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第二十七章
第一話
しおりを挟む保健室から出た智香を最初に捉えたのは後悔だった。それはまるで彼女の影のように歩く方向にしたがって姿や形を変え、追いつめようとすればするほど、彼女の手から逃れた。
智香は、自分の軽薄さ、ずっと追い求めていた証拠を手に入れたせいで、舞い上がっていたことを認めた。他人の過去を面白半分に、それもびんの悪魔に頼んだ自分の浅はかさを恨んだ。
そのために鬼平にとって辛く思い出したくもない記憶の扉を開けてしまったこと、それを察せなかったこと、倒れた鬼平に何もできなかったこと、自分からそうなるように仕向けながら鬼平の話を聞いていられなくて彼から逃げたこと、そのすべてを悔やんだ。
あの嬉しかったはずの麻由里との再会も、今では自分がしたことのせいで汚れてしまったかのような気がした。そうして、後悔は智香の心に渦巻き、彼女の気分をぐちゃぐちゃにした。
怒りの収まらない智香は学校の外に出るなりびんを取り出し、思い切り地面に向けて投げつけた。
びんは智香をからかうように本物の陶器のような音を立てた後、実際はゴムのように数回跳ねて地面に転がった。
智香はすぐに肩で息をしながらびんに近寄り、手に取った。びんは憎らしいほどに傷一つなかった。それは、相変わらず何事もなかったかのように輝いている。
智香は、侮辱されていると思った。今まさに、実際にびんの中の悪魔が舌を出して嘲笑っているように見えたからだ。智香はますます怒りに駆られて、今度は近くの用水路まで歩いて、フェンス越しにびんを投げ入れた。用心深くびんの行方を見張っていると、びんは、放物線を描き、音を立てて水の中に沈んだ。
いくら待っても、何の音沙汰もなかった。智香は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、そこを去った。だが、用水路をいくらか離れた途端、彼女はその手にびしょ濡れのびんを持っていた。
智香は驚いて、手を離した。びんは笑うように、地面の上をころころと転がってその姿を彼女に見せつけた。
「もう! ああそう? 逃がさないってこと? ルールがあるって? 悪魔のくせに、律義に守ろうっていうんだ?」
智香は自分が、何も返事をしないびんに向かって怒っていることに気付いてうんざりした。深呼吸をして、少し冷静になった。顔を上げて周りを見て、誰も今の光景を見ていないことにホッとした。智香は観念してびんを拾うと、歩いた。
「そっちがそういうつもりなら、いいよ。あんたを消す方法を探してやるから。あんたの下らないルールなんかよりもずっといいやり方で!」
智香はまた自分がびんに話しかけていることに気付いて、投げつけたい衝動に駆られたが、手を止め、改めてびんを見つめた。それから手とびんについた汚れをハンカチで拭うと、すぐに鞄に入れた。
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※2 以下の作品について、本作の性質上、物語の核心、結末に触れているものがあります。
〈参考〉
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