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第二十八章
第一話
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昨日、変化を感じながらも、上手く言葉にできなかった鬼平は、次の日になって、自らの変化に遭遇することになった。
それは何も、雨の中登校するうちに、傘からはみ出した足先を、雨粒が濡らしてしまったことをあまり不快に思わなかったからではない。放課後、カンカンになった六条が鬼平を捕えた時のことだった。
「どういうつもりだ?」
六条は、席に座っている鬼平を見下し、憎しみで息を荒げながら言った。沈黙が流れ、校舎を濡らす雨音が、大げさに鳴っていた。
「鬼木くん。今までどこに行ってた? 僕の許可もなく消えたりして、鈴本智香に取り合う約束は? 君がしたんだろ? 約束は守れよ」
六条は乱暴にそう言うと、鬼平の座っている椅子を蹴った。
鬼平は気圧されたが、そんな約束なんてしてない、と思った。勝手に決めるな、と。血走った彼の目を見ながらそう思った。
だがもちろんそれは言葉になら……なっていた。言葉にして伝えていた。彼は口に出していたのだ。
空気が凍ったのが、言葉にしなくてもわかった。
鬼平は自分が一番、自分のしたことに驚いていた。この時ほど自分を他人のように感じたこともなかった。
「は?」
六条は、鬼平が明確に拒絶の意を表したのを見て動揺していた。が、たった一言で立場が入れ替わるほど、簡単だとは二人とも思っていない。六条は、なめられてはいけないと思い、姿勢を正し、語気を強めた。
「嘘を言うなよ。君が言ったんだろ。約束を破る気か?」
「……い、言ってない」
鬼平はもう譲らなかった。それに今さら何を言っても取り繕えない。鬼平は、自分に新しく現れたその力を信じた。
「お、お前なんかと、す、鈴本を会わせるもんか。会いたかったら自分で行けばいい」
六条は顔を真っ赤にして、鬼平を睨んだ。
「なんだって? もう一度言ってみろよ!」
六条が鬼平の胸倉をつかんで立たせた。怒り狂った牛のような鼻息が、鬼平が背けようとした横顔にかかっていた。鬼平は掴まれたまま、縮こまりそうなのを、勇気を振り絞って反論した。
「じ、……自分で行け! それで、は、話しかけてみろよ! でも、で、できないんだろ! こ、怖いんだろ? 振られるのが!……お、お前は、一人じゃ何もできないから!」
鬼平は言い終えると、やってしまった、と思った。同時に心の奥に溜まっていたわだかまりがスッとなくなったのを感じた。
だが明らかに無理に力を使ったのは明らかだった。くらくらして、頬や頭から、火が出そうだった。
そして、周りからの視線を感じ鬼平は、ふと我に返った。いつの間にクラス中の視線を一身に集めていた。
六条を見ると、放心し、まだ鬼平の言葉を飲み込めないでいるようだった。
鬼平は、とっさにここしかないと思い、鞄をもって六条をどかした。六条の身体は、やってみるとすんなりと動いた。そのまま去ってもよかったのだが、鬼平は、言い忘れていたことを思い出し、振り返りざまに、
「そ、それに、ぼ、僕の名前は鬼平だ。鬼木じゃない」
と六条に向かって言い放って、教室から走り去った。
教室から飛び出した時、鬼平は智香にぶつかりそうになった。
「何? どうしたの? 何かあったの?」
智香はびっくりして、鬼平の顔をまじまじと見た。
「こっち! 早く!」
鬼平は智香を急かした。智香は、腑に落ちず、首を傾げたが、鬼平を追った。
それは何も、雨の中登校するうちに、傘からはみ出した足先を、雨粒が濡らしてしまったことをあまり不快に思わなかったからではない。放課後、カンカンになった六条が鬼平を捕えた時のことだった。
「どういうつもりだ?」
六条は、席に座っている鬼平を見下し、憎しみで息を荒げながら言った。沈黙が流れ、校舎を濡らす雨音が、大げさに鳴っていた。
「鬼木くん。今までどこに行ってた? 僕の許可もなく消えたりして、鈴本智香に取り合う約束は? 君がしたんだろ? 約束は守れよ」
六条は乱暴にそう言うと、鬼平の座っている椅子を蹴った。
鬼平は気圧されたが、そんな約束なんてしてない、と思った。勝手に決めるな、と。血走った彼の目を見ながらそう思った。
だがもちろんそれは言葉になら……なっていた。言葉にして伝えていた。彼は口に出していたのだ。
空気が凍ったのが、言葉にしなくてもわかった。
鬼平は自分が一番、自分のしたことに驚いていた。この時ほど自分を他人のように感じたこともなかった。
「は?」
六条は、鬼平が明確に拒絶の意を表したのを見て動揺していた。が、たった一言で立場が入れ替わるほど、簡単だとは二人とも思っていない。六条は、なめられてはいけないと思い、姿勢を正し、語気を強めた。
「嘘を言うなよ。君が言ったんだろ。約束を破る気か?」
「……い、言ってない」
鬼平はもう譲らなかった。それに今さら何を言っても取り繕えない。鬼平は、自分に新しく現れたその力を信じた。
「お、お前なんかと、す、鈴本を会わせるもんか。会いたかったら自分で行けばいい」
六条は顔を真っ赤にして、鬼平を睨んだ。
「なんだって? もう一度言ってみろよ!」
六条が鬼平の胸倉をつかんで立たせた。怒り狂った牛のような鼻息が、鬼平が背けようとした横顔にかかっていた。鬼平は掴まれたまま、縮こまりそうなのを、勇気を振り絞って反論した。
「じ、……自分で行け! それで、は、話しかけてみろよ! でも、で、できないんだろ! こ、怖いんだろ? 振られるのが!……お、お前は、一人じゃ何もできないから!」
鬼平は言い終えると、やってしまった、と思った。同時に心の奥に溜まっていたわだかまりがスッとなくなったのを感じた。
だが明らかに無理に力を使ったのは明らかだった。くらくらして、頬や頭から、火が出そうだった。
そして、周りからの視線を感じ鬼平は、ふと我に返った。いつの間にクラス中の視線を一身に集めていた。
六条を見ると、放心し、まだ鬼平の言葉を飲み込めないでいるようだった。
鬼平は、とっさにここしかないと思い、鞄をもって六条をどかした。六条の身体は、やってみるとすんなりと動いた。そのまま去ってもよかったのだが、鬼平は、言い忘れていたことを思い出し、振り返りざまに、
「そ、それに、ぼ、僕の名前は鬼平だ。鬼木じゃない」
と六条に向かって言い放って、教室から走り去った。
教室から飛び出した時、鬼平は智香にぶつかりそうになった。
「何? どうしたの? 何かあったの?」
智香はびっくりして、鬼平の顔をまじまじと見た。
「こっち! 早く!」
鬼平は智香を急かした。智香は、腑に落ちず、首を傾げたが、鬼平を追った。
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