
智香は不安げに両手を重ね、下を向いた。
「ううん。もう決めたから。私ね、さっきのを見て決めたわけじゃないよ? でも、もうびんの悪魔は使わない。何が起きても、受け入れるって。ちょっと違うかな。とにかく、これに頼るってことは、もうしたくない」
鬼平は智香の言葉を心に刻みつけた。彼は神妙な面持ちで智香に向き合い、散々迷った挙句、言った。
「び、びん。買うよ」
「え? なに?」
智香は動揺していた。誤魔化すように笑っていたが、瞳の奥が揺れている。鬼平に迷いはなかった。
「……こ、困ってるんでしょ? やっぱり他に方法なんてないよ。だから僕が買う。も、もともと、そういうつもりだったし」
「で、でも、同じでしょ? びんの持ち主が私からあなたに移るだけ。それとも、何か考えがあるの?」
鬼平は黙っていた。
「じゃあ、もしかして、何か叶えたい願いがある?」
「……い、いや。でも、……びんを消す方法を、……思いついたから」
「本当に?」
「……うん」
「……嘘」
智香は鬼平の目をじっと覗き込むと、言った。
「本当は、何も思いついてないんでしょ? その顔見たらわかるよ」
智香は茶化すように言って、しかし鬼平のことを真っすぐ見据えて逃さなかった。
鬼平は動揺したが、どうにかして、びんを譲ってもらうための言葉を探す。
「……ろ、六条の奴が、びんを持っていたら追ってくるかもしれない。あ、あいつは……相手にすると面倒くさい」
そしてもっともらしいことを言った。
「そんな奴、別にたいしたことないでしょ」
だが智香は折れそうになかった。鬼平はどうしたものかと考えて、言う。
「あ、あいつはたぶん。ぼ、僕の願いの対価だと思う」
「え?」
これは智香には意外な考えだったので、彼女の関心を惹きつけた。
「びんを買った後、ぼ、僕は願いを言った。でも、たぶん、僕にはそれは不相応な願いだった。だ、だから……」
智香は、鬼平の話を真剣な表情で聞いて、しばらく考えていた。それから、彼女は顔を上げ、口を開いたのだが、それはまたしても、鬼平に向けて言ったのではなかった。
「百川千花……」
智香が呟いたのを聞いて、鬼平は振り返った。
鬼平と目が合うと、智香は言った。
「疲れたよ。何だったのあれ? よくわからなかった。でも」
智香は言い淀み、目にかかっていた髪をかき上げた。
「私、こいつを消せると思ってたけど、でも、こいつの力って、思ったよりも小さい力なのかな。違う、逆なのかな、思ったよりも大きくて小さいようで……もう、何が何だかわからない」
智香は静かに困惑を吐露した。それは鬼平も同じだった。何かがわかったような気がして、何もわからなかったような気がする。「びんの悪魔」とは結局のところ、どういう力なのか? 何かが掴めたような気がしたが、終わってみるとそれは風のように去ってしまい、彼の手には何も残っていなかった。残念ながら、予想していたような有益な情報は、何もなかったような気がした。
「い、いつ?」
「え?」
今見てしまったことをなかったかのようにして鬼平が喋りかけ、智香は顔を上げた。
「告発、……するんでしょ? み、三國の」
智香はいきなり現実的なことを聞かれて、言葉が出てこなかった。彼女は髪を撫でてから答えた。
「あ、うん。するよ。するけど……」
「て、……手伝う、……人がいた方がいい、と思う」
「あ、うん。そう、だね、そうしようと思う、けど……」
智香は不安げに両手を重ね、下を向いた。
「ううん。もう決めたから。私ね、さっきのを見て決めたわけじゃないよ? でも、もうびんの悪魔は使わない。何が起きても、受け入れるって。ちょっと違うかな。とにかく、これに頼るってことは、もうしたくない」
鬼平は智香の言葉を心に刻みつけた。彼は神妙な面持ちで智香に向き合い、散々迷った挙句、言った。
「び、びん。買うよ」
「え? なに?」
智香は動揺していた。誤魔化すように笑っていたが、瞳の奥が揺れている。鬼平に迷いはなかった。
「……こ、困ってるんでしょ? やっぱり他に方法なんてないよ。だから僕が買う。も、もともと、そういうつもりだったし」
「で、でも、同じでしょ? びんの持ち主が私からあなたに移るだけ。それとも、何か考えがあるの?」
鬼平は黙っていた。
「じゃあ、もしかして、何か叶えたい願いがある?」
「……い、いや。でも、……びんを消す方法を、……思いついたから」
「本当に?」
「……うん」
「……嘘」
智香は鬼平の目をじっと覗き込むと、言った。
「本当は、何も思いついてないんでしょ? その顔見たらわかるよ」
智香は茶化すように言って、しかし鬼平のことを真っすぐ見据えて逃さなかった。
鬼平は動揺したが、どうにかして、びんを譲ってもらうための言葉を探す。
「……ろ、六条の奴が、びんを持っていたら追ってくるかもしれない。あ、あいつは……相手にすると面倒くさい」
そしてもっともらしいことを言った。
「そんな奴、別にたいしたことないでしょ」
だが智香は折れそうになかった。鬼平はどうしたものかと考えて、言う。
「あ、あいつはたぶん。ぼ、僕の願いの対価だと思う」
「え?」
これは智香には意外な考えだったので、彼女の関心を惹きつけた。
「びんを買った後、ぼ、僕は願いを言った。でも、たぶん、僕にはそれは不相応な願いだった。だ、だから……」
智香は、鬼平の話を真剣な表情で聞いて、しばらく考えていた。それから、彼女は顔を上げ、口を開いたのだが、それはまたしても、鬼平に向けて言ったのではなかった。
「百川千花……」
智香が呟いたのを聞いて、鬼平は振り返った。
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